幽雅に舞え!
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付和雷同
謎の博士とのバトルでの敗北からもっと強くなる決意したサファイアはコトキタウンからトウカシティ、続いて海岸線までの道のりを、出来るだけトレーナーとバトルしながら進む。トウカシティにはジムリーダーがいるのだが、今は休業中らしかった。サファイアとしては初のジム戦に望めないのは残念だったが、仕方ないだろうとルビーに諭されて納得した。
「――これでフィニッシュです、だまし討ち!」
今もサファイアのカゲボウズが、影分身で姿を見失わせたところを背後からのだまし討ちで決めたところだった。それをルビーは退屈そうに眺めている。サファイアがバトルをしている間、ルビーはいつも日傘をくるくる回したりして暇を持て余していた。初めてであった時の一戦以来、サファイアはルビーのポケモンバトルを見ていない。
対戦相手との握手を交わした後、サファイアはルビーにこう切り出した。
「なあ、ルビーはポケモンバトルしないのか?お前だって、ポケモントレーナーとして旅に出たんだろ」
「……」
「おい!」
完全スルーされたのでちょっとむっとして呼びかけると、ルビーは上の空だったらしくはっとしてサファイアの方を向いた。
「ああ、悪かったね。ボクがバトルしない理由かい?まあ大したことじゃないさ。単に面倒なんだよ。手間だと言ったほうが正確かな。だからやらない」
ボクのポケモンは攻撃技をほとんど覚えていないからね、雑魚相手にいちいちそんな戦い方をしていたら疲れるだろ?と付け足したが、サファイアは頷けない。
「なっ……じゃあお前は何のために旅に出たんだよ!それくらい教えてくれたっていいだろ!」
「別にいいじゃないか。ボクが戦わない分、君が他のトレーナーと戦うことが出来て強くなれる。ボクは楽が出来る。ギブ&テイクというやつだよ。それとも――君はボクが旅をする理由がわからないと困ることでもあるのかい?」
「ニートかよ!いや……ないけどさ、気になるだろ?」
「やれやれ、君には自分というものがないのかい?君のポケモンバトルもそうだけど……まるで、アレみたいだね」
そう言ってサファイアがそれにつられて上を見上げると、何やら紫色の風船のようなものの大群が飛んでいた。大きいのもあれば、小さいのもある。サファイアにはわけがわからない。
「あれがどうしたんだよ?……っていうか、なんだあれ。誰かがまとめて飛ばしたのか?」
「知らないのかい。まあ、この地方じゃ珍しいか……あれはフワライドっていうポケモンの群れさ。フワンテも混じってるね」
「それがどうして、俺に関係あるんだよ」
そう聞くとルビーは人差し指を立てて講釈を始める、何故か得意げに胸を張って。
「フワライドというポケモンの名前は、付和雷同という言葉がモチーフになっているんだ。君はどうせ知らないだろうから教えてあげると、付和雷同っていうのは主体性がなく、他人の言動に左右されること。
君のポケモンバトルはチャンピオンの真似ばかりで君らしさ、君のポケモンらしさがないんだよ。まあ君はチャンピオンに憧れているからだ、そう言うんだろうけどね」
「……別に、俺が自分で憧れてやってるんだ。だったら俺らしいって言ってもいいんじゃないのか?」
「ま、サファイア君がそう思うのを止めはしないさ」
ルビーはそこで話を打ち切って、すたすたと歩き始めてしまう。相変わらずルビーの行動はよくわからないままだ。聞く前よりもむしろ疑問が増えて、もやもやした気分でついていく。
(俺のポケモンバトル、か……考えたこともなかったけど、でも俺のあこがれはシリアだ。俺もああなりたい。それでいいじゃないか)
今は気にせず、彼を目指して歩き続けよう。そう考えた。その一方で、サファイアの前を歩くルビーはこんなことを考えていた。
(……それにしても、なぜフワライドの群れがここに?普通なら考えにくい……何せシンオウ地方のポケモンだ。ただ流れてくるには、遠すぎる)
考えてみるが、答えは出ない。二人はトウカの森へと入っていく。
フワライドの群れは、キンセツシティを目指していた。
トウカの森は、ケムッソやその繭の多い鬱蒼とした場所だ。度々出くわすそれらをナイトヘッドで追い払いながら先へ進む。すると、双子と思わしきそっくりな幼い少女二人に出くわす。
「そこのお兄さんとお姉さーん」
「リリスたちとポケモンバトルするですよー!」
相手が二人、こっちも二人ということで、少女達は明るくダブルバトルを申し込んでくる。サファイアとしては勿論OKといいたいところだが、ルビーは露骨に面倒くさそうな顔をした。いつも退屈そうだしサファイアが迂闊なことをいうと呆れた顔をすることも多いルビーだが、こうまではっきりと感情を示すのは珍しかった。
「嫌だね。バトルがしたいならそこの彼とやってくれたまえ」
「おい、ルビー……子供相手にその反応はないだろ」
「……ボクはこういう子どもは嫌いなんだよ。元気だけ良くて、人の言うことを聞かないから」
さすがに初対面の相手に面と向かって嫌いというのは憚られたのだろう、サファイアに耳打ちするルビー。
「お姉さんはポケモントレーナーじゃないんですか?」
「お腰につけたモンスターボールが見えてるですよー。ならバトルですよー!いくです、プラスル!」
「あっ、私も……出てきて、マイナン」
双子がそれぞれのポケモンを出す。ルビーの言う通り、元気さのあまり人の話はあまり聞けないらしい。それ見たことか、と言いたげにルビーは顔をしかめた。
サファイアはポケモンバトルはしたいし、ここで無碍にするのはさすがに可愛そうではないかということでルビーに頼み込む。
「な、じゃあ戦うのは俺がやるからさ。後ろでサポートしてくれるだけでもいいから。それならいいだろ?」
「やれやれ……じゃあ本当に数合わせだよ。ロコン、出てきて」
「よしっ、そうこなくっちゃ。いけっ、カゲボウズ!」
仕方ないとばかりにルビーはモンスターボールからロコンを繰り出す。サファイアはいつものカゲボウズだ。初めてのダブルバトルの二人の初手は――
「カゲボウズ、影分身!」
「ロコン、影分身」
ロコンとカゲボウズの影が増えて、相手をかく乱していく。全く同じ技だが、二人の戦術の意図するところは違う。サファイアは攻撃への布石のために、ルビーは己のポケモンを守るために。
「ポケモンがいっぱいですよー!プラスル、スパーク!」
「マイナン、でんげきは!」
双子は構わず元気に攻撃を仕掛けてくる。プラスルのスパークは本体とは明後日の方向の分身に突撃して木に激突したが、マイナンの電撃波は正確にカゲボウズに向かってくる。あの博士の時と同じ、必中の技。
「カゲボウズ、新技行くぞ!祟り目だ!!」
カゲボウズの眼前から目のような形の影が顕れ、そこから闇のエネルギーが放たれる。電撃と闇がぶつかり合い、小さな爆発が起こって相殺された。
「どうだ!これが修業の成果だぜ!」
祟り目はこれまでのバトルで会得した新しい技だ。今までナイトヘッド以外は直接攻撃しか覚えていなかったカゲボウズとサファイアにとっては貴重な特殊技である。これで必中技に対しても相殺という手段が取れるようになった。
「そしてナイトヘッドだ!」
「~~!?」
カゲボウズが巨大な影を出してマイナンを怯えさせる。相手のマイナン自体臆病な性格なのか、効果はてきめんだった。後ろを向いて逃げ出そうとする。一気に戦闘不能に追い込めるかと思ったが。
「プラスル、てだすけですよー!」
木にぶつかってふらふらしていたはずのプラスルがすかさずマイナンの横に並び、頬の電気をパチパチと通わせる。するとマイナンは戦う気力を取り戻したようで、再び前に向き直った。
「これがリリスたちのコンビネーションです!プラスル、もう一度てだすけですよー!」
「マイナン、でんげきは!」
「だったらこっちも祟り目だ!」
もう一度闇のエネルギーで電撃を打ち消そうとする。が……プラスルとマイナンの特性はお互いを強化し合うプラスとマイナス、おまけに手助けによって電撃の威力は大きく膨らんでいた。エネルギーを放つ目のような模様を押し切り、電撃波がカゲボウズに届く。
「くっ……打ち消しきれない!」
「ふふふふー。ダブルバトルは何と言ってもコンビネーションですよー!お兄さんはなかなか強いみたいですけど、2対1なら負けないですよー!」
「そっちのお姉さん、ほんとに何もしてないもんね……」
確かに双子の言う通り、ルビーはロコンに影分身を命じているのみで、バトルに加わろうとしていない。このままでは劣勢だ。
「ルビー!」
「数合わせって言っただろう?……まあでも、少しはボクも「手助け」してあげようかな」
サファイアが呼びかけると、ようやくその気になったのか、ルビーはロコンに命じる。
「ロコン、鬼火!」
ロコンの口から炎がゆっくりと、しかし狙いをつけて飛んで行きマイナンに火傷を負わせる。そして……
「それじゃあボクの仕事はしたから、後は頼んだよ」
「これだけかよ!ああもう、お前に頼んだ俺が馬鹿だった!気合入れていくぞ、カゲボウズ!」
「やっぱりこれじゃ2対1ですよー。プラスル、てだすけですよー!」
「マイナン、でんげきは!」
3度目の電撃波。やはり威力は増しており祟り目でも打ち消しきれない――そう思った。その時、ルビーがサファイアに耳打ちする。
「あ~わかったよやってやる!カゲボウズ、祟り目だ!」
内容は、もう一度祟り目を使え。自棄になって命じると、カゲボウズの前にさっきまでの二倍ほどの大きさの目の模様が出現し、巨大な闇の力がそこからあふれ出た。さっきは打ち消せなかった電撃をむしろ飲み込み、プラスルとマイナン、二体まとめて吹き飛ばす。
「え……?」
「ええええ!?どういうことですよー!?」
「そ、そんな……」
プラスルとマイナンと一気に戦闘不能にしたが、技を売ったサファイアにもどうしてそうなったのかわからなかった。カゲボウズが思いっきり撃ったからか?とも思うが、そうは見えない。
「やれやれ、知らないのかい?祟り目には状態異常のポケモンを相手に撃ったとき、威力が大きく上がる効果がある。すなわちボクのロコンが鬼火を撃った時点で君のアシストをしていたというわけさ――どうだ、見直したかい?」
ふふん、とルビーがドヤ顔をする。これもまた珍しい態度だ。
「わかった。見直したよ。なあ、ルビー……やっぱりお前、ポケモンバトルが好きなんじゃないのか?」
「……そんなことはないさ。さあ先に進もう」
そう言うルビーの表情はやはり年相応の少女のような笑顔を湛えていて。ずっとこういう表情だったら可愛い奴なんだけどな、とサファイアは思いつつ先に進むのだった。
双子とのバトルを終え、再びトウカの森を歩く。バトルに勝利したサファイアの足取りは軽く、ルビーはまたいつもの退屈そうな表情に戻ってしまったものの、機嫌は悪くないのか愛用の傘をくるくると回している。
「ん……あれ、さっきの?」
すると上から、さっき空を飛んでいたポケモンのうち一匹がふらふらとこちらに降りてくる。
「どうやらフワンテの方みたいだね。彼らが群れから離れるなんて珍しい……」
ルビーも興味を示したのか、近づいてきたフワンテの方を見る。フワンテはサファイアたちに何をか訴えかけるように体を膨らませて鳴いた。
「ぷわわ~!」
「いったいどうしたんだ……カゲボウズ、わかるか?」
相棒のカゲボウズにフワンテの感情をキャッチさせる。ピンとたった角に集まったのは黒色に青が混ざったような感情のエネルギー――すなわち、焦りや不安といったものをこのフワンテは抱いていることがわかった。カゲボウズの感情の読み取り方はルビーも知っているようで、少し面白そうに
「へえ、フワンテが群れになることに不安や焦りを覚えるなんて……うん、興味深いな。君、良かったらボクと一緒に来ないかい?」
ルビーはフワンテに手を差し伸べる。それを見たフワンテはサファイアとルビーを交互に見比べて少し迷った後、サファイアの方に近づいた。自分の体の紐のような部分をサファイアの指に巻き付け、すり寄る。
「えっ、俺の方がいいのか?」
「ぷわ~」
どうやら気に入られた――もしくは頼られたらしい。それを見てルビーはやれやれと嘆息して。
「どうやらフラれてしまったみたいだね。せっかくだから捕まえてあげたらどうかな?フワンテ自身が君のところに行きたがっているようだしね。本来ならこんなことめったにないんだよ」
「そうなのか……うーん、初めてのポケモンゲットがこんな形になるなんてな」
少し迷うサファイア。だが答え自体は最初から出ている。ゴーストタイプのポケモンと共にチャンピオンを目指す。それがサファイアの今の目標なのだから。
「よし、決めた!フワンテ、これからよろしくな!」
腰のモンスターボールを持ち、こつんとフワンテに当てる。フワンテの体がモンスターボールに収まり、何の抵抗もなくカチッという音がして捕まえるのに成功したことが伝わってくる。
「フワンテ、ゲットだぜ!」
ポケモンの世界では言わずと知れた名台詞を、モンスターボールを空に掲げて言う。
「へへ……それにしてもルビーはこれでよかったのか?珍しく興味を示してたみたいだけど」
そう聞くとルビーは肩をすくめて。
「ボクだって礼儀はわきまえているということさ。ポケモン自身が君の元に行きたがったんだ。それを邪魔するほど無粋な性格はしていないよ、それに――」
続きを言いかけたルビーがはっとまた空を見上げる。カゲボウズも角で感情をキャッチして上を見上げた。サファイアが釣られて上を見ると……そこには、フワンテより何倍も大きい紫色の気球の様なポケモン、フワライドが空から近づいてきていた。それも、カゲボウズの感情がキャッチしているのはほとんど赤に近い色。つまり強い怒り、敵意をもって近づいてきていることがわかる。
「今度はなんだ……!?」
警戒するサファイアにルビーはやれやれと頭を振って呆れたように言う。
「なんだも何も、群れに連れ戻しに来たに決まってるじゃないか。大方そのフワンテの親なんだろうね。どうする?向こうはやる気みたいだけど」
「そんなの決まってる。フワンテは群れに戻りたくないんだろ?」
ボールの中のフワンテがコクコクと頷く。それでサファイアの心は決まった。
「だったら戻させるわけにはいかないな。フワンテを親と戦わせるわけにはいかないし……頼むぞ、カゲボウズ!」
「まあ君ならそう言うと思ったよ。ボクとしてもそのフワンテには興味があるし、手を貸すさ。行くよ、ヨマワル」
サファイアとルビーがそれぞれの手持ちのポケモンを出す。それと同時、フワライドはシャドーボールを放ってくる。カゲボウズの祟り目よりも数段巨大な闇の塊がカゲボウズを狙う。
「ヨマワル、守る」
「えっ!?」
サファイアが驚く目の前でルビーのヨマワルがカゲボウズの前に割り込み、緑色のバリアーを作る。それにシャドーボールがぶつかり、バリアーと共に霧散した。
「あんな大きい攻撃を防いだ……」
「とはいえ、まもるは連続で使える技じゃあない。ほらぼさっとしてないで、さっきのいくよ。ヨマワル、鬼火!」
「あ、ああわかった。カゲボウズ、祟り目!」
ヨマワルが鬼火で火傷を負わせ、カゲボウズが状態異常になっている敵に対して大きなダメージを与える祟り目を打つ。双子との戦いで見出した二人のコンビネーション攻撃だ。先ほどのシャドーボールほどではないものの大きな闇のエネルギーがフワライドに向かって放たれ――
「よしっ、決まったぜ!」
命中し、フワライドがわずかにのけぞる。もくもくと湧いた煙の中で、フワライドは……倒れず、相変わらず強い怒りを持ってそこにいた。
「効いてない!?」
「フワライドは体力が高いポケモンだから一撃では倒れないだろうとは思っていたけど、ここまでとはね……多分、体力の半分も削れてないよ」
フワライドは再び巨大なシャドーボールを放ってくる。今度はヨマワルに向けて。ヨマワルは機敏な方ではない。まもるは間に合わないとサファイアは判断し、今度はサファイアがフォローに回る。
「カゲボウズ、祟り目だ!」
シャドーボールと祟り目がぶつかり合う。結果は――状態異常で威力を増しているにもかかわらず、祟り目の方が押し負けた。ヨマワルが弱点のゴースト技を受けて辛そうに鳴く。
「レベルの差がありすぎるね。体力も威力も格段にあちらの方が上か……仕方ない」
ルビーが何かを決意したような、諦めたような声で呟く。
「何言ってるんだよ、まだ方法はあるさ。影分身で相手の攻撃をかわして何度も祟り目を叩き込んでやればそのうち倒れるだろ?」
「それも悪くないけれど、影分身による回避は確実じゃあない。まして攻撃をしながらじゃね。それよりは……ヨマワル」
三度フワライドがシャドーボールを打とうとしているところに、ルビーはたった一言ヨマワルに命じる。聞いたサファイアが少し怖くなるくらいのぞっとする声だった。
「呪」
ヨマワルとフワライドの体の前に、黒い五寸釘のようなものが出現して、お互いの体を打ち付ける。両方の苦しそうな声が響いた。そんな中で放たれたシャドーボールがヨマワルの体を捉え……ヨマワルが瀕死になる。
「……ごめんよ、ヨマワル」
普段のルビーからは想像もできない、悲しそうな声。それは自分で自分のポケモンを傷つけることをしたことが原因なのだろう。サファイアもさすがにそれは察して、どうしてこんなことを、とは聞かなかった。ルビーは軽い気持ちでやったわけではないのだから。
「出ておいでロコン、影分身」
「カゲボウズ、影分身だ!」
ゴーストタイプのポケモンによる呪いの効果は、サファイアも知っている。自分の体力と引き換えに、相手の体力に依存するが大きなダメージを与え続ける技だ。フワライドの体力が高ければ高いほど、フワライドは苦しむことになる。後は呪いがフワライドを瀕死にするのを待つだけでいい――それがルビーの作戦だ。
「--ラァーー!!」
フワライドが苦しそうにもがく。この効果から逃れるには、一旦引っ込むか瀕死になるかしかない。二人で回避に徹して倒れるのを待っていると……フワライドの体が、膨らみ始めた。ルビーがすぐさま反応する。
「……まずいね。自爆か、大爆発するつもりだ。どうやらボク達ごと巻き込むつもりみたいだよ。よっぽど怒ってるんだね」
「なっ……それじゃあ、早く逃げるぞ!」
ルビーが頷いて、二人そろってフワライドから離れるように走り出す。……が、ルビーの動きは遅い。日傘をさしたままだからだ。
「それ閉じろよ!今は傘なんかさしてる場合じゃないだろ!」
「いや、それはできないんだ。ボクは……日光が苦手でね。この件は君のせいじゃない。別にボクは置いていって全力で逃げても恨まないよ?」
声と状況からしてからかわれているわけではないだろう。だがそれはどういう意味だろうか。今は考えている余裕がない。
「……そんなことできるわけないだろ!ああもう、じゃあちょっとじっとしてろ!」
「いや、ボクだってできれば逃げたいんだけど……えっ、サファイア君?」
サファイアはルビーをお姫様抱っこの要領で持ち上げ、再び全力で走り出す。さっきよりだいぶ速度は落ちるが、ルビーを置いていくより何倍もましだった。
「あはは、まったく君は初めて会った時から相変わらず……」
サファイアの腕の中で傘を差すルビーの声に返事をする余裕もない。走って走って――後方で、凄まじい爆発音がした。巻き込まれていたらひとたまりもなかっただろう。爆風のあおりがここまで届いてくる。
フワライドが追ってこないのを見て、サファイアはルビーを降ろした。
「はあはあ……さすがに、疲れたな。ちょっと、休ませてくれ」
「重かった、と言わないあたりは評価してあげるよ。じゃあしばらく休んで……先に進もうか」
トウカの森の中で二人はしばらく休憩を取り、再び次の町へと歩き出したのだった。
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