| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

少年は旅行をするようです

作者:Hate・R
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

少年は加速するようです Round5


Side 愁磨

シアン・パイルとダスク・テイカーが戦い、真名が加速者となった翌日。

俺はデジャヴを感じる寝不足を忍てフラフラと、幽鬼の様に学校に向かっていたら、

何かやわっこいモノにぶつかる。

ボスッ
「ふぐっ!?」

「ぅえ?」


カエルがメメタァされた様な声に頭を押さえつつ見上げると、ハルっちが脇腹を押さえながら

目を白黒させて、挙動不審にこちらを見ていた。

あぁ、ハルっちのお腹だったのね。ナイスクッション、助かった――と心の中でお礼を言い、

お腹をぽんぽこ叩いて下駄箱から内履きを取り出し、教室に向かい、到着するや否や挨拶を

してくる女子に最低限の挨拶と最大限の笑みを返しつつ、机に突っ伏した。無理無理、ホントもう

無理。律儀に学校に来た自分を褒めたい・・・と自分を甘やかした瞬間、意識がプッツリ切れた。

………
……


「ぅあ。」

「あ、起きた!ちょっと寝すぎでしょー!もうお昼だよー!?」

「いくら揺すっても起きなかったのにお昼に起きるとか、どんだけ食い意地張ってんのよー!」

「いやぁ成長期ですからー。」

「成長してる気配ないし!てかそのままでいてー!」


空から落ちる様な浮遊感と共に目を覚ますと、俺の前の席をドッキングしてお弁当を広げる

いつもの仲良し三人組に見つかる。どうやら朝から今まで眠りこけていたらしいが、まだ頭に

靄が掛かっているのを感じた俺は食堂に行くと嘘をついて、昼寝場所を捜索しに教室を出る。


「そもそも昨日調子に乗ったのが間違いなんだよなぁ……あそこでやめとけばなぁ……。」


と、二日酔いを悔やむサラリーマンの様な独り言を吐きながら、第一候補の屋上へ到着。

するとそこには、いつもであれば仲良し三人であろう内の男子二人がパックジュース片手に、

一人は様になる姿で手摺に寄りかかり、もう一人はとふっと乗っかっていた。

すっかり見慣れた二人に手を振って、役割を果たせていない物悲しいベンチに座り、『闇』の

中からマイ枕を取り出して横になる。


「………あの、まだ寝るんですか?」

「ん?んー……寝たの五時だったから眠くてー……。」

「五時って……何してたんだい?」


流石に爆睡魔状態が気になったのか、ハルっちとタッくんに聞かれ昨日の事を思い出す。


「知り合いが"ブレイン・バースト"始めてねぇ……レベル上げしてたんだぁ。」

「そ、そうなんですか。お疲れ様です。」

「その様子だと大分頑張ったみたいだね……レベル上がるまでやってたのかい?」

「そー………昨日で4になったよー。」

「「ブーーーーッ!!」」

「ギャーーーーーー!!」


真名のレベルを告げた瞬間、ピンクと茶色の雨が顔面に振りかかり濡れ鼠になる。当然眠気は

吹き飛び、通常状態となった身体能力を持って10m程飛び退く。


「ゲホッ!ゲッホゴホッ!よ、4って、はぁ!?1から!?1日で!?」

「ゴホッ!な、何時間……いや、1日で出来るレベルじゃないだろ!?」

「真面目に対戦した訳無いだろアホか!つーかマジ臭いんだけど、最悪!」


ダブルミルク臭のする上着を脱ぎ、裏に隠してタオルを取り出して頭を拭くが、当然臭いも

不快感も拭える訳が無い。まさか魔法を使って湯を浴びる訳にも行かず、仕方なく新品のタオルを

取り出し、頭に乗せておく。


「無制限フィールドでだけ使える"サドンデス・デュエル・カード"ってアイテムあるだろ?

それの簡易版、通常対戦でも使えるカードにポイント入れて、何度か対戦したんだよ。」

「あ、ああ、なるほど、そう言う事ですか。」

「色々突っ込みたいけど納得した……って、すみません、コーヒー牛乳ぶっかっけて。」

「いーよいーよ、どうせ残りの授業サボる予定だったし、シャワー浴びて来るから。」


二人に手を振り、色と臭いの染みた枕を脇に抱えて、何だかんだ因縁のあるシャワールームを

目指し、屋上を後にする。あそこなら洗濯機もあるし、完全に臭いが染みる前に枕も制服も

最低限は洗える――と結論したと同時、目の前に赤文字で【緊急告知】と書かれたウィンドウが

浮かび、スクロールして行く。そして終始業とは違うチャイムが鳴り、合成音声が流れる。


『梅里中学校管理部より、緊急のお知らせを行います。現時刻より、以下の区域は全生徒の

立ち入りが制限されます。当該区域に居る生徒は、速やかに退去してください。繰り返します――』


その通達と同時に勝手に梅里中のホロ地図が展開され、体育館の地上部と地下部が赤く強調されて

点滅する。そこにシャワールームも含まれる事に気付いた俺は膝をつき――気付く。

つまりは、一日遅れただけだったのだ。女子シャワールームにカメラが隠され、発見されるのが。

そしてそれが俺の失敗から来ている事からなのは明らかだ。恐らく能美は俺が返したカメラから

動画を取り出し、タイミングがズレはしたがチユちゃんに正式に脅しをかけ、再度カメラを

設置させたのだ。


「オーマイガー……イエスアイムゴッド………。」


無理矢理ふざけてはみたものの、自分に対する怒りは治まらない。俺は舐めていたのだ、

この世界を。言葉を借りるなら『死なないなんてヌルげーだ』と思い、そんな世界ならば

胸糞展開を覆すのも容易いと思っていた訳だ。滑稽にも程がある。

だからこそ自分の義務を果たさねばならない。ひいては、この四人に。


「お仕事開始と行きますか。―――まぁ、適当にな。」


それを合図に、思考を少しだけ――"俺"に切り替えた。

『答えを出す者』で成すべき事と、最も近くに起きる事象を確認する。結果――


「………明日まで暇か。」


――今日も、真名のレベル上げに勤しむ事になった。

Side out


Side ハルユキ

「はぁ………。」


今日何度目になるか分からない溜息を付きながら、3年生が居ない分、いつもより人通りの少ない

通学路をとぼとぼと一人で歩く。そうすると、自然と昨日の事を思い出してしまう。

・・・能美/ダスク・テイカーとタク/シアン・パイルの戦い。途中まではタクが圧倒していたが、

能美が"心意技"を使い始めてからは逆転、いや、惨殺に近い試合になった。

僕はそこで能美を誘い、対戦をサドンデスに変更させ、一昨日ある人から教わった"心意"を使い、

あと一歩と言う所まで追い詰め・・・チユ/ライム・ベルの回復を受けたあいつに負けた。

脅しに屈したと思った僕とタクはチユを問い詰めたけれど、自分が望んだと、そうすれば

ポイントが稼げるから関わらないでと言われてしまい、それ以上チユに対しては成す術無く。

そして今日。タクに心意を教える為、僕の心意の師匠とは違う人物に会う予定なのだ。


「……なんだこれ?」


校門をくぐりローカルネットに接続されると、伝達事項等が視界の右側に列挙される。

いつもなら流し見るだけだけれど、その中に赤いフォントで"重要伝達事項:個人宛"と言う

見た事の無い通知を見つけ、嫌な予感を押し殺しながらフォントをタップし、内容を表示する。


『二年C組 学籍番号460017 有田春雪:登校し次第、速やかに一般教室棟一階進路相談室に

出頭のこと。二年C組担任教諭 菅野浩次』


その内容に、思わず心臓が縮こまる。能美が動画を学校へ提出したのかと思ったけれど、直ぐに

発信者が菅野だと気づき少し力が抜ける。あれ程明確な証拠があるとなれば、担任ではなく管理部の

扱いとなる筈だ。恐らくは菅野の個人的な予断による物だろう。

・・・と分かりつつも、手に汗をかき、進路相談室に向かいながら"教師に呼び出された時の対処法"

みたいなものが無いか生徒用データベースを探し、数年前の校内新聞にそのものの記事を見つけ、

呆れながら感謝し、南無南無と拝みながら読む。

そして進路相談室に着くと、早速マニュアルに習い左右を見て生徒の姿が居ない事を確認してから

入室ボタンを押す。生徒認証が行われ扉のロックが外れ、流石に自動ではない扉を開いて覗き込む。

部屋の奥の長い椅子には既に菅野が座っており、太い腕を見せつける様に胸の前で組んでいる。


「……失礼します。」

「来たか、入れ。」


若い日本史担当教師――体育担当と言われた方が余程納得できる――の第一声は決して友好的な

モノでは無く、回れ右したい気持ちを抑え、菅野の向かいの椅子の横まで行き、とある白いのから

受けた教訓通り、自分的最大限の礼と声量で挨拶する。


「おはようございます。」

「おっ……!」


すると、菅野は文句を言おうと声を上げかけるが、思い直したのか口を一度閉じ、僅かに顎を

しゃくりながら言う。・・・成程、意表をつくには凄く使えるみたいだ。


「お早う、そこに座れ。」

「……失礼します。」


むさくるしいのと向かい合うなんて御免なので立ってます――などと言える筈も無く椅子に座る。

数秒、正面から僕を眺めるとも睨むとも言える視線を向けて来たが、突然にやりと口角を上げる。


「有田。実はな、先生もこう見えて中高の頃は全然モテ無かった。」

「……は?」

「嘘じゃないぞ。何しろ柔道部だったからなぁ。彼女をとっかえひっかえしてるサッカー部の

奴等が羨ましくてなぁ。」


何を納得してか、うんうんと頷きながら突然始まった独白に唖然としながら、今の発言で

不適切な個所を脳内処理する。

まず自分がイケメンだって言ってるし、柔道部がモテないって決めつけてるし、サッカー部員が

遊び人だって決めつけてるし、最初に僕がモテないって決めつけてる。いやそれはあってるけど。


「だからな、有田くらいの年頃の男子が色々持て余してしまうのもよぉーく分かる。なぁ有田よ。

先生に何か言いたい事、言わなきゃいけない事があるなら、今ここで言ってくれないか?

約束する、先生は有田の味方だ。な、どうだ?」


ここで漸く、菅野が何故僕を呼び出したのかをうっすらと悟る。恐らくは能美が、自分の正体を

隠した上で、直情的な菅野にも分かる様に、昨日見つかったカメラとに因果関係があると思わせる

情報を伝えたのだ。しかし、そうと分かれば腹も括れる。


「あの、先生。」

「おおっ、なんだ?何でも言ってみろ!」

「その前にまず、この会話を録音させて貰います。」


マニュアルに書いてあった通りにそう言うと、菅野はぽかんと目を開いて、数秒後、これも

マニュアル通りに顔をみるみる内に赤変させた。数年前の新聞部は有能だなぁ・・・。


「なんだ、それはどういう意味だ有田!先生が信用出来ないとでも言うのか!?」

「いえ、先生を信用していないのではなく―――」


豹変した菅野に内心、首を奥まで縮こませながら、マニュアルと良く分からない白いのの

どちらの言葉を使うべきか迷い・・・身の潔白を証明する意味も込め、愁磨君の意見を取る。


「僕が苛めを受けている時に支えてくれた友人以外を、信用出来ないだけです。」

「う、ぐ……だ………。」


裏を返せば菅野を信用していないと言った事に気付かず、僅かに顔を青くさえして絶句する。

それに合わせ仮想デスクトップを操作し、録音モードを起動する。するとその巨大な身に似合わない

狼狽え方をした後、ゆっくりと宙を差すと、僕の視界の右端に録音開始のメッセージが出る。

・・・本当に何者なんだ、あの子は。お姉さんから人心掌握術とか帝王学とかでも習っているの

だろうか。


「………有田、一つだけ聞く。十四日の日曜日、部活に入っていない君が学校に来ていたのは

どうしてかな?」

「剣道部の友人と会うためです。」


録音を意識してか妙に丁寧な口調になった菅野の問いにすかさずそう答えると、むぐっと

口を閉ざした。タクと僕が仲が良い事は担任であるから知っている筈だし、何より事実だ。


「それと、しゅ……織原君に、ついでにと学校案内を頼まれまして。」

「そ、そうか……あの転校生となぁ…。本当にそれだけか?他の理由は無いと断言出来るか?

先生の目を見て答えてくれ。」


・・・悪い先生じゃないんだよな。ただ、絶対僕とは気が合わないってだけで。

と、思いつつ、尚も食い下がって来る菅野の目を見て応えた。


「本当にそれだけです。断言できます。」

「…………そうか、分かった。なら、もう戻って良いぞ。」

「はい、失礼します!」


盛大な溜息と共にそう言われると同時、最高速を持って扉へ向かい、最低限扉を開けて退出する。

録音モードを終了させ、音声データが正常に保存されたのを確認し、菅野に負けないくらいの

溜息をついて教室へ向かう。これで、新たな証拠が出て来ない限り僕の無実は公的に証明された

事になる。その反面、菅野の心証は悪化してしまったけれど、ご機嫌取りの為に盗撮未遂を認める

なんて、それこそ論外だ。

それにしても、能美の策は僕の数歩先を行っている。カメラを仕掛けたのすら、僕が応援に来て、

能美を追う事を読んでいたかのように・・・いや、まさか。首を振り、教室のドアを開けた。


「………?」


途端、違和感が生じる。教室内の談話が一瞬、ボリュームを落とした様に感じ見渡すけれど、

既にいつもの朝と変わらず、生徒たちは三々五々会話に花を咲かせていた。その間を縫い自分の席に

座り、また小さい溜息をつくと同時、タクからボイスコールの着信が来る。

思わずそちらを振り向きそうになるのを堪えて応答のアイコンを押す。


『ハル、不味い事になってる。』

『は……?な、なんだよ、いきなり。』

『妙な噂が流れてるんだ。君が――』


いきなりの第一声になんとか思考音声で応えるも、そこで通信は切断され、同時に予鈴の

チャイムが鳴る。生徒間のリアルタイム通信が禁止されたのだ。

次にコール可能となるのは昼休みで、メールのやり取りは出来るが、学業に関係の無い物は

禁止されている。内容は気になるが、余程の事であるなら加速対戦を使う手だってある。それを

しないって事は、大した用事ではない筈だし、次の休み時間にでも聞けばいい。

と、全員が席に座って菅野を待つ静かな教室で考えていたが、始業を過ぎても担任が来ない事を

訝しんだ生徒達の間で小さなざわめきが起き、雑談に変じる少し前。


「お、遅れてすまない。日直、挨拶を。」

「はぁい、ちょっと待ってねぇ~。」


何故かさっきより青い顔の菅野と一緒に入って来た愁磨君が自分の席へ向かう、その一瞬。

僕に向かって僅かに目を細めて見せたのを見逃さなかった。・・・やっべぇ、死んだかも。

菅野と相対した時とは比べ物にならない程の脂汗を流し、ほんわりした声に倣い、礼をした。

………
……


授業が終わった直後。タクにメールを送ろうと手を動かしかけた時に、ふと影が落ちて目を上げる。

すると僕の席の前に、背の高い男子が二人立ちはだかっており、反射的に身を固くする。


「有田、わりーけどちょっと付き合ってくれ。」


同い年とは思えない、大人びた造形の顔で教室のドアを差す。確か、石尾と言うバスケ部の

レギュラーだったはずだ。

気付けば、休み時間には騒がしくなる教室は静まり返っていたが、その静けさの中に驚きは

殆ど含まれていなかった。寧ろ、これが予期された事である納得さえあった。

状況が掴めず固まっている僕に向け、石尾は僅かに低くした声で続けた。


「こんな場所で、嫌な話なんかしたくねぇんだよ。お前だってそうだろ、有田。」

「……っ!」


それを聞いて、僕はまた遅ればせながら、状況を掴んだ。

つまり能美は菅野だけじゃなく、既に学校中に広まるように僕が盗撮未遂犯であると噂を流して

いた訳だ。ちらりと周りを見ると、こちらを見ない様にしながら、けれど冷ややかな目線を

向けるクラスメイト――の中、何かに耐える様に、両膝の上で拳を握りしめて俯くチユを見つける。

・・・この状況で、チユを苦しめているのは僕だ。せめて、毅然とした態度で立ち向かわないと、

ずっと、幼馴染に辛い思いをさせる事になる。


「分かった、いk「いかせるかたわけめー!」
ズパァンッ!!
はぶぅっ!?」


椅子を態と鳴らし立ち上がった瞬間、頭に重い衝撃を受けて強制的に座らされる。

何事かと後ろを振り向くと、無駄に巨大なハリセンを担いだ愁磨君が満面の笑みで立っていた。


「ハルっちさぁーあ?すがのんにいらん事言ったよねぇ?お陰で保健室で寝てたの起こされ

たんだよ?どうしてくれるの?ヒメちゃんに君のPCのデスクトップ画面バラすよ?」

「すんませんでしたぁーーー!!」


謝る事に定評のある人生の中でも、最大最速最大限を籠め、机に頭を叩きつけて謝る。

この子が送ってきたとは言え、先輩の寝顔をデスクトップ画面にしているなんて知られたら、

もう色んな事がアレな事になるに違いないって言うかなんで知ってるんだ!?と、それを見て

満足したのか、いつものゆるっとした表情に戻った。


「うん、素直に謝れるのは美徳だよ、大切にしてね?あ、そう言えば今日の放課後時間ある?」

「…………って、オイオイ待て待て。何話し続けようとしてんだ!?こっちが先だ、ろ。」


そのまま話を続けようとした愁磨君に、再起動した石尾が掴みかからんばかりに迫ろうとし、

女子と一部男子から睨まれ、押し留まった。・・・お陰で、僕への冷ややかな視線も若干減った。


「うん?いーちゃんはなんの用なの?」

「いーちゃん呼ぶなっつってんだろうが!!ったく。」


およそ1.5倍強という身長差にも関わらず、小さい方が優位に立っていると言う意味の分からない

状況に陥った石尾はコホンと咳をして、僕に向き直る。


「……有田、お前菅野に呼び出されたんだってな。」

「うん。」


僕の返答を聞いて、教室が再び、僅かに温度を下げる。


「ならお前なのかよ、女子シャワー室にカメラ仕掛けたの。」

「違う!!」


自分でも予想以上の声が出て、石尾ともう一人の男子が目を丸くする。

即座に返す言葉を思いつかなかったのか石尾は丸坊主に近い頭をがりっと擦っただけだったが、

もう一人の男子が口を開く。


「まぁ有田もここじゃそうだなんて言えないだろ。でも今時、学校が何の証拠も無しに呼び出し

なんてしないだろ。疑わしいけど証拠はない、って感じか。」

「……でもな、俺は証拠が無いからってはいそうですかとお前を放っとく訳に行かねぇんだよ!」


突然、激昂した石尾は両手で僕の襟を掴むと無理矢理立たせ、怒りに燃える視線をぶつけて来る。


「いいか、あのカメラが見つかった時、シャワー室には俺の彼女も居たんだよ!あいつすげー

ショック受けて、昨日今日学校休んでるんだぞ!!」

「あぁ~、そっかぁ。それでかおちゃん休みなんだね。」

「「………は?」」


修羅場を迎えていた僕と石尾は、あまりに無遠慮な、こちらを意に介していないような

のっほーんとした声に反応して、揃って横を向く。いつの間にか、ずっとそうしていたのか、

僕の机に両肘をついてこちらを見ていた。その先で、いつも髪の毛を弄っている三人組・・・の

ウチの二人が、心配そうにこちらを見ていた。もしかしたら、居ない一人が件の彼女なのか?


「でもねー、なら尚更、こんな事してる場合じゃないと思うんだぁ。かおちゃん家に行って、

慰めてあげた方がいいと思うなぁ。」

「て……テメーはさっきからなんなんだ!関係ねぇ奴は引っ込んでろ!!」

「お、おい石尾、落ち着けって!」


限界が来たのか、石尾は僕から手を離し、愁磨君を睨みつける。

すると、愁磨君も立って石尾の視線を正面から真っ直ぐに受け、言った。


「友達が謂れの無い事で非難されてるのに、関係なく無いよ。」

「だ、だから、そいつは怪しいから菅野に呼び出されたんだろうが!だから、俺は!」

「それがそもそも間違いなんだってばぁ。ボクだってすがのんに呼び出されたって言ったでしょ?

や、連行されたって言った方がいいのかなぁ?」

「な、に……?」


思いがけない告白に、石尾どころか教室が凍り付く。そう言えばさっき、いらない事を菅野に

言ったな、とか・・・そうか、だから菅野が遅れて来たのか。と僕と同じ見解に至ったのか、

石尾の目が泳ぎ始める。


「まぁ確かに、カメラ仕掛けた事でハルっちを呼び出したみたいだけど、それだって日曜日に

学校に来てたから、って理由だったんだよぉ?問いただしてみれば、匿名のメール貰って、

怪しいと思ったハルっちを呼び出したんだってぇ。」

「だったら余計怪しいだろうが!なんで部活に入ってねぇそいつが日曜に学校来てんだよ!」

「タッくんに話があったんだってぇ。ついでに、学校の落ち着ける場所教えて貰う為にボクも

一緒に行ったんだよ。その時ずーっと一緒だったから、カメラ仕掛けるなんて無理だと思うなぁ。」

「っ……!?」


今度は、僕が絶句する番だった。この場でそんな事を言ってしまえば、自分にも疑いがかかる

可能性がある。それ以前に、なんでこの子は僕をここまで庇ってくれるのか?


「それに、メールも見せて貰ったけど、ハルっち"だけ"が学校に行ったって書いてたんだよ?

しかもそれだけ。おかしいよね?善意の情報提供なら、ボクの事書かない理由ないもんね。

なら話は簡単だよね?ハルっちを犯人に仕立てたい人がメール送ったに決まってるじゃん。」


いつもの眠たげな姿はどこへやら、理路整然と捲し立てる愁磨君に石尾も、誰も反論出来ず。

そして最後に、くるっと回って教壇に立ち――教室の全員に向け、言った。


「この話はこれでおしまい。まだ僕の友達を傷つけたい人……いる?」


最大級の笑みを見せつけられ、首を縦に振った人は、いなかった。

………
……


「……ハル、食堂行こう。」

「……あ、ああ、分かった。」


昼休み、中学に入って初めての誘いを受けて、食堂に向かった。朝の一件ですっかり僕に興味を

無くした・・・のとは違うんだろうけど、クラスメイトが努めて・・・務めて?視線さえ向けて

来ない事を喜んでいいのか悪いのか疑問に思いつつ、カレーに茹でオクラを乗せたお盆を持って、

なるべく目立たない、端の席へタクと座る。特に会話も無く黙々と食べていたが、ふと声がかかる。


「ハル、ごめんよ。僕は親友失格だな。」

「へっ?な、何だよ急に?」

「朝の事だよ。その気になれば君を助ける事も……いや、僕には無理だったか。だとしても、

ただ座っていた僕は……本当に、ごめん。」

「な、何言ってんだよタク!あそこで助けて貰おうなんて思ってなかったし!」


何を思ったのか、急にオレに向かって頭を下げて来るタクに手をブンブン振って、決して

人の少なくない食堂をチラチラ顧みる。こんな所を見られたら、一体何を思われるのか。


「……にしても、彼には驚いたよ。あの休み時間だけで、クラスの誤解を封殺するなんて。

マスターとは別ベクトルで、とてもじゃないけれど常人に出来る真似じゃない。」

「ああ、それはオレも思うよ。あの見た目と言い対戦成績と言い、同じ人間とは思えない。」


冗談めかして言うと、タクは漸く小さく笑う。まぁ、半分冗談じゃないけれど。

現在レベル5に関わらず全戦全勝とかもうチートとしか思えない。でもチートじゃないんだよなぁ。

一回対戦しただけで分かる。ハッキリ言ってあれは"戦い慣れた"人だ。それも、アバターじゃなく。


「まぁ、今は感謝しかないよ。起こすと怒るからまだ言えてないけどな。」

「あれからずーっと寝てるんだもんなぁ。行動原理が全然わからぶっ!?」

「じょわっ!?何だよ!?」

「ゲホッ、ゲホッ!」


タクの口から飛んで来たショットガンばりの弾丸を避け、指差した方を見る。

その先に居たのは4・5人の集団。その誰もが壇上で見た事のある人達ばかり。即ち、運動部の

特待生達だ。その中に、一際背の小さい・・・能美の姿を見つけるが、同時に、それに圧し掛かる

行動原理不明的純白性非人間生物を見つけ、オレも吹き出す。・・・何してんの、あの人。 


「……タク。俺は今まで、先輩が一番不思議な人間だと思ってた。だけど……。」

「そうだね。あの子の方がよっぽど不思議だ。」

Side out

―――――――――――――――――――――――――――――――――――
subSide 愁磨

「せーえーちゃーーん!」
ドスンッ
「うわっ!?てっ、あ、あぁ、織原先輩、こ、こんにちは……。」


昼休み、能美を探し当てた俺はその背に突撃し、態とすこーしだけ首が締まる様に垂れ下がる。

目元をヒクつかせつつ微妙に振り解こうと揺れるこいつと戯れるのは非常に愉快だ。


「ちょっと能美ちゃん、この子と知り合いなの!?二年に転校して来た眠り姫ちゃんじゃん!」

「………眠り姫と言うより眠れる獅子じゃ……?」

「うん?何か言ったぁ?」

「な、何でも無いですよ?あはははは。」


確か水泳部のエースと呼ばれてる女子生徒に応え、能美が何やら不敬な事を言ったので、

締める腕に少し力を入れてやる。・・・まぁいい、今は戯れに来たんじゃない。

耳元に口を近づけ、目的の警告を済ませる。


「お前が加速世界でどれだけ暴れようが構わぬが……あの三人に現実世界で手を出すのは許さん。

どのような形であれ、だ。分かったな?」

「……っ、ええ、分かりましたよ……。」

「うんっ!ならいいんだぁ。ばいばーい。」


それだけ伝えると、あとはいつもの"眠り姫"とやらの皮を被り、その場を後にする。

さて、これで残す所、今日の予定はあと一つ。


「はやっくほうかごーになっらないっかなぁ~♪」


昼寝する場所を探しながら、新たな力を待ち望むのだった。

Side out 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧