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STARDUST∮FLAMEHAZE

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第三部 ZODIAC CRUSADERS
CHAPTER#18
  MILLENNIUM QUEENⅡ ~Grand Cross~



【1】

 彼は見ていた。
 親愛なる者が目の前で儚く崩れ落ちる姿を。
 背後で散る紅い飛沫。
 そのまま、一度大きく跳ねた躰が力無く胸の中へと倒れてくるかに想えたが。
「こ、のぉ……ッ!」
 己の精神力のみでダメージを振り切った彼女は、
凄まじい怒りの形相で銃弾の来た方向を睨む。
「痛ッッッッッッッッッたいわねぇ~~~~~~~~~~~~~~~~ッッッッッッ!!!!!!
何すんのよいきなりィィィィィィィィィィィィィィィ!!!!!!!」
 薄幸の美女が、想い人との永きに渡る(厳密にはたったの一週間)
再会を無残に断たれた悲劇的な光景が、一瞬にして凄惨なる報復の修羅場へと変貌した。
 



 ズァッッッッッッッッッッッグウウウウウウウウウウウウウウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥ
ゥゥゥゥ―――――――――――――――――ッッッッッッッッッ!!!!!!!!



 声を発する間もなくその美女、マージョリー・ドーの細腕を覆い尽くした蒼い炎が
巨大な爪牙を形造り、驚異的な圧力と成って薙ぎ払われる。
 視界に存在する5つの高層ビルが斜線状にブッた斬られ、
一度中空に浮いた輪切りの階層が雪崩れ打つように倒壊した。
「手応えがないッッ!! どこだ!! どこにいるぅっ!? 
チョロチョロ逃げ回ろうってんならここら一帯跡形もなく吹き飛ばして!!」
 爆砕系の焔儀を発動させるため両腕を天空へと掲げる美女、
触れる者スベテを焼き尽くすような気炎が背後からの拘束に制された。
「ダメです!! 止めてください!! ミス・マージョリー!!
ソレでは周りの人々も巻き添えに!!
後で治せるといっても余り粉々になったらッ!」
 無駄のない構えで己を羽交い締めにする少年が耳元で必死に叫ぶ。
 しかし直撃を受けた屈辱と激痛、何より切望した再会を邪魔された
美女の怒りは修まらない。
「うるさい!! 邪魔するな!! 紅世の徒は!! “私の敵はッッ!!”
一匹残らず殺す!! 殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す」
「軽蔑しますよ!! アナタの事!!」
「――ッッ!!」
 何をどうしようと贖いようのない、復讐の妄執に取り憑かれた魔獣の業火が、
清廉な少年の叫びで跡形もなく掻き消えた。
「自分の 「目的」 さえ果たせれば他はどうでも良い、
周りの人なんか幾ら傷ついても構わない、
そう想うのなら、ボクはアナタを 「軽蔑」 しますッ!
ソレじゃ “DIO達と同じ” です!!」
 別に他意のない、マージョリーの気持ちを利用しての(そこまで自惚れていない)
諌言でもない。
 心の底からの真意が花京院の口から迸った。
 マージョリーを軽視しているからではない、
何よりも大切に想っているからこその叱責だった。
「……ぁ」
 受けた屈辱、傷の痛み、いつも以上に燃え盛っていた憎悪、
何もかもが心中から消し飛び、逆に感じた事のない冷たさと淋しさが
どこまでも広がっていくようだった。
“アノ時” と同じように、否、ソレ以上に。
 もう本当に、何処へも行けない場所に、一人放り出されたようだった。
法 皇 の 緑(ハイエロファント・グリーン)ッッ!!』
 羽交い締めにされたまま喪心するマージョリーの背後から、
空間を歪めるような音と共に花京院のスタンドが出現する。
 即座に未来人の異能形態のような触手が撃ち出され、
ビル7階の強化ガラスを叩き割って窓枠を掴むと、
そのままマージョリーを腰抱きにして支点の場所へと牽引する。
 空を切る斜角移動の最中に、再び銃声。
「ぅ……!」
 音速で廻転するライフル弾がマージョリーの顔脇を掠め、
眼鏡(グラス)が弾け飛び束ねた髪が解れた。
 しかし次弾が射出されるよりも速く、花京院は目的の場所へと滑り込み
自分が下になってマージョリーの躰を支える。
 そのまま素早く隣部屋へと移動し、
降りたブラインドの隙間から外の様子を(うかが) った。
「……コレで、しばらくは時間が稼げるか。
相手のスタンドの幻 像(ヴィジョン)でも見えれば対策も立つのだが、
そう簡単に 『姿』 を見せるようなヘマはしないか」
 狭い視界の中で周囲の違和感を探ろうとした花京院だが、
静止した空間は閉塞したままただそこに在り続ける。
「マルコシアス、紅世の徒に、
人間の 「武器」 を好んで使うような者はいますか?
心当たりがあるなら教えて欲しいのですが」
「……!」
 傍で聞けば悲鳴と勘違いするような、
そんな呼気がマージョリーの口唇から漏れた。
“自分ではなく” マルコシアスに訊くというそれだけの行為が、
今の彼女にとっては拒絶の一端に感じられた。
「さぁ~てなぁ~。オレも現世(こっち)にゃあ永ェが、
ンなヤツァ見たコトねーな。
確かに自在法や宝具で武器造るヤツァいるが、
『人間の武器そのもの』 を使うヤツァいねーよ。
徒相手にゃあ(もろ)過ぎるし、炎弾使った方が手っ取り早ぇしよ」
「フム、ではやはり敵は 『スタンド使い』 か……
“銃のスタンド” と言えば “アイツ” しかいないが、しかし……」
「アン? なんだ、オメーは心当たりがあんのか?」
 細い顎に手を当てて思考する花京院にマルコシアスが訊く。
「いえ、 “似て非なる者” を知っているだけです。
第一 「射程距離」 が違いますし、
アイツが “一人で” 敵に立ち向かうワケはありません。
ソレ以前に “女性は撃てない” んですよ、その男」
 まだDIOの支配下に在った頃、
軽薄そのものの顔付きで共闘(コンビ) を求めた来た者の顔が甦る。
 なんだか知らないが自分を女と勘違いしていたようなので、
冷たい視線で怯ませ以降は無視していた。
「ア~ン、何だかよくわからねーが、
要するに 「三下」 って事か?」
「そんな所です。取りあえず場所を移動しましょう。
ボクが隠れ易そうな場所を探してきますからその間アナタは
ミス・マージョリーを手当てしてあげてください」
「お」
 事務的な依頼に応じるマルコシアスの傍らを、白い脚が通り過ぎる。
 ドアを開き、半身を外に出していた花京院の躰が、
突如背後からの温もりに包まれた。
「……」
 解っていたような、予期してなかったような、
判別不能の感情がただ歩みを止めさせる。
 意識が眩む妖艶な美香(かおり)とは裏腹に、
余りにもか細い震えが背中越しに伝わってきた。
「ごめん、なさい……」
 沈黙にも掻き消されるような、儚い声が囁いた。
「ごめんなさい……」
 服に顔を押し付けている所為か、躰の裡に波紋が響いた。
 怯えて、いる。
 表情は解らないが、躰を伝わる体温と気配で、
花京院は彼女の気持ちを察した。
 本当は、立ち止まっていられる状況ではない。
 敵の 『能力』 が解らない以上、
いつまた銃弾が強襲して来ても不思議はない。
「本当に、解ったのですか?」
 しかし花京院は、その危険(リスク)を受け入れた上で彼女に訊いた。
 このまま二人撃ち殺されても……奇妙な諦観がそこに在った。
「人間は、みんな 「弱い」 んです。
一人じゃ、生きていけません。
だから、その日その日を精一杯生きようと努めるんです。
いつか消えてしまうから。余りにも儚い存在だから」
「うん……」
 背後で彼女が頷くのが解った。
「だから、己の能力(チカラ)(かま)けて、
弱者を踏み躙る者をボクは憎みます。
邪悪な 『スタンド使い』 や “紅世の徒” を、心の底から憎みます。
どんな強大な力を持とうと、必死に生きようとする者の生命(いのち)を奪う権利は
誰にもないからです」
「ん……」
 再び、彼女の顔が少しだけ動く、廻された手に、力がこもる。
 自分に言われる迄もなく、彼女はそんなコトは知っている。
 本当は、誰よりも優しい女性(ヒト)なのだと理解している。
 だから冷静さを失った、憎しみに取り憑かれて荒れ狂う彼女を見たくはなかった。 



「嫌いに、ならないで……」
“嫌いに、なりたくなかったから……”



『敵』 として、彼女と対峙するなど堪えられなかったから。
 振り向いた傍、自分の胸の中にいる彼女。
 グラスがなくなり髪を下ろした所為か、
あどけない、年下の少女のように見える。
 否、実際に、そうなのかもしれない。
 人が人として手に入れる筈だった当たり前のもの、
今までずっとずっと、失って生きてきたのだから。
 透明な雫を浮かべる、澄んだ菫色の瞳が自分を見ていた。
 こんなに綺麗な瞳を、憎しみ一色で埋め尽くした者を誰よりも赦せないと想った。
 その儚い風貌に、本当に優しく手が当てられる。
「コレは、仲直りの 「握手」 の代わりです。
ミス・マージョリー」
 澄み切った菫色の瞳に、同じように澄んだ琥珀色の双眸が映った。
 相手が男なら、強烈な肘打ちの一発も顔面にブチ込んでいる所だが、
彼女にはコレで精一杯。
 零れ落ちる水晶のような雫と共に、
彼女は口元を覆って何度も頷いた。
 何度も、何度も。
“嫌いになんて、なれない”
 本当は、どんな暗黒の淵へでも、一緒に堕ちて構わないとすら想う。
 でも、 『光の道』 が有るのなら、
陽の当たる場所が在るのなら、
そっちの方へ、二人で歩いていこう。
 失ったものは取り戻せない、
しかし、新しいものを生み出す事は、出来る筈だから。
“その為に出逢った” のだと、今はそう想えるから。
「ノリアキ……」
 (しめ)やかな笑顔を覗かせると共に、彼女が腕を絡めてくる。
 見る者スベテに安らぎを与えるような微笑で、花京院は応じる。
「行きましょう。例え何が襲ってこようと、
ボク達 “二人” なら、負ける気はしません」
「うん……!」
 静かに閉じるドア。
 重なりながら遠ざかっていく靴音。
 そこに。
「おいテメーら!! この色惚け共!!
浮かれまくってオレのコト忘れてんじゃあねーぞッッ!!」 
 怒りに燃える魔狼の咆吼がフロア全域に響き渡った。




【2】


 先端まで入念に磨き上げられた鋼鉄槍(ランス)がアスファルトを穿つ。
 クレイモア、フランベルジュ、ツーハンデッド・ソード、
あらゆる種類の西洋剣が空を裂く。
 コンポジットボウ、クロスボウ、果てには投擲槍(ジャベリン)までが
次々と近代的なビルの壁面を突き抉る。
 石柱のような戦斧(アクス)鉄杖(メイス)が、
路上の全てを撃砕する。
 これらスベテの武器を縦横無尽に揮う重装甲の騎士団、
彼等は何も自分達の勢力に匹敵する師団と交戦しているわけではない。
 相手はただ一人の “女” しかし一騎当千の概念すら根底から覆す
光輝(ヒカリ)の女神。
「フッ――!」
 神事に於ける舞踏の如く、細い両腕を交差したその周辺に煌めく
薄布(マフラー)が靡き、その色彩に触れた者、眼に映した者すらもが
内側から重装甲を爆砕し、もの言わぬ(元から喋らないが)鉄屑へと化しめられていく。
 その屠られた味方を盾にして殺到する武器の嵐、後方から降り注ぐ矢の豪雨、
だが何とそのスベテがマフラーに絡め取られ、威力を倍化して元の使い手へと戻る。
 天に唾する者は己へと返り、大地を汚さば報いは一人一人が受ける。
 その真意を再認するに充分な光景。
 冥府の淵より甦りし王、 “千征令” オルゴンが総力を顕わにしてから約10分。
 平穏だった街並みは時間が500年殺ぎ飛んだかのように廃絶し、
惨憺足る有様を戦風に晒していた。
 ここに至るまでに滅ぼされた騎士の数は、累計で796体。
 その一体一体が並のフレイムヘイズなら滅ぼせる程の手練れで在りながら、
眼前を翔び交う一人の女に毛筋程の傷もつけられないでいる。
 正に、 「強さ」 とは “数ではない”
そのような打算や俗情を超えた処にこそ存在するという真実を、
受け要らざる負えない女神の威光。
「話しになりませんわね。自らは安全な位置で傍観し、
心もない鉄人形を(けしか) けるだけの“臆病者” には、
負ける気配は微塵も有りませんわ」
「――ッ!」
 そう言って送られる女神の流し目が、
正鵠に 「本体」 を射抜いたが(無論即座に精神を移動させた)
オルゴンは受けた畏怖以上に被虐的な悦びを裡に感じる。
 元より両者の戦闘に於ける心構えは全くの 『逆』
エリザベスが幾ら戦士の誇りを説こうと彼女を手中に収めるコトにしか
意識がいっていないオルゴンには、馬耳へ吹き抜ける東風に過ぎなかった。
「フッ、改めてその力、心より震撼するべきモノだと認めよう
“千年妃”
しかし(たお)されたのは “ホグラー” と“ランスロット” が多数で、
“ヘクトル” にまでは及んでいないようだが?
流石の貴様もあの巨大さには手が出せぬか? ククク……」
 歩兵隊と騎馬隊、ここに至るまでエリザベスが相手をしていた二つの手札、
しかしその後方に位置する砦のような
城塞騎士(その至る所に狙撃兵 “ラハイア” が搭乗している)
“ヘクトル” にはさしもの女神の威力(チカラ)も届かずにいる。
 稚拙な挑発、しかしオルゴンにとっては自信の現れで有ったが
エリザベスは敢えてその言葉に乗る。
 残像も消える速度で瞬時に跳躍、後方に屹立する巨人3体の眼前に姿を現し
即座に搭乗している “ラハイア” が矢の照準を合わせるが、
その小隊が次々に爆散していく。
「――ッ!」
 余りの(ワザ)の練度に、オルゴンの認識が遅れるがその 「正体」 は、
すぐ眼に見える形となって周囲を埋め尽くす。
 山吹と緑青の色彩が鮮やかに映える透明な “泡”
 ソレは女神の躰から無尽蔵に湧き出で浮遊し、そして猟兵を駆逐する。
 波紋法儀 『シャボン・ランチャー』
 身につけている衣服や手袋の中などに
特殊な製法で造られた石けん水を仕込み、
出来た泡に波紋を纏わせて広域に放出する妙技。
 嘗て、エリザベスのもう一人の息子が得意とした(ワザ)だが、
ソレを彼に伝授したのは他でもないエリザベス自身。
 師弟の技は、威力も精度も段違いの開き、
煌めく(シャボン) は、地獄への呼び水となって異界の住人に襲い掛かる。
「コオオオオオオォォォォォ……」  
 声無き叫喚が繰り広がる中で、眉一つ動かさず空に立つ女神の口唇から、
初めて清冽なる息吹が漏れた。
 大気が蠢く総量で口唇に取り込まれた空気は、そのまま血液の流れを促進。
極めて精妙なる軌道で体内を、全細胞を隈無く循環し、
その波動はやがて太陽の振 動(バイブレーション)
生命の迸り 『波紋』 と成って光を放つ!
 光明絶閃。背徳への天雷。 
“波紋奥義”
裁 き の 雷(バベリング・クライシス)ッッッッ!!!!』
行使者名-エリザベス・ジョースター
破壊力-AAA スピード-AAA 射程距離-半径100メートル
持続力-AAA 精密動作性-AAA 成長性-完成



 ヴァッッッッッッッギイイイイイイイイイイイイイイイイイィィィィィィィィィ
ィィィィィィィィィィ―――――――――――――ッッッッッッッッ!!!!!!!!



 堅確足る存在感を以て屈強に屹立していた3つの巨人が、
天頂から降り注いだ光閃によって真っ二つに割けた。
 ソレを生み出したエリザベスのマフラーは変わらず同じ位置に有り、
技を撃ったのではなくナニカを 「召喚」 したとしか想えない光景。
 しかしコレこそが超常を遙かに超えた波紋の “奥義” であり、
この世の邪悪を滅ぼし尽くす 『正義』 の光輝(ヒカリ)
 6つに割かれた鋼鉄の巨人は、そのまま重力に引かれて前のめりに倒れ、
眼下に位置する同胞を軒並み押し潰した。
 空間に鳴り響く、凄まじい壊滅音。
 無類の勢力を想わせた 『暴虐の騎士団』 は、
コレによりその総数を半分に割る。
「……」
 そして奥義を繰り出したエリザベスには、微塵の気後れも見られない。 
 すぐさまにでも先刻と同じ(ワザ)を撃ち放つ、
場合によっては連発しかねない裕りと脅威が同時に在る。
「う、ぬうぅぅ……」
 オルゴンの存在しない口唇から、獣のような唸りと軋りが漏れた。
 エリザベスの絶大なる力もさることながら、
憤りの理由は己が 『レギオン』 の不甲斐なさ。
 屈服させると決めた以上、相応の犠牲は払いつつも
彼女に畏怖を抱かせる位の傷は負わせたかったが、
全体の要となるヘクトルまでがこうも簡単に打ち倒されたのでは立つ瀬が無い。
 これでは嘗て “万条の仕手” や “虹の翼” に翻弄された時と全く同じ、
否、ソレ以上の屈辱感が身を苛む。
 もしこの相手が、 “エリザベスでなかったなら”
苛烈な気性と云えどオルゴンはもう少し冷静に対処したであろう。
 自在法の構成、配置、そして運用式からただ粗暴な者に務まる術ではない。
 しかし心中で渦巻く狂暴な感情、
“ソレ” は尊厳なる王すらも、一瞬で下等な淫獣(ケダモノ)以下の存在へと堕とす。
「――ッ!」
 使うか使うまいか逡巡はあったが、
狂熱の炎で灼かれたオルゴンは最後の誇りすらもかなぐり捨てた。
 数千年生きた強大な王も、初めて湧いたソノ感情の前には
蒙昧なる童も同然だった。
(――ッ!?)
 暴虐の軍勢を前にしても怯む事のなかったエリザベスの表情が、
そこで初めて蒼白となった。
 中空で浮くオルゴンの手の中に握られていた者は、
まだ生まれて間もない無垢なる赤子。
 先刻オルゴンが行った暴挙の際、
周囲一帯の人間は喰らい尽くされた筈だが、
たった一人生き残りがいた。
 或いはオルゴンの見落としだったのかもしれないが、
その子の母親が覆い被さるように娘を抱き、
暴虐の魔の手から我が子を護っていたのだ。
 封絶の中で人は動けない、その発動の瞬間も知覚出来ない。
 しかし、 「無」 から 「有」 が生まれ、強烈な光を放つように、
子を想う母の情愛は、この世のどんな理をも超える!
 その想いの結晶が、嗚呼、何ということだろうか、
災厄を引き起こし二人を永遠に引き裂いた張本人の手に握られている。
 これまでにない光輝(ヒカリ)がエリザベスの全身から迸り
空絶の速度で赤子を持つオルゴンに迫った。
 しかし驚愕による一瞬の硬直により出足が遅れ、
その間にオルゴンは手にした赤子を無造作に放り自身の精神も移動させる。
 暴虐が支配する戦場の直中に投げ込まれ、
石作りの大地へと落下していく小さな命。
 エリザベスに、選択の余地は無かった。
 或いはフレイムヘイズなら、喰われさえしなければ後で修復出来る、
見ず知らずの赤子よりも 「使命」 が大事、と割り切れたのかもしれない。
 しかし、彼女は 『最強の波紋使い』 で在る以前に、
一人の人間、一人の女性、そして一人の母親だった。
 飢えた獣にその身を捧げた聖女のように、
人類の 『罪』 を一身に背負って磔刑に処された聖者のように、
微塵の躊躇も覚悟すらもなく、空間を走って赤子を抱きとめる。
 何も知らないまま、安らかに眠る子供の顔が腕に在った。
 娘の成長を見届けられないまま、
消え逝くしかなかった母親はさぞ無念だったろうと心から悼んだ。   
 


 グッッッッッッギャアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァ―――――
――――――――――――――――ッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!



「うぐぅっ――!」
 巨大な槍、その鋼鉄の柄がエリザベスの背を力任せに撃った。
 衝撃と落下重力で地面へと引き寄せられる二人に、
弦が解れる程に引き絞られた矢の嵐が降り注ぐ。
 咄嗟に躰を丸め込み赤子を庇うエリザベス。
 脳裡に甦る光景、きっと自分の母親も、今の私と同じ気持ちだったんだ。
 背に無数の矢を突き立てながら路面に着弾する女神の肢体。
 その地点に暴虐の軍勢が我先にと殺到し、
手にした武器が味方に当たるのも構わず狂ったように振り降ろす。



 ヴァギャアッッ!! ズギャアッッ!! グギャアッッ!! ゴギャアッッ!!



 歴戦の強者でも眼を背けたくなるような、
残虐極まる潰滅音が途絶える事無く鳴り渡る。
 幾ら 『最強』 と云っても、エリザベスの躰は
無敵でもなければ不死身でもない。
 斬られれば血が出るし、甚大な損傷を受ければ当然死に至る。
 ソコは、 『最強の波紋使い』 でも生身の人間と変わらない。
 無情に降り注ぐ暴虐の嵐に、路面は巨大なクレーター状に陥没し、
その規模と深度は時を負うごとに拡大していった。
 如何に力の差が在ろうとも、
“こうなって” しまってはスベテが無意味。
 無抵抗の者を仕留めるのは、戦闘に於いて最も容易き所行。
「ク、ククク、クハハ、クハハハハハハハハハハハハハハハ!!」
 余りにも一方的だった戦況の、余りにも呆気なさ過ぎる急転。
 受けた脅威が優越に変わるのと、心中を掻き躙る自虐的な嗜好も相俟って
オルゴンは溢れる喜悦を抑えられずにいた。
 その間にも拡がっていく、暴虐の惨痕。
「クハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッ!!
フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッ!!
ファーーーーハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッ!!」
 鋼鉄が穿ち続ける女神の墓標に、狂った王の哄笑がいつまでも響き続けた。
 決して止む事無く。
 いつまでも。



 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……
 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……
 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッッッッ!!!!



 どれだけ時間が経ったのだろうか。
 無限とも想われた暴虐の狂乱はようやく沈静し、
十年使い込んでも至らない刃毀れと歪みで蝕まれた武器を携えた
騎士達が破壊痕を囲んでいる。
 巨大な隕石も落下したように、矢と折れた武器が散乱したクレーターは、
深過ぎて底が見えない。
 その深層部に在る女神の遺体、
100年以上前に争奪された聖なる遺骸のように
原形を留めていないかもしれないが、
その一部だけでもとりあげる為にオルゴンは深淵の闇に眼を凝らした。
「ククク、恨むなよ “千年妃”
貴様を斃す為には当然の仕儀。
“生きている” 貴様では、
オレが何を言った所で聞き入れはしなかっただろう。
ソレ故にこうせざる負えなかった。
スベテは “お前の存在故に” だ」
 寂滅の戦風(かぜ)が吹き抜ける中、オルゴンは自嘲気味にそう呟く。
「だが安心しろ。お前はオレが 『復活』 させる。
お前の 「思念」 は誰にも渡さん。
そしてダンタリオンの手を借りるまでもない。
“死者蘇生の儀” は、統世王幕下に居る間にスベテ()った。
寸分違わぬ姿のまま、新たなる存在として甦らせよう」
 冥い、暗黒の淵に囁くように、オルゴンは甘い声で呼び掛ける。
 意図を無視して溢れ変える、淀みきった想念。
 自分が 「被契約者」 となり、
“史上最強のフレイムヘイズ” を生み出すのもまた面白い。 
 耽溺する者の傍らで、共に天涯を割り裂き、
互いにソレを感じながら現世と紅世のスベテを討ち滅ぼす。
 どこまでもどこまでも。
 自分達以外の存在が無くなるまで。
「フッ、ククク、もし “神” という存在がいるのなら、
オレ達ほど周到に配列された因果も他に在るまい。
人間(キサマ)等の言葉で云うならコレも 『運命』
予め定められた理だったのやも知れぬ、な」
 本来、多少傲慢な気質はあったが
野望や妄執等の狂熱とは無縁だった男。
 DIOに対しても他の甦った徒同様、
それなりの恩義は感じており報いる気持ちも偽りではなかった。
 この日、この時、 “彼女” に逢うまでは。
 そう考えるならば、狂っていると雖もオルゴンの言葉に
一部の理がないわけでもない。  
 しか、し。
「ごめん、ですわ……」
「!!」
 冥い、暗黒の淵から、亡者のソレとはまったく違う廉潔なる言葉が届き、
同時に一条の光閃がオルゴンを貫いた。
(な、に!? この距離から一体どのような攻撃を!?
否! ソレ以前に “生きているだと!?” )
 驚愕と分析の同時進行、加えて躯に染み着いた動きが反射的に
精神を瞬転させる。



 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!
 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッッ!!
 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッッッッ!!!!



 暴虐の暗孔から、ゆっくりと、本当にゆっくりと、
眩い光が立ち昇ってくる。
 ソレは、次第次第に暗孔全体へと拡がっていき、
やがてスベテの闇を吹き飛ばし空間に迸る。
「……」
 その光の中心点。
 額から、背中から、あらゆる場所から鮮血を流し、
地の底から昇ってくる女神の姿が在った。
 光の階段でもあるかのように、
彼女の足下の空間には歩を進めるごとに
煌めく波紋が棚引いた。
 ズタボロに引き裂かれ、ほぼ半裸のような状態で素肌が露出した薄衣、
全身血に塗れた無惨なる風貌。
 しかし、その瞳に宿る気高き光は微塵も翳る事なく、
寧ろ輝きが増している。
 視る者に、畏怖と畏敬を否応なく抱かせる、その美しさ。
 正に、殉教した聖者の復活、神の奇蹟の顕れ。
「……」
 その証拠に、女神が胸に抱く赤子には、
毛筋ほどの傷は疎か一滴の血すら染みていない。
「……!……ッ!」
 驚愕の余り声も出ないオルゴン、主の感情が伝播したのか周囲を囲む
暴虐の軍勢も大きく後退った。
 そのような中、女神は一切表情を変えず光の階段を昇ってきた。
 怒りや憎しみ、そのような負の感情がまるでないのが
より一層の畏れを覚えさせた。
「な……」
 やがて、オルゴンの前に立ったエリザベスが
存在しない瞳を真っ直ぐに見つめる。
 初めに見せた烈しい感情も今はなくなり、
ただただ純粋な感情が自分を見つめている。
「何、故……」
 ようやく絞り出した声は、解答を求めてのものではなかった。
 怖ろしいのに背けられない二つの瞳、永劫の無限を回帰するに等しく、
絶叫でも慟哭でも発しなければ頭がどうかなってしまいそうだった。
 当然、次の瞬間には憤怒の形相へと変貌した女神が
報復の絶撃を繰り出して来るものと想われた、
オルゴンにとってはそっちの方がマシだった。
 しかし、女神の御心は、悉く邪悪な王を裏切る。
「……年端もいかぬ赤子に、(むご)い事を」
 エリザベスは微かに瞳を潤ませ、憐れむようにそう言った。
 本当に本当に、悲しみに充ちた、小さな声だった。
「――ッ!」
 オルゴンの、胸の裡が張り裂けた、
声の出ない己を、彼は心の底から呪った。
「本当に、人間の事など、何とも想ってないのですね……」
 幼子に諭すような優しい声、しかしソレが絶大な恐怖感を更に膨張させ
オルゴンの存在をズタズタに引き千切る。
(な、何を……! この女は……一体……何を言っている……!?)
 先刻まではあれほど甘美なる響きを以て聞こえていた蜜なる声が、
今は死ぬ事も出来ずにのたうちまわる魔薬へと変質した。
 本当に本当に、何を言っているのか解らない、
卑劣な手を使われて、殺されるほどの目に遭って、
どうしてこの女は “オレを憐れんでいる!?”
「本当に、可哀想な(ヒト)
「う、うわああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ
ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――――――――――!!!!!!!!!!!!!」
 生前でも、これから先も決して出ないであろう
絶叫がオルゴンの全身から噴出した。
 防衛本能に促され、ヘクトル上のラハイアが矢の嵐を全方位から射出する。
 しかしソレは女神の躰に、赤子の産着に触れた瞬間ウソのように折れ曲がり
弾き返りもせずただ落下していった。
 波紋奥義 『聖 者 の 衣(ジーザス・ヴェール)
 自らの波紋を外に放出するのではなく裡に留めるコトに拠り、
肉体や衣服を頑強にし矢や弾丸をはじく聖技。
 達人クラスになればその硬度を鋼鉄、
更には金剛石のレベルにまで引き上げるコトも可能だと云う。
 常に、断続的に波紋を起こさねばならないため攻撃は出来ないが、
対象に触れていれば自分以外の者も硬化させる事は可能。
 嘗て、数百年の歴史を持つ王国の処刑執行官や王族護衛官の用いた技術(ワザ)
酷似しているが、その関連は不明である。
「ひ……!」
 変わらぬ表情、否、更に悲哀を深めてエリザベスはオルゴンを見る。
 背後から矢で撃った事、
赤子ごと撃ち殺そうとした事を咎める感情は微塵も出さず、
ただただ、寂しく悲しく、オルゴンを見つめる。
「や、やめろ……! み、見るなッ! 
そんな眼でオレを見るなあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――――――――――!!!!!!!!!!!!!!!!」
 如何なる悲惨な戦場でも、決して感じた事のない恐怖が全身を劈く。
 死ぬ事は怖くなかった、どんな強者にも怯みはしなかった、
しかしこの女の眼は、発せられる気配は、
“死ぬよりも怖ろしい!”
 本当に本当に、自分が虫ケラ以下の存在なのだと、
今まで誇ってきた戦功に価値などないのだと、
否定のしようもなく認めさせてくる。
「少しは、解りまして? 
踏み拉かれる者の、痛みが、悲しみが、苦しみが。
誰だって、同じです。笑っていたい、幸せになりたい、生きていたい。
その事に、強者も弱者もないでしょう?」
 あくまで優しい、旋律のような声、
しかしソレは聞く者によっては悪魔の叫喚に変貌する。
「ひ! ひひ!! ひいいいいいいいいいいいいいいいいぃぃぃ
ぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
 底知れない恐怖の終わり無き生成に、
とうとうオルゴンは幻覚まで視え初めた。
 千を超える己が 『レギオン』 に、
今まで自分が意味無く踏み潰してきた数え切れないほどの人間が、
亡者のようにまとわりつきその身を裂こうと、
或いは地中の奥深くに引きずりこもうとしていた。
 まるで、過去に犯した 『罪』 を具現化し、
ソレをそのまま()(かぶ)せる
『スタンド』 であるかのように。
「不憫な……犯した 『罪』 に堪えきれず、理性が崩壊しましたか。
自らの行いを悔い、過ちを償おうとするならば、
生命(いのち)だけは助けようと想いましたが」
 斃す為ではない、底の無い闇に堕ちた者を 「救う」 為に、
エリザベスは開いた胸元からクリスタルの小瓶を取り出す。
 中に注がれた蒼色の液体、ソレを彼女が振り撒くと
(たちま) ち空気と混ざり合い、一挙に霧散して慈雨のように降り注ぐ。
 えもいわれぬ香気が周囲一帯を覆い尽くし、
眼下の騎士団は一部の例外もなく慈雨に濡れた。
 特殊な製法で造られた、波紋組織秘伝の 「香油」
 エリザベスがコレから繰り出す御業(ミワザ)の “触媒”
その波紋伝導率は無類を誇る。
「コオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォ……ッ!」
 片腕で赤子を抱いたまま、周囲が真空に陥る程の大気が
エリザベスに取り込まれていった。
 ソレは内部で、全細胞の裡で山吹色(サンライト)緋 色(スカーレット)
青 緑 (ターコイズ)銀 色(メタルシルバー)ありとあらゆる色彩と波長と成って
「分裂」 し、烈しい衝突を繰り返しながら深遠へと疾走する。
 聖煌天翔。闇滅の神架。
“波紋超奥義”
偉大なる聖十字架(グランド・クロス)ッッッッッッ!!!!!!』
行使者名-エリザベス・ジョースター
破壊力-S スピード-S 射程距離-半径300メートル
持続力-S 精密動作性-S 成長性-完成




 カアァッッ!!



 裡で極限まで練られた莫大な波紋がマフラーを透して撃ち出された刹那、
その場に一切の破壊音は起こらなかった。
 ただ、交叉状に拡がった形容できない色彩の光を浴びた者全てが、
塩の柱のように硬直し、存在そのものが燃え尽きたように塵と成っていった。
 一体の例外もなく、無数にいたオルゴンの影もまた同様に。
 スベテの存在を、極小から消し去る女神の聖光(ヒカリ)
 最早 “(ワザ)” と呼べる次元になく、神意と云っても過言ではない。
 その証拠に、奥義の対象となったオルゴン以外に、
壁面に微かな零れすらもないのだ。
 正に、女神の慈愛が形に成ったかのような神秘。
 如何なる強大な軍勢で在っても、この聖光(ヒカリ)の前には従属しかない。
「……」
 自分と、胸に抱く赤子以外誰もいなくなった路上に、女神が舞い降りる。
 無垢な赤子は、何も知らないまま静寂の中で夢を見る。
 胸中に溢れる、云いようのない淋しさと虚しさ。
『最強』 で在るが故に、争いの無意味さは、
エリザベスは他の誰よりも解っている。
 戦いに、勝者も敗者もない。
 ただ 「破壊」 が在り、後に悲しみが遺るだけだ。
 アノ時も、アノ時も、アノ時も。
 それなのに、何故人は争うのだろう?
 後に、こんな子が残るだけなのに。
 こんなに、あったかいのに。 
 名も解らぬ子を、エリザベスは力いっぱい抱き締める。
“あの子” にしてあげられなかった分、強く、強く。
 自分がもっと強ければ……
 母親と一緒に家へ帰してあげられなかった事、
ただそれだけを女神は赤子に心から詫びた。
 その姿を、遙か遠間から見る双眸無き瞳。
 己の存在の大部分を消費し、今や見る陰もなく弱体したオルゴン 「本体」
 先刻の波紋超奥義発動の刹那、その射程外に予め逃がしておいた分身に
精神を移動させる事を間一髪成功させていた。
 コレはオルゴンの躯に染み着いていた技の練度と、
エリザベスが片腕しか使えなかったコトを差し引いても殆ど僥倖と言って良い。
 しかしこれで裡は蛻の殻、戦える状態ではないし、最早その気力もない。
「オレは……人間というモノを、侮っていた……
愚かで、取るに足らん脆弱な種だと……
しかし、 “あのような存在” がいるのか? 
ただ力に長けているだけではない、
それらスベテを根底から覆すような存在が……!」
 意図せずに総身が震え、手首のない手が外套を掴む。
 屈折してはいるが生まれた想いも、今は畏れに呑み込まれ見えなくなった。
 もう一度逢いたいと想う反面、一刻も速く此処から離れたかった。
「いずれにせよ、少し時を置いた方が良さそうだ。混乱し過ぎている。
まずは統世王の幕下に戻り体勢を」



“ダメです”



 耳ではなく頭蓋の奥に、直接声が響いた。
 あの女が追ってきたのかと驚駭したが、
それは生前耳慣れた者の声だった。
「大……御巫……?」
 近くにいるわけがない、大陸と大海を隔てた超々距離で自分だけに意志を伝える
その器量に改めて驚嘆した。



“アノ者は、今ここで確実に討滅しなさい。
生かしておけば、必ずや我が陣営に禍根を残す存在となります”



 氷をそのまま音にしたような、冷然極まる声が心中に響いた。
「し、しかし……!」



“反論は赦しません。そして、貴方の意志も関係ありません。
出来ないなら 『そうせざる負えない』 ようにする迄です。
統世王様は捨て置けと仰いましたが、
私は貴方の叛意を見過ごすつもりはありません”



「――ッ!」
 聞いた事がないほど多弁に、そして冷たい怒りを露わにする少女の声が
心奥を突いた刹那。
「え?」
 妙に頓狂な声が、オルゴンの口から漏れた。
 暗闇になっている、オルゴンの外套の内から蛇のような触手が一本、
続いて悍ましい勢いで爆発的に飛び出してきた。
「な、なんだ!? “コレ” はああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?
こ、こんなモノがどうしてオレの躯の中にィィィィィィィィィィィ!?」




“ソレは、アノ方の御躯の一部です。
信の於けぬ者には取り付けるよう進言しておいたのが功を奏しました。
貴方は昔から激情に駆られるとどう暴走するか解らない。
その行状、前々から危険だと想っていました”



 
 冷然とした声が裡で響く中、無数に枝分かれした触手が
次々とオルゴンの帽子や外套を突き破って潜り込む。
「う、うごおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!
おがああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!
がぐああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」
 エリザベスに感じたのとは対極に位置する、
根元的な恐怖にオルゴンは叫声を発する。
 即座に己を分割し精神を移動させようと試みるが、
まるで存在ごと触手に囚われたかのごとく分身を生み出せない。
 



“無駄です。その “肉の芽” には、
前もって私の操作系自在法が編み込まれてあります。
ソレは貴方の存在の 「核」 足る場所に撃ち込まれているので、
幾ら己を分けようとしても無駄。逆に増殖して効果が増大するとお考えなさい”




 よく見ると、触手の表面に細かな紋章と紋字が浮かび上がり、
明澄な水色の光を放っている。
 ソレが触手本来の能力(チカラ)と合わさって強力に己を支配しているのだ。
 しかし全身が麻痺したかの如く動かないのに、
触手が至る所に潜り込んで這い回り一体化していく苦痛や恐怖は、
はっきりと認識出来る。




“貴方が出来ないというのなら結構。寧ろ好都合です。
その存在を依り代として 『私が』 参りましょう。
いずれにせよ心折れし貴方に 『5枚目の手札』 は遣いこなせないでしょうから”




「――ッ!」
 今まで誰にも話した事のない、存在すら秘匿していた 『切り札』 を
明確に察知された事にオルゴンは凍り付いた。
 触手が一体化する事により精神まで見透かされるのか。
 しかし “ソレ” を遣ったら自分は……




“フム、力の残存が気になりましたが、
人間を呑み込み蓄えていたようですね。
その点は評価してあげましょう。
この法儀の難点は、力の行使が相手の存在主体に
なってしまうため私の焔儀が遣えない事ですが、
相手も手負い、まぁ問題ないでしょう”




 幾ら叛意を示したとはいえ嘗ての同胞を生き人形に変え、
ソレを使い棄てる事に微塵の躊躇も持たない少女。
 冷徹では在ったが冷酷ではなかった彼女の変貌に、
その背後の存在に、悲嘆する事も出来ずただただ恐怖の虜となるオルゴン。
 意識はそのままに、しかし躯は隷属し、図らずも
紅世最強の “自在師” と現世最強の 『波紋使い』
その戦いの幕が禁断の(とばり) を開けてしまった。

←TOBE CONTINUED…


 
 

 
後書き
はい、どうも、こんにちは。
ジョジョ原作ではリサリサ先生は「本気」を出す前に
カーズ様にハメられてしまったので、
その「本気」を想像して描いてみました。
『極意』を極めた『波紋使い』はこんなにも強いンだと。
ソレと精神的な強さや気高さ、優しさみたいなモノも描きたいと想いました。
あっちの原作では紅世の徒が人間を喰う事に対して、
登場人物が怒りや悲しみや憎しみを殆ど表さないのが
恐ろしく不自然に感じたので。
(慰み程度に悲しいけど慣れちゃったとか書いてあるだけ・・・・
だから○タレなんか主人公にすべきじゃない・・・・('A`))

その考えについては古いですが柴○ 亜○先生の作品などを参考にさせて
貰いました。やはり女性だけあって戦いに関する考えが繊細で鋭い。
(とても○ラ○エ4コマ描いてた人と想えねぇ・・・・('A`))
○バク君の3巻は今読んでも○けます。(ノД`)
ソレでは。ノシ
 
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