Muv-Luv Alternative 士魂の征く道
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第五十話 別様
人工の灯りに照らし出される鋼鉄。
未だ完成へとは至らぬそれは台座に鎮座し、幾つかの欠損はあるが人型であることを連想させるには十分な程度には組みあがっていた。
それはまるで鋼の胎児のようですらある。ある意味、その例えは間違ってはいないだろう。
「……まるで、あの時の壱型丙みたい。」
それを見上げる一人の少女―――厳密には少女から女性へと変わりつつある彼女はその機体を見上げながら呟く。
嘗て、自分の想い人との婚約を決めたあの時もこうして不知火を見上げていた。
未完成機と損傷機という違いはあれど、まるでその様相はあの時の不知火の現身のようだ。
忠亮が手術を受けて復活するように、壱型丙もまた手術を受けて再起への胎動を始めているようにも感じる。
「………忠亮さん。」
手術が成功したとは聞いている、経過も順調だと。だが、それでも何時様態が急変するかもわからない―――それが治験というモノだ。
心配だ―――このまま、彼が居なくなってしまうのかと心細くなる。
「会いたいな……」
離れていると余計に想いが募ってしまう。
寂しさと不安に胸を締め付けられる。自分にできるのはこうして合間にこの不知火を彼に重ねてみることぐらい。
女々しい事この上ない。だけど、其れほどに好きなのだ。
「でも、今は我慢。ここで落ち込んでたら忠亮さんに合わせる顔がない。」
でもだからこそ、この気持ちを貫くのなら成せばならぬ仕儀がある。ここで可能な限り、アメリカら技術を引き出して―――忠亮が任される次期主力機開発への糧とする。
そして願わくば、共に―――戦術機を作り、日本の未来を………否、二人笑いあえる未来を斬り拓く。
その決意に嘘も偽りもない……だからこそ、この仕儀に全力を尽くす。
他の誰でもない、自分が―――篁唯依がそれをしたいから。
「タカムラ中尉―――!!お時間ですよー!!」
「分かった、今行く。」
唯依を呼ぶ声、それに黒髪を靡かせて振り返る。
未だに成れない国連軍C型軍装―――この身が山吹を再び纏う日はまだ先、それまでは耐えがたきを耐える時、雌伏の時だ。
最後に一度振り返る。
「―――忠亮さん、行ってきます。」
組み立て途中の不知火に彼を重ねて告げる。ここから先は自身が体験したこのない戦いだ。
国籍も人種もてんでバラバラなメンバー、それらを上手く纏め最良の結果を導き出さねばならない。
文化の異なるモノをどう御すべきか……それを念頭に置かねばならない。
それに、アメリカのような後方国家と前線国家の価値観の違いも含めて。
障害は多い、だが前に進まねばならない……いや、違う。自分自身が進みたいから。望む場所へと。
「今回、ソ連側からの要請にとり東西両陣営による合同演習が決定されたのは先ほど周知したとおりだ。」
ブリーフィングルームにてソ連との合同演習が急きょ決定された事の告知を再度行う。それ自体は事前配布した資料を読み上げるだけの簡単なものだ。
「しかし、我々には無駄に過ごしていい時間など一刻たりとも存在していない。故、今回の合同演習を有意義なモノとする為に従来予定されていたカリキュラムを一部アレンジしながらも消化することとする。」
「タカムラ中尉、少しいいかしら?」
ブリーフィングルームで説明を聞く衛士の一人、彫刻のような美貌、金髪蒼眼の白人女性が手を挙げた。
「ブレーメル少尉、何か?」」
「事前に予定されていたカリキュラムとは一体何なのかしら?」
ステラ・ブレーメル少尉。スウェーデン出身の衛士である彼女に頷く。
「うむ、其れだが知って通りアルゴス小隊の開発衛士には日本人衛士―――平たく言えば、日本機への搭乗経験がある衛士が存在しない。
強いて言えば、ブリッジス少尉以外には弐型と同様の運用思想下で開発された戦術機への搭乗経験がある程度……。
よって、弐型の建造が未だ途中であるため、これを期にTST-type97吹雪への搭乗を行ってもらう。」
「フ…ブキ……?」
自分が乗ることになる機体の名を呟く南アジア系人種の特徴を持つ少女、そんな彼女の疑問に満ちた声に答えたのは試験小隊の指揮を執る中東系の褐色の肌を持つ男だった。
「type97はtype94直系の高等練習機だ。」
「―――――」
冗談じゃない。馬鹿にしているのか。
そんな声にならない声が表情からありありと見て取れる男、XFJ計画の首席開発衛士であるユウヤ・ブリッジス。
主席開発衛士である彼の疑問もある意味では尤もだが、軍人としてはどうかと思う。
必要な情報は必要な時のみに掲示される。それが軍人の基本、守秘義務NEED TO KNOWの原則だ。
それが気に食わないのは理解できるが、だがその裏を予測しつつもその命令に従うのが軍人だ。
―――今回に限って言えば、敢えて吹雪の特性を周知せずに搭乗させることで彼の突発事態への適応性と、どれだけ日本機を知る気があるのか………というのを見る目的がある。
彼と一緒に赴任してきた整備士のヴィンセント・ローウェル軍曹なら日本機がどういう意図をもって建造されたかというのは大よそ知っているだろうし、知ろうと思えば知ることが出来るのだ。
――――我ながら大分甘いと思う。あの人ならば無理やり乗せた上でぐうの音も出ない程に叩き潰し、そのうえで奴の得意なF-15あたりに乗せてさらに叩き潰してさらに止めに叩き潰す。
徹底的に相手を叩き潰して捻じ伏せて、其処からの反発心を利用して事を進める―――そういう人だ。
「やーい!ユウヤ、オムツはかされてやんの!お漏らしでもしたのかよ!」
南アジア系の少女、タリサ少尉がユウヤを囃し立てる。
オムツとは練習機の隠語だ。
「マナンダル少尉、他人事ではないぞ。貴様にも乗ってもらうのだからな。」
「え!?」
小隊指揮を行うイブラヒムの言葉に固まる少女。
「今回、用意したtype97は主機などをtype94と同型へと換装した実戦配備仕様の機体だ。レーダーなどの電子系機器が一部簡略化されてはいるがその特性はtype94に極めて近しい。
よってtype94セカンドのベンチマークに於いてF-15ACTVと並んで良い比較対象となる。」
「加えて貴様は計画が推移するに従って二号機への搭乗も予定されている。よってこれを期に貴様にも帝国軍のカリキュラムに沿って機種転換訓練を行ってもらう。」
唯依の説明を継ぐイブラヒム。現状の不知火が組みあがっていない内にチェイサーとメインの衛士の乗り換えを行うのは合理的な判断に基づいてだ。
戦術機の開発に伴う性能評価に衛士という変動分を成るべく引いておく為の処置だ。
「うへぇ……藪蛇だったよ。」
「お仲間だなチョビ。」
「うるせぇよ!」
ユウヤ・ブリッジス少尉の様子を見てお仲間がいる事で多少留飲を下げたようだ。
「戯れは其処までだ。無論吹雪の出力は貴様らが不慣れなことを考慮して電子的リミッターを設定し、従来の吹雪と同程度にまで制限させてもらう。
習熟度合に従ってリミッターを解除していく。」
その言葉にまた表情を険しくするユウヤ・ブリッジス、いい加減にしてほしいとうんざりする。
「米軍機以外への搭乗経験のない衛士に対しては順当な対応だと思うが何か不服があるのか?正当な理由があるのなら考慮しよう。」
俺の経歴をちゃんと見たのか?と言わんばかりに睨みつけてくるユウヤに唯依が告げる。それは逆に経歴を見た上での判断という事だった。
「いえ、とんでもありませんよ中尉殿。こんな蚊トンボすぐに乗りこなして見せますよ。」
「………そうか。ならば見せてもらおう。」
言葉と裏腹に日本機を見下した態度。
練習機なんだから直ぐ乗りこなせて当たり前だろ、という言葉をぐっと飲みこむ。―――あの人なら殊更見下して言うに決まってるが。
流石に自分はそこまで喧嘩上等にはなれなかった。
「サー、もう体は良いのかね?」
「ええ、ご心配ありがとうございます。ここのスタッフの尽力のお陰です。」
ユーコン国連軍基地の一室、この基地の総司令でありかつて西ドイツ軍の戦術機部隊創立に携わったドイツ軍人ハルトウィック大佐。
彼の座るソファーの対面には蒼い日本帝国斯衛の軍服を纏う青年。
「並みの人工臓器のアフターケアなら他でも出来ますが、戦術機が絡むと調整が可能な場所は少ない……受け入れ感謝します。」
「うむ、君は貴重な成功例だ。君のデータを元に技術が体系化されれば戦術機は無二の近接戦闘能力を得る。
たとえ旧世代機であっても最新鋭機と変わりないどころか、場面によっては上回ることも可能―――私の理念と君を再生した技術の理念は合致する。そんな君をバックアップするのは当然の事だよ。」
本の一週間ほど前、F-4J改にて第三世代機と共に最前線で戦いF-4に乗っていたとは思えない戦果を残した青年。
しかし、彼が受けた手術は未だ不完全な技術、そんな体で実戦に出た代償によって彼の体は幾つかの不具合が見つかっていた。
「それにしても無茶をするものだ。医者にはあと3か月は養成しているように言われていたのだろ?。」
「共にBETAと戦っている盟友の窮地、動かねば斯衛の武士としての矜持が腐ります。
それに、そういう男だからこそが婚約者が認めてくれたと己惚れていますので。」
一人の女を瞼の裏に浮かべながら告げる青年、そんな彼の貌の右目を縦に裂く稲妻のような傷跡。
「そうか、確か君はタカムラ中尉と婚約しているのだったな。」
「ええ、己には勿体ない良い女です。この手術を受ける時も背を押してくれました―――己が己らしく生きれるようにと。」
西ドイツの英雄を前にして己が女は最高だと言う青年―――斑鳩忠亮。
「――――成るほど、自分が自分らしくある為に……か。それを支えるタカムラ中尉の決意、君の決断。畏敬に値するな。
それが日本人……いや、違う。武士とその妻の生き方か。大した惚気だ、この椅子に座ってから聞かされたのは初めてだ。」
年若い二人、互いを大切に想いやっているのは節々から感じ取れる。そんな二人が斯様な過酷な決断を行ったのには素直に驚嘆の念がある。
之から結婚するというのに命を賭す大手術、そして今回の出向―――本当に強い絆が無ければ乗り越える事なんぞ無理だろう。
そういう意味では、彼らの絆を試す試練は未だ終わっていない。
「そう言われるとこそばゆい限りです。」
「ふふっ、其れも若さの特権だよ。……所でだね、今回ソ連側からの申し出で東西両陣営での模擬戦があるのだが観戦してみないかね?
様々な陣営の対BETA戦略を見るのは得難い機会だと思うのだが。」
「そうですね、では招待に預からせてもらいましょう。」
プロミネンス計画の有用性を示すロビー活動の一環として自身が扱われていることを知りつつも忠亮はその申し出を受けるのだった。
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