真・恋姫†無双 劉ヨウ伝
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第188話 虎牢関
正宗を盟主とする反董卓連合軍は虎牢関に向け軍を移動した。軍は関より約百二十里(約五十キロメートル)地点で陣を設営した。その後、諸将に正宗から招集がかかり軍議を開かれた。この軍議の場には正宗陣営の諸将だけでなく、他陣営の全諸将が参加していた。
現在、反董卓連合軍は正宗の率いる大軍勢の威勢により、三十万にまで膨れあがっていた。それでも正宗側の陣営の兵数は質量共に圧倒的であるため、正宗軍が主導権を握る状況は揺るぎないものだった。
仮設営した本陣で正宗は諸将達と歓談していた。彼は陣を張る前から、これから攻める虎牢関へ斥候を放ち情報収集をしていた。また、近辺の村にも斥候を放ち食料や金銭を餌に情報を引き出させていた。
正宗は歓談をしながら時折本陣の入り口に目をやり、斥候が帰還するのを今か今かと待っていた。
「正宗様、斥候がただいま戻りました」
軍議の場に宗寿(蔡平)が現れ正宗に対し片膝を着き拱手した。宗寿は荊州のいた頃に比べ所作に無駄が無くなっていた。彼女の先輩である泉の指導の賜物だろう。
「宗寿、虎牢関の様子はどうであった」
正宗は宗寿に鋭い視線を向けた。彼は虎牢関を守る部将に強い興味を抱いていた。虎牢関を突破すれば、洛陽までは障害はない。董卓側が反抗しているなら、堅固な砦である虎牢関で敵を迎え討つことは定石といえた。
「虎牢関は臨戦の構えでございます。関には呂・李・陳の牙門旗が掲げられております。遠眼からで不確かですが虎牢関に詰める兵数は少なくとも数千と思われます」
正宗の問いに宗寿は斥候から受けた報告を行った。正宗は報告を聞き終わると意味深な笑みを浮かべた。彼は虎牢関の主将を呂布と見たのだろう。呂布は守りに徹するタイプの武将ではない。
「正宗様、虎牢関の主将は呂奉先と見てよいかと。守る兵数は五千は超えないでしょう」
揚羽は徐に正宗に言った。彼女の意見に異を唱える者達はいない。皆同意見のようだ。
「呂奉先はどう動く?」
「我が方の軍勢は三十万。対して董仲穎側は禁軍を組み入れても総勢十万程度です。この不利な状況でどれ程禁軍の兵達を繋ぎ止めることはできるか分かりません。その証拠に虎牢関は寡兵しか配していません」
正宗の問いに揚羽は董卓軍の混乱振りを推察し指摘した。
「洛陽は籠城には適していません。虎牢関を抜ければ董仲穎側は終わりです。この戦は結果が見えています。主力である涼州兵を洛陽に配し、呂奉先を虎牢関に送った。これは呂奉先を捨て駒にしたと見ていいと思います」
揚羽が話を終えると朱里が意見を言った。朱里は董卓側が何か企んでいると思っているようだ。
「呂奉先を捨て駒にして何ができるというのだ。単に信用がおけない者を遠ざけただけだろう。軍を引き締める意味でも、不穏分子は遠ざけるに限る」
正宗は朱里の考えを否定した。
「賈文和が呂奉先を正宗様と共に殺そうとしたと聞きました。それが呂奉先を遠ざけた理由と正宗様は見ておいでなのですね」
華琳が正宗の言葉を継いだ。
「確かに、虎牢関は呂布に近しい者達だけが集められている感じですね」
朱里は納得したように頷き、自分の顎に指を当て思案していた。
「堅固で知られる虎牢関といえど、五千程度で我らを阻むことは不可能でしょう。一日で落とすことができると存じます」
桂花が正宗にいますぐ攻めるべきと目で促した。彼女だけでなく、その場の諸将達も同意見のようだ。五千で三十万を阻むなど暴挙としか言いようがない。だが、その優勢な状況にあって、功を焦る外様の諸将達は我こそはと名乗りでる気配がない。皆一様に周囲を窺っていた。主将が呂布であるからかもしれない。呂布は飛将軍と称されるほどの武勇の持ち主である。その武名を恐れているのだろう。
「もし、董仲穎が都を捨てた場合、どこに逃げる可能性がある」
唐突に正宗は先程まで彼に意見していた者達に話を振った。この後に及んで董卓が逃げることは難しい。しかし、正宗はその可能性を無視できないようだった。
「涼州まで逃げることは至難の業でしょう。そうなると長安になると思います。しかし、長安に逃れてもそう簡単ではないでしょう。まず、いかに皇帝陛下を連れ出すかが最大の障害になります。それに我らを追撃をかわしきるには時間があまりありません」
冥琳は正宗の懸念に対して自らの意見を言った。彼女は董卓が逃亡するには時間的制約や諸条件が重なり困難であると考えているようだ。揚羽と朱里と華琳と桂花は同感と頷いていた。
「長安への逃亡は困難と見ていいか。念のために聞くが、長安に兵糧が運び込まれた形跡はあるか。確認が取れていないなら、用心のために人を向かわせて欲しい」
「兵糧が運び込まれた形跡はございません。長安の監視は抜かりなく行っております。この地は我が司馬一族の庭と一緒にございます」
揚羽が即答した。
「すると董仲穎は敢えて守るに不利な洛陽で勝負を決するつもりか」
正宗は感慨深げに独白した。
「不利であろうと子飼いの涼州兵を割く余裕はないということでしょう」
華琳は正宗に助言をした。それを聞き、正宗はしばし黙考した後に口を開いた。彼の瞳は強い意志が籠もっていた。
「虎牢関攻めの先陣を務める者達を決める。我こそはという者はいるか?」
「先陣の役目を私にお任せください」
碧(馬騰)と火蓮(孫堅)が同時に名乗りを上げた。両者は視線を交わす、火蓮が少し苛ついた目つきで碧をねめつけた。対して碧は敵意を示す火蓮に困った表情を浮かべていた。正宗陣営からは名乗る者達がいなかった。これは事前に示し合わせていたためだった。
「私も先陣に加わりたいと思います」
遅れて張遼が名乗りを上げた。今後のことを考えれば、客将である彼女が正宗に心象を良くするために先陣の役目を買うことは彼女の利益になるだろう。虎牢関の主将が過去の同僚であれば尚のことだ。彼女が反董卓連合軍において一番呂布を説得しやすい立場といえた。正宗も張遼が名乗りを上げることは予定通りと見ているのか難色を示すことはなかった。
「恐れながら申し上げます。張中郎将に先陣をお任せになることはお考え直しください」
荀爽は張遼に対して厳しい顔を向け正宗に意見した。張遼は荀爽からの敵意を感じながらも冷静な態度で正宗の言葉を待った。彼女は正宗の意思に従うつもりなのだろう。
「荀侍中、張中郎将を先陣に加えることが不服か?」
正宗は苦笑しながら荀爽にたずねた。彼の態度に荀爽はあまり気持ちいい様子では無かった。
「はい。張中郎将は先頃まで董少府の側近だった者です。呂奉先と呼応して裏切るやもしれません」
荀爽は董卓の現在の官職である司徒でなく、以前の少府と呼称した。これは彼女なりの反発の現れなのだろう。正宗は荀爽の言葉に目を細めた。
「この状況で張中郎将が裏切ったとしても体勢は変わらない。張中郎将が私を裏切るような人物であれば、彼女が私に投降した時に斬っている。私怨で張中郎将を侮辱することは私が許さない」
正宗は厳しい声で荀爽に忠告した。だが、荀爽は張遼を睨みつけた。
「董仲穎は多くの百官を粛正したのです! これは私怨ではございません。公憤にございます」
荀爽はなおも正宗に食ってかかった。彼女は粛正の現場に居合わせ、それを直に経験しただけに董卓への恨みが募っているようだった。元董卓家臣である張遼への疑心の強さはこの場にいる諸将達の中で一番であろう。
「では聞こう。百官の粛正に張中郎将が関わっていたのか?」
「それは」
荀爽は言葉に詰まった。
「この目で見た訳ではありません。ですが、張中郎将は董少府の腹心である賈尚書令とよく行動をしておりました」
荀爽は尻すぼみに先程までの威勢を無くした。賈詡と張遼がよく一緒にいるところを見たから粛正に関わったかもしれないというのは暴論と言えた。苦し紛れの詭弁であることを荀爽自身も自覚しているようだ。
「張中郎将は董仲穎を見限り私の元に身を寄せたのだ。そうであるな張中郎将?」
「その通りです」
張遼は正宗の助け船を受け直ぐさま答えた。
「荀侍中、太学出身のそなたが思い込みで判断を乱すことがあって良いのか? 一緒にいたら粛正に関わったとは、些か乱暴が過ぎると思うのだが」
正宗の言葉に荀爽は言葉に窮した。荀爽は太学出身である。清流派の支持母体である太学派。彼らは都に三万人ほどおり、地方豪族の紐付きであるため、書生とはいえ一定の勢力を形成する存在である。また、彼らは国を支えているという強い自負心もあるため、正宗が彼女を狭量と指摘したことで矜持を傷つけられたようだ。
荀爽は根は真面目な性格であるため、非は自分にあることを重々自覚していた。しかし、それを感情的に納得できるものでなかった。董卓の兵達に彼女の同僚達が殺されたことはそれだけ彼女のとって許しがたい暴挙なのだ。
「劉車騎将軍、申し訳ございませんでした。都にていろいろあり冷静さを欠いておりました。張中郎将、非礼をお許しください」
荀爽は矛を収めて素直に張遼に謝罪した。彼女は自分の矜持を守ることを選んだ。
「いいえ、気にせんでください。全然気にしていません」
張遼は荀爽に不快感を現すことなく、逆にことが丸く収まり安堵している様子だった。彼女にしてみれば、揉めて先陣に加われない方が困るのだろう。
「話が少し逸れてしまった。名乗りを上げた三人に先陣の任を申しつける。張中郎将、冀州軍より兵五千を預ける。孫豫州刺使、馬寿成にも兵二千ずつを預ける。戦果を期待しているぞ」
正宗は三人に順に視線を向けた。馬騰、孫堅、張遼は正宗に対して「謹んで承りました」と頭を下げ拱手した。虎牢関攻めの先陣役の割り振りが済むと諸将達は散会した。
正宗軍は陣を引き払い虎牢関に軍を進めた。
正宗軍が虎牢関に迫る。その光景を虎牢関から眺める者達がいた。呂布と李粛と陳宮である。呂布と李粛は落ち着き払っていたが、陳宮は傍目からも落ち着きがなかった。蟻の隙間もないほどに兵士達が密集して虎牢関に迫っている。その光景は虎牢関にいる兵士達にいい知れない圧迫感を与えていた。
「あれは何なのですか!?」
陳宮は引きった青い顔で狼狽えた声で呂布と李粛に言った。
「うぉ! 沢山の兵隊すっね」
李粛はのほほんと目の上に手を当て、遠くを眺める様な仕草で反董卓連合軍の威容を凝視していた。
「何を呑気言っているのですか? 有り得ないです。あんな大軍をどうやって迎え討てというんですか! 恋殿! 詠殿は私達を始末する気です」
陳宮は落ち着きなく呂布に迫った。彼女は虎牢関を放棄して立ち去りたい様子だった。彼女にとって呂布が一番大事であり、その呂布に危害を加えた賈詡を容認する董卓軍はもはや義理立てする存在ではないのだろう。
「そうは言ってもすっね。一戦もしないで逃げるのも情けなくないすか」
李粛はつまらなそうな顔で陳宮を見ていた。
「咲殿! あなたは馬鹿ですか! 阿呆ですか! 五千足らずでどうやってアレと戦えと言うんですか!」
「音々音、そろそろ出る。皆に準備するように言う」
喚き散らす陳宮を余所に呂布は落ち着いた様子で陳宮に声をかけた。陳宮は呂布の指示に一瞬動きを止めた。
「本気なのですか!?」
「くぅ――――! 腕が鳴るっす」
李粛は腕をぐるぐると回しながら気合いの入った声をあげた。それを余所に陳宮は呂布に近づき必死に宥めようとした。
「このまま城にいても皆死んじゃう。だからここから出て敵を突っ切ってそのまま離脱する。でも、その前に車騎将軍に会いに行く」
恋は何でもなさそうに陳宮に言った。陳宮は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をし制止していた直ぐに覚醒した。
「なんですと―――! 車騎将軍のところまで行くなど無理です」
陳宮は反董卓連合軍の軍勢をびしっと指さした。
「恋殿、あれをご覧ください。あの兵達を掻き分けて車騎将軍の元に辿りつくことができても、万が一に車騎将軍と交渉決裂したら私達は完全に終わりですぞ。一旦離脱してから車騎将軍に接触すればよいではないですか」
なおも陳宮は呂布を止めようとするが、呂布はかぶりを振った。そして、彼女は陳宮を無視し階段を降りていく。その後ろ姿をしばらく見ていた陳宮は意を決したように、呂布の後を追いかけた。その様子を咲は笑みを浮かべ眺めていたが、視線を迫る軍勢に向けその光景を凝視した。
「恋なら突破はできるすっよ。恋の言う通りに車騎将軍が出て切れくれればいいんすけどね。そうしないとアタイらも流石に今回はやばいすっ。でも恋と一緒なら何処までも着いていくっす!」
李粛は言葉と裏腹に楽しそうに呂布の後を追った。彼女の言葉を聞く者達は誰もいなかった。元々、呂布達は虎牢関に籠もるつもりは無かったのだろう。確かに援軍の望みもない状態において寡兵で大軍相手に篭城をすること自殺行為だ。
呂布達は虎牢関が迫る前に自分達から門を開き、颯爽と門外に出撃した。呂布に付き従う者達は全員騎乗していた。機動力重視の騎兵のみで構成した陣容からも籠城するつもりなど無かったことが窺いしれた。陳宮は呂布の後ろに座り彼女の腹に手を回していた。そして、呂布に従う騎兵達の表情から恐れは微塵も感じられなかった。呂布への絶対の信頼が窺いしれた。
呂布は彼らを掻き分け最前に出ると、呂布軍の兵士達の方を振り向いた。
「皆、行く!」
呂布の言葉に騎兵達は抜刀し声を高らかに上げ、自らを鼓舞した。死地であっても皆清々しい表情をしていた。
「皆、いくっす―――!」
李粛が元気良く槍を突き上げ雄叫びを下げた。すると呂布は馬を勢いよく駆けさせた。彼女を先頭に呂布軍五千が反董卓連合軍に突撃した。
反董卓連合軍は呂布軍の突然の行動に動きが鈍る。彼らは真逆呂布が野戦を仕掛けて来るとは夢にも思わなかったのだろう。
最前に位置する馬騰軍、孫堅軍は慌てて臨戦の態勢を整えだす。しかし、動揺しているためか動きにむらがあった。大して、張遼軍は呂布軍の行動を察していたかのように既に臨戦の構えだった。
この状況で呂布軍は綻びである馬騰軍、孫堅軍を獲物と捉えた。呂布は方天画戟を振り回し敵兵を蹴散らしてながら突撃をする。その後ろは怒声をあげる騎兵達が続いた。彼らは大軍に周囲を囲まれる中で恐怖を感じている様子はなかった。ただ、主君である呂布の背中を勇猛果敢に追う。その動きは一つの生き物のようだった。
呂布はあっという間に馬騰軍、孫堅軍の兵士達を蹴散らし中軍に迫った。呂布の表情に緊張が走った。何故なら正宗が威風堂々と騎乗して控えていたからだ。彼の周囲には泉、星、愛沙が、そして背後には正宗軍が臨戦の構えで待ち構えていた。
「中々の馳走だ。呂奉先、礼を言わせてもらうぞ!」
正宗は掛け声をあげ馬を走らせ呂布に迫った。
「皆、呂布軍に手出し無用である! 一騎打ちにて勝敗を決める」
正宗は甲高い声を上げ周囲の兵士達に命令した。兵士達は戸惑うが、正宗の命令に従い動きを止めた。それに遅れて呂布軍の騎兵達も必死に突撃の速度を落とし動きを止め呂布を見守った。
「呂奉先、会えると信じていたぞ」
正宗は笑みを浮かべ双天戟で、呂布が振り下ろす方天画戟の一撃を受け動きを止めた。
「約束覚えてる?」
呂布は正宗に無表情で聞いた。
「覚えている。そのためにこれだけの大軍を率いてきた。この軍は私の配下だ。外様は後ろで見物に興じていることだろう」
「ここいる皆を助けてくれるなら投降する」
「容易いことだ。呂布軍の実力しかと見せてもらった。お前とその配下達の罪は問わん。厚遇すること約束する」
正宗は呂布に対して自信に満ちた表情で答えた。
「月は?」
正宗は呂布の言葉に神妙な表情に変わった。彼は何も答えず呂布の目を見て強く頷いた。
「この私に全て任せろ。洛陽には私の配下を既に潜り込ませいる」
正宗が呂布に答えると、呂布は初めて笑みを浮かべた。彼女は心底喜んでいる様子だった。
「ありがとう」
呂布は正宗に短く感謝の言葉をつげた。正宗は双天戟を下ろし左手で持ち直すと、呂布に手を差し出した。呂布は正宗の行動を不思議そうに見ていた。
「呂奉先、これはお前への信頼の証だ。お前の勇気と優しさに敬意を示す。お前を友と呼ばせて欲しい。私の真名は『正宗』だ」
「恋」
呂布は見よう見まねで正宗と同じく右手を出し、自らの真名を口にした。正宗は笑顔で彼女の右手を取った。
「恋、これからよろしく頼む」
「分かった」
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