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ハリーポッターと黒き黄金

作者:習田俊作
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秘密の部屋

今年もまたこの日がやって来た。
送られてきた手紙に沿って本を呼び寄せていた僕の杖を持つ指が止まる。
「ギルデロイ・ロックハート著……?」
随分と最近の著作に眉を寄せる。
過去も未来も現在も、如何なる事も知る僕は普段は意識して記憶を封じている。それはひょんな事で解けるのだが……その為何故こんなモノが教科書として利用されるのかが理解出来ない。それも7冊。
リドルがいれば恐らく何かしら言ったのだろうが、残念ながら此処に彼はいない。
「……久々にダイアゴン横丁に行かなければなるまいか」
最新の物が幾つか必要だが、それらは書架にない。
ついでにここ20年に発売された本を買い集めるも良いだろう。
僕はローブを呼び寄せた。


久々に12歳の姿となりダイアゴン横丁を歩く。
首にある聖銀とアングレサイトの十字架を模したチョーカー。それに掛けられた認識阻害魔法が作用している為、騒ぎにはなっていない。
アングレサイトというのは宝石の一つ。金色をしていて非常に脆く加工し辛く、入手したそれは名の知れた魔法族の彫金師が僕の為に彫金した一点物だったりする。確か"深い霧の中選ばれた者のみが宝玉を目にする権利が与えられる"と言っていただろうか?
Flourish and Blottsと書かれた本屋に入る。此処で教科書が全て揃うのだ。
「……人が多いな」
高揚した女性が見るチラシには成程、ギルデロイ・ロックハートの握手会と書いてある。
特に興味もなく本を次々と積み上げていく。
背後で騒がしくなり小競り合いが起こり始める頃には本屋を後にしていた。知っているのは僕の顔を見て惚けた店主位だろう。ちらと赤毛の少女の所持品に紛れ込んだ黒い本を眺めて、僕は本屋を出た。
続いて向かったのは夜の闇横丁。非合法な物が売られる闇の街。
陰気な空気が漂うそこは薄汚れたローブを着た人間がこそこそと体を縮ませている。
人攫いもスリも横行するそこには数多く珍しい書籍や魔法薬の材料が揃っている……割高だが。
それは闇の魔術についての禁書も同じ事。
魔法薬と禁書をそこで購入し拡張と軽量魔法の掛かったバッグに詰め込んで、マルフォイ親子を横目に家へと真っ直ぐに帰宅した。

*****

籠から出したコキンメフクロウを片手で撫でながら列車の外を眺めた。沈黙は嫌いではない。が、少しばかり退屈だ。
トンネルを抜けた先、二つの叫び声が聞こえた気がして、湖へ目を移す。
「車?」
蛇行運転する空飛ぶ車に小さく笑った。
どうやら今年も彼らは前途多難のようだ。


「……本当に前途多難だな」
現在闇の魔術に対する防衛術の授業。
初めの初めからピクシー小妖精を教室で離すというギルデロイ・ロックハート氏の暴挙により教室は大混乱極まっていた。当の新任はピクシーに杖を奪われ部屋に引っ込んでいる。
先程まで彼を侮っていた者、嫌そうに顔を歪めていた者、うっとりと彼を見つめていた者。皆一様にこれはおかしいと思った事だろう。
「困ったものだね、お前もそう思うだろう?」
「ききぃ♪」
服の中に入り込んで機嫌良さげに鳴く彼の頭を指で撫で、袖から杖を出した。
視界の端で生徒達が外へと逃げ出していくのが見える。
「インペディメンタ《妨害せよ》」
杖先が一瞬瞬き、途端ピクシー達の動きが一切止まった。
「大丈夫かい少年少女」
「あ、貴方は……」
茶髪の少女と黒髪の眼鏡の少年、赤髪の少年、それとシャンデリアに引っ掛けられた黒髪の少年。
僕のネクタイの色に視線が集まるのを感じながらも続けて呪文を唱える。
「コングリガーテ《集合せよ》。……ウィンガーディアム・レヴィオーサ《浮遊せよ》、ロコモーター《動け》」
ピクシー達を籠へ収め鍵を掛け、シャンデリアに引っかかった彼をゆっくりと下ろす。
服に入り込んでいたピクシーは籠の上に乗って足をばたつかせている。
「君は……」
「僕はマキナ・キサナドゥ。見ての通りスリザリンだ」
「僕知ってる……"深窓の王子"だろ?!」
その渾名どうにかして欲しい。
困った様に微笑めば少女が赤髪君を小突いた。
「僕も君達の事は知っている。ハーマイオニー・グレンジャー、ロナウド・ウィーズリー、ネビル・ロングボトム、……ハリー・ポッター」
今日は散々だったね、先に寮にお帰り。あと1時間は授業は無いだろう、片付けは自分がするから、と。
「え、えっと……いいの?」
「構わないさ。……Mr.ロングボトム、直ぐに助けなくて悪かったね。余り目立ちたくなかったんだ」
こんな噂があっているからと、されど笑みを含ませて怒っていないと茶化しながら。
「え?!い、いいよ!だって助けてくれたし……」
少し頭を下げればハッとした顔でネビルは頭をブンブンと横に振った。
「ふふ、そんなに頭を振っていては取れてしまうよ?」
ひゅっと杖を横に振るうと破かれた本が修復されて積み上がっていく。
「唯、僕はグリフィンドール寮には入れないからね……教科書は届けてもらえるかな?」
「ええ、勿論よMr.キサナドゥ」
「マキナでいいよ、同い年だろう?」
「なら、僕達もそれでいいよ。ね、ロン」
「う、うん」

誰もいなくなった教室で。
「……」
ファーストコンタクトに目を眇めた。

*****

イライラしているスネイプ教授は僕用に持ってきた甘いミルクチョコもほろ苦いビターチョコも構わずハイペースで貪っていた。
「ストレスでもお有りのようですね」
「……分かり切っておろう?」
「Mr.ロックハートですか」
カン!荒々しくカップを皿に叩き付けた教授に肩を竦めてみせる。
「彼は良い作家です。英雄譚(物語)でも書かれるが宜しいでしょう。彼は良い外面を持っています。テレビに出れば一躍有名になる事でしょう。彼は良い魔法使いです。きっとマグルに持て囃される事でしょう」
魔法使いの後ろにはペテン師と付くが。
くすくすと笑い優雅にカップを傾ける僕をまじまじと教授は見つめた。
「何か?」
「いや……珍しいと思いましてな」
「僕は聖人君主でも無ければお人形でもありませんよ」
「……何かあったのか、」
「いいえ、特に、何も。ピクシー小妖精が教室に放たれそれの後片付けをさせられた事も、成績優秀者として部屋に招かれ泥水を啜らされた挙句延々と自慢話をされた事も、手伝いと称しファンレターの返事としてポエムを書かされた事も、先生方からの噂でも聞いたのか授業に関する論文を書かされた事も、勝手に弟子認定された事も。そう、全ては良くあるありふれた事でしょう?教授」
やはり教授の淹れて下さった紅茶はとても美味しい。きっと珈琲も美味である事でしょう。
言えば大きく頬を引き攣らせて視線を逸らした。
「……荒れておりますな、」
「左様ですか?僕はいつも通りですよ」
「……。……キサナドゥ、使い魔の姿が見えないが」
「彼は今……きっと、ホグワーツ中を駆け回っている事でしょうね」
僕は宙を見つめ妖花が花開くように艶美に微笑む。
立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は菊の花。艶めいてしっとりとした色気を含ませて。
「────……」
「教授?」
「……いや、」
何でもない。
教授は羊皮紙を纏め、スリザリンに5点を追加した。

*****

暴れ柳の根元は絶好の昼寝スポットだ。
横たわり目を瞑れば柳は身を屈めて僕を包み込む。
「怪我はもう大丈夫なようだね」
ハリーとロンが入学式の時に空飛ぶ車で暴れ柳に突っ込んだ事件は広く皆に伝わっていた。広間でロンが吠えメールを貰ったというのは周知の事実だからだ。柳は大丈夫だと言いたげに身体を揺すって見せた。
「……秘密の部屋は開かれたり、か」
既に石と化した犠牲者はミセス・ノリスというフィルチさんの飼い猫1匹とマグル生まれの生徒2人とゴースト1人。
「そろそろか、」
僕は身体を起こすと杖を振るった。
その場に残るのは一部が押し倒された草原と体勢を戻した暴れ柳だけ。

*****

「決闘クラブ?」
「キサナドゥも行かないか?今日こそポッターの泣きっ面拝んでやる……!」
どうやら最近の物騒な事件からロックハート氏が開くらしい。
「ハリーの泣きっ面に興味はないけど、教授の勇姿は見たいと思っているよ」
「え?何の事だい?」
「あれ、知らないのかい」
決闘クラブにはスネイプ教授が補佐として出るのだよ。


「私の姿が見えますか?私の声が聞こえますか?」
生徒の殆どが冷えた目を向ける中、どうしてなのかハーマイオニーは熱の篭った目でロックハート氏を見ている。
「(以下略)それではご紹介しましょう。助手のスネイプ先生です。……ああ安心して下さい?決闘が終わった後に先生がいなくなっている、なんて事はありませんからね!」
寧ろ消されるのではないかと言いたくなる程、スネイプ教授は怒りに燃えていらっしゃる。
気持ち良く気障ったらしくペラペラと騙るロックハート。
「……諄い。疾く始めよ道化師……」
「(以下略)……さあそれでは実践といきましょう」
「……」
そして武装解除の呪文で見事にロックハートは吹っ飛ばされた。
そしてまた何やら言い訳をしているが、スネイプ教授の"あくまでこの決闘は見事な吹っ飛ばされ方ではなく攻防を見せた方が良かったのではないのか"という正論じみた皮肉に押し黙った。
「……。それでは、2人組を組んで!」
「教授、」
「おや、マキナ君。どうかしましたか?」
「……」
僕は教授に話し掛けたのに。まあいい。
「1人溢れそうなのでどちらか僕に御教授願えませんか?」
「ん?!ぁ、あー……そ、そうですね、」
「丁度いい……先程は精精受け身の仕方しか学べなかっただろう是非とも、経験豊富なロックハート先生に学ぶがいい」
「っ?!」
「嬉しいです。なんて幸運なのでしょうか!……ああ、しかしまだ不安なのも事実。教授、どうかアドバイスでも頂けますか?」
「宜しいですかなロックハート先生」
「え、?ええ、はい。問題ありませんよ……?」
「稀代の天才と名高いギルデロイ・ロックハート先生から直々にDADAを学べるとは光栄で恐悦至極であります。宜しくお願い致します」
ゴリ押し。
少しばかり僕もいい思いしてもいいと思うだろう?教授。
僕らの会話を聞いた皆は一様に動きを止め、こちらを注視している。
「盾の呪文は?」
「ホリビリスまで」
「……十分だ。些か優秀過ぎますがな。まあいい……数度攻撃を受けてから、」
「精神攻撃後に失神呪文を撃ちます」
「……結構。好きにやりたまえ」
頭に重みを感じ背中を軽く押された。
「……、」
「さあ、来なさいマキナ君」
……ファーストネームで呼ばないで欲しい。

台の中央で向かい合い杖を払って礼をする。
「先生。勿論余力を残さぬ全力でお願いできますよね?」
「は?」
「決闘とは年齢性別立場関係なく行うものです。まさか手を抜くだなんて……そんな事しませんよね?先生はトロールや狼男と真正面から相対した英雄ですからねぇ」
「ぇ、あ……も、勿論だとも!」
「さあ先生。……悔いの残らない正々堂々とした決闘にしましょう」
「(……次々と逃げ道を塞がれていく……哀れだな)」
少しばかり長めの見るからに高級そうな薔薇の装飾のされた杖に更に顔を引き攣らせたのを確認する。分不相応と取られても仕方ないのだけど……まあいいか。
「ワン……ツー、スリー」
「エクスペリアームス!《武器よ去れ》」
赤い閃光がぎこちなく振るわれた杖先から放たれる。
「プロテゴ《護れ》」
それは薄く金がかった白の護りに掻き消された。
「……っ、」
「ほら、先生。まさか生徒の盾の呪文が破れないとは言いますまい」
前面に張られた盾から片目を覗かせ、にたりと笑う。
「っ、リクタスセンプラ!《笑い続けろ》」
「プロテゴ《護れ》」
「ろ、ロコモーター・モルティスッ!《足縛り》」
「プロテゴ《護れ》……手を抜かなくて構いませんと申しましたよ?まだ僕はプロテゴ・トタラムを使っていません」
「ッッオブリビエイト!!《忘却せよ》」
「ほう……お見事。プロテゴ・マキシマ《完全防御せよ》」
彼が息切れをした時点で盾の呪文を解いた。
「敬意を評して失神はやめておきましょう。エクスペリアームス《武器よ去れ》」
弾かれた杖を片手で掴み上げ、片膝を付いたロックハート氏に杖を置いて囁く。
「貴方は……教師よりも魔法省の忘却術士が向いているのでは?作家気取りの道化師さん」
無言呪文で"空間に掛かった幻術"を解き、長期戦故か観戦者の増えたその中へ姿を消した。
教授に触れられた頭に手を置いて。


さて、はて。
続いてハリーとマルフォイが決闘を行ったが、ハリーが蛇語を使った事で空気が死んだ。
僕らは大人しく寮に戻ったが、マルフォイは酷く荒れている。
「なんでアイツが蛇語を使えるんだ……ッ!!」
スリザリン生皆の本音だろう。ハリーの血の半分はマグル生まれの魔女のもの。貴族に毒された彼らには度し難かろう。
実際の所彼の闇の帝王は半純血なのだが。
スリザリン生の一部は顔色が悪い。ハリーがもし継承者なら────何かしら報復があるかもしれない、と。
「気にする必要は無いだろうに」
「!キサナドゥ……?」
「唯蛇の言葉が分かるだけだろう。ハリーはまだ学生なのだよ?勝てない訳じゃない」
相手が大人や闇祓いという訳でもあるまいに。
ふわりと欠伸を零した僕は士気を取り戻したマルフォイの事も露知らず、部屋にて僕は眠りにつくのだった。

*****

石になった生徒らを治す薬を作る為、マンドラゴラの栽培が急がれる。
僕は個人実習と称して植え替えやら薬を塗ったりやらをスプラウト先生に協力していた。
「そろそろ収穫出来そうですか?スプラウト先生」
「ええそうね。貴方が手伝ってくれて助かったわMr.キサナドゥ」
「僕だけではありませんよ。他の寮の生徒も手伝いに来ていたのでしょう?その御蔭です」
僕が来るとマンドラゴラは植え替えの時余り泣かなくて助かるのだとスプラウト先生は微笑んだ。


クリスマスも寮に残る事にした。スリザリン生だけでなく、皆皆学校にはいられないと殆どの生徒が学校を去った。

その間彼らが何をしているのかと思えば。
談話室に戻れば随分と穏やかな雰囲気をした"僕"がマルフォイに質問をしていた。
「───本当に君じゃあないのかい?」
「さっきから言っているじゃないかキサナドゥ。僕がスリザリンの継承者ならどれだけ良かったか」
「それじゃあ誰が継承者なんだろうね」
「僕はてっきり君かと……ああいや、君は博愛主義だったね。全く、どうして君はスリザリンにいるのか」
別に君を否定している訳では無いが、とマルフォイは"僕"に幾分柔らかく笑った。
「……」
なんだろう、このモヤッとする感じ。
直後、"僕"に加えクラッブとゴイルまで談話室を駆け出して行った。僕とクラッブはそれぞれ髪が茶色と赤色へ、ゴイルは額に傷が浮き出始めていた。
その後を好奇心で追い掛けると3階女子トイレへ駆け込んでいった。
「……やっぱり君達か、ハリー、ロン、ハーマイオニー」
「!?」
「ま、マキナ?!」
事情は分からなくもない。大方スリザリンの継承者がマルフォイだと推測したのだろう。そんな筈が無かったのだが。
「それ、ポリジュース薬だね。成程上手く出来ている……ハーマイオニー君だろう、僕だったのは。上手く化けていた」
「あ、あのね!これには理由が……っ」
「あ、誤解をしないでおくれ。先生に言うつもりはないから」
唯魔法薬の授業での悪戯に加え、ポリジュース薬分の高価な素材が根刮ぎ魔法薬学準備室から消えたと知った時のスネイプ教授の胃が心配だ。
未だに警戒している3人に僕は進み出る。
「正直今起きている事件は好きではないんだ」
「え、……?」
「スリザリンなのに?信じられないよ……」
ロンの言う事は尤もだ。スリザリンは殆どが親に死喰い人を持っているから。
「僕はマグルも好ましいと思ってる。魔法族とは違う、神秘とは真逆の方向に進歩した立派な文化を持つ人類じゃないか。魔法族……純血主義は分かっていないよね。マグルがいなければとっくに魔法族は滅んでる。本当に純粋な魔法族なんて存在しないのに分かろうともしない。僕はマグルだなんだよりも思考停止した人間が大嫌いなんだ……ああ、これ、ナイショだよ」
「……結構辛辣なのね」
「今のマルフォイは好きじゃないんだ。矯正する気は、今は無い」
「ぷっ……ハッキリ言うなぁもう。……疑ってごめんよ」
「その……良かったら協力してくれない?」
「勿論、喜んで」
僕は片手を上げて踵を返した。



2月。
ハリーが何か手掛かりを入手した、と聞いた。
「トム・リドルの日記……?」
「ハグリッドが秘密の部屋を開けたんだ!50年前に!!」
日記はもう誰かに取られてしまったのだけど、とハリーは肩を落として言った。
「そのトム・リドルは元スリザリン生の、かい?」
知っているのかとハリーとロンに詰め寄られる。
「知っているも何も……いや、そうだな、彼は随分と優秀で優等生だったようだが」
「それだけ……?」
「……その頃の彼は危ういものだった。"切り離された彼"の"今"はどうか知らないが」
「え、」
あまり責めてやらないでくれ、と言葉を置き去りに、僕は寮へと去った。

*****

またロックハート氏がやらかしたらしい。
ひっきりなしに羽を生やした小人が来ては何やらカードを撒いて恋文を読み上げラッパを吹き鳴らす。
食事中と授業中は勘弁して欲しいのだが。まあそれ以外の時は目眩まし術で姿を消しているのだけど。
流石に腹に据えかねている。
「という訳で匿って頂けないでしょうか」
「……入りなさい」
今日はバレンタインデー。去年は普通にカードを手渡される程度だったのだが……。
ローブのフードを被った僕はショルダーバッグを抱えスネイプ教授の執務室へ立ち入る。
今日が終わるまでメッセージ攻撃が止む事はないだろう。小人……基屋敷下僕妖精の死んだような目は精神衛生上宜しくない。
テーブルの方に座るよう言うと教授はデスクにてレポートの添削を再開した。容赦無く辛口な点数を書いては傍らの紙にその点数を書き込んでいるらしい。僕の座るテーブルの上には香りのいい紅茶が。
それを少し口にし、僕もバッグから羽ペンと青のインク、下品ではない程度の金の飾りがあしらわれた便箋等を取り出した。使い易い位置にそれらを置き、バッグから更に10を優に超える手紙を取り出す。
人と戯れに交流すれば面倒事も多々ある。
1つ封蝋のされた手紙をペーパーナイフで切り、中を開く。
教授はチラとこちらを見、直ぐにレポートに目を向けた為どうやら黙認して貰えるようだ。

どれもこれもバレンタインに託けてパーティーに誘う文であったり、匂わせる程度の口説き文句や恋文その物の内容。……男性の割合が多いのはデフォルトだ。
1通1通丁寧に返事を書いていく。
前々から交流のある人間だけでなく、ホグワーツの生徒が部屋に宛ててある物も混ざっている。
「レディ、ホグワーツの皆に届けておくれ……多いけれど、」
20余りの手紙を束ねた紐を鉤爪で掴んだ青と白のコキンメフクロウは翼を広げてほうと鳴いた。
「……何処に入れていたんだ」
「彼女は僕のローブの首元に入り込んで眠るのが好きなようで」
元はウェッジウッドのティーカップだ、偽りの生を与えたに過ぎない。
「彼女の至福は主に触れられ、愛玩され、使われる事。いじらしいですよねぇ」
くつりと喉で笑い、そっと目を伏せ自身の唇に指を走らせる。
教授はひくりと頬を引き攣らせた。

「……ヴィーラの血でも入っているのかね」
「?何かおっしゃいましたか?」
「……いや、」

*****

3階女子トイレは元々存在しない場所だった。ホグワーツ創設期。様々なギミックをホグワーツ校に詰め込んだ4人の魔法使いはぽっかりと空いたその区画を誰が使うか話し合い、時に競い合って取り合った。それこそお遊び(ごっこ)ではなく本気であり、しかし命を奪わない程度の決闘。実力が拮抗していたグリフィンドールとスリザリンは僅かな差でスリザリンが勝利する事となる。
珍しくこのような戯れに参加したスリザリンだったが、彼は其処を唯のオブジェのある広場とした。
決して撤去が出来ぬよう、そのオブジェに幾重にも固定化の魔法を掛けて。
時が経つにつれ其処は改装され女子トイレとなったが、固定化のされたオブジェだけは其処に名残として残り、何時しか使われる事すらなく……1人のゴーストの住処となっているばかりである。

ハーマイオニーが石にされ、ハグリッドがアズカバンへ送られた。遂に事件はホグワーツ閉鎖の危機に迄発展している。
未曾有の事態、50年前の再来。
僕はサラザール・スリザリンの秘密の部屋の入口にて立ち竦む。
「よく見つけたね、ハリー、ロン」
「き、君は……」
「マキナ……?どうして君が此所にいるんだい……?」
警戒したように僕を睨む彼らはどうやら僕を疑っているらしい。
杖を持たず両手を上げて見せる。敵対はない。
「今夜だろうと思っていた。ハリー、僕も連れて行って欲しい」
「な、何で……君は秘密の部屋の場所を知っていたの?」
「マートルとは前々から交流があってね」
トイレの方向に手を差し出せば、照れたようにマートルが手を乗せた。
「ハリー、本当よ。マキナは1年の学期末にあたしを見つけてくれたの」
「その時にマートルの死因もね……黄色い目玉を見ただけで死ぬだなんて、魔法生物以外の何物でもない。……君達が此処に来るのもまた運命だ」
「運命だって?!ジニーが連れて行かれた事も必然だったんだって言いたいのかよ!!」
ロンの言葉に否やはない。
「遅かれ早かれ誰かが直接的に狙われるだろうとは思っていた……だって不思議に思わなかったか?ノリスも被害に遭ったマグル出身者も、石になっただけで誰1人死んでいないのだよ?」
そう何度も偶然があって堪るものか。意図的に殺さなかったのだとしてもおかしくはないのだ。
これはけして悪戯等ではないのに。
ハリーもロンも戸惑ったように顔を合わせている。
「……戦いに行く君達に今言うべきではなかったやもしれないな。だが、迷う事勿れ。されど心の隅にでも置いておいて欲しい。……彼もまた加害者であり被害者であると。……インカーセラス《縛れ》」
「「ッ?!」」
杖先から飛び出した縄が2人の"間を摺り抜け"、逃げ出そうとした人影を縛り上げた。
「君は……何を知っているんだ……?」
「識っている事だけ」
「わ、私はもう関係ないだろう?マキナ君、縄を解いてくれ!」
「黙るがいい。この場で貴様に物を言う資格はない」
倒れ伏したロックハートのネクタイを掴み上げ、腰を曲げて見下ろした。
「僕の名を呼ぶのは僕が許可した者のみだ。この場に於いて貴様は唯粛々と、諾々と、従え」
髪も服装も少々乱れたロックハートは青ざめた顔で、僕の顔をぼうっと見ていた。
スリザリン純血魔法族非魔法族、僕に言わせれば須く人間という一種族に過ぎないのだ。

ハリーは手洗場の蛇の形をした取っ手に触れ、蛇語で開けと囁いた。


大口を開けた其処は真っ暗な穴。
ロンは容赦無くロックハートを穴に突き落とし、次々と穴へ落ちていく。
鼠やそういった小動物の骨が散乱する中、巨大な蛇……バジリスクの蛻が横たわっている。
其処はパイプの集中する場所だった。バジリスクは校内を這い、外から魔法によって迷い込んだ小動物を喰い、1000年を生き延びていた。
バジリスクの為の場所。それこそがスリザリンの秘密の部屋。
ロックハートは恐れに尻込みし、油断したロンを突き飛ばして杖を奪った。
「1対1で負けたというのに懲りない奴だ」
「だが君も容易に動けまい。お友達の命と記憶が掛かっている」
ロックハートの言葉に肩を竦める他ない。
焦るハリーはロックハートの牽制に杖を取り出せず、唯ぎりりと彼を睨んだ。
ロックハートの杖先は僕に向けられている。
「君達は哀れ、怪物を見て気でも狂ったと伝えておこう。そうだね、君は特別に私の傍に置いてあげよう。精精助手として客寄せパンダになっておくれ」
「やれやれ……」
「マキナ!逃げるんだ!」
「良い機会だ。ロン、芯のはみ出た杖を使うとどうなるか、知っているか?」
「はァ?!今そんな場合じゃないだろっ」
「記憶に別れを告げるがいい!オブリビエイト《忘却せよ》!」
ドンっ!!噴出した銀緑の光弾は折れた部分を起点に逆噴射し、不意を突かれたロックハートは吹っ飛んで壁に打ち当たる。
ガラガラと天井と壁が崩れ落ちてロン、僕とハリーへと分断される。
「……」
「……」
「このように魔法を使うに当たり不備を来す。魔力の逆流現象だ。故に杖のメンテナンスは定期的に行う事。杖には忠誠心というものがあるからね」
岩で埋まった其処の穴から顔を出し、ロックハートだった物を窺う。
「……うう、此処は何処だい?君の名前は?」
「初めまして。僕はマキナ・キサナドゥです」
「へぇ、いい名前だね。それで、私は誰だい?」
記憶を失ったロックハートだった物はあっけらかんと笑った。
「ステューピファイ《失神せよ》」
「うわぁ……」
失神呪文を掛けてロックハートだった物を大人しくさせる。これで試金石も邪魔ものも消えた。
「先に進むとしようか」
「……。ロン、杖がない君にはロックハートを任せるよ」
「……。うん。ジニーを頼む」


大広間程に広い空間が其処にあった。
ジニーの命の鼓動は刻一刻とゆっくりになっていく。彼女を腕に抱え、眼前の光景を、渦巻く歓喜を秘めながら見つめていた。
トム・マールヴォロ・リドルはハリーの杖を拾い上げて弄ぶ。
「君はどうやって生き残った?全て聞かせてもらおうか。長く話せば君はそれだけ長く生きていられる事になる」
「君が僕を襲った時どうして君が力を失ったのか……誰にも分からない。僕自身にもわからないんだ。でも何故君が僕を殺せなかったのか、僕には分かる。母が僕を庇って死んだからだ!」
「愛……か。それも命を懸ける程の。それは確かに呪いに対する強力な反対呪文となるだろうね……。だが結局、君自身には何か特別なモノはないという訳だ」
リドルは杖を使わなかった。
御手並み拝見だと深く礼をしたリドルはバジリスクを蛇語で呼び寄せる。
「《起きろバジリスク。礎となれ》」
「……礎、だって?」
石像の口から這い出た緑の鱗を持つ蛇の王はハリーに襲い掛かった。
不死鳥によるアシストと組み分け帽子から出現したグリフィンドールの剣によって貫かれ、バジリスクは息絶える。ハリーはその体に猛毒を受けたものの、不死鳥によって治されてしまった。
「見事だ、ハリー・ポッター。些か運任せであった気もするが、それも実力の内だろう」
「リドル……」
「これで後は魔法使いの決闘で決着を付けざるを得ないが、それはもう無理だろう」
ハリーの手元に落とされた日記帳に、ハリーの腕に突き刺さっていたバジリスクの牙。リドルは苦笑した。

「やはり負けてしまった。君の言う通りだったよ、マキナ」
「……え、?」

「未来の君はどうであれハリーに敗北したのだから、それは無理からぬ事だよ」

ジニーを抱き上げた僕はハリーに彼女を手渡す。
「!……温かい……?リドルはまだ倒してないのに」
「彼女は魂と魔力を渡し過ぎただけだ。応急処置にしかならないが、失ったモノは水増しすれば猶予が与えられる」
水に濡れた日記を拾い上げた僕は杖を振って脱水し、取り出した万年筆で"魔力を込めて文字を書き込んだ"。
「リドル」
「分かってるさ。ジニーの魂は返すよ」
リドルの姿が1度明滅し、魂が戻ったジニーの身体がビクリと跳ねた。
「ハリー、聞いて。……彼は確かにヴォルデモート卿だ。闇に浸りきった邪悪な魔法使い。その魂の欠片。しかし記憶という形で抜き出されたそれは現在も俗世の影響を受けて息衝いている……その意味が分かるかい?」
「……ううん、分からないよ」
「ヴォルデモートであってヴォルデモートでない存在。魂としては断てぬ繋がりを持っているが故に本体からの無意識な命令には逆らえない。でも、人格……性格や思想すらも全く同じにはならないんだよ。例え似ていてもね。今は確固とした悪意を持っていたとしても、過去の彼がそれを持っていたとは限らない……つまり、過去の彼は思想や考えが変わる事があるって事」
「……うん、」
ハリーは僕の言いたい事が分かってきたようだ。
僕はハリーの目の前に跪く。
「"リドルを殺さないで欲しい"。2度とこのような事件は起こらないから。罪を償うから」
離叛するような事をすれば本体に不都合な人格が消えて道具に成り下がる。
日記は武器だったのだ、ヴォルデモートの。
せざるを得なかった事。
「どうやって?」
「僕の魂の一部をリドルに渡す。……僕の魂の容量は人の域を超えているんだ。だから質と量で、ヴォルデモートの魂を押し潰す。詳しくは言えないが」
「それは、今じゃなきゃ駄目だったの?」
「……ごめんよ、ハリー。君には英雄になってもらわなくてはならない」
「極東の諺で壁に耳あり障子に目ありと言ってね……このホグワーツにもその周りにもヴォルデモートの配下の目がある。……僕は帝王の魂の欠片。大事に保管されていた。厳重にね」
リドルはジニーに日記を渡したのはその配下だと言った。
「ハリー、君は10年前ヴォルデモートを退けたね。去年、賢者の石をヴォルデモートから守ったね。そして今年、見事バジリスクを討ち取り黒幕を倒した。リドルは此処で、君によって死んだ事にする。君と帝王は見えない絆で結ばれているから、それはけして不自然な事じゃない」
「絆……?絆だって?!」
自分はヴォルデモートなんかと、とハリーは憤慨する。
「君にも何れ分かる。その額の傷が教えるだろう」
「バジリスクをその勇気をもってして打ち倒した英雄よ。"その影に潜ませて欲しい"、勿論、ダンブルドアには全てを話すから」
ハリーは少し後退る。
「全部……全部君達の仕組んだ事だったんだ……!」
「違う。マキナは静観していただけだ。計画の全て、一つも彼は知らなかった」
知っていたのは魂の分割、魂に魂を憑依させる術、そして魂の繋がりの切断。
「僕は別に君達の力を借りる必要はなかった。《蛇語だって話せる。》魔法で日記を保護して偽装だって出来た。─────それをしなかったのは少なからず君達に友情を感じていたからだし、黙って騙すのは不誠実だと思うようになったからだ」
立ち上がり目を伏せる。
ハリーは少し悩み、迷ったように視線をあちこちに巡らせた後、しかと僕の目を見た。
「……分かった、分かったよ。僕も協力する」
「!ハリー……」
「僕はバジリスクを倒し、リドルを倒し、……ジニーを助けた。僕の目的はジニーの救出だ。それが果たされれば、それでいいよ」
その眼差しは言い方とは裏腹に、救えるならば救いたいという誠実さが見えた。
「……ありがとう」
「マキナ、もう時間が無い……」
「ああ」
そして、その空間に光が満ちた。

*****

「─────事の次第は以上です」
ダンブルドアは難しい顔で頷いた。
「……ホークラックス、分霊箱かね?」
「はい」
学校に戻ってきたダンブルドアに直様目通りを願い出た。ダンブルドアは黒蛇の姿から戻ったリドルに目を見開き、部屋に盗聴防止魔法を張り、問うた。

リドルを本体と切り離すことは容易い。唯分霊箱を破壊すればいいのだ。……それではリドルは死んで(壊れて)しまうが。
記憶を"転写する"一人分の魂を用意するのだ。密度が高くなくては失敗する。
肉体は人造の物で構わない。
それらを一つにし、転写と同時に分霊箱を破壊。
生命活動をしない肉体に魂を入れても直ぐに霧散するが、極限化した固定化の魔法で0.1秒留めておける。それで杖が使用され、転写に杖は使えない為、1人では決して出来ない儀式になる。更にタイミングが0.01秒も過ぎると失敗する。
余程タイミングピッタリの2人3人だろうと成せない不可能を、僕は容易く遣り遂げた。

「僕は前々からリドルと交流がありました。……貴方は知っておいでだ、僕の名を聞いて知らぬのは80年前より後の人間なのだから」
「……"生ける神話"。1000年以上前……魔法界が出来た頃から生きる、"はじまりのもの"」
「知っていながら入学させるとは」
「ホグワーツは誰であろうと受け入れますじゃ、マキナ殿」
ダンブルドアの視線はリドルに向いている。
問い掛けているのだ、その半月型の眼鏡の奥、キラキラと輝く深い青の瞳は。
「……先生。僕は貴方が嫌いでした」
「……知っておったとも」
「どんな時も生徒に平等な所も、道を外れようとする者を叱責し押し止めようとする所も。……一時は闇に身を任せた事すらあるというのに……今はしがない魔法学校の校長だ。偉大な魔法使いが聞いて呆れた」
彼は嘗て、栄光を求めた。
マグルも好ましいと思っていなかった。
変えたのは何があっての事なのか。
「……」
「僕は変わっていない。今だって選民的な支配思想は残っている。……だけど」
リドルがチラと僕を見て、まっすぐにダンブルドアを見据えた。
「……"僕"はやり直せると思いますか」
「無論じゃ。人は過ちを振り返り、反省し、学ぶ生き物なのだから」


入学許可証を手に校長室を出たリドル……否、リアムは僕の後ろを歩く。
「いいのかい?名前を変えても」
「トム・リドルを名乗る訳にはいかないだろう?それに前の名前は嫌いなんだ。マグルの父と同じ名前だなんて」
鼻で笑ったリアムは僕の隣を歩いた。17の彼は今の僕より視線が上にある。
「良い事を教えて上げよう。……僕はこの世界の住人ではない」
「!」
「魔法の魔の字もない世界だ。つまり僕は君の嫌いなマグルという事になる」
「……君は性悪だ」
「何とでも」
珍しく目眩し術を使わずに出歩いている為か、それとも隣に立つ整った顔立ちの見知らぬ生徒がいるからか。視線が強く集まっているのを感じながら、大広間にて夕食を取り始める。
「今年の寮杯もグリフィンドールが手にするだろうね」
「主に僕達の所為だけど」
「無事にリンクが切れて良かった」
「もう僕と彼は別個体になる」
「自由は良いよ」
「違いないね」


2年、解放と介入。此処に終える。

*秘密の部屋 完結* 
 

 
後書き
無理矢理。 
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