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がんばり入道

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第二章

「だからね」
「うん、それじゃあね」
「そうするよ」
 チヨは祖母の言葉に頷き続けていた、そうしたことを話してだった。
 そしてだった、その大晦日にだ。チヨは便所に入った時にウメと話した言葉を思い出してこう言ったのだった。
「がんばり入道不如帰」
 こう言った、だがこの時はそれで終わってだった。
 以降何もなかった、だが。
 毎年大晦日には思い出してだ、この言葉を便所で言った。だがそれは子供の時だけでだ。
 大人になるとそうしたことは忘れて言わなくなった、そうしているうちに結婚して子供が出来てその子供も大きくなった。
 途中戦争もあり夫が出征して何とか帰って来たりもした。戦争の後は急に何もかもが変わっていってだった。
 便所もだ、すっかり歳を取ったチヨは用を足した後で部屋に戻って言った。
「最近の便所はいいねえ」
「ひいお祖母ちゃん手洗った?」
「洗ったよ」
 曾孫で一緒に住んでいる容子に答えた。
「当然だよ」
「おトイレの後は手を洗うのね」
「そうだよ」 
 そこは絶対にとだ、また曾孫に答えた。
「そこはちゃんとしないとね」
「汚いよね」
「ああ、けれどね」
 ここでこう言ったチヨだった、リビングのソファーに座って。
「便所も奇麗になったよ」
「そうなの?」
「昔は今みたいにお水で流すんじゃなくてね」
「あっ、汲み取りよね」
「そうだったんだよ」
 下水道自体がなくてだ。
「それでね」
「どのおトイレも汲み取りだったの」
「それで随分と臭くてねえ」
「ウォシュレットもなかったの」
「なかったよ」
 完全にというのだ。
「そんなものもね」
「そうだったの」
「そう、それにね」
「それに?」
「完全に閉じられてなくて覗く様な場所もあったりしてね」
「おトイレ覗くの」
「そうした妖怪もいてね」 
 ふとだ、チヨは思い出したのだった。このことを。
 そしてだ、あの時の自分と同じ年齢だが黒い髪を長く伸ばして整えていて奇麗な洋服を着ている曾孫に話した。服もあの時の自分が着ていた様な着物ではない。
「便所を覗くって言われてたんだよ」
「妖怪がいたの」
「がんばり入道っていってね」
「がんばり入道?」
「便所を覗いてくるんだよ」
「そんな妖怪いたの」
「今もいるんじゃないかい?」
 穏やかな笑みでだ、チヨは容子に話した。自分の向かい側の席に座っているその曾孫に。
「妖怪は」
「がんばり入道は」
「妖怪ってのはいるんだよ」
 曾孫にこうも言う。
「それで便所にもね」
「いるの」
「だから便所を覗くのもいるんだよ」
「おトイレなんか覗いて何が楽しいのかしら」
 曾祖母のその話を聞いてだ、容子は首を傾げさせた。 
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