幽雅に舞え!
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謎の博士、ティヴィル
101番道路からコトキタウンに着くまで、サファイアは一緒に旅をすることになったルビーに色々なことを聞いてみた。自分とルビーはどこで出会ったのか。ルビーはどこの出身なのか。どうしてそのポケモンと旅をすることに決めたのか……それらの質問への答えは、どれも同じだった。
「君がボクのことを思い出したら教えてあげるよ。尤も、その時には教える必要はなくなるだろうけどね」
なんだよそれ、とサファイアは思う。自分に思い出してほしいのならヒントくらい出してくれたっていいんじゃないだろうか。そう言ったが。
「別にそこまで思いだしてほしいわけでもないしね。あくまで君とこうしているのはボディーガード役が欲しいからだということを忘れないように」
あっけらかんと言われてしまっては、これ以上追及のしようもなかった。そんな会話をしている間に、コトキタウンにたどり着く。親と一緒に何度か来たことはあるけれど、今となりにいるのは親ではなくよくわからない女の子一人だ。ましてボディーガード役、なんて言われれば周りを少し注意深くも見てしまうものだ。
「そんなに気を張ってると疲れるよ?別に四六時中見張りをしていろというつもりはないさ。もし何かあったときだけ対処してくれればそれでいいから。さっきみたいにね」
「いちいちうるさいな!……まあいいや、とにかくポケモンセンターに行こうぜ。ルビーのヨマワルだって疲れてるだろ?防御力があるとはいえ、ずっと攻撃をしのいでたんだし」
「うん、それもそうだ。じゃあ行こうか」
すたすたと勝手にポケモンセンターへと歩いていってしまう。向こうから頼ってきた癖に、こっちに感謝する気はあまりないらしかった。
「なんなんだよ、もう……」
旅が始まってからハプニングの連続だ。おまけにこの少女とずっと一緒に旅をするとなると、少し安請け合いだったかな、と後悔する。そしていつものように、その後悔の気持ちはカゲボウズが食べてしまった。
「わかったよ、一度約束したことだもんな。じゃあまずはお前を元気にしてやるか」
相棒のカゲボウズに笑顔を浮かべ、サファイアもポケモンセンターに入る。もうルビーは自分のポケモンを回復させたらしい。ソファに腰掛けようとしていた。ヨマワルが周りを元気そうに漂っている。それにつられてルビーがほんの少しだけ笑うのが見えた。その笑顔は、年相応の少女らしさがある。
……可愛いと思ってしまった気持ちは、頭を振って脳の片隅においやることにした。
(変わったやつだけど……自分のポケモンとは、俺とカゲボウズみたいに信頼し合ってるんだな)
そう思うことにして、受付に行ってカゲボウズを回復してもらう。すっかり元気になったカゲボウズの姿を見ると、こころなしか安心して……お腹がすいてくる。そういえばミシロタウンを出てから何も食べていなかった。
「なあ、そろそろ飯にしないか?」
「そうだね。いい時間だし食事にしようか」
そう言って二人はソファに座る。マナーにうるさい人間が見れば、もっとちゃんとしたところで食事をとりなさいなどといいそうだが、サファイアは普通の少年だ。隣に座って、弁当を開ける。その中身は、サファイアの好物だらけだった。小さなタッパーに入った麻婆豆腐に、ハンバーグ。
これでしばらく母さんのご飯は食べられないんだな――そんな気持ちとともにご飯を食べる。ルビーの方をちらりと見ると、ルビーはみたらし団子やチョコレートを取り出し、その小さな口でちまちまと食べ始めた。
「甘いものが好きなのか?」
「うん、そうだよ。……それがどうかしたのかい?」
「いや、ちょっと俺も欲しいなと思ってさ。ハンバーグ一個やるから団子一個くれないか?」
何気ない、これから一緒に旅をするのだから仲良くしようと思っての提案だった。だがルビーは、少し申し訳なさそうに目を反らす。
「んー……せっかくだけど、遠慮するよ。ボクは甘いもの以外は苦手なんだ」
「苦手って……じゃあつまり、これからもずっと甘いものばっか食べて旅するつもりなのか?」
「そうだね。それが何か問題あるかい?」
「おおありだよ!いくらなんでも栄養が偏るっていうか、明らかに健康に悪いだろ!」
平然と言うルビーにサファイアが大声で怒鳴る。旅に出る前は家族に随分食事については気を配るように言われたのもあって、一緒に旅する仲間がそんな風なのを見逃してはいけないと思ったからだ。
「そう言われてもボクは今までずっとこういう食生活を送ってたんだけどね……」
「だったらなおさらだろ。ほら、俺の弁当半分やる。母さんの麻婆豆腐美味いんだぞ」
ルビーを見据え、弁当箱を差し出すサファイア。ルビーはそれを嫌そうに見たが、サファイアの瞳が絶対に譲らないと思っているのがはっきりわかったので、折れて肩をすくめた。弁当箱を受け取り、恐る恐ると言った体で食べるルビー。麻婆豆腐を一口食べた彼女は――思いっきりむせ込んだ。
「うわっ、大丈夫か!?」
「……辛い。よくこんなの食べられるね……」
「母さんの料理をこんなのって言うな。まあずっとそうだったなら仕方ないと思うけど、少しずつ慣れてこうぜ。……でないと、ほんとに体に悪いぞ」
少しだけ言いすぎたかなとばつが悪そうに、それでもしっかりというサファイア。
「……ありがとう。心配してくれてるのはよくわかったよ」
「とにかく、これから一日一回でもいいからちゃんとした食事をとろう、な?」
「わかったよ。さすがにここまで言われたら仕方ない……ね。……じゃあ、これはあげるよ。食べきれないからね」
「わかった、ありがとう」
みたらし団子のパックを受け取るサファイア。こうして二人の初めての食事は、二人が旅するうえでのルールを決める第一歩になったのだった。
そんなこんなでポケモンセンターから出る。すると耳をつんざくような笑い声が聞こえた。それと覆面男達が目に入ったので、咄嗟にルビーを手で制する。傘を差そうとしていたルビーはすぐに意図を理解して止まった。
「ハァーハッハッハッハ!!よぉーくぞ見つけましたミッツ1号!キモリ、ミズゴロウ、アチャモ……まさか本当に一人が所有していたとは意外でしたねえ。2号と3号は迷惑をかけた二人を見たら謝るんですよぉー?」
「当然でございます。一番の弟子ですから」
「「了解でございます……」」
ポケモンセンターの影から見てみると、覆面男達に指示を出しているのはがりがりにやせたいかにも研究者然として、だぼだぼの白衣を着た眼鏡の男。どういう理屈か浮遊している豪奢な椅子に座って空に浮いている。それを覆面男たちが見上げている格好だ。
「そぉーれでは、1号2号3号。持ち主がはっきりしたところで、今度は3人がかりで奪いにいきなさい。それで失敗したら……おぉーしおきだべ~ですよぉー?」
「「「りょ、了解でございます、ティヴィル様!!」」」
どうやら覆面男たちにとって白衣の男のお仕置きは脅威であるらしい……だがそれよりも、サファイアには聞き逃せない言葉があった。
(一人相手に3人がかりで、ポケモンを奪う……本気で言ってるのか?)
(……ちょっと。あの4人に突っかかる気じゃないだろうね。まあ勝手だけど、それにボクを巻き込まないで送れよ。ボディーガードのせいで火傷を負うなんてシャレにもならない)
「お前は何も思わないのかよ……なら、俺一人で行く」
「……終わったらちゃんと戻ってきておくれよ」
わかってる、と言ってサファイアは4人の前に躍り出る。そして空に浮いている博士に言った。
「おいあんたら……さっきから聞いてれば、また人のポケモンを奪おうとする気か?人のポケモンを取ったら泥棒って知らないのかよ!!」
突然の乱入者に、眼鏡の男はぎょろりとサファイアに目を向けて。首を傾げる。青い覆面――ミッツ3号の男はあっと反応する。
「んんー、誰ですか?ミッツ3号?」
「はっ、この少年は私が誤ってバトルを仕掛けてしまった相手であります。ティヴィル様。
少年!あの件については私が悪かったからもう我々にかかわるのはやめるべきだ!」
3号はそういうが、勿論それでサファイアの気持ちは収まらない。許せないのはポケモンを奪おうとする行動そのものなのだから。
「……なああんた。ティヴィルって言ったよな。あんたはなんでその3匹を手に入れたいんだ?」
「よぉーろしい。君の正義感に免じて答えてあげましょう。それは――私の、研究のためです。科学の発展に犠牲はツキモノでーす。そぉーれに、その少年はあのにっくきレイヴン博士からポケモンを奪ったのでしょう?だったら奪われたってもぉーんくは言えませんよねえ?」
「……確かにポケモンを奪ったそいつは悪い奴だ。でもお前たちは俺たちからもポケモンを奪おうとしたじゃないか!普通に俺たちがポケモンを貰っていたとしたら、そのまま奪おうとしたんじゃないのか!!」
「ンーフフフフ。君のような勘のいいガキは嫌いですよぉー?
そのとぉーりですが……だからなんだというんです?その程度の言葉で私たちが止まるとでもぉー?」
確かに、ここでサファイアが言葉をぶつけてもこいつらの行動は何一つ変わらないだろう。だったら……
「だったら、俺とポケモンバトルだ!俺が勝ったら……人からポケモンを奪うのはやめてもらう!」
「ハーッハッハッハ!面白い!別に負けたからと言って私たちが約束を守る保証などないと思いますが……いいでしょう!私の研究成果の実験台となってもらいしょうか!」
ティヴィル博士は哄笑し。自分のモンスターボールを掴む。サファイアも相棒のカゲボウズに目くばせした。
「おぉーいきなさい、レアコイル!」
「行けっ、カゲボウズ!!」
二人は違う思惑でバトルを始める。そんな光景をポケモンセンターで見ていたルビーもまた、違う思考で動いた。
「……どうして、普通に警察を呼ぶって発想が出てこないのかな。まあ、ボクと違って根っからのポケモンバトル脳ってことなんだろうけど」
「まずは小手調べといきましょう、電撃波!!」
「カゲボウズ、影分身!」
レアコイルが電気をためて放つ間に、カゲボウズはありったけの分身を作る。何せレアコイルはコイルの進化形態。その特攻は脅威だからだ。
だがまたしてもポケモンバトルの実践という意味では相手の方が上を行っていた。レアコイルの電撃波は確実にカゲボウズを追尾し、命中する。カゲボウズはなんとか影分身を維持したが、ふらふらになってしまっていた。
「まさか……必中技!?」
「そぉーのとおり!どうやら小手調べで終わってしまいそぉーですねえ!」
「くっ……」
確かにティヴィルの言う通りだ。今の一撃でカゲボウズの体力は半分以上は持っていかれてしまっただろう。それは認めざるを得ない。
(もう一発同じ技が飛んできたら……!)
いきなりの万事休す。対策も思いつかない。相手も考えることは同じだったようで、レアコイルに二度目の電撃波を命じた。
「どぉーやら私に挑むにはあまりにも早すぎたよぉーですねえ!これで終わりで……」
だが、この時運はサファイアたちに味方した。レアコイルの動きが金縛りにあったように固まり、電撃波を出せないでいる。
「おやぁー?おやおや、いつの間に金縛りを……?」
「え……?い、いや!そう、僕はあなたが攻撃した瞬間に金縛りを発動していた!これであなたのレアコイルはもう電撃波を打てない。
勝負はまだ、これからだ!」
……本当はサファイアはそんな命令は出していないし、カゲボウズも金縛りを使ってはいない。
サファイアですら気づいていないが、これはカゲボウズの隠れ特性「呪われボディ」によるものだ。実戦経験が少なく、また野生のポケモンもまだノーマルタイプの技しか使ってこないが故に気付く機会がなかったのだ。
(何だか知らないけど助かった……こんな時こそ、チャンピオンみたいな幽雅な勝負をするんだ)
「それに、影分身をしたのだって意味がある。カゲボウズ、必殺・影法師だ!」
ユキワラシとの戦いで見せた無数の巨大な影を作る技をもう一度放つ。巨大な影法師が空からレアコイルを睨み、レアコイルを確かにおびえさせた。
「ほぉーお?面白い技を使いますねえ。
ならば私のレアコイルの研究成果を出しましょぉーう!レアコイル、トライアタック!」
「何っ!?」
トライアタックは炎、氷、電気の三つの属性を同時に放つノーマルタイプの技。ゴーストタイプのカゲボウズには何ら効果はないはずだが……そう思って、不審げな顔をする。
3匹でくっついているレアコイルの体が、正三角形を維持したまま離れる。そしてそれぞれのコイルが電磁波を放ち――その正三角形に、エネルギーをためる。
すると……本来ならば3種の属性を併せ持つはずの攻撃が、純粋な炎の塊となって放たれた。その威力は炎タイプの技のそれと変わらない。
「か……躱せカゲボウズ!!」
なんとかカゲボウズは攻撃をかわす。だが作った分身のほとんどが炎で消滅し、またそれによって巨大な影法師も消えてしまった。それを――否、自分の実験成果を見たティヴィルが哄笑する。
「ハッーハッハッハ!素晴らしい!これぞトライアタックの三種の攻撃から任意の属性を取り出すことに成功した新トライアタック!これで私のレアコイルは炎タイプと氷タイプの技が使えるよぉーになったということです!
では……今度は氷のトライアタック!」
「させるか、カゲボウズ影打ち!」
トライアタックを打たれる前に勝負を決めてしまおうと影打ちを放たせる。……がサファイアは忘れていた。影うちの威力はそう高くない。
カゲボウズの影打ちは命中したものの、レアコイルを倒すには到底及ばず……むしろ焦って技を放ったことで大きな隙を作ってしまった。三角形の冷凍光線がカゲボウズに命中し――さっきのユキワラシの粉雪とは比べ物にならない勢いで、その体を凍り付かせる。勝負は決した。
「カゲボウズ!!ごめん、俺……」
相手が特殊な攻撃技を放ったからといって焦ってしまった。そんなことではチャンピオンのバトルとは程遠い。何より自分の相棒を瀕死にしてしまったことが悔しくて、目の前が真っ暗になる。
「ハッーハッハッハ!思ったよりは頑張りましたが、まだまだ私には及ばないようですね。そのカゲボウズにも興味はありますが、部下の非礼に免じて見逃してあげます。私は優しいですから……おやぁー?」
ファンファンファンと、警察のやってくる音がする。そのあとどうなったかは、サファイアにはわからない。凍り付いたカゲボウズをすがるように抱きしめて、そのまま気を失ってしまったからだ。
――サファイアは夢を見た。
霧が鬱蒼と立ち込める墓地だらけの場所。そのどこかで幼い自分が迷って泣いている夢。泣いている自分に、誰かが寄り添ってくれている夢を。幼い自分と同じくらいのその子は紅白の巫女服に、綺麗な黒髪を腰まで伸ばしていて――
「カゲ、ボウズ……?」
サファイアが目を覚ますと、そこはポケモンセンターだった。先に治療をしてもらったのであろうカゲボウズが、サファイアの周りを心配そうにうろうろしている。そのことが何よりも安心できた。もしカゲボウズを奪われてしまったら、もう旅なんて出来やしない。
「やあ、おはようサファイア君。敗戦の味はどうだい?」
「ルビー……」
ルビーは何事もなかったかのように、椅子に座ってキャンディーを舐めている。
「そっか、負けたんだな……俺」
「まあね、ひどいもんだったよ。あれはチャンピオンの真似かい?はっきり言って、似合っていないよ」
「なっ……いきなり何を言うんだよ!俺はシリアに憧れて……」
「あのチャンピオンに、ねえ……まあ好きにすればいいさ。ボクは勧めないけどね」
やはり何か、ルビーはチャンピオンに関してよく思っていない節がある。もっと言うなら、サファイアがチャンピオンのバトルスタイルを模倣していることもだ。
「そんなことより、あの後……どうなったんだ?あいつらは……」
「ああ、彼らなら逃げたよ。警察も追跡してたんだけどね。見失ったそうだ」
「そっか……止めれなかったんだな。ルビーが警察を呼んでくれたのか?」
そうだよ、とルビーは言った。どうやら彼女は極力厄介ごとに関わりたくないらしい。だけど、今は素直に感謝するべきだ。あの時警察が来ていなかったら、本当にカゲボウズは奪われていたかもしれないから。
「……俺、強くなるよ」
「何だい、急に?トレーナーとして旅をする以上は当たり前のことじゃないか」
「ああ。だけどもっともっと強くならないと……あんな奴らにやられっぱなしは嫌だし、ルビーのボディーガードだって務まらない。
だから約束するよ、今よりもずっと強くなって……ルビーのことも、自分のポケモンも守れるトレーナーになるって」
「やれやれ、ボクはついでかい?……まあ、別にいいよ」
今はゆっくり休みたまえ。それから出発しよう。そう言われて、サファイアは頷いた。
次はトウカシティに向かおう。そこに着くまでに、いっぱいポケモンバトルをして強くなろう――サファイアは心にそう誓ったのだった。
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