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STARDUST∮FLAMEHAZE

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第二部 WONDERING DESTINY
CHAPTER#9
  DARK BLUE MOON ~Sapphired Moment~


【1】

 少女はふと、眼を醒ました。
 真夜中の、プラチナの光の中。
 夜風に揺れるベルベッド風のカーテンから外光が室内に漏れ、
ソレが部屋に置かれた調度品に反照しモザイクのような装飾を形造っている。
「……」
 無言のままシルクのベッドのから降り、
就寝時の下着姿のまま夜風の靡く方向へと音もなく歩いていく。
 躰の節々に鈍痛が在った。
 歩を進めるごとに筋繊維と関節が軋む。
 しかしそんな痛みなど一眉だにせず少女は進む。
 通常なら、『こんな程度』 では済まされない。
 まだフレイムヘイズに成り立てで 『本当の戦闘』 に不慣れな頃、
最後の奥の手として “アノ方法” をアラストールから伝授された時、
ソノ翌日は全身を劈く苦悶と、眩暈と吐き気で起きあがるコトすらも出来なかった程だ。
 ソレだけで、アラストールが如何に己を気遣い躰を丁重に扱ってくれたのかが解る。
 分厚いガラステーブルの上で佇むペンダントは何も言わなかったけれど。
 やがて少女の視界に映る、世界都市香港の夜景。
 ありとあらゆる種類の宝石を砕き、ソレを闇の空間へ幾何学的に散りばめたかのような、
極彩色のマスカレード。
 しかしその世界に冠たる美色の饗宴も、今の少女の瞳には映らない。
「何、やってるの……? 私は……」
 ギラギラと輝く街のキラメキにその白磁のような白い肌を照らされながら、
少女はポソリとそう呟く。 夜風が髪を浚い、キャミソールの裾が微かにはためいた。 
「一体、どうしたいの? どうして?」
 まるで自らを断罪するように少女は深い夜の中、自答を繰り返す。
「こんなコトをする為に、こんなコトがしたくて、私はここにいるんじゃない……!」
 呻くように絞り出した少女の悔恨は、ただ夜風に紛れるのみ。
「……」
 テーブルの上のアラストールは黙として語らず、ただ厳かに瞳を閉じる。
 脳裡に浮かぶ “彼女” が、ただ慈しむように一度だけ自分に向かって頷いた。





【2】

 ホテルの朝は、意外なほどの喧噪で包まれていた。
 SPW財団系列の中でも指折りの宿泊施設の筈だが、
それを常用的に利用出来る者はいる所にはいるもので
民族も人種も多岐に渡る人々がフロアを行き交っている。
 ある者は早足で携 帯 電 話(スマート・フォン)を片手に忙しくなく喋りながら。
 またある者はロビーに備え付けられた豪奢なソファーで談笑しながら。
 そのような中ホテル十二階の一室から一人で出てきた、
小柄で髪の長い制服姿の少女の姿は一際異彩を放つものではあったが、
無論彼女はそんなコト等気にも止めず朝食の為指定された場所を目指す。
 周囲の無分別な視線に晒されながらエレベーターを降り一階の、
その左側が全面ガラス張りで覆われたカフェテラスに脚を踏み入れた少女は、
目当ての人物達を探すため小さな首を巡らす。
 しかしその必要もなくすぐ、
「空条 シャナ様ですね?」 
早朝なのに顔色の良い若いウェイターが、丁寧な物腰で自分に声をかけた。
「……」
「こちらへどうぞ」
 沈黙を肯定と受け取ったのか、ウェイターは先を促し店の奥の方に自分を案内する。
 よく磨き込まれたガラスを透化して朝の陽光が柔らかく降り注ぎ、
屋内のなのに清涼な空気が胸を充たした。
 滑らかな天然石の床を歩きながら、
やがて見慣れた人物が自分の存在に気づきこちらに手をあげる。
「Good-morninge! シャナ!」
「おはよう。シャナ」
「……よう」
 既にテーブルに着き朝食を取っていた二人の青年と一人の老人が、
各々の態度で自分に朝の挨拶をかける。
「……えぇ」
 少女は静かな声でそう答えると、老人のすぐ隣の席に腰掛けた。
 焼けたばかりのパンと、焙煎仕立てのコーヒーの薫りが届く。 
「昨日はよく眠れたかね?」
 初老の男性、ジョセフ・ジョースターが和やかな声と表情のまま、
繊細な装飾の入った陶器のカップに紅茶を注いで自分に差し出す。
 彼の邸に住んでいた時、幾度と無く繰り返された朝の光景。
「えぇ、まぁ」
 少女はカップを口元に運びながら、浮かない表情で素っ気なく返した。
(?)
 その少女の様子を、ジョセフは敏感に察知する。
 血の繋がってない赤の他人とはいえ、数カ月以上も一緒に暮らした者、
少女がいつもと違う事はすぐに解る。
 ましてや並々ならぬ洞察力を持つ彼なら尚更のコトだった。
「……」
 やがて少女の前に色鮮やかなサラダや澄み切ったスープ、
出来たて貝のポアレなどが運ばれ少女は無言のまま機械的にソレを口に運ぶ。
 いつもの彼女を知っている者なら、明らかに違和感を覚える態度だった。
「……」
 彼女の様子を考慮したジョセフは、それとなく自分の孫である承太郎に助け船を促す。
 しかしその孫は自分の視線に気づいているのかいないのか、
朝から健啖にモノを口に運ぶのみ。
 テーブル中央に置かれたハムやソーセージ等をロクに切りもせず、
チーズや添えられたハーブと一緒に忙しくなく咀嚼している。
 やがてようやく自分に向き直った彼から差し出されたものは、
「つげ」
という一言と空のコーヒーカップのみだった。
(むうう……こやつは……鋭いのか鈍いのか……我が孫ながら本当に解らンのぉ……)
 ジョセフは苦虫を50匹噛み潰したような表情で、
チャイニーズ・タイガーの絵柄が入った陶器のコーヒーポットで
孫のカップにおかわりを注ぐ。
「ところで、ジョースターさん」
 少女の異変に気づいてはいたが波を荒立てない為に沈黙していた花京院が、
野菜と白身魚のムースを食べ終えた口元をナプキンで上品に拭いながら言う。
「昨日のあの 『男』 J・P・ポルナレフと言いましたか。
彼の処遇は一体どうなりました?」
「……!」
 花京院のその言葉に、共に全霊を尽くし互いにその存在を認めあった
アラストールが反応する。
「うむ。取りあえずはSPW財団系列の医療機関にその身を安置しとるよ。
何しろ全身の至る箇所が火傷だらけで放っておけば命にかかわる重傷だったからな。
今朝方入ってきた情報によると、昨日の深夜には意識を取り戻して
もう喋れる程度には回復したそうだ。
流石にアレだけの 『スタンド能力者』 その自然治癒力も
一流といった所かの」
「そうですか。よかった」
 花京院はソレだけ確認したかったのか、安堵した表情でカップを口に運んだ。
「くれぐれもアラストールによろしくと頻りに感謝の意を示しておったそうじゃ。
邪悪な意志はもう微塵も感じられんらしい。
ただ、病室を訪れる女性の看護師や医師達を、誰かれ構わず口説き落とそうとするので
その点は困り者らしいがな」
 ジョセフは苦笑しながらそう言い、魚貝類のグラタンを口に運ぶ。
(むう、アノ者。そのような嗜好の持ち主だったのか……)
 散るその間際まで高潔だった彼の姿からは、
俄に想像もつかないのでアラストールはなんとなく面白くない表情のまま心中で呟く。
 その上で。
「……ごちそうさま」
 いつのまにか朝食を食べ終えていた少女が静かに呟く。
 そして周囲を一眉だにしないまま席を立つ。
「あ、おい、シャナ」
 重苦しい雰囲気のまま自分達を避けるようにその場を離れようとする少女を、
ジョセフは反射的に呼び止める。
 しかしシャナは、ほんの一瞬だけ立ち止まるが足早にすぐその場を立ち去ろうとする。
 その刹那だった。 
「よぉ?」
「……ッ!」
 振り向かず背中越しにかけられた青年の声に、
少女は雷にでも撃たれたかのように背筋を伸ばしその場に停止する。
「……」
 そして首だけで振り向いた少女の瞳。
 ソレは。
 何かを求めるような、そして縋るような、
そしてそのスベテを拒絶するかのような矛盾した表情。
 指先で微かに触れただけで、容易く崩れ落ちてしまいそうな、余りにも儚い印象。
 その彼女の様子に気づいているのかいないのか、
無頼の貴公子はシャナに背を向けたまま事務的に告げる。
「ケータイの電源、入れとけよ。人喰いのバケモンが現れたらすぐに報せろ」
 承太郎のその言葉に少女は一度鋭く彼の背中を睨め付けると、
「おまえの助けなんか……必要ない……一人で出来る……」
押し殺した声で、震える口唇で、苦悶を吐き出すようにそう返す。
「どうかな?」
「……ッ!」
 明らかに猜疑の色を滲ませて、背中越しにそう告げる青年に
少女は一層その視線を強める。
 しかしテーブルの上に置かれた青年の左手を視界の隅で捉えると、
そこから逃れるように背を向ける。
 両者の間に漂う一触即発の危うい雰囲気に、ジョセフはただ固唾を飲むのみ。 
 まるで、出逢った最初の頃に戻ってしまったかのようだ。
 互いの存在を視線で切り結ぶような、険悪だったあの頃に。
 俯き加減で表情の伺えないまま、少女は走ってその場からいなくなる。
 遠くなっていく大理石の反響音を聞きながら、
承太郎は制服から取り出した煙草を口に銜えた。
「……」
 船のチャーターと航路の調整、更にその下準備に加えて頭痛の種が増えたコトに、
ジョセフはやれやれと片手を額に当てる。
「何か、ナーバスみたいだね。彼女」
 静かな口調で少女の走り去った後を見つめていた花京院に、
「さぁ? いつも、あんなカンジじゃねーのか?」
承太郎は端正な口唇の端から細い紫煙を吹き出すのみだった。





【2】


 巨大な航空機が轟音と共に白い尾を引く。
 心地よい海風と微かな香木の匂い。
 その遙かな空の下、“彼女” はいた。
 外見は二十代前半。欧州系特有の鼻筋の整った美貌が、
薄化粧で見事に彩られている。
 髪は艶やかな栗色をしたシンプルなストレート・ポニー。
 スレンダーだが 「女性」 で在るコトを示すソノ特徴的な箇所だけは、
潤沢に張り上がった完璧なプロポーション。
 躰を包む丈の短い、開いた胸元も悩ましいタイト・スーツ姿の
彼女を見る者はスベテ、老若男女問わずそのこの世ならざる美しさに
平伏する以外術をなくす。
「……」
 しかしその 『笑えば絶世の』 という美女は、
麗しい外見とは裏腹の険悪そのものの目つきで眼前の光景を眺め、否、見下ろしている。
 縁の無いキュービックなデザインの眼鏡(グラス)を貫く眼光も、
己の視界を切り裂くような鋭さをその裡に宿していた。
香 港(こんなところ) に逃げ込んでやがったのね、あのクソ野郎……!」
 躰を取り巻くパヒュームの美香も相まって、
殆ど眩暈を覚えるような色香を無分別に振りまく
美女の口から出た言葉は、 意外にも品位を欠いた通俗的なモノ。
 次いでその声に合わせるように、
「まぁ、いーんじゃねーのかぁ!? 焦らされれば焦らされるほど
“アレ” の時のお愉しみがスゲーってなぁッ!?
ギャーーーーハッハッッハッハッハッハッハッッ!!」
品位を欠く処か下劣極まりない、
どれだけ酒焼けしてもこんな風にはならないんじゃないかという位濁った銅鑼声が、
彼女の細い腰から発せられた。
 正確には彼女が右肩から掛けた、黒い(レザー) ベルトで十字型に繋がれる、
まるで画板を幾つも折り重ねたかのように分厚い異様に大きな 『本』 から。
「……」
 美女はその喋る 『本』 に細い視線を流し、吐き捨てるように言う。
「“マルコシアス!” アンタがいつもいつもそんないい加減な調子だから、
“ラミー” なんて弱っちい雑魚をいつまでもいつまでも追う羽目になってんのよ!
今回だって “アノ人間達の協力” がなかったら一体どうなってたか? 」
 マルコシアス、と言うらしいその喋る 『本』 は再び耳障りな銅鑼声で
美女の問いに言葉を返す。
「アァ~? SOS団とか言ったかぁ?
アノ妙な能力(チカラ)を持つ人間を集めこんで、シコシコ研究してるヤツらはよぉ~」
「“S P W(スピード・ワゴン) 財団” よ。
ソコに他人の記憶を 『掘り起こして』 その居場所を
探査できる能力者がいたからいいようなものの、
そうでなかったらどうなってたか解ってるの?
あのクソ野郎が中東付近で姿を消した後、外界宿(アウトロー)にも一切情報が
落ちてこなかったのを忘れたわけじゃないでしょう?」
 生真面目に不機嫌という器用な面持ちで己に問う永年の相方に対し
その 『本』 マルコシアスは変わらない銅鑼声で大雑把に返す。
「終わりよければスベテ良しでいーじゃねーか、我が麗しの酒 盃(ゴブレット)
“マージョリー・ドー” 万が一逃がしたとしても
今度ァ頼るツテがあるんだからよぉ~!」
 マージョリーと呼ばれた女性はあからさまにムッとした表情で、
ボスン、と本の表面をブッ叩く。   
「“アイツ” に同じ手が二度通用すると想ってんの!?
背後の因果関係速攻で割り出されて協力者の方が先に殺られるわよ!
あのラインは今後も役にたつから残しておくに越したコトはない!
私達がブチ殺さなきゃならない “徒” は他にも星の数ほどいるんだから!
それこそ虫酸が走る位にねッ!」
 ヒステリックな台詞を淀みなく一 息(ワンブレス)で言い切った美女に対し、
彼女の抱える 『本』 はからかうように澄んだ口笛を奏でる。
「ン~、いつになくお熱いこって、ほんじゃあ今回は、
一つマジメに殺るとするかァ~」
「そーよ。マジメに殺るのよ」
 美女はそう言うと街路に備え付けのベンチに腰を下ろして麗しい脚線美を組み、
肩から降ろした 『本』 を己の右脇に置く。
「兎に角、こんな国に来たのは私もアンタも初めてなんだからとっとと
“案内人” を見つけてちょうだい。私はあのクソ野郎を逃がさず喰い破るコトだけに
集中したいから」
 そう言ってその眼筋のハッキリした双眸を閉じ、
仮 想 戦 闘(イメージ・トレーニング)に入る美女に対し、
「あいあいよ~♪」
と脇に置かれた 『本』 から磊落(らいらく)な声が上がった。
 ソレと同時に、不可思議な現象が起こった。
『本』 を包むブックホルダーの、まるで日記に付いている鍵のような留め具が
ひとりでに外れ、強風でもないのにバラバラとページが独りでに捲れ始める。 
 年代ものの羊皮紙らしいそのページは、素人には解読不能の古めかしい文字で
ビッシリと埋め尽くされていた。
 嬌艶な美女の右隣二席分を占拠して捲れ続けていた本は、
やがて一つの付箋を挟んだページでピタリと立ち止まる。
「んで、“選定” の括りは?」
 問われて美女は双眸を閉じたまま、一時の逡巡もなくサラリと答える。
「若くて、私を 『美人』 だと認識した人間全て」
「かァ~~~~~ッ! 自分で言うかね? 普通」
 嘲るように答えつつも、本は古文字の一部に群青色の光を点して浮かび上がらせる。
 ソレは存在の力を繰ってこの世ならざる事象を起こす “自在式” の一つ。
「お黙りなさい。余計なタイムロスをなくすにはコレが一番合理的なのよ」
 そう言って美女は腰にかかるストレート・ポニーの内側を慣れた手つきで掻きあげる。
 その動作と同時に、ミステリアスな動物性香料と数種のハーブが絶妙の配合で
ブレンドされたパヒュームのミドルノートが海風に乗って周囲に靡く。
 己の美貌を自他共に認めており、しかもその事実に練熟していなければ
決して出すコトの出来ない、魔性の芳香(かおり)
「あ~あ~あ~、そーゆーコトにしといてやるよ」
 悪態を付きながらもその事実は一心同体である自分が他の誰よりも知っている為、
マルコシアスはそれ以上は突っかからず “選定” を続ける。
「ン~、とっとっとぉ~。ったくその “選定” だと毎度毎度数が多すぎて仕方ねーぜ。
大体若ぇ人間の男なんざぁ、頼まれなくても年がら年中発情してンだから
ウチの魅惑の酒 盃(コブレット)の肢体見りゃあ
ソッコーで犬ッコロみてぇにアレぶっグゲェオア!!」
 画板のようなゴツイ本の表紙に、キツく固められた右の鉄槌が
高速で撃ち落とされた。
「余、計、な、御託はいいからさっさとなさい。
こんな所でマゴマゴしてるわけにはいかないの」
 そう言って美女は瞳を閉じたまま、固めた拳横でグリグリと羊皮紙の表面を()じる。
「へぇへぇ、オレが悪ぅござんしたよ。
取りあえず人の良さそうな、騙しやすそうなヤツを選びゃあいーんだな?」
「……取りあえずソレでいいわ。早くして」
 若干語弊があったが、時間を節約したい美女は流して続きを促した。
「フゥ~、まぁコレとコレとコレとぉ、
おっ、コイツもカモりやすそうな顔してやがるぜ、
ヒャッヒャッヒャッ♪♪♪」
 邪で心底楽しそうな声が、分厚い 『本』 の隙間から当たり前のように漏れる。
 傍から見れば完全に詐欺師の二人組だが
無論両者はそんなコト等気にせず選定を続けた。
 そんな中。 
「あぁ? ンンン~??? 何だァ~? こいつァ?」
 言葉遣いはともかく、「仕事」 はキッチリ迅速に行う自分の相方が、
突如滅多にあげるコトのない困惑した声をあげたので脇の美女は双眸を開き
その表情へ微かに険を寄せた。
「どうかしたの?」
「ン~? まぁ、別にどうってコトもねーんだが、視るか? 一応」
「お願い」
 眉目秀麗の美女がそう言うと、分厚い本の中が一瞬微かに開き、
ソコから群青色の火の粉が一片、微かに靡いた。
 ソレと同時に彼女の脳裡に浮かび上がる、一人の人間の映 像(ヴィジョン)
 裾の長い、バレルコートのような学生服を着た、十代半ばの少年。
「“コレ” が、どうかしたの?」
 美しい風貌をしているが、別に取り立ててどうというコトはない、普通の人間だ。
 確かに人間にしては少々、美し過ぎる、が。
 己の存在の力の多寡に拠って外貌を変えるコトの出来る紅世の徒とは違って、余計に。
「変なヤツだろ? 女のクセに男のカッコなんかしやがって」
(女?)
 マージョリーはもう一度双眸を閉じてその姿を確認するが
「バカね。コレは男よ」
と、にべもなくマルコシアスに告げた。
「アァ~、マジかよ!?」
 頓狂な声をあげる喋る本に向かい美女は言う。
「たまにいるのよ。東洋の人間、特に日本人にはね」
「ヘェ~、コレで男ねぇ~。クソったれの神の悪ふざけにしか見えねーな。
腰回りなんかお前サンより細いんじゃあねーか?
ギャアッハッハッハッハグゴォッ!」
 分厚い羊皮紙の表面から、鋭い拳撃の摩擦で起こった白煙が上がる。
「それで、コレが一体どうしたってワケ?」
 男にしては美しすぎると言っても、
そんな疑念に執着を持つ者ではないというコトは知っている
マージョリーは、永年の相方に問う。
「いやぁよう、本当に大したコトじゃあねーんだが、
コイツ俺の自在法の “通り” が悪ぃんだよ。
ホレ、こいつの映像にだけ妙な “ノイズ” が走るだろ?
そこがチョイとばかり引っかかってな」
 マージョリーは再度瞳を閉じた。
(……)
 確かに、そうだ。
 自在法の “選定” による該当者は通常、己の存在の力の属性に従い
群青色の光に包まれるイメージで脳裡へと現れる。
 が、何故か件のこの人物だけは、その周囲が静謐なる翡翠の燐光で包まれている。
 もしかしたらソレがバリアの様な役割を果たして、
自在法の効果を阻害しているのかもしれない。
 確かに、気にはなる。
“徒” ではないが、 普通の人間と割り切ってしまうには、余りにも奇妙な現象だ。  
 今まで “選定” の 「画像」 など単に一瞥するだけで 「画質」 等
一眉だにしたコトはないマージョリーは、生まれて初めてその対象をしげしげと眺めた。
(……それにコイツ……よく見ると……結構……)
 緩やかなエメラルドの光芒を背景に、脳裡に浮かぶ中性的な美男子の風貌。
 上品な質感の、光の加減によって微かに赤味がかって見える薄茶色の髪。
 見る者スベテに安らぎを与えるような、澄み切った琥珀の瞳。
 細い長身の躰に密 着(フィット)した、裾の長い特徴的な学生服。
 耳元で揺れる果実を模したイヤリングから足下の革靴まで、
その全てが完璧に洗練されていて非の打ち所は一切ない。
(……)
 脇の相方が、今までにない心中で選定者を吟味しているのには気づかず
その脇に佇む長年の相棒は、
「取りあえず “コイツ” は除外しとくぜ。
他にもカモがいっぱいいるのに、わざわざイモ引く必要はねーからな」
そう言って俺の自在法もナマったねぇ~等とボヤきつつ
該当情報削除の操作系自在法を、開いた口からフッと吐息のように吹いた。
 その刹那。
「グォゴオォォォォォォォ―――――――――ッッッッ!!??」
 バゴンッ、と開いた口が、突如頭上から捻りを加えて
撃ち落とされた尖鋭な肘鉄によって強烈に閉じさせられる。
「な、なにしやがる!? 我が暴虐の格 闘 士(グラップラー)
マージョリー・ドー!!」
 羊皮紙の口をバタバタと鳴らして、群青色の火の粉と共に抗議の声をあげる
被契約者に向け、その契約者は、
「ちょっと、気に入ったわ。コイツ。なかなか面白そうじゃない」
まるで獲物を見つけた肉食獣(プレデター)のような不敵な笑みを
ルージュの引かれた口元に浮かべ、そう言った。
 その瞳に宿る色は紅世の徒を討滅する時と全く同じ、
否、ソレ以上の苛烈さと危険さが在った。
「お、おい!」
 そのタダならぬ様子から永年の相棒を諫めようとするマルコシアスを
マージョリーは 『本』 を乱暴に閉じるコトによって強制的に黙らせ、
自身は黒いレザーベルトを肩にかけ、颯爽と立ち上がる。
“フレイムヘイズ” と 『スタンド使い』
 その禁断の邂逅まで、残された時はごく僅か。





【3】
 
 海から吹き付ける風が、中性的な美貌を携える長身の美男子の前髪を揺らす。
 近代化され自分の住む国、街と似たような風景とは言っても、
ソコに存在する長い歴史の醸し出す独特の雰囲気というのは
旅行者である自分には否応なく感じられるモノで、
花京院 典明は流れる人々を眺めながら空条 承太郎を待つ間
その異国の情緒に静かに浸っていた。
 ジョセフはエジプトへの船をチャーターするのに奔走し、
その間自分達は完全に間が空いてしまったので暇つぶしがてら
折角なので香港の街にくり出すコトにした。
 一応シャナにも声をかけてみたのだが、
既に何処かへ出掛けたらしく部屋には誰もいなかった。
 香港には旅行好きな両親と共に子供の頃から何度も来た事があるので、
花京院は熟練のツアーコンダクターさながらの流暢な口調で
その風土や名所を承太郎に説明した。
 彼は興味深そうに頷きながら吹き抜ける海風に髪を揺らし、
遠間に拡がる青い空間を仰ぎ見る。海が好きなんだな、と花京院は
潮の香りを共に感じながらそう想う。
 特徴的な学生服に身を包んだ、アジアの一流映画スター顔負けの美男子二人が
放埒に香港の街を練り歩く様子に、周囲は蜂箱をひっくり返したように騒然となったが
承太郎は言葉が解らず花京院は気にしない。
 途中海沿いの屋台で本場の中華麺を啜り、
次の場所へ移動しようとした矢先に、承太郎が煙草が切れたと自分に言った。
「つき合おうかい? 君、広東語解らないだろう?」
「いい、指差して金だしゃ通じるだろ。ダメでも自販機がある」
 そう言って彼は雑踏の中へと消えていく。
 残された花京院は白いガードレールに腰を預けて細い腕を組み、
彼の帰還を待つコトとなった。
(……)
 どんなものであれ、『旅』 は良い。
 誰も自分を知らない異国の地に在る時、
ほんの一時でも 『スタンド使い』 であるコトを忘れるコトが出来るから。
 そしてそれぞれの国に在る長い歴史を持つ建造物や遺跡、文化に触れる時、
その中に宿る悠久の人々の営みを感じた時、
自分の抱える悩みなど取るに足らないモノに想えてくるから。
 流れる人の群は、そのどこか人間離れした神秘的な雰囲気で街路に佇む
中性的な美男子に想わず眼を止めるが、
やがて後ろ髪を引かれるようにし足早に去っていく。
 彼にはみかけの美しさ以上にどこか儚げな、
『見つけてはいけないような』 繊細さが在ったからだ。
 しかし。
 そんな文芸的な暗黙の不文律など端から度外視して直進してくる、
青年の醸し出す雰囲気とは完全に対極に位置する途轍もない存在感の美女が、
やがて傲然と彼の前に立つ。
「?」
 瞳を閉じて前髪に靡く海風を感じ、異国の情緒に浸っていた中性の美男子は、
突如己の超至近距離に何の脈絡もなく出現した、
強烈な雰囲気とソレに絡みつくようなパヒュームの魔香に想わず眼を開く。
「……」
 その琥珀色の瞳にまず入ったのは、極上のアメジストのような深い菫色の瞳。
 次いで風に流れる、嫋やかな栗色の髪。
 厚くなく薄過ぎもせず、絶妙の調整で(よそお) われたきめ細やかな肌が
自分の前にあり、熟する寸前のブラック・ベリーのようなルージュで
彩られた口唇がその下にあった。
「……」
 閉じた瞳を開いたら、中世彫刻の黄金比を象ったような
絶世の美女がそこにいたという、昨今微睡みの中でも滅多に見られないという
光景に花京院は一瞬呆然となる、が。
「怎麼了?」
 すぐに穏やかな微笑を口元に浮かべ、
完璧な発音の広東語で目の前の美女に問いかけた。
「……!」
 不快な低音(ノイズ)の一切無い、透き通るような声。
 青年の言葉に虚を突かれたのか美女は、一瞬その深紫の双眸を丸くする。
 予期せぬ応対にマージョリーは一瞬言葉に詰まるが、
そこは長年の経験で培われた感情の転換で打ち消し
自分の言い分だけを端的に、「日本語」 で問う。
「私って、そんなに綺麗?」
 堂々と真正面から青年を見据え、細い両腕を腰の位置で組み、
媚びを売るでも科を造るでもなく、それこそただ道を訪ねるよう、自然に。
「……」
 今度は青年の方が虚を突かれたようにその琥珀色の双眸を開くがこれもすぐに、
「えぇ、そう想いますよ。女優の(オードリー) ・ヘップバーンに似てると言われませんか?」
と吹き抜ける海風よりも爽やかな笑顔でそう答える。
 多少なりとも映画に造詣の在る者なら、
コレは女性の美に対する最大級の讃辞の一つなのだが
無論そんな習慣のない美女は、
「誰? ソレ?」
と、やや不機嫌そうに答える。
「失礼。妙なコトを言ってしまいましたね」
 学生服の青年は無垢な笑顔のまま、軽く会釈をして非礼を詫びる。
「……」
 その態度が、何故か微妙にマージョリーの心中をザワめかせた。
(……何で謝るのよ。私を認めるのに失礼な事なんか何もないでしょ。
本当に日本人ってのはワケが解らないわ)
 瞳を少しだけつり上げた不機嫌な表情のまま、
自分の無礼さは棚にあげて美女は心中でそう零した。
「日本語、お上手ですね。見たところヨーロッパの方のようですが?」
 旅行中の外国人とでも想われたのだろうか?
目の前の青年、成熟しきった大人の女である
マージョリーからしてみれば “少年”と呼んでも差し支えない人物は、
再び穏やかな口調で自分に問う。
「達意のげ、ンン、独学よ。使える言語が増えて困る事は何もないでしょ?」
「フフッ、確かにそうですね。言葉を理解すると、
その国のコトも良く解るような気になりますしね」
「そ、そうよ。言葉が通じなきゃ討、仕事も面白くならないわ」
“達意の言”
 紅世の徒やフレイムヘイズが、自分と違う言語を使う相手との会話に使う、
翻訳のための変幻系自在法。
 生来裏表の無い性格なので想わず 「本音」 が出そうになるが、
それは尚早だと承知しているマージョリーは適切に誤魔化す。
 どうも、この青年と向かい合っていると、
彼の存在が醸し出す穏やかな雰囲気にあてられて
妙なペースに引き込まれるようだ。
 ついつい言わなくていいことまで(くちばし) ってしまいそうになる。
 その澄んだ琥珀色の瞳で見つめられると、
ほんの些細な嘘や欺きすらも後ろめたいコトのように感じられて。
「……」
 なのでその美女、マージョリー・ドーは己の想うがまま、
本来の存在あるがままに手っ取り早く、最も直接的な手段に撃って出る。
「ま、いいわ。とりあえず、一緒に来て」
 そう言うが早いか青年の腕を取り、というより掴み
そのまま街路へと共に(引きずるように)歩き出す。
「え? あ、あの、な、何ですか? いきなり?」
 終始穏やかで見る者に安らぎを与える微笑を絶やさなかった美男子が、
そこで初めて狼狽の表情を見せた。
「いいから」
 その当然の問いに対し、彼の細い二の腕を引っ掴む美女はたった一言そう返す。
「あ、あの、困ります。ボクはあそこで人と待ち合わせが」
 次第次第に遠くなっていく約束の場所を振り返りながら、
しかし女性の腕を無碍に振り払うわけにもいかないまま、
花京院は焦ったような口調で美女に告げる。
「いいから 『そんなこと』 より重要なコトがあるのよ」
 彼の言葉には耳を貸さず、美女はその外見からは想像もつかないような強い力で
細身の青年を連れだし一方的に香港の街路を徒行した。
「じゅ、重要なコトって、わっ、ちょっ」
 その言葉を最後に、胸元の開いた豪奢なタイトスーツ姿の美女と
特殊なデザインの学生服姿の美男子は、麗らかな残り香を靡かせながら
共に異国の喧噪の中へと消えていく。
 傍から見れば、年上の女が若い男をリードする一組の恋人同士に、
ある日突然空から蝸 牛(カタツムリ) の大群が降ってきて、
ソレを視たスベテの者がカタツムリ化するという
荒唐無稽な話を信じる位無理すれば見えないコトもない。
 強引に組まれた腕に戸惑いながら。
 そしてその細腕に押し付けられる豊かな膨らみに赧顔(たんがん)しながら。
 花京院 典明は、自分の知らない 『もうひとつの世界』 へと
半ば無理矢理連れ込まれた。




 長い二日間の始まり。
 蒼き魔狼が胎動する破滅への序曲。
 二人の 『スタンド使い』 と “フレイムヘイズ”
 その大いなる 『運命』 が、今ここに幕を開ける。

←To Be Continued……

 
 

 
後書き

どうも、作者です。
今回また新たなキャラが登場しましたが、
最初に言っておきます、「原作」とははっきりいって「別人」です。
性格や喋り方はあまり変わっていないと想うのですガ、
一番違うのはその「過去」です。

というのも、ワタシ個人が原作の設定が好きではなく、
「あの理由」で紅世の徒を「眼の仇」にするのは、弱い、無理があると
判断したからです。
(他作品で恐縮ですが、『ベルセルク』等と違い、
少なくともワタシは全く共感も感情移入も出来ませんでした)
だから彼女の「過去に起こった事」は全く違ったモノとなっております。

なので“屠殺の即興詩”も『この世界での』彼女は使いません。
正直(個人的に)あれ○カみたい←(×)フザけてるようにしか想えないので、
もう少し戦闘に特化した能力に変えてあります。

長々書き綴ってすいません。
以上のコトを許容出来る方、これからもよろしくお願い致します。 
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