暁ラブライブ!アンソロジー【完結】
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loss of memory~幸せの意味~ 【アラタ1021】
前書き
本日は『ラブライブ!~いつでもそばにいる君と~』を執筆しているアラタ1021さんです
どうも皆さん、小説投稿サイトに入り浸っております『アラタ』です笑
色々と語りたい事はありますが長くなるので、後書きを見ていただけると幸いです笑
今回のテーマは『ドッキリ』です!
とある平日の放課後。
国立音ノ木坂学院高校にて。
部室棟の一階に在するアイドル研究部の部室。普段より音ノ木坂学院のスクールアイドルである『μ's』が使用するこの部屋は、着替えや荷物の保管などはもちろんのこと、新曲等を作る際のミーティングルームとしても使用されている。
九人という大所帯で使用するにはいささか広さの足りない部屋だが、いつも楽しく活動しているのだろう。普段からメンバーの笑い声が絶えないという評判の場所だ。
だが、今日ばかりはそんな雑然とした雰囲気はどこにも見当たらない。さらにいえば、すぐ隣の部室や教室のそれとは明らかに質の違う虚無感に包み込まれていた。
時刻は一月十五日。十六時八分。
メンバーの一人が全員の前で腕組みをし、目視で関係者が全員出揃ったことを確認する。
遂に、静寂が壊された。
「さあみんな! いよいよ明日からの二日間。花陽に例のドッキリを敢行するわよ!」
黒字で埋め尽くされそうなほど念入りに文字が書き込まれたホワイトボードの前に立ち、今時にしては珍しい黒髪ツインテールの少女は代表して力強く宣言した。
矢澤にこ。ここにいる彼女達スクールアイドル部の部長である。
特徴は先に言った通り、その黒髪と少し華美な色をしたリボンで結ばれたツインテール。他のメンバーには見受けられないピンク色のカーディガンを羽織っており、存在感では他者と一線を画す。
現在この部屋にいる面子は、部長のにこ、そして協力者である春人を含めて全部で九人。
本来ならばメンバー+春人で合計十人なのだが、あらかじめターゲットに今日の練習は休みだと嘘の情報を伝えているのでひとり少ない形となっている。
にこの宣言に対する反応は各々違うようで同じだった。
特に花陽と同じ一年生の真姫と凛は躊躇うような表情を浮かべたものの、何度も話し合いを持ち、作戦を練り直してきたこれまでの経過を思ったのかすぐに平常の顔つきに戻る。
二年生の穂乃果、ことりはいかにもやる気という表情。海未は一年生に近い反応を浮かべる。
三年生組はやはり年長だからだろうか、終始落ち着いた面持ちだ。
「一応再度確認をするわ。今回のテーマは皆も知っての通り、いわゆる記憶喪失ドッキリ。花陽以外の全員がこれまでの記憶を忘れて、みんなμ'sや花陽との思い出がリセットされている状態よ。付け加えて凛に関しては、幼い頃の記憶も無いという設定だから注意すること。それと、にこだけは特殊な役柄だから、できる限りいつも通りにしておいてね」
にこに続き、もう一人の三年生メンバーが立ち上がり説明を行った。
絢瀬絵里。ここ音ノ木坂学院の生徒会長を務める三年生であり、μ'sのダンスリーダでもある。
ロシア人のクウォーターということもあり、血筋故に髪の毛は金髪、人よりも肌は白い。
彼女の言葉に対し、室内にいるメンバーは各々首肯で返事をする。どうやら皆しっかりと理解出来ているようだ。
しかし、尚も不安な色を浮かべながら、おずおずと挙手する者が一人。
「あ、あの、やっぱり花陽ちゃんが可哀想なような‥‥」
高橋春人。
彼女達μ'sの協力者であり、今回のドッキリ対象者である小泉花陽の幼馴染みだ。
ふわりとした黒髪と長身が特徴的な、スクールアイドルの彼女達とつるむには明らかに似つかわしくない男の子。彼は少し前からお手伝い役としてμ'sのサポートをしている。
もちろんμ'sのグループメンバーとしてステージに立つ訳では無いが、彼もまた、この中に必要とされる大切な面子。
「ここで怖気づいてちゃだめよ! みんなで今日まで何度も話し合ったんだから、絶対うまくいくはず。 っというか、だいたいドッキリをしようって最初に言い出したのあんたでしょう? 」
春人の意見に対し、にこは食いかかるように真向から否定した。
そう。実はこのドッキリ企画は彼、こと春人の発案で始まったものなのなである。明後日という日を、花陽にとって最高の一日にしてあげたい。そんな思いで、普段は意見することが苦手な彼が覚悟を決めて出した案なのだ。
まあ、もともとは花陽にサプライズをするというのが根本の目的だったのが、作戦会議を重ねるうちにドッキリになっていたのは‥‥彼の誤算である。
春人は観念するように挙手した手を下げた。
「そ、それはそうですけど‥‥」
「よぉーし! それじゃ明日から作戦開始!!!」
ある程度締まったところでμ'sのリーダー、高坂穂乃果は片腕を天に突き上げた。同じメンバーとして、花陽にとっておきのサプライズを届けたい。そんな思いで彼女は全員の中心に入り自ら気合入れをする。
こうして、花陽への『記憶喪失ドッキリ』が幕を開けた。
◆◇◆◇
凛ちゃんがこない。
時間にして、ドッキリ本番直前会議が行われた翌日の朝。
花陽を除いたμ'sのメンバー、そして春人が作戦を開始すべくそれぞれ行動をしている頃のこと。
小泉花陽。こと今回のドッキリ対象者は、幼馴染みと毎朝待ち合わせをしている場所に立ち尽くし戸惑いの表情を浮かべていた。
なんでだろう? 浮かぶ疑問。
凛ちゃん。こと花陽の幼馴染みである星空凛は時間にルーズな性格があり、少し遅れることはしばしば、いや昔からよくあることなのだが、親に携帯電話を買ってもらってからは必ず『かよちん先に行ってて!』とか『凛、今日少し遅れるかも!』といった連絡が来るのである。
だからこそおかしい。花陽は自身の下唇を軽く噛む。
いつも待ち合わせをしている親友が来ないうえ、さらには連絡一つよこさない。それだけでも彼女の不安を募らせるには十分の要素だった。
「どうしよう‥‥」
不安を紛らわせようとあえて口に出して呟く。変な人に絡まれてたらどうしよう‥‥。もし事故にあったりしてたら‥‥。
幾度出てくる不安要素。自身の元来である心配性が花陽の思考を乱す。
彼女はチラリと、春人と凛にもらったお気に入りの腕時計を一瞥した。
一応まだ時間的に余裕はあるが、それ以上待ってしまうと今度は自分が学校に遅刻してしまう可能性がある。もちろん遅刻はしちゃいけないことだけど、やっぱり連絡が無いのは心配だし‥‥。
うぅ‥‥凛ちゃんごめんね!
花陽は自分のスマホのLINEを開き、凛に先に行くことを伝えると、少し足早に歩みを動かした。
だ、大丈夫‥‥だよね。もしかしたら凛ちゃん、先に学校に着いてるかもしれないし。
そう、自分に言い聞かせながら。
花陽はまだ、何も知らない。
※※※
至極不安な心持ちで学校に到着すると、結局凛は既に席に着いていた。
彼女はいつものように何人かのクラスメイトとお喋りをしており、その可愛らしい笑顔を周囲に振りまいている。
なんだぁ、良かった‥‥。
花陽はそっと自分の胸を撫で下ろした。
凛から連絡が来てなかったことが本気で心配だったからだ。もしかしたら交通事故にでもあったんじゃないかとか、変な人にからまれてるんじゃないかとか‥‥。
しかしいつもの光景を見てそんな不安は一気に消失した。きっと凛の笑顔がそこにあったからだろう。杞憂に終わって本当に良かった。心から彼女はそう思う。
「おはよう凛ちゃん。心配したよー。朝連絡来てなかったから事故にでもあったんじゃないかぁって。でも良かった。今度からは早く行く時はちゃんと連絡してね? 私心配性だから‥‥」
何気なく話かけながら、凛の前に位置している自分の席に腰を下ろす。
デスクの引っ掛けにカバンをかけ、凛がいる後ろを振り向くと、よくわからなことが起こっていた。
「‥‥‥‥?」
凛は花陽の方を向いたまま、きょとんと不思議そうに首をかしげている。花陽から見ても羨ましいほどパッチリした綺麗な瞳でこちらを見つめていて、まるで『何のこと?』と言わんばかりの疑問顔。
「凛ちゃん?」
「え、えっと、誰ですか‥‥?」
「へ?」
凛の放った言葉は、とても衝撃的だった。
いつもの純粋無垢。凛は全くもって不信感やそれに類する感情を含んでいない表情で花陽に問うた。
花陽は面食らっているものの、特に疑う様子はない。でも、どこか理解の追いつかない思考。
「‥‥な、なにかの真似?」
「何が‥‥? 別に何の真似もしてないけど‥‥」
返ってきたのは至極普通の返答
故に花陽は大きく戸惑う。幼馴染みの表情使いや口調があまりに普段と変わらなすぎて、この説明のつかないおかしな状況をすんなり受け入れてしまいそうになる自分。
い、いやいやいや! おかしいよぉ!
「凛ちゃん、どうしちゃったの‥‥!?」
「凛は普通だよ。って、‥‥え? なんで凛の名前知ってるの?」
「‥‥‥‥」
きょとん。再度可愛い顔を傾ける。
どういうこと?
どういうこと?
どういう‥‥こと?
たくさんのクエスチョンマークが花陽の思考を飛び交った。
驚かせようとしてるの類なのか、何かの受け売りかなとか、そんないたずらっぽいことすら考えられないのだ。
だって、凛は花陽に嘘をついたことが一度もないから。
ーーもしかして、凛ちゃん記憶喪失?
そんな非現実的な想像さえ浮かんでしまう。恐怖に近く、しかしどこかそれとは違う別種の恐ろしい感覚が花陽を内から包み込む。彼女はそのあまり、もう一人のクラスメイトの席へと駆けよっていった。
「ま、真姫ちゃん! 凛ちゃんがおかしいの! ねえ‥‥ま、真姫ちゃん?」
西木野真姫。クルリとカールの巻かれた毛先が特徴的な赤髪の美少女。凛や花陽と同じ一年生であり、学年でもトップ成績の座を誇る。
花陽と凛と一緒にスクールアイドルを始め、それをきっかけに今ではもう親友。彼女はその性格ゆえに友達の少なかった中学時代に比べて、今ではかなり充実した高校生活をおくっているみたいなのだが‥‥。
崩壊。花陽の中でその印象は音を立てて崩れ落ちた。
ーー何故か。
ーー凛と同じ目をしていたから。
「あなた、誰よ」
端的な言葉のみで告げられる。
真姫特有の、切れ長な紫色の瞳。
いつもなら綺麗過ぎて羨ましくなるそれも、一切光を秘めていない。少し釣り上がった目元から伺い知れるのは明らかな他人行儀。いやそもそも初対面のそれ。
こ、怖い‥‥。
花陽は軽く足が震えるのを感じた。
「私のこと、分から、らないの‥‥?」
おそるおそる問いかける。花陽の口調は震え、涙を浮かべた。
「し、知ってる分けないでしょう? 今が初めてよ。あなたと話したのは」
あまり演技派ではないのか、アドリブでやっているために真姫のセリフはところどころたどたどしい。
しかし冷たく無感情な、まさしく花陽や凛と出会う以前の彼女の口調。
それだけでも、花陽はまるで心の中に包丁を突きつけられたような感覚だった。
何か恐ろしい事が起き始めている。
花陽はそのような、普通の状況ではまるで想像もつかないほど大きな恐怖と直面を始めた。ーーでも。
花陽はまだ、何も知らない。
※※※
結局花陽は朝以来凛や真姫と一度も口を交わすことなく、ままならない恐怖感に怯えながら放課後を迎えた。
みんなにこのことを伝えなきゃ。部室へと足を進めながら考える。
花陽は別に早とちりな性格というわけではない。むしろ高校一年生というまだ幼い枠組みに入る年頃ながら、相手の感情や思考には人並み以上に敏感である。
だからこそ、普通なら疑ってかかるようなこの事態を、花陽ははったりや冗談事じゃないという確信したのだ。
もちろん理由もある。それは主に二つ。
一つは、今朝の凛のこと。
彼女が連絡をせずに待ち合わせ場所に遅れるなんてことはこれまで一度もなかったし、彼女は元気で少し間抜けなところもある反面、根っこは意外にも真面目。そんな彼女がおふざけで連絡を落とすなんて事はないはず。そのことを幼馴染みゆえに花陽はよく知っている。
そして二つ目は‥‥二人のあの目。
花陽はつい数時間前の光景を思い出す。
同じグループのメンバーとして、同じ教室で学ぶクラスメイトとして。そして何より大切な親友として、花陽と凛と真姫は充実した時間をこれまで紡いできたのだ。しかし、今朝見たあの二人の目色にはそんなものはきれいさっぱり消し去ったかのように、何一つ輝きを纏って無かった。それどころか、花陽のこと覚えてもいなかった始末。
私、どうしよう‥‥。
そう考えているうちに、部室棟へと到着する。少し遅くなってしまったが、恐らく二年生あたりが練習着に着替えている頃だろう。
花陽はどうやって二人のことを切り出すべきか考えながら、廊下を進む速度を落とす。
徐々に重たい足取りとなりながらも、近づいたのは一階廊下の壁際にある木目状の扉。いつもの見慣れたそれを開く。
ガチャリ。
そこには、
誰もいなかった。
「‥‥え?」
花陽はあっけに取られて思わず声を上げる。彼女特有のか細く、それでいて甘えて欲しくなるような可愛いらしい声。
目の前に広がるのは、いつも明々とつけられた照明もパソコンも落とされた暗闇の部屋。休憩やミーティングで幾度も使った、花陽にとってとても大切な場所は明らかに、おかしかった。
今日‥‥休みだったっけ? 眼前に広がる景色を受け入れられなかったのか、逸脱した感想を浮かべる。
いやいや、そんなことは無い。
花陽は自分の思考を断ち切るように否定した。
以前、穂乃果が学園祭のライブで倒れたあのイレギュラーが起きた時に一度μ'sの練習は激減したけれど、その後春人のおかげで復活してからは、平日と土曜日の午前は必ず行われている。それに、もうすぐラブライブ本戦。そんな時期に、何の予告もなく休暇を作るなんて事はいくらなんでも考えにくいし、もしもそんな予定ができるほどなら予め自分にも連絡されているはず。
花陽は数秒、目の前の光景に立ち尽くした。
「どういう‥‥こと?」
黙っているのが怖すぎて、あえてわざわざ口に出してセリフを言ってみる。
誰も居ない室内。いつもなら皆の笑い声で賑わっているそこに、たった一人自分の声だけが溶け渡った。
絶対普段の自分なら信じない状況だと思う。でも、朝から明らかに様子がおかしいクラスメイトや、実際に今見たこの光景。
信じ難いけど、何か大変なことが起きてるのは事実。
あ、あれれ。
あれ‥‥? あれ?
どういうこと。
どういうこと。
どういう‥‥こと?
まともに頭が回らない。朝から凛と真姫の様子もおかしいし、この状況も‥‥。
‥‥これ、もしかして夢?
何一つ予期していなかった緊急事態に、花陽の頭にはそんな想像さえも浮かんだ。
否。
こんなに意識がはっきりとしていてそんなことは無いだろう。事実その証拠に、先程から恐怖のあまり握り込んでいた両手には痺れも微量な痛みも走っている。
じゃあこの状況は‥‥? 同説明するの?
これはこれで振り出しに戻る形だ。何がどうなっているのか、全くわからない。
遂に膝が笑い出した。
「う、うぅ、だれか、だれか‥‥ダレカタスケテーー!」
バタン!
花陽は自身の中に募った恐怖のあまりに、部室を飛び出し階段を脱兎のように駆け上がった。
‥‥怖い。怖すぎるよ!
凄まじい恐怖心が花陽を包み込む。『廊下は走るな』などと戯言の書かれた掲示板など丸無視して全力で廊下を駆け抜ける。どんな歩幅でどれだけ走ってるかなんてちっとも分からないけど、ひたすら逃げるばかり。
行く場所は決めていた。
一歩一歩転ばないように、それでも自然と足の動きは早くなる。
元より体力がない自分がこんな豪快に階段をダッシュするなんて。普段の練習じゃとても考えられない。火事場の馬鹿力とういのは本当に実在するようだ。
音ノ木坂学院。B棟四階。
半ばがむしゃらに走り、行き着いた先。
「絵里ちゃん! 希ちゃん! 大変!」
そう、花陽が向かったのは生徒会室だ。
力強く扉を開く。失礼しますの断りは愚か、ノックすらしないで勢いのまま乗り込んだ形だ。
思わず力のこもった手で思いっきり扉を開けてしまい、ブレーキがきかずこけそうになるがなんとかドアノブを掴むことでバランスを保つ。
やっと心の通じあった仲間に会える。そう安心していた。
しかし
室内に入った瞬間、見慣れた三年生の美人二人、加えて他に生徒会メンバーの視線が一斉ににこちらに向く。拒絶感とでも言うのだろうか、空気は一瞬にしてに凍りついた。
出ていけと言わんばかりの表情。いや、それ以前に皆一様に驚いた様子かな。
花陽はいつも一緒に踊り、そしてこれからも一緒に歌い続けるであろう仲間の顔を確認する。
クールで、皆のあこがれの先輩。絵里ちゃん。
優しくて、まるでお母さんみたいに暖かい先輩。希ちゃん。
乱れた室内の空気。
突然の闖入者に、部屋の再奥部に座っていた金髪の美少女はゆっくりと立ち上がる。一歩一歩近づき、花陽の目の前で立ち止まった。
「何の要件ですか? 非常識ですよ。会議中にノックもなしに入ってくるなんて」
「エリチ、その子誰‥‥? うちらの名前知ってたみたいやけど」
花陽はまだ、何も知らない。
※※※
生徒会室を後にして、花陽は学校の図書室の前に訪れていた。
まさしく途方に暮なんて表現がしっくりくる。トボトボと歩き、なんとなく立ち止まって目の前を見る。
あれ‥‥、私、なんでこんなところに来たんだろ。
半ば朦朧とした意識の中、そんな思考が浮かび上がる。多分、とりあえず校舎を巡っているとたどり着いたんだろうな。もちろん、なぜここで立ち止まったのかなんて自分でも分からないけど。
花陽は、疲れと戸惑いのあまり特に何も考えないまま室内に入り、読書用に設けられた席に腰を下ろした。色々なことがおかしすぎるのと、さっきまで階段を駆け上がって疲れた身体は、チェアマットレスの反発を快く受け入れる。
そのまま一息。乱れた呼気を整えつつ、数回瞬きをして目の前の景色を見る。
「‥‥‥‥」
無言。
「‥‥‥‥」
無言。
「‥‥‥‥」
無言。
その後は一切、ため息すら出なかった。今日という日に起こったすべてのことに唖然としすぎて、そして考えることの多さに脳内が疲れたと悲鳴をあげる。
私‥‥これからどうしようかな。
ここまで来たらもう自分の力ではどうにもならない。それが分かっているからこそ自分自身に問うてみる。
人の心理というのは、追い込まれれば追い込まれるほど壊れやすくなり、そして折れやすくなるもの。
実際、今の花陽はそんな心理状況だった。
一応簡単に、朝から今までに起きたことを軽く整理してみる。
まず事の発端は、今朝待ち合わせ場所に凛ちゃんが来なかったこと。あの時点では単なる連絡ミスか、純粋に寝坊しているのかななんて思っていた。
でも、学校に着いてみたらそんな事はなく、凛ちゃんはいつも通りの笑顔で友達とお喋りをしていて‥‥。
ここからが一番問題。
彼女の記憶から、私が消え去っていたのだ。
多分、嘘とか演技とかじゃなく、ホントのホントに。
昨日までは、いつも通り一緒に学校に来て、学校でお話したり、一緒にご飯を食べたりしたのに。
今日会ってみたらあんな状態。しかも、それは凛ちゃんだけじゃなくて、真姫ちゃん、希ちゃん、絵里ちゃんも一緒だった。
なんでμ'sのみんなが一斉にそうなっちゃったかなんて分からない。でも、四人が一斉にそうなるなんてどう考えても‥‥。
そこまで考えたところで、花陽はあることに気づいた。
ーー他のみんなは?
穂乃果ちゃんにことりちゃん、海未ちゃんやにこちゃんは‥‥、一体どうなってるの? 今どこにいるの?
少なくても部室にはいなかったけど‥‥。
花陽はまだ、何も知らない。
※※※
カツ、カツ、カツ‥‥。
冬の夕暮れは寒い。特に朝焼けが見える時間に次いで気温の降下が激しい時間帯。時刻は午後六時を回った頃だ。辺りは既に幾本もの電灯が灯り、暗がりを照らしている。半ば夕暮れというよりは完全に夜だった。
今朝、凛ちゃんが来なくて一人で歩いた通学路。帰り道でも、響くのは自分の足音だけ。足元の硬いコンクリートに、規則的なローファーの打撃音は溶けていく。その足取りはもちろん重く、いつもよりペースも遅い。
「私‥‥、どうしたらいいんだろう」
今日何度この思考に至っただろうか。花陽はまたしても同じ疑問を問いかける。もちろん分かるわけなんてない。そもそも、どんなに優秀な人だろうとこんなこと、すぐに答えが出せるわけなどどこにもないだろう。
カツ、カツ、ピタリ。
花陽はふと歩みを止めた。よく見る風景、自分でも気づかないうちにとある場所まで歩いてきたから。
そこにあるのは『穂むら』と書かれた見慣れた和菓子屋の看板。曲作りや衣装づくりで何度も立ち寄った先輩の実家であり、そういえば、穂乃果ちゃんにスクールアイドルに誘われたのもここだったっけ。
私はついつい昔のことを思い出して感慨に耽る。ほっこりと暖かい気持ちになるが、すぐに選択に迫られた。
うぅ、寄ろうかな。それとも‥‥。
花陽は店の前に立ち止まったまま迷い、萎縮する。
大切な先輩たちに会っても、また私のことを覚えていないかもしれない。
ーー絶望。
もしかしたら、穂乃果ちゃんなら私のこと‥‥。
ーー希望。
彼女はしばらく逡巡する。絶望と希望の二択を考えながら。
結論が出るのは早かった。
ーーガラガラガラ。
いかにも古く、なんとも形容し難い硬い摩擦音を立てて扉を開く。中から香るのはいかにも和菓子屋って感じの、あんこの甘い香り。それは奥の厨房から風に乗り、僅かに鼻腔をくすぐった。
それによって一瞬、和らぐ緊張。
「いらっしらいませー!」
客が入ると鳴るチリリンという鈴のような音に伴って、元気な接客ボイスが店先に届いた。
自宅につながる奥の廊下から出てきたのは、明るい茶髪をしたとてもかわいい女の子。黄色いリボンで片側だけ髪を結び、割烹着を着ているあたりどこか彼女のお母さんに似た面影がある。
穂乃果ちゃん‥‥。大好きな、私の先輩。私の高校生活を最高のものにしてくれた恩人。
彼女はーーー
「あ! その制服もしかして。あなた音ノ木坂の一年生?」
皆と同じだった。
「あ、えっと‥‥、はい‥‥。そうです」
「へぇー! やっぱり! 実は私、あの学校に二年生なんだ!」
「そ、そうなんですか‥‥あはは」
いつもと同じ、終始明るい笑顔で振舞ってくれる穂乃果ちゃん。
彼女だったらもしかして‥‥。そんなことは無かった。
花陽はなんとか会話の途切れないよう受け答えをし、初対面らしくみえる演技を試みる。うん、一応大丈夫みたい。でもやっぱり、話し方や振る舞い一つとっても、自分の中にあるものを変えるのって中々難しい。さっきからでもそうだ。ついつい穂乃果ちゃんって言ってしまいそうになる。
「それじゃあ穂乃果、また明日」
「またね、穂乃果ちゃん」
店先で穂乃果と会話をしている花陽の横を、またしても見知った顔が通り過ぎた。
花陽はすぐに誰か認識する。南ことりと園田海未。穂乃果に誘われてスクールアイドルを始めた、μ'sの一番最初のメンバーであり彼女たちもまた大切な先輩だ。
「あ、うん。バイバイ! ことりちゃん、海未ちゃん!」
二人は花陽に見向きもしない。つまり、皆と同じ。
花陽はまだ、何も知らない。
※※※
その後、花陽は何もせずに店を出るのも不自然だったのでほむまんを家族分だけ買って穂むらを出たのだが、穂乃果と会話をしても結局μ'sのみんながなんでこんなことになってしまったかについては、まったくといっていいほど全然手がかりが掴めなかった。
もちろん、直接的なことを聞いた訳では無いけど、それとなく会話にヒントがないか注意深く言葉の裏を探ってみたりはしたもののまったく無意味。つい昨日まで仲良くしていた先輩と他人行儀で話すという少し不思議な気分を体験しただけ。
「一応、にこちゃん以外には皆会うことが出来たんだよね‥‥」
またしても独り言。今日一日でどれだけ増えただろう。帰り道の心細さ故に現れるそれ。別に口に出す必要なんてこれっぽっちもないのに。
でも、これでにこちゃん以外のみんなが同じ状態だってことは分かった。なんであんなことになったかは本当に検討すらつかないけど‥‥。
多分、この感じだとにこちゃんもきっと同じ状態だと思う。
私は、どうしたらいいのだろう。
ーー自問する。
答えは出ない。私はただ、帰宅路を進む。
◆◇◆◇
「ただいま‥‥」
決して軽くはない足取りのまま、自宅に到着した私は小声で挨拶をして玄関に上がる。玄関室が吹き抜けになっているせいか、それとも疲れているせいなのか、ローファーの音がひどく耳に響いた。
リビングに入ると、蛍光灯の淡い光が視覚に刺激を与える。先程まで夜道を歩いていたせいで網膜が拡張していたみたい。目の疲れは顔や精神の疲れに繋がるって聞いたことがある。しばらくは、眼鏡に戻そうかな。
そんなとりとめのないことを考えていると、食後なのか歯磨きをしながらバラエティ番組に興じるお母さんから声がかかった。
「あら、おかえりなさい花陽。遅かったわね。パパが心配してたよ?」
「う、うん。ごめんなさい」
「今日も練習?」
「え? あ、えっと、‥‥うん、そうだよ」
「あんまり頑張りすぎないようにね」
「‥‥は、はぁい」
会話が終わる。練習‥‥無かったよ。
遅くなった言い訳に勢いで嘘をついてしまい少し胸が痛む。
この胸の痛みは、嘘をついたことに対してじゃなくて‥‥。
皆で練習をすることはもう無い。その事実に対しての悲しみ。
リビングをでて、二階へ向かう。お気に入りの自室に入ると私はそのまま、まるでそこに一緒閉じこもるかのように膝から扉の前に座り込んだ。
否。崩れ落ちた。
「‥‥っ、うぅ」
溜め込んでいた嗚咽。声にならないそれは一人になってついに漏れ始める。同時に、耐えきれなくなってしまった涙腺が崩壊した。
「うぅ、うあ、うぁ‥‥ん」
掠れたような鼻声。
大量の涙がとめどなく零れ出た。
皆との思い出。楽しかった日々たち。充実した毎日。大好きなメンバー。アイドルへの憧れ。自分自身の成長。周りの変化。心の変化。笑う仲間の姿。合宿で行った親友の別荘。みんなで考えた曲や振り付け。他愛もない会話。皆で見てきた景色。これから見るはずだった景色。
それらをら思えば思うほど、涙はまるで氷雨のように頬を伝う。それは胸に落ち、手の甲に落ち、そして私の心そのものを濡らした。
「おがしいよぉ! みんな、‥‥みんなおかしいよぉ!」
家族には聞こえないよう、小声でつぶやくように言葉を発す。私は涙を拭うこともしないまま鼻だけを何度も啜った。
そう、おかしいのはみんな。
でも、それに伴い私自身もおかしくなりそうだった。自分がいかにμ'sが好きだったのか、自分にとってμ'sがいかに大きな存在だったのか。自分がどれだけ小さく弱い人間なのか。それを理解すればするほど、精神が崩壊しそうになる。
μ'sが無くなるくらいなら私‥‥
私、死んだ方がいいのかな。
私の精神はかなり危険な状態にあった。今ふと浮かんだ事項にそれを自ら自覚する。本当は死ねる勇気なんてこれっぽっちもないのに、そうやって自分が危機迫っていること自体も快楽になるほどおかしくなってしまったのかな。
しかし。
『♪♪♪♪♪‥‥』
軽快な電子音。
着メロに設定してあったお気に入りのこの曲が、私の中のそんな空気を派手に打ち破る。同時に一気に身体の力は抜け落ち、聴覚だけがサウンドに集中してしまう。ユメノトビラ、皆で作った思い出の曲だ。
私は恐る恐るスマホを手に取る。
液晶に表示された文字を見て涙が僅かに乾いた。着信中。応答と拒否のタップゾーンがある以外は特に飾り気のない画面。
表示されていたのは『にこ先輩』
まだ出会ったばかりの頃に設定したから、先輩とついた文字。そして、μ'sのなかで唯一今日一度も遭遇することが出来なかった相手。
力の抜けた指で、応答ボタンをタップする。
「‥‥も、もしもし?」
『もしもし花陽! 大丈夫!?』
応答した瞬間の急激な大声。耳に響いたそれは。
ーーいつもの、大好きな先輩のそれだった。
「え? にこちゃん‥‥私のことわかるの?」
『分かるわよ! 花陽こそ、私のことわかるの?』
「う、うん!! わかるよ!」
急な気持ちの高上がりに、ナチュラルにオーバーリアクションをとる自分。まだ涙が目に浮かんでるのは分かるけど、すごく暖かい安心感が全身を包む。
よかったよぉ! にこちゃんだけでも無事なら、もしかするとみんなのそれも一時的なものかもしれない!
『ほんとによかった! 花陽は無事なのね』
「私は無事だよ! でも、みんなが‥‥」
私の言葉に急激に下がる会話のトーン。
『ええ。私の方は最初に希の様子がおかしくて、いつもの冗談かと思ったんだけど‥‥、その後絵里に相談しようとしたら、その絵里もおかしくて、ついでにことりや真姫も。というか、皆同じ状態みたいなの』
「私も、にこちゃん以外には全員会えたの。でも、やっぱり同じ感じで、私のことを覚えてなくて‥‥」
にこちゃんもどうやら、似たような状態で同じ状況にあるらしい。
よかったってほど安心はできないけど、私一人だけじゃないって思えるだけでも精神的にかなり重荷が落ちる。
『そう‥‥。わかったわ。とりあえず今日は夜も遅いし、明日の放課後に部室で話しましょう? あそこには皆集まらないみたいだから』
「うん。分かったよにこちゃん」
『はい。じゃあ早く寝なさいよ。辛くても明日は来るんだから』
ため息の混じった、にこらちゃん特有の大人の口調。声も性格もどちらかといえば子供っぽい方が多いんだけも、こういう時にかっこいいから惚れ惚れしちゃう。にこちゃん、ほんとすごい。こんな状況なのに、私に気遣いができるだけでもすごいよ。
「ふふ。にこちゃん私のお姉ちゃんみたいだね」
『リアルに三人も下の兄弟連れてたらそうなるわよ』
「そうかもね‥‥。それじゃあ、おやすみなさい」
『ええ、おやすみ』
◇◆◇◆
そしてやってきた翌日の放課後。
私はクラスで任されてある戸締り係の仕事を終わらせると、すぐに部室へと向かう準備をしていた。
心は昨日の夜よりはかなり軽くなり、唯一見えた希望に心が揺れる。もちろん凛ちゃんや真姫ちゃんは昨日のままだけど、にこちゃんが同じ境遇にあるというだけでもかなり気の持ち方は楽だ。こんな不謹慎な事言うと、怒られてしまうかもしれないけれど。
教室をでて、小走りで部室棟の一階へと向かう。一分もかかっていないだろう。通いなれたアイドル研究部の部室に到着した。昨日は誰もいなくて真っ暗だったそこに、今日はにこちゃんが居てくれる。
一度、軽く深呼吸。
意を決して扉をーー開けた。
「きゃっ!」
パァン! パァン! パァン!
部屋に入った瞬間。急にいくつもの破裂音が重なって部屋に響いた。
ーー何が起こったか、分からない。
予想だにしない事態にびっくして顔を覆うように腕で守っていると、部屋の中からほんのり煙の匂いが鼻をついた。
匂いは全く濃くはないが、一度は嗅いだことのある匂い。わずかに視界をくぐもらせ、奥の光景を確認することを阻む。
そして少しづつそれは薄れ‥‥。
遂にっ!
「せーのっ!」
『ドッキリ! 大成功!!!』
「そしてもう一ついくにゃ!」
『花陽ちゃん(かよちん)!! お誕生日おめでとう!!!!』
この日私は、自分の幸せを知った。
(ウォール企画おまけ
にこ「てことで今回のドッキリは、花陽ハッピーバースデー! &記憶喪失ドッキリでしたーー!!」
凛「いやぁ、かよちんに真顔で話すのすごい難しかったにゃ!」
真姫「ほんとそれよ! この子泣きそうな顔するんだもの! 正直演技してる間すごく心苦しかったわ」
花陽「ふ、二人とも演技上手すぎだよ‥‥」
絵里「まさか生徒会室を襲撃してくるとは思ってなかったわね」
希「ウチ、エリチが花陽ちゃんに近づいた時はバレちゃうんやないかなって思ってたんよ?」
にこ「何はともあれ結果オーライ! 作戦が作戦通り行ってよかったじゃない」
穂乃果「そうだねっ!」
ことり「はい、花陽ちゃんの分のケーキだよっ」
花陽「あ、ありがとっ」
花陽がケーキを食べている間。ことりが春人にケーキを切り分けてあげる。そこで海未が春人の方を向いた。
海未「あれ、そういえば春人さんって今回は‥‥」
にこ「あ‥‥! あぁ!!!」
春人「ん? ん?」
にこ「あんた!! 発案者のくせに何もしてないわね!!」
春人「え、え? ちょ、だ、だれかたすけてーー!!」
後書き
最後まで読んでいただきありがとうございます!
私はこうして企画に参加させてもらうのは二回目なのですが、毎度楽しんでもらわせてます!笑
さらに今回は最初からテーマが選択式で、前書きにある通り私はドッキリを選択したのですが、いやはややっぱり普段から書かないものを書くというのはとても難しいものですね笑 正直なところ結構苦労した部分がいくつもあります。
一応この企画の後は、今のところ他の作家様の企画に参加させてもらう予定というのはございませんが、またどこかでお会いしましたら暇つぶしにでも是非読んであげてください笑
それと、こことは別のサイトになりますが、自分もラブライブの小説を投稿しておりますのでよろしければご覧下さい。
これからも、ラブライブに関わらず書きたいものを色々と書いていこう思っています。応援しろなんておこがましいことは言いません笑 暖かく見守っていただけると幸いです。
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