魔法少女リリカルなのは ~最強のお人好しと黒き羽~
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第二十四話 一つの決着
――――あたしはある日、アルフと言う名前をもらった。
降りしきる雨の中、雨宿りをできる場所を失って、食べるものを失って、居場所を失って、死ぬことを待つしかなかったあたしは、金髪の女の子に拾われて、アルフと言う名前と共に居場所をもらった。
だけど女の子はあたしを拾うと同時に、使い魔の契約を行った。
それは事実上、あたしと女の子の間に『魔力供給』と言う繋がりを生み出すことで、幼少のその子には負担の大きい行為だった。
あたしは得をしても、女の子には何一つ特のない選択だったから、あたしは喜んでいいのか、どう接していいのか分からずにいた。
とにかくあたしは女の子の負担にならないよう、あまり激しい動きはせずに、ひっそりと過ごしながら女の子の家庭を見つめる。
女の子にはリニスと言う、あたしと同じ使い魔の女性がいて、彼女が日常の全ての世話を担当していたけど、女の子の母親はほとんど姿を現さない。
顔を出しても一言二言ですぐいなくなってしまう、冷たい母親だった。
女の子は母親に会うたびに喜んでは、すぐにいなくなって寂しそうな顔する。
そんな光景を見ている内に、あたしはどうして女の子があたしを拾い、使い魔にしたのかを知った。
あの子はきっと、使い魔が欲しかったんじゃない。
死にかけてるあたしに同情しただけじゃない。
――――家族が欲しかったんだ。
友達とか親友だとか、恋人だとか、それよりも……それ以上に深くて親密で、近い関係が欲しかったんだ。
嬉しい時に一緒に喜んでくれる存在。
悲しい時に一緒にないてくれる存在。
そんな、沢山の想いを共有できる存在が欲しかったんだと思う。
もしかしたらあの日、あたしを拾ってくれた日、雨の日なのに傘も持たずにそこにいたのは、そう言う存在を探してたからじゃないのかな。
見つからないと分かっていても、探さずにはいられないくらいに寂しかったから……。
そんな中で、たった独りで雨に濡れて死にかけていたあたしに自分の姿を照らし合わせて、そして共有し合いたいって思って……残された手段を全て総動員させた結果なんだと思う。
ならば、あたしの答えは一つだ。
あの子を――――フェイトを、決して独りになんてしないこと。
あたしの命を救ってくれた。
あたしの日々を変えてくれた。
あたしに居場所をくれた。
あたしに食べ物をくれた。
あたしに――――生きる理由をくれた。
ならあたしは使い魔として……それ以上に、あの子の家族として戦う。
いつか、あたしを救ってくれた彼女が笑顔で幸せな日々が過ごせるように――――。
*****
「フェイトっ!!」
コンテナが多く並ぶ海岸沿いで、フェイトは悲痛な声を上げながら地面に倒れた。
遅れて駆けつけたあたしは、倒れかけたフェイトを抱きとめることしかできなくて、そしてフェイトをこんな目にあわせた相手を睨みつけることしかできなかった。
「あんたがフェイトを……!」
「私も被害者。 お互い様」
淡々と言いながらこちらに歩み寄る、白い浴衣を着た女の子。
左手に握られたレイピアが彼女の獲物なら、接近されるのはマズイ。
そう思いながら警戒していると、彼女は何を思ったのか武装を解除し、無防備な制服姿に戻った。
「……なんのマネだい?」
「あなたとは戦わない」
「なんで?」
「理由がない」
「あたしになくて、フェイトにはあるってのかい?」
「ある。 けど、それは私の役割じゃない」
「……だからやめるって?」
彼女は無言で頷いた。
私には、彼女が言っている意味が理解できない。
役割って?
理由がないって?
あたしの知らない間で、フェイトと彼女に何がったって言うんだい?
全てを知ることは、この時この場ではできない。
とにかく、戦うつもりがないのならこっちは好都合。
「なら、あたしはお言葉に甘えて逃げさせてもらうよ」
「好きにすればいい。 けど、きっとそれは長くは続かない」
「どういうことだい?」
彼女はまた、意味のわからないことを聞いてきた。
意味が分からず、しかし興味を惹かれる言葉。
理由を聞かずにはいられない言葉。
彼女は相変わらず無言で、何を考えているのか分からない表情で答えた。
「フェイトも、あなたもきっと、黒鐘に救いを求める。 そして、彼は絶対に救う」
「……クロガネ?」
聞いたことのない名前だった。
きっと彼女の仲間だろう。
その、クロガネって存在が、フェイトやあたしを救う?
――――やっぱり意味が分からない。
「あたしは救いなんて求めてない。 フェイトも、きっと同じだ! なにより、こっちの事情はこっちの問題だ! 部外者に何ができるって言うんだい!?」
あたしはつい、怒りを込めて叫ぶように問い質してしまった。
何がそうさせたのだろうか?
何が、あたしをイライラさせたのだろうか?
やっぱり、部外者が救うなんて口にしたから?
敵が、余裕そうな雰囲気で語るから?
いや、どれも違う。
でも、ではなんなのか?
それは分からない。
だけど彼女は――――、
「それでも助ける。 黒鐘は必ず、二人を助ける道を突き進んで、必ず救ってみせる」
「っ!?」
真っ直ぐな瞳で、一切の疑いも持たずに答えてみせた。
その姿はあたしには眩しすぎるくらい真剣で、屈託がないもので。
ほんの少し……ほんの少しだけ、心を許しそうになった。
「……無理だよ、そんなの!!」
だからあたしは逃げるように吐き捨てて、走った。
彼女から逃げるように。
これ以上、彼女たちの想いに心を揺らがせないように――――。
*****
「無理……」
オレンジ色の髪をした使い魔の女性が、フェイトを連れて去っていく。
私は追わず、その背中を見つめた。
諦めにも似た『無理』の言葉に共感してしまったからなのか、その背中を見つめるとふと、懐かしい感覚が蘇ってくる。
――――魔導師としての道を断とうとしたことがある。
原因は一言。
剣の才能がなかったから。
私の家系は『逢沢流』と呼ばれる、戦乱時代から受け継がれている流派を持つ家系で、私の父が現在の継承者。
そして次の継承は姉である私になる予定だった。
だけど私には『剣を振る』と言う行為が難しい体つきをしていた。
逢沢流は剣を武器にした魔法流派。
なのに私は剣が振れず、振っても振り回されてしまうほど弱い身体をしていた。
まだ幼いからと言えば言い訳が利くし、これから成長していけば振れるかもしれない。
けど、私は諦めたいと思った。
『剣の流派に生まれた娘が剣を振れない』。
それは当時の私にとってコンプレックスでしかなかった。
剣を振れない自分が嫌いで、そんな自分を変えようと修練に取り組んだ。
必死に……ほんとに必死に、頑張った。
けど、いつまでたっても成果なんて現れなかった。
振り回す剣は重たくて、身体はいつまでたっても弱くて。
両手にいくつもの肉刺を作っては潰したけど、身体はその傷に相応しい力を身につけなかった。
――――『努力すれば必ず成功する』なんて言葉をよく聞くけど、あれは少しおかしい。
本当はきっと、『ある程度の才能を持つ人が、必要以上の努力をすれば、大抵のことは成功できる』が正しいと思う。
だけど言葉や名言はシンプルな方がかっこいいから、その細かくて大事な部分を消してしまう。
そう思ってしまうほど、私には努力ができても才能がなかった。
――――もういい。
もう、努力するのはやめよう。
両手に握るこの剣から手を離すだけでいい。
そしてもう二度と握らず、好き勝手に生きればいい。
そっちのほうが幸せになれる――――。
『もう一本、お願いしますっ!』
道場内で一際目立つ大声に、私は視線を向けた。
道場の隅で諦めかけていた私の耳は、視線の先にいた一人の少年が私の父と修練をしている姿を見つける。
私より少しだけ背の高い、けれど握っている木刀と同じくらいの身長だったその子は傷だらけで、対する父は無傷だった。
それを見て、彼は父に歯が立たないけど諦めずに挑んでいるんだと言うことに気づいた。
私の時は倒れている私を父が無理やり立たせて、諦めさせてはくれなかったと言うのに。
彼は私と変わらない年齢にも関わらず、自らの意思で父に立ち向かっていた。
まるで『諦める』なんて言葉を知らないかのような真っ直ぐさ。
私には、マネできないものだと思った。
――――しばらくしないうちに、彼は倒された。
過呼吸気味な息。
全身は痛みと疲労で震えて、それを見ていた誰もが終わりなんだと感じていた。
だけど、私と、きっと父は気づいていた。
倒れながらも、彼の目は諦めずに父を睨みつけ、倒れながらもその手は刀を握り締めている。
そして彼は、ゆっくりと立ち上がった。
震える脚に力を込め、握り締めた刀に意思を込め、彼は再び構えた。
そして無言で見つめる父を睨みつけて声を張り上げた。
『まだやれる……だから、続けてくださいっ!』
その声には、意思が乗っていた。
私にはないほどの力強い意思。
その小さな身体のどこにあるのか分からないくらいに大きくて、眩しいものを彼は持っていた。
そして父に挑む彼に、私は憧れと――――微熱を持った感情を抱いた。
「あれから五年……早いわね」
海岸から吹く潮風が頬を撫でる。
春特有の生温い風は、私の心によく似てる気がして。
「もっと、強くなる」
私に改めて、強い決意を抱かせてくれた――――。
*****
「~~~ってぇなぁおいッ!!」
音を超えて爆発に等しい戟音が響くやいなや、イルは地上から弾き飛ばされ、はるか上空――――雲の上まで飛ばされていた。
最初の衝撃の時点で足は地面を強く踏みしめていた。
なにより彼は大技を放っていたが故に体勢を崩さないよう、意識を研ぎ澄ませていた。
そんな状態すら嘲笑うように彼の身体は対応できないほどの『力』によって押し負け、結果として上空まで飛ばされる。
そしてそれは、イルにとっては追い込んでいて敵に逆転された瞬間でもある。
「こんな力ぁ……今まで隠してたってのかぁおい……」
あまりにも予想外の展開に困惑しつつも彼は、自分をこの場まで飛ばした相手――――小伊坂 黒鐘を睨みつけ、地上へ向かいながら問う。
「なんだぁその力はよぉ?」
爆風を刀で薙ぎ払い、姿を現した黒鐘はイルを睨み返し、首を左右に振った。
「ネタバレするのは嫌いなんだ」
「へっ、そうかよっ!!」
当たり前の拒絶に納得し、急降下する速度を上げながらイルは再度、黒鐘に突撃を仕掛けた。
先ほどの技を見抜くために彼の動きに神経を張り巡らせ、刀を振るう。
刀身は再び漆黒の炎が包むが、それは大技の類ではなく、魔力変換資質によって発生した炎。
魔力伝達で強化した際に発生した現象の一つだった。
空中から落下する速度を考えれば、回避はまず選ばず、あるのは防御か――――先ほどの反撃のみ。
「これでも喰らえッ!!」
勢いよく振るわれた刃は縦一線に黒鐘の身体を真っ二つにするかのように迫る。
プロテクションによる防御をとっても、この一撃は力によって叩き落とし、燃えたものが燃え果てるまで焼き付く業火によって息の根を止める。
ならば黒鐘に残された手段は、先ほどイルを上空まで弾き飛ばした奥義のみ――――と、イルが考えていたことを黒鐘は気づいていた。
「悪いけど腹いっぱいなんだ」
「ッ!?」
淡々とした返事の瞬間、振り下ろされた刃が黒鐘を左右に真っ二つにした――――はずだった。
しかし刃は空を切ったように手応えがなく、かと思えば黒鐘の身体は陽炎のように揺らめき、溶けるように消えた。
天流・第弐翔/蜃気龍。
「変わりといってはなんだけど、これを喰らってくれ」
声は背後から聞こえた。
背後では黒鐘が銃になったデバイスをイルに向け、すでに漆黒の魔力がバスケットボールほどの球体に収束していた。
全ては一瞬の出来事。
イルの回避不能と思われていた一閃を回避し、背後に回った黒鐘が砲撃の用意を終わらせる。
そして――――。
「ディバイン・バスターッ!!」
――――引き金を引くと同時に、漆黒の球体はビーム状の閃光となってイルに衝突し、漆黒の爆発を起こす。
「ぉぉぉおおおおおッ!!」
力いっぱいの呼気と共に砲撃は出力を上げ、イルを巻き込んだまま海まで叩きつけていった。
出し尽くした所で海岸の海が宙を舞い、雨のように地上を濡らしていく。
「はぁ、はぁ……っ」
大出力の砲撃の衝撃は発動者の身体に大きな負担をかける。
黒鐘は全身が軋むほどの痛みに耐え切れず、地面に膝をつく。
握力を失い、右手から滑り落ちたアマネも待機モードのタブレット端末の姿になって地面に落ち、服も学生服に戻った。
それは彼が戦う力を失うほど消耗していると言う証でもあった。
《マスター、大丈夫ですか?》
「だ、大丈夫そうに見えるか?」
《……愚問でしたね》
主の状態を確認するための質問だったが、どうやら応答ができるくらいの余裕はあると理解し、すぐに高町たちに応援を呼んだ。
あとはジュエルシードを回収すれば取り敢えず終われる。
アマネと黒鐘はそう思い切って、気を緩めた――――緩めてしまった。
「まだ……まだだぜぇっ!!」
「ッ!?」・《ッ!?》
倒したはずの存在の声に、一人と一機は脳裏に『諦め』が過る。
海の方を見ればバリアジャケットがボロボロになりながらも、武器である刀の刃が欠けながらも、諦めず殺意に満ちたイル・スフォルトゥーナが立っていた。
黒鐘の全力をもってしても倒れない相手。
人では足りない、人知を超えた狂気。
「くっそ……っ」
黒鐘は下唇を強く噛み締める。
もはや、両手両足に力は入らない。
残り僅かな魔力では、恐らくイルが放つ一撃を防ぐほどの障壁は張れない。
彼一人では、この状況を超えることができない。
(高町や雪鳴達を呼ぶか……いや、それはできない)
助けを呼ぶと言う選択はできなかった。
眼前の敵は、間違いないなく人を殺めることができる。
それは人を傷つけることと同じほど簡単に。
夏場、自分の身体に飛びつく蚊を潰すほど簡単に。
あっけなく、簡単に、迷いなく、殺す。
それがイル・スフォルトゥーナと言う少年なのだ。
ならば彼女たちを巻き込むわけにはいかない。
彼女たちは生きなければいけない。
沢山の大切な人がいるのだから、生きなければいけない。
対して自分は?
家族はいない。
姉も、目覚める気配がない。
孤独の人間が一人死んだ所で、変わらないだろう。
そう……だから、諦め――――、
「――――なに湿気たツラしてんだ坊主」
「え……!?」
「あぁ?」
黒鐘の正面に立つ、一人の男性。
全身黒のスーツ姿ながら、大柄で筋肉質なのか腕や太ももの部分は筋肉の見える体格の男性は、黒鐘を庇う形で立ち、イルを威嚇する。
「お前さんに提案が一つあんだが……ここは一旦しまいにしてはくれないか?」
「何言ってんだおっさん……そんなの俺が――――!?」
邪魔が入った。
そう思ってイルはその相手を睨み、攻撃しようとするが――――動きを止めた。
いや、止めるなんて考えるよりも先に体が、本能が停止することを選んだ。
そうしてしまうほど、男性が発していたオーラが強烈だったのだ。
黒鐘とも違う、圧倒的にして濃厚なまでの存在感。
「頼むよ。 ここは俺に免じて、お開きってことで」
「……チッ」
舌打ち交じりに、イルは武器を消し、殺気も消した。
それは戦闘終了を告げる合図。
男性の要望を応えた、イルの返答だった。
「興が削がれちまったなぁ……。 おっさんの言う通り、この場は譲ってやるよ」
「理解が早くて助かる。 こっちも面倒事は避けたいんでね」
「だが、ジュエルシードは俺たちのもんだ。 邪魔するなら、次は必ず殺す」
「承知した」
会話を終えると、イルは黒鐘と男性に背を向けて飛び去っていく。
イルの姿が見えなくなった所で男性はめんどくさそうにため息を漏らし、伸びをしながら黒鐘の方へ振り返る。
「……で?」
質問はそれだけだった。
言葉足らずに感じるが、黒鐘と彼の『間柄』ならではの会話だった。
なので黒鐘は質問の意図を理解し、そして理解した上で申し訳ない表情となってゆっくり答える。
「その……ちょっと事件に巻き込まれてまして」
「結界の魔法をホイホイと発動しないとならない事件がちょっとだぁ?」
「うっ……」
どうやら今までのことも知っているらしく、見事に論破された黒鐘は俯いてしまう。
黒鐘の前に現れた男性は、ことの重大さを本人の状態から全て察し、そして再び盛大なため息を漏らした。
「……坊主。 お前さん、長期休暇でここ来てんのに何してんだ?」
「それは……」
「小伊坂くん!」
「黒鐘先輩!」
「黒鐘!」
そんな黒鐘のもとへ、高町を始めとする仲間たちも集合した。
なんともタイミングが悪いような、なんというか……。
「……ほんと、お前さんは何してんだ?」
「……すみません、ケイジさん」
黒鐘は乾いた笑いをこぼしつつ、謝罪した。
小伊坂 黒鐘が属する時空管理局で執務官を勤め、黒鐘にとって長いこと仕事を共にした上司――――ケイジ・カグラはそんな部下の姿に、この日何度目になるか分からないため息を吐いた。
「……取り敢えず、全員揃ってアースラへ来い。 艦長が待ってる」
ケイジは胸ポケットからタバコを一本取り出し、口にくわえた。
――――こういう面倒な時はこれに限る。
そう思いながら、ライターで火をつけ、大きく深呼吸する。
吐き出した白い吐息が、黒くなっていく空にケイジの憂鬱と共に溶けて消えていった――――。
後書き
どうも、IKAです。
久しぶりの最新話です。
今回でこの戦いは終わり、次回から管理局との絡みを入れていきたいと思います。
これによって高町を始めとするヒロインたちは小伊坂 黒鐘の現在をより深く知ることになるでしょう。
……どうしよ、ユーノを書いてあげられない。
そんな悩みを抱きつつ、ケイジ・カグラと言う新キャラも登場させつつ、次回に進みたいと思います。
そして次回ですが、一旦、オリキャラの設定資料を投稿しようと思います。
数もそこそこ出たので、ケイジ・カグラまでの設定を出します。
それではお楽しみに。
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