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STARDUST∮FLAMEHAZE

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第二部 WONDERING DESTINY
CHAPTER#18
  DARK BLUE MOONⅩ ~Body Feel Ignited~


【1】


 瀟洒なホテルの一室に漏れる、麗らかな陽光と爽涼な海風。
 ソレをその至高の芸術品のような美貌に感じながら、
無頼の貴公子は黎明の浅い眠りに微睡んでいた。
 口から漏れる、微かな吐息。
 凄艶なる男の色気を、ゾッとする程に感じさせるその姿態。
 躯から仄かに立ち上る、力強くもしなやかな芳香(かおり)
 その彼の脳裡に、いつもと明らかに違う異質な感触(ノイズ)が走った。
(生……?)
 脳がまだ未覚醒状態の、意識に靄が揺蕩う状態では在るが
それでも明確に感じる確かな熱。
(生、なま、ナマ暖ったけぇモンが、腕ン中、に……
何だ? こりゃ? 妙に、フニャフニャして、柔らけぇ……)
 手と腕と首筋と胸と、いちいち数えるのが煩わしいと想える程、
その不可思議な感覚は甘美で抗い難い。
 本能的に、そのまま己の躯を包む甘い匂いに抱かれながら、
心地よい微睡みの中にいつまでも浸っていたいという誘惑に駆られる。
(マジで……何、だ……コレ……コ、レ……?)
 だがしかし、ソレとは対極に位置する意志が、即座に脳髄を直撃した。
(まさかッ! 新手の 『スタンド攻撃』 かッ!?)
 認識した刹那、彼は無理矢理意識を覚醒させその怜悧な両眼を見開く。
『スタンド』 は、人間の 「精神」 を原動力として発動する超常の 『能力』 
 ならば 『夢の中に現れる』 或いは 『死の幻惑へと誘う』
スタンド能力が在ったとしても不思議はない。
 冷静に考えれば至極当然なコト、自分の祖先の躯を奪って現代に甦った
卑劣なる “アノ男” が、相手の寝込みを 『襲わない筈がなかったのだ』
 白いシーツの上に()した状態では在るが、
即座に臨戦態勢を整え己の超至近距離で感じる気配に承太郎が向き直った刹那。
 ソコに在ったのは、殺戮の白光(びゃっこう)を背にギラつかせる大鎌を携えた死神
……ではなく、無垢な表情で安らかな眠りにつく天使の姿。
「……」
 その天使、否、シャナが布地の薄い清楚な下着のみという
限りなく無防備に近い状態で寝間着の胸元をしっかと掴み、
寄り添うような状態で静かな寝息を立てていた。
 普段の凛々しい風貌など視る陰も無い、純然極まりないソノ姿体(すがた)
 全身に感じる大きな安息に包まれ、淡く揺れる眠気。
 そのスタンドが一巡の世界を通り越して逆から戻ってきたような、
まだ幻覚から醒めたら己の肉体が溶かされていたという現実の方が
納得いくという光景に、さしもの無頼の貴公子も茫然自失となる。
 そし、て。
( 『星 の 白 金(スター・プラチナ)ッッ!!』 )
 勇壮な声で反射的にそう念じ、空間を歪めるような音と共に
彼のスタンドがその雄々しい黒髪を揺らして出現する。
(ヤれッッ!!)
 現れる前から既に下していた 「命令」 を厳正に執行するように、
彼は己の守護者へと呼び掛ける。
 本来の自分の使命とは矛盾する行為だが、
主の命令には逆らえずその勇猛なる拳士のスタンド、
スタープラチナは殴った己の方が痛いといった
悲壮な表情で拳を撃ち出す。
(オッッッッッッラアアアアアアアアアァァァァァァァッッッッッッ!!!!!!!)
 キツク硬められたスタンドの右拳が、歯を食い縛って心を決める
承太郎の額に高速で撃ち込まれる。
 ドグォッ! という想わず眼も耳も背けたくなるような衝撃音が、
瀟洒な室内に響き渡った。
「……死ぬほど、痛ェ……
どうやら…… “夢” じゃあねぇようだな……」
 額から、静かに滴る鮮血。
 夢なら夢でソレはまた大問題なのだが。
 せめてもの救いは、テーブル上のグラスと煙草、
カードキー等で 「自分の部屋」 だとは確認出来るコト。
 そんな彼の困惑など平行世界の出来事で在るかのように、
少女は一人傍らで幸福そうな寝息を立て続けていた。
「……で? 一体どーゆーコトだ? アラストール」
 胸元を掴む手を苦労して外し、シルクの掛け布団を(スタープラチナが)
少女に掛け直した後、ベッドの縁に腰を下ろした承太郎は
一日の一番始めなのにもうどっと疲れたような口調で炎の魔神へと問い(ただ)した。
「……」
「オメーが寝てるワケねーだろーが。小細工すんな」
 己の当然の問いに無言で返す紅世の王を難じ、
承太郎は殊更にキツイ視線を少女の胸元へ送る。
 まぁ同じ “男” として説明し難い事象ではあるだろうが、
してもらわないコトには(らち)が開かない。
「……咄嗟の事態だったため、我も止め得る(いとま) がなかったのだ。
気がつけばもう夜笠を纏い、露台 (ベランダ) 沿いに
この部屋へと飛び移っていたのでな。
貴様と出逢って以来、この子にはあらゆる意味で驚かされるばかりよ」
 背後で響く(妙に不機嫌そうな)荘厳な男の声に、
無頼の貴公子は耳を傾ける。
 何気なく向けた視線の先、無造作に脱ぎ捨てられた黒衣が
クルミ材の床に転がっていた。
「貴様の部屋の窓が開いていなければ、この子も想い止まったのであろうがな」
(……なるほど、ね)
 鋭い視線のまま、無頼の貴公子は開け放しておいたバルコニーを見る。
 機械の造り出す空調よりも、自然が生み出す風の方が好きなので開けて於いたのだが、
まさかソコから侵入する者がいるとは誤算だった。
 というか、第一此処は地上十二階だ。
「……」
 何だってこんな真似を、と承太郎は考えようとして止める。
 何だか、思考すればするほどドツボに嵌っていくような気がしたし、
『そうした』 少女にも明確な理由が在るかどうかは甚だ疑問だ。
 加えてソレを深く追求するコトが、
どう考えても良い結果に繋がっていくとは想えない。
 なのでこの一件は 「流して」 しまうのが得策だと判断した承太郎は、
淡い嘆息と共にベッドから腰を浮かせる。
「朝っぱらから頭が痛ぇ。眠気覚ましにシャワーでも浴びてくンぜ。
“ソイツ” が起きても騒がねーようにしとけ」
「むう……」
 深遠なる紅世の王に対し有無を云わさぬ口調でそう命じた承太郎は、
不承不承の面持ち(?)で応じるアラストールの声を聞きながら
バスルームの扉を開く。
 しばしの沈黙の後、聴こえてくる静かな水音の許、
少女は小さく寝返りを打ちながら天使の囁きのように誰かの名前を呟いた。





【2】


「ン……ンンぅ……」
 件の、未曾有なる騒 擾(そうじょう)から数十分後、その事象を引き起こした張本人で在りながら
ソレとは全く無関係と云った清澄な表情で眠りから覚めた少女は、
部屋に降り注ぐ陽光と早朝の空気の中、躰を(ほぐ)すように大きく伸びをする。
 その小さな耳元に青天の霹靂の如く伝わる、聞き慣れた青年の声。
「ようやくお目覚めか? お姫サマ……」
(!!)
 手入れの行き届いた清潔なベッドの上から咄嗟に視線を向けた先、
絶対にそこにいない筈の人物が革張りのソファーの上で長い脚を組み、
学生服姿のクールな佇まいで目覚めの一服を燻らせていた。
「ふぇ? 承……太郎……? あれ、え? 
なん、で? 私、わた、し、あ……ッ!」
 気怠い眠気が残らず消し飛び刹那に覚醒した少女は、
昨夜自分があやふやな意識と勢いのままに行ってしまったコトを
いま明確に認識し、その事態の大きさに慄然となった。
 そし、て。
(……だ、だって、だって、全然、眠れなかったから。
だから、安心できる人の傍なら、ちゃんと眠れると想ったから。
だって、体調を万全に保つのも使命の一つだし、
またアノ女と戦わなきゃいけないし、それにこんなコト、承太郎じゃないとできな)
 ほんの僅か数秒の合間に、言い訳とも釈明ともつかない言葉の羅列を
一息もつかず次々と心中で溢れさせる少女。
 だが実際に口頭でなければその意味をなさず、
しかしそんなコトは口が裂けても言えないという心情の許
シャナは完全にしどろもどろとなる。
 そんな狼狽と錯綜の渦中にある彼女へ届く、天啓のような一言。
「“寝惚ける” のも、大概にしとけよ。
次は 「墜ちて」 も知らねーぞ」
「ふぇッ!?」
 身を護るようにシルクのシーツを胸元に手繰り寄せていたシャナは、
承太郎の想定外の言葉に頓狂な声をあげる。
「夢ン中で、グゼノトモガラとヤり合ってて、
更にはDIOのヤローまで出てきやがったからエスカレートして、
そのままオレの部屋まで飛んで来ちまった、
“だったよな?” アラストール?」
 そう剣呑な流し目で胸元のペンダントを見る承太郎に対し、
「うむ。昨日の戦いはこれまでに類を視ぬ程壮絶だった故、
シャナも疲れが溜まっていたのだろう。気を遣わせたな? 空条 承太郎」
まるで予め打ち合わせていたように、アラストールが淀みなく答える。
「別に構わねーよ。だだっ広ぇ部屋だから客が一人二人増えよーがよ。
それに良いコトじゃあねーか? 
オレらン中で直接DIOのヤローと戦ってんのはシャナだけだから、
そっからヤローの弱点なりなんなり掴めるかもしれねーしよ」
「うむ。潜在の中で眠っている意識は顕在に映るモノとはまた違う心象故にな。
彼の者の存在に対し、戒心し過ぎるという事は在り得ぬ。
しかし夢境の中でも尚戦うとは、我がフレイムヘイズながら」
「……」
 二人とも、一体何を言っているのか?
 夢は確かに見ていたが、承太郎、アラストール両名が話しているような
凄惨なものではない(無論その詳細など決して誰にも話せないが)
 ソレに自分が眠りについた場所は、宛われた部屋ではなく紛れもなくこの……
(!!)
 そこまで考えて初めてシャナは、目の前で妙に長い論議を繰り広げる
二人の意図を覚った。
 しかしだからといって、否定も肯定も出来はしない。
 まるで己の言動を封じる幽波紋(スタンド)能力でも喰らったように、
何れを選んだとしても自分が赧顔(たんがん)するような結果しか待っていないだろうから。
 なので少女は次第次第に小さくなり、
たくさんの冷や汗と共にシルクのシーツへ
紅潮した頬を押し付けるしか出来なくなる。
 その様子を静かに眺めていた無頼の貴公子は、
事前にソレを予期していたように平然と告げる。
「おら、目ェ覚めたンならとっとと飯いくぞ。
制服はスタープラチナに持ってこさせたからクローゼット開けな。
オレァ外にいるからよ」
 そう言ってこの件はコレで手打ちだといわんばかりに
くるりとシャナに背を向ける。
 やがて静かに閉じるドアの音を聞きながら、
「バカ……」
とシャナは、立腹と恥ずかしさと嬉しさが当分に入り混じったような表情で、
下着姿のまま不平を零した。





【3】


「でよ、そのチョウシノヨミテとかいう女が、今どこにいるか解ンのか?」
「今はちょっと、難しいわね。多分眠ってるんじゃないかしら?
一番無防備な状態で己の気配を晒したら、
ソレだけで殺してくれって言ってるようなものだし」
「って事ァ、そいつがラミーに向かって動き出すまで
こっちは “待ち” ってコトか。後手に回ンのは性に合わねーがよ」
「でも、その間に色々と対策は立てられる。
向こうも昨日の今日で再戦挑んでくるとは想ってないだろうし」
「やれやれ、ジジイのスタンドはDIOのヤロー以外、
相手の姿を視ねーと “念写” 出来ねーからな。
ったく使えるんだか使えねーんだかよく解らねー能力だぜ」
「……ジョセフは、ゆっくり休ませてあげましょう。
顔には出してないけど、色々と無理してると想うし」
「……まぁ、オメーがそう言うんなら、そーしてやっても良いけどよ……」
 早朝のフロアを特徴的なデザインの学制服姿で共に歩きながら、
無頼の貴公子と清洌の美少女は昨日朝食を取ったカフェに足を踏み入れた。
 前もってジョセフが予約を入れておいてくれたのか、
昨日と同じ若いウェイターが丁寧な物腰で二人を席へと案内する。
「……」
「!」
 そこに、優雅な仕草で食後の紅茶を嗜む先客の姿があった。
「やぁ」
 承太郎とシャナの姿を認めると、その声の主、花京院 典明は
衒いの無い穏やかな笑顔で手をあげる。
「おまえ、昨日どこ行ってたのよ?」
 彼の真向かいの席に座ったシャナが、
約24時間振りに姿を見せた翡翠の美男子に問い質す。
「え? あぁ、まぁ、ちょっと、ね」
 心なしか困ったような表情で、彼は笑顔のまま口を籠もらせる。
 いつもよりその風貌が細く見え(若干ではあるが)香水の匂いも濃いように想えた。
「享楽に(うつつ) を抜かす者とも想えぬが、若気の至りという箴言(ことば)も在る。
自律を怠るでないぞ、花京院」
 シャナの胸元で、美香に混じったほんの微かな酒気を感じ取ったアラストールは
威厳のある声でそう進言する。
「え、あぁ、そうですね、アラストール。
久しぶりの香港の街が楽しくて、つい」
 そう穏やかに返しながら花京院は、どことなくほっとしたような表情で彼を見る。
「まぁ、いいけどよ。それよりオメー今日暇か? ならちょいオレらと」
「ゴメン、暇じゃないんだ。ちょっと、「先約」 があって、ね」
「先約?」
 承太郎とシャナが声を重ねると同時に
「まぁ、人助けのようなもの、かな?」
と端的に花京院は告げる。
「昨日この街でボクらと同じ旅行者の人と知り合ってね。人捜しを手伝ってる。
色々と調査をしてその手懸かりも幾つか見つけられたから、
今日辺りにはもう探し出せると想うんだ」
 隣同士の席で承太郎とシャナは無言のまま顔を見合わせる。
「……なら、しょうがねぇか」
「お人好しも大概にしておかないと、後で自分が損する事になるわよ。花京院」
 特に懸念を抱いた様子もなくさらりとそう告げる両者。
「それじゃ、もう行かないと、こっちの調査が早く終わったら後で合流するよ」
 爽やかな果実の微香を残して、中性系の美男子はエントランスの方向へと退出する。
「……」
「……」
 二人の間に降りた妙な沈黙を掻き消すように、
承太郎は煙草に火を点け、シャナはメニューを手に取って開いた。
「さて、完全に手持ち無沙汰だな。
どうする? 飯喰ったら海岸で訓練でもするか?
フーゼツ張ってよ」
「え!?」
 想わぬ承太郎の申し出に、シャナは喫驚な声をあげる。
 その拍子でグラスの水が少し零れた。
「く、訓練って、おまえと私、で?」
 そう言って自分を指差すシャナに、
「他に誰がいンだよ。第一オレはその “女” の(ツラ)も知らねーんだぞ。
この待ちの一手ってのも、オメーがいなきゃあ成立しねーだろーが」
紫煙を彼女とは逆方向に細く吹きながら、承太郎は剣呑な瞳で言う。
「……」
 告げられた事は全くの正論、しかし少女の心中ではソレとは全く別の事象が
鼓動を高鳴らせていた。
 色々あって、最近はめっきり二人だけになれる時間はなかった。
 特に意識してはいなかったけれど、失いかけて初めて解るその大切さ。
 そしてソレが、今再び当たり前のように自分の元へ戻ってきた事を深く実感した。
 断る理由なんて、何もない。
 邪魔する者は、誰もいない。 
「そ、そうね、じゃあ、久しぶりに」
 微かに上擦った声と高揚した意識。
 コイツと戦うのは、本当に楽しい。
 討滅の時とは全く違う、全身を隈無く満たす充実感。
 共に成長した事を実感出来る、光り輝くようなその瞬間。
 今まで、自分のスベテを全力でブツけてもたじろかず、
受け止めてくれる人なんて、一人もいなかったから。
 その、嬉々として瞳を瞬かせる少女の耳元へ届く、予期せぬ来訪者の声。
「ここ、よろしいかな?」
(!) 
 気配を微塵も感じさせぬまま、いつのまにか己の脇にいた老紳士が
黒い天然素材の帽子を外しながら自分に会釈をしていた。
 唖然とした表情でその老紳士を見据える少女とは裏腹に、
驚愕で瞳を見開く二人の男。
「ラミー……」
 本来そこにいる筈のない者の名を、承太郎が静かに呟いた。





【4】

「……ン」
 緩やかな陽射しが躰を撫でる瀟洒なベッドの上、
美女は一糸まとわぬ姿で目を覚ました。
 僅かに身につけているのは豊かな双丘で鈍い光沢を放つロザリオのみ。
 昨夜の深酒の影響か、乱雑に脱ぎ散らかした衣服が周囲に散らばっており、
若干頭も重い。
「お目覚めかい? 我が微睡みの淑女、マージョリー・ドー」
 視線を向けた先、ウォールナットのテーブルの上に置かれた
彼女の被契約者である狂猛な王が軽佻な声で呼び掛けた。
 いつもの朝の、いつもの光景。
 シルクのシーツを胸元に手繰り寄せ、
美女は誰に言うでもなく独り言のように呟く。
「昨日、本当に久しぶりに、ルルゥの夢をみたわ。
もう100年以上、アノ()の夢なんて見なかったっていうのに」
 言いながら、物懐かしげに胸元のロザリオを弄る。
「そりゃあ当然だろ。
オメェさんが本格的にフレイムヘイズとして名を馳せたこの100年間。
寝る間も喰う間も惜しんでブッ潰し咬み千切る、正気じゃ生きちゃいらんねぇ、
そんな殺し合いを毎夜繰り広げて来たんだからよ。
後ろを振り返る余裕なんぞありゃしねぇ。
そうじゃなかったら生き残れねぇ(いくさ)だった筈だぜ」
 共に凄惨なる修羅の(ちまた)を潜り抜けてきたマルコシアスが、
珍しく正鵠な物言いをする。
「“アノ時” は気づかなかったけれど、
ノリアキと同じ 『能力(チカラ)』を持っていたのね、アノ娘……
出来れば一度、視ておきたかったわ。
きっと、アノ娘の精神(こころ)と一緒で、それは、綺麗だったでしょうね……」
 夢の所為か幾分感傷的になっている己のフレイムヘイズを
マルコシアスがいつもの調子で促す。
「ほれ、今日は特別に朝っぱらから “清めの炎” (ほどこ) してヤっからこっち来な。
カキョウインとの待ち合わせまで後30分もねーぜ」
 そう問われた美女は一度その深い菫色の瞳を閉じた後、
やがて意を決したようにもう一度開く。
「ノリアキを、コレ以上巻き込むのは止めましょう。マルコシアス」
「アァ!?」
 真っ直ぐな視線で告げられた想わぬ要望に、紅世の王は頓狂な声をあげる。
「おいおいおいおい、まさか見限るってぇのか?
確かに女みてーにヒョロい奴だが、結構役に立ってたじゃねーか。
状況に応じた判断力も機転も、今までの案内人とはダンチだし
オマケに妙な能力(チカラ)も持ってる。正直アレ以上の奴となると」
「“だからよ” 」
(本当に)珍しく、マージョリー以外の者を称賛する王の声を彼女が遮る。 
 継いで、憂いを込めた瞳で告げる。
「これ以上、一緒にいたら、きっと……」
 そこで言葉に詰まり、美女は微かに紅潮した頬を折り曲げた膝へ
シーツ越しにくっつける。寝てる間に解けた髪がサラサラと胸元へ流れた。
「おいおいおいおい、まさかあのヤローに岡惚れしちまったってんじゃあねーだろーな!?
逢ったのは昨日だし、第一オレ達ァアイツの好きな喰いモンすら知らねーんだぞ!?」
「……」
 そう問われた美女は何も答えず、
代わりに涙ぐんだような表情で悪い? とグリモアに訴える。
 画板を幾つも折り重ねたような大形な 『本』 が開き、
そこから深い群青色の炎が溜息のように吹き出した。
「……やれやれ、マジかよ? フレイムヘイズきっての 『殺し屋』 が、
あんな女みてーな人間の男に骨抜きにされちまうとかよ。
全く以て笑い話にもなりゃしねー」
 そう言うとグリモアの内部から鉤爪を持つ前脚が一本出現し、
面倒そうに 『本』 の革表紙を掻く。
「でもまぁ、それならソレで別にいーんじゃねーのか?
オメーが気に入ったンならそのまま連れてっちまえばよ。
どこぞの 『色惚け』 じゃあねーがフレイムヘイズや徒が
“ミステス” 囲うなんてこたぁ珍しかねぇし、
案外あのヤローは遣えると想うぜ。
オレもオメーも結構熱くなるタチだから、
緩衝材として一人位あーゆーヤツがいてもよ」
「……」
 どうした事か今日は茶化さず真剣にそう自分に忠告するマルコシアスに、
マージョリーは同じ仕草のまま無言で応じる。
 ソレはもう、考えた。
 もし本当に 『そう出来るなら』 どんなに良いか。
 事実昨夜酒に戯れている時には、もう八割方そうしようとも想っていた。
 でも。
 でも……
「怖い、のよ……失うのが。大切な誰かが、私の前から消えてしまうのが。
その相手が、優しければ優しいほど。私を、想ってくれればくれるほど」
「……」
 今度はマルコシアスの方が、彼女の独白を聞きながら無言で応じる番。
「もう、あんな “痛み” には、堪えられそうにない。
あんなに、辛いなら、あんなに、苦しいなら、ソレなら……」
 脳裡で甦る、栗色の髪の少女。
 満面の笑顔で、自分を呼ぶ優しい声。
「最初から、誰もいない方が良い……!」
 呻くようにそう言った後、美女は剥き出しの素肌を抱え込み
俯いたまま肩を震わせる。
 その様子をマルコシアスは黙って見つめ、
マージョリーの想像を絶する心の疵の深さを改めて実感した。
 彼女と契約して以来、それからの血で血を荒らす殺戮の日々の中で
少しはその疵も風化したと想っていたが、
どうやらソレは大いなる誤解というヤツだったらしい。
 寧ろ、更に悪化していると見るべきか。
 昨日の、アノ男との出逢いにより。
「……」
 厳かな仕草で、嘗て人の形体(カタチ)を執っていた時と同じままの視線で
俯くマージョリーを見据えていたマルコシアスは、やがておもむろに口を開く。
「おいおい、随分ツレねー話だな? 
我が愛憐のデンドロビューム、マージョリー・ドー。
オメーさんにゃあ、オレがいるだろ?」
「……ッ!」 
 伏していた顔を、咄嗟にあげるマージョリー。
 いつもの煩い銅鑼声ではない、優しく包み込むような、美しい男の声。
 底すら無い絶望の淵に瀕していた自分に降り注いだ、アノ時と同じ声。
 そんな自分の心情など意に介さず、マルコシアスは続ける。
「フン、まぁ結局いつも通りに戻ったってだけか。
無敵のオレサマ達には、仲間もミステスも何もいらねーってかぁッ!?
ヒャーーーーーーーッハッハッハッハッハァァァァァァ!!!!!」
 今度はいつも通りの銅鑼声で、悲しさも寂しさも吹き飛ばすように、
異界の魔獣は高らかに笑う。
「……」
 ソレに連られるように、美女の口唇にも柔らかな微笑が浮かんだ。
 緩やかな陽光がその美貌を照らす中、やがてマージョリーも静かに口を開く。
「この先、何が在るかは解らない。
でも、最後まで、一緒よね? マルコシアス」
「今更訊くんじゃあねーよ! 何が在ってもオメーの傍から離れねぇ!
一生付きまとって一番傍で騒ぎまくってやっから覚悟しときやがれッ!」
 革表紙をバタバタ鳴らしながら狂声をあげ続けるその優しい狼を見つめながら、
(ありがとう……私の…… “蹂躙の爪牙” ……)
本当に静謐な声で、マージョリーは一度だけそう呟いた。
 微かに潤んだ瞳を美しく彩色された指先で拭い、
美女はベッドの周りに散らばったタイトスーツの上着に手を伸ばす。
 その胸ポケットからヒラリと落ちる、一枚の写真。
 ソレを眼に止めた刹那、美女の全身がザワめいた。
(……)
 凍ったような瞳の色で彼女はソレを拾い上げ、
『中に映った』 一人の人物を灼き尽くすように見つめる。
 熱、い。
 心臓の鼓動が、破裂する程に高鳴っていくのを感じた。
(そうか……“おまえの”……所為か……)
 正常な思考はソコで跡形もなく砕け散り、
ただ一つの狂おしく兇暴な感情だけが彼女の存在を充たしていく。
(私からアノ娘を奪ったのも……私がフレイムヘイズになったのも……
そして……私からアイツを奪うのも……ッ!)
 脳裡にフラッシュ・バックする、幾つもの光景。
 ソレと同時に爆発する、魂の叫号。




“全部全部!! 『紅世の徒(オマエ)』 の所為かッッッッ!!!!”




 裸身の美女を中心に、部屋全域を覆い尽くす程に迸る群青の火走り。
 瀟洒な空間をジリジリと灼く蒼い破片(カケラ)の向こうに、
復讐の凝塊(カタマリ)と化した一人のフレイムヘイズの姿が在った。
「おいおいおいおい! いきなりどうした!? 
ンな(もぬけ) の写真なんか見て一体……
まさかッ! また 『映って』 やがんのか!?」
“遠隔念写能力” スタンド 『隠 者 の 紫(ハーミット・パープル)』 の効果は、
念写された対象が 『この世に存在している限り』 持続する。
 無論その存在が消えれば対象は写真の中から消失するが、
(本来有り得ないコトではあるが)もし再び現れれば、当然スタンドは同じ像を結ぶ。
 ソノ 『本体』 の、正確な 「位置」 さえも同様に。
 現在のマージョリー、マルコシアス両名に、
このスタンド能力を正鵠に把握する術は無い。 
 しかし、復讐の凝塊(カタマリ)と化したフレイムヘイズにとっては
過程など何の意味も成さずその「結果」のみが存在すれば充分。
 美女の裡で、そして全身で、コレ迄に無い程の勢いで逆巻く、狂気の焔。
 破滅への秒 読 み(カウント・ダウン)は、今この瞬間より、確かにソノ時を刻み初めた。





【5】


 従業員と財団関係者以外は立入禁止のホテル屋上。
 フェンスで仕切られていない中央部にヘリポートがあり、
その周囲は管制塔や気象観測機器、巨大な衛星アンテナ等が天を挿す形で屹立している。
 上空を吹きつける強烈な風が、承太郎の学ランとシャナの長い髪を靡かせた。
 忙しない朝食の後、ラミーを伴ってこの場所に赴いた二人は
その予期せぬ来訪者の言葉を待つ。
 突風に帽子を飛ばされないように手で備えながら、
鈍色のステッキを携えたその老紳士はやがて厳かに口を開いた。
「一日振りだな? 空条 承太郎。昨日は色々と世話になった」
 その彼の言葉に気まずそうなカンジで眼を細めた無頼の貴公子はブッきらぼうに返す。
「よせよ。結局逃がしちまったんだ。
そのコトだけでもアンタに伝えるべきだったが、
色々あっていけなかった。すまねぇ……」
 そう言って学帽の鍔で目元を覆う。
その隣で何故かシャナが、頬を紅潮させて不機嫌そうに押し黙っていた。
「改めて初めまして。 “天壌の劫火” のフレイムヘイズ “炎髪灼眼の討ち手”
それとも、シャナ、と呼ぶべきかな?」
「正確には、 『空条 シャナ』 」
 その指先を緩やかに逆水平へと構え、ラミーを差しながら少女は訂正を促す。
「フッ、なるほど。それは失礼した」
 ラミーは承太郎を見て微かに笑い、そして視線を移す。
シャナの胸元にあるペンダント “コキュートス” その裡に。
「本当に、久方振りだ。アラストール。どうにも、多大な迷惑をかけたようだ。
幾ら陳謝しても仕切れない」
「構わぬ。我等は我等の使命に従っただけの事。
ソレに偶発的にだが、此方の益になる事も在った」
「ほう?」
 ラミーが再び視線を向けた先、承太郎が訝しげに煙草を銜えていた。
 場都の悪さ打ち消すように、紫煙を吹きながら彼は問う。 
「それより、一体どうしたんだ? こんな朝っぱらからいきなりよ。
まぁアンタの方から来てくれた事で、こっちの目的はヤり易くなったがよ」
 そう問う青年に、ラミーは厳かな微笑を浮かべながら返す。
「イヤ、実はお別れを言いに来たのだ。トーチもある程度集まったし、
何よりアノ戦闘狂共がこの地に現れた以上、留まるのは得策と言えぬのでな」
 少々意外そうな表情で、承太郎は携帯灰皿に吸い殻を押し込みながらラミーに向き直る。
「大丈夫、なのか? その、一人でよ」
 口調は無愛想だが、しかし誰よりも自分の身を案じてくれている青年に
老紳士は穏やかな表情で応じる。
「フッ、まぁそう心配するな。私は確かに戦闘は不得手だが、
『ソレ以外の』 自在法ならまだまだ他の者には負けん。
巧く逃げ切ってみせるさ。これまでと同じように」
 そう言ってラミーは一歩前に出る。
「君は本当に、良い青年だな。この地に渡り来て、
君のような人間と逢えたコトを嬉しく想う」
「!」
 目の前に差し出された、白い手袋で覆われたラミーの右手。
 承太郎は何となく視線を背けたまま、無表情でソレに応じる。
 人間と紅世の徒との間に流れる、奇妙に篤い雰囲気。
「……」
 その二人の様子を見つめていたシャナは、
ラミーの言葉をまるで自分の事をように嬉しく想えた。
「後は、私達に任せておいて。二度とアナタをつけ回そうなんて想わない位に、
徹底的に懲らしめておくから」
 手を離した二人の間へ割って入るように、少女は明るい声でそう告げる。
「そうして貰えると重 畳(ちょうじょう)の至りだ。
さて、心残りは尽きないがそろそろ失礼させて戴こう」
 そう言うとラミーはヘリポートの離着場に向けて歩を進め、
その中心でこちらに向き直る。
「では縁在らば、因果の交叉路でまた逢おう。
空条 承太郎。そして空条 シャナ」
「「ッッ!!」」
 承太郎とシャナが同時に息を呑む刹那、もう既にラミーはその姿を火の粉に換えていた。
 強風に吹き曝され一斉に舞い散ったその炎は、深い緑色をしていた。





【6】

「さて、振り出しに戻る、ね」
「むう、何という|(はや)さ。既にもうこの街の海岸沿いにまで移動している。
空間転移系の自在法、か?」
「……」
 ラミーが消えた後、シャナとアラストールが各々の心情を口にする。
 だがそれよりも前から、承太郎は胸に抱いたある違和感を既に演算し始めていた。
「本当。スゴイ疾さね。わっ、もうまた別の場所に移動してるし。
『能力』 か “自在法” かまでは解らないけれど、
こんなに疾く動けるならそう簡単に捕まるわけない、か。
なら尚のコト私達は戦闘狂のみに専念……」
 そこでシャナは、俯いたまま長考に耽っている承太郎に気がついた。
「どうしたの?おまえ?さっきから黙ってるけど」
「……どうも釈然と、しねぇな……」
 やがて顔をあげた承太郎は少女を見据えるようにしてそう呟く。
 同時にシャナ、アラストールの両者は、ミエナイ引力に惹かれるが如く
承太郎に視線が釘付けになるのを余儀なくされる。
 如何なる時も冷静で、怜悧な知性に裏打ちされる彼の研ぎ澄まされた 【洞察力】
 ソレを発揮する際の独特な気配が、彼の全身から寂然と感じられたからだ。
 ソレがどれほど頼りになるモノかは、
今までの戦闘を通して二人は知り尽くしている。
「どうか、した?」
 シャナは胸の鼓動が高鳴るのを覚られないように、出来る限り平淡な口調で訊く。
「……さっきのラミー、本当に “モノホン” だったのか?」
「どういう、意味?」
 フレイムヘイズではない承太郎に、紅世の徒の気配を察知する能力は無い。
 それは本人が一番解っている筈なのに、
確かめようがない事象を彼がわざわざ口にした事へシャナは小首を傾げた。
 しかし承太郎はソレとは別の「領域」から紡ぎだした解答を、
確信を込めて言い放つ。
「前に花京院から、単体では存在しない
“群体” のスタンドがあるって聞いた事がある」
「!」
 唐突に話題が変わったが、ソレがラミーの「本性」を解き明かす
重要な事実だと認識した少女は言葉を返す。
「でも 『幽波紋(スタンド)』 は、 “一人一体一能力” が
絶対の原則なんでしょ? ソレと矛盾してない?
複数の幽波紋(スタンド)なんて」
「あぁ、だから “全部で一つ” 『葡萄(ぶどう)(ふさ)』 みてぇなモンさ。
そうだな、スタープラチナを細かく分解(バラ)かして、
そのちっこい一体一体で構成されてるスタンドって言えば、少し解るか?」
「う、う~ん。まぁ、なんとなくは……」
 シャナは心なし小さな顎を引いて、上擦ったように応じる。
 その脳裡で小さくなった無数のスタープラチナを想像して、少し可愛いかもと想った。
「つまり、さっきのラミーもソレと一緒で、
『本物ではあるが実体はその一部に過ぎない』ンじゃあねぇか? って言いてぇのさ」
「むぅ……?」
 無頼の貴公子が発したその提言に、アラストールが反応した。
 その彼の疑念を補填するように承太郎は言葉を続ける。
「オレよ、一応警戒はしてたんだぜ。
いつその “女” が襲撃仕掛けて来ても、対応できる位には気を張ってた。
でも考えてみりゃあ妙な話だ。
いくら知り合いだからって、“常時追われてるこの状況で”
そんなリスクを犯してまでアラストールに会いに来ようとするか?
闇金で首が回らなくなったマヌケじゃあるまいし、来りゃあ100%捕まるのによ」
 そこで承太郎は制服の内側から煙草のパッケージを取りだして火を点け、
回転した脳細胞を宥めつつも前にいる二人に思考する時間を与える。
「うむ。確かにラミーを庇護する立場に在る我等を “保険” として、
蹂躙らが張っていたとしても不思議はないな。
自身が動かずとも宝具や自在法を用いれば造作もなき事。
何よりラミー自身がそのような瑣事(さじ)を見過ごすとは到底想えぬ」
 古き朋友との久闊(きゅうかつ)の邂逅により、客観性を欠いていた己を厳粛に諫め
アラストールは承太郎の意見を首肯する。
「“にも関わらずラミーのヤツは来た” そして 『追っ手の女は来なかった』
そっから導き出せる結論は、二つ」
 紫煙を深く吹き先端の灰を落とした後、
銜え煙草のまま無頼の貴公子は厳かに二本の指を眼前で構えた。
「ラミーは、別に自分を追ってるヤツが此処に来ても困らなかった。
或いは、絶対に気配を察知されない自信が在った。
いずれにしても、そこにいるのは 『自分の存在の切れっ端』 で、
最悪殺されても 『全体としては』 かほどのコトもねぇからだ」
「!!」 
「う、む……」
 相も変わらない、少ない材料から決定的な解答を導き出す
空条 承太郎の神懸かり的な洞察力に、
深遠なる紅世の王とフレイムヘイズが驚嘆の意を示す。
 同時に。
「確かにッ!」
「それならば」
 想わず口を開いてしまった両者が、一度決まり悪そうに互いを見つめ
最終的に王の顔を立てシャナの方が引く。
「それならば、瞬間的な移動よりも余程説明はつくな。
ラミー自身が蹂躙らを幻惑しながらも “逐電(ちくでん)仕切れなかった”
という事実にも繋がっていく。何より彼奴の真名は “屍拾い”
膨大な量のトーチを余さず拾い集めるには、確かに群体(ソノ)方が
首尾良く事が運ぼうな」
「“木の葉を隠すなら森の中” の、ちょうど 『逆』 ね。
幾らトーチに寄生しててその存在の気配が薄いとしても
『一体だけなら』 相手もバカじゃないんだからいずれは見つかってしまう。
でも数十体、場合によっては数百体に分裂すれば捕まる可能性は限りなく低くなるわ。
何しろ 『全部本物』 なんだしね」
「紅世の徒ってのは、自在法で自分(テメー)の姿形を変えるのはお手の物なんだろ?
なら人混みに紛れて相手の包囲網から離れ、その後で元に戻れば良いっていう寸法さ。
相手を攪乱しながら逃走経路を確保し、尚かつ 『仕事』 もきっちり行う。
一石三鳥のヤり方ってワケだ。見事なモンだな。
自分の特性と 『能力』 の遣い(どころ) ってヤツを弁えてやがる」
 そう言うと承太郎は、根本まで灰になった吸い殻を携帯灰皿に押し込む。
「で、具体的にこれからどうするの?」
 最早己の嬉々とした表情を隠す事もなく、
少女は陽光に反照するライトグリーンの瞳を見つめながら承太郎に問う。
 問われた彼も、幾分余裕の生まれた表情で彼女に返す。
「そうだな。取りあえずこの閉塞状態からは抜け出せそうだ。
まずこのまま街へ出て、ラミーの “分身” を探す。
オレとオメーで手分けすりゃあ、一体位はすぐに見つけられるだろう。
時間と手間からして、全部違う顔とは考え(にき)ィし、何よりアラストールがいるからな。
後はそっからラミーの 『本体』 に連絡を取るか張り込むかして、
“統合” するその瞬間を待てば良い。
切り札(カード)」はこっちが握ってンだから確実に相手の先手は取れるし、
巧くすりゃあ背後から一発喰らわしてその間にラミーを逃がす事も出来る。
後はオメーの好きにしな。
その独り善がりな女に説教くれるなり再戦挑むなりよ」
「……」
 高潔な微笑と共にそう告げられた少女は、
旋風に舞い踊る彼の気配に気怠い眩暈を覚える。
 スゴイ。
 やっぱりこいつは、本当にスゴイ。
 ラミーがアラストールに会いに来ただけで、
そこから自分の想いも拠らない解答と策をこうも簡単に引き出してしまうなんて。
 コイツと一緒なら、本当に本当に、
出来ない事なんて何も無いんじゃないかって想えてくる。
「承」
 敬意と思慕を同時に含んだ声で、シャナが彼に近づこうとした刹那。
(!!)
 それを阻むように莫大なる存在の波動が、少女の脳幹を直撃した。
「な……! な、に……!? この……凄まじい力の胎動……!
まるで……この世のありとあらゆる憎悪が……一点に集まっていくみたい……ッ!」
「むう! これは紛う事なき “弔詞の詠み手” の波動! しかし一体何故!?」
 一度感じたら忘れようがない、この世の何よりもドス黒い憎悪に
王とフレイムヘイズが戦慄する中、
「どういう事だ!? その女が今! こっちに向かって来てんのか!?」
その存在を感知できない承太郎が二人に叫ぶ。
「ち、違う。どこかで、ジッとしたまま、動かない。なのに……ッ!」
 結果としては此方の有利に事が運んでいるにも関わらず、
とてもそう想うコト等出来はしない、懼るべき脅嚇。
「バカかその女!? 相手の居場所も解らねぇのに
テメーの気配全開にしたら逃げられちまうじゃあねぇか!」
「……居場所は、解ってるのかもしれない……」
 承太郎の真っ当な正論を、
シャナは永い経験で培われたフレイムヘイズ特有の見解で否定する。
「何だと? でも一体どうやって?」
「それは、解らない……でも、コレ、フレイムヘイズが紅世の徒を討滅する時に出す気配。
何をしても、どうやっても、 『絶対に相手を滅ぼす事が出来る時にしか』 出せない気配。
まるで、止めを挿すその瞬間みたい……!」
「情報戦は、向こうの方が上だったって事か……!」
 その詳細は不明だが、シャナがそう言う以上否定する気はない承太郎は、
即座に思考を切り換えまだ視ぬ強大な敵が存在する香港の街路を見下ろした。
 何の脈絡もなく、急激に差し迫った状況。
 此方の思惑など寸分も斟酌してはくれない、混沌の坩堝。
 ソレが、真の戦闘。
「やれやれ、四の五の考えてる暇はねぇな。
ラミーのヤツが危ねぇ! シャナッ!」
 鋭く彼女の名前を呼ぶと同時に承太郎のスタンド、
スタープラチナが背後から音より疾く瞬現する。
「りょうか、え!?」
 応えると共に己も炎髪灼眼に変貌しようとしたシャナの躰が、
いきなりスタープラチナの鍛え絞られた剛腕に抱え上げられる。
「キャッ! ちょ、ちょっとヤダ! 何するの!?」
 所謂横抱きの形でワケも解らずスタンドの腕の中で
ジタバタ暴れるシャナを承太郎が律する。
「二人でチンタラやってたら間に合うもんも間にあわねー、
スピードならオメーよりスタープラチナの方が速い!」
「うるさいうるさいうるさい! 私の方が速い!」
 こんな時でも心底負けず嫌いな少女の言動を介さず承太郎は告げる。
「やかましい! “道案内” は任せたぜ! しっかり掴まってろッ!」
 その声と同時に、シャナは昨夜と同じように彼の分身であるスタンドの胸元を
決して離さないようにしっかと掴む。
「いくぜッ!」
 勇壮な叫びと共に、スタープラチナの右足へ流動するように
集束していく白金のスタンドパワー。
 ソレが屋上のコンクリートを鋭く踏み砕くと同時に、激しく爆散した。
「オッッッッッッッッッッッッラアアアアアアアアアアアアアアアアアア
ァァァァァァァァァァァァァァァ―――――――――――!!!!!!!!!」
 強烈な上昇空圧で引き裂かれそうな程に捲れ上がる学生服。
 天空へと轟くスタンドの喚声を背景に、
承太郎とシャナは太陽へと翔ける一つの流星と成った。



←To Be Continued……


 
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