ViVi・dD・OG DAYS
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第2話 初めて ・ 久々 ・ フロニャルド
4人は目的地へ向かう為に、セルクルへと騎乗して先を急いでいた。
道すがら、何故だか親衛隊の隊長は、ご機嫌斜めな表情でジッと勇者を睨んでいる。
そんな彼女の視線に苦笑いを浮かべる主席と、ジッと睨まれて勇者らしからぬ心許ない表情を浮かべている彼。
しかし原因を作ったであろう本人は、他の3人の表情を不思議に思いながら眺めていたのだった。
ご機嫌斜めの彼女の理由。それは騎乗の折の出来事――。
「では、シンク……先にハーランに乗って、引き上げてくださいね?」
「了解です、姫様……では、先に――」
先を歩いていたミルヒは振り向きざまに優しい微笑みを浮かべて、あたかも行きの道のりから同乗していたかのように、ハーランへと自然な流れで彼を導いていた。
その誘導に、何も疑問を持たずに相伴を預かろうとしていた彼であったが――
「――んんっ!」
「――ッ! …………」
「…………」
「……あー、はい……姫様、すみません。遠慮させてもらいます」
横にいるエクレの――まさに2人の間に漂う『甘い甘~い、何者にも代え難い2人だけの世界』へ。
キンキンに冷やした「これだけあれば、数ヶ月は村が水不足から解放されます」と村人から喜ばれるほどの、大量の水を差すが如く――
咳払い1つで全員の視線を向けさせてしまうほどの気迫と、ジト目による無言の圧力を浴びた彼。
本能的に危険を察知した彼は、視線をミルヒに移すと冷や汗の滴る苦笑いを浮かべて、既のところで申し出を辞退する。
「えぇー? 久しぶりなんですよ? どうしてダメなんですか?」
「あー、えっと……そう! 久しぶりなので勘を取り戻すのには1人の方が良いと思うので」
「そうですか……残念ですぅ……」
「あはははは……」
彼の断りを受け、疑問を挟まず自然に残念そうな表情を浮かべていた彼女に、呆れ顔を送るエクレとリコ。
一先ずエクレは、リコのセルクルへと同乗することにして、彼に自分の乗ってきたセルクルを譲る。
全員が騎乗を済ませると、来訪者の待つ目的地を目指して駆け出すのだった。
騎乗前にそんなことが起きたから、親衛隊の隊長として――
「これから国を代表して、異国との大事な公務の場へと向かうと言うのに……いくら勇者とは言え、代表領主と同乗して行くバカが何処にいるのだ? まったく……貴様は姫様を何だと思っておるのだろうな!」と言う気持ちで睨んでいるのだろう。
彼はエクレのご機嫌斜めの表情を、そう解釈していた。
ミルヒに至っては、体調でも悪いのかと心配をしているほどだった。
しかし、それとは別の感情がエクレの胸のうちに渦巻いていたのかも知れない。
ただ、彼女の想いに気づいていない彼とミルヒには、後者など知る由もなかった。
唯一、彼女の胸のうちを知るリコだけが、彼を睨む彼女の苦労に同情するかの様に、苦笑いを浮かべて見つめていたのだった。
☆★☆
4人が目指す目的地――。
彼がフロニャルドへ来ている時には必ずと言って良いほどに、ミルヒと訪れている朝の散歩をしている大草原。
そこへ異世界からの来訪者が転送されてくる手筈になっていた。そう、召還ではなく転送。
来訪者達は召還と言う手順を取らなくても来ることが可能なのだと言う。
そのことを考えていたミルヒは、少し難しそうな表情で目の前の道を眺めていた。
しかし自分では到底理解できないことなのだろう。それは無理もない話だと思う。
何故ならば――自分が知る限りでは、この大陸への来訪者は勇者のみ。異世界の存在も、彼の話の中に出てくる彼の世界しか知らないのである。
それ以外の情報を知らない彼女には、召還以外で行き来ができる方法など知る由もない。そして――
彼の住む異世界以外の世界など、今の段階では誰も知らないのである。
いくら考えたところで納得のいく答えの見つからない彼女は、彼に来訪者がどんな人達なのかを訊ねることにしたのだった。
「――ねぇ、シンク?」
「何ですか、姫様?」
「今日、来られる方逹は……どんな方逹なのですか?」
「……いや、実は僕も良く知らないんだよねー」
彼は苦笑いを浮かべて彼女の問いに答える。
「――おい、貴様っ! 良く知らないとは何なのだ!? …………」
「――ウワッ! とっとっと……」
「――わわわっ! ……エ、エクレェ……危ないでありますよぉ」
「す、すまん……。…………」
彼の言葉を聞いたエクレは、良く知りもしない人物を我が国へ迎え入れる――
そんな親衛隊の隊長としては聞き捨てならない言葉に、思わず自分の乗るセルクルを彼のセルクルにぶつける勢いで近づける。そして怒気を含んだ口調と、睨みを効かせた表情で、身を乗り出しながら問い質していた。
その勢いに慌てて身体を仰け反り、思わず手綱を離して落ちそうになるのを堪える彼。
そして彼女が突然に軌道変更などするものだから、同乗していたリコは、慌ててセルクルの首にしがみついて振り落とされない様に踏ん張っていた。
何とか振り落とされずに済んだ彼女は後ろを振り向き、涙目になりながらエクレに対して注意を促すのであった。
自分の懐付近で涙目で注意を促した彼女の方を向いて謝罪を済ませるエクレであったが、再び視線を移して併走する彼の方へ、未だに弱冠前のめりになりながら睨んでいる。
「い、いや? ……紹介者は、良く知っているよ?」
彼女の気迫にタジタジになりながら、彼女の前のめりの姿勢に押し出されたかのように、弱冠身体を仰け反らせて逃げ腰と言うか及び腰と言うか――へっぴり腰の体勢で答えている彼。
そんな焦り気味な彼の表情と、睨みを効かせている彼女を眺め、一瞬だけ苦笑いを浮かべると――
優しい微笑みで場を和ませようと、ミルヒは彼のフォローをする為、2人の空気の間に割って入ることにしたのだった。
「……確か、トリル様でしたよね?」
「――。…………」
「……は、はい、姫様。僕やベッキーも知り合いですけど、彼はナナミのアスレチック競技や棒術の先生なんです。とても優しいし、格好いいし……素敵な人ですよ?」
「そうなのですか? そんな方のお知り合いなら素敵な方達なのでしょう……エクレとリコもそう思いますよね?」
「……そうですね?」
「きっと、そうであります!」
ミルヒの割って入った言葉により、エクレはサッと姿勢を正して、ふくれっ面で彼を見ていた。
そんな彼女の表情の変化に、心なしか安堵の表情を浮かべた彼は「助かりました」と言わんばかりの笑顔を向けてミルヒにトリルの紹介をする。
彼の紹介を受けたミルヒは笑顔を浮かべて答えると、エクレとリコに賛同を求める。
彼女の言葉に「姫様には敵いませんね?」と言いたげな苦笑いを浮かべて賛同するエクレ。
そんな彼女に安堵しつつ、満面の笑みを溢しながら元気に言い切るリコ。
そんな会話をしながら、転送先である草原を目指して先を急ぐ4人なのであった。
☆★☆
時を同じくして――此処はシンク達の目指す、ビスコッティ共和国内の大草原。
その中央付近の大地に、突如巨大な円形の魔方陣が光を放って浮かび上がる。
やがて魔方陣の外周に添って、中を覆い隠す光の壁を形成するように地上へと迫り上る。
円柱状の光の壁は、人間をすっぽりと覆い隠す程度の高さまで上昇したのち数秒ほど停止する。
そして停止していた壁が今度は下降を始めると、中から数名の男女――今回の来訪者達が姿を現すのだった。
「――うわぁー!」
壁が下降し始めて、それまで光に覆われていた表の景色が視界に映し出される。
初めて訪れた場所。そんな景色を目の当たりにしたヴィヴィオ達は、瞳を輝かせながら口を揃えて歓喜の声をあげていたのだった。
「――ア、アインハルトさん! 素敵な景色ですよねっ!?」
「は、はい……とても緑豊かな素晴らしい景色だと思います」
興奮ぎみに話しかけるヴィヴィオとは対照的に、冷静に答えるアインハルトであったが――
「だけど、そう……この景色はオリヴィエの愛した風景に似ている。この国の王は、オリヴィエに似ているのかも知れない……」
口にこそ出してはいないが、きっと心の中ではそんなことを考えているような表情で、目の前に広がる景色を感慨深く眺めていたのだった。
そんな初めて見る風景を嬉々とした表情で眺めている子供達を横目に、大人達は空中に映し出された通信画面に向き合っていた。
「本当に悪かったね? まさか、私用で航行船を使わせて貰えるなんて……感謝しています。イグリル提督」
今回のフロニャルドへの来訪の発案者であり引率者。
そして、シンク達となのは達のどちらとも交友のある――イギリスとミッドチルダの二世界を行き来している男性。
トリル・グレアム――トリルは通信画面に映る、次元航行船・メプレイバの艦長席に座る濃紺の制服に身を包んだ男性、イグリル・マルケス提督に最敬礼をするのだった。
横に並ぶなのは達も彼に倣い最敬礼をする。しかし、なのは達にとっては当然と言えば当然の話なのだろう。
とは言え、彼女達の最敬礼は乗せてもらった敬意でしたものではない。
彼は時空管理局本局。次元航行部隊の統括本部長補佐。
所謂、本局現場組の実質ナンバー2――直接的な接点はないにしろ、彼女達の上官に当たる人物なのである。
余談ではあるのだが、本局現場組のトップは現在、クロノ・ハラオウン提督が就任している。
彼は所謂、フェイト・T・ハラオウン執務官――通称『フェイトちゃん・フェイトさん・フェイトママ』の『お兄ちゃん』である。
「いやだなー、自分と先輩の仲じゃないですか?」
イグリルはトリルに対して苦笑いの表情を浮かべながら会話を続けるのだが――
「先輩の命とあれば! 例え火の中、水のな――」
「おいっ! 本職の彼女の前で軽はずみな言動は慎めっ!」
軽い口調で放った言葉を、怒気の含んだ強い口調でトリルに諌められるのであった。
彼の言う彼女とは、なのはを始めとする管理局勤めの全員を指しているのだが、特に――
元々はなのはの教え子であった、スバル・ナカジマ――現在は防災士をしている彼女に対して言ったことだった。
スバルの仕事は災害救助。文字通り、救助の要請があれば火の中や水の中へと命懸けで赴く職業である。
実際に命を賭さないのに火の中や水の中へと赴くなどと言う冗談話を、実際に命を賭す現場へと赴いている相手に向ける――それは彼が1番忌み嫌う話。
トリルと旧知の仲であるイグリルは彼の性格を熟知していた。そしてスバルのことも知っている。
彼はトリルの言葉を受け瞬時に姿勢を正すと――
「――私の失言でした。……スバルくん、申し訳なかった! 他の皆も、不快な思いをさせてしまって……すまなかった」
深々と頭を下げ全員へと謝罪をするのであった。
しばらくして、イグリルの元に別の通信が入る。彼は通信を開き画面に向かって頷くと――
「そろそろ出航の時間のようです。では、1週間後に迎えに参りますので――よい旅を!」
簡潔にそれだけを伝える。その言葉に再び最敬礼を向けるトリル達。
イグリルは、その最敬礼に敬礼で返すと通信画面を閉じるのだった。
☆★☆
通信画面が消え、視界には目の前の景色が広がっている。
到着したとは言え、約束はこの場所になっているのだ。
つまり迎えが来るまでは迂闊に動けない。その為、彼らはしばらくの間、目の前に広がる自然豊かな周りの景色を楽しそうに眺めているのだった。すると――
「――せんせーいっ!」
何処からか自分達を呼んでいるのであろう、男の子の大きな声が聞こえてきた。トリル達は一斉に声のする方へと振り向く。
彼らの眼前に映し出された光景。彼にとっては懐かしい――。
そして他の者にとっては初めて目にする、シンク達が跨っている――鳥。
いや、あれは鳥なのか?
もしくは、鳥なのだろうか?
はたまた、鳥なのかも知れない。
さすがにあれは鳥であるべきだと思う。
鳥と断言しても何不自由なく生活できるだろう。
鳥である為の生活権をきっとこの国は与えているはずだ。
まさに鳥と呼んでも問題が見当たらないほどの鳥だと推測する。
この世に、あれが鳥ではないと反論するものがいるならば――少し、頭冷やそっか?
きっとトリル以外の者達の頭の中では、こんな議論が渦巻いていたのだろう。
つまりは鳥なのだろうと言う結論を抱いてはいるものの、何となく決定ができない状況――
そう、初めて目にするあまり、取り止めもないことを考えていたのかも知れない。
彼女達の表情から、失礼だとは思うが何となく思考を脚色してみたトリルは吹き出し笑いを堪えながら彼女達を眺めていた。
そんな彼女達の視界の先。鳥に跨り、満面の笑みを浮かべながら大きく手を振る1人の男の子を先頭に、微笑みを浮かべる数名の少女達がコチラへと近づいてくるのが見えたのであった。
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