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魔法少女リリカルなのは ~最強のお人好しと黒き羽~

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第二十三話 恐怖を超える想い

 イル・スフォルトゥーナ。

 そう名乗った男の容姿から察することができるのは、俺と歳が同じくらいで背も近いが俺が僅かに上。

 声は冷酷さを感じる低さがあるが野太いのではなく、子供っぽい高さもある。

 真っ黒なワイシャツに黒と青の線が入ったネクタイを緩めて結ばれ、同色のパンツが履かれていた。

 それを見ると、鎧のような雰囲気がなく、ましてや戦うと言う姿にも感じない。

 だが、彼の表情や全身のオーラから放たれるのは、ドス黒いまでの殺気。

 俺のことを殺したくてしょうがないと言う歪みに歪んだ思いが濁流のように溢れて流れ込んでくる。

 真正面から受けてるだけで鳥肌が立って止まらない。

「雪鳴、離れてろ」

「わ、わかった」

 俺はすぐにそばにいた雪鳴に離れるよう指示を出す。

 目の前の相手に集中したいがために声が低くなってしまい、怖がらせてしまったかもしれない。

 だけど、今は他のことに意識を飛ばせない。

「女を逃がすたぁカッコイイねぇ~……彼女さん?」

「守りたい人だ」

 目の前にいるコイツを倒すためには、悪いけど誰かに意識を飛ばす余裕なんてない。

 雪鳴が安全圏に離れたのを確認したところで、俺は全ての意識を目の前の相手に集中させた。

「へぇ……いい魔力だぁ」

 コイツは、俺の魔力の変化に気づいたと同時に笑みを深くし、魔力を上昇させた。

 俺に合わせようとしているようであり、それは戦いの中での挨拶だろう。

 なら……乗ってやる。

「はぁああああああッ!!」

「くふっ……ははは……はぁあああああああああッ!!」

 俺の声に、奴の高笑いに応えるように俺たちの魔力はその質量を増していく。

 武器同士がぶつかり合いながらのそれにより、周囲の大気が激しく揺れ出す。

 地震のような音を響かせながら、俺と奴は身動きを取らずに戦いを続け――――爆発する。

「っ……!」

「っはぁあああ!」

 爆風の勢いによって後ろに跳んだ俺たちは着地と同時に武器を構え直し、それぞれ別の動きを始める。

 奴は勢いよく俺に向かって駆け出し、俺は迎え撃つために引き金を引く。

 周囲に魔力弾を展開させつつ、銃口から魔力弾を放つ。

「いいねぇ……はぁ!」

 奴は甲高い呼気と共に刀を振るい、俺の放つ弾丸を切り裂いていく。

 弾道を複雑に変えつつ放ってみるが、どれも的確に対応されていく。

「なら……これで!」

 俺は展開した全ての魔力弾……全部で五十発の弾幕を一斉に放った。

「――――ブラックダスト・メテオールッ!」

 魔法名/ブラックダスト・メテオール。

 周囲に展開させた無数の魔力弾を一斉に放つ魔法。

 全てが複雑で不規則な弾道で放たれるため、回避不可能の中距離系の魔法だ。

 黒屑の流星はたった一人の狂気に向かって迫り――――、

「いいねぇ……最っっ高じゃねぇかぁ!!」

 まるで快楽を見つけたかのような笑みと瞳で全ての弾丸を一瞬にして切り裂いた。

「そうなるか」

 回避不可能、と言うことは回避以外の方法、迎え撃てばいい。

 けど、まさかそれを見事に成功させるなんて人は……俺の知る限り、二人目だ。

「楽しませて貰うぜぇ!」

 俺が放った弾丸のいくつかは、奴を狙わないフェイクの弾丸だ。

 だから何発かは地面を抉る予定だった……が、奴は“全て”を切り裂いた。

 自ら望んでそれを選んだんだ。

 最初からなんとなく分かってたことだけど、俺はここで奴を完全に理解した気がした。

 ――――狂ってる。

「アマネ!」

《わかってます》

 俺は奴の足元を狙って二発の弾丸を放ち、同時にアマネの形態を銃から刀に変化させた。

 奴は弾丸を両足に込めた魔力で蹴って破壊しつつ、俺に迫った。

「ひゃぁっ!!」

「せいッ!!」

 上段から迫る剣線を俺は横薙ぎに振るって迎え撃つ。

 黒と闇の魔力が、再び衝突した。

 先ほどを上回る強烈な衝撃により、激しい火花が二人の顔を照らす。

 同等の力の衝突は周囲の大気を揺らすが、俺と奴にそれを気にする余裕はなく、同時に刀を引いて再び振るう。

 金属に近い素材の刃同士がぶつかり合うその衝撃音を最初に、俺たちは加速した剣戟が大地や周囲のコンテナを切り裂いていく。

 俺の放った弾幕全てを対応できる身体能力の持ち主に、生半可な連続技は無意味だ。

 繰り出す一閃一閃に持ちうる全力の魔力を乗せて振るう。

 ――――斬る。

 刃物の欲求に応えるように、鋭い剣閃は何度も奴に迫るが……同じような剣戟によって相殺されてしまう。

「ひゃははははっ!! 面白ぇ面白ぇ面白ぇっ!!」

 狂いに狂ってるかのように、奴は高笑いを止めずに刃を振るう。

 全身を使った無駄な動き、雑な動きに見えるにも関わらず、その刃は正確に俺の剣閃を叩き落としていく。

 そのうえ俺の首を狙うためのフェイントを織り交ぜた連続技に、俺は何度も冷や汗を垂らした。

 狂った存在に、首を狙われる。

 その事実が俺に恐怖に似た感覚を思わせる。

 そしてその感覚が一度でも顔を出せば、それは目に見えない鎖となって俺の体を縛っていく。

「く……っ!?」

「オラオラどうしたぁ!? もぉ終わりかぁ!?」

「ぐあっ!!」

 フェイントを織り交ぜた回し蹴りを腹部に受けた俺は低空を飛ばされ、コンテナに背中からぶつかる。

 背中に走った強い衝撃に肺の息が全て漏れ、呼吸が止まった。

「がはっ……はぁ、はぁっ……」

 咳と共に呼吸を立て直し、素早く立ち上がって構えを直す。

《マスター、大丈夫ですか?》

「ああ、心配はいらない。 それより……」

 俺が蹴りを避けれなかったのは、恐怖心によるものだけじゃない。

 ここから離れた雪鳴の魔力反応が強くなったんだ。

 そこにはもう一つの魔力があり、ぶつかり合っていた。

「フェイト……」

 その魔力がフェイトだってことはすぐに分かって、それが俺の思考を僅かに鈍らせてしまった。

《焦る気持ちは分かりますが……》

「分かってる。 目の前の敵を倒さないとな」

 雪鳴とフェイトのことは気になるけど、目の前のことを解決させていかないとどうにもならない。

 今は二人を信じるしかない。

「おいおいよそ見してんじゃねぇよ……」

 両手を垂らし、フラフラと揺れながら、まるで生きた屍のようにこちらに迫る奴は、怒りを含んだ笑みを浮かべていた。

 無視されたことへの怒りか……そんなに、

「そんなに戦いが好きか?」

 心に過ぎった疑問が口に出ると、奴は即答した。

「ああ、大好きだね」

「死ぬかもしれないのにか?」

「だからいいんじゃねぇかよぉ?」

「死ぬことの、何がいいんだよ?」

「気持ちいいじゃねぇかぁ」

 なんだ……何を言ってるんだ、コイツは?

 目眩がするほどの衝撃が、俺の思考を乱していく。

 こんなにも誰かの言葉を理解できないのは初めてだ。

 こんなにも、拒絶したいと思う感覚は初めてだ。

「死に迫れば迫るほど感じる冷たい恐怖感。 全身の血流がハッキリと伝わり、呼吸の一つ一つを愛おしいと思える瞬間……そう、死ぬ時こそ俺達は生きてると感じれる!」

 愛おしそうに、嬉しそうに語るヤツの表情は屈託のない笑みを浮かべていた。

 それに対して俺はただ……ホントにただ素直に、嫌悪感に満ちた表情でヤツを睨みつけ、

「気持ち悪い」

 思ったことをそのまま言葉にした。

 ヤツから驚いたような反応はない。

 当たり前だよなといった様子で頷き、そして決意に満ちた表情で俺に切っ先を向けた。

「なら、身体で分からせてやるよ」

「興味ないから遠慮しとくよ」

 そう言って俺とヤツは再び、同時に駆け出した。

 互いに身体強化に魔力を向けていただけに、衝突は一瞬だ。

 刃が同時にぶつかり、細かい火花をいくつも散らしていく。

 鍔迫り合いで分かる、互いの実力の差。

 俺とヤツに大きな差はない。

 互いに僅かでも油断すれば命取りな、そのくらいの僅差。

「これを食らってみなっ!!」

 その差を広げる為にヤツは大技の体勢を、剣戟の中で生まれたほんの一瞬の間に取る。

 刃同士の衝突で発生した衝撃で僅かに弾けた瞬間、ヤツの刀身には高い質量の魔力が磁石のように集まっていき、鋭くて濃い色を放った。

 そこから素早く上段の構えになり、一気に振り下ろした。

 振り下ろされた刀身はその速度と質量から大気と、空気中に散らばった魔力と擦れ合い、激しい摩擦熱を発生させる。

 炎を纏った闇の刃。

 かつて神話で起こった神々の終わりは、いつだって闇と炎によるものだった。

 これはそれらを一つにした、終焉の一閃。

「インフェルノ・シュテルベン」

 俺に迫る、死そのものを具現化したようなひと振り。

 今まで色んな敵と相手してきたけど、死そのものが迫るなんて体験は初めてだ。

 故に、きっと他の誰かがこの一閃を目の前にしたら臆して死を待ち受けるしかできなかったと思う。 
 ――――けど。

「天流・第参翔――――」

 俺は負けられないし、まだ死ねない。

 だから足掻く。
 
 俺の持てる全てを持って。

「―――魔払(まふつの)(かがみ)ッ!」

「なッ!?」

 衝突の瞬間、二つの音が連続して発生したことにヤツは驚いたような声を漏らす。

 俺はそれを無視し、全力で刀を振るう。

 同時に俺たちを中心とした魔力の爆発が起こった――――。



*****



 私の離れた所で、真っ黒な魔力の爆発が起こった。

 それが黒鐘のものだってすぐにわかった。

 だけど、同時に伝わってくる対峙してる相手の魔力に私は僅かに身震いを覚える。

 あの存在が持っていた闇は、私には恐怖でしかなかったから。

 あれはまるで……。

「黒鐘……」

「よそ見してる場合?」

 私の首を落としにかかる黄色い魔力光で作られた鎌。

 膝を曲げてしゃがみ、寸前のところで回避し、バック転を繰り返して後ろに下がる。

 一定の距離を作ったところで私は、目の前の相手――――フェイト・テスタロッサを見つめる。

 互いに地面に着地すると、彼女はいつでも攻撃できるように自らの周囲に魔力変換資質/電気をまとわせた魔力弾を数発展開させる。

「よそ見ならアナタもしてる。 黒鐘のこと、気になる?」

「……全然」

 表情一つ変えず答えているけど、答えるのに少しの間と僅かな視線の揺らぎがあった。

 予想してたことだけど、彼女はまだ黒鐘に情を抱いてる。

 黒鐘と戦ってる敵は彼女にとって仲間と言うには違うのか……それとも、黒鐘と戦うと言うことにまだ抵抗があるのか。

 どちらにしても、彼女の心は今、かなり不安定。

「ジュエルシードは、私達の目的。 邪魔はさせない」

「あなた、本気なの?」

 彼女の瞳は、黒鐘と初めて対峙したあの時と同じ、孤独の目をしていた。

 それが彼女の選んだものだとしても、それを正しいだなんて思わない。

 少なくとも私は、いいえ、私と黒鐘は否定する。

 だからこそ、

「うん。 だから邪魔をするなら、容赦しない」

「そう。 なら、あなたは後悔する」

 私は力で思い知らせることにした。

 私は彼と違って言葉足らずだから。

 私は彼と違って彼女に大した情もないから。

「私は彼と違って優しくない」

 私は左手を前に伸ばし、そして素早く後ろに下げ、左足を後ろで右足を前に出して腰を低くする。

 それと同時に足元に藍色の魔法陣が出現し、そこから粒子状の光が左手に集まる。

「凍てつき貫け、白姫(しらひめ)

 左手に集まった粒子が弾けると、そこから氷の細剣が姿を現す。

 エストック型の細剣は、私が持つ固有魔装/白姫。

 それを手に持つと同時に、私の衣服は雪のように白い浴衣を蒼い帯でとめてある和風の姿に、洋風の剣と言うアンバランスさがある。

 五年前の私は彼に、黒鐘に細剣、レイピアを見出してもらう前は刀を振るっていた。

 それが私に向いてないと言われて、否定して、認めて、受け入れて、そしてレイピアと言う道を選んだ。

 黒鐘がいたから見いだせた、私だけの道。

 白姫を使うのは一年ぶりで長いブランクがある。

 けど、鍛錬そのものは怠ってない。

 全てはこの時のために。

 実家の跡を継ぐためじゃない。

 正義でもなく、悪でもなく。

 ただ、大切で愛おしい彼のために――――。

「覚悟」

「ッ!?」

 私は初歩から全力で踏み込み、ジェット機のような音を立てながらフェイトの懐に入る。

 そして右足を横向きで前に踏み込み、勢いをそのままに突きを放った。

「牙突ッ!」

「ぐっ!?」

 心臓に向けて放ったそれは、ギリギリで彼女のデバイスの魔力刃で防がれた。

 しかし私はすぐに腕を後ろに引き直し、再度同じ突き技を放つ。

 ――――牙突。

 獅子の牙が喰らうが如く放つ突き。

 私の得意技にして突きの基本、そして奥義。

 奥義の全ては基礎・基本が原点なのは全ての流派に通ずるもので、私の牙突は純粋な突きを奥義に至るまで昇華させたもの。

 だからただの突きと思って対応しても無駄。

 光速の牙は獅子の如く、相手を喰らうまで追いかける。

「キャアッ!!」

 二度目の突きが防御のための用意されたプロテクションを砕き、フェイトの右肩を直撃する。

 その衝撃で彼女は後ろへ飛ばされるが、すぐに体勢を整えて着地してみせた。

「甘かった……」

 二撃目の牙突、プロテクションを破壊した衝撃で僅かに狙いが逸れて肩に当たってしまった。

 私の本来の狙いは喉元を突いて息を止めることだった。

 去年までの私ならできた。

 ブランクはここで出ていた。

 けど、それを言い訳になんてしない。

「次は当てる」

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 早くも彼女の息はあがっていた。

 膝が曲がり、肩も下がったその姿勢はまるで、目に見えない重力に押されているかのよう。

 けどそれは当然。

「ふっ!」

「っ!!」

 私は突撃し、三撃目の牙突を放つ。

 今度の狙いも左胸の心臓部がある所。

 同じ所を狙われているのであれば防御は簡単。

 彼女は瞬時にプロテクションでそれを防ぐけど、私は攻撃をやめない。

「油断大敵……そこ」

「ぅあっ!?」

 一瞬で放つ前の構えに戻し、狙いを変えて再び牙突を放つ。

 今度の狙いは喉元。

 それも結局は先ほども狙った場所だから防がれる。

 それでも私は再び構えを戻し、心臓に、首にを繰り返す。

 相手を喰らうまで絶え間なく放たれる光速の連続突き。

 シンプルだけど油断すれば即死になるのがこの技の強み。

「くっ……うぅっ……はぁ……っ!!」

 実際、彼女は二箇所を完璧に防ぐけど、体は衝撃でどんどん後ろに下がってるし、汗は全身から吹き出してる。

 そしてなにより、彼女の表情は恐怖に染まっていた。

「フェイト、そのプロテクション、緩めたら――――死ぬ」

「っ!?」

 死ぬ。

 その一言を聞いた瞬間、彼女の顔から血の気が引いていった。

 元々、病人のように顔が白い子だと思ってたけど、今の表情は重篤な人のそれに近い。

 ふと黒鐘のお姉さんが浮かんでしまうほどに儚く、強さなんて感じない。

 けど、それは当然。

 私が狙っているのは人間にとって急所である心臓と首であり、そこを鋭く、細く、長い刃が寸分の狂いなく迫るのだから、そこには神経を極限まで削られてしまう。

 肉体以上に精神を削るのがレイピアを用いた私の戦術。
 
 一撃が必殺、回避も許されない怒涛の連続突き。

 私が黒鐘より優しくないと言ったのは、手加減も峰打ちもしないで殺しにかかる戦いだから。

 黒鐘だったらここで止めてたでしょうけど、私は止めない。

 ここで狙いを腹部のへそより少し上に変える。

 彼女は急に狙いを変えられたこと、今までに削られた精神が招いた油断もあって防御が間に合わない。

 私はそこに蒼色の魔力を乗せた突きを放つ。

「ぐあっ!?」

「つっ……」

 レイピアを握る左手にしっかりとした手応えと同時に強烈な衝撃が伝わる。

 一年ぶりの衝撃に左手に激痛が走る。

 でも、骨にヒビが入ってるとか、捻挫みたいな感じでもない。

 ただ単に久しぶりの感触だから身体が対応できてないことが分かる。

 けど、私の一撃をモロに受けた彼女は大きく飛ばされ、そのまま地面に叩きつけられた。

 悲痛な声を上げながら、仰向けの彼女は立ち上がろうと体を震わすけど、立ち上がれない。

 私が放った一撃は、高密度の魔力を纏わせた強力な牙突。

 急所ではなくても、バリアジャケットが守ってたとしても、直撃であるのなら耐えられるものではない。

 だけど私は問う。

「終わり?」

 アナタはこの程度なの?

 この程度の覚悟でこの道を選んだの?

 この程度の想いで彼から離れたの?

 この程度の……一撃で諦める程度なのに、“彼”を傷つけたの?

 ならば私は彼女を許さない。

「立ちなさい。 フェイト・テスタロッサ」

 私は切っ先を彼女の向け、先ほどと同じように、刀身に魔力を収束させる。

 ここで終わりになんてさせない。

 例え彼女が諦めても、私が諦めさせない。

 一度決めたのなら、そのために大切なものを捨てたのなら、簡単に諦めてはいけない。

 倒れても、何度でも立ち上がる。

 何度でも何度でも何度でも……。

 少なくとも、私は今までずっとそうしてきた。

 黒鐘がいない寂しさがあった。

 けど、また逢いたい愛しさがあった。

 また逢えた時、もっと強くなってるであろう彼の傍らにいられるようにと夢見て努力した。

 辛いことがあって、苦しいこともあった。

 大怪我をして、リハビリに一年も要した時は後悔もした。

 でも、だからこそ、また逢えた時に全て報われたように思えた。

 諦めなかったから感じられた幸福がある。

 諦めなかったから得られた日々がある。

 私は彼のために全てをかけたことを、今までも、そしてこれからも後悔しない。

 彼は私にとっての正義そのものなのだから。

 ――――フェイト・テスタロッサは、そんな彼の心に深い傷を与えた存在だ。

 そう思った時から、彼女を悪として捉えるようになった。

 彼女にも彼女なりの覚悟があって、決意があって、だからこそ捨てるものがあったことは分かる。

 私も黒鐘のために捨てたものだってあるのだから、それを否定はしない。

 けど、だからと言って彼女が黒鐘を傷つけたことには変わりない。

 だからこそ、彼を傷つけたのだからこそ、簡単に諦めるなんて許さない。

 私に殺されそうになっただけで諦めるなんて許さない。

 私に戦闘不能になる一撃を受けただけで諦めるなんて許さない。

 私が彼女より強いからって諦めるなんて許さない。

 ――――今、この戦いの中で諦める理由なんて一つもないはず。

「諦めるなんて、この私が許さない」

 だから私は彼女の前に立ちはだかる。

 これが結果として彼女を殺すことになって、黒鐘に恨まれることになっても構わない。

 全てはただただ、私の自己満足とエゴなのだから。

「最後にもう一度言う。 立ちなさい、フェイト・テスタロッサ」

 私の感情に、想いに応えるかのように、私の周囲に白い霧のようなものが発生する。

 これは私の持つ魔力変換資質/凍結による副産物。

 白姫の刀身は魔力変換資質の影響を受けて氷の刃に変化する。

 これはただの氷と違って、普通の熱では溶けることがなく、触れるもの全てを凍結させる刃。

 白姫の本当の姿は、その一突きで全ての時間を停止させる刹那の刃。

 ここで彼女が負けると言うことは、彼女の想いが止まると言うこと。

「っ……ぐ……うぅ……!!」

 彼女は……フェイトは、全てを察したように立ち上がる。

 武器を支えに立ち上がる姿は、少し押せば倒せそうな脆さがあるけど、彼女自身の瞳は決意に満ちていた。

 そして鎌の形態となったデバイスを後ろに振り上げ、戦う意思を示す。

 ふらついて不安定な体勢。

 きっと、あと一撃で私の勝ちは決まる。

 ここで終わるのか、はたまた逆転してみせるのか。

 不思議とそれを気になって仕方のない自分がいる。

 私は凍結の刃を携え、トップスピードで彼女へ突撃する。

 この牙突は防御すらも凍結させ、貫通させて直撃させることができる。

 求められるのは回避のみ。

 だけど、簡単には回避なんてさせない。

「はぁあああッ!!」

 力強い呼気と共に、まだ間合いにも入っていない状態で私は牙突を放つ。

 放ったらすぐに戻し、もう一度、さらにもう一度……。

 牙突を前方の全ての範囲内に広げるように放って行くと、斬撃は残影としてハッキリと残る。

 そこに凍結を込めた魔力を流し込むことで固定……無数の突きを作り出すことができる。

 ――――『雪時雨(ゆきしぐれ)』。

 そう名付けた技は、広範囲に弾幕のように凍結型牙突を放ち、空間に固定することで一度に大量の突きを放つことができる技。

 普通の牙突ではその一撃の回避に集中すればよく、しかもレイピアと言う細剣の性質上、回避する幅は小さい。

 回避と防御を織りまぜれば対応されてしまうのが突きの弱点。

 ……なら、一度に大量の突きが襲ってくれば?

 少なくとも防御で受け止めれるものではないだろう。

 なら回避しかない。

 それも、全てを躱しきれるほどの光速回避。

 速度重視型の魔導師なら、万全の状態であればできるはず。

 今のボロボロな彼女にそれができるかどうか。

「証明して」

 あなたの、覚悟を――――!


*****


 逢沢 雪鳴が今までで一番の速度を持って繰り出す、光速連続突き……その弾幕。

 無数の鋭い氷柱が迫っているようにも見えるそれは、きっと私の心臓と首を確実に狙ってきてる。

 他にも私の動きを奪うために脚だったり、攻撃をさせないために腕や肩だったり、意識を落とすために腹部や頭部だったり。

 それら全てが的確で精確に狙いを定めて放たれてる。

 間違いなく、彼女はこの一手で勝負を決めるつもりだ。

 万全の状態の私だったら、回避や防御を組み合わせてどうにかしようと考えることができたはず。

 だけど、悔しいけど今のこの身体じゃ回避も防御もできない。

「っ……」

 苦い気持ちを、ただただ噛み締めた。

 彼に救われる道を捨てた。

 母さんの願いのために苦しむ道を選んだ。

 その決意と覚悟が、こんなにも簡単に打ち砕かれようとしていることに悔しさがこみ上げる。

 私が諦めかけた時に彼女が立ち上がらせてくれたのに、結局この状況を変えることはできない。

 だけど、せめて負けるのならば最後まで足掻きたい。

 弱くていい。

 無様でもいい。

 この勝負、意識が途切れる最後の最後まで、倒れるわけにはいかない。

 私はバルディッシュを鎌の形態にさせ、魔力を流し込む。

 鎌の刃は電気を纏った魔力刀として現れるけど、弱った私の体力では不安定で歪な形になってしまった。

 だけど、武器にして戦うには十分な切れ味はまだ残ってる。

 そして迫る敗北に、満身創痍の身体で構える。

 そうして迫る敗北と死に対して、私はふと――――彼に負けたあの戦いを思い出す。

 ――――そう言えば、あの時も似たような感じだった。

 小伊坂 黒鐘と初めての戦い。

 どんなに速く動いても、彼はそれ以上の速さで私の不意を突いてみせた。

 あの時はあまりの速さにと衝撃で、覚えてることはすごく少なくて朧げで。

 だけど、あの時に似た今の、眼前に迫る最強の存在に対して私はあの時のことを鮮明に思い出した。

 ――――あの時彼は、どうやって私の攻撃を避けたんだっけ?

 電気を纏った魔力弾の速度は光速に至る。

 それを停止した状態から回避するなんて信じられなかった。

 動作って、零から百になるのに時間がかかるもので、その時間が短いほど速い動きができる。

 そのために、事前に動いておくことで零からじゃなくて三十だとか五十とかから百に移行すればいい。

 だけど彼は、停止から一気に加速して私の攻撃を避けて、背後からの不意打ちもしてみせた。

 それはもう、速いってだけの話しじゃないと思う。

 何か技術的なものが必要だったはず。

 残像すら作り出すほどの光速移動技術。

 私は覚えていた。

 彼の光速移動の秘密。

 それは予備動作・加速そのものを行わず、零から百と言う急激なギアチェンジができること。

 人の動きには必ず予備動作や筋肉の動きに順番がある。

 それを目で追っていけば、相手が何をしようかある程度の予測ができる。

 だからあの時の戦いでは、私は彼の予備動作に集中してみていた。

 だけど彼にはそれがなかった。

 そしてその速度にプラスして、急激な緩急を付けることで、本来なら半透明に残るはずの残像をハッキリと残した。

 その組み合わせが、彼の幻影を用いた回避法。

 これが今、この場で再現できれば。

 だけど、今の満身創痍な身体でそれができるのかな?

 だけど、彼の存在は私の中で最強で、その最強が使う最も有効的な回避法なら――――。

 そう思いながら私は思い通りに動かない全身に指示を出す。

 最速最強の黒き剣士が見せた、最速の回避。

 そのやり方は――――、

「確か、こう――――」

 瞬間、全身が羽が生えたかのように軽くなって、視界に迫る光速の突きがスローモーションに見えた。

 迫る無数の氷柱を雷が如くすり抜け、背後に回るやいなやバルディッシュで脇腹を深々となぎ払った。

 全ては一瞬のような出来事。

 悲痛な声を上げる間もないまま、彼女は飛ばされ、コンテナに背中からぶつかった。

「え……?」

 だけど、困惑してるのは私のほうだ。

「い、今の……」

 遅れて私は、全ては自分がしたことであると理解した。

 逆転……した?

「う……ぐっ、あっ……ああああっ!!」

 気が抜けた瞬間、全身から激痛が走る。

 関節の隙間かから外されるような痛み。

 筋肉が裂けるような痛み。

 全身がバラバラになるような痛み。

 色んな痛みが一度に襲ってきて、悲鳴を上げることすら痛くて。

 黒鐘の技を模倣した代償、なのかな?

 身体の作りが違うから、彼のそれをそっくりそのまま模倣したら……確かに当然かもしれない。

「あっ――――」

 ここで私は遂に、全身を支える力を失って倒れる。

 意識を失う瞬間、私に向かってアルフが走ってきたから、きっと大丈夫。

 後のことはアルフに任せて、私は意識を手放した――――。 
 

 
後書き
どうも、IKAです。

今回は戦闘描写多めの回となりまして、正直疲れました。

逢沢 雪鳴がようやく戦闘に参加しました~っていうのと、イルと黒鐘の戦いが始まった、そしてフェイトが黒鐘の技の一つを模倣してみせたと言う感じで終わりました。

それにしても、なんだろ……オリキャラがみんな既存キャラに対して厳しすぎる気がしてならない(凄く今更)。

もっと子供の喧嘩っぽくしたかったのに、どうしてこうなった(凄く今更)。

とにもかくにも、これでなのはとフェイトはそれぞれ黒鐘の技を一つずつ模倣したって感じになりましたね。

なのははディバイン・バスター。

フェイトは蜃気龍。

まぁ蜃気龍に関してはリスクが大きいので多様はまだないでしょう。

それと雪鳴の戦闘ではるろうに剣心で有名な技の一つ、牙突を登場させました。

これは最初の段階からずっと決めていたことなのでもうそのままいこうって感じになりました。

黒鐘も剣心の技を……と思ってたのですが、そのまんまだとつまらんと思ってしまって弄りました。

そんなこんなでそろそろ折を見てオリキャラ設定を新たに制作し、投稿させたいと思います。

黒鐘のみならず、逢沢姉妹の能力などを記載させていただこうかなと考えてますが、投稿時期は未定です。

それでは次回もお楽しみに。

今回も長文ながら、最後まで読んでいただいてありがとうございました。 
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