Muv-Luv Alternative 士魂の征く道
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第五二話 武将
「―――帝国斯衛軍アサルト小隊。戦線を押し上げています。」
「すごい……BETAがすごい勢いで減ってる……」
「あの蒼いF-4なんて赤の姉妹に迫る勢いです。連携能力を含めるとそれ以上かも……」
スクリーンに移しだされた映像を目にオペレーター達が口々に言う。
あの瑞鶴はかつての京都防衛戦の折自分らが搭乗した機体とは別物だ。
各種アビオニクスを第二世代機に搭載されているモノへと換装し同時に配線規格の刷新、主機をFE79からF-15のFE100エンジンの基幹部を流用したFE102-FHI-210への換装などの近代化改修を経て第二世代機の標準的な性能まで向上している。
依って、衛士の腕前によっては第二世代機を凌駕し第三世代機に迫ることも可能。かつて巌谷が瑞鶴を駆って当時最新鋭機だったF-15Cを撃破した時のように。
「―――聞いたことがあります。日本帝国の衛士の練度は一世代分の性能差は技量で覆してしまえると。」
日本はその兵器の大部分を米国のライセンス生産に頼っている。それは兵力の更新の決定権を持っていないという事であり、同時にライセンス生産される兵器は皆デチューンが施されたモンキーモデルだという事だ。
ソ連・中国という大国と領土を接し、尚互角か優位に立たねばならない。質を落とされた兵器をカバーするのは其れを操る人間の技量を上げるほかなかったのだ。
だが、そんな状況―――いつまでも持つ訳がない。
それでは大東亜戦争の二の前となるのが明々白々。
だから、他国に頼らない、他国の事情に右往左往されない兵器の調達。衛士の質のみに依存した現状の脱却―――
戦争という過酷な環境の中、確かに存在する絆を信じ、父や母の思い、そして、愛する人達を守る事を誇りとしている戦場に立つ者の精神を形にした存在こそが、国産機という存在なのだ。
「F-4一個小隊でこの撃破数……凄まじいな。」
その様子を同じく見ていたイブラヒムが呟く。
彼の出身地であるトルコは内部の電子機器をF-16と同じものへと刷新されたF-4Eとライセンス生産のF-16を主力と配備している。
それゆえにイブラヒムはF-4の限界について熟知していた。其れだけにこの結果は目を疑う出来だった。
「あの機体、瑞鶴は日本帝国の独自開発した国産機です。そして、それを駆ることが許されるのは日本帝国斯衛軍のみ――――」
その横でモニターを見据える唯依が勤めて静かな口調で説明する。
その内容に驚くイブラヒム、F-4の配備数が多い日本帝国が新たにフェニックス構想で強化した機体かとも思ったが其れが違ったからだ。
「何?それではアレはインペリアル・ロイヤルガードの専用機……なのか。」
第三世代機を世界初で運用にこぎつけた日本帝国がその象徴ともいえる軍隊で未だに第一世代機を運用しているという事実にやや得心がいかないイブラヒム。
イギリスの王室近衛軍で既に武御雷と同じ第三世代機であるEF-2000が配備されている事を考えればその疑念も当然だ。
尤も、その理由は斯衛軍が独自装備を調達するという風習と武御雷の生産性の低さが理由であるが。
壱型丙を斯衛軍用に改造したのが武御雷だが、そんなことをせずに壱型丙を斯衛軍用の機体として配備していたほうが良かったのかもしれないが所詮は後の祭り、その討論に意味はない。
意味があるのは、あの蒼い機体に乗っている人間の身分が明らかであるという事実だけだ。
「そして、あの蒼い機体に搭乗を許されるのはその長である五摂家の方々だけです。」
「まさか―――日本の将軍の機体だというのか!?」
モニターに映る両腕にブレードマウントを強引に取り付けた瑞鶴。敵の動きに対し常に先読みによって悉く先手を打ち、斬撃とその間に背部兵装担架による近距離射撃を組み合わせた連撃が炸裂し血風の嵐を巻き起こしている。
しかも、一番動いているというのに機体に掛かる負担を一番抑えた挙動だ。機体に無理のない斬撃を最も高威力となる姿勢で放っている―――あれから比べたらブリッジスの挙動なんて児戯にさえ劣る。
そして空力制御に四肢と長刀を振っての重心変動を上手く活用しての空中機動―――恐らく推進剤の消耗も相当に低いだろう。
「しかし、一体誰なんだ……」
あのような前腕部に兵装担架を無理やり取り付けた機体に乗る五摂家の衛士の話など聞いたことが無い。
五摂家の人間ならば皆の模範となる為、非常に高いレベルの教練を課される。
其れこそ実技から戦術まで―――だが、其れゆえにそのスタイルは高度だが標準形となる。
だが其れとは全く異なる、実戦の中で恣意的に醸成された野性的な合理性が垣間見えるあのスタイルは極めて異質だった。
―――摂家の人間らしくない、凄腕の衛士。
「まさか……な」
確証と呼べるものは何もない、だが唯依の脳裏にその二つが結びついて一人の人間が思い浮かんだ。
「一体何だってんだッ!!!」
吹雪の機体から降り立ったユウヤは強化装備を身にまとったままハンガーの壁を殴りつけた。
吹雪の機体を全く制御できず醜態を晒し、さらに不意打ちとはいえ行き成り現れたF-4に、全機退役しているような旧型機に反応すら許されずに落とされた。
衛士としての最高峰、エリア51最強の衛士であるユウヤとしてこれ程の屈辱はない。しかも乗りこなせなかった機体も、自分を落とした機体も日本のモノだというのが尚更琴線に触れる。
「おぉ災難だったな先生。だけどよ慣熟飛行もやってないんだ仕方が―――」
「そういう問題じゃないッ!!!!」
後ろから語り掛けてきたヴィンセントに怒鳴り散らす。
「俺はみんなのお荷物でしかなかった……しかもっ!!」
―――そうか、詰まらん男だな貴様―――
冷めきった声が脳内で反響する。腸が煮えくり返りそうだった。昔よく聞いた自分を日系人だと見下す声ではなかった。
それが却って余計に腹が立つ。
「まぁ、それは兎も角。お待ちかねだぜ?」
そう言ってヴィンセントが指さす方へと顔を向ける。其処には国連軍C型女性軍装に身を包んだ日本人の姿。
黒髪を揺らしながら近づいて来る彼女は敬礼を行い相対する。
「………」
軍隊の規則として自身も敬礼を返す。その彼女の――――篁唯依の瞳があの声と同じ温度である事を察するのに時間は不必要だった。
「今回の結果、少しは思うところはあるか?」
「―――はっ、勿論ですよ中尉。開発衛士として最悪ですよ。」
「そうか、では一つ朗報だ。今回の合同演習。後半、斯衛の部隊が担当地区のBETAを一掃し戦線を押し上げた―――その為、東側のスコアとは僅差、ほぼ互角と言っていい結果だ。
それに加えあの部隊の機体がF-4の改造機、瑞鶴であったことを差し引けば非常に高い評価となるだろう。」
第一世代機で第二~第三世代機の機体に匹敵する戦果を挙げた、それが自分の本来の居場所である斯衛軍によるものなのだからさぞかし鼻が高いだろうよ、と内心で毒づくユウヤ。
「しかし、問題だな。貴様の様な人間が本計画の主席開発衛士か―――残念だ、その程度の人間に帝国の未来を預けねばならんとは、な。」
「―――――お言葉ですがね中尉、米軍の第三世代機はこんなもんじゃない。こいつは旧世代機にも劣る。此奴に乗るぐらいならF-4のほうがずっとマシだ。」
親の仇を見るような目で睨みつけてくるユウヤ。一瞬殴りかかってくるかと思ったがかろうじて堪えたようだった。
だが、其の言い訳紛いの言葉は更に唯依を失望させた。
「つまり、今回の醜態の結果は機体のせいだと?」
「まさか、俺が此奴を乗りこなせなかったことは事実だ。だが、俺も開発衛士の責務に従って此奴を評価したまでですよ。
こいつは機体の運動性だけを追求した割に主機出力が低すぎて実戦機動なんて相当な曲芸家じゃないと無理な欠陥機だ。」
機体のせいじゃないと言いながらいけしゃあしゃあと吹雪が欠陥機だから自分は悪くないというユウヤに唯依の堪忍袋の緒が切れかける。
ましてや、この場にはR型を駆る衛士―――五摂家に属する御方が居られるというのに斯様な醜態を晒して唯依の顔を潰すこの半端モノにイラ立つ。
どうした物かと、言葉に詰まった唯依―――その時だった。
ぱんぱんと乾いた拍手が空虚に鳴り響いたのは。
「素晴らしいご高説だ。余りに見当違いが過ぎて、おかしくて笑えてくる。」
愉悦と皮肉を鍋でごった煮にしたような嘲笑。そんな声が届く。
一同が目を剥けると其処には国連軍のモノとは違う蒼の強化装備を纏った青年の姿。右目を縦に裂く稲妻のような傷に茶の混じった黒髪にブラウンの瞳――――忠亮の姿が其処にあった。
「あんた誰だ?」
「た、忠亮さん!?まさか、あの機体に――――っ!?いや、其れより御体は!?」
やはり、というか予感が的中。
その懐かしい姿を目に驚愕で眼を見開く唯依。そんな彼女に忠亮が近寄っていく。
「久しいな唯依―――本当にお前には心配を掛けた。だけど、大丈夫さ。」
そっと、唯依の頬をなでる忠亮の左腕。見つめ合う二人の瞳、言いたいことはお互い沢山あった、でも言葉が上手く出てこない。
「いえ……でも、よかった。手術、本当に成功したんですね」
視線を彼の貌から右腕へ、其処には最後見た時には存在しなかった腕がある。
彼の復活、それが意味するところは知っている。だけど、彼が自分らしく生きていける為には必要不可欠。
そして、彼が困難を乗り越えたという事実が我が事のようにうれしい。
「ああ、お前という支えがあったから耐えられた。」
「あ………」
不意打ち気味に告げられた言葉、自分は何もしていない。彼が自分で頑張った結果だ。
寧ろ自分はこの異国の地で未だに何も成し遂げられてはいない―――ただ無力に祈る事しか出来なかった。
彼の言葉が嬉しくて、自分が不甲斐なくて―――――口惜しさと嬉しさで視界が滲んでくる。
「…………お前はよく頑張ってるよ。」
静かに唯依の頭を胸元に軽く押し付ける。彼女が泣いている姿を他人に見せはしない。
「―――さて」
一転、冷めきった声がユウヤに向けれて放たれる。
「な、なんだよ……」
「井の中の蛙が―――此奴に代わってはっきり言おう、貴様は開発衛士どころか衛士の資格すらない。」
気圧された日系ハーフの青年を睨みつけて唾棄するように、蛇蝎を見るように宣告する。
「資格が無いだとッ!!」
「はっ、自分が命を預ける機体を知ろうともせず、考慮しようともせず、ただ我流を貫くのみ――そんな心構えで模擬とはいえ戦場に立つなんぞ恥を知れ半端モノが。」
「てめぇッ言わせておけ――――!!」
半端モノ、ハーフを暗喩するその言葉がユウヤの逆鱗に触れた。反射的に拳を振り上げようとする。
だが、しかし。
「其処までだ。」
「っ!?」
振り上げた拳が固まった―――否、違う。音もなく一瞬で近づいてきた白い強化装備の男。甲斐に腕を掴まれ止められたのだ。
まるで万力に掴まれたように動かない腕、そして首筋に突き付けられた小太刀が夕陽を反射させて煌く。
「この刀は単分子結合技術で加工されていて強化装備だろうと切断できる。
それに此処で君が手を出せば日米の国際問題に発展する恐れがある。ここで止まっておくのが賢明だよ。まだ、衛士で居たいのならね。」
その言葉に息をのむユウヤ―――しかもよく見れば、背後の二人も拳銃を手に持っている上に帝国軍から出向してきている格納庫内のMP兵も機関銃をユウヤに向けている。
少しでも抵抗すればのど元を切り裂かられるか、蜂の巣。
自分が何もできない状態なのを自覚するユウヤ、抵抗は即死を意味するこの状況で出来ることは限られていた。
「……あんた一体何者だ。」
ただモノではない、ましてやXFJ計画のために出向してきていた人間まで同じ行動を取るという事はそういう事だ。
身動きが取れない中、せめてもの反抗と奥歯を噛み締めてまるで視線で殺せそうなほどの敵意を見せながら問うユウヤ・ブリッジス。
それに蒼の強化装備を纏う青年は言い放った。
「五摂家が一、斑鳩の忠亮―――将軍家の一人と言えば分かりやすいだろう。そして、この篁唯依の良人となる益荒男だ。」
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