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STARDUST∮FLAMEHAZE

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第二部 WONDERING DESTINY
CHAPTER#10
  DARK BLUE MOONⅡ~CRUCIFY MY LOVE~


【1】


 穏やかなクラシックがそれと気づかない程度に流れる店内。
 天井が高く広い空間にアンティークもののインテリアが
機能的にも華美に配置され、悠揚たる空間を演出している。
 古き良き時代の洋館をコンセプトにした
キャンドル型シャンデリアの淡い照明が降り注ぐ、
大人の雰囲気で充たされた喫茶店の一角に、
花京院 典明は座って、否、『座らされていた』 
「……」
 テーブルを挟んで自分の真向かいに脚を組んで座っているのは、
マージョリー・ドーと名乗る北欧風の美女と
マルコシアスと名乗る……『本』
 何故 『本』 が喋るのかという当然の疑問はさておき、
花京院は眼前の美女を茫然と眺める。
 美女はそんな彼の様子など一向に気にした様子はなく
まるでこの店のオーナーであるかのように制服姿のウエイトレスを呼びつけ、
「一番高い紅茶、ホットで2つ、早くなさい」
と勝手に注文した。 
 完璧な発音の広東語。
 先程も想ったがこの女性は見掛け以上に、自分の想像を超えて聡明だ。
 その妖艶な外見から職業を判別するのは難しいが、
案外歴史学や民俗学系の助教授か何かなのかもしれない。
 だからあのような異様に大きな 『本』 を肩にブラさげているのだろうか?
 最もその 『本』 は喋るのだが。
 半ば拉致同然にこの喫茶店に強制移動させられ、
しかしそれ以外の実害はなく結果としてお茶を御馳走になるコトに
なった花京院は、戸惑ったらいいのか礼を言えばいいのかの判断がつかず
ただ沈黙する以外の術を失っていた。
「まだ、名前を聞いてなかったわね?」 
 思い悩む中性的な美男子を射るような視線で、
真向かいに座る美女が口を開く。
「……え? あ、あぁ、花京院 典明と言います。ミス、マージョリー」
 未だ彼女に対する警戒心 (というよりソレのみ) は薄れないが、
相手が女性なので花京院は最低限の敬意を保ってそう返す。
 その受け答えに、何故か美女の整った眉がピクリと動いた。
「結婚、してるようにみえる?」
「……」
“ミス” の所で僅かに言い淀んだのが気に障ったのか?
 別に深い意図はなく極度の緊張の為口先が巧く廻らなかっただけなのだが。
 非礼を詫びるべきか、しかし是非もなく無理矢理連れてこられたのだから
そのような筋合いもないのか、どちらともつかず花京院が口を閉ざしていると、
「いいじゃねえか、いいじゃねえか。
“ミス” でも “ミセス” でもよ。
我が永遠の伴侶、マージョリー・ドー。
大体ンなコト気にするよーな “歳” じゃあね
グボォアッッ!!」
 上品な店内の雰囲気をブチ壊しにする銅鑼声と共に、
女性に対して絶対言ってはいけない禁句を躊躇なく口走った 『本』 に、
美女の正義の鉄槌が即座に撃ち落とされる。
(だから、何で喋るんだ? しかも言わなくてもいいコトまで……)
 俄には信じがたい超常的な現象だが、
生来の性質上そのような事象には馴れている美男子は
伏せた視線で 『本』 を視る。
 その彼の真向かいで、
(ミス、マージョリー?)
深い菫色の瞳を微かに瞬かせた美女が、
鮮やかに染め上げられた栗色の髪を一度たおやかに掻きあげた。
 今まで “案内人” に、姐さん、姉御、お姉さま等と呼ばれたコトは多々あるが、
このような呼び名は初めてだ。
 今までの人間は良きにしろ悪きにしろ、
必ず強者で在る自分の存在に媚び諂ってくるのが当然だったから。
 しかしただの人間にそのような呼び方をされたコトに対し、
プライドが苛立つと想ったが自分でも意外なほど心は平静だ。
 否、それどころか、悪く、ない。
 そう、悪くない気分だ。 
「もう一回呼んで」
 美女は開いた胸元の前でその部分を強調するように腕を組むと、
眼前の花京院にそう促した。
「え?」
 自分の意図が伝わらなかったのか、特徴的な学生服姿の美男子は
瞳を見開いてそう聞き返す。
 どこぞの殺人鬼が聞いたのなら、
「質問を質問で(以下簡略)疑問文には疑問文で(うるさい)」だが、
美女は別段苛立った様子もなく静かに諭す。
「私のコト、さっきなんて呼んだの?」
 そう言いながら麗しい脚線美をテーブルの下で組み替える彼女へ
花京院は店内に流れるクラシックに乗せるように
「ミス・マージョリー」
美女の深い菫色の双眸から己の澄んだ琥珀色の瞳を逸らさずに言った。
「……」
 気の所為か、それとも外の温和な気候の所為なのか、
純白に粧された頬にほんの少しだけ赤味を差したその美女、マージョリー・ドーは、
「いいわ。その “呼び方” で。
私もアンタの事 “ノリアキ” って呼ぶから」
手持ち無沙汰にもう一度テーブルの下で脚を組み替えた。
「それじゃあ、早速 『仕事』 に取り掛かるわよ。ノリアキ。
手当はその働きに応じてきちんと支払うから安心なさい」
「え? あ、はぁ」
 何をするかは解らないが、どうやら拒否権は端から自分に与えられていないらしい。
 異論の余地を与えぬままに中性的な風貌の美男子を自分の助手につけた美女は、
テーブルの上に無造作に放ってあった黒いレザーのブックホルダーを颯爽と肩にかけ
立ち上がる。
「取りあえずこの街の大まかな構造と風習、趨勢なんかを実地で教えて。
それから、最近起こった妙な事件や異変なんかが在った場所の聞き込みは
アンタに任せるわ。ノリアキ」 
 そう言っていくわよと自分に背を向ける美女を花京院は呼び止める。
「あ、あの、ミス・マージョリー」
「な、なによ?」
 まだ 「呼び名」 に慣れていないのか、先刻よりも赤味が差した表情で
自分に向き直った彼女に、花京院が指差した先。
「……」
 立ち上がった自分の傍らに、注文された紅茶を運んできたウエイトレスが
彼女の迫力に気圧されたのか困惑顔で佇んでいた。
「……」
 縁のない眼鏡(グラス)越しにその罪なきウエイトレスを睨んだ美女は、
無言で木製のトレイから高級そうなカップを無造作に取り上げる。
 そして、湯気の上がっている熱湯寸前の中身を、まるで出陣前の乾杯の如く
いきなり全部喉に流し込もうとした刹那、
「あっ……!」
眼前の美男子が想わず声を漏らした。
「……?」
 不審な視線でカップを持ったまま花京院をみる美女。
 脇のウエイトレスも何故か同様に彼へと視線を向けている。
「や、火傷をしますよ。急ぐにしても少し冷ましてからでないと」
 そう言って、自分の行為を押し留めようとでもするかのように立ち上がっている。
「……」
 火傷。
 蒼炎の魔獣の化身で在る自分には一番縁遠い言葉だが、
ソノ自分に対しこの目の前の脆弱な人間は
『そんなコトを本気で心配している』
 ソレが心の見えにくい場所で、妙にくすぐったくて気恥ずかしくて。
 だから青年の行為に毒気を抜かれたのか、
美女はソーサーごとカップをテーブルの上に置き不承不承席につく。  
「わ、わかったわよ。まあ、お茶を飲む時間くらいはあってもいいわ」
「……」
 それを聞いた目の前の青年は本気で安心したのか、
先刻街路で見せていたような心安らぐ微笑を再び口元に浮かべている。
 美女はソレに再び己のペースを乱されないよう双眸を閉じ、
カップをルージュで彩られた口唇に運ぶ。
 セカンド・フラッシュの柔らかな口当たりと、
マスカット・フレバー独特の深い甘味。
 想えば、こうやって誰かとお茶を嗜むコト等、
もう遙か遠い昔に忘れてしまったような気がする。 
 掛け替えのない 『あの娘』 を、この腕の中で永遠に失ってしまったアノ時から。
 クラシックの穏やかな旋律とロイヤル・ダージリンの爽やかな香り。
 その自分の眼前で優美な仕草で紅茶を嗜んでいる美男子。
 血で血を洗う凄惨なる日々を今日まで生きてきた自分には、
もう二度と永遠に訪れるコトはないと想っていた平穏。
(……)
 まぁ、確かに、少々性急過ぎたのかもしれない。
 このカップの澄み切ったオレンジ色の液体がなくなるまで、
異次元世界の能力者 “フレイムヘイズ” と
ヒトを喰らう異界のバケモノ“紅世の徒”
ソノ概要くらいは説明してやってもいいかもしれない。
 短い間とはいえ同じ目的の為に行動を共にする者なのだから。
 そう想い目の前の美男子をみつめていた美女の、
ラピスラズリの破片で飾られた耳に届く電子音。
 ソレは彼の左胸、その内側から発せられていた。
「失礼」
 短くそう言って制服の中から、
真新しいディープ・グリーンのスマート・フォンを
取り出した花京院をマージョリーの視線が鋭く穿つ。
(女?)
 という勘(邪推ともいう)により想うよりも先に手が動き、
「え!? あの、ちょっ」
と花京院が声をあげるよりも速く彼の手からスマホを毟り取った美女は、
そのまま相手が誰かも確認せず着信ボタンを押し耳に当てる。
 そして一度優雅に脚を組み替え、どこぞの女帝かと錯覚するような佇まいで
椅子の背もたれにゆっくりとその躰を預け、口を開く。
「ノリアキは、今現在急用で電話に出られません。
最低一週間は間を置き、用件も何もかも忘れた頃にかけ直しやがりなさい。
あ、いっとくけどリダイヤルは無駄よ。アンタの番号着信拒否にしとくから」



「……」
 ソコから、数百メートル離れた海岸前。
 真新しいメタリック・プラチナのスマホを耳に当てた無頼の貴公子が
一方的に切れた電話の通話終了音を聞きながら、
「誰だ? 今の女?」
困惑し切った表情で一人そう呟いた。





【2】

 天上天下傲岸不遜の超絶美女、
フレイムヘイズ “弔詞の詠み手” マージョリー・ドーと
その肩に黒いレザーベルトでブラ下げられた紅世の王
“蹂躙の爪牙” マルコシアスは案内人に(無理矢理)据えた
『スタンド使い』 花京院 典明を付き従え香港の街路を練り歩いていた。
「……」
 先刻まで隣を歩く、キワどいタイトスーツ姿の美女に
イニシアティブを完全に奪われっぱなしだった
翡翠の美男子の風貌は、今は一転。
清廉そのものだが瞳の裡に研ぎ澄まされた怜悧さと、
強い意志の光とを同時に内在している。
 進める歩はまるで軍神のように壮烈としており、
立ち止まれば脇の美女を置いて一人、彼方までも往ってしまいそうだ。
「だからよ、人喰いっつったって別に骨や肉をバリバリ噛み砕いてるワケじゃあねぇ。
“存在の力”っつーこの世に存在するための、大元のエネルギーみてぇなモンを
吸い取ってやがんだよ」
 その彼の隣で自分の腰元で、マルコシアスがこの世に起きている
真 実(ほんとうのこと)』 を揚々と解説している。
「でも本来この世にいねぇ奴らがいて、好き勝手に暴れ回って喰い散らかしてたら
世界の存在そのものが歪んじまうだろ?
だからソレを防ぐために俺みてぇな “王” が
人間の中に入ってこの世を荒らす“徒” を一匹遺らずブッ殺すコトになった。
と、いやぁまぁ聞こえはいいが、なんのこたぁねぇ。
“こっちの世界が滅びちまえばテメーらの世界も危ねぇから” ってんで
重い腰を持ち上げたってのが真相だ。
オメーらの世界の 『神』 と一緒で “王” は人間が何人生きよーが死のうが
知ったこっちゃあねーからよ。ヒャーハッハッハッハッハッハッハッハッハッ!!!!!!!」
 何が可笑しいのか濁った銅鑼声で嗤う 『本』 の言葉を、
脇の美男子はええ、そうですか、なるほど、と些かの疑問も持たずに応じている。
(……)
 隣を歩く美女は、その彼の異様とも言える順応性の高さにグラスの奥を丸くしていた。
 確かに、自分達の伝える荒唐無稽な話を疑うよりは
信じてもらえた方が物事は円滑に進む。
 しかし、今までの経験上フレイムヘイズでもない普通の人間が
即座に己の言った 『本当のコト』 を受け入れた事例など皆無に等しい。
 ソレは客観的にみても明白であり、自分も相手の立場だったならまず信じないであろう。
フザけているか、頭がイカれていると想うだけだ。
 しかも、さきほど喫茶店の中で自分が彼に語ったコトは殆ど断片的なモノ。
 この街に人喰いのバケモノが来た。自分達はソレを追っている。だから手伝いなさい。
 概略すれば大体そんなモノだ。
 だが、この中性的な風貌の少年は、ソレを信じた。
 ほんの僅かな猜疑の視線も、オカシイんじゃないかという嫌悪の表情も微塵も出さず。
 ただ。
「わかりました。ボクはあと2日だけ此処に滞在しますが、
その間だけでよろしいのでしたら」
 と、落ち着いた口調で自分に告げた。
 信じないなら信じないで構わない。
 信じようが信じまいが起こっているコトは 『現実』 なのだから。
 その事実を元に今までは半ばゴリ押し気味に “案内人” を従えてきたマージョリーは、
肩透かしを食らったような気になる反面、逆に不安になった。
 利発そうな風貌をしているがこんなにも簡単に他人の言うこと、
それもこんな荒唐無稽な寓話にも等しき事象を平然と受け入れてしまうこの少年は、
果たしてこの先大丈夫なのだろうか?
 こんなに無防備すぎる心ではいかがわしく邪な人間の企みに、
いつか必ず食い物にされてしまうに違いない。
 そういう結論に行き着いた美女は自分でも想わず
何故そんな気持ちになったのかも解らず、叫んでいた。
「駆け引きし甲斐のないヤツね!
もっと疑いなさいよ! この私を! 世の中スベテを!
アンタを騙そうとしてるかもしれないのよ!?
ドン底まで落ちて堕ちて、ソコで後悔したってもう遅いのよッ!?」
 自分でも我ながら何を言ってるのか?
本末転倒もいいところだと理解していながら言葉は止まらなかった。
傍でマルコシアスが爆笑していたが気にもならなかった。
 彼から奪い取ったケータイを返さず、胸元のポケットに入れた自分がバカみたいだ。
 でも彼はそんな必死な自分の様子を穏やかな微笑を浮かべてみつめたまま、
静かな物腰でこう言った。
「確かに、俄には信じがたい話ですが、でも、
“貴女のような女性(ヒト)がそんな 「嘘」 をつくでしょうか?”」
 そう言われた時の自分は、果たして一体どんな顔をしていたのか?
 隣で笑っていたマルコシアスが静かになったのを覚えている位で、記憶は曖昧だ。
 そんな自分を後目に、彼はゆっくりと言い含めるように続けた。
「貴女のように理知的で聡明な方が、わざわざ人を騙す為に作り話まで用意して、
こんな場所に連れ込むというコトの方がボクには信じられない話なので、
だから、どれだけ想像を超えた話だとしてもソレは本当なんだと、そう想いました。
ウソをつくなら、そんな人喰いのバケモノやフレイムヘイズなんてコトは言わず、
もっと他人が信じるような話にすると想いますし」
 あくまで澄んだ琥珀色の瞳。
 そして、少しも自分を疑っていない表情。
 その中性的な美男子の姿に、彼女は、マージョリーは、
かつて自分の傍にいた、一人の少女の存在を折り重ねた。
(……ル、ルゥ……?)
 彼の背後に、同化するようにして浮かび上がった、少女の幻 象(ヴィジョン)
 幾星霜の時を経たとしても、決して色褪せるコトのない、汚れ無き姿。 




『マー姉サマ……』




 格子ガラスから店内に降り注ぐ緩やかな陽光の中、
彼女の 『声』 が聴こえたような気がした。
 今はもう、この世のどこにもいない彼女の声が。
 己がフレイムヘイズと成る最大の理由となった、
この世の何よりも清らかで優しい心を持った少女の声が。
 少なくとも、マージョリーにはそうとしか想えなかった。
「……!……ッ!」
 自然と、涙が溢れてきた。
 止めようにも、止められなかった。
 彼女を永遠に失って以来、もう何百年経ったか解らない、
とうの昔に涸れ果てた筈の涙だった。
「どうしたんですか!? ミス・マージョリー!?」
「オイオイオイ!? 何があった!? 
我が移り気なヒロイン、マージョリー・ドー!!」
 傍で青年と喋る本が心底己を案じた声で問いかけた。
「なんでも……ない……!」
 そう応えるのが、精一杯だった。
「本当に……何でも……ない……のよ……!」 
 何もしてあげられなかった。
 護ってやることもできなかった。
 この身を犠牲にしても、スベテを失っても、
『アノ娘』 だけは救ってみせると誓った筈なのに。
“それどころか”
 だから自分に、悔やむ資格はない。泣く資格すらもないのだと、
マージョリーは血を轢き絞るような想いで嗚咽を噛み殺した。
 開いた胸元で鈍く光る、銀のロザリオをギュッと握りしめたまま。





【3】

『現在の状況』 

花京院→マージョリー・ドー
=まだ 『能力』 を視てはいないが
既に異能者、“フレイムヘイズ” として認識している。
嘘を言っているとは想えないので期限付きだが協力を受諾。


マージョリー&マルコシアス→花京院
=普通の人間だと想っている。少し変わっているとは想うが。


承太郎=取りあえず一服中。


シャナ=現在どこにいるか不明。



“探索” は、思いの外難航した。
 香港の街を数時間練り歩き聞き込みも(主に花京院が)
行ったが有益な情報は出てこない。
 無論人喰いのバケモノがこの街のどこかに潜んでいる等と荒唐無稽な
『本当のコト』 を聞くワケにもいかず、実際はマージョリーから渡された
「写真」 を見せあくまで人捜しという体裁を取り繕っての調査である。
 マルコシアスが存在の力を繰る “自在法” で紙に映し出した徒の写真。
(ジョセフの 『念写』 より精度は劣るが同じ系統の能力のようである)
 ソコに映るのは、クラシックなスーツを着た一人の老紳士。
 自分の知る精悍な風貌の老人とは対照的な、細身で気品と礼節に充ちたその姿。
 しかしソレが、残虐な本性を覆い隠す 『擬態』 で在るコトも花京院は知っている。
 かつて、己の傍らにいた異界の友人もまた、同じような風貌だったのだから。
 脳裡に過ぎる彼とその最愛の従者の姿を、
一度瞳を閉じて記憶の淵に眠らせた花京院は
街路で周囲の注目を一心に集める美女の傍へと戻る。
 彼女に聞き込みの結果を告げる刹那、舌打ちとあぁやっぱりなという溜息が
幾つも周りから発せられた。
「ダメですね。この老人を見たという方は一人もいませんでした。
この場所で長年商売を行っている人にも聞いてみたのですが、見た事もないそうです。
あ、コレよろしかったらどうぞ」
 花京院が脇に抱えた紙袋から、白い湯気が甘く香ばしい匂いと共に立ちこめていた。
「何? コレ?」
 美女は白胡麻のびっしり(まぶ)された球形の中国菓子を、
マニキュアでキレイに彩られた指先で抓みしげしげと眺める。
芝 麻 球(チーマーカオ)です。流石にお店屋さんなので、何も買わないという
ワケにはいきませんでしたので」
 花京院がそう言って肩を竦めると、
「ふぅん」
美女は特に興味なさげにその出来たてで熱く膨らんだ白球を口に放り込む。
「……」
 予想以上に甘く歯ごたえが変わっていて美味だったが、ソレは表情に出さないでおく。
「オ、オレにも! オレにもッ! 我が慈愛の守護天使マージョリー・ドー!!」
 自分の腰でマルコシアスが分厚い皮表紙をバタバタ鳴らしてうるさいので、
「あぁッ! もう!!」
美女は紙袋の中から白と黒の球体を6つほど鷲掴みにして、
駄鳥の撒き餌をやるように本の中へとブッきらぼうに投げ捨てる。
「~♪~♪~♪」
 こう見えて甘いモノには目がないのか(ソレ以前に味覚があるかどうかが疑問だが)
放埒な紅世の王は珍しく無言で中国菓子をページとページの隙間で
青い炎を飛ばしながら咀嚼している(律儀に呑みこむ音まで立てて)
 その奇態な光景にもいい加減なれた翡翠の美男子は、
美女から(自分の「許可」無しに絶対かけないコトを3回誓わされた後に)
返却されたスマート・フォンを開き、特殊回線を通じて
SPW財団の管轄するメインコンピューターの一つにアクセスし、
周辺の街路図を高精細液晶パネルに映し出す。
モニターに衛星から送信された縮尺図と主要な名所や建造物等が
3ディメンションのタッチパネルとなって立体的に浮かびあがる。
 制服のポケットに入れていたボールペンの先を利用して
必要な情報をクローズアップし、他は消去してウインドウを整理した花京院は
液晶のディスプレイを前方に向け、爽やかに告げる。
「さて、ここでの聞き込みはあらかた済んだようですから、
次はこの北ブロックに行ってみましょう。繁華街です。
人の集まる場所ですし、旅行客も多いでしょうから一人か二人くらいは
この老人を目撃した人がいるかもしれません」
「……」
 彼の言葉に球形の中国菓子を王と共に仲良く噛み砕いていた美女は、
異論のない様子で頷き紙袋を携えたまま後に従う。
「ほら、行くわよマルコ。休憩は終わり」
「zzzzzzzzzzzz……」
 3時間を超える探索作業に於いても汗一つ浮かべてないマージョリーの脇で、
徒がみつかったら起こしてくれと言わんばかりに惰眠に耽る紅世の王に
美女の膝蹴りがブチ込まれた。 
 花京院はその二人の様子を微笑ましいと想いながらも、
何故自分が彼女に協力する気になったのか? その意味を考える。
 確かに人喰いの怪物を野放しにするわけにはいかないし、
そんなヤツがこの街でナニカを策しているというのであれば、
そんなコトは絶対に阻止しなければならない。
 しかし。
“もしそれ以外に理由が在るとするならば” 
 やはり、先刻の彼女の姿をみてしまったというのが、一番の理由だろう。
 如何なる理由であれ、『女性を泣かすようなマネをするヤツは許せない』
 ましてやソレが、人喰いのバケモノで在るなら尚更。
 一見温和で誰よりも社交的に見える花京院だが、
実は己の美学や信念に反する者に対する圧倒的な冷徹さは
余人の遠く及ぶ所ではない。
 非情に徹しなければ、護れないモノもある。
 ソレは、物心つかぬ幼き頃から望まぬその 『能力』 が故に、
数多くの邪悪な 『スタンド使い』 とソレに纏わる有象無象の怪異と
日夜戦い続けてきた彼に自然に身についていた心象、
孤高の 『精神』
 ソレがDIOの感興をそそり、
そして最大、最強の 『スタンド使い』
エンヤ、ヴァニラ・アイスにも一目於かれた存在であるコトに
花京院自身は気づいていない。
 そして、自分の背後を歩く一人の女性もまた、
抗いようのない残酷なる 『運命』 の中、
一人孤独に戦い必死にナニカを護ろうとしてきた
『同類の存在』 であるコトも。
「……」
「……」
 互いに無言のまま、蒼炎の美女と翡翠の美男子は、二人共に街路を歩いた。
 日がやや翳りだし、黄昏時の到来が香港の街を朱に染め始める。
 その中で、二人の影が折り重なるようにアスファルトへと伸びた。
 まるで互いの存在以外寄る辺を持たない、巡礼者で在るかのように。 
 海辺から吹き抜ける風が、静かに両者の髪を揺らす。
 そのときだった。
「待って、ノリアキ」
 背後を歩く美女が、唐突に自分を呼び止める。
 振り向いた視線の先、マージョリーが右の建物、否、
その遙か先を見透すかのように鋭い視線を走らせていた。
 そし、て。
「……フ……! フフフ……フフフフフフフフフ……!」
 狂おしくそして兇悪に歪む、彼女の美貌。
 ソレが歓喜で嗤っていると解するまで、花京院は数瞬要した。
「“きやがったわよ” 頼みしないのに次から次へと沸き出てくる。
サイコーに卑しくて浅ましくておぞましい……クソったれのクズ野郎が……!!」
 同時に眼前を駆ける、炎。
 逢魔が刻の到来。
 暗い木蘭色の “封絶” が、二人を呑み込んだ。  


←To Be Continued……

 
 

 
後書き
どうも、作者です。
本当はこの「先」まで描きたかったのですガ、
思いのほか長かったので寸止めですw
なので急遽サブタイを変えねばならなかったのですが、
まぁ彼女に合う曲でもつければいいじゃろうと想い、
原曲のまま記載しました(yotubeでも聴けます)
彼女はこのアーティストの曲が合うキャラに仕立てたいと
想っているので(『DAHLIA』とか『Rusty nail』とか)
個人的には満足しております(今回)
まぁだから余計に“屠殺の即興詩”は、ねぇ・・・・('A`)
(出せない、無理、ただのギャグキャラにはなる)
ソレでは。ノシ 
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