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Sword Art Rider-Awakening Clock Up

作者:redo
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決死の脱出

衝撃、轟音!!

爆発めいた勢いで舞い上がった雪が、フワフワと落ちてきて頬に触れ、消えた。

その冷たさで、リズベットの飛びかけた意識が引き戻された。眼を見開くと、リズベットにきつく抱きしめられたままのキリトが片頬を引きつらせてかすかに笑った。

「……生きてたな」

リズベットもどうにか頷き、声を出した。

「うん……、生きてた」

数秒間、2人はそのままの姿勢で横たわっていた。

やがてキリトは腕を解き、のそりと体を起こした。腰のポーチからハイポーションとおぼしき小瓶(こびん)を2つ取り出し、1つをリズベットに差し出した。

「飲んどけよ、一応」

「ん……」

頷いて、リズベットは上体を起こした。 瓶びんを受け取り、HPバーを確認すると、リズベットのほうはイエローゾーンまで残っていたが、直接地面と激突したキリトのHPはレッドゾーンまで突入していた。

ハイポーションの瓶の先端に口を付け、甘酸っぱい液体を一気に飲み干してから、あたしはキリトのほうに向き直った。ぺたりと座ったまま、まだうまく言う事を聞かない唇を動かす。

「あの……、ありがとう。助けてくれて……」

するとキリトは、例によってシニカルな笑みをかすかに滲ませ、言った。

「礼を言うのはちょっと速いぜ」

ちらりと横に視線を向ける。やがて人差し指を向け、リズベットはその箇所に視線を移す。

「ん?」

視線を移した場所に、緑色に光る小さな点を捉えた。更に、その点の下には少年と思わしき影が倒れ込んでいた。

「え……ひ、人!?」

プレイヤー特有のグリーンカーソルが見えた時点で、自分とキリト以外にもこの穴の底に落ちたプレイヤーがいたと確信はしていた。

やがて、横たわったままのプレイヤーが上体をゆっくりと起こし、フードを取ってから2人に顔を向けた。

見た目はキリトと同い年くらいの紺色髪をした少年。

「うっ……」

しかし、リズベットは少年の右頬にある2つの傷痕を見て後退るような態度を取った。

リズベットの行動を悟った少年が口を開く。

「俺の顔を見る奴らは大抵、変な印象を持つものだ」

「あ、いや、そういうわけじゃ、ない……けど」

それとなく眼を横へ向けながらキリトの顔を伺った。だがキリトは驚きを表すことなく少年に話しかけた。

「やっぱりな。落下してる時、お前の姿も見えたぜ、ネザー」

「……よりによってお前が一緒とはな」

2人の普通な会話にリズベットは頭に《?》が浮かんだ。

不意に、キリトの肩を軽くポンポンと叩いて問う。

「ねえ、キリト。この人知り合いなの?」

「ああ、まぁな。そういえば、初対面だよな」

そう言ってキリトは、目の前で胡坐(あぐら)をかいた少年を紹介した。

「こいつはネザー。ボス攻略で一緒に組む仲……かな?」

「……そうなんだ」

微妙な紹介で終わったが、敵じゃない、と認識させただけまだマシだった。

「そういえば、なんでこの層にいるんだ?」

キリトに突飛な質問をぶつけられ、俺は少々戸惑った。

事実、俺は《アルゴ》から得た情報を元に見つけ出した__というより誘き出され、《センチピード・オートマトン》との戦闘を繰り広げた。パワーは互角といったところだったが、俺は渾身(こんしん)の一撃を喰らわせムカデ怪人を水晶に覆われた平原へと飛ばした。

だが__。

いつ頃か、水晶平原に倒れていたと思われたオートマトンが姿を消していた。クロックアップで逃げたことは容易に想像できたが、どうにも()に落ちないところがあった。

クイックフォームで戦っていなかったとはいえ、あまりに簡単だった。誰かの掌で躍らされた気分だ。その直後に、あの白いドラゴンが雄叫びと共に姿を現した。タイミング的にもおかしいと思った。

__もしもこれらのことが全て偶然でないとしたら。

俺をこの穴の底に落として殺すことが目的だったとしたら、あのドラゴンはオートマトンに利用されていた可能性がある。

いつの間にか、俺は目の前の2人に対してどう言い訳すればいいのかも忘れ、オートマトンのことで頭がいっぱいだった。ドラゴンを倒しに来た、と言っても疑われる可能性を考慮し、言った。

「……この層を探検してみたくなった。それだけだ」

と、いかにも嘘っぽい嘘をついた。

当然、キリトは「探検って……」と呟きながら呆れた表情を作った。

「まあ、一応理解はしたわ」

重くなる空気を入れ替えようと、リズベットが前に出て言った。

「よろしくネザー。あたしはリズベット。リズって呼んでね」

そう言って右手を差し出した。握手のつもりだろうが、俺は無視して地面から立ち上がり、腰のポーチから自分用のハイポーションの小瓶(こびん)を取り出し、即座に飲み干した。

「何よ、感じ悪いわね」

握手を無視されたリズベットは、不機嫌な顔をしていた。

ちらりと上空に視線を向けた俺は、2人に尋ねてみた。

「それで、ここを出る方法は何かあるのか」

「え、テレポートすればいいじゃない」

リズベットはエプロンのポケットを探り、青く光る転移結晶を取り出した。

結晶を握り締め、コマンドを唱えた。

「転移!リンダース!」

と、リズベットが叫ぶが、結晶はただ無言で(きらめ)くのみ。

「そんな……」

しょんぼりと俯いていると、キリトがぽん、と頭に手を置いてきた。そのままリズベットの髪をクシャクシャと撫でる。

「まあ、そう落ち込むな。結晶が使えないってことは、別の脱出手段があるはずだ」

「……そ、そんなのわかんないじゃない。落ちた人が、100パーセント死ぬって想定したトラップかもしれないじゃん」

「なるほど。それもそうか」

キリトがあっけなく頷くのを見て、リズベットはガックリと脱力する。

「あ、あんたねぇ!もうちょっと元気づけなさいよ!!」

「うるさい。静かにしろ」

リズベットの荒げた声に耳障りを感じた俺は、思わず口を挟んだ。

直後、キリトが言った、

「……1つ思いついたことがある」

「本当!?」

「どんな案だ?」

この時、キリトはとんでもない意見を言った。

「壁を走って登る」

キリトが真顔でそう言った瞬間、場の空気が一気に(しら)けた。

「……バカ?」

「バカかどうか試してみるか……」

リズベットが唖然として見守る中、キリトは壁ギリギリまで近づくと、突然反対側の壁目掛けて凄まじい速さでダッシュした。床に積もった雪が盛大に舞い上がり、突風がリズベットとネザーの顔を叩く。

壁に激突する寸前、キリトは一瞬身を沈めると爆発じみた音と共に飛び上がった。遥か高みで壁に足をつけ、そのまま斜め上方へと走り始める。

「うっそ……」

「果たして辿り着けるか……」

眼と口をポカンと開けて立ち尽くすリズベットと、ただ見てるネザーの遠い頭上で、キリトがアメリカ製C級映画の忍者のごとく、氷壁を螺旋状(らせんじょう)に駆け上がっていく。みるみるうちにその姿は小さくなり、3分の1近くも登ったところで、ツルンとこけた。

「わあああああ!」

両腕をバタバタ振り回しながらキリトが落ちてくる。途端、俺はリズベットの頭にめがけて落ちていることを悟り、その場から少し遠ざかった。

「わあああ!?」

悲鳴を上げて飛び退ると、寸前までリズベットが立っていた場所に、びたん!という音と共に人型の穴がうがたれた。

1分後、2本目のポーションを咥えたキリトと並んで壁際に座り込み、リズベットは大きくため息をついた。

「あんたのこと、バカだとは思っていたけど、まさかここまでの大バカとは……」

「バカとしか言いようのない男だよ、こいつは」

「もうちょっと助走距離があればイケたんだよ」

飲み干した(びん)をポーチに放り込んだキリトは、1回伸びをして俺に言った。

「今度はネザーがやってみればどうだ?忍者もどきのお前になら楽勝だろ」

「……遠慮しておく」

バカの二の舞にはなりたくないからな、と内心でぼそりと呟いた。

「ま、ともかく、こう暗くなっちゃ今日はここで野営だな。幸いこの穴にはモンスターはポップしないみたいだしな」

確かに、夕焼けの色はとうに消え去り、穴の底は深い闇に包まれようとしている。

「そうね……」

「そうと決まれば、っと……ネザー」

キリトは俺にウィンクで合図を送った。それが何を意味しているかは一目瞭然(いちもくりょうぜん)だった。

「……仕方ないか」

少々不本意ながらも、俺は同じウィンドウを表示し、指を走らせた。

キリトも同様にウィンドウを操作し、何やら次々とオブジェクト化させた。

大きな野営用ランタン。手鍋。謎の小袋いくつか。マグカップ2つ。

「……あんた達、いつもこんな物持ち歩いてるの?」

「ダンジョンで夜明かしは日常茶飯事だからな」

どうやら冗談ではないらしく、キリトが真顔でそう答えるとランタンをクリックして火を灯した。

ぼっという音と共に、明るいオレンジ色の光が辺りを照らし出す。ランタンの上に小さな手鍋を置くと、俺は雪の塊を拾い上げて放り込み、更に小袋の中身を開けた。(ふた)をして、鍋をダブルクリック。料理待ち時間のウィンドウが浮き上がる。

すぐに、ハーブのような若香がリズベットの鼻をくすぐり始めた。ポーン、という効果音と共にタイマーが消えると、俺は鍋を取り上げて中身を2つのカップに注いだ。

「料理スキルが低いから、味は期待するなよ」

「ありがと……」

差し出されたカップを受け取ると、じんわりとした暖かみが両手に広がった。

スープは、香草と干し肉を使った簡単なものだったが、食材アイテムのランクが高いらしく、充分すぎるほど美味しいスープが出来た。

食べてみると意外に美味しかった。冷えた体に、ゆっくりと熱が 沁しみ通っていく。

「なんか……変な感じ。現実じゃないみたい……」

スープを飲みながら、リズベットがぽつりと呟いた。

「こんな……初めて来る場所で、初めて会った人と、並んでご飯食べるなんてさ……」

「そうか……。リズは職人クラスだから、ダンジョンとかあまり潜ったことないんだな」

「う、うん、まあね。……聞かせてよ、ダンジョンの話とか」

「そんなに面白いもんじゃないと思うけど……。おっと、その前に……」

キリトは、空になった3つのカップを回収すると、手鍋と一緒にウィンドウに放り込んだ。続けて操作し、今度は大きな布の塊を3つ取り出す。

広げた所を見ると、それは野営用のベッドロールらしかった。現実世界のシュラフに似ている。

「高級品なんだぜ。断熱は完璧だし、対アクティブモンスター用のハイティング効果付きだ」

にやりと笑いながら1つを放ってくる。受け取り、雪の上に広げると、それは人が3人は入れるほどの大きさだった。再び呆れながらリズベットが言う。

「よくこんな物持ち歩いてるわねぇ。しかも3つも……」

うち1つは自分で持っていたものだ、と内心で呟くが、俺はその呟きを口に出すことはなかった。

「アイテム所持容量は有効利用しないとな」

キリトは手早く武装を解除し、左側のベッドロールの中に潜り込んだ。リズベットもそれに(なら)い、マントとメイスを外して袋状の布の間に体を滑り込ませる。

自慢するだけあって、確かに中は暖かかった。その上見た目よりは随分フカフカと柔らかい。

ランタンを間に挟み、1メートルほどの距離を置いて3人は横たわった。

……なんだが、妙に照れくさい。

気恥ずかしさを紛らわすように、リズベットは言った。

「ね、さっきの話、聞かせてよ」

「ああ、うん……」

キリトは両腕を頭の下で組むと、ゆっくりと話し始めた。

話そうとする直前に俺の顔を伺ったが、俺は寝た振りをしてその場を逃れ、完全にキリト1人だけに任せた。

迷宮区で、故意にモンスターを集め、他のプレイヤーを襲わせるMPKの話。攻撃力は低いが異常に硬いモンスターと、交代で仮眠しながら丸2日戦い続けた話。レアアイテムの分配をするために100人でサイコロ転がし大会をした話。

どの話もスリリングで、痛快で、どこかユーモラスだった。そして、全ての話が、明らかに告げていた。キリトとネザーが、最前線に挑み続ける攻略組であることを。

でも、そうであるならば……この人達は、その肩に数千のプレイヤー全員の運命を背負っているのだ。こんな、リズベットなんかのためにその命を投げ出していい人ではないはずだ。

リズベットは、体の向きを変え、キリトの顔を見た。ランタンの光を照り返す黒い瞳が、チラリとこちらに向けられた。

「ねぇ……キリト。聞いていい?」

「なんだ?」

「なんであの時、あたしを助けたの……?助かる保証なんてなかったじゃん。あんたも死んじゃう確率のほうが高かったはず。それなのに……なんで……?」

キリトの口元が一瞬、ほんの微かに強張った。しかしそれはすぐに解け、穏やかな声が答えた。

「……誰かを見殺しにするくらいなら、一緒に死んだほうがマシだ。それがリズみたいな女の子なら 尚更なおさら、な」

「……バカだね、ほんと。そんな奴いないわよ」

口ではそう言いながらも、リズベットは不覚にも涙が(にじ)みそうになっていた。胸の奥が、どうしようもなくギューっと締め付けられて、それを必死に打ち消そうとする。

こんなに馬鹿正直で、ストレートで、温かい言葉を聞いたのは、この世界に来て初めてだった。

ううん、元の世界でもこんなことを言われたことはなかった。

不意に、胸の奥にここ数ヶ月居座り続けていた恋人しさ、寂しさの(うず)きのようなものが、大きな波になってリズベットを揺さぶった。キリトの温かさを、もっと直接、心の触れる距離で確かめたくなった。

無意識のうちに、唇から短い言葉がこぼれ落ちていた。

「ね……手、握って」

体を左に向け、ベッドロールから自分の右手を出して、隣に差し伸ばす。

キリトはわずかに黒い瞳を見張ったが、やがて小声で「うん」と答え、おずおずと左手を差し出してきた。指先が触れ、2人ともピクッと引っ込めてから、再び絡め合う。

思い切ってギュッと強く握ったキリトの手は、さっき飲んだスープのカップよりもずっと温かかった。手の下側は氷の地面に触れているのに、その冷気をリズベットは全然意識しなかった。

人間の温かさだ、と思った。

この世界に来てから、常にリズベットは心の一部に居座り続けていた渇きの正体が、今ようやく解ったような気がしていた。

ここが仮想世界であること、あたしの本当の体はどこか遠い場所に置き去りで、いくら手を伸ばしても届かない、そのことを意識するのが怖くて、次々に目標を作っては遮二無二(しゃにむに)作業に没頭してきた。鍛冶の技を磨き、店を大きくして、これがあたしのリアルなんだと自分に言い聞かせてきた。

でも、あたしは心の底で、ずっと思っていた。全部偽物だ、単なるデータだ、と。餓えてたのだ。本当の、人の温もりに。

もちろん、キリトの体だってデータの構造物だ。今あたしを包んでいる温かさも、電子信号があたしの脳に温感を錯覚させているに過ぎない。

けれど、ようやく気づいた。そんなことは問題じゃない。心で感じること。現実世界でもこの仮想世界でも、それだけが唯一の真実なんだ。

しっかり手を繋いだまま、リズベットは微笑み、キリトも微笑み返して瞼を閉じ、眠りについた。











瞼を開き、最初に眼に映った光景は__。

身体が鋭い激痛に支配され、口内に血が滲んでいる。

「う……」

(うめ)きながらも、這い(つくば)る姿勢で倒れた身体を起こそうとする。

やがて上体を起こし、続いて立ち上がり、よろけそうな上半身を2本足で支える。

首を左右に回しながら周囲を確認するが、何も見えない。地面や壁もなく、空も見えない暗黒の空間。全てが暗闇に閉ざされ、見えるのは血塗れになった自分の身体だけ。

……痛い!!この身体……どうなってるんだ!?

自分はついさっきまで、キリトとリズベットの2人と共にベットロールに潜り眠っていたはず。それがどういうわけか、自分の全身が傷だらけでボロボロな状態。立ち尽くすのもやっとだった。

……ここはどこだ!?

珍しくパニックに近い状態に陥り、行き先も見えないまま一歩ずつ前に踏み出してみた。

「……ド……イド……スレイド……」

不意に、背後で小さな声が聞こえ、俺は肩越しに振り向いた。

見た目からして15歳くらいの少年が1人、立っていた。更に、その顔には見覚えがあった。

柔らかそうな茶色い髪が、わずかに波打っている。服装はTシャツと長いジーンズ。髪型より不思議に思えたのは、その容貌(ようぼう)だった。線の細めな、優しげな目鼻立ち。瞳の色はブルーに見える。

「……真司(しんじ)……なのか?」

そう。

今俺の眼前に立つ少年は、バトルディザイアーで出会い、共に多くの困難を乗り越えてきた、たった1人の親友、《加賀美(かがみ)真司(しんじ)》だ。

だが、彼であるはずがない。

「お前は誰だ?」

「どうしたんだよ、スレイド?僕の顔、忘れちゃったのかい?」

衝動的な質問に対応してみせた真司(しんじ)に、俺は思わず驚愕した。

「いや、お前が加賀美(かがみ)真司(しんじ)だってことはわかってる。でも……お前は、もう死んでるはずだ」

荒い息を吐きながら言うと、真司(しんじ)は細い声で言い返した

「そうだよ。君のせいで、僕は死んだんだ」

「ッ!?」

思いがけない言葉をぶつけられ、俺は一瞬裏切られたような気分になった。

しかし、真司(しんじ)の言葉は()(かな)っていた。俺は反論できずに俯いた。

「ここは、お前の心の中なのか?」

俺は自分が今いる場所を尋ねてみた。すると、真司(しんじ)は小さく首を振りながら囁いた。

「違うよ。ここは僕のじゃなく、君の心の中なんだ。ここは、君の《心の闇》なんだよ」

「……俺の……心の闇……」

「そう。君が心の底に抱えている、無限の闇さ」

その言葉を聞いた瞬間、俺は悟った。

眼前に立つ加賀美(かがみ)真司(しんじ)は、俺の心の闇が作り出した《幻想》だと。

どす黒い感情を抱きながら、自分が今までどれだけの罪を犯し、どれだけの人間を傷つけてきたか。その罪は、俺自身が一番よく知っている。その罪と何度も向き合ってはいるが、克服できているわけではない。

無意識に、俺は真司(しんじ)があの世で自分を眺め恨みや怒りといった感情をぶつけているのではないか、と思っていた。もしここが本当に俺の心の闇なら、ここにいる真司(しんじ)も、俺の心が作り出した幻想だ。

「どうして僕を救ってくれなかったんだ?どうして、みんなを殺したんだ?」

「やめろ!それ以上言うな!」

目の前の真司(しんじ)が幻想だとわかっていても、彼は明らかに過去の俺を知っている。心に刻まれた傷口に塩を塗るような勢いで、俺に言葉をぶつけてくる。

「どうして、僕との約束を守ってくれないの?」

「違う!まだ、次の者が見つからないだけだ。お前との約束は必ず守る!」

自分が闇に呑まれそうで、全てが暗黒に塗り替えられて消えていくような感じだ。

そんな恐怖を感じながら、俺は自分の身体が激しい痛みに支配されているにも関わらず、真司(しんじ)に背を向けて走り出した。

耐えられなかった。この場所から1秒でも速く抜け出したかった。ほんの少しでいいから、自分を照らす光がほしかった。

その先に、一条の光が見え__。











ゾワリと背筋に走った寒気が、俺を一瞬のうちに夢から仮想世界へ引き戻した。

「……ハッ!」

静かに悲鳴が口から漏れ、瞬時に(まぶた)が持ち上がった。

自分の体に掛けられている布から上体を起こし辺りを見回すと、白い光が世界を満たしていた。氷壁に幾重(いくえ)にも反射してきた朝陽が、縦穴の底に積もる雪を輝かせている。

「……夢か」

さっきまでの体験は、全て悪夢だった。今までにも最悪と呼べる悪夢を見てきたが、今回はものすごくリアルに感じられた。親友を裏切ってしまったような罪悪感が、俺の中に残っているとしたら、それが悪夢という形で俺の前に現れたのだ。

「大丈夫か?」

不意に、後ろから小さな声が聞こえた。

振り向くと、ベットロールからすでに起き上がっていたキリトが眼に映った。

「お前、すごく(うな)されてたぞ。怖い夢でも見たのか?」

そこ言葉を聞いて悟った。キリトは、俺が夢を見ている間に起きていたことを。

「別に。……何でもない」

心配そうに眺めるキリトに対し、俺は何事もない、という態度を取る。

しかし、それが意地を張ってることに気づかないわけでもないキリトが、押し迫る槍の如く問い質そうとする、

「何でもないってことはないだろ。あんなに(うな)されてたのに……」

「何でもないって言ってるだろ!」

俺は思わず大声で叫んだ。

自分のことをわかってくれる人間なんて、この世にはいない。俺は永遠に闇を引きずるしかないのだから。その闇に他の誰かが巻き込まれでもしたら、俺に迷惑がかかるだけだ。

俺は自分の気を逸らそうと立ち上がり、歩き始めた。

昨日は考えつかなかったが、カブトに変身せずにこの穴からどうやって抜け出すかを再び考え始めた。動けば少しは頭の働きも良くなると思い、辺りの地面も見回しているが、雪に埋もれている地面の中に膨らんでいる場所を見つけた。

「あれは?」

俺はその場所に(おもむ)き、雪をかき分け始めた。

俺がしばらくの間雪をかき分けていると、キリトが後ろから声をかけてきた。

「何掘ってるんだ?」

キリトは俺の掘る地面をジッと眺めていると、ハッと何かに気づいたように眼を大きく開き、突然俺を手伝い始めた。





「う〜ん……」

さわやかな香りにフワフワと鼻をくすぐられて、ベットロールから起き上がったリズベットは大きく背伸びをした。

視線を巡らせると、キリトとネザーの2人は既に目を覚ましていた。地面に膝をつきながら雪をかき分けるキリトを、ネザーが手伝う光景が眼に映った。

ザクザク、という音と共に、たちまち深い穴が穿(うが)たれていく。

そんな光景を見ていたリズベットが、後ろから声を掛けた。

「何してるの?」

「宝を掘り出しているところだ」

そう言ったネザーの後に続くようにキリトは雪の中から掘り起こした物を片手で掴み、リズベット前に差し出した。

「あ!?」

目の前の差し出されたのは、白銀に透き通る、長方形の物体だった。キリトの両腕からわずかにはみ出すくらいの大きさだ。リズベットにとっては見慣れた形、見慣れたサイズの金属素材(インゴット)。でもこんな色の物は見たことがない。

リズベットはその金属素材を両手で受け取り、右手の指を動かしてそっと金属の表面を叩いた。ポップアップウィンドウが浮かび上がる。

アイテム名は、《クリスタライト・インゴット》

「これ……ひょっとして……」

キリトの顔を見上げると、彼も釈然としない表情ながらも頷いた。

「ああ……。俺逹が取りに来た金属だ」

「俺はカウントされてないからな」

自分がアイテムを取りに来たわけじゃないと、ネザーが念を押した

「でも、なんでこんなとこに金属が埋まってるのよ?」

「ああ……そのことなんだけどさ……」

リズベットの疑問にはキリトではなく、ネザーが説明した。

「この縦穴はドラゴンの巣だ」

「ええ?」

「ドラゴンは水晶を(かじ)り、腹の中で精製する。……つまりそのインゴットはドラゴンの……その……」

「……ドラゴンの何よ?」

続きを言おうとしないネザーに代わって、キリトがその先を説明した。

「その金属はドラゴンの排泄物だよ」

「……え?」

リズベットは頬を引きつらせながら、胸の中のインゴットに視線を落とした。

「ぎえっ!」

思わずインゴットをキリトに投げ返してしまう。

「おっと」

それをキリトが見事にキャッチし、アイテムストレージに格納した。

「ま、なんにせよ、目標達成という訳だ。後は脱出できればだが……」

キリトがそう言い掛けた途端、あることに思い至って、口をポカンと開けたままリズベットが絶句(ぜっく)した。

「ねえ、ここドラゴンの巣だって言ったわよね」

「ああ。言ったが」

ネザーが何気無く答える。

「確かドラゴンは夜行性。今は朝だからそろそろ……」

リズベットの意図を察した2人の剣士はしばらく互いを見つめ合い、次いで3人揃って上空、穴の入り口を振り(あお)ぐ。

まさにその瞬間__。

遥か高みの、丸く切り取られた白い光の中に、滲むように黒い影が生まれた。それはみるみるうちに大きくなる。2枚の翼、長い尾、鉤爪を備えた四肢までがすぐに見て取れるようになる。

「き……き……」

リズベットは(そろ)って後ずさった。でももちろん、どこにも逃げ道があるはずもない。

「来たーーーーーっ!!」

二重に叫びながら3人がそろぞれの武器を抜いた。

縦穴を急降下してきた白竜は、リズ達の姿を認めると一声甲高く鳴いて地表すれすれに停止した。縦長の瞳孔を持つ赤い眼には、巣への侵入者に対する明らかな敵意が浮かんでいる。しかし狭い穴底のどこにも隠れる場所はない。緊張を押し殺しながらもリズベットはメイスを構える。

同じく片手剣を構えたキリトが、リズベットの前に出て早口で言った。

「いいか、俺の後ろから出るなよ。ちょっとHPが減ったらすぐにポーションを飲んどけ」

「う、うん……」

今度ばかりは素直に頷く。

ドラゴンが口を大きく開け、再び雄叫びを上げた。翼の巻き起こす風圧で雪が舞い上がる。長い尻尾が地面をびたんびたんと叩き、その(たび)に雪面に深い(みぞ)穿(うが)たれる。

先制あるのみ、とばかり右手に逆手持ちで構えた剣を振りかぶり、突進しようとしたがネザーだが__なぜか突然その動きを止めた。

「……待てよ……これはチャンスかもしれない」

低い声で漏らす。

「ど、どうしたの?」

リズベットの問いには答えず、振り向いてキリトに傍に寄り、耳元でパクパクと口を動かし何かを伝えた。

「なるほど。名案だ」

ネザーの話を納得したキリトは剣を(さや)に戻し、振り向いてリズベットの体を左手でぐっと抱き寄せた。

「えっ!?」

訳がわからずパニクるリズベットは、そのままひょいとキリトの肩に(かつ)ぎ上げられた。

「ちょ、ちょっと、何を__うわっ!!」

ずばん!という衝撃音と共に、周囲の風景が(かす)んだ。ネザーとキリトが猛烈な勢いでそれぞれ同じ側の壁に向かってダッシュしたのだ。激突の寸前で大きく跳び上がると、昨日キリトが脱出を試みた時にやってみせたように、湾曲(わんきょく)する壁面を走り始める。しかし2人とも登る気はないようで、軌道は水平のままだ。ドラゴンの首がぐうっと曲がって3人をタゲり続けるが、その追随(ついずい)を上回るスピードでネザーとキリトは壁走りを続ける。

数秒後、ようやくキリトが穴底に着地した時、リズベットはすっかり眼を回してしまっていた。何度も(まばた)きを繰り返してから見開いた眼の先に、ドラゴンの後姿があった。自分を含む3人を見失って、首をキョロキョロ左右に振っている。

ある程度の高さまで走った途端、ネザーが眼で合図を送った。キリトとネザーは壁を蹴って宙返りし、ドラゴンの背中に向かって落下していく。落下中に2人はそれぞれ剣を鞘から抜き、ドラゴンの背中に剣を突き刺した。

その途端、ドラゴンが甲高い叫び声を上げた。驚愕の悲鳴に聞こえたのは気のせいだろうか。いよいよもって2人の意図が理解できず、リズベットも喚き声を上げようとした所で。

突然、白竜が翼を広げ、凄まじいスピードで急上昇を開始した。

「うぷっ!」

空気が顔を叩く。と思う間もなく、剣の柄を両手でしっかり握るネザーと、リズベットを抱えたままのキリトは弓で撃ち出されたかのような勢いで宙に飛び出した。竜の背中に引っ張られながら縦穴を駆け上がっていく。円形の穴底がみるみる遠ざかる。

「リズ!掴まってろよ!」

キリトの声に、無我夢中で彼の首にすがり付く。周囲の氷壁を照らす陽光はどんどん明るくなり、風切り音のピッチが微妙に変わって__白い輝きが爆発した、と思った瞬間、リズベット達は穴の外へと飛び出していた。

一瞬細めた眼を見開くと、55層のフロア全景が眼下いっぱいに広がっていた。

真下には綺麗な円錐形(えんすいけい)の雪山。少し離れたところに小さな村。広大な雪原と深い森の彼方に、主街区の家々が(とが)った屋根を重ねている。それら全てが明るい光を受けてキラキラと輝く眺めに、リズベットは恐怖も忘れ、思わず歓声を上げた。

「わぁっ……」

「イェー!!」

キリトも大声で叫び、ネザーと一緒に竜の背中に突き刺した剣を抜いた。キリトはリズベットをひょいっと横抱きにして、慣性に任せて宙をくるくると舞う。

飛翔は数秒のことだったのだろうが、その10倍にも感じられた。リズベットは笑っていたと思う。溢れる光と風が心を(すす)いでいく。感情が昇華(しょうか)していく。

「キリトーーあたしねぇ!」

思いっきり叫んだ。

「何!?」

「あたし、キリトのこと、好きー!!」

「なんだって!?聞こえないよ!!」

「なんでもなーい!!」

ギュッと首に抱きついて、リズベットは笑い声を上げた。
 
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