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落ちこぼれの成り上がり 〜劣等生の俺は、学園最強のスーパーヒーロー〜

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本編 生裁戦士セイントカイダー
  第11話 桜田舞帆との出会い

 そうして身も心も変わり果てようとしていた折、当てもなく街に繰り出していた俺にある光景が留まった。

「何をしてるのよ、あなた達!」

 凛とした声を張り上げ、カツアゲにご執心な不良の連中に詰め寄る、風紀委員臭がスゴイ美少女。

 宋響学園の制服を着ている辺り、ウチの生徒と見て間違いないな。傍にあるワゴンカーは不良共の私物のようだ。

 被害に遭っているのは初老の男性。俗にいうおやじ狩りか。

「おいおい、スゲーかっちょいい女が出てきてんじゃん!」

「ヒュー、かっけぇ!」

「黙りなさい! 今すぐその人から離れ……きゃあっ!?」

 威勢はいいが、あっさりと不良の仲間に羽交い締めにされてしまう。撃沈はえぇな。

「こーして見るとカラダもすげーんだな。そそる眺めだぜ」

 その場の男性陣の多くが、美少女の豊満に飛び出した胸に視線を集中させる。

「なぁ、ホテルいこーぜホテル。ここよりよっぽど愉しーしよ」

「いやっ! なによ、離しなさい!」

 艶やかなポニーテールを揺らして抵抗する彼女だったが、大の男に捕まってはろくに反撃できないらしい。
 そのままどこかへ連れ去られようとしていた。

「――ちっ」

 俺は舌打ちをした後、悠然と彼らの前に立つ。

 途端に連中の顔が険しくなった。
 どうやら、男は歓迎してはいないらしい。されたらされたで気色悪いが。

「んだァ、ガキ! 邪魔だ!」

「おーおー、おっかねぇ。お楽しみに混ぜてもらおう、って腹だったんだがなァ」

 嘲る調子で肩を竦めて笑い、思ってもいないことを口にする俺に、不良共は怒りを隠さず殴り掛かる。

「お呼びじゃねーんだよ、ガキが!」

 だが、もはや見飽きた動きからくるパンチでは、かすることもままならない。

 俺は首を捻って一発をかわすと、にみぞおちに体重を乗せた膝蹴りをプレゼントしてやった。

 予想以上の反応で痛がり、腹を抱えてうずくまる。

「ごふっ……て、てめぇ!」

 憎々しい目で睨み上げてくるそいつの顔を、思い切り踏み潰す。
 血が飛び散り、周りの連中に降り懸かった。

 だが、それでは終わらない。更に、俺はそいつを蹴り続ける。どれほど血が出ようとも。気を失おうとも。

 端から見れば凄惨そのものと言える光景に気後れを感じたのか、他の連中は一切向かって来ない。

 賢い選択だ。どこの馬の骨とも知れないイカれたガキに付き合ってまで、喧嘩する意味はない。

「もうやめて! やり過ぎよ!」

 不良の連中に捕まったまま、少女が声を張り上げた。
 それでやっと足を止めた俺は、彼女の方へと顔を向ける。

 こっちを狙われると思ったのか、連中は少女から離れると、蜘蛛の子を散らすようにバラバラに逃げ出していった。

 そんな中で、彼女だけは逃げることもせず、真っすぐな瞳で俺を射抜いていた。
 やや怯えながらも、決して弱みを見せまいと気丈に振る舞う、正義感の強そうな美少女。

 それが、俺にとっての桜田舞帆の第一印象だった。

「な、なによ、やる気? ただじゃ負けないわよ、私はまだ本気じゃ――」

 ギュルルル。

 脚を僅かに震わせ、不格好なファイティングポーズをとる彼女。しかし、突然鳴り響いた彼女の腹の虫が、そのモチベーションを大きく揺さぶる。

 緊張がほぐれた反動かなにかだろうか。とにかく、彼女は顔を真っ赤にして、へたりこんでしまった。

「はっ! う、うぅぅぅ……」

 恥ずかしい余り、うつむいたままで俺とは目を合わせようとしない。

「……ち、金絡みで面倒掛けさすなっつーの」

 俺は彼女に手を差し延べる自分自身の姿に、少しだけかつての自分に戻ったような錯覚を感じていた。

 △

 アイドルと経営者を兼ねるヒーローが運営するファーストフード店に足を運んだ俺は、なけなしの金で少女に適当にワンセット買い与え、彼女を一人にしたまま店を出た。

「あなたは買わないの?」

「俺は外でご馳走だ。お前と違って胃袋だけはドデカイからな」

 全く同じ身長だが、体の違いはハッキリしてる。

 少なくとも、彼女に比べれば俺の方が格段に強く、腹も減る。

 俺は店の裏手に回ると、周囲の目もはばからず、残飯が詰まったゴミ袋の前に屈み込む。

「さて、頂くか」

 袋を開けば、異臭と一緒にボロボロと客の残した食べかけのバーガーやポテトが流れ落ちてくる。

 この中からなんとか食えそうなものを取捨選択して食い漁るのが、俺の「ご馳走」だ。

「これは……げ、ひでぇ臭いだ。こっちは……まあまあか」

 一つのゴミ袋に入れられた残飯が明確に食い物じゃなくなるタイミングは、一定とは限らない。

 時間が経ってすっかり腐りきったものがあれば、今しがた捨てられたばかりで、まだソースの臭いがはっきり残されているものもある。

 そうしたものを選び出し、さっきの女に与えたワンセット分の量を拾い上げた俺は、早速そのうちの一つを口に運び……

「な、な、な、なにしてんのッ!?」

 怒鳴られた。

 うんざりした顔で振り返ってみれば、信じられないようなものを見るような表情で、女は俺のしようとしていることに目を見張っていた。

「二人分買わないなんてやっぱり変だと思ったら……!」

「食事中の奴に後ろからでかい声で話し掛けてくるとは、ナリの割りにマナーのなってない奴だな」

「食事!? それが食事なの!? 信ッじられない! カラスのすることよ、それは!」

 周りの通行人は俺達のやり取りを奇異なものを見る目で見ている。
 彼女も視線に感づいたのか、頬を赤らめながら俺の手を引っ張り、その場を後にした。

「――で、どうしてあんなことしたの」

 生徒のいたずらを見つけた先生のような物腰で、女は俺に詰問する。
 俺が「いつものことだ」と目を逸らすと、彼女はますます声を荒げた。

「いつも……!? いつもあんなところで、残飯漁ってるの!?」

「お前からすりゃあ異常だろうが、俺の胃袋にはあれくらいが丁度いいんだよ。お前が気にかけるようなことじゃ――」

 すると、女は何かに気付いたように目を大きく開き、さらにズイッと顔を近付ける。

「あなた、もしかしてお金がなかったの?」

「あぁ?」

「二人分買うお金がなかったから、私に気を遣って……でも、どうしてそこまで? それに、家に帰ればご飯だって……」

 ――この女のお節介にはヘドが出るし頭が下がる。

 俺は軽く舌打ちすると、目を合わせないように首を後ろに向けて口を開いた。

「たかがメシ食うためだけに、俺のことでハラハラしてるお袋に会えってのか」

 そんな物言いに、彼女はムッとした表情になる。
 なんたる親不孝な、と言わんばかりなツラだ。

 髪を染めてから、俺はなるべく母さんとは顔を合わせないようにしてきた。

 朝は母さんより早く起きて、自分で朝メシを済ませて、さっさと学校に行く。
 仕事でいないタイミングを見計らって学校から帰った後、帰ってくる前に出掛けて、すっかり寝静まったころに帰る。

 休日は一日中外で過ごし、帰りは朝方。そんな生活だった。

 きっと心配するだろう、とは思っていた。
 だけど、俺はもう引き返せる気はしていなかった。だから、なるべく顔を合わせないように、言葉を交わさないようにしてきた。

 こうしていれば、きっと母さんは匙を投げる。俺を忘れてくれる。そう願っていたから。

「ダメよ、そんなの!」

 俺のそうした苦肉の策は、女の清々しい正論に一蹴されようとしていた。

「お母さんを心配させるようなことしちゃ、ダメでしょ! あんな悪いこと続けてて、申し訳ないとは思わないの!?」

 何も知らないから言える、綺麗ごと。
 俺はこうした彼女の訴えを、そう取らざるをえなかった。

 それでも、間違いだとは思わなかった。
 それが最もだと、俺も感じていたから。

 だが、脳裏に過ぎった一人の男の姿が、俺に現実に戻ることを拒ませる。

「……そんなの、弌郎に言ってくれよ」

「え?」

 不思議そうに首を傾げる彼女の姿に、俺は頭を抱えた。
 そして、後悔の念を抱える。

 ――こいつにそんなこと言っても、どうにもならないだろうが。

 自分自身の言い分に耐え難い理不尽を覚え、俺は正義を信じて疑わない、純真な彼女の瞳に目を向けた。

 その澄んだ光は、俺には余りにも眩し過ぎた。汚され、砕かれ、朽ち果てた俺には。

 俺がどうしようもなく、あの残飯に匹敵するほどに薄汚れた存在とも知らず、哀れな慈愛の天使は(無意味な)救いの手を探す。

「うーん、やっぱり……うん、よし! 私の家に行きましょう! 助けてくれたお礼もあるし、お昼くらいご馳走できるわ」

「どういう思考回路でそんな結論が出てくんだよ」

 呆れるようにこれみよがしにため息をつくが、当の女は気にしていない様子だった。

 俺の話を全く聞こうともせず、「ちょっと連絡してくるから待ってて!」と一人でどこかへ走っていってしまった。

「なんだっつーんだよ……」

 うっとうしいような、嬉しいような、厚かましいような、ありがたいような……微妙な心境に、俺の心は揺さぶりを掛けられていた。

「いいことしたからお礼が貰えるって、いい気にでもなってんのかよ、俺は……」

 それからしばらく待っていたが、彼女はなかなか帰ってこない。

 電話くらいで三十分も掛かるわけはないし、途中で自分の過ちに気付いてさっさと帰っちまったんだろうか。

 納得したようながっかりしたような……またしてもそうした、まとまりのない気持ちになっていると、女とは違う足音が近付いてきた。

 彼女のそれよりも重く、力強い。その音の主には、見覚えがあった。

「よお、さっきはやってくれ――」

 言うより早く、俺はノコノコと顔を出してきたさっきのヤンキーの髪を掴み、顔面に膝蹴りを叩き込んだ。

 挑発的な目付きとあの時のやり取りからして、俺の得になるような話じゃないのは明白だからだ。

「ひぎぁッ! て、てめ……!」

「んで? 俺に何か用かよ。女に絡んだ時みてぇの仲間はどうした」

 整理のつかない自分の気持ちに苛立ってる中での、ヤンキーの再来は俺に八つ当たりの機会を与えたようだ。

 しかし、こいつはレベルの違いを見せ付けられてなお、ニタリと薄気味悪く笑っている。

「へへへ、どうしたも何も、いつも通りさ!」

「いつも通り? ――クソッタレが!」

 俺は鼻血を垂れ流しているそいつを投げ捨てて、女の向かった先へ走った。
 
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