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機械の夢

作者:天城
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第01部「始動」
  第01話

 無機質な音を鳴らして扉が開き、入ると同じく音を鳴らして閉まる。
「おわった、の?」
「ああ…」
 強襲型戦艦ユーチャリス。そのブリッジで俺は、長い薄桃色の髪を持つ少女…ラピスの問いかけに答える。
 ブリッジには、今しがた破壊した戦艦の残骸が映し出されている。
 火星の後継者…俺の人生を狂わし、周囲にも害を及ぼした俺の…いや、火星で生まれた者の敵。
 首謀者であり、先導者だった草壁とその一派が拘束され、怨敵である北辰を討ってから二ヶ月。中核を失っても、火星の後継者は無くならなかった。
 アカツキの話じゃ、元No.3だった南雲という男が中心になっているらしい。未だに戦力を保有している辺り、やはり支援を行う勢力がまだ要る。
「…」
 モニターから目を放し、艦長席に腰を降ろすとラピスが近づいて来た。
 トコトコと足音が聞こえるのは、アイツの趣味だろう。
「アキト…だいじょうぶ?」
「…ああ。ラピスも疲れて無いか?」
 リンクを通して何かを感じたのか、ラピスが心配そうな声を出した。
 身体的には少しダルいが、以前の戦闘に比べれば楽なものだ。多対一の戦闘には変わらないが、相手に北辰や六連クラスの敵は居ない。
 相手を自由にさせない戦闘が続けられるなら、ブラックサレナを駈っている限り負ける-死ぬ-事は無いだろう。
 いつも通り、敵の戦力を確実に削っていくだけだ。
「アキト?」
「ああ…すまない。やっぱり疲れてるのかな?」
 沈黙していたのが気にかかったのだろう。見上げてくる視線にハッとなり、ラピスの頭を撫でる。
 目を閉じて袖を掴むラピスに、自然と口元が緩む。同時に軽く胸が痛む。
 俺の復讐に巻き込み、人生を台無しにされた少女。幼い手を血で汚し、命を奪わせた。その事は悔やんでも悔やみ切れない。例え…ラピスの助力無しには復讐が遂げられ無かったとしても…
『お疲れのところ申し訳ありませんマスター。ネルガルより通信が入ってますが、どうなさいますか?』
 オモイカネ型AI。通称ラムダ。
 ユーチャリスに積み込まれた頭脳とでも言うのか?多少お節介が過ぎるが、幾度も死線を共にした俺のもう一人の相棒だ。
「繋いでくれ」
モニターが一転し、良く見知った顔が二つ現れる。アカツキにエリナだ。
「やぁ。元気かいアキトくん。出来れば連絡は定期的……」
「定期連絡ぐらい入れなさいよ!」
 アカツキの会話に怒声を被せるエリナ。だが、口調とは裏腹に顔は笑っている。
「一週間前にしただろう。それにまだ補給は必要無いからな」
 実際、前に補給を入れてから昨日まで戦いらしい戦いも無かった。商船を装った船を改めてはユーチャリスで逃げ道を防ぎサレナで狩る。A級ジャンパーの能力は非常に使い勝手が良い。
 いつ何処に居ても、CCさえあれば貨物船に潜り込むなんて雑作もない。
『休息と栄養摂取は急務かと思われます、マスター』
「煩いぞラムダ」
 五感が不自由な俺に、正確な疲れの概念は無いに等しい。例え全力疾走を限界まで行おうが、限界直前までは全力を出せる。限界は疲労の限界に等しい。今までの経験上、この後サレナで、十時間くらいの耐G訓練をしても乗り切る自信がある。
「アキトつかれて、る。からだ、やすみたい…って」
 ……………ふぅ。
 俺はラピスのこの視線に弱い。それを理解しているのか、最近はラピスに良いようにされている。
「アカツキ、明日ネルガルの月ドックを借りたい」
「了解。僕としても君とは少し話さないといけないからねぇ。助かるよ」
「何故今日じゃないのよ?」
「今日潰した船に、厳重に守られた船があってな。味方の船を囮にして逃げようとしたところを潰したら……ラムダ」
『ハイ♪こうなっちゃいまして』
 モニターにバッタが現れる。
 丁度バッタが、運び込んだコンテナを開ける所だった。
-ドン!!-
 眩い閃光を発し、コンテナがバラバラになっていた。作業をしていたバッタは、焦げてはいるが大丈夫のようだ。
「え〜と」
「これで28…だ」
「…ダミーだったってこと?」
「分からん。只、定期的に通信をしていたみたいでなブリッジを潰したら船体が開いて大小合わせて三百近くのコンテナが射出された」
 今も放出されたコンテナをバッタが集めて来ている…何を隠しているかは分からんが、奴等の事だ…ろくなものじゃないだろう。
「分かったよ。まぁ、全部ダミーで君をそこに止めるのが目的かも知れないからね。作業が終わったら直ぐにこっちに来てくれ」
「分かった」
「ラピス。貴女に似合いそうな洋服を買ってあるからね」
…エリナの言葉に頷くラピス。以前に、エリナから貰った服を似合うと言って以来、エリナの着せ替え人形になってたりする。
 未だに、他の人間に対しては視線を合わせようともしない。それでは不味いと色々努力して(主にアカツキ)みたが、どうも他人の気配と言うのか?少しでも邪気を感じると即座に逃げてしまう。
 過去の体験のせいか、他人の雰囲気にかなり敏感になっているのかもとイネスが言っていた。
「それじゃ、朗報を待ってるよ。じゃあまたね」
 アカツキが手を振りながら消えた。しかし、俺は…
『マスター?どうかされましたか?』
「いや、何でもない。それよりも、コンテナの回収と検査、破棄をするのにどのくらい掛かる?」
『このまま妨害が無ければ、二時間で完了します』
「分かった。では俺はサレナで」
『マスターは少し休んでいて下さい。昨日から弾薬補給を繰り返しては戦闘を行なっていたのですから』
「まだ大丈…」
「ラピスも眠たいでしょう?」
「う、ん」
 袖を掴む手が手を掴んできた。
 確かに、昨日はかなり無茶をした…ラピスは俺のサポートしていたから、睡眠時間をかなり削っていた筈だ。
「………ラムダ、ここにずっと居るわけにはいかない。船を移動させてくれ。作業効率は考えなくていい」
『了解ですマスター。敵の反応が出ましたら起こしますので、それまではゆっくり休んでいて下さい』
「ああ…すまない。少し気が回らなかった…有難う」
『私もラピスもマスターが好きです。全てを一人でするのは大変です。荷が重くても、分けられるのなら喜んで背負います』
「…オモイカネもそうだったが、お前はもっと変わっているなラムダ」
『私のマスター-ご主人様-がそうですから』
「〜〜〜」
ん?
 見ればラピスが腰に抱きついていた。
「どうしたラピス?」
 徐々に力を上げようとしているのだろうが、平均的な同じ年代の少女にも負ける腕力ではさして問題も無い。
「ラピス?」
「わたし〜〜〜も…つ」
………は、全く俺の回りは…良い奴ばかりだな。
 だが、俺は………
「ああ。有難うなラピス」
 俺は逆にラピスを抱える。キョトンとした顔が印象的だったが、直ぐにそのままもたれかかってくる。
『………ぃぃ ぁ』
「?じゃあ後は任せる。何か分かったら連絡をくれ」
『はいマスター』
-シュッ-
 ……マスターはラピスを抱いたままブリッジを出ていった。
 あの調子では、またラピスの部屋のベッド脇で寝ることになりそうですね。
進路を決めて、探索用のバッタを増やす。
 私の名前はラムダ。強襲型戦艦ユーチャリスのAI。マスターに名前を頂き、共に歩んで来た…
 私はマスターの、私はマスターのマスターのマスターの…………

--
「さて…彼に何と言おうかねぇ」
「なにがよ?」
「さっき連絡があったんだけど、今度の連合会議で火星の後継者とコロニー襲撃犯に関する話し合いが議題に上がる」
 顔は笑っているが、彼を包む雰囲気は真剣そのものだ。
「…でも、彼が行なった事の経緯は知られているのでしょう?」
「ああ。草壁は詰問に対して全てを答えているらしいからね。彼らに行なった非人道的行為や、テンカワ君が行なった行為が、自分達の計画を妨害していたという事もだよ」
「だったら」
 机に両手を叩きつける音が広がる。音が消えると、その場は空気が乾いた様に静かに感じる。
「…情状酌量?君も分かってるだろう。そんなものはないよ」
 悲しいくらい呆気なく、沈黙は崩された。
「元木連の軍人が中心だったけど、軍内部の反乱と取られても仕方ない状況だったんだ。そこに、 コロニー襲撃で悪名高い彼を釈明する……そんな発表なんてしやしないよ」
「だったら!」
「無茶は言わないでね。草壁は全てをって言ったよね。彼の行動にネルガルが関わっている事はもうバレちゃってるよ」
「じゃあどうするのよ」
「どうしようかねぇ…ぶっちゃけテンカワ君が死んでくれるのが一番なんだけどね」
 再度乾いた音が広がる。
 誰かが誰かの頬を叩いた音だ。
「…痛いよ」
「冗談でもそんな事言わないで」
「まんざら冗談って訳でもないんだけどねぇ」
「ちょっと!?」
「落ち着きなよ。つまり……」
 静かな部屋に男の声が響く。それは新たな騒動の種になる。しかし、女はその言葉に唇を緩めた。

--
「スゥ〜スゥ……」
「相変わらず寝付きが良いな」
 ラピスの部屋はアキトの部屋の隣に位置する。
 ラピスはアキトに依存し過ぎている。本当の意味で他人を感じた事もあるが、リンクで繋がった事が決定的だった。
 リンクの同調率を上げれば、思考の共有すらも行える。そうでなくとも、単純な感情の起伏くらいなら意識せずとも伝わってくる。
 他者に対し恐怖と空虚が渦巻いていたラピスにとって、アキトの……プリンスオブダークネスの狂気…以前の他人を思いやる心が、少なくなっていたラピスの感情を刺激した。
 アキトの目となり、アキトの耳となり、アキトの手に、アキトの足に、アキトの…アキトの…アキトの。
 いつの間にか口癖になっていた言葉。まるで、自分に言い聞かせているような呪文-呪い-。ラピスにとって至福の瞬間…アキトの為にアキトと繋がっている。必要とされている事の再認識。それが少女の存在意義と言わんばかりに。
 今でこそ落ち着いているが、アキトの説得や時間が徐々にラピスの依存症を抑え、部屋を分け一人で就寝出来るようになった。
 アキトを掴んで放ないラピスに、彼は諦め気味にソファーに座る。
 ユーチャリスに乗り込み、今と同じ状況で床に腰を降ろして寝るアキトに業を煮やしたラムダが製作させた物だ。
「…俺は。どうしたら良い…………」
 瞳を閉じ、膝に乗せたラピスの頭を撫でる。
「…アキ、ト……ゥ」

--
 ラピスは夢を見ていた。
 アキトが微笑み、隣に自分が立っている。幸せだ。これが何かは分からないが、自分が幸せだと言うことをハッキリとは分かって無いが、自覚はしているかも知れない。
 アキトの笑みが消える。いつの間にか、隣にいたアキトが消えた。
「……ス」
 振り返る。
「   」
 アキトが居た。見ると同時に駆け出す。
 距離が縮まらない。近づいた分だけ離れていく。
 苦しい。苦しい苦しい。苦しい。苦しい。苦しい。苦しい。苦しい苦しい。苦しい。苦しい。苦しい。
「アキト…アキト!」
 アキトの名を呼ぶが届かない。アキトの顔が見えた。表情が、見えた。唇が動いた。
 アレは何?聞こえない。アキトの声が…アキトが感じられない。
 苦しい。苦しい苦しい。苦しい。苦しい。苦しい。苦しい。苦しい苦しい。苦しい。苦しい。苦しい。苦しい。苦しい苦しい。苦しい。苦しい。苦しい。苦しい。苦しい苦しい。苦しい。苦しい。苦しい。
「苦しいよ。アキト…」
「さよならだ。ラピス」
 !!!
 アキ、ト……アキト…胸が、痛いよぉ。
『アキト!!!』
「―!敵か!!」
 アキ…ト。
 近くにアキトの顔がある。安堵と同時に飛び付いた。
「どうしたラピス?」
 目元から頬を何かが伝う。
「アキ、ト…アキトォ」
「怖い夢でも見たのか?」
 アキトの手が目元を拭う。
 まだ胸が痛い。アキトの言葉がまだ耳に残っている。
 さよな……嫌!!聞きたくない。
「アキト…何処にも行かない、で。私を置いて何処にも行かないで…」
 ……?
 リンクを通してもアキトの感情が分からない…でも、触れたアキトの感触が今の私を支えてくれる。私はアキトの…アキトの…… 
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