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STARDUST∮FLAMEHAZE

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第二部 WONDERING DESTINY
CHAPTER#23
  DARK BLUE MOONXⅤ~Endless Expiration~

【1】



『GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA
GUOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO
――――――――――――――ッッッッッッッ!!!!!!!』



 大気を震撼させる、蒼き魔狼の鳴轟が響き続ける。
 その咆吼は兇悪な憎悪の怒号であると同時に、
コレ以上ない哀咽に充ちた悲愴の嘆きを称えていた。
 その周囲で捲き起こる破壊の暴風雨。
 叫びと巨大な全身から発せられる圧威で生まれた乱気流に、
夥しい残骸が噴き挙がり混沌の渦を形成した。
「やれやれ、あんなモン一体どーやってブッ倒すんだ?」
 破滅の戦風に長い学ランの裾を靡かせながら
銜え煙草でそう漏らす無頼の貴公子に、
「出来る出来ないじゃない。ヤるのよ! 私とおまえで!!」
その隣に位置した紅髪の美少女が、
眼前の災殃に怯むコトなく凛々しい声で返す。
(うむ…… “天破壌砕” のような神儀ではなく、
“霞幻ノ法” を転用した禁儀であろうが、
しかし不完全とは云え王の顕現を可能とするとは……
だが死ぬ気、か? 蹂躙……)
 己の予想もつかない自在法を思慮とは縁遠い者が生み出していた事実と、
その先に待ち受ける結果を洞察したアラストールは、
使命と私情の狭間で心を揺らす。
 その古き畏友の心情を無言の裡から感じ取ったラミーが、
静かに歩み寄った。
「ふむ。やはり戦う気か。流石に “引く” と決断をしても、
誰も責められぬと想うが」
 言いながら手に持ったステッキで、遠方にて吼え狂う群青の魔狼を差す。
「老婆心ながら一つ言わせてもらおう。
“狙う” なら、アノ部分だ」
 老紳士が細い杖で示した先。
 ソレは巨大な前脚の脇部分、獣の心臓がある位置を正鵠に射抜いていた。
「場所が場所だけに希望と言うには程遠いが、
しかしソコに王の動力源足る『原核(コア)』が内包されている可能性が高い。
今は内部に取り込まれ休眠の状態に陥っている “弔詞の詠み手” がな」
「なるほど。 “急 所(バイタル・ポイント)” か。
幾らデカくても犬ッコロは犬ッコロ。
そこらへんの機能は同じにしとかねぇと動くに動けねぇってワケだな」
「う、うむ。確かにその通りだが……」 
 自分の指摘した事実を一瞬で理解する分析能力、
何より顕現した紅世の王を “犬” 呼ばわりする承太郎の心胆に
ラミーは半ば呆れながら返した。
「ごめん……」
 その脇で、唐突にシャナが口を開く。
「あ?」 
 こちらは意味が解らない物言いに、承太郎は剣呑な視線で応じた。
「“アズュール” 前に話した事があるでしょ?
“狩人” が持ってた火除けの宝具。
もしアレがここにあれば戦局も幾分かは楽になったんだろうけど、
私が粉々にしちゃったから」
 言われるまで忘れていた事象を、少女は本当にすまなそうな表情で
真紅の瞳越しに訴える。
 その悔恨に対し、無頼の貴公子は確乎足る口調で告げた。
「いらねーよ。ンなモン」
「え?」
 面責はないが落胆は覚悟していた少女は、予想外の返答に瞳の奥を丸くする。 
「おまえがいるだろ」
 継いで当たり前の如く告げられた言葉に、鼓動が一度澄んだ音を立てるのが解った。
 同時に最大の激戦を前にしての、不安や緊張が嘘のように消し飛んだ。
 真の姿を現した狂獰な王に対する畏怖や気負いも霧散し、その咆吼すら遠くなった。
「こんな所で、立ち止まっていられねぇ。
アノ男 『DIO』 のヤローは、あーゆー化け物を他に何人も従えてンだからよ。
だから、見せつけてやろうぜ。
オレ達は、何があろうが絶対に屈しないってトコをよ」
 そう言って勇壮なその風貌と共に、自分の一番大好きな微笑を向けてくる。
 言いたい事はたくさんあったが、
それでも自分は笑っているかもしれない顔を前に向けた。 
 正直、これ以上嬉しい言葉を貰うのが、何故か少し怖かった。
「さ、て、と」
 そんな自分の心中を知ってか知らずか、その隣に(くつわ) を並べる美貌の青年。
 そして、決意に充ち充ちた声で、静かに開戦を宣言する。 
「いこうぜ……相棒……」
「了解ッ!」
 互いの存在を確認する言葉を残し、二つの影が罅割れた大地に降り立った。
 そのまま着地の勢いを殺さぬまま、視界の遙か先で鎮座する蒼き魔狼に
真正面から向かっていく。
 矮小ながらも両者の発する異質な気配を敏感に感じ取ったのか、
魔狼はその刻印のような瞳を二人に向け威圧するように三度吼えた。




『GUUUUUUUUUUUUUUUUOOOOOOOO
OOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO
―――――――――――――――!!!!!!!!!!!』
「「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォ
ォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ――――――――
―――――――――――――!!!!!!!!!!!!!」」



 大気を揺るがす暴威を弾き返すように、
『スタンド使い』 と “フレイムヘイズ” も同時に叫ぶ。
 その咆吼が鳴り止んだ刹那、
蒼き魔狼は剥き出し牙を歪んだ両眼と共に軋らせながら開き、
ソコから頽廃の大禍流を吐き出した。
「「!!」」
 昨日(さくじつ)マージョリーが行使した “流式” に酷似してはいるが、
コレはその威力、射程距離、持続性共に比較にならない。
 天から(たた)き堕とされる暴虐の裁きの如く
街の一角が群青の禍流に呑み込まれ、
ソコに存在していたスベテが炎に包まれ燃え上がった。
「やれやれ、直撃(チョク)ったら骨まで消し炭だな。
オイ、今の喰らった奴等、後でちゃんと治せんだろうな?」
「大丈夫、 『喰われ』 さえしなければ、
例え粉微塵に擦り潰されても 「修復」 は可能よ。
だから今は余計な事を考えないで」
 魔狼の叫吼が噴出する刹那、既にその軌道を読んでいた承太郎とシャナは
周囲に並ぶ高層ビルを陰にしながら中空へと飛び去り、
吹き荒ぶ熱風の中で短く言葉を交わした。
「にしても、もう2,3発同じモン撃たれたら逃げ場がなくなっちまうな。
封絶もガタがきててヤバイ。一旦二手に別れ(バレ)ようぜ」
 ビル裏手の壁面にスタンドの指をメリ込ませ、
魔狼の挙動に比例して頭上から剥がれ落ちてくる
幾つもの紋章を手の平で受け止めながら承太郎が言った。
「いいけど、でも時間稼ぎは通用しそうにないわ。
何か良い策でもあるの?」
「ある」
 纏った黒衣の能力で傍らに貼り付くシャナに、
承太郎は確信を込めてそう宣言した。
「このまま離れて、あの犬ッコロとの中間距離にまでお互い近づく、
そうしたら 「合図」 を送るから
おまえはアノ “翼” の能力を使ってオレを拾ってくれ。
後は言う通りにしてくれりゃあ」
「!!」
 姿を見せない二人に焦れたのか、
魔狼が牙の隙間から火吹きを漏らす呻りと共に
その全身を蠕動(ぜんどう)させ始めた。
「オレの 『流法(モード)』 一発で、ヤツを沈めるッ!」
「ちょっと! それどういう意味!?」
 驚愕と想望。
 相反する感情を同時に抱いて困惑するシャナを後目に、
承太郎も背後の異変を感じ取っていたのか
掌握した壁面を陥没するほど強くスタンドで蹴り付け、
蒼い陽炎の舞い踊る静止した雑踏の中に消えていく。
「もうッ!」
 視界の先で轟然と立ちはだかる顕現の脅威よりも
彼の不明瞭な言動に苛立ったシャナは、
それでも魔狼の意識を分散させる為に逆方向へと滑空を始める。
 これからするべき事の概要は把握できたが、
断片的な説明だったので完全な理解には至っていない。
 それでも警戒を怠る事なく、微塵の疑念も抱く事なく示された場所を目指す。
 だって。
 アイツは今まで一回も、自分に 「嘘」 をついた事はないから。
 期待を裏切られた事も、一度だってないから。
 だから。
 だから……ッ!
 揺るぎない決意と信頼をその胸の裡で固める少女の風貌を、
突如群青の光が染めた。
(!!)
 蠢く魔狼の全身から、刃のような毛革の先から、火の粉が燐光のように立ち昇り、
それらがスベテ獣の牙を想わせる硬質な炎弾と変貌し周囲を取り巻いていた。
(アノ……姿で……自在法……編んでる……)
 如何に熟練の自在師だとしても、例え伝説的なフレイムヘイズだったとしても、
強力な炎弾をあれほど莫大な量で、一度に生み出すのは絶対に不可能。
 それこそ正に、顕現した王の威力(チカラ)
蹂躙の畏怖。





『GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA
GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA
――――――――――――――――!!!!!!!!!!!!』




 大気を穿ち己の血も噴き搾るような叫喚と共に、
魔狼の周囲を覆い尽くしていた莫大な量の炎弾がスベテ、
狂った衛星のような軌道で封絶全域に降り注いだ。
 標的を認識せず無差別にバラ撒かれたソノ蒼き災厄は、
着弾した先から爆発を起こし残骸を宙に捲き上げ、
ソレすらも後から襲い来る炎弾に砕かれ蹂躙の限りを尽くす。
 石作りの大地は抉られ、並び立つ高層ビル群は全壊し、
木々は灰燼となり、人という人は跡形もなく砕かれた。
 区画を縦断する高架橋が崩れ落ち、緑の園地は焦土と化し、
遠間に位置する波打ち際すら原初の地球のように干上がった。
 凡そ、視界に留まるスベテの存在の中に、
原形を留めているモノは何もなくなった。
 人類未曾有の戦禍に見舞われたが如く、その至る所で蒼い噴煙が立ち昇り
巨大な火災旋風が無数に捲き起こる、廃都と化した香港の街並み。
 動くモノは何もなく、声を発するモノもまたいない。
 その頽廃が支配する空間の中心で、蒼き魔狼の狂吼だけが響き続けた。
 裡に宿した永劫の嘆きが、天地万物を張り裂くかのように。
「……うっ……ぐ……ぅ……」
 頭上から天雷のように轟く狂吼を白い素肌に浴びながら、
少女は堆く積み上がった瓦礫の隙間からその小さな躰を這い擦り出した。
 衝撃と焦熱で纏った黒衣はボロボロになり、
内側のセーラー服は引き破れ、額からも血が滴っている。
 先刻、窮地に於ける咄嗟の機転により
回避は不可能だと判断したシャナは
破局の狂弾幕が一斉総射される刹那、
近隣の最も頑強な造りのビル内にドアをブチ破って突入した。
 そして纏った黒衣を繭のように形成して己の躰を隈無く包み込み、
魔狼の極絶焔儀を何とかやり過ごした。
 相手に、一切の回避圏を与えない全 方 位(オールレンジ)攻撃。
 恐らく、新たに生まれた能力(チカラ)を過信して飛んでいたら命は無かっただろう。
『ソコまで見越して、アイツは自分が指示するまで飛ぶなと言ったのだろうか?』
 満身創痍の躰に、限りなく透明に近い澄んだ力が沁み渡っていった。
 直撃こそ免れたが炎上するビルの崩落に巻き込まれ、
瓦礫を伝って浸透してきた焦熱のダメージは決して小さくない。
 正直、視界も足下の感覚も、左半身が失調したかのように頼りなく覚束ない。
 それでも少女は破滅の大地を蹴って、目的の場所へと向かった。
 大破壊の余韻に浸っているのか、魔狼も今は小康状態。
『絶望の先、絶体絶命の窮地の後にこそ』 勝機は到来する。
 ソレが、アイツが自分に教えてくれた、何よりも大切な事。
 湧き上がる万感の想いを噛み締めながら、
溢れる切なさに必死で堪えながら、
少女は罅割れたアスファルトの上を駆け続けた。
 先刻彼と交わした 「約束」 を、ただひたむきに信じて。 




 大丈夫、だよね?
 いるよね?
 来てくれるよね?
 待ってるから!
 何があっても絶対待ってるからッ!




 その少女の切望に応えるように、摩り切れたスカートの中から無機質な電子音が鳴る。
 意識よりも速く、ポケットの中から取り出した
携 帯 電 話(スマート・フォン)の液晶画面に記載された文字。
 他の誰よりも待ち望んだ、その者の名前。
 同時に待ち侘びた期待の喚声が、封絶全域に轟いた。 





『オッッッッッッッッッッラアアアアアアアアアアアアア
アアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァ
―――――――――――――――!!!!!!!!!!!!』




 予想していたよりも遙か近距離で、
倒壊した瓦礫の墓標から白金の光に包まれた二つの影が、
強烈な破壊音と同時に飛び上がった。
 自分と同じ、否、それ以上にズタボロの学生服姿で。
 それでもその勇壮な風貌は、いつもと何も変わっていない。
 散開するコンクリートの飛沫の中で舞い踊る、黄金の鎖。
 自分と同じように、建物の中へ身を隠していたのだろうか?
 否、おそらく 『迎え撃ったのだ』
 降り注ぐ蹂躙の弾幕を、自らの放つ流星の弾幕で。
 そして白金と群青の凄まじい軋轢に周囲のビルが耐えきれず、
その倒壊に巻き込まれた。
「――――ッッ!!」
 声にならない歓喜でそれを見上げる自分の先で、
神虐の魔狼すらも驚愕したようにその存在を凝視した。
 即座に背で烈しく燃え盛る、紅蓮の双翼。
 最早先に聳える魔狼の事すらも眼に入らず、
想い焦がれた存在の許に少女は全速で空を(かけ)る。
 もう少し、あと少し。
 急速に狭まる僅かな時間すらも、今のシャナにとってはもどかしい。
 そして己の信頼に応え傍へと向かってくるフレイムヘイズを
威風颯爽足る表情で見据えた無頼の貴公子は、
「さぁて、と。
ここの所シャナやアラストールのヤツばっか目立ってやがるからな。
ここら辺でこの物語の 『真の主人公』 は一体誰なのか?
一度キッチリ確認しとく必要があるようだぜ」
学帽の鍔を抓みながら不敵な微笑をその口唇に刻んだ。






【2】


 蒼き魔狼の巨眼が、その威圧感のみでバラバラに引き裂くように睨め付ける。
 上空で承太郎の手を掴んだシャナは、そのままスタンドごと彼を引き連れ
紅い光跡を描きながら災殃の中心部へと向かった。
「全力で飛ばせッ! 真っ向から勝負を賭ける!!」
「了解ッ!」
 紅蓮の双翼から炎が噴き出し、空を翔るスピードは更に加速されていく。
 ズームアップするように魔狼の貌が視界に迫り、
改めて認識したそのあまりの巨大さに唖然となった。
 近づく程に凄まじい熱気が肌を灼き、狂獰な存在感に全身が粟立つ。
(本当に……こんなの……に……?)
 これから自分が 『するべきコト』 は言われなくても解っている、
というより一つしかない。
 でも自分が挑むならまだしも、それと同じコトを承太郎にはさせたくない。
 すぐにでも転進し策を違えたいという欲求が堪えがたく湧き上がってくる。
「まだなの!? 承太郎ッ!」
 神経を焼く、文字通りの焦燥と共に少女は青年を急かした。
 距離的にはもう充分、このまま 「投擲」 すれば
魔狼の動作よりも速く承太郎をその鼻先に辿り着かせる事が出来る。
 だが。 
「まだだ! まだ機がきてねぇ! 「合図」 を待てッ!」
 窒息寸前で更に水底へと潜るように、承太郎は逼迫した声を荒げる。
 その言葉の間にも狭まる、死の射程距離。 
 高速で己に近づいてくる、取るに足らない矮小な虫螻を
周囲の残骸諸共粉微塵にする為、
魔狼の前脚が天空を抉るように迫り上がった。
 その大気を鳴轟する爪牙が揮り堕とされ、空間を断裂する刹那。
「今だ!! ヤれッッ!!」
 有り得ない状況の在り得ないタイミングで、承太郎の声が響き渡った。
 本来なら絶対出来ない、出来るわけがない行動。
 しかしその声に自らが彼のスタンドとなったかのように、
意識が空白となり躰の方が勝手に動いた。
 最愛の者を自ら火口の淵に投げ込むような暴挙の認識はなく、
ただ “やってしまった” という虚無にも似た気持ちに喪心となる。
 しかし乾坤一擲の想いで射出された承太郎の躯は、
双翼の加速も相俟って星光の如きスピードを宿し、
魔狼の爪を紙一重で掻い潜る。
 そし、て。

 


“TANDEM……!”




 一瞬を遙かに凝縮した時の狭間の中で、
無頼の貴公子の裡から集束された白金のスタンドパワーが流出し、
ソレが高密度の鋼鉄を弾き合わせるような感覚と共に
スタープラチナ内部へと刻まれていく。
 その特殊機動プログラムの終着点、今ある流法の中で
最大の威力を誇るモノがダメ押しのように叩き込まれ、
煌々とした光を右手に宿したスタンドの拳が
すかさず眼前を覆い尽くす魔狼の横っ面に放たれた。
『……ッッ!?』
 突如の目の前に、まるで平行世界から抜け出してきたかのような
残像を伴って現れたその小さき者の一撃は、
自分と同質の巨大な威容となってマルコシアスの瞳に映った。





 ヴァガアアァァッッッッッ!!!!!!  




『――――――――――ッッッッッッッッ!!!!????』
 泰山を穿つ鳴動と共に魔狼の巨大な顔面が捻じ切れる程に弾け飛び、
その口から多量の蒼い炎が吐き出される。
 凄まじい衝撃の巨大な反動にスタンドの鉄鋲が罅割れ
拳がギシギシと軋んだ。
 承太郎が撃ったのは強靱無双なる戦慄の轟撃、
流星の 『流法(モード)』 “スター・ブレイカー”
 しかしシャナの双翼の力を借りても尚、
顕現した紅世の王を怯ませるには不十分。
 そこで承太郎は魔狼の極大な力を 『逆に利用する為』
リスクを冒してまでマルコシアスの攻撃を待った。
 その結果として巨大な砲身が射出口への精密狙撃で暴発するように、
魔狼の爪撃にスタンドの拳撃を合わせ
“カウンター” を入れるコトを可能としたのだ。
 力無き者でもその勇気と技術次第で絶対的立場を覆し得る、
正に極小が極大を喰う人間の “叡智”
「不完全とはいえ、顕現した紅世の王を……!」
「ブン殴ったッッ!!」
 その神域に位置する光景を前に、シャナとアラストールが同時に驚愕を叫ぶ。
 しかし、両者が真に瞠目するのは、その後。
 憤怒の形相へと変貌した巨大な両眼を睨み返し、
「スタンド、パワーを……ッ!」
周囲全体に轟く承太郎の喚声。



「全開だああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――
―――――――――ッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!」



 同時に両腕を雄々しく開いたスタンドの全身から雷吼の如き光が迸り、
眼前の魔狼を含めた空間を天啓のように白く染めた。
「アレはッ!?」
「むう……ッ!」
 驚天動地の出来事に、シャナとアラストールが息を呑んだのはまた同時。 
 だがその能力(チカラ)の概要を認識する間もないまま、
スタープラチナ内部に叩き込まれた戦闘プログラムが即座に起動する。
 



「ォォォォォォォォォォォォラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ
オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ
オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ
オラオラアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァ
ァァァァ―――――――――――――――――!!!!!!!!!!!!!!!」



 猛り狂う承太郎とスタープラチナの咆吼と共に、
夥しいスタンドの拳がマルコシアスの貌全域に降り注ぐ。
 拉げた頬桁を蠢かしその顎を開いて
承太郎に喰らいつこうとしたマルコシアスの口は、
その遍く流星群のような乱撃に無理矢理閉じさせられた。
 巻き起こる旋風と迸るスタンドパワーにより、
炎の熱を吹き飛ばし重力すらも振り切って炸裂し続ける白金のラッシュ。
 本来、顕現した紅世の王、マルコシアスにとってはコレすらも
棘が刺すような微細なモノでしかない。
 だが数千発、否、 『数十万発』 まとめてクれてヤれば、
巨大な拳で何度も殴られているに等しき大衝撃。
 深いダメージを受けている様子はないが、
それでも蒼き魔狼は永続的に着弾し続ける白金の光に爪牙を阻まれ、
その巨体を大地に縫い止められる。
 勇壮なる承太郎の風貌と狂猛なるマルコシアスの外貌が、
全く同等の存在として天空に対峙した。
「アノ…… “蹂躙の爪牙” と……真正面から殴り合ってる……」
「全く……何という男だ……アノ者は……」 
 中間で、その二人の壮絶な果たし合いを見据える
フレイムヘイズと紅世の王が、
呆気に取られたようにそれぞれの感慨を漏らした。
 そして迸る白金の光が両者を照らすその間にも、
スタンドのスピードは更に加速度を増していく。
(もっと……もっとだ……! スタープラチナ……ッ!
“アレ” を使うにはまだスピードが足りねぇ……!
限界を超えてその能力(チカラ)を見せてみろ……!
コイツにも……! DIOのヤローにも……ッ!)



『オラオラオラオラオラオラオラアアアアアアアアアアアア
ァァァァァァァァァァァッッッッッッッッッ!!!!!!!!!』



 宿主の心情が伝播したのか、屈強な守護者は喚声を荒げ
この一点にスベテを振り絞るかのように弾幕を射出し続ける。
 魔狼は忌々しそうに火吹きを散らして唸るが
己にはないそして初めて受ける “スピード” という圧力に抗しきれず、
再び縛鎖にその身を封じられたかの如く微動だに出来ない。
 やがて、徐々にではあるが、
白金の流星群が放つ光に魔狼が後方へと押され始め
承太郎とスタープラチナもソレに連動して前へとズレた。
「行けッッ!! そのまま!! もっと強く!! もっと速くッッ!!」 
 己の想像を超えて繰り広げられる光景に
最早心中を抑えられなくなったのか、声の限りにシャナが叫ぶ。
(む……うぅ……ヤれる……というのか?……
生身の人間に過ぎぬ貴様が……)
 同調するように胸元のアラストールもその胸襟を露わにする。
(ならば……みせてみよ……! 紅世真正の魔神足る、
この “天壌の劫火” の眼の前で……!)



『オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!!!!!!!!!!
オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ
オラオラオラオラオラオラオラオラアアアアアアアアアアアアアアアア
アアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!!!!!』



 二人の声に応えるかのように、スタンドの喚声が更に高まる。
 そして凄まじいエネルギーの激突に空間自体が変質し始め、
魔狼を形成する蒼き炎の色彩が薄らぎ始めた。
 スタープラチナの放つ凄絶なラッシュの衝撃波に
周囲の空気が弾き飛ばされ、
限りなく 『真空』 に近い状態となったのだ。
(!!)
 ソレを最大の好機と見定めた承太郎は乱撃を射出し続けるスタンドに代わり、
これから発動させる 『流法(モード)』 の遂行に全神経を集中させる。
 そう。
 スベテは、この “一撃” の為に。
 先刻の巨大なカウンターも、いま総射している狂乱の弾幕も、
スベテはこれから()り出す 『流法(モード)』 の “予備動作” に過ぎない。
 ソレは――
 嘗てこの世界生物全ての頂点に立っていた太古の最強種、
『その中でも』 最上位に君臨していた地上最強の男が携えていた究極の闘技(ワザ)
 幼き頃、曾祖母より繰り返し聞かされた、風の “原始の流法(プロト・モード)
 左腕を、関節ごと右廻転!
 右腕を、肘の関節ごと左廻転! 
 その関節駆動領域の限界を越えて捻り込んだ腕を振り解きながら
刳り出される双掌撃の廻転圧力に拠って生じる更なる真空空間に、
両掌へと集束させた莫大なスタンドパワーを同時に叩き込む神技!!
(DIOのヤローに喰らわせてやる予定だった “秘密兵器(とっておき)” だが、
特別にテメーにクレてやるぜッ! 犬ッコロッッ!!)
 スタープラチナと交差させて刳り出される承太郎の両掌が、
その裡で輝く星雲の如きスタンドパワーが、
眼前で形成される多重真空空間を透して魔狼の顔面に撃ち込まれる。
 その様相、この世界という法則(ルール)を、根底から断砕するに等しき栄耀。
幽 波 紋 絶 界 幻 象(スタンド・ヴァンダライズ・フェノメノン)
 ソレは極限をも超えた精神の爆発に拠り、
限りなく偶発的に目醒める云わば一つの『奇蹟』
 嘗てある者は、己の想いを託す為死の顔を石面に刻み付け、
またある者は誰も触れるコトすら叶わない絶対的存在に挑むコトを可能とし、
そしてまたある者は、肉体が絶命したのにも関わらず
ソレでも死を乗り越え最後まで生き続けた。
 通常の理を遙かに逸脱した光景、
しかし人類史上、ソレによりスタンドの 「破壊力」 が増したり
「射程距離」 が伸びるといった現象が確かに存在する、
(れっき) とした事実である!
 スタンドとは、その名が示す通り傍に立つ者。
 苦難に立ち向かう者。
 そして!
 神の 『試練』 に()え得る者ッ!
「ヤっちゃえええええぇぇぇぇぇぇぇ―――――――――!!!!!!
承太郎オオオオオオオオォォォォォォ――――――――――!!!!!!!!」
 背後から響く喊声と共に、 『その少女の為に』 完成された流法が、
天地開闢の如き光輝(ひかり)となって爆裂する。
 星龍殲吼。神嵐の極撃。
 流星の “超 流 法(スーパー・モード)
流 星 暈 叛 滅(スター・ハウリング)
超流法者名-空条 承太郎
破壊力-S スピード-S 射程距離-C
持続力-E 精密動作性-S 成長性-測定不能




 グァオンンンンンンンンッッッッッッッッッ!!!!!!!!




 時空が殺ぎ取れるような異質な残響と共に、
魔狼の左顔面が頭部諸共跡形もなく消滅した。
 更にソコから頚部を伝って大きな亀裂が生じ、
その最終地点である破滅の爪牙を前脚ごと吹き飛ばす。



『GUUUUUUUUUGYYYYYYYYYYYY
AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA
AAAAAAAA――――――――――――――――
―――ッッッッッッッッッ!!!!!!!???????』



 片端となって尚、今まででにない惨苦の叫声を轟かせる蹂躙の王。
 破滅の大地を踏み拉いていた左脚が無くなったコトにより
巨躯を支えていた危うい均衡がガタガタに崩れ、
全身に掛かる重力の魔が地中から這い擦り出した手のように
蒼き獣を底の底の方へと引き寄せる。
 真空と真空とがブツかり合って創成された異相空間、
ソコへ更に究極の速度で撃ち込まれた幽波紋。
 次元の壁を撃ち砕き、その彼方まで突き抜ける程の超パワー。
 ソレを生み出す恐るべき 『流法(モード)』 の真実を、
行使する空条 承太郎さえも知り得ない。
 だがその時の(まにま) に、消滅した魔狼の左眼は確かに視た。
 昏き闇の中、静かに微笑を称える背徳の少年を。
 逃れられない破滅の円還の中、終局に向かい駆ける哀しき魔人を。
 生と死の境界で永劫に彷徨う、赦されざる亡霊を。
 忘却の世界の果て、優しく降り注ぐ雨の下、
一人の少年を抱き寄せる聖麗な女性を。
 そして。
 その深遠に棲む、この世ならざるひとつの 『スタンド』 を。  
「……」
 神威に匹敵する光景を前に、一人の勇壮な 『スタンド使い』 が
焼塵に塗れた制服の裾を戦風に靡かせる。
『運命』を切り開き、世界を正しき方向へと導く、時の使者であるかのように。
(スゴ……イ……)
 全身を駆け抜ける愉悦にも似た顫動と共に、シャナは空間に佇む青年をみつめた。
 心の裡は一点の曇りもなく澄み渡り、悲しくもないのに双眸へ涙が溢れた。
(スゴイ……スゴイ……本当に、スゴイ……ッ!)
 瞬間、極限まで昂った少女の深奥で、紅蓮の炎を司る存在の 『源泉』 が弾ける。
 今までような怒りでも激情でもなく、只一つの純粋な 「歓喜」 によって。
 灼熱の双眸が無限の超高密度、 “真・灼眼” へと変貌する。 
 同時に背の双翼が更に烈しく燃え盛り、身の丈を優に越える “大翼” と化した。
 その大翼が生み出す空前の機動力が瞬時に少女の姿をそこから消し去り、
崩れ落ちる魔狼の背後へと紅蓮の羽根吹雪と共に現わす。 
 もう一人には、戻らない、戻れない。
 だから二人で、どこまでも往く。
 その誓いとして、証として。
(私は……ッッ!!)
 逆手抜刀の構えで背後に据えた少女の刀身に、闘気、炎気、剣気、
無数の気の集合体が凝縮し真紅の放電を空間に撒き散らす。
 護られるだけはない、護るだけでもない、
もっと大いなる意味を世界に解き放つ
(シルシ)” であるかのように。
 神が女を、男の頭から造らなかったのは、男が支配されないため。
 男の足から造らなかったのは、男の奴隷にならないため。
 男のアバラから造ったのは、男の脇に居てもらうため。
 つまり。
 互いを支え合い、共に 『未来』 を切り開くため!
 無明の双眸を携えた少女の背で、鳳凰の天翔の如く大翼が炎を噴き出し、
超音速のスピードを宿した紅蓮の討刃がその喉元カッ斬るように、
亀裂が走った魔狼の頚部へとダイレクトに刳り出される。



「オッッッッッッッラアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァ
ァァァァ―――――――――――――――ッッッッッッッッ!!!!!!!!」





 星鳳統合。真灼の吼撃。 
【贄殿遮那・星 迅 焔 霞(せいじんえんか)ノ太刀・絶無(ゼロ)
発動条件-真・灼眼+紅蓮の双翼
遣い手-空条 シャナ
破壊力-AAA スピード-AAA 射程距離-AAA
持続力-AAA 精密動作性-AAA 成長性-測定不能





『―――――――――――――――――――――――――
ッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!????????』



 半壊した巨大な頭部が、声無き絶叫を上げて天空に殺ぎ飛んだ。
 文字通り零距離で撃たれた超絶技が捲き起こす凄まじい旋風と真空破により、
崩れ堕ちる首無し胴体を覆う蒼炎の表面が吹き飛ばされ
内部の 『原核(コア)』 が剥き出しとなる。
 透明な真球の裡で胎児のように躰を丸め、
神器 “グリモア” を胸元に抱く
“弔詞の詠み手” マージョリー・ドーの姿が。
 魔狼の首を刎ねたまま速度を弛めず
前方でこちらを瞠る承太郎の手を取ったシャナは、
再度光芒を牽いて上空へと翔け昇り一拍の間も於かず
その 『原核』 に向け急速に降下する。
 そし、て。



「「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォ
ォォォォォォォォォォォォォォォォ――――――――――――
ッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」」



 どちらが申し合わせたわけでもなく共に喚声を上げ、
硬質な外殻にスタンドの拳とフレイムヘイズの刺突が同時に繰り出された。
 瞬時に大きな亀裂と微細な罅で覆い尽くされた真球は、
そのまま官能的とも云える音響にて夥しい晶片となって弾け飛び
ソコから開放された美女の裸身が天空へと舞い上がる。
「……」
 悠然とした微笑を浮かべ荒れ果てたアスファルトに着地した無頼の貴公子が、
纏った学生服の襟元を掴み背後へと高らかに放った。
 中空でその学ランを受け取ったスタープラチナが、
右腕に抱えた無防備な美女の躰をソレで包む。 
 後に残った魔狼の巨躯は瞬時に元の炎へと返還され、
一挙に膨張し雪崩れ打つように放散した。
 壊れかけた封絶全域に鏤む蒼い炎塵にその躰を彩られながら、
紅蓮の大翼を携えた少女が青年の傍へと舞い降りる。
「……」
「……」
 最早互いに、言葉は意味をなさない。
 ただ、やるべき事を全力でやり遂げた充足感のみが、
二人の心を充たしていた。
 激戦の終極を告げる、寂滅の大気。
 解れた封絶の隙間から外部の光がプリズムのように降り注ぎ、
周囲は幻想的な雰囲気を称える。
 その世界の中心で。
「やれやれだぜ」
「やれやれだわ」 
『スタンド使い』 の青年と “フレイムヘイズ” の少女の声が、
静かに折り重なった。


←To Be Continued……
 
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