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ハリーポッターと黒き黄金

作者:習田俊作
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賢者の石

ゆったりと黒革の椅子に座り、机に置かれた手紙を持ち手まで漆黒の杖で弄ぶ。
千年桜と黒薔薇の蔦葛、芯は天狐の尾と心臓の琴線。37.8cm、気難しいが主人に忠実、狂信的。嫉妬しいで他の杖を使えば暫く外方を向く。二つの植物と二つの動物の部位を使用したそれは酷く強力で攻撃魔法に特化している。
杖先で封をトントンと叩くと独りでに手紙は浮き上がり、便箋が広げられ空中に留まった。
エメラルド色のインクで記された送り主に、僕……こと、マキナは目を眇めた。

何度目かの転生を果たした僕は何故か元いた世界から弾き出され、此処……魔法の蔓延る異世界で目を覚ました。
僕には心臓にとある石を持っている。病だとか精神的な例えだとかではなく、概念的な物質だ。等価交換という物を知っているだろうか。それは対価を支払う事で何もかもを叶える事が出来る世界の礎。叡智の結晶。真理の体現。それを永遠に守護する事が僕に課された使命。
元の世界ではそれを悪用され世界がループする事もあったが今は関係ないだろう。結晶はもう戻れぬとこの世界の全てを脳髄に叩き込む序でに突き付けたのだから。
大した事では死どころか怪我一つすらしない老いぬ肉体を持っているからか。気紛れに外へ出る他、今迄怠惰に生きてきた。が、如何せん暇過ぎた。
「姿を変えて幼子で外に出歩いた途端に、これか」
杖を振るう。
すると屋敷中から大鍋や教科書、羊皮紙、インク、羽ペン等が次々と宙を舞い部屋に運び込まれ、拡張魔法と重量軽減魔法の掛けられた黒いトランクに入ると、最後にぱちんと金の留め具が掛けられた。
「ふうん、ホグワーツ魔法学校案内……へぇ、」
声が聞こえる。されど周囲に人の姿はない。
「まさか生徒としてだとは思わなかった」
「全く以て同感だよ」
僕は基本成人の姿を維持している為、ホグワーツが干渉してくるとすれば教師か何かだろうと思っていた。が、蓋を開ければ入学許可証。此処は梟便では届かない為宛先が書き込まれる前に呼び寄せたのだが、想定外も想定外だった。
「今になって教科書を使う事になろうとは、ね」
くるくると杖を回して黒檀(エボニー)のデスクをコツンと叩く。ウェッジウッドのティーセットに注がれたダージリンの紅茶と茶菓子のメイズ・オブ・オナーの出来立てが直様現れた(これは魔法ではなく、石による等価交換なので杖を使う必要はない)。
「それもまた縁。それもまた一興」
パフペストリーのさくさくとした食感とカスタードのような甘いチーズがふわ、とろ、と舌を楽しませる。
フォークを置き紅茶を味わえば味わい深い香りが鼻腔を擽った。
「こうしてアフターヌーンティーを楽しむ自分だけの時間が無くなるのは些か不満だけどね」
「……君らしいね」
「ふふ。……ああそうだ、一応梟か何かを用意しておくといいかな?」
暫く紅茶を楽しみ中身を空にすると思い立つ。
「そんなの僕に頼めばいいじゃないか」
「君が使い走り?ふふ、何のジョークだい?」
「……ふん、借りを作るにはいい機会だと思っただけさ」
気紛れな癖によく言う。コツンと杖でカップと金のトレイを叩く。綺麗な白とウェッジウッドブルーのコキンメフクロウになり、金のトレイは立派な止まり木と精緻な鳥籠となった。手乗りサイズの小さな梟はパチパチと目を瞬かせる。
「……食べてはダメだよ?」
「怒るよ」
「ふふっ……ごめんごめん」
視界の端で黒がちらと見えた。

*****

金色の髪、金色の目。
白のブラウスに黒いアレックスベスト、黒のロングパンツに青が散りばめられたブーツ。
背中まである長い癖髪を青と白のリボンで一つに纏めたその少年は、ぞっとする程に美しかった。
シミ一つない白い肌、頬に薄く血色が滲み、長い金の睫毛に縁取られた目は神秘そのもの。薄い色の唇は潤い、常に薄い笑みを浮かべている。
まるで精緻なビスクドール。されど少年は生きていた。
「人目を気にして早目に来て良かった」
「《違いない》」
その言葉に返答したのは、少年の首周りに絡まった大きな黒い蛇だった。鱗の一つにすら歪みはなく、少年に不思議と似合う美しい蛇。体長はおおよそ2mだろうか、赤い目が冷たく少年を見つめ、舌をちろちろと見せながら鎌首を擡げた。
「一応気配は薄くしてるから学校生活に支障は出ないだろうけどねぇ」
「《……それはどうだろう》」
9と3/4番線ホグワーツ行き列車。
一つのコンパートメントを陣取った少年、マキナは笑う。
「というか君、本当に付いてきたんだ」
「《悪い?》」
「いいや」
「《……とはいえ顔見知りは少しばかり多いし、精精大人しくしておくけどね》」
「ふふ、そうか。君がいいならいいよ、リドル」
終始機嫌がいい。マキナは脇に置いてある鞄に手を付けて本……禁書、〈古代ルーン文字と魔法創造〜語学と呪文〜〉を取り出した。
「楽しみだよ、本当に」
その金の目が妖しく輝く。
終始蛇はしゅるしゅると、少年以外には伝わらぬ声なき声で空気を揺らしていた。



ハリー・ポッター。予言の子。生き残った男の子。
ヴォルデモート卿を退けた英雄。
英雄がグリフィンドール寮に選ばれ嬉しそうに笑う彼彼女らから視線を逸らし、魔法で蝋燭が浮かべられた天井を見上げる。
現在寮分けが行われている。ホグワーツ魔法学校は城だった。嘗て前の世界で治めていた国の城と同様程の広さ。中々に広い。
此処で約7年拘束されると思うと気が重いが。元々自由を好んでいる。放浪が専らの趣味だからだ。……暇は、しなさそうだが。英雄殿を見ていればローブの内側、少し体躯を小さくした彼が手首を締め付けた。
「キサナドゥ・マキナ!」
マキナ・シュテルン・キサナドゥ。
桃源郷、理想郷を意味する苗字は自分で付けた。僕は異郷の人間だ、何て洒落を効かせてね。
幸いな事に僕の容姿は傍目から見て美しい。夢の国の星、なんていうファンタジーな名前も違和がないと言われるのは果たして良い事か、どうなのか。
先程の英雄殿の組み分けと同様、物音一つなく静まり返った空間。どうしてさっきまで目に付かなかったのか?疑問の声も掻き消える。
「……ほら、先程まで誰にもバレていなかった。杞憂だっただろう?」
「《……》」
ぎちり。手首の締め付けが強くなるのを他所に椅子に座る。
……が、何時になっても帽子が被せられない。
「……マクゴナガル女史?如何なされました?」
「!い、いえ……何でもありません」
さて、この組み分け帽子。ホグワーツ魔法学校創設者の4人が直々に魔法を込めたシロモノである。
歌って喋り英智を授ける。
心を読み、思考を読み、組み分けする役目を負っている。
本質はそこにはないがそれは閑話休題だろう。
「やあ、組み分け帽子」
『これはこれは……ようこそホグワーツ魔法学校へ。貴方様が此処ホグワーツに降り立たれたのを"革"身に感じておりました、真理の写見よ』
肌身基、革身か……面白い事を言う。
『まさか御入学なされるとは……より良い学生生活になる事を平にお祈り致しますぞ』
「ああ、ありがとう。……僕は今は生徒だから、そのように接してほしいな」
『ほっほっほ。では失礼して……、……ふむ、勇気は当然、柔軟で温厚で叡智を持ちながらも好奇心旺盛。そして何より機知に富んで狡猾さが人1倍。それ無くして生きていけなかったという事もあるが野心を宿している。随分と濃い人生を歩んで来た……どの寮に入っても自分らしく過ごせましょうな。グリフィンドールがよろしいか?』
「ん……そうだねぇ。……僕はけして明るい道だけ、栄光の照らす正義の道を歩いてきた訳じゃない。関わりたいと思うけれど、正義ばかりじゃ疲れてしまうよ。御免ね」
『ほう……やはりそう選ばれますか……ならば、』
スリザリン!!
蛇寮が拍手喝采に包まれた。


純血がどうとか出自は何処だとか興味の欠片もなく適当に流して目の前のサラダとローストビーフを口にした。
不味いという訳ではなくそこそこ。屋敷下僕妖精の努力が伺える。
「要るかい?」
「……え?」
「ちぃ《貰うよ》」
「ひゃ……ッ?!」
食事はそこそこにティータイムに入った僕はふと思い立ちリドルを呼んだ。袖に仕込んだ杖の先にコツンと頭を当てた掌サイズの黒蛇はブレスレットの真似を止めて一拍、黒いハツカネズミと化して皿に乗せられた一口大の肉に齧り付く。
驚いて叫ぼうとした生徒……マルフォイと言ったか、彼に掛けた沈黙呪文を杖を一振りして解いた。
「ティータイムは静かに頼むよ」
「あ、ああ、すまない……」
食事中に鼠を皿に上げる方が常識知らずとかは置いておいて。
「彼は僕の使い魔(ファミリア)なんだ。食事中にすまないね」
早目に慣れておくれ。そう言い放ち空のティーカップを置いて杖先でカップの端を叩く。底から湧き上がるように紅茶が満ちた。
「む、無言呪文……」
ああ、早く部屋に戻りたいものだ。


解散を指揮され監督生に従いスリザリン寮へ向かう。ホグワーツにある湖の地下にあり、緑のランプの灯る談話室は多少なり陰気な印象がある。
しかも合言葉が純血。いっそ清々しいまでの閉塞的な選民、純血主義にぞっとしない。
「赤と金よりかはマシな雰囲気だが」
好みによるが個人的には緑と銀のコントラストは静かでいい。
早々にベッドスペースに上がりカーテンを仕切る。四人部屋とは何とも。更に拡張魔法で空間をぎりぎりと広げておく。せめて着替えのスペースを作りカーテンに防音、軽めの人避け、侵入者を知らせるアラーム等無表情で杖を振るい続ける。

「《……掛け過ぎじゃない?》」
「ん?効果は重複していないしそれぞれ阻害し合うような配置はしていないけれど?」
「《いや……》」
そうみたいだけど。
しゅーしゅー。蛇は喋る。
ぽすん。蛇がベッドに乗るにしては重い、布の掠れる音が転がった。ずるりと何かが僕の中から抜けていく感覚がした。
「其処開けた生徒皆死ぬんじゃない?」
繊細かつ緻密に組み上げられていくそれは要塞にも匹敵する。才能の無駄遣いってこの事だ。
的を射た悪態と皮肉を何言ってるんだろうコイツとすべて受け流し、最後にベッドに杖を向ける。
「!」
「ウィンガーディアム・レビオーサ《浮遊せよ》」
僅か5cm程ベッドを持ち上げ、そのまま杖を床に向けた。
「フラグレート・スクリペス《焼印 刻め》」
炎を上げることなく赤く焦げ付いた床には結界を意味する古代ルーン文字の魔法陣が刻まれる。それには1番短く強力な呪いと謳われる自身の名も刻まれていて──────
「ねえってば」
「うん?」
漸く顔を上げて確りと目を見た。
僕とは異なる幾らか年上に見える黒髪赤目の美しい少年。髪を右分けにした少年は中性的と言うより男性的な魅力を纏っていた。
長い脚を組んだ少年、否、リドル。
優雅に酷薄に笑んでいるように見えるが、僕からすれば拗ねているようにしか見えない。
「何かないの?折角久しぶりに人の姿になったのに」
「何かって?」
「……もういい、」
意地悪をし過ぎたらしい。本格的に機嫌を損ね、ごろんとベッドに横たわり外方を向いた。
そんな態度だから虐めたくなるというのが分からないのかねぇ……。
少しカーテンの外に目を遣り、ベッドを膝で軋ませた。
ぎし、
「嘘だよリドル」
「……」
「リドルー?……トム、」
「……トムって呼ばないで」
「ごめん。……リドル、こっちを向いておくれ?」
ぎしり、
「……どっか行ってくれない?」
「それはいやだ。……さっきの答えだけどね、」
ゆっくりと覆い被さるとびくりと肩を揺らした。悪戯に耳元に息を吹き掛けながら、
「いつもの事ながらエロティックだね、リドル。蛇の時も勿論キュートだが、今の君は目に毒だ。欲情してしまったよ」
「ッ?!!な、何を言って─────っ」
僕は献身的でね。愛しい子を愛でる為なら多少の面倒は厭わない質なんだ。

*****

命題、授業がつまらない。
弱った。此処まで退屈だとは……全くの埒外にしていた出来事だ。
呪文学魔法史学闇の魔術に対する防衛術天文学薬草学変身学飛行術……。全て元から既知であり、それら全て屋敷付近の森で簡単に見付けられる動植物に既に行使できる魔法術……。
先生の話を聞くのは案外楽しいため放課後に話を伺いに行く事多数だがどうにも退屈で退屈で退屈だ。
そもそも1年に1度しか大きな事件が起こらないとはどういう事だ。闇の陣営仕事してほしい。
くるくると魔法薬学のレポートと自主勉強の論文を丸めリボンを結ぶ。脇に置いてあるスリザリン全員分の提出物を確認。そして生徒の真横を通り過ぎ、通り過ぎ、通り過ぎ……。
「《どう考えても君って規格外》」
「気配消しているだけだよ……というか、眠ってなくて良かったのぉ?リドるん」
「《だまれしね》」
あ、噛むのはダメだよ君毒蛇だろう?
言うも虚しくガジガジと割と本気で咬まれて、現在形で手首に穴が空いている。
「ちょっと(前の口調を)零しただけだろう?」
「《腹立つんだよソレ》」
「あ、そう……まあいいが」
私有している異空間から大粒の宝石を取り出し、それを対価に心臓の石を介して等価交換、手首の傷と毒を抜いた。
「あんまり咬むとその口、キスしか出来ないように塞ぐからな」
「《……》」
袖を捲り手首でブレスレットと化しているリドルの下顎を指で擦れば無言で舌をチロチロとさせた。
「さて、教授に提出しに行くか」
贔屓のある先生だが自寮には案外優しい、過去に囚われた哀れな哀れな先生の元に。


最初の魔法薬学の授業は中々の余興だった。スネイプ教授によるハリー・ポッターイビリから始まり、薬の失敗により大幅の減点。さぞグリフィンドールは煮え湯を飲んだ事だろう。
逆に我々スリザリンは加点されたのだが。どうやら僕の薬の出来がかなり良かったと見る。
手際から作った事があるのか、云々と問われる程正確であったらしい。真理の写見であるのだから当然と言えば当然の事。因みにグループを組まされた相手はマルフォイだった。

コンコンコン。
軽快に3度。
「スリザリン1年マキナ・キサナドゥです」
「……入りたまえ」
低く落ち着いたベルベットボイスがすっと耳を抜ける。
「失礼します。魔法薬学のレポート提出に参りました」
扉を開けた先はシックな内装の執務室だ。奥にデスク、本棚が幾つも、手前にテーブルと1人がけと2人がけソファーが2組。目に優しい温かな灯りが絨毯を照らしている。隣は魔法薬学の教室で、部屋の傍には準備室の扉がある。高価な魔法薬の素材が几帳面に整理されている。また、此処でも調合が出来るように部屋の中央には大鍋があり、傍にはそれ用のテーブルが置いてある。
スネイプ教授はいつもの様に神経質そうな仏頂面でレポートの採点を行っていた。
「……」
無言で杖を振るいデスクの前に椅子を置いた教授は紅茶を2セット用意して山になった羊皮紙の束をテーブルの方に移動させた。
「ありがとうございます」
「構わん。丁度休憩にする所だった」
つまり自分と向き合う時間は即ち息抜き出来るという事。
「(本当に面白い人間だな、セブルス・スネイプ……)」
「ふむ……今日は治療薬についてのレポートだったな」
羊皮紙ふた巻きがテーブルに並べられ、スネイプ教授はまず提出分のレポートに目を向けた。
レポート提出の際決まって僕は自主勉強で制作したレポートと共に提出する。それも課題の議題に沿ったものを。個々でも読めるが自主勉強の方は課題で制作した分を更に発展させた応用と呼ぶべきもので、課題に目を通してから見ると視野が広がるように工夫している。
「楽しそうですね」
「……ん、ああ、……」
「(上の空……)」
流石教授、紅茶の趣味が良い。
かつん。杖で軽くデスクを叩き甘さ控えめのクッキーを乗せた銀のトレイを置く。こうして教授が紅茶を用意する代わり僕が茶菓子を用意するのが暗黙の了解になる程、頻繁に通っていた。
「ああ、教授。自主的に調合がしたいので魔法薬学の教室を使う許可を頂きたいのですが」
「……、……材料はどうするつもりですかな?」
「勿論自己負担です」
「……、……前準備、後片付け、その上我輩の目がある場所で。最後にそれについてレポートと現物提出を行うのであれば、材料も場所もお貸ししよう」
「感謝します」
ベリーの甘酸っぱいソースが甘い生地を和らげる。うん、やはりこの紅茶には酸味のあるこのクッキーが美味しい。
一気に読み切った教授は一息置いて紅茶とクッキーに手を付けた。
「……いつもながら理論的で論点も文句無し。文章構成も見やすく素晴らしい。多少突飛な部分も見られるが事実無理な事ではなく論理的で的を射ている。スリザリンに5点」
「ありがとうございます」
「しかし……何処でこのような知識を手に入れたのかね?特にこの部分……」
差し出された部分は同じ材料、分量でも鍋に入れ始める初めの部位によって効力が異なるという箇所。魔法薬における新事実と言って差し支えないのだろう、数百年前に於いて失伝した事なのだから。
「それはこの本の……────この部分から引用しました。無論、実験して調査済みですが」
「……その本は、」
「[魔法薬学指南~中級難易応用学~]。私の書架にあります、今はもうない絶版本になります。後2種程同著者の物が今手元にありますが……宜しければ御覧になられますか?」
「……ああ」
この人本当に研究者基質だな、全く。
「夢中になり過ぎて寝食を忘れぬよう」
「Mr.キサナドゥは我輩をなんだと思っているのですかな?」
「前科があるのをお忘れで?」
「……」
1度本を貸した後スネイプ教授の所有する貴重な書籍を借りに来た際、2日紅茶しか口にしていないという時があったのだ。幾ら休日だとしてもそれは頂けない。

お忘れになるようなら届けに参りますので。
……、ああ……。

そして2日後、やはり大広間に来なかった為イングリッシュマフィンを手に訪れる事になったのは言うまでもない。

「……。君は我輩の母親かね」
「貴方は私の子供でしょうか?教授」
「……」

*****

ハロウィーンがやって来た。
朝からしつこい位にカボチャの甘い匂いが充満している。あちこちでTrick or Treatと声が聞こえてくる。
「《"深窓の王子(ゴースト)"》」
「……いきなり何を言うんだ」
「《君の渾名だよ王子。あまりに神出鬼没過ぎてゴースト扱いされてるの》」
まあ組み分けされたのを見られているのだから面白可笑しい噂ばかりなんだけど。
閉塞した全寮制は噂も娯楽か。それ位ならば問題ない。
来年から6年間新入生に誤解され続けるとは知らず。
気配を消し少し認識阻害を掛ければ誰にも気付かれない。授業の時は解除し、終わると同時に杖を振る。食事中は解除し、終われば杖を振る。
何事も腐らないように訓練すべきなのだ。
……見た目の問題で変に目立つのが面倒なだけなのだが。
朝から重たい南瓜パイに目を背け、パンプキンスープと白パンとサラダを摘む。
「み、Mr.キサナドゥ!」
「はい?、」
「と、Trick or Treat!」
黒髪をおさげにしたハッフルパフ生に目を瞬かせる。
名前を言ったのだから間違いではないだろう。
他寮、しかもよりによってスリザリン生に。勇気があるなと思った。今もスリザリン席の皆が凝視しているのに、僕の反応だけを伺っている。
「はい、どうぞ」
何だか愛らしく思えて少し笑って指を鳴らした。
白い袋に包まれたそれはまだ温かい。
「ドーナツなんだけど、食べれるかい?」
「!!だ、大好きです!!」
「そう、良かった」
それじゃあ僕もTrick or Treat、と。
手の上を踊ったのは色とりどりのチョコレート。
「ありがとう……君の名前は?」
「れ、レティス!レティス・フローバック!」
「僕はマキナ・キサナドゥ。マキナでいいよ、レティス」
「ま、マキナ君……っはわわぁ……夢みたい……っ」
顔を真っ赤にしてダッシュしていった彼女。
そして僕の周りに群がったスリザリン生。
「……えっと?」
「「「「「Trick or Treat!!!」」」」」
触れるとクッキーになる蝙蝠を撒き散らして寮に戻ったのは言うまでもない。


誰が吹聴したのか。今日1日ずっと追い回さるハメになった。目くらまし術を掛け続け夕食は談話室で取る程だ。
ミディアムレアのステーキを口に運びながら大きく溜息。
「気紛れを起こすからだよ」
「違いないな。まさか菓子一つであんなにも鬼気迫るとは」
「ねえ。Trick or Treat」
「君もか」
ぽん、と掌から黒い蝙蝠を生み出し、人型で向かいのソファーに腰掛けたリドルに向かわせる。
「僕にこんな凡庸なモノを渡す気?」
ぱっとリドルの手の中でジンジャークッキーになった蝙蝠。さくさくとそれを口に入れたリドルは指先をぺろりと舐めた。
「何だ、エロス路線で愛の妙薬でも混ぜれば良かったのか?」
「してたら殺してたよ」
「ははは。」
まあ、あるにはあるのだが。
軽くテーブルに滑らせ、立方体の包みをリドルの前に押し遣る。
「……何、これ」
「僕が用意してないとでも思った?」
大方生徒に渡したのが全て即興物だったから、すっかり忘れていた物だと思っていたのだろう。
リドルは恐る恐るリボンを解く。
「まあ何、幾ら菓子を出そうがお前は即興だ手品だ魔法だと難癖付けるだろう。その上菓子は食えばなくなる」
「……リング、」
蛇の掘りと緑の石の黒銀製のピンキーリング。
「ルーモス《光よ》」
杖先をその石に近付けて見せる。
すると石の色がスッと煌めいて変わった。
「アレキサンドライト。金緑石の一つ。昼のエメラルド、夜のルビーと呼ばれ、太陽光の下では緑、白熱光の下では赤になる。……この赤、リドルの目のようだろう?普段はリドルの好きな緑だしな」
大した物ではないけれどとチョコレートを摘み灯りを消した。
「大きさは自在だから蛇になろうと鼠になろうと付けていられる。首輪でも良かったが嫌がるだろうと思ってな」
「……」
……渾身のジョークだったのだが。
そんな中、遠くで足音が聞こえてきた、それもスリザリン全員分の。
「……?何だか騒がし……ああ、トロールが出たのか。どうせまたパーティーの続きでもやるんだろうが……まあ僕は寝るとしよう。リドル、僕は上に戻るが早目に姿を変えておけよ、」
「あ、……がと、」
「ん、?」
「ありがとう……」
「ん。……じゃ、Trick or Treat」
「……え、」
あ、また固まった。
「おいおい僕に言っておいて自分は用意してなかったのか?」
「ッこれ以上の物を出せっていうの?!無理でしょ!?」
そりゃそうだ。
「じゃあ悪戯だな」
「ッ、?!」
別にそこら辺の菓子でいいのに。
迂闊というか生真面目というかなんというか。

*****

ドッサリと課題を出された上で冬期休暇が始まった。どうせならと今期は学校で過ごす事に決め、雪が降り積もるのを眺めて杖を振るう。
魔法が掛かった羽ペンが同時進行で五つ程独りでに動き出し、羊皮紙に書き込まれていく。
マルチキャスト、並列思考という奴だ。それが杖の性能を補助に幾つもの事象を起こす事を可能にしている。
勝手にペンが動くという魔法の羽ペンとも違う、物体操作の類なのだ。
「《無駄な高等技術の使い方だね》」
「この方が効率的だろう?」
自動筆記羽ペンに任せるより信じられるのは自分だ。
優雅に紅茶を傾けながら大蛇となったリドルを侍らせる。校内には僅かばかりにしか生徒がいない為堂々と教室で愛でられる。爬虫類特有の鱗が美しい。
防寒魔法を掛けてある為冬眠はしていないと明記しておく。
さて、それらは置いておいてこの紅茶とその茶菓子である高級な某チョコレートはスネイプ教授から頂いたクリスマスプレゼントである。スリザリン寮の談話室に飾られたツリーの根元には数多くのプレゼントが山を成していた。
スリザリン寮生は殆どが純魔法族、または疎外されるのを恐れ半純血や非魔法族だとしても魔法族と偽る。その為スリザリン生は殆ど学校からいなくなると言って良い。……即ちその山のようなプレゼントは殆ど全て僕宛だという事。
何か僕の事レアキャラか何かと勘違いしていないだろうか。
高い頻度で先生方に自主学習のレポートを提出している為か、先生方から頂いたプレゼントは恐らく人より多い。というか見知らぬ生徒からも貰ってるオカシイ。
「閑話休題」
「《……何言ってるの?》」
「んー別に何も」
最後の一文字を書き終え、羽ペンが置き場へと収まりインク瓶の蓋が閉められる。カタカタと収納ボックスに整列させカーテンが掛けられる。
「さて、課題と自主学習は終わった事だし時間も丁度いいな」
銀の懐中時計を胸ポケットから取り出す。
「昼食にしようか」
「《うん」
「おや?どうして動物モドキ(アニメーガス)を解除したんだ?」
器用にスリザリンの制服を着て隣に立ったリドルは口端を吊り上げて目を細めた。
「知ってるかい?知ってるだろうね。ホグワーツってかなり甘くて緩いんだよ」
警備も、警戒も。
成程、紛れ込むのも得意のようだ。
「それで、そろそろ動くようだけど君には影響はないのかな?」
「……、ああ。みたいだね。多分"命令"を受けるまでは」
「来年か」
「来年だね」
リドルが関わる以上、僕が何もしない訳にもいかないだろう?

しんしんと降り積もるグラウンドでは、魔法で動く雪で出来た白狐と白蛇が、2匹寄り添って眠っている。

*****

金色の目が闇の中でぎらりと輝く。
ホグワーツ魔法学校、西棟の屋根の上。その眼が見つめるのは3階禁じられた廊下から続く隠された空間。3人の少年少女の奮闘を、映画でも見るように。不遜に脚を組み、遥か高みから地上を見下ろすが如く。壁や床等の遮る物も、それにとってはあってないような物だった。
勇気ある少年の行動で悪者をやっつけた。
ドキドキワクワク大冒険。勧善懲悪。
─────────楽しいお遊戯で何よりだ。
「逃げるのか。逃げるのだな。なんと情けない姿か」
闇の帝王が聞いて呆れる。
黄金の王は小さな瓶を見下ろして傲慢に笑った。
「虫螻にも劣る寄生虫に成り果てて尚。そんなにも死が怖いか?ヒトに取り憑き汚泥を啜り、この世の理に叛いて怠惰に生を続ける事に何の意味がある?……そう、それは怠惰なり。傲慢で、強欲で、怠慢である。ヒトの身で不死等烏滸がましい」
ぐるぐると小瓶の中を蠢く霞のような悍ましいナニカを月明かりに翳した黄金は傍に控える黒い大蛇に向き直る。
「これは残滓に過ぎない。大部分は彼の地へと飛び去った」
足しにはなるだろう。黒い青年は差し出された瓶を手に取り呷った。
「……人には過ぎた願いじゃなかった?」
「僕は僕に優しくしてくれる人には甘いんだ」
人間は好きだよ、黄金は笑う。
「とても──とても─────愚かで愛おしい」

*****

学年末パーティー。寮対抗杯だの何だのには興味はなかったが出ない訳にもいかなかった。
4位グリフィンドール。夜間出歩いたとして150点を失った事が大きいだろう。
3位ハッフルパフ、2位レイブンクロー、そして1位がスリザリン。
スリザリンはグリフィンドールと同じ理由で50点減点されているが、スネイプ教授による優遇に加え、僕が自主学習により提出し続けたレポートにより700点を超える圧倒的点数を叩き出していた。
故に広場は緑と銀に彩られ、スリザリンはお祭り騒ぎ。残る三寮はお通夜状態である。
「よし、よし、スリザリン良くやった。─────しかしつい最近の出来事も勘定に入れなくてはなるまいて」
静まり返るスリザリン。
成程、人伝に聞いた噂……ハリー・ポッターが賢者の石をヴォルデモートから守ったという噂はしかと生徒の間に伝わっていたのだ。
それから次々とグリフィンドールに加点していくダンブルドア校長。そしてスリザリンを10点上回った途端、スリザリンは絶句、三寮が歓声を上げた。
「しゅー《調子の良い……狸爺め。大嫌いだ……殺してやりたい》」
「ははは。ごもっとも─────それにしても三寮は分かっているんだろうか?」
即ちスリザリンよりも、……レイブンクローやハッフルパフよりも。何よりもグリフィンドール及び英雄ハリー・ポッターに傾倒している事を。
「危ういねぇ、どれもこれも」
歪み切っているこの世界は、やはり汚く穢らわしい。黒のリングを尾に嵌めた黒蛇の頭に人知れず口付ける。
「行っておいで、僕の愛しいリドル」
黒蛇は人の足の隙間を縫い、大広間を出て行く。

「───────そして僕を楽しませて」

1年は恙無く過ぎ去って行く。

*賢者の石 完結* 
 

 
後書き
つめこみ。 
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