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落ちこぼれの成り上がり 〜劣等生の俺は、学園最強のスーパーヒーロー〜

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本編 生裁戦士セイントカイダー
  第12話 最低最悪の兄弟喧嘩

「いつも通りってことは、またあの女に集団で絡んでるってことかよ! ざけやがって!」

 通りの角を曲がり、再び若者の集団を見つける。その近くには一台のワゴンカー。

 あいつらで間違いな――!?

「おぉおぉ、今日も上玉だぁ」

 息が止まる。

 比喩ではなく、本当にその時の俺は、息が止まっていた。

 奴の姿を見た瞬間に。

 そして蘇る、ひかりの叫び。

 奴の笑い声。

 その瞬間から心の奥底に眠っていたどす黒い感情が、うねりを上げて、咆哮する。

「お兄さァん! 中卒以来だなァおい!」

 嘲笑と激昂が入り混じる声に、奴が――弌郎が振り返る。

 兄は一瞬だけ俺の姿に驚いた顔をすると、すぐに下品な笑い顔に切り替えた。

「よぉよぉ、大路郎ちゃんじゃないのォ! 花の青春謳歌してる、ようには見えねぇなァ!」

 向こうも挑発的な態度で兄弟の再会を喜んでいる。
 殺してやりたいほどに、清々しくクソ下品な笑顔だ。

「なんだなんだ、そんな髪じゃあみんな怖がって寄りつかねえぞ! だから今の彼女ちゃん、こっちに逃げて来ちまったんじゃねえの?」

 弌郎は口角を上げ、両腕を縛られ、さるぐつわを付けられた女の首根っこを掴み上げた。

「んぐぅッ!」

「しっかしお前はベッピンにモテるね! 兄貴として誇らしい! ひかりちゃんもなかなかだったが、今回はピッチピチの女子高生だからな! どんな声で『啼く』のか楽しみ――」

「それ以上喋んなクソ野郎がァッ!」

 自分がどんな声で叫んだのか自覚するよりも早く、俺は弌郎に襲い掛かっていた。

 元凶によって掘り返された醜い過去が、俺の心を黒く染め上げていくのがわかる。真っ白なタオルの上に、泥を垂れ流すように。

 だが、奴は不敵に笑うばかりで、一切の動揺を見せない。

 当たり前だが、弌郎は喧嘩は強くはない。
 女遊びに夢中になるばかりで、喧嘩なんてしない生き方をしてきているのは、俺も知っている。

 仮に俺と離れてから鍛えだしたのだとしても、それはついこないだの話だ。大したものにはならない。

 それなのに、奴はただ笑うだけだった。そして――

「ご――ばッ!?」

 俺の内臓が、包丁で刺されたかのような冷たい激痛に襲われた。

 宙を舞い、七転八倒する俺を見下し、弌郎はせせら笑う。

「ハハハ、便利な世の中になったもんだよなァ、おい!」

 血ヘドを吐き散らしながらも、俺は奴を睨み上げる。

「て、てめぇ一体――がばッ!」

 弌郎のヒョロい身体から繰り出したものとは思えないほどの重い蹴りが、さらに俺を吹っ飛ばす。

 地を転がる俺は、再び弌郎を見上げた。そこで、不審な点に気付く。

 ――奴の着ている服の胸に、小さなスイッチのようなものと、「スーパーヒーロー評議会」の文字が――!

「お前、まさか……!」

「さっすが名門・宋響学園。頭が切れるね〜。ご名答だ、クソガキ」

 瞬く間に顎を蹴り上げられ、顔面に痛烈なストレートを食らう。既に俺の顔は、痣と血でグチャグチャに成り果てていた。

「評議会で働いてるねーちゃんをイイコトして虜にしてやったらよぉ、いろいろ貰ったんだわ。ヒーロー能力とかな」

 俯せに倒れ伏した俺の後頭部を、幾度となく踏み付けて来る。

 辺りには俺がやった時以上に血が飛び散り、視界は既に、目に映る赤色が俺の髪なのか血なのか、判別できないほどに混濁していた。

「まー、難しい考察諸々は任せてるけどよ、これだけははっきりしてるぜ。お前は一生、俺には勝てねーッてわけだ!」

 最後に決められた、強靭な拳から放たれるアッパーに顎を打ち抜かれ、俺はさらに多くの血を吐いた。

 これ以上出るのか? と思うくらい、俺の身体からは血が流出していた。

 俺の意識はほんの僅かな間だけ、そこで寸断されてしまった。

 △

 女を乗せて走り去る、弌郎の車。

 その行き先は、ある程度は予想がついていた。

「多分……ここから近くにある……病院、だな」

 血達磨になった身体を、壁にもたれさせながら進ませていく。
 どうやら、骨が数本イッてると見ていい。

 ヒーローライセンスの持ち主は、評議会管轄の病院を利用できる。

 ライセンス所有者はもちろん、その親族でも使えるようになってるわけだ。
 弌郎はヒーローライセンスこそ持っていないものの、関係者を篭絡してヒーロー能力を得ている。

 ライセンスの問題なんて、なんとでもなりかねない。

 奴らが邪魔をされないような場所であの女を愉しむつもりなら、関係者を丸め込んでから、病院で「行為」に及ぶことが予想できる。

 別に確信を持てるほどのものじゃないのはわかってる。
 それでも、他に行く当てがない以上、俺は進む他なかった。

「これ……以上、好きに、させるかよ!」

 病院前までたどり着いてみれば、案の定、奴らのワゴンカーが停めてあった。頭隠して尻隠さず、とは正にこのことだ。

 ふと、俺は向こうからここに勤めている看護婦らしき連中が来ていることに気付き、慌てて身を隠した。

 彼女らが血みどろになっている俺を見付ければ、なにはさておき医者を呼ぶだろう。

 最悪、ここはスーパーヒーロー評議会管轄下だからと他の病院まで搬送されかねない。そうしたら、女の救出どころじゃなくなってしまう。

 なるべく血痕を残さないようにしながら、俺は外の窓から弌郎達を捜す。

 スーパーヒーロー評議会の関係者や親族しか使えない病院である割りには、患者のタイプはいろいろらしい。

 細い初老の女性がいれば、筋肉モリモリでありながら、どんな事故をやらかしたのか包帯でがんじがらめにされている野郎もいた。

 そして、患者の名前がない空き部屋であるにも関わらず、数人の若者が集まっている部屋があった。

 男達が、一人の女子高生を組み伏せている。姿はよく見えないが、それがあの女なのかを確かめる必要はなかった。

 女を貪ろうとしている男達の後ろで、楽しげに腕を組む弌郎が見えていたから!

「弌郎ォォォォォオ!」

 あの日の出来事を彷彿させる情景が、俺の理性を奪い去っていく。

 気が付くと、俺は絶叫と共に窓を叩き割って病室に侵入し、自分の身体がどれほど傷んでいるかも忘れて、男達を完膚なきまで叩きのめしていた。

「なんとまァ、おっかなくなっちまったなァ、お前!」

 相変わらずヘラヘラと笑う弌郎だったが、その目の色はお楽しみを邪魔された怒りを克明に映し出している。

 俺は服がはだけていた女に自分の上着を被せて、弌郎の方へ向き直る。

「あ、あなた、どうして――ダメよ、逃げよう!」

 後ろから制止の声も聞こえたが、構う気は起きなかった。

 ただ、その時聞こえた涙声が、ひかりの嘆きを思い起こさせた。

 そして、膨れ上がっていく黒い感情。
 怒り――そう、怒りなんだ。弌郎と、自分自身への。

「いい加減くたばれ、クソ兄貴がァ!」

 一気に殴り掛かった俺の腹を、強化された弌郎の蹴りが難なく打ち抜いた。
 床に一瞬はいつくばり、すぐに立ち上がる。痛みも、苦しみも、そのままで。

「ほらほら、どうした! あの女子高生助けに来たんだろ!? 勇気出してもっと頑張れよ!」

 ヒーロー能力というアドバンテージを以て、奴は俺の顔をさらに赤く染めていく。

 口からは滝のように血ヘドが噴き出し、顔の骨にもひびが入ったようだ。それでも、俺は立つ。

 あの女を助ければ、ひかりを救えなかった罪悪感から、少しは逃げられるかも知れない――そんな叶うはずのない願いがあったから。

「……う、あ、があああああああッ!」

 血が目に入り、視界も閉ざされ、今となっては自分が拳を握っているのかさえわからなくなってきた。ただ弌郎の笑い声から奴の位置を探り、腕を振るう。
 俺には、それしかできなかった。

 そして、俺が顔面にストレートを貰った瞬間、何かが手に触れた。

 カチリ。

 何かのスイッチに触れ、小さな音が鳴る。

「――ク、クソが!」

 さっきまでの余裕を感じさせる立ち振る舞いから一転して、声に焦りの色を感じさせた。

 それだけで、後は何をすべきかは明白になった。

「ぶッッッ潰す!」

 俺は自分の触れた手で弌郎のヒーロー能力のスイッチを切ったと認識した途端、一気に地を蹴って奴を押し倒した。

「クソッ! 放せクソガキ! 俺は男とヤる趣味はねぇぞ!」

「俺にはあるねぇ! 殺る趣味ならなァ!」

 俺は両足の膝裏で奴の両腕をガッチリと挟み、胸のスイッチを押せないようにした。
 そしてひたすら、拳を声がする正面に何度も叩き付ける。

 顔や身体に、返り血が掛かる感触が伝わる。

「クソッ! がふっ! あの、ひかりってクソビッチも逃げやがるし、どいつもこいつも、俺の邪魔を――げふっ!」

 目もろくに見えず、耳でしか弌郎を追えない俺は、殴ることに必死になる余り、ひかりを罵倒する台詞しか聞こえてこなかった。

 それほどまでに、俺は狂っていた。そして、ひかりを馬鹿にした言葉が、ますます火に油を注いでいく。

「無駄口いらねーからさっさとくたばれェェェエ!」

 俺が窓ガラスを割った時に散らかった破片を掴み、弌郎に向けて振り下ろした。

 ――振り下ろしたつもりだった。

 破片を握っていた手を、何かに噛み付かれていると気付くまでは。

 ……いや、何かではない。女以外にこんなことをする奴はいないのは明白だった。

 俺の腕を噛む歯の感触が離れると、彼女の荒い息遣いが聞こえてくる。

 腕に噛み付いて止めるとは、おやじ狩りに絡んだ時といい、無茶苦茶なことをする女だな。

「――もういいよ、やめてよ」

 これまでに聞いたことがないくらい、悲痛な声だった。

 戦場に巻き込まれ、兵士に命乞いをする民間人のように、その縋るような涙声は、切実なものに聞こえた。

「お願い。お願いだから……!」

 何の事情も知らないから、そんなことが言える。

 しかし、何の事情も知らないからこそ、今の俺達がとてつもなく異常なのだと、彼女は警告していたんだ。

「それ以上は――もう、ダメ。お願い、だから」

 懇願する女の声に、毒気を抜かれたのか――俺は破片を握る手の力を失い、だらりと腕をぶら下げた。

 やがて騒音を聞き付けた病院の関係者らがやってきて、事態は収拾がついた。

 弌郎や、奴とつるんでいた男達は全員検挙され、俺は女が連れ込まれた病院とは違う所へ入院した。
 
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