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トラベル・ポケモン世界

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8話目 好敵手(前)

 エレナと会い、財布スリ事件を経験したその日の夜のうちに、グレイはコイキング売りのコインとギラドに、コイキング売りを辞めることを伝えることにした。
 おそらくコインが文句を言い出すが、ギラドが仲裁しに入って味方をしてくれて、結局は辞めることができるだろう。グレイはそう予想していた。
 実際にコイキング売りを辞めることを伝えたら、グレイの予想通りであった。
 ちなみに、グレイはコイキング売りを辞めるとは言ったものの、その夜はトラックの中で寝かせてもらった。図々しいのもグレイの強みである。

 現在、コンドシティは朝である。
 グレイは今度こそコイキング売り一行と別れ、コンドシティのとあるレストランを目指していた。
 ちなみに、朝食はコイキング売り一行の物を貰って食べた。図々しいのもグレイの強みである。
 グレイは目的のレストランに到着した。レストランの前にはエレナが待っていた。
「グレイ、呼び出してゴメン。どうしてもアナタに話さなければいけない事があって……」
「ああ、分かってるよ。とりあえず中に入ろうぜ」
 昨日エレナから『会って話しがしたい』とグレイに連絡があった。グレイの方も、コイキング売りを辞めたことをエレナに伝えたかったので、それに応じ、こうして会うことになったのである。
 レストランに入り、朝食のメニューを見ながらエレナがグレイに問いかける。
「グレイは何か頼まないの? アタシが呼び出した訳だし、アタシが払うわよ?」
 女の子に飯代を出させるのはどうかとグレイは思った。しかしすぐに、旅に出て初めて会った時にいきなり金を借りた事実を思い出す。もはやエレナに対して取り繕う体面など無いことに気がついた。
「じゃあ、お言葉甘えて」
 朝食はとってきたグレイだが、無料で食べられるなら食べた方が良いとグレイは判断した。図々しいのもグレイの強みである。

 レストランに入ってから少し経ち、エレナがグレイに話しを始める。
「グレイ、アナタに謝らなければいけない事があるの」
 エレナの雰囲気で、なんとなくエレナが本題に入った気がしたグレイは黙って聞く。
「昨日、アナタがコイキング売りの仲間だって聞いて、それで……アナタを頭ごなしに否定してしまって、ごめんなさい」
「別に気にしてない」
「アタシは親からお金を貰って旅してるから、旅の中でお金に本当に困った場面って無かったの。だから、アナタの苦労を理解することができなかったの」
 さらにエレナは続ける。
「アナタがコイキング売りの仲間だってことは、アタシにとっては少し複雑な気持ちだけど、親からお金を貰っている今のアタシには、アナタの生き方を否定する資格はないわ」
 既にコイキング売りは辞めたグレイだが、エレナが自分のことを受け入れようとしてくれている事は内心嬉しかった。
「オレもエレナに言うことがある」
「なにかしら?」
「コイキング売りは昨日の内に辞めた」
(寝床と朝食は今日まで提供してもらったがな)
 と思ったが口には出さない。
 エレナがグレイに訊ねる。
「お金はどうするの? 親から貰えないのでしょう?」
「そりゃあアルバイトしながら旅するしかないだろ」
「その……親からの支援なしに、アルバイトで稼いだお金だけで旅するなんて、できるの?」
「できるだろ普通に。食費代が異常にかかる大型のポケモンでも連れてない限り」
「グレイは、お金に困って仕方なくコイキング売りの仲間になったのでしょう?」
(ああ……そういうことか)
 グレイは、何故エレナがやたらと金の事でグレイを心配したり同情したりするか、疑問に思っていたが、今のエレナの言葉で納得がいった。
(生きるために仕方なくコイキング売りの仲間になったと思われてたのか)
 まずはその誤解を解かなければ、そうグレイは思った。
「オレがコイキング売りの仲間になったのは、金にどうしても困ってて他に方法がなかったからという訳ではないぞ」
「そうなの?」
「そうだよ。だからコイキング売りを辞めたって、生きていけない訳じゃない。バイトで働く時間が増えるだけだ」
「じゃあ、親からお金を貰えなくても大丈夫なのね?」
 再びグレイは疑問を抱いた。何故エレナが親から金を貰えるか貰えないかをそこまで気にするのか。そして1つ答えを思いつく。
「エレナ、もしかして昨日のスリの女に何か言われたか?」
「え? ええ……たいした事じゃないけれど」
「何言われたか、だいたい想像つくけどな。『お前は金をくれる親がいて、いい身分だな』とでも言われたんだろ?」
「な!? なぜ分かるの!?」
「ああいう不良が言いそうな事は分かるよ。それで、エレナみたいに善良な奴はそういう事を言われるのに慣れてないから、真に受けて動揺してしまうのも想像できる」
「……動揺なんかしてないわよ」
「まあそういう事にしよう。とにかく、ああいうカス共の言うことなんか、気にする必要ねえよ」
「カ、カスって……言い過ぎじゃないかしら?」
 グレイ自身こそ、コイキング売りを辞める決心をするに至る程に、そのカス共から影響を強く受けているのだが。
「ところでエレナ、前に会った時よりポケモンは強くなったか?」
 急にグレイは話題を変えて言った。
「ええもちろん。一流のトレーナーを目指して、アタシもアタシのポケモンも毎日鍛錬してるもの」
「へえ、やっぱポケモン研究所から最初のポケモンを貰って旅立ったラボ・チルドレンは流石だな」
「……あんまりラボ・チルドレンって言葉、好きじゃないけどね。でもラボ・チルドレンということで、期待されているという事は確かよ」
 グレイは悪戯っぽい表情を浮かべ、エレナに向かって言う。
「一流のトレーナーを目指して毎日鍛錬してるエレナなら、さぞかし簡単にバトルでオレを倒せるんだろうな?」
 グレイの言葉を宣戦布告と受け取ったエレナも、不敵な笑みを浮かべて言葉を返す。
「もちろんよ! ……前にアナタと戦った時は、まだアタシが初心者のトレーナーだったけれど、今はもう違うんだから!」
「ほう? 5週間程度でそんなに変わるものかぁ?」
「いいわ。グレイ、バトルしましょう。アタシたちの強さ、見せてあげる。リベンジも兼ねてアナタたちをボコボコにしてあげる」
(今日のノルマはこれで達成かもな)
 エレナを挑発し、まんまとバトルに誘うことに成功したグレイは、そう心の中で思った。
 グレイにとってバトルとは、自分のギャラドスの戦闘欲求を満たすための手段である。グレイは毎日、戦闘狂のギャラドスが満足するまで戦闘の場を提供するという、ある意味ではノルマがあるのである。
 そしてグレイは、ノルマを効率よく達成するには強敵を用意すれば良い、という事に最近気がついた。ギャラドスが求めていることは、雑魚を蹂躙することではなく、強敵と死闘を繰り広げることであると。
 グレイはエレナと共にバトルできる場所を探すためにレストランを出た。
 グレイはバトルが許可されている適当な広場を探すつもりであったが、エレナが『全力でアナタを倒したい』と言い出したので、町の外の野原で行うことになった。
 グレイには、エレナが何故そこまで全力で倒したい程に自分を敵対視しているか分からなかった。

 バトルはお互い3体のポケモンを使うことになった。
「頼んだぞチョロネコ!」
 そう言ってグレイは、紫色の猫のような見た目の、悪タイプのポケモンのチョロネコを繰り出した。
 いくらギャラドスの戦闘欲求を満たすのが目的とは言え、ギャラドスだけが強くなるのを避けたいグレイは、他のポケモンも戦闘に参加させることにしている。
「チョロネコね。なら同じ悪タイプ同士の戦いなんてどうかしら?」
 そう言い、エレナはアブソルを繰り出した。
 アブソル、わざわいポケモン。白い体毛に覆われた四足獣のポケモンで、顔の横には鋭い鎌の形をした角が片方側だけ生えていて、尻尾も鋭い刃の形をしている。悪タイプのポケモンである。
 チョロネコとアブソルが対峙する。高さはチョロネコが0.4m、アブソルが1.2m。体が大きいアブソルの方が威圧感がある。
 両者とも準備が整い、お互いにバトルの開始を宣言する。
「チョロネコ“すなかけ”」
 グレイは、相手の命中率を下げる技“すなかけ”で、まずは相手の動きを見る。
「アブソル避けて! 右! 前! 左! 木を盾にして! 跳んで右! 前!」
 対するエレナはアブソルに回避を指示する。その指示は、グレイのそれよりも具体的かつ的確であり、相手のアブソルは確実に距離を詰めてくる。
(あの的確な指示、すげえな! オレにはできん)
 グレイは素直に驚いた。
 両者の距離がある程度縮まったところで、エレナが新たな指示を出す。
「アブソル“かげぶんしん” フォームA!」
 アブソルの“かげぶんしん”により、アブソルが2体に分身した。片方が本物で、もう片方が影分身の偽物である。当然、グレイにはどちらが本物かは分からないが。
 分身した2体のアブソルは、お互い正反対の方向に分かれて進む。2体のアブソルは、ちょうど2体の中心にチョロネコが位置するように移動し、囲んだ。
 アブソルの動きを見たグレイはまた驚く。
(なんだよあれ……“かげぶんしん”って、素早い動きで残像を作って惑わす技じゃないのかよ!? あれどう見ても残像じゃなくて虚像だろ!?)
「アブソル、“にらみつける”」
 戸惑うグレイにお構いなしに、相手の防御力を下げる技“にらみつける”をエレナは指示した。
「チョロネコ! 前にいる奴に“みだれひっかき”」
 どちらが本物か分からないグレイは、勘で指示する。
「アブソル“でんこうせっか”」
 アブソルは“にらみつける”を中断して“でんこうせっか”を放つ。
 チョロネコが“みだれひっかき”の連撃を開始するより前に、アブソルの“でんこうせっか”がチョロネコに直撃した。どうやら前にいる方が本物だったらしい。
 アブソルの攻撃でチョロネコは派手に吹っ飛び、地面を滑った。攻撃の当たり所が悪く、急所に当たったようだ。
「アブソル“かげぶんしん” フォームA!」
「チョロネコ、どっちか好きな方を追いかけろ!」
 エレナの指示で、再びアブソルは分身した。
 対してグレイは、見かけ上の2体に囲まれないよう、片方を集中して追いかけるように指示した。どちらを追いかけるかの判断はチョロネコに丸投げした。
「チョロネコ“みだれひっかき”」
 グレイは先ほど、相手に“でんこうせっか”を決められたことを反省し、早めに技を指示する。
「アブソル“でんこうせっか”」
 タイミングを見計らって、エレナが指示した。
 しかし今度は、チョロネコの“みだれひっかき”の方が早くアブソルに命中する……はずであったが、攻撃を受けたアブソルは突如として消えた。
 一瞬遅れて、チョロネコの後ろ側からアブソルが“でんこうせっか”を決めた。どうやら追っていたアブソルは影分身の偽物だったようだ。
 アブソルの攻撃は、またしてもチョロネコの急所に当たった。チョロネコは大きなダメージを受けて吹っ飛び、数回地面にバウンドした。
 ところで、アブソルの攻撃が連続で急所に当たったのは、偶然だけではない。アブソルは特性きょううん、という自分の攻撃が相手の急所に当たりやすくなる特性をもっている。これをグレイが知るのは後のことであるが。
 続けてエレナが指示を出す。
「アブソル“かけぶんしん” フォームB!」
 アブソルは再び2体に分身する。しかし先と違い、2体は並走してチョロネコに向かってくる。
 相変わらず本物がどちらか分からないグレイは、
「両方! 両方を“みだれひっかき”で攻撃」
 2体の距離が近いので、両方狙うことにした。
 チョロネコが迫りくる2体の真ん中に移動し、迎撃態勢をとった時、
「フォームA!」
 エレナが指示すると、並走していたアブソルは突如、お互い正反対の方向に分かれて進み始めた。
「うーん……じゃあ左! 左に“みだれひっかき”」
「構わないで! アブソル、全力で攻撃!!」
 グレイは適当に、左へ向かったアブソルへの攻撃指示を出した。それを聞いたエレナも新たな指示を出した。
 しかしここで、チョロネコはグレイが指示した左のアブソルではなく、右のアブソルに攻撃を開始した。
(オレが指示した方と違う奴を……?)
 チョロネコが攻撃した右のアブソルは突如消え去った。影分身の偽物であったのだ。
 攻撃を外したチョロネコに、アブソルの全力の攻撃が襲い掛かる。アブソルは“かみつく”をくらわせ、鋭い鎌の形の角で斬りつけ、刃の形の尻尾で斬りつけ、再度“かみつく”をくらわせた。アブソルの一連の動きは、まるで舞っているように見えた。
 最後にアブソルが決めた“かみつく”は、チョロネコの急所に当たった。
 チョロネコは戦闘不能となって倒れた。

「ナイスファイト」
 そう言い、グレイはチョロネコをモンスターボールに戻した。
 グレイには、チョロネコが何故指示を無視したか分かっていた。
(オレの指示とは違う事をして、相手を騙そうと思ったんだろ? 結果的には失敗だったが、お前の行動は良かったぜ)
 グレイは、ちらっとエレナを見ながら思う。
(それにしても、エレナ指示は的確ですごいな……バトルに勝つことをポケモン任せにしないで、自分のトレーナーとしての腕を日々磨いているんだろうな……)
 今度は視線を相手のアブソルに移す。
(エレナの的確な指示もすごいが……指示を忠実に実行するアブソルもすごいな。あのアブソルはエレナの指示を一切疑うことなく行動している。よほど厚い信頼関係があるんだろうな……)
 そしてグレイは思う。
(このままでは終われない……オレもポケモンとの絆を見せなければ……それに何より、本気の相手には本気で応えるべきだ!)
 そう思い、グレイは一番付き合いが長く、一番心が通っているポケモンが入っているモンスターボールを取り出した。

 グレイは2体目のポケモンとして、きれいな(はね)をもつ蝶のような見た目の、虫タイプかつ飛行タイプのポケモンのビビヨンを出した。
 ところで、ポケモンは技を同時に4つまでしか覚えられない。そのため、成長して新しい技を使えるようになった時、古い技を1つ忘れさせる必要がある。
 それらの理由で、このビビヨンは以前エレナと戦った時とは使える技が異なる。
(虫タイプの攻撃技は、悪タイプには効果抜群。頼むぜ)
 そう思いながら、グレイは指示を出す。
「ビビヨン“むしのていこう”」
 遠距離にも届く虫タイプの特殊攻撃技“むしのていこう”が、相手のアブソルに迫る。
「アブソル戻って。頼むわチルット!」
 しかしエレナは、アブソルで戦うことはせずに、場に出ているポケモンを入れ替えた。アブソルが今までいた場所に、新たにチルットが現れる。
 チルット、わたどりポケモン。ノーマルタイプかつ飛行タイプのポケモンである。空色の丸い体と、雲のような綿のような翼をもつ鳥のようなポケモンである。
 バトルの最中に、場のポケモンを入れ替えることはルールで認められている。しかし、入れ替えて新たに出てきたポケモンは無防備な状態となり、相手に好き放題されてしまうというデメリットもある。
 “むしのていこう”が、アブソルの代わりにチルットに直撃するが、チルットにあまりダメージはない。虫タイプの技は、飛行タイプのチルットには効果がいまひとつ、だからである。
「ビビヨン“サイケこうせん”」
 グレイはビビヨンに、エスパータイプの特殊攻撃技“サイケこうせん”を命じる。
「チルット避けて! 旋回して!」
 チルットは、ビビヨンの周りを旋回して、ビビヨンが放つエスパーの光線を避けていく。
「今! チルット“つつく”」
 エレナは、ビビヨンが放つ光線の隙を見破り、飛行タイプの攻撃技“つつく”を指示する。技を決めるためにチルットが突っ込んでくる。
「ビビヨン“しびれごな”」
「チルット“しんぴのまもり”」
 近づいてくるチルットに対して、相手を麻痺させる技“しびれごな”をグレイは指示した。
 それに対してエレナは、麻痺などの状態異常を防ぐ技“しんぴのまもり”を指示した。
 チルットの“しんぴのまもり”によって、ビビヨンの“しびれごな”は防がれる。
(マジか! “しんぴのまもり”で守られたら麻痺させられないし、切り札も効かない! どうするビビヨン?)
 そう思い、グレイはビビヨンと視線を合わせる。
 ビビヨンは『こりゃキツいですぜ……』と言いたげな視線をグレイに送ってくる。
(これは退却ですなビビヨン殿)
 そのような意思を込めながら、グレイはビビヨンに視線を返す。
 なにも相手と力づくで戦うことだけが絆を示す方法ではない。
「チルット“つつく”」
 エレナが再び攻撃を指示した。
「戻れビビヨン。出番だKK!」
 グレイはビビヨンを引っ込め、ギャラドスを出した。
 今までビビヨンがいた場所にギャラドスが現れる。
 突然に現れたギャラドスに驚いたチルットは、“つつく”攻撃を全力では決められなかった。これは、場に出ただけで相手を威嚇して攻撃力を下げる、ギャラドスの特性いかく、によるものである。
「KK“かみつく”」
「チルット“みだれづき”」
 ギャラドスの攻撃技“かみつく”がチルットの体をとらえる。チルットも負けじと“みだれづき”による連撃を放とうとするが、それより前にギャラドスの尻尾で地面に叩きつけられる。チルットが叩きつけられた場所を中心に地面に亀裂が入った。
 さらにギャラドスは全体重でチルットを押しつぶし始めた。
「チルット! “うたう”」
「!! KK、吹っ飛ばせ!」
 エレナは、相手を眠らせる技“うたう”を指示する。
 眠ってしまっては困ると思ったグレイは、ギャラドスにチルットを吹っ飛ばすように指示した。
 ギャラドスは素早くチルットを持ち上げ、頭突きをかます。相手のチルットが“うたう”を発動した時には既に遠くへ吹っ飛ばされていた。
「戻ってチルット。頼んだわジュプトル」
 両者の距離が離れた隙に、エレナはポケモンを入れ替えた。チルットに代わり、ジュプトルが現れた。
 ジュプトル、もりトカゲポケモン。草タイプのポケモンで、二足歩行するヤモリのような緑色のポケモンである。以前エレナが使ってきたキモリの進化後のポケモンである。
「ジュプトルか。ならこっちも」
 そう言い、グレイもポケモンを入れ替え、ギャラドスに代わり再びビビヨンを出した。
 モンスターボールに戻される直前に、ギャラドスが不満気な視線をグレイによこしたので、ギャラドスが入ったモンスターボールに向かってグレイは言う。
「悪いなKK。だが、お前も戦闘狂なら分かるだろ? 因縁ってやつがあるんだよ」
 グレイのビビヨンと、エレナのジュプトルが対峙する。
 以前グレイとエレナが戦った時と同じ構図である。もっとも、かつてのエレナのキモリは、今はジュプトルに進化しているが。
「もしかして、最初にバトルした時のリベンジをさせてもらえるのかしら?」
 とエレナがグレイに声をかけてきた。
「リベンジなんか、させる気ねえけどな」
 グレイはそう言葉を返した。

********

 エレナは、自分のジュプトルに対して、グレイがビビヨンを出してきたのを嬉しく思った。グレイと初めてバトルして負けた時から、エレナとキモリ――今は進化してジュプトルだが――にとってグレイのビビヨンは超えるべき壁の1つとなった。
(あの時とは違うってとこ、見せてあげましょう! ジュプトル!)
 エレナはそう強く思った。
 両者ともトレーナーからの指示は出ておらず、お互い睨みあっている。この時間に、エレナは思考する。
(前回ビビヨンが使ってきた技は、“むしのていこう”“いとをはく”“しびれごな”“まもる”、の4種類だった。でも、あれから5週間も経っているし、技構成は変わっていても不思議はないわ)
 エレナは現状の分析をすることにした。
(今日ビビヨンが使ってきた技は、“むしのていこう”“サイケこうせん”“しびれごな”の3つだけ。後1つ、何を使えるかは分からない……)
 エレナはさらに現状の分析を続ける
(“しびれごな”はジュプトルには効かないから無視してOK。攻撃技の“むしのていこう”と“サイケこうせん”なら、相性的に“むしのていこう”を選ぶハズだから、実質“サイケこうせん”も無視ね。あと1つの未知の技を最も警戒すべきね)
 エレナが思考を終えた頃、グレイがビビヨンに指示を出す。
「ビビヨン、“むしのていこう”」
 遠距離にも届く虫タイプの特殊攻撃技“むしのていこう”がジュプトルに迫る。
「ジュプトル! 銃!」
 エレナがそう指示すると、ジュプトルの手が大砲のような形に変化する。大砲に変形した手の砲口から、タネが勢いよく次々と発射される。草タイプの攻撃技“タネマシンガン”である。
 お互いに相手の攻撃を避けるために動きながら、しばらく遠距離での攻撃の撃ち合いが続いた。
「ビビヨン、もっと遠距離から狙撃しろ」
 撃ち合いは互角であったが、さらに有利な撃ち合いをするべく、グレイは両者の距離を離そうとした。
(あの距離での撃ち合いは不利ね……)
 互いの距離がさらに離れたことで、ジュプトルは“タネマシンガン”を相手に当てることが難しくなった。一方、相手のビビヨンは自分の命中率を高める効果がある、特性ふくがん、の恩恵によって遠くからでも正確にジュプトルを狙ってくる。
「ジュプトル! 接近戦!」
 一転して、エレナは接近戦に持ち込むようジュプトルに指示した。ビビヨンはジュプトルの“タネマシンガン”で狙われているため、直線的に逃げることができない。右……左……前……と、エレナの的確な指示により、ジュプトルは少し被弾しながらもビビヨンとの距離をあっという間に詰めていく。
 相手のビビヨンは今度は上空に向かって飛んで逃げようとするが、
「今よ! 剣!」
 エレナがそう指示すると、大砲に変形していたジュプトルの手は元に戻り、今度は新たに草の剣がジュプトルの手に握られる。草タイプの攻撃技“リーフブレード”である。
 ジュプトルが“タネマシンガン”をやめて“リーフブレード”を発動する間に、相手のビビヨンの“むしのていこう”がジュプトルに襲いかかった。しかしジュプトルの“リーフブレード”が発動し、ジュプトルが圧倒的な跳躍によって上空に逃げたビビヨンに接近すると、戦況は一変する。
 草タイプの攻撃技は、飛行タイプにも虫タイプにも効果がいまひとつで、ビビヨンには“リーフブレード”は二重に効きにくいのだが、ジュプトルは圧倒的な威力と手数で相性の不利を無かったことにする。
 一撃ごとに威力がある草の剣による斬撃が高速で繰り返され、ジュプトルは受けたダメージを全て返す程の勢いで、あっという間にビビヨンをボロボロにしていく。
「逃げろ! ビビヨン、距離をとれ!」
 グレイの指示により、ビビヨンが一直線に逃げる。上空でのやり取りであったので、ジュプトルに追う手段はない。
 ジュプトルが着地したのと同時に、ビビヨンの“むしのていこう”が迫る。ジュプトルは草の剣を振るってそれを弾き跳ばす。
「ジュプトル! もう一回斬撃!」
「逃げろビビヨン!」
 ビビヨンを追うジュプトルだが、先ほどとは違い距離を詰められない。今は“タネマシンガン”での牽制がないので、相手のビビヨンは一直線に逃げながら、さらにジュプトルに攻撃を放ってくるためである。
(“タネマシンガン”がないと、相手のビビヨンに近づくのは無理ね)
 そう判断したエレナは、ジュプトルに“タネマシンガン”を指示する。
 ジュプトルは草の剣を投げ捨て、自身の手を大砲に変形させて、タネを連続で勢いよく発射する。
「ビビヨン! 相手に近づけ!」
 相手のビビヨンがジュプトルに近づく。
(どういうつもりか分からないけど、好都合よ)
 そう思ったエレナは、
「ジュプトル! 剣で一気に仕留めて!」
 そう指示した。
 ジュプトルは大砲に変形した手を元に戻し、草の剣を作り出して手に握ろうとするが……
「逃げろビビヨン」
 グレイが指示することで、ビビヨンは再び距離をとった。ジュプトルは離れたビビヨンを剣で攻撃することはできず、相手から一方的に攻撃されてしまう。
「くっ! ジュプトル、銃で戦って」
「ビビヨン、近づけ」
 ジュプトルが剣を放棄すると、再びビビヨンが近づいてくる。
(グレイに弱点を見破られたのね……)
 近距離戦における“リーフブレード”と、遠距離戦における“タネマシンガン”。どちらも強力な技であるが、弱点があった。それは2つの技を切り替える時に、少し時間がかかることである。
 グレイはその弱点に気がつき、ジュプトルが剣を持てば離れ、銃を装備すれば近づく、という遠距離と近距離の間を行き来する戦法をとり始めた。
「ジュプトル、近距離だけど銃で戦って!」
「ビビヨン、滅茶苦茶に動け」
 近距離での撃ち合いが始まった。しかし有利に動いているのは相手のビビヨンであった。
 ジュプトルは相手ビビヨンの滅茶苦茶な動きのせいで狙いが定まらない。対してビビヨンは特性ふくがん、の恩恵によって正確にジュプトルを狙ってくる。
(このまま近距離で撃ち合っても勝てない! 残る道は……!)
「……ジュプトル、剣で!」
「逃げろビビヨン」
 ジュプトルが剣を握ったことで、ビビヨンは再び逃げて、一方的に攻撃を放ってくる。
「ジュプトル、一直線に近づいて! 相手の攻撃は剣で弾いて!」
 エレナの指示通り、ジュプトルは一直線に距離を詰めようとするが、向かってくる全ての攻撃を弾くことはできず、徐々にダメージを受ける。そして肝心の距離は縮まらない。
「どうした? リベンジするんじゃないのか?」
 グレイが煽ってくるが、今のエレナに言葉を返す余裕はなかった。手詰まりな状況に、エレナは焦り始めていた。
(理想は、近距離は剣で、遠距離は銃で戦うこと。でもそれは相手の動きで封じられ、できない……それで近距離を銃で戦ってみたけど、歯が立たなかった……今度は遠距離を剣で強行突破しようとしたけど、無理だった……どうすればいいの? 今のアタシとジュプトルでは、グレイのビビヨンには勝てないの……?)
 エレナの中にネガティブな感情が渦巻くが、ふとエレナは、ジュプトルが視線を送ってきている事に気がつく。
(ジュプトルは……まだ戦いを諦めていない。アタシに指示を求めている……。そうよ、ジュプトルがアタシを信じているのに、アタシが試合を投げ出してはいけないわ)
 エレナは、迫りくる攻撃を避け続けるジュプトルに語りかける。
「ねえ、ジュプトル。あのビビヨンに勝ちたいよね? 前と同じように負けるなんて、悔しいよね?」
 ジュプトルは力強くエレナと目を合わせる。肯定の意思である。
「でも今のアナタでは、残念ながら勝てないわ……勝つためには、今のアナタが自分の限界を超える必要があるの」
 エレナは続けて語りかける。
「悔しいと思うのなら、勝ちたいと思うのなら……“リーフブレード”と“タネマシンガン”を同時に操って見せて!」
 ジュプトルはエレナの無茶な要求に目を丸くしたが、エレナの言葉と表情から、本気であることを感じとった。
 ジュプトルは右手に草の剣を握ったまま、左手を大砲に変形させようとする。しかし相手から飛来する攻撃を避けながら、そこまでの無茶な事をする集中力が保てない。
「ジュプトル! 右に避けて! 跳んで! 右! 避け方はアタシが全部指示するから!! アナタは剣と銃を同時に操ることに集中して!!」
 エレナの言葉で、ジュプトルは剣と銃を同時に操る事とエレナの言葉を聞くことに集中し、相手から飛来する攻撃への意識を完全に排除し、ただエレナの言うとおりの回避行動だけをし始めた。
 次第に左手が大砲に変形するが、後少しで上手くいかず、手の形に戻ってしまう。
「ジュプトル! 諦めないで!」
 エレナに励まされ、ジュプトルは再び挑戦する。
 右手の草の剣を消滅させないよう気をつけながら、左手を徐々に大砲の形へと変えていく。
 次第に左手は完全な大砲の形に近づく。
 しかし、もう少しで完全な大砲の形になる所で、それ以上進まない。
「頑張って!! 勝ちたいのでしょう!? あのビビヨンを超えたいのでしょう!?」
 エレナの言葉で気合を入れたジュプトルは、気力を振り絞った。
 ジュプトルの左手が変形し、ついに完璧な大砲の形へと変化した。
 ここに……ジュプトルは“リーフブレード”と“タネマシンガン”を同時に操ることに成功したのだ。
「ジュプトル! やればできるじゃないの!! これなら勝てるわ!!」
 エレナは柄にもなく大声でジュプトルの成長を喜んだ。
「おいおいマジかよ……」
 右手に草の剣、左手に大砲を装備したジュプトルを見たグレイは、いかにも困った声でそう言った。
「ジュプトル! 銃で攻撃! 接近戦よ!」
 ジュプトルは、飛来するビビヨンの特殊攻撃技“むしのていこう”に向かって“タネマシンガン”を放つ。
 しかし、2つの技を同時に操っている影響か、先ほどよりも“タネマシンガン”の威力が低く、相手の“むしのていこう”を完全に打ち消すことができず、ジュプトルに飛来する。
「剣で弾いて!」
 “タネマシンガン”で打ち消せなかった分は、“リーフブレード”で弾き跳ばす。そのままビビヨンにガンガン接近していく。
「おいおい、どうすんだよ……これ」
 グレイは焦ったかのように、そう口に出した。
 相手のビビヨンもあからさまに焦った様子で右往左往している。
(アタシとジュプトルの勝ちね!)
 そうエレナは確信した。
 ジュプトルがビビヨンとの距離を詰めきり、ジュプトルが剣で攻撃しようとした時……
「なんてな。ビビヨン“ちょうおんぱ”」
(えっ!?)
 グレイは、相手を混乱させる技“ちょうおんぱ”を指示した。ビビヨンから放たれた超音波がジュプトルに命中した。ジュプトルは混乱してしまった……。
 エレナは自分の指示に対して、吐き気がする程の後悔の念が生じた。
(そうよ!! 相手の技は3つしか分からなかったじゃない!! ジュプトルの成長に浮かれて油断するなんて……限界を超えたジュプトルの頑張りが無駄に……ああ、アタシはなんて愚かなトレーナー……なの……)
「この勝負はオレたちの勝ちだな」
 エレナの壮絶な思いを知らないグレイは、淡泊にそう言った。
(グレイもビビヨンも、直前まであんなに焦った様子だったのに……全部、演技だったってコト……!? なんて、憎たらしい……)
 グレイの無慈悲な指示が下される。
「ビビヨン“むしのていこう”」
「ジュプトル! お願い! 攻撃して!!」
 ビビヨンの“むしのていこう”が、ジュプトルにダメージを与える。
 ジュプトルは混乱していて、訳も分からず自分を攻撃してしまう。
「ジュプトル! 正気に戻って!! ジュプトル!!!」
 エレナは今までのバトルで一度も出したことがない程の大声で叫ぶ。
 そんな見たことのないエレナの様子に。グレイは驚いた顔をした。しかしグレイは手を緩めない。今日のグレイは、かつてない程に本気でバトルしているのだ。
 混乱してしまって無抵抗のジュプトルを、ビビヨンは至近距離から攻撃し続ける。そしてジュプトルの体力が底を尽きるという時……エレナの魂の叫びが運命を動かしたのか、混乱して変な動きをしているジュプトルの草の剣が偶然にもビビヨンに当たった。
 ビビヨンは痛みで反射的にその場からのけ反る。それによって“むしのていこう”の狙いがズレて、ジュプトルを戦闘不能にするのが遅れた。
 そして生まれた空白の時間に、ジュプトルは正気に戻り、ビビヨンから距離をとったのであった。
「ジュプトル!!!」
 エレナは思わず声を上げた。まさに奇跡が起こった。
 今、ジュプトルは大ダメージを受けていて、1発でも攻撃が当たれば倒れるであろう状態である。それを察したグレイが指示を出す。
「ビビヨン、止めを刺せ!」
「ジュプトル! 銃!」
 ビビヨンの“むしのていこう”とジュプトルの“タネマシンガン”が正面からぶつかった。しかし先ほどと違い、“タネマシンガン”が圧倒的な威力で“むしのていこう”を押し切ってビビヨンに命中する。
 これは、ピンチの時に草タイプの技の威力が上がる、というジュプトルの特性しんりょく、の効果によるものである。
「なんだよ? その威力!」
 今度は演技ではなく、本当に驚いてグレイは言った。
「逃げろビビヨン! 遠くから攻撃」
「ジュプトル! そのまま続けて」
 遠距離での撃ち合いに発展するが、ジュプトルの“タネマシンガン”がビビヨンの“むしのていこう”を圧倒する。
「こうなったら……ビビヨン、相手に近づけ! 近くで滅茶苦茶に動いて攻撃」
 相手のビビヨンがジュプトルに近づき、近くで滅茶苦茶に動きながらジュプトルを狙う。
 しかしジュプトルは、ビビヨンが近くを通りがかった際に草の剣で一刀両断した。
「ビビヨン、“ちょうおんぱ”」
「ジュプトル、銃で防御、剣で攻撃」
 ビビヨンは再び混乱させようと“ちょうおんぱ”を放つ。しかしジュプトルの圧倒的な“タネマシンガン”で打ち消されると同時に、ジュプトルが右手の草の剣でビビヨンを全力で斬りつけた。
 ビビヨンは戦闘不能となり、倒れた。
 感極まったエレナは、超えるべき壁を1つ超えたジュプトルに泣きながら抱きついた。同時に、自分がこんなにも感情的な人間であった事に驚いた。

 エレナとグレイのバトルはまだ続く……。

 
 

 
後書き
 グレイ側
 ビビヨン(戦闘不能)、ギャラドス(小ダメージ)、チョロネコ(戦闘不能)

 エレナ側
 ジュプトル(大ダメージ)、チルット(小~中ダメージ)、アブソル(無傷)
 
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