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リリなのinボクらの太陽サーガ

作者:海底
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アブソーブディシジョン

 
前書き
え~、またもあんな感じです。 

 
新暦67年9月23日、0時05分。

満を持して現れたはやてとリインの姿を目の当たりにした途端、マキナは非常に面倒くさい表情を浮かべた。

「……何しに来た、八神。お呼びでないのにしゃしゃり出てきたら、座布団没収されるよ」

「いや笑点ちゃうって。大体お呼びでないからこそ奇策が成功したのに、相変わらず私には辛辣やねぇ。このこの~♪」

「馴れ馴れしくしないで。別に私達、仲が良い訳じゃないでしょ」

「今はまだ、やけどな。私としてはマキナちゃんと仲良くしたいと思っとるよ?」

「あっそ。私は微塵も思ってないけど、それでもいいなら勝手に思ってればいいさ」

「あらら~まだまだ好感度が足りひんか、マキナちゃんの攻略はなかなか難しいなぁ」

「最近、同じセリフを言った記憶があるけど、同性の攻略はおすすめしないよ」

「むしろマキナちゃんが先に私を攻略しようとしたんやないかなぁ、眠ってる間に私の唇奪ったんやし。……まぁ安心せい。ちゃんと将来、異性の攻略にも役立てるから大丈夫や」

「無理だな」

「即答しよった!?」

「八神みたいな女ってさ、まだ若いから大丈夫と油断して仕事ばかりやって、アラサー目前になって『皆嫁いだのに自分だけ行き遅れた!』とようやく気付いて焦るタイプだと思う。理由はともあれ、少なくとも20代前半を越えるまでは男の影が一切ないと見て間違いない」

「ホンマ失礼なやっちゃなぁ! というか、そういうマキナちゃんはどうなん?」

「サバタ様以外の男に興味は無い!」

「おぉ? つまり言い換えれば、女はオーケーって訳なんやね。マキナちゃん、何だかんだ言ってるけど本当はやっぱり私の事が……!」

「そこまでにしておけよ八神、私にも我慢の限界はある。次に余計なことを口走ったら……!」

「口走ったら……どうするん?」

「シャマルの料理を半年間、八神家の朝昼晩の食卓に並ばせる。私が頼めばあの人、嬉々としてやってくれるだろうし」

「あ、アカン……! 毎日毎食に“ケミカルダイナマイトウェポン”はマジでアカン……! 死人が出てしまう……!」

その惨状を想像したはやてが真っ青になって震えだす。シャマルの料理はかつてサバタが“ケミカルウェポン”と表現していたのだが、“ダイナマイト”が増えている所から、何かがレベルアップしているのが察せられた。

「というか今の状況的に、こんな雑談してる場合じゃないと思うんだけど」

「せ、せやな、ええ加減気持ちを戻そうか!」

という訳で意識を切り替えたはやては改めてライマーと対峙、リインも彼女と同様に敵イモータルの姿を視界に焼き付ける。

「ずいぶん迫力のあるイモータルですね……目の前にいるだけで肌がチリチリするです」

「(それ、ただ熱いだけじゃねぇの? だってこいつのせいで周り、ガス爆発した車だらけだし、火柱もジャンジャン出してたし)」

「ところでアインスお姉ちゃん以外の融合騎とは初めてお会いするので、若輩の身ですがよろしくお願いします!」

「(今挨拶してる場合じゃねぇ気もするが……ま、それぐらい大丈夫か。短い付き合いだろうけどよろしくな、バッテンチビ)」

「ふぇ!? 私、バッテンチビ呼ばわりですか!?」

「(驚くほどの事でもないだろ。髪留めの特徴、そのまんま言ってるだけだし)」

変なあだ名を付けられ、ガーン! といった様子で落ち込むリイン。先程まで張り詰めていた空気が弛緩して脱力感に襲われ、この場にいるほとんどの者が肩を落とす。

「……あ、あ~、え~……夜天の書の現所有者と、管制人格の後継機か! まさか貴様達がプログラムをジャミングするとは……!? いや、そもそも他の世界にいるはずの貴様達がどうやってプログラムの事を知り得た!?」

敵ながら必死に緊張を戻そうとしてるライマーの姿に、同情を禁じ得ないマキナとアギト。そんな二人の態度を無視し、髪をかき上げたはやてはこれまでの内容を軽く説明し始める。

「絶対兵士プログラム、善良な管理局員にとっては悪夢にも等しい強制命令執行権。こんな馬鹿げたモノを要求した“裏”の連中には同情の余地はあらへんが、逆に連中のおかげでヴァランシアを見つける事が出来たのは皮肉な話やね」

管理局の“裏”という表現をはやても口にした。そこからマキナははやてもはやてなりにかなり状況を把握していると理解し、誰にも見えないように一瞬だけ微笑を浮かべる。あまり好意を持っていないはやての健闘に、なぜマキナが笑ったのか、その意味は本人にしかわからないものであった。

「確かにヴァランシアに関わる情報の隠蔽は徹底されとった。活動の痕跡こそ見つけられても、実は近くにいた事実に気付けなかったんやから、そこは認める。せやけど……アンタら、手を組んだ相手を間違えたな」

「なに!?」

「管理とは即ち理想……自分の理想から外れたものを許容できひん、極度の潔癖症とも言える。“正義”の反対が“別の正義”あるいは“慈悲・寛容”である以上、それを体現しとる管理局が“自らの正義”しか受け入れられない“臆病者だらけ”になるのも当然や。んでまぁ、結局何が言いたいかっちゅうとな……“裏”の連中が自滅した」

「自滅!? まさかアヤツら、そこまで愚かだったというのか!」

「自らの利益を優先する奴、管理局の威厳を優先する奴、組織の力に酔って極右思想に染まった奴、自分と異なる存在を受け入れられない奴などなど、“裏”とはそういう過激な思想を持った連中の集まりやった。でもそういう連中は大抵、自分の気に入らない奴は排除したがる者ばかり。ある程度同じ思想を持っていても、根本が違う者同士が常日頃接触していれば、そりゃあ不満が生じるのは当然や。で、ごく最近何らかのきっかけがあったのか、不満の塊が大爆発したらしく、その矛先を自分達に向けた。悪人に味方するもの同士で噛み合うとか、まるで地獄の犬どもみたいやね」

はやての言っている事をまとめると、管理局と管理外世界の間で生じている不満の爆弾、それとほぼ同じモノが“裏”の間でも生じていた。そしてそれが何者か―――恐らくスカルフェイスが煽った事によって先んじて爆発し、結果、“裏”同士が衝突して自滅する事になった。散々非道な行為をしてきた連中とはいえ、人間の手によってイモータルの計画が妨害される形になったのを、はやては“皮肉な話”だと言って揶揄した訳だ。

ここにアウターヘブン側の情報も加えれば、激突したのは英雄派と暗殺派ではないか、という考えも浮かぶのだが、今すぐ伝えなければならない訳でもない、とマキナは思った。

「ヴァランシアがどの勢力に加担してたのかは知らんが、いくら高い権力や技術とかを保有してようが、信用できない人間を味方にしたのが間違いなんや。ほら、ナポレオンも言っとったやろ? “真に恐れるべきは有能な敵ではなく無能な味方である”と。まぁ私らとしては、勝手に自滅した連中から絶対兵士プログラムなどの情報を手に入れられて万々歳……って訳でもあらへんけど、とにかく調査が進展できたんよ」

「なんか話を聞くと、ただ漁夫の利なだけの気がしてくるなぁ。……ところで八神、ちょっと訊きたいんだが、“裏”の関係者はどれだけ見つけた?」

「66人。その全員が管理局の中佐以上の高官ばかりだったせいで、カリムやクロノ君達があまりの事態の大きさで、頭と腹を痛そうに抱えとったで」

「あぁ~何となく想像はできる。彼らぐらい責任感が強ければ、そりゃあストレスで体調も崩すね。じゃあ次の質問、というか確認なんだが……そのうち何人が死んだ?」

瞬間、場の空気が凍ったように冷たくなる。マキナの質問を聞いたはやてとリインは、無言で唇をかみしめた。

「なんかさ、八神が今言った内容はどうも後半が推測だらけというか、捕まえた連中の証言とかが無かったから、もしやと思ったんだが……やはりトカゲの尻尾切りの如く口封じされてたようだね」

「勘の良いマキナちゃんなら当然気付くか……せや、66人がたった一夜で皆殺しにされとった。遺体や現場の様子から見るに、十中八九スカルズの手によるものやった」

「あぁ、奴らなら大人数を暗殺するぐらいお手の物だな」

「しかもついでと言わんばかりに、連中……私らやまともな部類の高官まで襲撃してきよった。地上のレジアス中将、本局のミゼットさん達三提督、そんなビッグネーム相手でもお構いなしにな。全くもって迷惑極まりないで。……まぁ、地上の方はレヴィちゃんやゼスト隊の尽力で辛うじて何とかなったらしいし、本局の方はユーノ君やクロノ君達の助力もあって追い返す事は出来た。それでも被害は甚大で、地上と本局の武装局員と高官、雇ってたアウターヘブン社の人も合わせて83人の命が無念にも失われてしもうた」

「そっか……さっき言った“裏”も含めると149人も死んだのか。150人目にはなりたくないね」

「おかげで地上は知らんけど本局は今、盛大な混乱の真っ只中や。一方で私らは“裏”の違法行為の情報や証拠などを、現場に残されたままだった連中のデバイスや端末から得て、プログラムの弱点がジャミングだという事を掴んでからここに来たっちゅう訳や。だけどなぁ、連中がこんな形で死ぬんやなくて、ちゃんと法で裁けなかったのが一局員としても人間としても悔しいな」

「管理局の法で裁けるか疑問はあるけど、殺されたのは自業自得って思っとこう。しかしスカルズに“裏”やいずれ邪魔になりそうな者を始末させるとか、スカルフェイスの計画もいよいよ佳境に入ったらしい」

「スカルフェイス? 誰や、そいつ……?」

「八神はそこまでたどり着いてなかったか。……後で話してやるから、今はこの事件の中核とでも思っとけ」

「中核……つまり元凶かいな、マキナちゃんはそいつを追ってるんやね。ともあれ衝突した派閥の片方、それもスカルズを率いる勢力がまだ残ってる訳やから、気が重くなるけど今後“裏”の妨害は更に陰湿になるんやろうな」

「いや、どうだろ? あのスカルフェイスが用済みと判断したんだ、計画の障害を限りなく減らすために、彼に関わった人間は全て片付けられたと見ていい。つまり英雄派と暗殺派……衝突した勢力は両方潰されたから、完全に“裏”が無くなりはしてないだろうが、当分は気にせず放置しても構わないだろう」

「え、マジか? そのスカルフェイスって男、そこまで徹底しとるんか?」

「ああ、彼と直接対面した事があるからこそ、私はこの考えが間違ってないと断言できる。それに暗殺の対象から奇跡的に免れた連中も、スカルフェイスの粛清を受けないように安全な巣穴に引きこもってガクガク震えてるに違いない。今の連中にこっちの事を気にする余裕は残ってないさ」

「さよか。……敵のせいでってのが癪やけど、これからは思う存分動いても大丈夫っちゅうことやな」

マキナとはやてが短い間に意見と情報と推論を交わし、出した結論はこの上なく真実だった。そんな二人の前では、スカルフェイスの裏切りを初めて知ったライマーが苦々しい表情を浮かべていた。

「あの男が裏切るとは……我々もヒトの報復心というものを侮っていたか」

「一つ修正すると、スカルフェイスはヴァランシアを裏切ったんじゃなくて、最初から利用対象に過ぎなかった。彼は灰から蘇らせてもらった恩なんて一切感じてない、手下に甘んじてたのは自分の計画を密かに進めるためで、用済みになったから手を切ったのさ」

「話聞くだけで、スカルフェイスがとことん汚い根性しとるのが伝わってくるなぁ。さてと……ちょいと長く話してもうたけど、ドーラ司令官改めライマー。フェンサリル支部は私らの仲間が解放した! アンタの居場所はもうあそこには無い。これで詰みやで!」

「ふむ……意外とやるようだな、夜天の書の主。面白い……私も人間の真似事は飽きていた所だ。貴様の努力に免じて、司令官の椅子は返してやろう。だが!」

ボウガンを構えたライマーは、はやてに威圧のこもった声で告げる。

「エナジーも使えない貴様がこの程度で思い上がるな。身の丈に合わぬ事をすれば痛い目に遭うと、その命を以って教えてやる!」

「はぁ~案の定、こうなったか。確かに私はエナジーが使えへんけど、別にイモータル相手に無力っちゅうわけやないで。なにせこっちは秘策を用意してきとる……リイン!」

「はいです!」

その掛け声を受けたリインははやてとユニゾンし、彼女のバリアジャケットは全体的に白が加わった色彩となった。夜天の主らしい雰囲気をまといながら、はやてはシュベルトクロイツも夜天の書もクルセイダーすらも出さず、素手だけで構えた。

「どういうつもりだ、なぜデバイスを展開しない? 私を侮っているのか!?」

「別に侮ったりはしてへんよ、これが私の新しい戦闘スタイルや!」

「(早速お披露目ですよ! アイスモード!!)」

リインが何らかの魔法を発動した直後、はやてはライマーの眼前にグンッと一瞬で踏み込み、

「チェストォォォォ!!!」

ライマーの胴に掌底を放った。瞬間、ダンプカーの全力衝突に匹敵する威力で後方に吹っ飛ばされ、そのまま車の残骸の山にぶち込まれる。それを離れた位置で見ていたフェイトは、はやてにあるまじき身体能力の高さに目を丸くして驚いていた。

「ぐはぁ!! ば、馬鹿な……エナジー無しで私をここまで吹っ飛ばすとは……!」

「どや、驚いたやろ! これが2年前から、対イモータル戦を想定してきた私がたどり着いた超秘策や!」

氷の粒子が放たれる拳を突き出し、はやてはドヤ顔を浮かべた。すぐ傍で見ていたマキナは、今の一撃ではやての考えた超秘策の内容に気づく。

「2年前に私が教えた身体強化魔法……それを高い練度で使いながら、魔力変換で(フロスト)属性を付与して、暗黒物質による魔力消失があまり影響しない直接攻撃を行ったのか。確かにサバタ様が昔言ってたな、属性変換された魔法ならそれなりの効果は発揮できると。……八神はサバタ様と私から教わった知識を組み合わせて、この戦術を編み出したんだね」

「その通り、この戦術は二人の助けがあったからこそ形に出来たんよ。古代ベルカ式格闘術もザフィーラに徹底的にしごかれたおかげで、2年前の決闘の時と比べて段違いに上達した。今ならマキナちゃんにも勝てるかもしれへんなぁ?」

「ほほう? 八神のくせに言うじゃん、なら事が終わればもう一度決闘する? やるなら今度は引き分けじゃなくて、きっちり勝敗を決めようか」

「ええよ。元々そのために鍛えてきたと言っても過言やないし、そっちも負けて吠え面かくんやないで!」

「ハッ、抜かせ! 八神のくせに私に勝つとか、全くもって笑える冗談だね!」

「笑えたんなら、座布団一枚くれへんか?」

「むしろ全部没収しなければならないぐらい滑ってるじゃん」

「はぁ!?」

「あぁ!?」

「(あぅ……ふ、二人とも、ケンカしないで仲良く欲しいのです!)」

「(いやぁ~これは止めなくても大丈夫だろ。姉御たちの場合はなんていうか……アレだ、ケンカする程仲が良いってパターンだと思う)」

「(ふぇ、そうなんですか? なんか難しいですね……どうして素直に仲良くできないんでしょう?)」

「(素直になれないのは過去に二人の間で色々あったせいで、変な風にこじれちまったからなんだよ。ま、こういうのは外野が口出しすると余計に悪化するから、アタシ達は傍で見守ってやるだけでいいんだよ)」

マキナとはやての煽り合戦の隣で、おろおろするリインに冷静なアギトが指摘する。若干空気が緩みながらも、しかし敵の動きを無視するような事まではしなかった。

「まだだ……私はまだ負けておらん!」

「そういやこの変態野郎、まだちゃんと倒してなかったか。いい加減しつこいし、もう次で終わらしてやる」

「せやな。これ以上足掻かれても困るし、きっちりトドメ刺したるか」

指をポキポキ鳴らしながら、はやてとマキナはニヤリと口の端を吊り上げる。傍から見ていたフェイトが背筋に氷が入ったようにゾクッとする暗い笑顔を浮かべながら、二人はゆっくりとライマーに近づいていき……刹那。

「「とっとと往生せいやぁああああ!!!!」」

全力で踏み込む際の爆音と同時にはやてがライマーの懐に入り込み、反応すら出来ない速度で右アッパーを放つ。顎を見事に捉えた攻撃で上空に打ち上げられたライマーの向かう先に、飛行魔法で回り込んだマキナが容赦なくCQCの打撃を繰り出す。一切防御も受け身も出来ずに吹っ飛ばされるライマーの先に、先程と同じようにはやてが回り込んで右ストレートで吹っ飛ばし、マキナも再び回り込んではCQCで吹っ飛ばし、はやてが吹っ飛ばし、マキナが吹っ飛ばし、はやてが吹っ飛ばし、マキナが吹っ飛ばし……の挟撃が無限に繰り返される。

二人とユニゾン中のリインとアギトは、サンドバッグ同然の状態に陥っているライマーが見る見るうちにボコボコの酷い姿になっていくのを視界共有で目の当たりにし、流石に哀れに思えてきたため、マイスターとロードの無限コンボが早めに終わるのを密かに祈ってあげた。一方で、息が合っていないようで実は異様なまでに合っている二人の連続攻撃を見たフェイトは、正直スカッとしていた。

それから30分後。

「……ゴ………ァァ……」

無情なコンボの終わりを締めくくった二人同時の交差飛び蹴りをくらい、徹底的にフルボッコにされたライマーは何の言葉も言えないボコボコ顔でアスファルトの地面に倒れた。その有り様を、アギトは「使いまくってボロボロになった雑巾の倍以上に酷ぇ」と表現し、リインは「今後お二人に絶対逆らいません」と涙目で宣誓、フェイトは後に「あんな惨状を見たら流石に怒りも恨みも晴れる」と半ば死んだ目で語った。

「やっと終わった。あ~なんかもう、長くて色々と疲れる戦いだったなぁ~」

「だれてる所悪いけど、まだまだ後始末やらが色々残ってるで。特に周りの惨状とか」

「この騒動の終止符に関しては同感だけど、念のため先に言っておく。この駐車場の車をほとんど台無しにしたのはそっちの司令官だから、管理局に弁償する責任があると思う」

「あはは……ま~た財務管理部門が悲鳴上げそうやな。ま、どうせ下手人のコイツの財産から払う事になるんちゃうの? 足りない分を管理局の予算が補填する感じで」

「妥当な結論だね。それに、どうせもし踏み倒したら暗黒ローンのおしおき部屋に局員全員ぶち込まれるだけの話さ」

「ジュエルシード事件で被害者に損害賠償を払わなかったアレかぁ。あの強制連行以降、良い教訓としてしっかり語り継がれとるし、ちゃんと払うやろ」

「どうだか、管理局の責任感は正直あんまり信用できないや。そうそう、払うと言えば忘れちゃならない案件がもう一つ……」

そう言うなりマキナはレックスからモニターを投影、何かを記入したファイルをフェイトに送信した。バルディッシュに届いたそれを開いたフェイトは、内容に目を通した瞬間、唖然とする。

「えぇ!? こ、これ……請求書!?」

「どれどれ……って高ぁ!? 請求費“150万GMP”とか、フェイトちゃん一体何したん?」

「さっき戦闘中にフェイトが言ったのさ、『後でお金は言い値で払う』って。ちゃんと記録もしてるよ」

「た、確かに言ったけど……いくら言い値とはいえ、これはぼったくりって奴なんじゃないの?」

「おやおや、ぼったくりとは酷い言い草だね。私だって普段ならこんな大金は請求しない、いつも妥当な額にしてるよ。だけど今回は“フェイトが勝手に使った薬”の分も入ってるんだ。あれは次元世界中を探し回って見つけた貴重な素材もいくつか使ってるから、量産してない試験薬である以上、材料費や製作費、移動費など諸々の費用が半端ないの」

「でも、使っても責任は負わないって……」

「それは使った事で起こる結果や副作用の話。元々使わせるつもりはなかったのに、そっちが駄々をこねるから仕方なく渡してあげたんだよ? なのにお金は払わないとか、契約不履行も良い所だ。そもそも言い値で払う契約になってるんだから、薬云々はあくまで理由の後付けに過ぎないよ」

「うっ……! わ、わかったよ……元はと言えば私のせいだし、ちゃんと払うよ……。……はぁ……これまで溜めたお金全部払っても全然足りない、これじゃあ当分は収入差し押さえだよぉ……」

「なんやようわからんけど、そういう契約を結んじゃった以上はドンマイとしか言えへんわ。ところでイモータルを私らで倒せたのはええけど、封印するための棺桶どうしよう?」

「は? 八神は持ってないの?」

「普通は持ち歩く物でもあらへんからなぁ。マキナちゃんはどうなん?」

「こんな事もあろうかと、旅に出る前にマザーベースで作ってもらった物がある。ほら」

そう言うとマキナはレックスからポンッと棺桶を取り出す。それは中世の拷問器具で本来棺桶ではないはずだが、なぜか棺桶の枠に入っている物品……。

「ってコレ、“アイアンメイデン”やん!? なんちゅう物騒なモン持ってんねん!?」

「ふん、私が何を持ってようが八神には関係ないでしょ。つぅかイモータルを封印するなら、これぐらいしっかりした棺桶の方が安心できるっての」

「傍から見たら、安心より恐怖の方が先に湧き上がるわ! 見た目がもう少しマシな奴は無かったんか?」

「私は持ってないけど、一応ある。マテリアルズは封印したイモータルに逃げられない“シルバーコフィン”を持ってるからね。ちなみにアイアンメイデンは重量と寝心地が最悪な代わりに、エクトプラズムへの太陽パイルの攻撃力が上がるようになってる」

「要するにパイルドライバー特化型ってことなんやね。しっかし、アウターヘブン社じゃ自分用の棺桶を持ち歩くのが流行っとるんか?」

「別にそういう訳じゃなくて、単にイモータル封印用としてデバイスの格納領域に入れてあるだけ。しかし……棺桶を普段のファッションに加えるというのは中々面白い発想だ。もしかしたら近い内に、若い女性の間で棺桶が流行するかもね」

「街を歩く女性が皆棺桶を背負ってる光景とか、別の意味で世紀末を彷彿とさせるわ! あ~もうええわ、とりあえずさっさと封印しとこ」

ヴァランシアの一員にして管理局の司令官、辺境伯ライマー。封印成功!

「でもここにいる面子では誰もパイルドライバーを召喚できないから、今すぐ浄化はできないけどね」

「確かにパイルドライバーがなきゃイモータルは完全には倒せへん……って、あッ! そういえばフェイトちゃんに急いで伝えなあかん事があったんや!」

「え……私に? また何か請求されるの……?」

「いや疑う気持ちはわかるけど、お金は関係ないって。それよりはるかに緊急の事態やから、驚くな、とまでは言わへん。ただ冷静に、落ち着いて聞いてほしい。実はな―――」

―――数日前からプレシアとアリシアが消息不明になっている。

はやてから告げられた衝撃の事実に、フェイトは顔面が蒼白になって頭の中が真っ白になり、自分の手の平から大切なものが全て零れ落ちていく恐怖が溢れんばかりに湧き上がった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

新暦67年9月23日、2時02分

キャンプ・オメガ、捕虜収容区画。

夜闇に降り注ぐ大粒の雨が野ざらしの岩肌を打つ中、スカルズを引き連れている男―――スカルフェイスは雨に濡れる事を一切気にせず、ジープに乗ってそこに訪れた。
捕虜収容区画では、一つのコンテナで二人別々に収容できるように鉄格子が間にある牢獄が、屋外で海に面した崖のすぐ近くに大量に設置されている。そして中には捕虜が閉じ込められており、全員が頭に袋を被せられていた。

周囲には野ネズミが走り回る、衛生環境的には最悪とも言える収容区画。その最奥にある牢獄の前で、スカルフェイスは足を止めた。そこの牢獄の形状は他と変わらないが、ここに収容されている二人の捕虜は袋を被せられておらず、顔を伺うことが可能だった。片方には手入れができないせいで顔中の髭が伸びっ放しの老人、もう片方には黒い拘束衣で縛られて身動きが取れない金髪の少女―――アリシア・テスタロッサが収容されていた。

「女は全て話した。心配するな、お前の希望通り……楽にしてやった。ほら、これがご褒美だ」

そう言ってスカルフェイスがアリシアの目の前に放り投げたのは、母プレシアの(デバイス)。目の前に転がされたそれを見て、アリシアは無念を堪え切れずに唇を噛みしめて俯いた。

「ごめんなさい……ママ……!」

「母は娘のために己の研究を売り、娘は母のために己の太陽を売った。傍から見れば美しい親子愛だが……結果的には世界を売ったのだ。流石は音に聞くテスタロッサ、血は争えんな」

「ッ……」

わかっている。わかっているからこそ、スカルフェイスの言葉はあの時の銃弾よりも深く、アリシアに苦痛を与えていた。だが、彼女の姿を見かねた老人が口出しする。

「親子が似ていて何が悪い。大体、彼女らが従わざるを得ないようにしたのは、他でもない貴様自身であろう?」

「ふむ……国も民も家族も守れず、もはや何の力もない老人めがよく言う。同じ牢に居て、この人間モドキに情でも移ったか?」

「貴様が他人の事を言えるか。その化け物……スカルズと言ったな。アンデッドに髑髏虫を宿らせ、超人的なまでに身体能力などを強化する。そのような死者を冒涜する真似を続けている貴様の方こそ、人間モドキと称するに相応しかろう。彼女らは守りたい者のために苦渋を飲んだだけのこと……貴様ごとき悪党に侮辱される筋合いはない」

「クックック……私を悪党と呼ぶか。それは良い、かつては科学も自由も人権も平等も、全て世の中の平和を乱す悪だった。そして……これからその中に、また一つ言葉が加わる」

するとスカルズがアリシアの方の牢獄のカギを開け、拘束衣のベルトを使って彼女の口を塞いでからジープの荷台に運び入れる。そして立ち去ろうとしたスカルフェイスは徐に振り返ると、「もう保険は必要ない」と冷たい声音で言い、突然老人にライフルを発砲する。

「ガッ!? き、貴様……!!」

「辺境伯が倒れ、ノアトゥンが“管理局の支配下に置かれた”以上、もはやお前に利用価値は無い。せいぜい新たな報復の源となるがいい」

腹部から大量に血を流す老人を背に、収容区画を出た彼はジープに乗ってキャンプの奥にある基地施設へと向かう。巨大な油圧式のスライド移動ゲートを通った先でジープを降り、スカルズにアリシアを運ばせながら基地内部に入る。
フェンサリルの聖王教会地下と似た構造の施設、スカルフェイスはそこを進む途中、ある指示をスカルズに送ってアリシアを連れて行かせた。それを見届けると、彼は再び奥へと歩き出し、やがて一際巨大な空間に足を踏み入れる。そこには……一体のイモータルがいた。

「賽は投げられた。ルビコン川を渡れたのは私と……ヴァランシアのリーダー、お前だけか」

「ああ。ライマーは余計な口を滑らせる可能性が高い故にあえて計画の全てを伝えず、エドガーとヴァージニアはあの時のリベンジに執着している。ストーカーが浄化されたのは少々痛いが……この段階まで来れた以上、問題は無い。オレの目的が果たされるのは、もはや時間の問題だな」

「スカルズの襲撃を受けて管理局本局は混乱の最中だ、今なら潜入は容易い。2年前、ファーヴニルが魔力吸収を行ったことで、本局で発見された微弱な生命反応……そこにお目当ての連中がいる」

「管理局というバベルの塔を築き上げた始まりの者達……次元世界に永遠の安寧を与えんがために、ヒトである事を捨て、生と死の循環から逃れてまで平和を勝ち取らんと足掻き続ける姿勢は、見方を変えれば人間の本質を最も表しているのだろう。しかし永い時を経て、歪み、醜く、愚かな形へ変貌した思想はいただけない。その思想に則った行動では、銀河意思に都合良く物事が運ぶだけ。それではヒトは……世界はいつまで経っても、銀河意思が構築した輪廻の輪に囚われ続ける。故にこのオレが、愚者の塔に雷を落とそう」

「では行くがいい、公爵。お前がお前自身の野望を果たすように、私は私自身の報復を果たす。管理局のボスによろしくな」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

新暦67年9月23日、2時07分

キャンプ・オメガから南へ十数キロメートル沖に出た海域の上空に、一機のヘリが飛んでいた。ウルズ所属を示すマークが付いたヘリ、その中にはジャンゴとなのは、ビーティーの姿があった。

「来る前に説明したが、念のためもう一回確認しとくぞ。先日、ノアトゥンのレジスタンスを経由してマキナから送られた情報によると、元ミーミル領北東部の岸から68キロメートル外海へ出た所に存在する孤島……その南端に、通称キャンプ・オメガと呼ばれる場所がある。そこは管理局がミーミルを占領する前、つまり前回の紛争の最中から秘密裏に存在していた、“裏”の秘密基地だ」

「次元世界で巧妙に隠れていた寄生虫……管理外世界(フェンサリル)の中の管理局、法を逃れたブラックサイト」

「恐らく今までも多くの人間があらぬ疑いなどで連れ込まれ、拷問同然の尋問で無理やり証言を吐かせたりしたんだろう」

「人権なんて概念が存在しない場所……しかもスカルズを生み出した研究施設でもあるって、マキナちゃんが送ってくれた情報にはそう書いてあったね」

「ああ。ここ最近、次元世界中で多発していた謎の襲撃と変死事件は、世界浄化虫の実験とスカルズの性能試験によるものだろう。故にこれから向かう場所は、新型旧型問わず多数のスカルズが待ち構えているに違いないぜ」

「4ヶ月前、なのはを撃墜した闇の化け物たち。僕はまだ遭遇した事が無いけど、その脅威はよく知っている。だからこそ一刻も早く、あの基地でこれ以上スカルズが生み出されないようにする必要がある」

「それに捕まってる人達も助けださないとね。長い監獄生活できっとボロボロだろうし、急がないと何かの実験に利用されてしまう可能性だってあるから……」

各々がキャンプ・オメガに対する心中を語る事で、改めて非道な行いをしてきた連中への怒りが湧き上がり、彼らは作戦への決意を固める。

「ジャンゴとペシェは南東部の崖から収容キャンプに侵入後、捕虜収容区画に向かい、可能なら捕虜を救出。その後の行動は二人の状況判断に任せる。俺は南西部の方から接近中のトラックに紛れてキャンプ奥の基地に侵入、お前達と同時進行で破壊工作(サボタージュ)をしておく。んで、脱出時にこのC4爆弾で施設を爆破、スカルズ諸共吹っ飛ばしてやるって寸法だ。あと、爆破前に警報を鳴らして駐屯してる奴が逃げられる猶予は用意してやるから、人が爆発に巻き込まれる心配はないだろう」

「それだとスカルズも何体か脱出されそうな気もするけど……私の意見を汲んでくれてると考えたら文句は言えないね」

「とにかく今回のミッションは潜入任務だから、敵に見つからないようにする必要がある。戦える僕達はともかく、捕虜の人達まで危険にさらす訳にはいかない。二人とも、慎重に行くよ」

「了解!」

「はいよ! しっかしなぁ、さっきから妙に落ち着かないし、頭の中がざわつくぜ」

「大丈夫? 体調が悪いなら先に……」

「別にそういうのじゃねぇよ、ペシェ。これはむしろ力が湧き上がるていうか……アレだ。明日が楽しみ過ぎて寝られねぇ高揚感? みたいな感覚の方が近い」

「こ、高揚感って……もしかしてビーティー、早く爆弾使いたいの? 捕虜の救助より先に『ばくはしましょう!』をしたいの?」

「爆破するのは大戦艦じゃなくて基地施設だが、案外そうかもしれないな。ペシェが砲撃魔法を撃ち込んだ跡みたいに、邪魔な物が全部吹き飛んだ光景は確かに気分爽快だしな」

「私の砲撃って爆弾と同じ認識なの!? ……なんか昔の自分を客観的に見直したくなってきたよ……」

何の気なしに放ったビーティーの台詞で、なのはは「確かに前は砲撃ばかり撃ってたけど、爆弾扱いって……」と呟いて落ち込む。しかしながら、彼女の砲撃魔法は並の爆弾をはるかに超える火力がある事を、本人は気付く由も無かった。







基地のレーダーに捕捉されないように、低空飛行で近づいたヘリが目的の降下ポイントに到達すると、ジャンゴとなのはは陸地へ降りる。二人の降下を確認したヘリは次の、ビーティーが降下するポイントへ移動するべく、低空飛行のまま回り道して飛んでいった。それを見届けた二人は目的地の方へ向きを変え、呟く。

「すごく……高いな」

「すごく……高いね」

ジャンゴとなのはは二人そろって、目の前の崖に対する感想を漏らす。断崖絶壁をそのまま表したような岩の壁、おまけに雨のせいで濡れて滑りやすくなっているのが一見するだけでわかる程だった。
目的地に入るにはまず、目の前の崖を越える必要がある。しかし、やろうと思えばジャンゴはどこぞの蛇のように自力で昇れるが、鉄棒で逆上がりするのも一苦労のなのはにはロッククライミングなんて土台無理な話だった。それなら最初からヘリで崖の上に降ろしてもらえば良かったのでは、と普通は思うだろうが、そこまで高度を上げると敵のレーダーに捕捉されてしまうため、隠密に行動するには崖下に降りるしかなかったのだ。

「まぁ、そんな風に色々言った所で、結局は私が飛行魔法使えば一発で済む話なんだよね」

「一階上るごとに仕掛けで苦労してきた身としては、やっぱり飛行魔法って色んな意味でずるいや」

イストラカンの蒼空の塔などのダンジョンに挑んだ時を思い出し、ジャンゴは遠い目を浮かべる。フライヤーフィンを展開したなのはは彼の手を取り、ふわりと上昇する。

「ふと気になったんだけど、どうして靴から翼が生えるようにしたの?」

「え? いや、特に意味は無いよ?」

「そうなんだ。何か考えがあっての事かとつい思ってた」

「まぁ空を飛ぶ姿の最初のイメージがこれだったから、今もそのままにしているだけなの。必要なら改良も考えてるけど、とりあえず不便はしてないかな」

「ふ~ん。それにしてもこうやって空を飛ぶのは慣れてないから、足が地面に着いてないと不安になっちゃうよ」

「確かに宙ぶらりんの状況に慣れない人はいるよね。私は空を自由に飛べるのが楽しくて仕方ないから、怖い気持ちとかは全然湧かないけど」

「なるほど、なのははそれだけ空が好きなんだね」

「うん! 空は大好き!」

他愛ない雑談をしながら、二人は崖の上へとたどり着く。着地次第、見つからない様に二人はホフクの姿勢でキャンプ内の様子を双眼鏡で確認、巡回している兵士をMarking……しようとしたが、何か違和感を抱いた。

「妙だな……見回りがスケルトンやクレイゴーレムしかいない。ここから見える範囲でだけど、基地内にグールどころか生きた人間の姿が一人もないよ」

「ジャンゴさん、それってここが世紀末世界で言う“アンデッド・ダンジョン”になってるってこと?」

「マキナから送られた情報の事を考えると、ここにいたアンデッドは髑髏虫でスカルズ化してるだろうから、それよりも更に危険な“イモータル・ダンジョン”の方が表現としては適してると思う」

「あ、ここってヴァランシアの拠点でもあったんだっけ。……そういえば私達、これまでヴァランシアのリーダーとは一度も遭遇してないよね。もしかして、ここにいたりするのかな?」

「わからない。だけどもし遭遇した場合、状況次第では戦闘を挑むのもアリだと思う。マキナ曰く、敵の指揮官を先に狙うのも戦略の一つらしいし。でも今はいるかどうかわからない相手の事を考えるよりも、捕虜収容区画にたどり着く事を優先するよ」

「了解。ただ、私はステルスが苦手だから、ジャンゴさんの後ろを付いていくね」

CO-OPイン!

全面の信頼を向けてくるなのはに、ジャンゴは心地よいプレッシャーを抱き、ステルスに使う神経が若干鋭くなるような感覚を味わった。そして二人は塀を越えてキャンプ内に潜入、かつて存在した傭兵組織(MSF)がCO-OPSでやっていたスネークフォーメーションのように一心同体の動きで、捕虜収容区画を目指す。

塀に沿って生えている草むらに紛れてしゃがみ前進、姿を見られそうになった時はホフクしたり横に転がったりして障害物に身を隠し、見張り台の足元で死角を突いたり、様子見に来た敵を不意打ちで倒したりして、着々と慎重に進んでいく。やがてキャンプの外れ、目的地である捕虜収容区画が一望できる高台に到着した。

「ここだね。牢獄が多数見えて、中に捕虜の姿もある。間違いない」

「さっきから雨に濡れて寒いけど、ずっと閉じ込められてたあの人達は私よりもっと寒いんだよね。早く助けてあげないと……!」

なのはが入り口の鉄格子を越えて中に踏み入り、ジャンゴも急いで向かう。ただ、鉄格子が開きっ放しだった事にジャンゴは既視感のようなものを感じたが、その答えはすぐに判明した。

TRAP!

『敵を倒せ!』

「あっ! ごめん!」

「気にしないで、こんなのいつもの事だし。ちゃっちゃと倒そう」

「え、いつもの事なの? たった今引っかかった私が言うのも何だけど、もう少しトラップに気を付けた方がいいんじゃ……?」

「別に全部不注意で引っかかったんじゃなくて、カギとか手に入れるためにわざとの時もあったよ。ニュアンスで表すなら日本のことわざで“虎穴に入らずんば虎子を得ず”って感じ? それにほとんど一本道上の部屋に仕掛けられてるから、大抵回避のしようがないし……」

本人としてはフォローのつもりだったジャンゴの苦労話を聞いて、なのはは罪悪感が余計増した。とりあえず彼女は贖罪の意味も込めてジャンゴに苦労をかけず、このトラップを打破しようと思って身構えるのだが……、

「そもそも敵って何なの?」

「いつもならソードとかアックスみたいに敵の名称が出てくるんだけど……」

二人は辺りを見回し、敵が何なのか見極めようとした。すると地面に付いた黒い斑点のようなものが視界に入る。警戒しながらじ~っと見つめるとそれは……、

フナムシだった。

「なんだ、フナムシか」

「地球のよりは大きいけど、これぐらいそこまで大した脅威じゃ―――」

安堵した次の瞬間、岩の影や草むらの中などから地面を埋め尽くすほどのフナムシの大群が飛び出てきた。生理的嫌悪感を催す光景に二人とも一瞬で鳥肌が立ち、更には見過ごせない看板まで目に入った。

『注意、このフナムシは“人間の肉”も好物です。Byストーカー男爵』

「に、人間の肉ぅ!?」

「あのマッドサイエンティスト! なんて最悪かつ厄介なトラップを残してるんだ!」

「このフナムシもあの時の暗殺ムカデと同じ生物兵器なの!?」

「そんな悠長な事を言ってる場合じゃないよ! うわっ! 一斉にこっちに来たぁ!!」

「「ギャァアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!」」

どこかの野球選手育成ゲームに出てきそうなフナムシの大群が迫ってくるおぞましい光景に、冷静さが吹き飛んだ二人はただただ悲鳴を上げるしかなかった。


―――しばらくお待ちください。


「ぜぇ……ぜぇ……! い、今までの中で、一番気持ち悪い戦いだったの……」

「はぁ……はぁ……! 世紀末世界でも色んな戦いを潜り抜けて来たけど、もう二度とこんな戦いはしたくない……」

あれからもう滅茶苦茶でステルスなんてはるか彼方に蹴っ飛ばしたような阿鼻叫喚の中、ジャンゴとなのはは精神的に物凄い疲労を感じながらも何とかフナムシを全滅させたのだ。その時の光景、というか惨状は筆舌に尽くしがたいが、とりあえず二人はこれほど生き残れたことを強く噛み締めた事は今までに無いとまで思っていた。

「なんかもう夢でうなされそうだね、これ。捕虜の人達は今の地獄絵図を見ずに済んだというのが、ちょっと羨ましく感じちゃうほどだよ」

「同感……スパイダーでそれなりに虫に耐性はあったつもりだけど、これは僕ですらトラウマになりかけた」

「うん、すごくわかるよ……。ただ私達、戦いで相当騒がしくしちゃったね」

「仕方ないよ、この場合。ともかく今頃警報が鳴ってたとしても何もおかしくないけど、なぜか鳴ってないって事は……先に基地に潜入したビーティーが何か細工をしてくれたのかな?」

「じゃあ今の内に捕虜の人達を助け出そう!」

という訳で余裕のある内に二人は捕虜を閉じ込めている牢獄を、今のトラップ解除で手に入れたカギで開けようとしたその時、地面の岩肌をおびただしい人の血が流れている事に気付いた。血は収容区画の奥から流れてきており、二人は奥に重傷者がいると思って一旦この先に進む。
やがて二人はこれまでのと同じ牢獄を一つ見つけ、中にいる負傷した老人を目の当たりにする。老人は鉄格子に寄りかかって何かに撃たれたらしい腹部を手で押さえながら、息も絶え絶えにどうにか現世に命を繋いでいた。

「大丈夫ですか! すぐに治療を!」

足に打ち付けられた鉄杭に苦々しい表情を一瞬見せた後、慌てて治療道具を取り出そうとするなのはだったが、二人に気付いた老人はどういう訳か、なのはの手を抑えて治療を静止した。

「よい、儂はもう助からん。治療なら、他の者達を優先してくれ……」

「そんな……!」

「気にするな、これも一つの因果応報だ。それより、お主達は何者だ……?」

「えっと管……じゃなくて、私達はアウターヘブン社の人間です。皆さんの救助に来ました!」

「そうか……。ならば……お主達に、伝える事がある。あの男の計画が、最終段階に到達した」

「あの男……スカルフェイスのこと!?」

「奴は……先程まで、ここにいたあの娘を……」

「あの娘?」

「あの娘の名は……アリシア・テスタロッサ……」

「アリシアちゃんが!? 一体どうしてここに……!?」

「奴は……あの娘の力を、利用するつもりだ。どう使うかは儂もわからん……だが、よくない事に使われるのは、間違いない……! 頼む、あの娘を救ってやってくれ……!」

「はい……必ず! アリシアちゃんは私の友達です、絶対助けて見せます……!」

いつ救助が来るかもわからない極限の状況下でありながら、瀕死の状態に長く耐え続けてきた老人に、なのはは悲痛な表情で彼の手を握る。彼の強く切実な想いを受け止めながら、彼女は激しい悔しさを感じていた。

なぜもっと早く来れなかったのか。

なぜこの人が死ななければならないのか。

そう言った無念がなのはの心の中を渦巻いていく。だが彼女は決して折れなかった。不屈の心を以って、その無念は友を助けるための力へと還元されていった。

「お主達……すまぬが、最後に一つ……伝言を頼まれてくれんか」

「? はい……頼みって、何でしょう……?」

死が目前に迫っているためか、老人は細々とした声量で辛うじて言葉を紡ぎ出した。

「ノアトゥンで、生き延びているであろう……息子に……『これからはお主が導け』と。ハジャル・ラピス・ミーミルがそう言ったと……ロックに伝えてくれ……!」

「……わかりました、必ず伝えます……!」

なのはの返事を聞いてようやく安心した老人は果たすべき役目を終えた途端、ふっと全身から全ての力が霧散し、安らかな死の眠りについた。誇りある命が散華していき、事の成り行きを見守っていたジャンゴは静かに冥福を祈る。そして老人を看取ったなのはは、一旦俯いて肩をしばし震わせる。やがて顔を上げると、彼女はゆっくりと老人を横に寝かせてやった。

「……ねぇ、ジャンゴさん。目の前で人が死ぬって、こんなに哀しい事なんだね。4ヶ月前、私が死んだと聞いた皆も、こんな辛い気持ちになったんだろうね」

「多分ね……いつの世でも、どこの世界でも、人の死とは辛いものだ。それが知人だったら尚更だけど」

「うん……でもね、だからこそ忘れちゃいけない事がある。私達は……託された。サバタさんが未来に命を繋ぐ意思を伝えたように、この人も息子さんに想いを伝えようとした。だからその想いを伝えるために、私達は生き延びなければならない。この世界を守り抜かなければならない……でしょ?」

「ああ、その通りだよ。僕達はここで立ち止まってる場合じゃないんだ」

ジャンゴの返事を聞き、徐に立ち上がったなのはは曇天の空を見上げる。今は雨天で、更に夜なので周囲は明かりのある所以外は真っ暗だった。だが……、なのはの心に宿る光は昼間の太陽の如く燃え上がっていた。

「明日もまた日は昇る。フェンサリルの騒動も、いつかは収まって平和になる。そんな未来が訪れるように、私は飛ぶよ。私の翼で、人の心を、想いを、光を、未来へ繋いでみせるよ」

強く断言したなのはの姿を見て、ジャンゴは彼女の有り様にサバタの姿を一瞬重ねた。そして……彼の心にある太陽が黄昏を越えて暁となり、再び光が放たれつつあるのを感じる。それはジャンゴの心の傷が癒え、太陽少年が本来の輝きを越える光を取り戻した事を意味していた。

「(いつの間にか僕も、また前へ歩き出せるようになったみたいだ。ヒトの意思の強さ……なのはやマキナ達皆のおかげで、僕はそれを再確認できた。彼女達みたいな人がいるんだ、次元世界にも未来の希望はちゃんとある。僕もこっちにいる間は、彼女達と一緒にそれを守ってみせるよ)」

決意を新たにしたジャンゴは、とりあえず先程の捕虜達を救出するべく、近くにある危険度の低いランディングゾーンに端末でヘリ要請を送る。受領の返事が届いて端末から顔を上げると、ふと隣の牢獄の中に一本の杖が転がっているのを見つけた。

「これって……デバイス? なんでこんな所に……」

「どうしたの、ジャンゴさん。……あれ? そのデバイス、どこかで見たような……」

「理由はともかく、なのははこのデバイス少し使ってみたら? 義手のおかげで魔法が使えても、杖みたいな武器があった方が慣れてて戦いやすいって、前に言ってたよね」

「ん~他人のデバイスを勝手に使うのは少し気が引けるけど……わかった。スカルズ相手に無手で挑むのはやっぱり不安だから、ちょっとだけ借りるという形で使わせてもらう事にするよ」

そんなわけで若干の申し訳なさも感じながら、なのははレイジングハートより柄が少々短めの杖を手に入れる。持ってみると結構手に馴染む、などと感想を抱いたその杖がプレシアの物だと気付くのは、ほんの少し先の話である。
 
 

 
後書き
はやての実力:何だかんだで結構強くなっています。その感覚を例えるならば、ゼノギアスのディスク1におけるE・アンドヴァリみたいな感じです。ちなみにザフィーラが防御寄りなのに対し、はやては攻撃寄りの格闘術を身に着けています。
アイスモード:ゼノギアス バルトのエーテルが元ネタ。あっちはアース、ウォーター、ファイア、ウィンドしかありませんが、リインの属性的にアイスを追加させていただきました。
はやてとマキナの無限コンボ:前門の虎後門の狼。普段は仲悪くても、いざという時の息の合い様は、なのはとフェイトのコンビすら凌駕できるというアレなコンビ。
アイアンメイデン:ゾクタイ 棺桶の一つ。パイルドライバーでは最強ですが、それ以外は最悪となっていて、スリーピングしてもZZZが出なかったような記憶があります。本来これは拷問器具なので、眠るどころではなかったんでしょうね。
シルバーコフィン:ゾクタイ 棺桶の一つ。中盤で買えるようになる棺桶で、割と使いやすい部類だと思います。
MSF:MGSPWより国境なき軍隊。


マキナとはやてを一緒にすると会話が漫才と喧嘩ばかりになってしまいますが、そういう関係が今の二人の形だという事が伝われば良いかと思います。そもそも初期案、というかニダヴェリールの事件が起こらなければ、二人は何だかんだ言い争いながらも協力し合う関係になっていました。


IFルート・もしもマキナが聖王教会に所属していたら。
時期は原作なのは撃墜前辺り。

なのは「ふぅ、今日も任務大変だったなぁ……」

フェイト「なのはも少しくらい休まないと駄目だよ、最近ずっと働いてばっかりだし」

なのは「でも私がやらないと、皆に迷惑がかかるし」

はやて「他人の忠告は聞いとくもんやで。というかちゃんと休んどかないと、あの子が来てしまうよ」

フェイト「あの子って、もしかしてマキナのこと?」

なのは「確か凄腕の看護婦に弟子入りしたという話を聞いたけど、帰ってきたの?」

はやて「二人が遠征から帰ってくるちょい前にな。せっかくやし会いに行ってみた所、見違えるほどナイスバディになってたで」

フェイト「へぇ~」

はやて「まぁそれはええんや、重要な事やない。むしろここからが真面目な話や。久しぶりに会ったあの子は、私の顔を見た途端にこう言ったんよ。

『全身に疲労が溜まっています。早急に治療が必要です!』

なんて言いながらいきなり麻酔銃打ち込まれて、次に気付いたらなぜかベッドの上で拘束されとったんや」

なのは「え……」

はやて「そっから滅茶苦茶丁寧な看護をされて私は元気満々に回復したんやけど、何が言いたいかって言うと、今のマキナちゃんは治療に異常なまでの執着心を持っとるって話や。んでなのはちゃん、もう遅いと思うけど後ろ」

マキナ「あなたから過労の様子が見られます。長期の治療が必要です!!」

なのは「え、あふん!?」

こうしてなのはは撃墜を回避した。ちゃんちゃん。 
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