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STARDUST∮FLAMEHAZE

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第三部 ZODIAC CRUSADERS
CHAPTER#15
  PHANTOM BLOOD NIGHTMAREⅦ ~Trust Ambivalent~



【1】


 拳撃、斬撃、群撃に剛撃と無数の閃きが目紛るしく入れ替わる。
 眼下に聳えるビルを足場に、人智を越える空中戦がいつ果てるコトもなく錯綜する。
「――ハッ!」
 廉潔なかけ声と共に差し出される、花びらに彩られた指先に連動して
山吹色の蔓が放射状に開き、鞭のようにしなって標的に降り注ぐ。
「ッッラアァァッッ!!」
 ソレを尖鋭な喚声から繰り出された、二本貫き手が悉く斬片と化す。
 延ばしたスタンドの指先にパワーを集め、音速で撃ち出すコトにより
“贄殿遮那” 並の切れ味を宿すに至る流法(モード)
流 星 刺 指(スター・フィンガー)
「なかなかやりますわね? 『星の白金』
でも、それではいつまで経っても私に到達出来ませんわ。
操る蔓は、この大樹スベテに在るのですから」
 可憐な声に忠告する余裕まで滲ませて、
ドレスを纏った幻想の美少女、
紅世の徒 “愛染他”ティリエルは告げる。
 天空に向けて雄々しく枝を張る、
巨大な幹の中心部にその可憐を覗かせて。
(クッ……! シャナが苦戦してた理由が解ったぜ……!
威力は小僧の方に劣るが次から次へとキリがねぇ……!
それに切り刻んだ蔓も、10秒もすれば元通りに再生しちまう……ッ!)
「流れ」 を変えるため、そこから紡ぎ出す 「策」 を練るため
承太郎はティリエルと交戦していたが
戦闘の 「相性」 ははっきりいって良くなかった。
 切らねば追撃が来る為拳が握れず、
かといって手刀や貫き手で強引に迫ろうとしても
圧倒的な物量の前に行く手を阻まれる。
 先刻同様スピード任せに 「本体」 を狙おうともしたが、
一度見ただけでスタープラチナの間合いを見切ったのか
ある程度距離が離れると蔓を自動操作(オート)に切り換えて
少女は幹の中に身を隠してしまう。
(動作はやや単調になるがその分手数が増える)
 やはり奇襲に失敗したのは致命的だった、
今や完全に勢いは対峙する二人に在り
十全以上の能力(チカラ)が遺憾なく発揮されている。
「こ、のぉ!」
「うぅ~」
 約20メートルほど離れた空間では、
不満そうな顔から繰り出される剛撃の嵐を
防戦一方のシャナが懸命に弾き返している。
「シツこいなぁッ! 能力(ネタ)が割れてンのに
おまえと “鍔競り合い” なんかするわけないでしょ!」
 大剣の能力を使い体勢が崩れた所に一刀両断を狙っているのか、
それとも単純に乱発した方が手っ取り早いと思ったのか、
いずれにしても 「制約」 に縛られているのはシャナも同様だった。
「ほらほら、よそ見してて良いんですの?」
 優雅な戯れへ興じるように、可憐な声の発せられた樹の幹から
杭状に尖った蔓が無数に飛び出してくる。
「チィッ!」
 コレを身を捻って躱した承太郎の学ランの端が千切れ
アンダーシャツの脇腹が裂け血が繁吹く。
 だが逆にこの危機へこそ 「機」 を見いだした承太郎は、
そのまま伸びきった蔓の束をスタープラチナの両腕でがっしりと抱え込み
全身からパワーを振り絞った。



ゴゴゴ、ゴ……!



「あ、あら?」
 予想外の振動に幹の中でティリエルが躓き、
その頭上から火の粉で出来た山吹色の木の葉が
雪華のように舞い落ちた。
 足場のない空中で聳える大樹そのものを支えとし、
強大なパワーを誇るスタンド、
スタープラチナが文字通り根刮ぎその全体を引っ張った。
 眼下で道路が土塊のように盛り上がり幹に接触したビルの壁面が砕ける。
 動いた距離は実質5メートルにも満たなかったが、
それでも圧倒的質量の荷重移動により大気が震えた。
「わぁ、スゴイ……」
「やった!」
「むぅ……!」 
 聖書、或いは寓話の中でしか存在し得ない超絶的な光景に、
敵味方の区別も忘れ見入る三者。
「……」
 圧倒的なパワーにより 「射程距離」 を引き寄せ圏内に入った少女を一瞥し、
即座にスタンドが抱えた蔓を足場に飛び移り、拳を構え撃ち出す、
「――ッ」
筈だった。
 その射線上にティリエルが豪奢な金髪を靡かせ、
可憐極まる風貌を無防備に晒け出すまでは。
「――ッ!」
 自分でも何をやっているんだと訓戒に焦慮する貴公子の視界で、
異界の美少女が無垢な笑顔を満面にして告げる。
「そう、出来ませんわよね? 
『アナタのような』 殿方は、
女性の顔を殴るなど、決して出来ない」
 細く伸びた蔓の道、小用でも済ますようにドレスの裾を摘み、
その隙間から上品なレースの靴が覗いた。
 言うまでもなく、 スタープラチナのような超スピードを宿す能力に
ティリエルのような “遠隔操作型” の異能者が射程圏内に踏み込まれたら、
勝敗はほぼ決したと言って良い。
 しかしそのような窮地にも関わらず
ティリエルは実に大胆で合理的な方法を取った。
 スタープラチナによる予想外のパワーに戸惑うコトも僅か、
最初から想定していた危難に於ける対処を忠実に実行した。
 ソレは、嘗て彼と交戦した “狩人” フリアグネ最愛の従者、
“燐子” マリアンヌとの戦闘を彼女が見ていたコトに端を発するが
その術を実際に実行出来るか否かはまた別問題。
 もし失敗すれば絶命は確実、2本有る爆破コードの何れかを切るか、
或いは次の瞬間発射されるかもしれない大砲の中を覗き込む行為に等しい。
 無知故の蛮勇ではなく100%状況を理解していながら尚、
躊躇なくソレを実行できる思い切りと気概。
『強さ』 とは能力のみに在らず、知性のみに在らず、
これら精神の普遍性を以て始めて完成に至る。 
「ごきげんよう」
「ガッ!?」
 バガァッ! と、既に構成されていた鉄球クレーンのような蔓の塊が
振り子運動でスタープラチナに叩きつけられ、
ガードごと吹っ飛ばされた承太郎は
頭蓋に響く振盪音を聞きながら急速で落下した。
「承太郎ッ!」
 眼前で惚けたように口を半開きにしているソラトを完全に無視し
(追撃の可能性等考えずに)シャナは蔓を蹴り破って彼に追い縋った。
 そのまま小さな手で長身の躯を覆うように抱え、
絶対に離さないようきつく力を込める。
 側頭から滴る鮮血と一緒に、麝香と何かの入り交じったいつもの彼の匂いがした。
「ぐぅッ!」
 甘美な微睡みから無理矢理覚めるように、
承太郎は口元を軋らせて顔を上げた。
 ほんの数瞬とはいえ意識が飛んでいたのか、
瞳の焦点がおぼつかない。
「……よう、悪ィな。また世話かけちまってよ」
「バカバカバカ!! 何で攻撃しなかったのよ!! そうすれば……!」
 自分の援護よりも、承太郎が傷ついた事にこそシャナは声を荒げた。
 助けるのは、護るのは当たり前、
今までずっとそうしてくれたんだから
いちいち礼なんか言うなとも想った。
「取りあえず 『ツケ』 とけ、後で何でも言う事聞いてやっからよ」
「え? な、なん、でも?」
 紅世の黒衣 “夜笠” の能力に支えられながら、
二人は重力を無視して空間に静止する。
 しかし互いの心情を交感する間なく、巨大な存在の蠢く気配が肌を擦る。
「さっきから連続して攻撃してンのに、よくバテねーもんだ。
小僧のサポート役かと想ったがバリバリの主力型。
この戦いで真に恐るべきは、アノ “女” の方だ……!」
「ソラトっていう方は指示に従ってるだけみたいだしね。
単純な攻撃と援護防御しかしてないけど、
複雑に戦形を換えられるアノ女が司令塔なら却って相性が良いのかも」
 車や店舗を踏み拉きながら街路を直進してくる幻想の大樹。
 解れた夥しい数の蔓を天空にうねらせ迫って来る様は
呪われた魔界の植物のようにも視える。
 その蔓の先端に大剣を片手で携えたソラトが立ち、
背後数百の群れを引き連れ一斉に雪崩れ打つ。
 大剣の殺傷力を裡に秘めた同時波状攻撃。
 瞬時にそう解し背と背を合わせた承太郎とシャナの眼前で意外。
「えい」
 子供っぽいかけ声でソラトが足下の蔓に大剣の切っ先を突き立てた。
 即座に効力を発生させる紅世の宝具 “吸 血 鬼(ブルート・ザ・オガー)
 込めた存在の力のより射程距離が変化するのか周囲を取り巻く蔓全体が
薄紙のように裂け、しかし突進の勢いはそのままに山吹色の断片は
散弾となって二人に襲い掛かる。
「オラオラオラァァァァァァァ―――――――ッッ!!」
「ハアアアアアァァァァァァァ―――――――ッッ!!」
 重なる声と同時に繰り出した乱撃と炎弾により、
黄色の散弾は掠る事もなく弾かれ焼き散らされる。
(何でも)
(奇を衒えば良いってもんじゃ)
 心中で言葉を交わす二人の先、いつのまにか幹の内から姿を現していたティリエルが、
台座上の蔓の上で不敵な微笑を浮かべていた。
 その口唇から紡がれる、華麗と戦慄を併せ持った深名。
黄 蓮 参 拾 参 式 想 滅 焔 儀(ブリリアント・キャスティール・ブレイズ)
 端整な胸元で肘を支点に腕を交差させ、
花片の装飾で彩られた指先に結ばれる印。
「 “ゾディアック!?” 」
「莫迦な!!」
 フレイムヘイズ専用の焔儀大系領域を口にした紅世の少女へ、
王と契約者が同時に驚愕を示す。
 先刻の波状は完全なる陽動、ソラトを先陣に立たせるコトで大剣の殺傷力を
強烈に意識させ、看破を挫くと同時に焔儀を練る時間も稼ぐ巧妙な戦術。
 その真の狙いを完遂させたティリエルが勝利を確信した双眸で二人を射抜く。
 幻煌殲滅。葬 棘(そうきょく) の惨華。
“愛染” の流式(ムーヴ)
亡 き 聖 女 の 告 死 庭 園(ブライダル・ガーデン・カンフェクション)!!!!!!』
流式者名- “愛染他” ティリエル
破壊力-A+++ スピード-A+++ 射程距離-AA+++
持続力-C 精密動作性-D 成長性-A



 ズンッ! と大気の密度が一様に増幅したかのような感覚。
 交差した腕を左右に展開したティリエルの背後、
折り重なり絡み合って大樹を形成していた蔓が一斉に解れ、
そのスベテが禍々しい棘を連ねる “イバラ” と化し周囲数百メートルを
昏き影と共に覆い尽くした。
 数多在る “ゾディアック” の中でも物質の変化、具現化を主体とする焔儀領域。
 紅世の徒本来の属性、炎の形容を執らない術式で在る故に
最も技巧を要するが、ソレを王でもない若き徒が苦もなく繰り出した事実は
深遠なる炎の魔神、アラストールをしてその心胆を寒からしめるに充分。
 黄霞舞い散るシンガポールの街並みを扇状に包囲するイバラの大群は、
呻くように棘をザワめかせて蠢き発動の瞬間(トキ)を待つ。
 黒衣の能力でただ宙に浮かんでいるだけの承太郎とシャナは、最早完全に籠の鳥。
 如何なる術を用いようが回避は不可能、ソレを見切っているティリエルは
すぐに式を発動させず余裕を以て力を溜める。
「クッ……!」
 眼前に拡がる絶望的な状況を如何に打破するかを思考するより速く、
ソレよりも重要なコトを実行するべく承太郎はスタンドの手でシャナの黒衣を掴む。
 しかしすぐそれ以上に強い力が、風に靡く学ランの襟を握り返してきた。
「スタープラチナで私を射程外に投げて、
一人で “アレ” の相手するとか
考えてるならまっぴらごめんよ。
この手は絶対離さないから」
 己の超近距離、胸元から小さな顔を覗かせるシャナが強い視線で見つめてくる。
「馬鹿野郎が……」
「おまえに言われたくない」
 破滅の砂時計が刻一刻と零れ落ちているにも関わらず、
二人は自分達以外誰もいないように静かな言葉を交わした。
「さあ! 名残惜しいですがお別れですわ! 
“Labanaktis (おやすみなさいませ)!” お二方!!」
 左右に展開した両腕を再び前方で混じ合わせるティリエルに連動して、
夥しい数のイバラが一本の例外もなく津波のように荒れ狂う。
 空間を刻むかの如く、気流すらもズタズタにして襲い掛かる暴虐の波濤を前に、
承太郎はシャナを胸元に深く抱え込んでギリギリまで引き付け、
彼女も恐怖を信頼で打ち消し懸命に堪える。
「今だ! 『能力』 解除しろ!!」
「了解!!」
 普段黒衣に滞留している微弱な存在の力をも消し去り、
重力の支配を受け入れた二人の身体は大地へと急速に落下していく。
 途中ビルの壁面を同時に蹴り付け加速し、
すぐ背後にイバラの群れを引き連れながら
罅割れたアスファルトが瞬時にズームアップする。
「「(さん)ッッ!!」」
 落下の勢いを微塵も殺さず、路面を爆砕した二人はそのまま真逆の方向に大きく離れる。
「フフフフフフフフフフフフフフフフフフッッ!!
無駄!! 無駄ですわよッッ!! 
私の焔儀は射程領域のスベテに微塵の隙なく降り注ぐ!!
建物の中に逃げ込んでもその壁ごと粉々ですわッッ!!」
 まるで敬愛する主が取り憑いたかのように、
破壊の愉悦に浸るティリエルの声が頭上から到来する。
「「邪魔だあああああぁぁぁぁぁぁッッ!!」」
 相対の位置、200メートルの距離で意図せず声が重なり、
承太郎とシャナは行く手を塞ぐイバラの群れを手刀と大刀で切り裂く。
 だが余りに数が多くその殺傷力も高いため数撃喰らい、
千切れた繊維と共に鮮血が飛び散る。
 その間にも狂乱の操作系自在法を編み込まれた異界のイバラは、
予測不能の動きで無差別にのたうち大気を引き裂き大地を穿つ。
 長い長い時を懸けて構築されてきた人間の文明が、
その叡智が、営みが、瞬きの間にいとも容易く崩れていく。
「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ――――――――――――――――――――ッッッッッッッッ!!!!!!!!!」」
 極限の精神の咆吼と暴虐の壊滅音。
 勝ったのは何れだったか、しかしその僅か数秒後、
無数の高層ビルが立ち並ぶ近代国家の街並みは、
天空への遮蔽物無き平地と化した。
 後に聳えるのは、神秘的な山吹色の火の粉を散らす幻想の大樹。
 さながら大地への 「敬意」 を忘れた人間達に
天からの断罪が降ったかのような、
荒廃の中にもある種の畏怖と神聖さを想起させる光景。 
 ソノ御遣い足る聖霊の如き威力(チカラ)を行使した少女の髪を、
頽廃の旋風(かぜ)がしめやかに揺らした。
「わあ! スゴイ! スゴイよティリエル!! 
隠れた街ごと粉々にしちゃったね!!」
 少し離れた蔓の上で、ソラトが剣を片手に掲げ嬉々とした様子で
無邪気に飛び跳ねている。
「……」
 その様子を認めたティリエルは戦闘中には一度も見せなかった
柔らかな微笑を浮かべ、額を伝う雫を気品ある仕草で拭った。
「お疲れさまでした。お兄様。
アナタが私の指示通りに動いてくれた御陰ですわ」
「え? そう? ボクあんまり考えないで戦ってたんだけど」
「フフフフ、それで良ろしいんですわよ。
お兄様のそういう所も計算の内ですわ」
 動く者のない、荒廃した瓦礫の大海原で無垢な双子の声が流れる。
「ねえ! ねえ! コレでDIOサマ、
ボク達のコトほめてくれるかな?」
「さぁ……統世王様は兎も角、エンヤ姉サマにはお叱りを受ける事を
覚悟しておいた方が良さそうですわ。
何しろ無断で出てきてしまいましたから」
「お、おしりとか、叩かれるの?」
 スタープラチナの拳撃にも怯まなかったソラトが、
顔を蒼白にして両手を腰下に当てる。
 その様子を可笑しがったティリエルが、
花片の装飾で彩られた手を口唇に当てクスクスと笑った。
「お叱りは、私一人で受けますわ。
お兄様は、私が無理に付き合わせただけですから」
「ダ、ダメだよ! おしおきされるの怖いけど、
ティリエルだけが怒られるのもっとヤダもん!」
「お兄様……」
 気弱で臆病で、自分がいないとまだまだ心もとないが、
それでも懸命に自分を護ろうとする兄の想いにティリエルは
衝撃と共に不思議な温かさを感じた。
(うるわ)しい兄妹愛の最中に悪いんだけど、
まだ勝ったと想うのは早いんじゃない?」
 意識をソラト一色に支配されていたティリエルの背後で、
予期せぬ声が響いた。
「な!?」
 幹から離れた蔓の上から更に30メートル先の空中、
粉微塵になって息絶えた筈のフレイムヘイズが
確かな存在感を以て屹立していた。
 額から血を流し、千切れてズタボロになった黒衣から眼の眩むような
紅蓮の双翼をその背に押し拡げて。
 更に鮮血の伝う両手には、繰り出す焔儀の基となる存在の力が
大きな渦の形容(カタチ)と成って集束している。
「な、何故!?」
 戦闘中相手に問う事は無意味に等しいが、
自在師としての自負故本能的にティリエルは訊いていた。
 視た所受けたダメージは相当のようだが、
しかし形在るモノが悉く壊れ尽くした周囲の惨状を窺えば明らかに
違和感の在る光景。
 名うてフレイムヘイズだろうが紅世の王だろうが、
墓も残らない程に木っ端微塵となった肉片と化していなければならない筈だ。
 その少女の動揺を利用し、復活のフレイムヘイズ、シャナは敢えて質問に答える。
「確かに、空にも地上にも逃げ場は一切なかったわ。
もし “此処じゃなかったら”
他の場所でアノ焔儀を繰り出されていたら、
どうやって切り抜けたか解らない」
 揺らめく炎気の陽炎に、血の雫が落ち蒸発した。
「でも逃げ場って、 『空と地上だけじゃないのよ!』
こういう近代的な場所なら、その 『更に下』 が在るの!!」
「――ッ!」
 息を呑むティリエルの眼前で、属性の違う二つの炎気が叩きつけられて
結合し一つの巨大な球と化す。
 先刻、落下の寸前に承太郎から告げられた言葉は 「地下」 へ行け。
 その忠告を是としたシャナは夥しいイバラの波を掻き分けながら
地下鉄の昇降口へと転がり込んだ。
 そのまま凄まじい地響きの轟く頭上を警戒しながら
暗闇の線路を大樹の方向へと一挙に駆け抜けた。
 地盤沈下や天災の影響を考慮して充分以上に補強された都市の地下施設。
 自在法なら現代最強のフレイムヘイズ、
マージョリー・ドーにも匹敵するティリエルの極大焔儀も、
その射程距離はあくまで 『視界のみ』 に留まり
瞳に映らない場所はノーマーク。
 その間隙を突き不動の大地を 「盾」 として、
シャナは受けるダメージを最小限に見事生還を果たしたのだ。
 しかも相手の警戒が解け、焔儀を練る時間も得られるという絶好の状況で。
「フ、フフ、フ、考えましたわね。
人間達の造った地下空間に身を潜ませて直撃を避けるとは。
しかしそんなコトで私の焔儀を封殺した等と想わない方が良いですわよ。
同じ躱し方は二度通用しませんし、
いいえ、仮に通用しても、もう一度受けたらアナタもう立てませんわよ」
 動揺を呑み込み冷然とそう告げたティリエルは、
再び焔儀発動の構えに入りソレに感応して大樹の蔓がザワめく。
「しかも今度は、 “全力” で撃ちますわ。
創痍のアナタ相手に、虚を突く必要はありませんものね」
 変貌を始める蔓を背後に、ソラトがティリエルを護るため前に出る。
 このような布陣を領かれてしまっては
シャナの焔儀を直撃させるのは不可能に等しいが、
少女はそんなコトどうでも良いように不敵な笑みを浮かべる。
「フフ、フ。 “もう一度撃つ” ね。
でも出来るかしら? 誰か忘れてない? 
アイツがそんなコトさせると想うの?
っていうか、アイツに同じ手が二度通用すると想うの?」
「!」
 無論ティリエルも、もう一人の存在を忘れていたわけではない。
 目の前のフレイムヘイズが生きているという事は、
当然あの男も生存しているというコト。
 いつ奇襲を受けても良いように、ソレを逆手に取る為に、
神経は極限まで張り詰めさせている。
 しかし何処(どこ)に隠れているのか、殺気は疎か微弱な視線の力すら感じない。
「フフフフフフフ、どこにいるのか解らないなら、
教えてあげましょうか?
灯台下暗し、自分の足下というのは(おろそ) かなものね。
ほら、あそこよ」
 シャナが視線を送った先、大樹の剥き出しになった根の部分にその人物はいた。
 そこから数メートル離れた位置に、裏返しになったマンホールの蓋が転がっている。
 先刻、シャナが地下鉄に転がり込んだように承太郎は、
下水道の中に潜り込み網の目のように錯綜する通路を
目的の場所へと進んでいた。
 途中携帯電話で連絡を取り合っていたので互いの位置は解っていた。
 そしてコレから繰り出す、相手の予想を文字通り根底から覆す『策』 も。
(あんな場所に……しかしフザけてますの。
そんな場所からどんな攻撃を仕掛けようと私達には掠りも)
 侮蔑するように瞳を細めるティリエルの思考が、次の瞬間途切れた。
 承太郎の背後から抜け出た幻像、その握り締めた右拳から激烈なる光が迸った。
 聳える大樹の威圧感に匹敵し、数十メートル離れた頭上の瞳にも灼き付くほどに。



   ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!
  ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッッ!!
 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッッッッッ!!!!!



「な!?」
「うわぁ!」
 遠間でも間近に感じられる、極限まで高まったスタンドパワー。
 空中に佇むシャナ同様、承太郎もまたマンホールの真下で
存分に力を溜める時間を与えられていた。
 己が最大の流法(モード)を、心おきなく繰り出せる場所と共に。 
(まさか……まさか……! 紅世の王でもない人間が、
“そんなコト” 出来る筈が……!?)
 導き出た結論をティリエルが否定するより速く轟いた、
天地を劈くほどの大炸裂音。



「オッッッッッッッッラアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァ
ァァァァァ―――――――――――――ッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!」



 微塵の誤差なく重なる大喚声。
 強靭無双なる戦慄の轟拳、
『スター・ブレイカー』 が叩き込まれたコトにより大樹全体が(かし)ぎ、
そして走った亀裂によりその根本がへし折れた。
「お兄様! お離れに!」
「ティリエル危ない!!」
 突き飛ばそうとする妹を兄が抱え込み、
その背後より大地から離れた巨木の幹が怖ろしい存在感で二人に迫る。
 そのまま情け容赦なくソラトの甲冑を砕きながら絶大の衝撃が双子を貫き、
互いに寄り添いながら巨木ごと吹き飛ばされた。
 ソノ先に待つ、モノ。
「 “紅 蓮 珀 式 封 滅 焔 儀(アーク・クリムゾン・ブレイズ)ッッ!!” 」
 極限まで力を溜め込んだ、紅の魔術師最大の焔儀。
「 “炎 劾 華 葬(レイジング・クロス)!!
楓 絶 架(ヴォーテェェェクス)ゥゥゥゥゥゥゥ――――――――――――ッッッッッッ!!!!!!” 」
 発動の自在式を叩き込まれた火球が、
瞬時に巨大な高十字架(ハイクロス)へと変貌し撃たれた流法ごと
空前の速度で吹き飛ばされて来る双子と大樹を逆方向に弾き飛ばす。



 ヴァッッッッッッッッグオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォ
ォォォォォォォォォォォォォ―――――――――――――――――――――
――――――――ッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!



 凄まじい衝撃の反響と炎撃の焦熱。
 その二つが絡まり合い混ざり合い、無から生じる超エネルギーの如く、
爆増的累乗波及効果により封絶全域に轟き渡る。
『スタンド使い』 と “フレイムヘイズ”
その完全融合業 『流法式祁(フォース)
 かつて、現代最強の紅世の王、
“狩人” フリアグネその存在をスベテを殲滅した
究 極 の 流 法(アルティミット・モード)
スターダスト()タンデム()ブレイズ()
 司令塔である空条 承太郎の神懸かり的な
状況分析能力、空間把握能力に拠り初めて発動を可能とし、
ゼロコンマ1秒タイミングがズレただけでもただの連撃に堕する神撃が今、
以前を遙かに凌ぐ威力を持って爆轟した。
「……」
「……」
 互いの中間距離で、根本から宙に浮いた幻想の大樹が、
その内にティリエルとソラトを抱えたまま炎上していく。
 舞い散る白金の燐光に真紅の火の粉が折り重なってたなびく。
 死闘の終焉を告げる、寂滅の大気。
 その下で、引力に惹かれるように承太郎とシャナは近づき、
そして互いの手を打ち合わせる。
 澄み切った音が、福音のように響き渡った。
「終わった、わね」
「取りあえず、一段落と言った所か。
まだ油断は出来ねーがよ」
「うん」
『総力戦』 である為、無数在る戦いの一幕が降りたに過ぎないが、
それでもアイツらなら大丈夫だろう(シャナの脳裡では約一名欠けていたが)
という心情の許、二人は紅蓮に爆ぜる大樹を見つめた。
 炎の墓標。
 灼熱の光が、二人の風貌を紅く照らす。
 ソノ、とき。
「!!」
「!?」



 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!
 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!
 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!



 異質な存在の違和感、等という生易しいモノではない、
あからさまに強大なる力の奔流が周囲から立ち上がった。
 否、周囲とは言っても先刻までの戦闘地帯から遙か遠く離れた場所。
 シンガポールの首都全域を覆い尽くす封絶の俯瞰(ふかん)から5箇所、
天に届く光の柱が出現し、ソコから山吹色の炎が不可思議な紋章と紋字と共にたなびき
燃え盛る大樹を螺旋状に包み込んでいく。
「おい……『まさか』 だろ……?」
「私だって、信じたくない……でも内側の方から……」
 やがて大樹全面をびっしりと覆い尽くした紋章と紋字が
無数の法陣を構成して発光、役割を果たした存在の力が
ハラハラと舞い落ちる光景の先。
「……」
「……」
 灰燼に帰した筈のティリエルとソラトが
『背後の大樹ごと』 完全なる “復活” を果たした。
 呆気に取られる二人を余所に、初見と寸分違わぬ姿の双子が
寄り添いながら穏やかな表情浮かべる。
「お兄様、痛む所は御座いませんか?」
「うん、ティリエルは大丈夫?」
「私ならこの通り、お兄様が庇ってくださいましたから」
 少女は力強い笑みでそう言い、似合わない仕草で細腕を折り曲げて見せた。
 その仲睦まじき双子の眼下で、承太郎とシャナ、二人の表情は蒼白となっていた。
 絶対の自信を持って繰り出した 「策」 と 「(ワザ)
ソレが完璧に極まったのにも関わらず敵はいともあっさりと復活を果たした。
 振り出しに戻る所ではない、その為に費やした労力も損傷(ダメージ)もかなり大きい。
 同じ手が通用しないのは向こうも同様、
ましてや先刻の 『能力』 を恒常的に使えるのならば、
最早 「策」 自体が意味をなさない。
 (さなが) ら、始まる前から勝負の決まっているゲーム、
ルールを無視して無尽蔵に駒を補充できるチェスのようなモノだ。
「……取りあえず、さっき見えた5つの柱、
そっから何らかのエネルギーがあの二人に供給されている、
ソレで間違ってねぇか? アラストール」
「……うむ、しかし我等に一切気取られず、
これほど巧妙な自在法を複数創造しておくとは……
アノ娘、何という “自在師” だ。
その才だけなら “弔詞の詠み手”
否、 あの “螺旋の風琴” を凌ぐやもしれん」
「ヴィルヘルミナと戦った男が、完全に 「煙幕」 だったってコトね。
足止めは出来ると予想して、「同時進行」 してたんだ」
 絶望する事に意味はない、諦めだけは決してしない、
不屈の精神を持つ三人は、勝機の見えない闇の中でも懸命に可能性を模索する。
「思えば、奴等どこか攻撃が一辺倒(いっぺんとう)で、防御には意識を()いてねぇようだった。
ソレがあの 「治す」 能力に拠るモノならば、最低でも十回以上は復活出来ると考えた方が良いな」
「そうね。そしてソレを実行するのに意味はない、っていうか不可能よ」
 総合力では僅かに自分達が上回るが、
そんなものは気休めにもならないという事実を二人は再確認する。
 故に出る結論は。
「よし、行け!」
「さぁ、行って!」
 重なる、二つの言葉。
 詳細は不明だが、何れにしてもその供給源を元から断つという分離行動。
 しかし戦いながらそんなコトは不可能である為、
殿(しんがり) として一人が此処に残らなくてはならない。
 言う間でもなく、ソレは差し迫った状況を更に抜き差しならない
窮地へと追い込む自殺行為。 
 だが微塵の躊躇もなく、承太郎もシャナも
『自分が』 この場所に留まる事を決定した。
「……」
「私の方が、速かった」
 眼で威圧する承太郎を後目に、シャナは軽口のように微笑を浮かべてみせる。
「フザけんな。遊びじゃあねーんだぞ。
一人でアイツ等とヤり合うのが、どんだけヤベェか解ってんのか?」
「うるさいうるさいうるさい! 
そんな奴等と一人でヤり合おうとしてたのはどこのバカよ!」
「あの、もしもし?」
 何故か眼下で口喧嘩を始めた二人に、
頭上のティリエルが後頭部に汗玉を浮かべ問いかける。
「さっき、 “何でも言う事聞く” って言ったわよね? 
じゃあ今ここで使う、おまえは行って」
「な!? 汚ねぇぞテメー!」
「うるさいうるさいうるさい! 男ならグチャグチャ言うな!」
 不承不承ながらも、取りあえずは決着のついた問答。
 黒衣の裡から大刀を抜き出したシャナが、
ソレを正眼に構えて前に出る。
「おい?」
「ん!?」
 まだ何か言う気かとムッとした表情で振り向くシャナの瞳を、
一条の煌めきが充たした。
 反射的に差し出した左手にズシリと響く金属の質感。
 学帽と同様、承太郎のトレード・マークである襟元の鎖が
今シャナの手の中に在った。
「もっとけ。なくすなよ。曾祖母サンの造った特注品で、
同じモンはどこにもねーからな」
 剣呑な瞳でそう告げる承太郎を、シャナは眼をパチクリさせて見つめる。
 そんな大事なモノを、どうして?
 浮かぶ疑問をすぐに、それ以上の歓喜が押し流した。
「5つ全部、すぐにブッ潰して帰ってくる。
それまで死ぬな。
まだDIO(ヤロー)(ツラ)に、一発もブチ込んでねーんだからよ」
「うん!」
 時間的にも空間的にも、そんな容易い所行でない事は解っている。
 行く先には間違いなく他の徒が網を張っているだろうし、
あの光の柱自体にどんな罠が組み込まれているか知れない。
 でもそれでも、 “それでも”
 湧き立つ期待と高揚にシャナは自分を抑えられなくなった。
 言った事は必ず実行し守ってくれる、
その彼の言葉に躰の痛みは霧散し新たなる力が満ち溢れた。
「此処に、いるから。戦ってるから。早く、迎えに来てね」
「そんなに待たせねぇよ……」
 背中合わせのまま、視線を合わせず言葉のみで、
何よりも深い 「約束」 を二人は交わす。
 同時に、アスファルトの舗装が裂け、もう一度逢う為に二人はその距離を大きく隔てた。
「はああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ
―――――――――――――――――――――――!!!!!!!!!!!!!!」
 背で燃え盛る紅蓮の双翼、防具代わりに交叉状で巻き付けた鎖が左腕で煌めく。
 承太郎の背後で巨大な存在が蠢く気配がし、
強烈な金属音が耳を貫いたが彼は振り向かなかった。
 精神(こころ)の裡で、シャナが熱く燃えていた。


←TOBE CONTINUED……

 
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