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STARDUST∮FLAMEHAZE

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第二部 WONDERING DESTINY
CHAPTER#19
  DARK BLUE MOONⅪ ~Gravity Angel Drive~



【1】

 紅世の徒 “屍拾い” ラミーの 『能力』 は、
己が存在を無数の断片(ピース)に分割し、ソレに遠隔操作系の自在法を編み込んで
自律行動を促すという云わば“増殖” の幻術。
 無論スタンド能力と同様その司令塔である 「本体」 は存在し、
ソレが消滅すれば他の断片も同時に霧散するが
元の存在が 『自分自身で在る故に』
広域に点在する数十体以上のラミーを「本体」か「断片」か、
判別するのは非常に困難である。
 恐らく卓抜した自在師、紅世の王クラスでもまず看破は不可能。
 しかし、水が火を消すようにどんな領域にも “天敵” というモノは存在し、
ソレがジョセフ・ジョースターの持つスタンド 『隠 者 の 紫(ハーミット・パープル)』であった。
 過程も方策も一切消し飛ばし、ただ 「結果」 のみが歴然と現れる未知なる 『能力』
 絶対の安全圏に位置しながら他の断片になど見向きもせず、
さながら蒼き凶星の如き暴威を捲き散らしながら「本体」へと一直線に
突っ込んでくる存在を感知した刹那、ラミーが思わず死を覚悟したのは想像に難くない。
「封ゥゥゥゥ絶ェェェェェェッッッッッ!!!!!」
 けたたましい爆裂音と共に精巧に研磨された分厚いガラスが
軒並みブチ割れるよりも速く、この世の因果の流れを切り離す自在法が発動し
その建物を中心として群青の炎が波濤の如く異郷の街路を塗り潰していく。
 蒼き封絶の中に降り注ぐ硝子の豪雨を背景にソコへ降り立ったのは、
復讐と憎悪のドス黒い凝塊を瞳に宿す一人のフレイムヘイズ。
 崇高な芸術品が静謐に陳列される閑静な雰囲気を称えた美術館内部は、
一瞬にして殺戮の狂気に充たされた地獄と化した。
「どこだァッッ!! どこにいるゥッッ!! 
紅世のッッ!! 徒アアアアアアァァァァァ――――――!!!!!!!」
 空間をバリバリを撃ち砕くような威圧感(プレッシャー)を伴ってまず美女が
「今さら隠れたって無駄なんだよッッ!! もうチェック・メイトだッッ!!
せいぜい優しく咬み散らかしてヤっから出て来なラミーちゃんッッ!!
ヒャアアアアアーーーーッハッハッハッハアアアァァァァァ!!!!!!」
次いでその被契約者である紅世の王が蒼の空間に狂声を響かせる。
 破滅の戦風が内と外に吹き荒ぶ中、
半ば無意識にマージョリーは胸ポケットの写真に手を伸ばしていた。
 ソコに映る存在をもう一度眼に灼きつけ、己の憎悪を更に増大させる為に。
 彼女は明らかに、そのドス黒い焔に灼かれるコトを 『愉しんでいた』 が、
それを認識する理性は既に灰燼と帰していた。
「ッッ!!」
 その美女の瞳が、大きく見開かれる。
 継いで冷酷な微笑が、ルージュで彩られた妖艶な口唇に刻まれた。
「コレは、本当に、便利な 『能力』 だわ……
今の私の、望むがままに存在を映し出してくれる……!」
 言うが速いか、美女は巨大な 『本』 の形容(カタチ)をした神器、
グリモアを先鋭に構え
「“ソ・コ” ッッッッだあああああぁぁぁぁ―――――――ッッッッッッ!!!!!!!」 
己の左斜めの方向へ開いて発光するグリモアを通し蒼い炎弾の嵐を乱射する。
 優美な芸術品が展示硝子ごと幾つも砕け散り燃え上がるのと同時に、
空間を仕切る黒いカーテンから一つの影が視界に過ぎるのをマージョリーは
見逃さなかった。
「逃・が・す・かァッッ!!」
(クッ…… “また” か……!
存在の気配は完璧に消し去った筈……なのに何故……)
 それぞれ対照的な心情のまま、両者が頭上へと飛び上がったのはまた同時。
 動きも表情も失った人々が後に残るその空間で、
蒼い炎に照らされるフロアに落ちた一枚の写真。
 その右上に記載された街路図は、
いつのまにか今いる場所の館内図に切り替わっていた。
『能力』 と 「対象」 との距離が狭まれば、その威力と精度が増すスタンド法則。
 ソレを使用する者とされる者に、その事実を知る術はない。
 一方は透化、もう一方は爆砕しながら幾つもの天井を突き抜けた両者が、
最終的に真正面から対峙した場所。
 ソコは幾何学の波のようなガラスの大天蓋で覆われた、
絡み合うアーチと吹き抜けを見下ろす美術館最上部。
『DRAGON’S DREAM』 の名を冠するが如く、
背に陰陽盤を背負った巨大な龍の彫像が4体取り囲む威容の空間。 




 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……
 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……ッッ!!
 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッッッッ!!!!



 片や一切の気配を発さず、片や触れれば焼き尽くされる程の脅嚇を以て
存在する異界の住人。
 フレイムヘイズと紅世の徒。
 上昇に伴ってかかった髪により片目だけだが、
この世のスベテを滅ぼしても尚足らないという憎悪をギラつかせながら
彼女は口を開いた。
「ったく、大した 『能力(チカラ)』 も無い癖にチョロチョロと……
アンタみたいな雑魚に拘ってる暇はないのよ……
他にもブチ殺さなきゃならない徒は腐るほどいるんだから……ッ!」
 まるで地獄の底から這い擦り出すような怨嗟の声で、
もう殺した後のようにラミーへと迫るマージョリー。
「こっちの警告シカトしやがったのはテメーの方だからなぁ?
もうラクには死ねねーぜ。 『こうなっちまったら』 オレでも止めらんねーからな。
ヒャーーーーーーーッハッハッハッハァァァァァァァァ!!!!!!!」 
 心底欣快そうな狂声で、サディスティックに己が同胞への別離(わかれ)
宣告するマルコシアス。
戯言(たわごと)を……)
 絶対の殺意を向けられた老紳士ラミーは、頬に冷たい雫が流れるのを感じながらも
手にしたステッキの先端を前へと差し出した。
「……」
 対して美女は、路傍の石でも見るような視線でソレを一瞥。
 被契約者の王はただゲラゲラと嘲りの狂声をあげ続けるのみ。
 その両者を意に介さず、ラミーは己の精神を一点に集中させた。
「……惑えッ!」
 枯れた声と共に両眼を見開き一度タクトのようにステッキを振った後、
小さく回ったその先端から深い緑色の炎が繁吹(しぶ)く。
「――ッッ!!」
 次の瞬間、マージョリーの双眸がその眦を引き裂くが如く散大した。
 眼前で発動するこの世成らざる存在の事象、
自在法ではなくその炎の 『色彩』 に。
 瞬時に純白の羽根が、吹雪のように空間を乱舞し互いの中間距離を隈無く覆っていく。
 だ、が。
「小ッ賢しいィッッッッ!!!!」
 己の右手に炎気を集束させ、鉤爪で引き千切るように空間を薙ぎ払った
美女の一閃により純白の羽根吹雪は瞬く間も無くスベテ灼き尽くされた。
 後には焼塵と群青の余韻が音もなく燃え散るのみ。
 その先で、まるで手負いの獣のように、フレイムヘイズは息と声とを荒げていた。
「……本当に……本当、に……! クソ、ヤローね……アン、タ……!
最後の最後まで……とことんムカつかせてくれる、わ……ッ!」
「!?」
 一体何が彼女の逆鱗に触れたのか、ソレはラミーの解する領域には在らず
その怒気に気圧された彼は想わず一歩下がる。
 炎の戦闘自在法は兎も角、 “幻術” に於いては王をも凌ぐという自負を持っていたが、
まさか己を追っている相手も同じ階層(レベル)に達しているとは誤算だった。
 その恐るべき存在を、 『ここまで近づけてしまった』 ソレ自体が既に致命的損失。
 これ以上退く事は適わない。断片を統合する時間もない。
最早自分に、一切の打つ手は無い。
「――ッッ!!」
 次の刹那、神器グリモアから延びた魔獣の頭部のような炎が、
己の右足に噛み付いていた。
「グッ……!」
 一拍於いて吹き出る深緑の炎と共に、
膝を支える力が抜けラミーはガラスの大地に(つくば) う。
 相手を確実に討ち取る為には、まず行動手段を先に潰す。
 次いで攻撃手段、防衛手段、知覚手段と順にもぎり取っていき、
最後に微塵の容赦も無く首を刎ね飛ばす。
 冷酷非道にも映るが、弱肉強食の摂理で充たされた戦場では当然の定石。
(ここまで……か……)
 己の生きようとする想いを、相手の 「執念」 が上回った事を意外にも冷静に認め、
ラミーは眼前の怒れるフレイムヘイズを見上げた。
 己が 『目的』 を果たせずに消滅するのは無念ではあるが、
胸中に甦る一人の人間と同じ世界へようやく旅立てるという切望が
不思議と “彼女” の心を安堵させた。 
(コレが……私の 『罪』 に対する 【罰】 だというのならば……
致し方あるまい……)
「……」
 心中でそう呟き儚むように瞳を閉じるそのラミーの想いなど微塵も斟酌せず、
マージョリーは殺戮の焔儀を己の右腕に宿らせる。
 ものの数秒で 『炎獣(トーガ)』 数体分の炎気がヴォゴヴォゴと肉瘤(にくりゅう) のように
彼女の細腕を覆っていき、やがてソレは巨大な群青の “脚” と化す。
「本体」 とはいえ実質トーチに過ぎない己を討滅するには大袈裟過ぎると
半ば諦観にも近い感情でラミーはソノ焔儀を見つめていたが、
最早風の前の塵に同じく黙として語らない。 
 そして生と死が一点に交錯する終極の中で、
今や絶対的な捕食者となったマージョリーの心奥に甦るモノ。
 ソレは、これまでの残虐な記憶ではなく、一つの優しい追憶。
“アノ娘” と出逢って以来共に織り成した、光り輝くような幾つもの場面。
(……)
 部屋に戻ると、アノ娘がいるのが嬉しくて。
 マー姉サマと呼びながら、自分の娼館着に擦り寄ってくるのが可愛らしくて。
 子供っぽい仕草で自分の作った食事を口に運ぶのは愛しくて。
 他の娼館仲間達みんなから、アノ娘が好かれるのは少しだけ妬ましい反面、
とても誇らしかった。
 自分を死の淵から救ってくれた、優しい娘。
 自分に人間の心を取り戻させてくれた、大切な娘。
 だから、何でも出来た。
 だから、何でもしてあげたかった。



“とても、幸せだった”



 アノ娘が笑ってくれるなら、どんな悪逆非道な行いだろうと怯みはしなかった。
 そして。
 やっと。
 やっと……
(ルルゥ……もうすぐ、よ……)
 優しい過去の追憶に浸りながら、マージョリーは今はもう傍にいない少女の名前を呟く。
 同時に、胸元のロザリオも熱を持つ。
(もうすぐ、終わるわ……ねぇ? ルルゥ……)
 その口唇に浮かぶ静謐な微笑とは裏腹に、
右腕に宿る巨大な群青の前脚は唸りをあげて折れ曲がる。
(そうしたら……二人で……静かな場所で……穏やかに暮らしましょう……
ずっと……ずっ……と……ねぇ……?)
 ソノ刹那、マージョリーの瞳から流れ落ちる、一筋の涙。
「ルル……ゥ……」
「!?」
 彼女の時間の概念が混濁している理由を知らないラミーは、
長年自分を追い続けてきた戦闘狂のその意外なる素顔に息を呑んだ。
 美しく、そして優しい記憶は、人の心を捕らえて離さない。
 ソレは、人間も紅世の徒も関係ない。
 そしてソレを惨たらしく踏み躙ったモノは、誰であろうと絶対に赦さない!
 憎しみと絶望が生み出す狂気の微笑を浮かべるフレイムヘイズから、
断裁処刑の如く撃ち堕とされる魔狼の爪牙。
 その、刹、那。
 突如空間を疾走る、一迅の光が在った。
(――ッッ!!)
(ッッ!?)
 今まさに、ラミーの存在を原型も留めぬほどに壊滅させようとしていた群青の前脚は、
その光に肘部分から真っ二つに剪断(せつだん)され構成を絶たれた上半分は、
余波で中空に弧を描きながら弾け飛び多量の火の粉と成って爆ぜる。
 歴戦の研ぎ澄まされた戦闘神経でフレイムヘイズが反射的に視線送ったのは、
攻撃が来たであろう背後ではなくその「正体」が突き立つ前方。
( 『(スター)ッ!?』 )
 足下の強化ガラス内部に組み込まれた分厚い鋼鉄の梁に刺さったモノは、
有り触れていながらこの場には絶対にそぐわないモノ。
 一枚の 『タロットカード』
 希望と自由とを暗示する、『(スター)』のカード。
 しかし、こんなモノで。
 その強度と耐熱性からして “紅世の宝具” には違いないが、
体積比と頑強さで遙かに上回る自分の焔儀を両断するには、
常軌を逸した途轍もないスピードと構成の脆い部分を微塵の誤差なく撃ち抜く
精密動作性が必要な筈だ。
 一体 “誰” が、こんな真似を?
 驚愕の事態に意識の混濁から醒めたマージョリーの頭上で、
その解答(こたえ)がけたたましいガラスの破砕音と共に
己の眼前へと舞い降りた。




【2】


 屋上を覆うガラスの大天蓋が砕け、降り注ぐ硝塵のシャワーの中。
 マキシコートのような学生服を着た長身の男が両手をポケットに突っ込んだまま、
その傍で寂びた黒衣を身に纏った紅髪の少女が手にした大刀を斜に構えたまま、
キラメキに包まれながら軽やかに内部空間へと舞い降りる。
 そしてラミーの姿を隠すように二人で前に立つと不敵な表情でマージョリーを見据え、
宣戦布告のように逆水平へと構えた指先を共に彼女へ向けた。
「やれやれ、どうやら間に合ったみてぇだな。大丈夫か? ラミー」
 呆気に取られるマージョリーを後目に、無頼を絵に描いたような男が傍で蹲るラミーに
歩み寄りそっと手を差し出す。
「間一髪だったわね。カード投げなかったら危なかったかも。
まさかいきなり 『本体そのもの』 に襲撃かけるとかこっちも想わないもの。
本当、やれやれよね」
(……ッ!)
 己の存在を無視して話を進める両者に苛立ちながらも、
マージョリーは一抹の違和感と共にその思考を動かした。
(“さっきのは” ……やはりあのチビジャリの仕業……?
昨日の戦い振りからは妙にそぐわないカンジがするけど、
現状を鑑みてそう判断するしか――)
 未だ狂気の炎は裡で激しく逆巻いてはいるが、
永年の経験により己を律しマージョリーは冷静にそう分析する。
「おいおいおいおい、まさかここで昨日のガキンチョ、
御丁寧に “ミステス” 付きかよ。
相変わらずテメーのヤる事ァ理解出来ねーなぁ。
悪ィ意味でよぉ。えぇ? 天壌の」
 折角の獲物をズタズタに咬み千切るのを邪魔された苛立ちを隠そうともせず
険悪な声でマルコシアスが告げる。
 その狂猛なる紅世の王の前に、一人の長身の男が敢然と立ちはだかった。
「テメーらが、イカれた戦闘狂のフレイムヘイズ “弔詞の詠み手” とかいう女と、
その契約者 “蹂躙の爪牙” とかいう犬ッコロか?
昨日は、ツレが随分と世話ンなったみてーだな?」
 ラミーの無事を確認し颯爽と振り向いた無頼の貴公子は、
地獄の修羅場を幾度も潜った歴戦の不良のみが持つ
特有の眼光で両者を睨め付ける。
「アァ!? 犬ッコロだとぉ!? ブッ殺されてぇのか只の人間風情がッ!
宝具があるからって調子ン乗ってんじゃあねーぞ!!」
 グリモアから狼の形容(カタチ)を執って騒ぐマルコシアスを、
マージョリーが諫めた。
「つまんない挑発に乗ってるんじゃないわよ。
フレイムヘイズが傍にいるから虚勢を張ってるだけ。
よく視なさい。存在の力なんて殆ど感じないでしょう。
何が入ってるか解らないけど、戦闘用じゃないコトだけは確かよ」
「チッ、覚えとけよ!」
 マージョリーの言葉に、今は私憤よりも優先するべき事を覚ったマルコシアスは
眼前で勇壮に佇む長身の男へそう吐き捨てた。
「また、君達に助けられたな」
 背後でアラストールの施した応急処置により、
立てる程度には回復したラミーが若干焦燥の混じった声で両者に告げる。
「言っただろ? (ナシ)つけるって」
「もう、大丈夫。アナタに絶対手は出させない。
それより、遅れてごめんなさい」
「……」
 振り向いて力強い微笑と共に告げられた二人の言葉に、
ラミーは千の味方をつけたよりも篤い信頼感を覚えた。
 やがてその内の一人、炎髪灼眼の少女が身の丈に匹敵する大刀を片手で携えたまま
悠然とした歩調で、眼前の圧倒的存在感を放つフレイムヘイズへと歩み寄る。
「一日振り、ね。 “蹂躙の爪牙” マルコシアス “弔詞の詠み手” マージョリー・ドー」
「……」
 殺戮の雰囲気で充たされた空間の中、あくまで澄んだ声で告げられた少女の言葉に
美女は一抹の衝撃を覚えた。
「……アンタ、誰?」
 自分でそう言って、マージョリーは想わず唖然となる。
 問う事など愚問、紛れもない、昨日自分が完膚無きまでに
叩きのめしたフレイムヘイズだ。 
 確かに、その才能の片鱗と裡に眠る凄まじい迄の潜在能力の高さは認めた。
 今こうして目の前に立っているコトから、
何とかして己の放った焔儀を耐え抜いた機転と強運、
その回復力の高さは驚嘆に値するモノだろう。
 だが、そんな些末な次元の問題じゃない。
 はっきり言って 『全然違う』
 気配も、眼光も、裡に秘めた闘気も、そして何よりもその 【存在感】 が。
 まるで100年も地獄の修羅場を潜ってきたかのような、
“凄味” と 『気高さ』 を否応なく感じさせる。
(私、以上に……? バカな……ッ!)
「おいどーしたマージョリー! (ほう)けてんじゃあねーぞッ!」
 己の脇で叫ぶマルコシアスの声を聞いて、美女はハッと我に返った。
「……」
 眼前の少女は、変わらぬ澄んだ真紅の双眸で己を見据えている。
 昨日の敗北の記憶など一巡を通り越して 『無かったコト』 に変わったかのように。
 その少女の発する気配に呑まれないように、
そして在り得ない、考えすぎだと己を諫めてマージョリーは口を開く。
「何をしに来たかなんて問うのは、どうやら無粋のようね?」
 炎の消え去った腕を腰の位置で組みながら冷然と告げられた美女の言葉に対し、
「えぇ。無益な争いはこちらも避けたいわ。
だから、このままアナタが立ち去ってくれるのが一番良い」
僅かな虚勢も劣等感も抱かず、あくまで尊重のフレイムヘイズへの
敬意を失さぬままシャナはそう返す。
「勿論、その場合はもう二度とラミーに近づかないって約束してもらうけど」
「……」
 やはり、違う。本当に、同一人物か?
 だったら、昨日戦ったあのフレイムヘイズは一体何だったのだ?
 疑念を抱きながらも表情には出さずマージョリーは続ける。
「イヤだ、と言ったら?」
 その瞬間、少女の全身を覆っていた緩やかな気配が、いきなり鋼鉄の如く尖った。
 そして重く静かな声調で、時間すらも吹き飛ばす爆弾のように “警告” される、
一つの言葉。
「後で、死ぬほど後悔するコトになると想うわ……
“私達” 二人を、敵に回したコトを……」
 ソレと同時に、処刑宣告のように自分へと差し向けられる逆水平の指先。
「……ッ!」
 格下相手にこうまで言われる事に対し、胸中で燃え上がる憎しみとは別に、
フレイムヘイズとしての誇りもまた熱を持った。
「失望させてくれるわ。
どうやら、フレイムヘイズとしての自覚がまだまだ足りないようね?
殺すべき “徒” を庇うなんてそんな甘いヤり方じゃ、アンタその内死ぬわよ」
 その歴戦のフレイムヘイズが告げる峻厳な言葉にも、
シャナは微塵も動じず森厳に返す。
「……そうかも、しれないわね。
でも、一つだけ偉そうな事を云わせてもらえば、
私は 『正しい』 と想ったからやってるの。
だから、その結果自分がどうなろうと後悔はない。
血に(まみ)れ報われず、誰にも認識されない封絶の中でも、
私は大切な人と 『信じられる道』 を歩いていたい」
 昨日の報復も、凄惨な復讐者への嫌悪も抱く事なく、少女は静かにそう告げる。
 その真紅の双眸へ確かに宿った、煌めく黄金の光と共に。
 ソレが何故か無性に、マージョリーの心をメリメリとささくれ立たせた。
「何も知らない小娘が!! 知った風な事をベラベラとッッ!!」
「……」
 激高するマージョリーとは裏腹にシャナは無言で前を見据えるのみ。
 もう次の瞬間には無数の蒼い獣爪があらゆる方向から襲い掛かってきそうな
暴威だったが、少女は全く動じず瞳すらも逸らさなかった。
 その裡に宿る己と対極に在る光が、
美女の怒りの臨界点を振り切り却って気勢を醒まさせる。
 炎は高温になるほど、その色彩を稀薄にしていくという危うさを以て。
「フッ……まぁ、いいわ……
そんなに痛い目みたいなら、また同じようにしてあげる……
絶対の力の差というのをその身に刻んで、自分の甘さを想い知るコトね……」
 再びその口唇に狂気の微笑を浮かべた美女は、
ガラスの大地にヒールの音を響かせ一歩前に出る。
「最も……「原型」 留めてたらの話だけど……」
「アァ~! アァ~!! ヤっちまったなぁ~?
お嬢ちゃんよぉ~! もうどうなってもオレァ知らんぜッ!
我が麗しの酒 盃(ゴブレット)をここまでキレさせて!
生きてるヤローなんぞ今まで一人もいねーからなァッッ!!
ギャーーーーーーーハッハッハッハッハアアアアアァァァァァァ!!!!!!!!!」
 その陶磁器のような素肌をビリビリと劈く魔獣の叫声。
 当然ソレを戦闘開始の合図として即座に挑み掛かってくると想われた少女は意外、
くるりと己に背を向けその視線の先、ラミーのいる方向へと戻っていく。
 そして。
「ごめんなさい。忘れてるコトがあった。だから、チョイ待って」
 途中首だけで振り返り、まるで小用でも片付けにいくような口調でそう告げる。
「……」
 完全に気の勢を殺がれたマージョリーであったがすぐに、
(バカ、が……ッ!)
口元を兇悪に歪め、右手に集束させた炎気と共に
シャナの無防備な背へと飛び掛かろうとした。
 だが。
(!!)
 突如、その少女の小さな背中に異様なプレッシャーを感じた。
 無作為に飛び掛かれば刹那に斬裂されるような、
或いは幾千の拳撃で滅砕されるかのような、歴然とした脅威。
 得体の知れないナニカが少女自身の能力(チカラ)とは別に、
彼女を護っているのを確かに感じた。
「……あの小娘ぇ、自力じゃ敵わねぇからってんで
何か妙な “宝具” でも持ち出してきやがったか?
姑息な真似しやがるぜ……!」
 腰元でマルコシアスも同様の気配を感じたのか、歯噛みするように苛立ちを漏らす。
(……)
 その所感に同意したマージョリーは己の自在法が最も有利に働く場所を
刹那に見回して(あた)りをつけ、不自然さを極力消した佇まいでソコへ移動する。 
「……」
 その姿を認めた無頼の貴公子が、学帽の影に隠れた鋭い視線を静かに切った。
「承太郎」
 やがて目の前に立っていたシャナが、小さな手を自分に向けて差し出している。
「コレ、預かってて」
 その小さな手の中から託されたモノ。
 深遠なる紅世の王、天壌の劫火アラストールの意志を現世に表出する
異次元世界の神器、 “コキュートス”
「……」
「……」
 渡された二人の男は、事実意外そうな表情でシャナを見る。
「今回は、今回だけは、誰の力も借りず、自分自身の力だけでヤってみたいの。
だから、持ってて。 “必ず取りに帰ってくるから”」
 圧倒的な能力(チカラ)を持つ相手を前にしても尚強い笑みを浮かべる彼女を前に、
承太郎は同じような微笑で、アラストールはどこかで見た既視感と共に無言で応じる。
 そし、て。
「じゃ、行ってくる」
 これから始まる熾烈なる死闘に微塵の恐怖も気負いもない晴れやかな表情で
そう言ったシャナに、
「……暴れてこい」
承太郎も微塵の危惧すら抱かない心情でそう告げる。
「うん!」
 破滅の戦風の中で尚栄える、無垢な笑顔と共に
一人のフレイムヘイズは最愛の者に背を向けた。
 振り向いたその先、待ちかねたと云わんばかりに
憎しみの凝塊と化したマージョリーが、
収斂された群青の炎気を全身から滾らせている。
 瞬時に黄金の光で充たされた双眸を戦闘モードへと研ぎ澄まし、
シャナは手にした大太刀の切っ先を、空を斬る音と共にその存在へと刺し向けた。
 無数の強烈な精神の波濤が、激しく渦巻く 『運命の潮流』
 その終焉の幕が、今壮烈に切って落とされた。





【3】


 遠間に位置する美女の足下から、群青の光が一斉に弾けソコから雪崩(なだれ)るように
ガラスの大地を滑走する夥しい量の不可思議な紋章と紋字。
 ソレが一片の誤差も無く円形の自在法陣を組み、
ソコから火柱と共に 『召喚』 される異形のモノ。
 フレイムヘイズ 『弔詞の詠み手』 必勝の定石、 蒼炎の魔獣 “トーガ”
 その存在をライトグリーンの瞳に映した無頼の貴公子が厳かに呟く。
「アンタと同じ “群体型遠隔操作”
だがコッチは完全に戦闘のみに特化させた能力か。
アノ熊みてーな炎の獣がそれぞれバラバラに、
しかもパワー充分に攻撃して来るっつーンなら厄介以上の相手だな」
「アノような者達にこれまで()け廻されていたとは……
今更ながら肝を冷やす想いだ」
 マージョリーの繰り出した強剛無比なる能力に慨嘆を漏らした承太郎の横で、
ステッキを支えに佇むラミーもまた同様の感想を口にする。
 その熾烈なる戦闘の火蓋が今まさに切って落とされんという最中、
承太郎の手の平から荘厳な声があがった。
「どうした? 早く首にかけぬか」
「……」
 手に携えた優美な造りのペンダントに無頼の貴公子は視線を送る。
「よく “視えぬ” のだ。このままでは」
 告げられたアラストールの言葉にそうなのかと了得した承太郎は、
その後少しだけ(よこしま) な笑みを浮かべ、
「なら視え易いように “こう” しててやろーか? お父さん?」
コキュートスの細い銀鎖を指に絡ませ、振り子のようにブラ下げる。
「ふ、巫山戯(ふざけ)るな! 貴様ッ!」
 珍しく感情の意を明確にした炎の魔神が、眼前のやや下で声を荒げた。
 その様子を微笑混じりにみつめていた脇の老紳士が、
一転表情を引き締めて問う。
「ふむ、それにしても良かったのか? 空条 承太郎」
「ン?」
 ペンダントを首かけ、(タバコ) はよさぬかというアラストールの声を無視しながら
紫煙を薫らせる美貌の青年。
「彼女は、一度アノ者と戦って敗れているのだろう?
力量の差か相性かまでは窺い知らぬが、
既に手の内が露見している以上不利には違いない。
助けられておいて言うのも何だが、
ここは君が行くべきではなかったか?」
 そのラミーの当然の物言いに対し、承太郎は銜え煙草のまま大袈裟に両手を開く。
「ハァ? オレが? 何故? ヤらねぇよ」
「むう、しかしだな」
 疑念を口にするラミーを承太郎が遮る。
「言っただろ?アイツが “行ってくる” ってよ。
つまり、オレの助けは必要ねぇ、っていうか端から選択肢に入ってねーんだよ」
 そう言って無頼の貴公子は横を向いて紫煙を吹き出す。
「まぁここは、一つアイツのお手並み拝見といかせてもらおうじゃあねーか。
アンタの生命(いのち)が賭かってるんだ。勝算もねーのに戦うなんてバカな真似、
アイツはしねーよ」
 その鮮鋭なるライトグリーンの瞳は、視線の先で佇む凛々しき少女を見据える。
「彼女を、信頼しているのだな」
 ラミーのその言葉に、承太郎は何故か虚を突かれたように視線を引き、
次いで学帽の鍔で目元を覆う。
 そして。
「……どうだかな。
ただアイツは、一度ヤるって決めたコトは必ず最後までヤり遂げる。
善くも悪くも自分に絶対嘘をつかないのが、アイツのイイ処だからな」
「フッ……」
 その風貌とは裏腹の解り易い繕いに
ラミーが穏やかな微笑を浮かべると同時に、
「むぅ……」
という何か面白くなさそうな呟きが加わった。
(昨日みたいに……時間はかけない……秒単位で終わらせる……!) 
 その戦闘空間にはやや不釣り合いの鼎談が行われていた場の遙か遠方で、
マージョリーは狂気の炎を心中に燃え滾らせていた。
 邪魔する者は誰で在ろうとスベテ叩き潰す。
 ソレが将来有望なフレイムヘイズだろうが、後の味方に成り得る者だろうが関係ない。
 先を見据える未来は跡形もなく灰になり、消えない過去の追憶が生み出す
残酷なる「現在(いま)」のみが在った。
 しかし勢力と総力で圧倒的に上回っていながらも、
美女は怒りに任せて短絡的な人海戦術等には撃って出ない。
 あくまで冷静に、そして冷徹に、100%勝てる炎獣(トーガ)の配列を
脳裡で取捨選択し徹頭徹尾妥協なく構築していく。
 まずは、定石通り相手の四肢をもぎ落とすコト。
 破壊衝動のままにその()をバラバラに引き裂くのは、
それからでも遅くはない。
 やがて前方で扇状に拡がった炎獣(トーガ)の包囲網が微塵の隙も無く完成する頃、
シャナは己の足下を爪先で叩き戦場の地形を確かめていた。
(ちょっと、滑り過ぎるわね。 “斬斗(キリト)” は遣えないか。なら……)
 心中でそう呟いた後、手にした大刀をおもむろ掲げると、そのまま背へと(かつ)ぐ。
 そして空いた左手は緩やかに前へと突き出し、
その繊細な指先を順に折り曲げながらゆっくりと手招きをした。
 ソレと平行して足下は指の力のみで含むように静かに這わせ、
ジリジリと互いの間合いを詰めていく。
 しかし少女の用いたその奇怪な構えに対し、
マージョリーは些かの動揺も示さない。
 逆に怒りに伴って尚冴えるその明察により、
少女の攻撃に対応する術を瞬時に生み出した。
(フン……そんなくだらない挑発に乗ると想ってるの……?
()れて私が腕を伸ばしてきた所を “後の先” で向かえ撃とうって魂胆だろうけど浅いわ。
折角造り上げた鉄壁の包囲網を自ら崩すなんてバカな真似はしない。
間合いに入った瞬間放たれる一撃を、トーガに掴ませるか迎撃させるかして終了ね。
フフフ……)
 口元に冷然とした微笑を浮かべながらも、マージョリーの研ぎ澄まされた視線は
互いの間合いを完璧に見極めている。
 シャナがどれだけ(はや)く鋭い斬刀を繰り出そうとも、
“来る” と解っているモノを見過ごす彼女ではない。
(あと……三歩……)
 ジリジリと互いの間合いが詰まるにつれ、
美女の躰から立ち上る火の粉もその色彩を増す。
 少女は俯くように呼気を呑み、奥歯をギリッと咬み縛った。
(あと、二)




 ズヴァァァァッッッッッ!!!!!




 突如、何の脈絡もなく響いた斬切音。
 シャナの近接、マージョリーからは一番遠方にいたトーガの首が刹那に両断されていた。
 次いで宝具の特殊効果により、後に残った首無し胴体は跡形も霧散する。
「ッッ!?」
「……ッ!」
 対手であるマージョリーは事態を把握できず、
遠間に両者を見据えるラミーの瞳にも結果だけが映るのみ。
「……」 
「……」
 少女をよく識る二人の男の慧眼のみが、
シャナの撃ち放った “剣技” の本質を正確に目視(とら)えた。
「一体、何が起こったのだ? 巧者ではない私の目にも
彼女の攻撃が命中(あた)る距離では無かったと想うが」
「シャナの “手元” を、よく見てみな」
 ラミーの問いに承太郎が悠然とした口調で応える。
 促されて老紳士が視線を送った先。
(……ッ!)
 通常の “掴み” とは明らかに異なる形で、
少女の三本の指が振り抜いた大刀の末端部を支えていた。
「完全に射程距離外から撃たれたシャナの剣は、
アノ瞬間、それを掴む手が柄の根本からその端まで 『横滑り』 してたのさ」
「その結果、切っ先は相手の想定を越え伸長するに至った。
無論、神妙なる指の挙止無くば為し得ぬ “(ワザ)” ではあるがな」
 承太郎の解説に、胸元のアラストールが完璧に補足する。
「オレの “祖先” も、攻撃を繰り出すと同時に腕の関節外して
その射程距離を伸ばしたらしいが、まぁソレと似たようなモンだな。
一流の遣い手ほど相手の間合いを見誤るコトァねぇし、その精度も㎜単位になる。
その裏を掻いた巧いヤり方だぜ」
 ソノ、スタンド使いと紅世の王両者が惜しみない称賛を送る、
少女の繰り出した斬刀術。
 刹空拡刃。虚現の廻撃。 
『贄殿遮那・火琥流(ヒグル)ノ太刀』
遣い手-空条 シャナ
破壊力-A スピード-A 射程距離-C(直前で迫るように伸びる)
持続力-E 精密動作性-A 成長性-D




(先手は取った……! さぁ! ここからッ!)
 慮外に静寂、しかし鮮烈に火蓋を切った戦闘の第一合と同時に、
11体のトーガが雪崩れ打つように襲い掛かる。
 だがソレよりも速く、シャナは振り抜いた大刀を反転させて元の掴みに戻し
火花を噴くバックステップでトーガ達の包囲網外側へと移動を開始していた。
 その巨体からは想像もつかない素早い方向転換でトーガの群は彼女へと向き直り、
無数に散開して逃げ場を封じながらその群青の腕を次々と伸ばす。
「――ッ!」
 視線の先にくねりながら現れた7本の爪撃をその俊敏な脚捌き、
更に屋上内部に設置されたガラスの支柱をも利用してシャナは躱す。
 空間に舞い散らばる、キラメク硝子の破片(カケラ)
 防衛反応から無意識にその色彩へと一瞬視線が移るトーガを後目に、
シャナは突如身を低く、滑空するような体勢で一番近距離にいる2体へと挑み掛かった。
 一転、追っていた者が突如追う者に、
「線」 が 「点」 と成ったその動きに対応できないトーガは、
己の右斜め、それもかなり下方から走った
死角の一撃に脇腹を深々と刺し貫かれる。
「ぜえええぇぇぇぇッッ!!」
 継いで湧いた灼熱の喚声と同時に大太刀の特殊能力が発動、
自在法で在る炎獣は何の抵抗も出来ず無へと還る。
(二つ!!)
(バカが!!)
 トーガ消滅の瞬間、近郊と遠隔で二人のフレイムヘイズが
心中で対照的な声をあげたのはほぼ同時。
 先刻少女が大刀を突き刺した後、消滅の余波を煙幕にして
背後へと回り込んでいたもう一体のトーガが、その巨腕を既に撃ち落としていた。
 全力の刺突に伴い宝具も発動させた為、躰が一時硬直する少女に
斬撃を放つ余裕は無い。
 だ、が。
 次の瞬間、シャナの白い肌を無惨に引き破ると想われた群青の爪撃が、
ソレを繰り出す 「本体」 ごと空間で停止した。
「……ッ!」
「――ッ!」
 その様子を遠間で見据えながら息を呑む無頼の貴公子と蒼炎の美女。
 舞い踊る紅い陽炎の元、視覚的には少女が反射的に出した細腕一本で
巨腕を受け止めているようにも視える。
 だが違う!
 実際には少女の纏った黒衣の袖口、
その内側から伸びた無数の “鎖” が
眼前の炎獣を幾重にも巻き絡めているのだった。 
緋 ノ 鎖(ルージュ・バインド)ッッ!!』
遣い手-空条 シャナ
破壊力-なし スピード-シャナ次第 射程距離-C(5メートル前後) 
持続力-B 精密動作性-シャナ次第 成長性-A



 その炎で出来た灼熱長鎖の名が、少女の尖鋭な声と共に鳴り響く。
「口が開けられなきゃッ! 喰おうと思っても喰えないでしょ!!」
 同時に強烈な力で引き寄せられたトーガが、
一刃の片手横薙ぎと共に胴体部からバッサリと両断される。
 後には、霧塵の火の粉と化した群青が寂寥と共にたゆたうのみ。
「三つッッ!!」
 双眸に宿った黄金の光と共に、喊声をあげながら少女は
残った炎獣の群に逆水平の指先を向けた。
「炎気の具現化か。先代のモノとは較ぶべくもないが、アノ若さでよくも」
「元々 “縄” で相手をフン縛るくれぇはヤってたからな。
ソイツを応用すりゃあ不可能じゃあねーだろ」
 ここまでは非の打ち所が無いほど、戦闘を有利に進める少女の俊才に
老紳士と無頼の貴公子は落ち着いた声で語る。
(――ッッ!!)
 ソレとは対照的に彼女と対峙するマージョリーは苦々しく口中を噛み締めた。
「おいおいおいおい、一体ェどーゆーコトだ!?
昨日と動きが全然違うじゃねーか!
アノ刀以外宝具を遣ってる様子もねぇし、
本当に昨日ブッ倒したあのガキンチョかよ!!」
 まるで別個のフレイムヘイズを視るような口調で、
腰元のマルコシアスが騒ぎ立てる。
 残るトーガはあと9体。
 戦局的にはまだまだ己の優位は揺るがないが、
心中に生まれた一抹の違和感が澱のようにマージョリーの感情をザワめかせた。
(……)
 その周囲の注目を一身に集める少女は、
一度刀身に遺った蒼い火の粉を血飛沫のように振り払い、
あくまで冷静にここまでの戦況を分析していた。
(一つ、ハッキリしたコトがある……
戦闘が始まってこれだけ経つのにアノ女は、
他の戦闘自在法は疎か炎弾の一発も撃ってこない。
昨日みたいな極大焔儀を警戒して距離を取ったけど、
どうやらそれは杞憂(きゆう)だったみたいね)
 冴え渡る脳裡で紡がれる真理と共に、その口唇にも澄んだ微笑が刻まれる。
(恐らく、あれだけのトーガを自律(オート)指 導(マニュアル)
切り換えながら同時操作するのにかなり神経を削られるか、
或いは行使する力全体の消費量が大き過ぎるのかもしれない。
何れにしても、 『トーガが出ている限りアノ女は他の焔儀は遣わない』
否、 『遣えない!』 )
 導き出した結論に、黄金の光を宿す灼熱の双眸が一際輝く。
 そして空間に響き渡る勇ましき鬨の声。
「さぁッッ!! どうしたの!! 倒したトーガはたったの3体!!
まだまだこんなモノじゃあないでしょう!!
来なさい!! “弔詞の詠み手” マージョリー・ドー!!
それともまさか臆したのッッ!!」
(チビジャリがッッ!!)
 再び己を刺す剣尖から告げられた言葉に、
軋ませた眦と共に美女は激昂する。
 しかし彼女に心中の二の言も与えぬまま、シャナは森厳な言葉で再度告げた。
「来ないなら……こっちから……行ってあげましょうか……?」
「ッッ!!」
 言うが速いか少女は両の足裏を爆散させ、
滑車で吊り上げられるように大きくトーガ達の頭上、
ガラス張りの天井スレスレを黒衣をはためかせながら、
反転した躰で天空を仰ぐように飛翔する。
 時間にして僅か数秒にも充たない帯空だったが、
見上げる炎獣と異能者達の視線の元、
制服を取り巻く気流を全身に感じながら少女は双眸を閉じ、
何かの儀式で在るかのように心中の想いを反芻した。
(不思、議……自分でも……驚く位落ち着いてる……
幾ら機先を制したとは言っても……余裕なんか生まれる相手じゃない筈なのに……)
 凄惨なる戦場の直中でまるで涅槃の境地へ達したかのように、
想い以外の存在はスベテ意味を無くし、跡形も無く消え去った。
(それに……新しいチカラが……どんどん湧き上がってくる……!
今なら……誰にも……負ける気がしない……なんでも……出来る……ッ!)
 言葉の終わりと同時に、先刻以上の気高き色彩を以て見開かれる、真紅の灼眼。
 気づけば眼下、己の着地点数メートル先にマージョリーが在り、
呆気に取られたような表情でこちらを見ている。
 無想の刻は終わりを告げ、少女は再び戦闘神経をギリギリまで研ぎ澄ませた。
(でも……一体どうして……?)
 一抹の疑念と共に、少女は躰を鋭く反って縦に廻転し美女に背を向けた体勢で
ガラスの大地へと火線を描いて着地する。無論直前に大刀を円周状に振り廻して
周囲を牽制するコトも忘れない。
(アイツが……視てるから……?)
 背後のフレイムヘイズへの警戒を怠らず、
大刀を両手で構え直すシャナへ波浪のように迫る群青の群。
 その隙間から垣間見えた、自分の一挙一動を見過ごすまいと光るライトグリーンの瞳。
(アイツが、視てるからッッ!!)
 二つの瞳が交差した刹那、疑念は確信へと換わり、
まるで起爆剤のように己の裡で弾け燃え盛る闘気へと変貌した。
 紅蓮舞い踊る炎髪が一度吹雪のように火の粉を振り捲き、
その威圧感に身構えるマージョリーを無視してシャナは再度足裏を爆散、
それぞれ三位一体となって迫る炎獣の波浪内一対に撃ち掛かる。
 標的は、あくまでトーガ。
 この遍く炎獣の群は、交戦するフレイムヘイズの強力な攻撃手段で在ると同時に、
極大焔儀発動の 「原動力」 とも成っている。
 相手の自在法を “喰らう” という特殊能力も、
ソノ威力を最大限に高めるというコトを目的として造り上げられたモノ。
 故にソレをスベテ潰してしまえば、後には片腕をもがれたも同然の自在師が残るのみ。
 如何に歴戦のフレイムヘイズと云えども 『元となる力が存在しなければ』
どれだけ強大な焔儀を修得していようとも遣うコトは出来ない。
 相手の得意手は、奪える時即座に奪う。
 コレもまた、凄惨なる戦場での定石。
「「「グウウウウウゥゥゥゥゥゥオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォ
ォォォォォォォォ―――――――――――――――――!!!!!!!!!!!!!」」」
 しかし相手のトーガもただ狩られるのを待つ脆弱な獣ではない。
 虚を突いた攻撃ならまだしも真正面から向かってくるシャナに、
相討ち覚悟で獰猛に襲い掛かる。
 少女の斬撃射程距離より遙か離れた場所からその巨腕を伸ばし
彼女を場に縫い付ける為、上下左右更に斜交からの同時攻撃を仕掛ける。
 空を劈く強烈なスピード。
 如何なる 「達人」 と云えど、遮蔽物もない場所で6方向から放射状に迫る爪撃を、
一振りの刀のみで対処するのは事実上不可能。
 しか、し。
 次の瞬間、それぞれバラバラの軌道で振り下ろされたトーガ3体の腕6本が
少女の華奢な躰に着撃する刹那、突如何かの法則に触れたかのように
スベテ斬り飛ばされた。
「「「――――――――ッッッッ!!!!????」」」
 爪撃の勢いで大きく弧を描いて宙を掻きそして放散する蒼き腕の束。
 その結果をもたらしたシャナの剣技が、気流に揺らめく黒衣の間から正体を現す。
 左肩口を鋭角に突き出す「車の構え」から、
右手で大刀の柄頭を基点とし円環状に廻転させて生み出された
月輪(がちりん)の如き捲刃(けんじん)
 ソレが空間に無数の刃紋を描き、円形チェーンソーのように
襲い来るトーガ達の腕をその勢いも併せて瞬時に削断したのだ。
 本来相手の武器、或いはソレを振るう腕や触手の 「破壊」 を
目的として練り上げられた反 撃(カウンター)技。
「だあァァァァッッッッ!!!!」
 そして両腕をもがれ達磨(だるま)と化した相手の喉元に
無慈悲の一尖の突き立てる完殺の交差刺刀術。
 疾風剥迅。惨空の叛牙。
『贄殿遮那・火車ノ太刀・朔斗(ザクト)
遣い手-空条 シャナ
破壊力-A++(相手の力により増減) スピード-A 射程距離-D
持続力-D(相手の力により増減) 精密動作性-A 成長性-B




 その脇で瞬速の片手逆斬りの許、一刀両断にされたもう一匹のトーガが
半身同士を上下にズラして立ち消える。
 最後の一匹は惜しくも逃したが、一つの剣技で二体を屠り一体を
再起不能に出来たのは秀逸の戦果。
「「「「「「「グウウウウウウゥゥゥゥゥガアアアアアアアアアアアアア
ァァァァァァァァァァ――――――――――!!!!!!!!!!」」」」」」」
 少女は無傷のままほぼ半数の戦力を殺がれたトーガ達は、
宿主の心情をそのまま現すかのような狂声で吠え、
最早策も何もない、数の暴力のみを(よすが) とし
残り7体が蒼い霹靂と成って一斉に襲い掛かった。
「ブッ殺せェェェッッッッ!!!!」
「ッッ!!」
 神器から魔獣の形容で狂猛に叫ぶ王の声に、
一瞬速く狂熱から醒めた美女が咄嗟に口を開く。
 しかしその展開を予め読んでいたかのように、
逆水平に構えた少女の指先が差すと同時に、
決然と告げられる言葉。
「おまえは次にッ! “おまえ達迂闊にそいつに近づくな!” と言う!!」
「おまえ達!! 迂闊にそいつに、ハッ!?」
 出した言葉を否定するように、ルージュで彩られた口唇に手を当てるマージョリー。
 意識の虚を完全に突かれる一瞬の喪心。
『遠隔操作能力』 の法則として、
宿主の心情がそのまま伝播しトーガ達もソレに連動して止まる。
 その隙にシャナは、大刀を鉄梁に突き立て己の身を低く
そして掌中に強大な力を集束させながら焔儀発動の構えを執っていた。
(えん)(がい)(ごう)……!」
 凝縮していく粒子線状の炎気と共に、
大気を呑みこむ竜 顎(りゅうあぎと) の如き形容(カタチ)で折り曲げられた指先に灯る、
真紅の炎。
(“アレ” は……ッ!)
(むぅ……!)
 その構えと色彩に、青年と魔神が瞠目したのはほぼ同時。
 継いでソノ焔儀が真正面を向いた少女の視線の先へ、
古の灼絶流式名と共に爆裂する。



炎 劾 劫 煉 弾(タイラント・フィフス・フレア)ッッッッッ!!!!!』




 咆吼と共に開いた竜の口から、
3つの巨大な炎弾が正面、広角、そして頭上から強襲し、
その凄まじいスピードに対応出来ないトーガは着弾と共に炸裂し、
天蓋を突き破った火柱に呑み込まれ跡形もなく炎蒸した。
「アレほど巨大な火球を一度に3発も撃ち放つとは……
しかもそれぞれ軌道を(たが)えて……
また、恐るべきフレイムヘイズを仕えたものだな。アラストール」
焔儀の放つ灼光に風貌を照らされ驚愕するラミーを後目に、
「本当は5発撃つんだ」
「正鵠には10発だがな」
スタンド使いと紅世の王が歪みない口調で返す。
「しかし、アラストールが遣ってみせたとはいえ
たったの2日で “モノ” にしやがるとはな。
オマケにジジイの “フェイント” まで途中に織り交ぜて。
アイツ、一体どこまでイキやがる……ッ!」
 湧き起こる覇気を抑え切れないといった表情で、承太郎は意図せず拳を握る。
 普段の弛まぬ訓練の成果も在るだろうが、
明らかにソレを超えて天井知らずに騰がって行くシャナの能力(チカラ)を呼び水に、
己の血も熱く滾った。
(やれやれ、柄にもなくオレの方まで疼いてきやがった……
カッコなんぞつけねぇで、やはりオレがヤるべきだった、かな……?)
 言いながら無頼の貴公子は、少しだけ口惜しそうな微笑と共に煙草を銜える。
「残りあと4体ッッ!!」
 梁に突き立った大刀を前に、
黒衣を叩きながら左手を振り翳した少女の喊声が空間に轟いた。


←To Be Continued……

 
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