機械の夢
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第01部「始動」
第02話
『マスター?また、何をしたんですか?』
ブリッジに入るなり、そうラムダが聞いてきた。
理由は分かる。いつもは横に佇んで歩くラピスが、今日はガッチリと手を握って離れない。
嫌な夢でも見たのか、リンクを通して感じる感情は胸を伝う悲しみだ。
「夢見が悪かったみたいでな……ラムダ、何かしたとはどういう意味だ?」
『マスター……マスターがラピスに甘いのは自覚していらっしゃいますか?ラピスに対する一挙一動が、ラピスを猫っ可愛がりしてるんですよ?今までの行動を振り返って見てみますか?』
さも意外そうにラムダが言う。
いや…それなりに自覚はしてるが…いやまて、今見えたマスター観察日誌ってなんだおい。
「ラムダ…プライバシーは誰にでも許される権利だと俺は思うぞ?」
『マスター…私は面倒見が良く、娯楽の少ないAIの趣味を許すマスターが大好きです』
「ラムダ…俺は物分かりが良く、潔く悪戯を止める奴が好きだな」
『マスター…私にも譲れない線と言うものがあります』
「そうか…ラピス。ラムダにアクセスしてみないか?」
「?」
暗い表情で手を握っていたラピスに顔を近づける。キョトンとした顔をしていたが、再度やりたくないか?と囁いたら頭を横に振った。
『ラピス〜私と貴女は歩み寄る余地がありますよ〜』
突如、ビッシリと埋め尽くすウィンドウがラピスを包む。
「ラムダ、おまえなに…を……ラピス?」
数秒後、ラピスの回りからウィンドウが消えると、そこには惚けたラピスがいた。
『ラピス。楽しみは分かち合うものです。判りますね?』
囁きは何処からか。俺の手を離すと、ラピスはクルッとラムダと俺を遮るように立つ。
「う、ん」
「…………」
言葉が出ない。
まさか、ラムダがラピスを懐柔する日が来るとは…
リンクを通して感じるラピスの感情は…あまり理解できなかった。
時々妙な声が聞こえるのが怖い。ラムダ…一体何を見せた?
『マスター…ラピスにとって、自身の記憶はマスターと出会ってからです。短くても至福の時というのはいつ見ても嬉しいものです(このデータがある内はラピスは私に協力的ですよ?フフフフフ〉』
「性悪AIめ…」
日に日に人間臭くなっていくな。俺の行動記録など撮っても面白くも無いだろうに。
『ラピス〜お許しが出ました。今度暇なときに、マスターとラピス001から見ましょうね』
「うん」
ラピスにしては元気の良い返事に頭を抱える。リンクから流れてくる感情に反論すら禁じられる。
…俺は、いや……ラピスは俺から離れないと駄目だ。このままだとラピスに良くない。
そう思う傍ら、三人一緒に居たい……そんな許されざる感情が生まれるのを必死に否定していた。
俺は咎人…赦されざる殺人鬼。
「ラムダ。射出されたコンテナはどうだった?」
『…回収は終わりましたが、検査は済んでいません』
「なに?何か問題でもあったのか?」
時間はかなり余裕が有った筈だが…
『いえ…、私の体をこれ以上汚されないよう爆破しないように解析から入ってましたので…』
「そうか、残りはアカツキへの土産にするか」
爆破が起きると若干だが船体が揺れる。恐らく揺れを抑えようとしていたんだな…全く、余計な事に気が回るな…
「ラムダ。ジャンプフィールド発生準備。ラピスはアカツキに今から行くと連絡を入れてくれ」
ラピスが自らの席に着く。
『完了です』
「おわった、よ」
「………ラムダ」
『はい?』
「何番まであるんだ?」
『………マスター。貴方に名を頂いてからの歳月は私を育てました』
隙があれば絶対に確保しよう…
「ジャンプ」
--
「お帰り」
「エリナか」
ユーチャリスを降りるとそこにはエリナが居た。
「久しぶりね。でも、ネルガル-わたし-としては、連絡は定期的に入れて欲しいんだけどね」
「…」
「はぁ…まぁいいわ。無事に帰って来たし、ラピスも元気にしてた?」
こちらの沈黙に、頭に手を当てて溜め息を吐くと、今度は笑顔でラピスに声を掛ける。
「……う、ん」
反応は悪いがこれでも成長したものだ。最初の頃は…
「何か食べたいものあるかしら?」
「………」
「ラピス。この服着てみない?」
「…………」
「……アキト君のところに行こうか」
コク。
だったらしいからな。いくらリンクで繋がって思考を読めるからと言っても、俺以外の人間に対して興味を示さないのは不味い。
時間を割いて、エリナが悪い奴じゃ無いと説得してやっと口を開いたくらいだからな…
「会長が大事な話があるそうだから、ラピスは私とお着替えしましょう」
「…アキトといっしょ」
「お着替えしたらアキトくんが喜ぶわよ〜」
エリナから視線が送られる。
…事情があるのか?
「……ラピス。エリナと行け。話が終わったら迎えに行く」
頭を撫でると、少し不満そうだったがエリナの横に移動した。
「場所は?」
「いつもの所よ」
「分かった」
言って、アカツキの待つ部屋に向かう。
…何時もならダラダラと愚痴を溢すのにな……何かあったのか?
『マスター』
「ラムダか、どうした?」
コミュニケの通信をオンにする。
『はい。これからシステム調整を行いたいのですが、宜しいですか?』
「?構わないが…ラピスを呼ぶか?」
『いえ、自律回路の点検ですので私だけで大丈夫です。ただ、一時間は連絡が出来ません』
「…何かあったのかラムダ?」
いつもと何か違う。違和感というか、勘がそう言っている。
『夢を、見てみたいです』
「なに?」
『ある書物に書いていました。人間は就寝中に夢を見ると。それは願望や、思考を反映したものだと…折角の機会ですので試してみようかと♪』
音声の抑揚が気になるが…まぁ、大丈夫だろ。
「分かった。寝ぼけてくれるなよ…お休みラムダ」
『いつもと逆ですね、お休みなさいです、マスター』
コミュニケが消える。
さて、アカツキのところに行くか。
--
「やあ、久しぶりだねテンカワ君」
「昨日会った筈だがな?」
部屋に入るなり、ソファに腰かけたアカツキが片手を上げてきた。
「あれは会ったなんて言わないよ。連絡しただけさ」
同じだと思うがな。
アカツキ・ナガレ。未だに掴めないところもあるが、味方だと言うのは間違いない…か。
「それで?」
「まったく、君はせっかちだなぁ。少しくらい……そうだね。君には伝える事が四つある」
対面に座ると同時に気圧を掛ける。勿論、殺気じゃない。
「聞かせてくれ」
「艦長の退院が決まったそうだよ」
「そうか」
「それだけかい?仮にも、奥さん助ける為にあんな大立ち回りをしたってのに」
ユリカ…か。
アイツ達の事を考えると思考が冷める。それは、無意識の内に俺がやっているとイネスは言った。許されない罪と、赦されない罰を欲しているからだと。
「関係ない。俺とアイツは他人だ。戸籍上でもそうなっている」
「じゃあルリ君は?」
「…彼女はアイツの家族だ。そこに俺-罪人-の存在は必要ない」
「素直じゃないよねぇ」
「アカツキ…俺の答えは変わらない。あそこはもう俺の居場所じゃない」
バイザー越しに真剣な視線を感じる。
「分かったよ。じゃあ二つ目。ルリ君なんだけど…軍はルリ君を危険視している。今までは只のMC- マシンチャイルド-だと認識していたけど……この間の一件が不味かった。彼女がその気になれば、自分達も同じ目に会うかも知れないからね」
「そんなこと…」
「無いと言えるかい?事の始まりは君との再会だ。軍も馬鹿じゃない。あの戦いで、君に対する彼女の行動については、表に出てこないだけで問題視されているよ」
…アカツキはこう言いたいんだろう。
「俺がこうして居る限り、ルリちゃんに迷惑が掛かる…か」
「テンカワ君…そうやって自己否定ばかりしていちゃ駄目だよ」
「軍はどう動くつもりだ?」
「仮にもミスマル家の養女だからね。監視をつけて、例の亡霊事件の犯人を追わせるみたいだよ… 連続コロニー襲撃犯をね」
…あの襲撃をしたのが俺、テンカワ・アキトだとは報じられていない。戸籍上じゃ俺は死亡した事になっているしな。ユリカが生きていた事はもう知られているが、実際はあの地獄を生き延びたのは俺だけ…だがそれを証明は出来ない。唯一それを示せるのは、俺を捕まえるか…ネルガルが俺を売るかだ。
「ねぇテンカワ君」
「なんだ?」
「君はなんでまだ戦うんだい?」
「奴等はまだ生きている…奴等の息の根を止めるまで俺は…」
うつ向き加減に、歯を食いしばる。絶対に許さない。死んでいった同郷の為にも、奴等の存在を俺は認めない。
「それじゃ一生終わらないよ。火星の後継者はいずれ鎮圧される。そうなったら次はクリムゾンかい?それが終わったら?」
「なら死ぬまで戦い続けよう」
「…三つ目、ラピスくんはどうするつもりだい?」
「…アカツキ、俺は」
「駄目だよ。答えを他人任せにしちゃ。少なくともラピスくんに関して、君は誰も頼っちゃいけない筈さ」
厳しいな。
答えは出てる。ラピスは俺と一緒に居ちゃいけない。不幸になるのが解っている。
「…ラピスは俺を自分に重ねている。笑うことも、楽しいことも知らずにいたんだ。そこに俺みたいな奴が入り込んで利用した…俺の目 、俺の耳、俺の…そんな口癖をあの子に教え込んで、血で手を汚させた。これからは、普通の幸せを感じて欲しい」
「それをラピスくんが望んだんだ」
「違う!!」
ソファから勢い良く立ち上がる。
「ラピスには違った人生を与えられた筈だ!普通に学校に通うことは出来なくても、ルリちゃんみたいに生きることも出来た筈なんだ!」
「出会わなければ良かったとでも言うのかい?」
「…そう」
そうだ。そう口にする前に口が止まった。アカツキから感じる怒気を感じたから。
「さっきから聞いていたら、君が言うことは筈だの何だのもう過ぎた事さ。僕が聞きたいのはこれからの事だよ」
「…ラピスはエリナに任せる。アイツならラピスに普通の」
「無理だね」
「何故だ?」
「忘れたのかい?君の五感は彼女が補っているんだよ?どうやって生活するんだい?それに、ナノ マシンの鎮静も自分じゃ出来ないだろ?」
「イネスがラムダとのリンクシステムを開発しているだろう」
「…あれは非常手段だよ。今ほどの安定は望めない。それに、君とのリンクを切ってラピスくんが生きていけると思うのかい?」
以前の一度、ラピスと離れて一週間程検査受けた事がある。その時ラピスは深い眠りについた。遠く離れた俺を補助する為に、かなり無茶をしていたんだろう。エリナから連絡を受けて帰らなければ本当に危ないところだった。
「だからだ…このままじゃ、俺が死ぬまでラピスに苦労を強いる」
「…テンカワくん。君が罪を許せないのは分かる。でも、責任を放棄させはしないよ」
「責任だと?」
「そうだよ。ラピスくんに対して負い目を感じているなら余計にね。幸せな人生?それをあの子が 君に決めて欲しいと言ったかい?あの子は君と一緒にいることを望んだんだ。なら君はあの子と一緒にいて上げるべきじゃないのかい?」
「それは方便だ。今ならまだ…」
「方便?結構じゃないか。皆が笑っていられるならずっと良い…君は、君自身の我が侭をラピスくんに押し付けているだけだよ。君は自分に取っての幸せが許せないだけさ」
平行線だな。
何でだ…何で俺のまわりにはこんなにも………………
「アカツキ…」
「なんだい?」
「ラピスに最後の確認を取る。それでラピスが一緒にいる事を望んだら好きにしろ」
「そうかいこれは四つ目だったんだけど、君には姓を捨ててもらう。そして、ネルガルの運輸業務を手伝って貰おうかな?」
既に決まったようにアカツキは言う。表情はしてやったりの笑顔。だが、恐らく…いや、間違いなく怒りに変わるだろう。ラピス……俺は、お前に恨まれるかな?
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