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STARDUST∮FLAMEHAZE

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第二部 WONDERING DESTINY
CHAPTER#2
   SCARLET MIRAGE

【1】

「えいッ!」
「このォッ!」
「だぁぁッ!」
「出ろォォッ!」
 深紅の炎揺らめく鳥居の背景が夕焼けに移り、
斜陽に(からす) の鳴き声が響き渡る黄昏時。
 弛まぬ少女の喊声が神社に響き続ける。
 ロクに休 息(インターバル)も取らず、無頼の青年に諭された
幽波紋(スタンド)』 の発現()し方を愚直に繰り返し続けてもう3時間以上。
“傍に立つ” どころかその影の片鱗すらも、
少女が脳裡に想い描くソレは未だ姿を視せない。
 在るのは少女の深紅の髪から、その全身から迸り続けた
多量の火の粉に灼き焦がされた石畳と、そこに染み込んだ汗の跡。
「く、うぅ」
 最早心身共に疲労困憊で、いつ倒れてもおかしくない状態だったが、
己が「目的」を果たさない内に力尽きるコトさえ 「甘え」 だと認識している
誇り高き少女は、危局に在っても尚激しく燃え上がる真紅の双眸を
研ぎ澄ませて立ち上がり、全霊を込めて仕儀に入る。
「……」
 安易な 「結果」 だけを追い求めない。
『向かっていれば必ず辿り着ける』
 アノ人がくれた一つの言葉。
 ソレだけをただひたむきに信じて。 
 胸元のアラストールは何も云わず、ただ少女のヤるコトを傍で見護り続ける。
「……」
 正直、 “よもや” という想いは在った。
 通常のフレイムヘイズならまだしも、その中でも例外的な存在、
“天壌の劫火” 足る己の全存在を呑み尽くしてもその 「器」 が
微塵も揺るがないこの少女、“シャナ” で在るならば。
 しかし、やはり件の人物の言った通り、
無いモノは出現しないのであろう。
 どれだけ強大な力を有していても。
 その戦歴が、如何に輝かしいモノで在ったとしても。
 少女が少女で在る限り、どれだけ足掻いても 『男』 にはなれないのと同じように。
「……」
 そう思い至って押し黙る “天壌の劫火” の心中に、一抹の疑念が過ぎる。
 件のあの男は。
 空条 承太郎は。
 本当に “こうなるコト” が予想出来なかったのであろうか?
 共に過ごした時間こそ短いものの、同じ戦地にて幾度もその背を合わせた者通し。
 少女がどのような気質の持ち主なのか、
鋭い洞察力と深い観察眼とを併せ持つ “あの者なら”、
類推出来ないわけがない。
 ソレならば。
 もっと他に言い様も在った筈だ。
 一端 「保留」 して於いて、後日その 『能力』 を取得出来る可能性を模索するコト。
 いきなり実践から入らず、まずはその能 力(チカラ)の概要について討究するコト。 
 有益な選択肢は数多(すうた)在った筈。
 少なくとも、このように無意味で非合理な、
報われない反復動作を繰り返すよりは遙かに。
 それなのに、本当に必要最低限度の、“あのような言い方” をすれば、
少女の性格上ソレに反発するであろうコトは容易に想像出来た筈。
 そして己の限界を超えて、力尽きるまでその仕儀を実行し続けるであろうということも。
(む……ぅ……)
 義憤、或いは失望にも似た幾分かの慷慨(こうがい)が、
紅世の王 “天壌の劫火” の心中に沁み(いず)る。
 自分はあの男を、空条 承太郎を、買い被り過ぎていたのであろうか?
 あの者の、その余りにも苛酷過ぎる 『宿命(さだめ)』 については、
盟友を通して多少なりとも理解しているつもりだ。   
 そして共通の “宿敵” である、この世界の頂点に君臨する絶対存在
『幽血の統世王』 その絶大なる能 力(チカラ)をも。
 しかし。
 ソレに比べて、この少女のコトは一体どうなのか?
 幾ら数多の紅世の王を、その絶大な能 力(チカラ)の許配下に()いた
狂気と戦慄の魔皇だったとしても。
 彼の者に引き較べ、この少女はあの男にとって
そんなにも 「軽い」 存在なのか?
 先刻の少女の問い。
 一見無意味としか映らない要求は早々に謝絶し、
己の修練に時を注げればソレで良いとでも考えたのだろうか?
 どんなに荒唐無稽な要求であろうとも、ソレに込められたこの少女の想いは、
真実(ほんとう)で在るというコトに気づかずに。
 少女が 『一体何の為に』 今新たに能 力(チカラ)を欲しているのかも汲み取れずに。
「……」
 押し黙ったまま長考するアラストールを後目に、
その頭上の少女は今日何度目か解らなくなった 「失敗」 の影響で
力の抜けた片膝を石畳の上に付き、荒れた呼吸を戻そうと躍起になっている。
「く……ぅぅ……出な……い……!」
 悔恨に涙を滲ませ、震えるその口唇をきつく引き結び、
ようやく漏れたその言葉。
「弱音」 とも呼べない、今日初めての少女の 「弱音」
 そこに至るまでの過程を知る者ならば誰も彼女を責めるコト等あるまいが、
しかしその張本人である少女だけは、未熟な己を責め続ける。
 自分の能 力(チカラ)のスベテは。
 そして存在のスベテは。
 決して “自分だけのモノではない” というコトを知っているが故に。
(!?)
 その、疲弊した少女の脳裡に、出し抜けに一つの 『設問』 が思い浮んだ。
 追いつめられた状況と新たな境地を切り開こうとする必死さが、
半ば偶発的に生み出したいわば精神の防衛規制。


 問題です。
 一体どうやって 『幽波紋(スタンド)』 を発現させますか?
 3択-ひとつだけ選びなさい。


答え①強靭無比、完全無欠のフレイムヘイズ、空条シャナは、
   突如眠っていた 『幽波紋(スタンド)』 の才能が目醒める。


答え②承太郎が来て手助けをしてくれる。


答え③発現しない。現実は非情である。


(私……が……○を……つけ……たい……のは……)
 疲労で朦朧とした意識が生みだした、精神の幻 想(マボロシ)
 まるで三日三晩砂漠を彷徨って、ようやく手にした一杯の柄杓を口元へ運ぶかのように、
その「解答」を口にしようとする少女。
 しかし。
(!)
 刹那に生まれた己の甘さ。
 ソレに縋ったコトを認識した灼眼の少女はその頬を紅潮させ、
「あぁ~~~~!! もうッッ!!
うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい
うるさぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~~~~~い!!!!!」
咄嗟に我へ返り、焼け焦げた石畳に白い両膝を付けたまま、
沈む夕日を背景(バック)屹然(きつぜん)と空に叫んだ。
 その口元をムクらせ涙の珠が数滴、目じりに引っ付いたままの少女の背後。
 そこ、から。
「オオオオオオオオオオォォォォォォォォォ――――――――――!!!!!!!!」
「ハアアアアアアアアアァァァァァァァァァ――――――――――!!!!!!!!」
 突如湧き起こる、勇猛且つ純正なる、二つの喚声(こえ)
「ッッ!!」
 その瞬間、少女はまるで野犬に吠えられたネコのように背筋を伸ばす。
 撥ね返るように振り向いた、彼女の視界に映る、白 金(プラチナ)翡 翠(エメラルド)
異なる色彩の 『幽波紋光(スタンド・パワー)
 ソレを旋風のように周囲の空間に噴き散らす、
二人の幻想的な男の姿が在った。
「……」
 周囲の硬い石畳の上に、打撃痕、射出痕、その他幾重もの戦闘跡と推察される
夥しい数の亀裂が走り、そして拳大の刻印が数え切れない程()り込んだ、壊滅的惨状。
 ソレらを生じさせた二人の美貌にも、擦過傷や打撲傷と思しきダメージの痕が浮かび、
そこから血が滲んでいる。
「……」
「……」
 しかし、その二人は。
 整った口唇に不敵な微笑を浮かべ、互いの存在に見入っている。
 そんな些細な疵など遥かに超える、深い信頼関係の許に。
 頬にそれぞれの汗の跡を滲ませ、荒い吐息をその口唇から断続的に漏らしている。
 荒涼としているのに、どこか奇妙な 『さわやかさ』 を視る者に(いだ)かせる、その光景。
 研ぎすました極限の集中力の為、 “今まで視えていなかった”
眼前の事態を少女が認識する間もなく、
「スター・プラチナァァァァァッッッッ!!!!」
「ハイエロファント・グリーンッッッッ!!!!」
喚声と共に両者の身体から異質な重高音を伴って飛び出してくる、二つのスタンド。
 その全身から強烈な光を迸らせ、背後に彗星のような光塵を靡かせながら、
対照的な生命の幻 像(ヴィジョン)が、各々独特の構えを執ったまま
組み討ち合いのように真正面から高速激突する。
 空間が歪曲するかのような、異質な衝撃音。
 同時に散華する、白金と翡翠の混じり合った燐光。
 スタンド同士の激突で巻き起こった突風が、
石畳の上で瞳を丸くしている少女の白い頬を打ち、
長い紅髪をはためかす。
「……」
 明らかに。
 両者共に以前よりも 『幽波紋(スタンド)』 の威力(チカラ)向上(あが)っていた。
 恐らくは、先刻の仕儀。
 己の裡に存在の力(スタンド・パワー)を集束して高め、更に圧縮。
 そしてその溜め込んで凝縮した力を、一挙に開放。
 まるで滑車を用いて鋼線を幾重にも捲き絞られた弩弓(ボーガン)のように、
己が 『幽波紋(スタンド)』 を超 高 速(ハイ・スピード)で射出したのだ。 
 二人の周囲で対流していた光は、その存在の裡から漏れ出した能 力(チカラ)の余波。
 自在法の技巧としては比較的簡易なモノでは在るが、
その 「基」 となる 『能力』 が凄まじいと、
ただソレだけでも必殺の威力を宿す絶技と成る。
 それも。
 威力(チカラ)を “抑えた状態” でだ。
「……」
 まるで一人置いてけぼりを食ったかのように、
灼けた石畳の上で放心する少女の目の前で、
二人の 『スタンド使い』 の勢いは止まらない。
「いくぜッッ!! オイッッ!!」
「準備はいいか!! ハイエロファント!!」
 まるで操り人形(マリオネット)のようにスタンドを自分の傍にまで引き戻し、
若き二人の『スタンド使い』は、
コレから繰り出す新たな “幽波紋技能(スタンド・スキル)” に備え
それぞれ己が 『分身』 に問いかける。
 そして!
 承太郎は即座に右手を逆水平に構え。
 花京院も両腕を対角の位置に据え。
 その視線を、極限まで研ぎ澄ます。 
(!?)
 次の瞬間。
 少女の目を疑う光景が、その真紅の双眸に飛び込んできた。
 突如両者の足下から、それぞれ色彩の異なるスタンドパワーが
烈火の如く円柱状に噴出し、本体とスタンドの周囲を覆っていく。
 その半径約1,5メートル程の、白金と翡翠の光方陣。
 激しく上昇し、音も匂いも煙も無いが、
しかし高密度の重金属を叩きつけるような感覚を以て
その光はスタンドの躯体(ボディ)を駆け抜けていく。
 そしてソレは、上に昇るにつれて徐々に色彩を希薄にしていき、
最終的にはその本体頭上近くの位置で掻き消える。 
 一見、派手な演 技(パフォーマンス)としか眼に映らないが、視える者には視える、
“そうでないコトの奥深さ”
「……」
 その 「意図」 を察してただ黙するだけの少女の胸元で、
「むう。この短時間で、 もう此処まで 『遣い(こな)した』 か」
アラストールが落ち着いた口調で感慨を漏らす。 
『存在の力』 の変化を、五感に頼らず鋭敏に感じ取るコトの出来る、
“フレイムヘイズ” と “紅世の王” だからこそ気づいた事実。
 おそらく他の 『スタンド使い』 でも、“ただ見ただけでは”
その真意を推し測るコトは不可能であったろう。
 いま、二人の眼前で噴き挙がっている二本の光柱。
 一見炎と見紛うその裡には、既に無数の操作系 “自在法” が
「変換」 されて編み込んで在る。
 ソレが足下から噴出する形容(カタチ)で 『幽波紋(スタンド)』 内部に組み込まれ、
(しか)る後に 「自動的」 な特殊機動を可能とする “鍵” と成る。
 コレにより、 スタンド 「本体」 との “連続的” な同時攻撃や時間差攻撃が可能。
 更に本体を介さずスタンドに直接 「命令」 を叩き込むコトに()り、
攻撃を読まれるリスクが減りそのタイムラグも解消されるが故に、
スピードと精密性も常態より向上。
 尚且つその組み込む 『存在の力(スタンド・パワー)』 を「集束」 させてあるので、
威力も通常の3割方上乗せ(レイズ)されるという下組みだ。
「弱点」 はその発動までに少々時間を要するのと、
一度発動させたら攻撃が終わるまで 「解除」 出来ないといった処だが、
ソレは実戦を想定した修練の許、追々修正していけばいい。
 存在の力の集束、練成、止揚、そして開放。
 全て諸々(つたな) いが、ソレはこれから研鑚(けんさん)していけば良いだけのコト。
 寧ろ両者が自在法の初心者という事を(かんが) みてみれば、
コレは最上の選択と言えた。
(……)
 数在る紅世の徒もそしてフレイムヘイズも、
今まで誰も用いたコトのない自在法の行使。
 その為に先刻の疑念も一時忘れ、まるで己が高弟を見るような様相で
静かに両者を見据えるアラストール。
「……」
 それとは裏腹に、レザー製のキャップで俯いたまま表情が伺えないシャナ。
 その少女と炎の魔神を後目に、
「ッッッッラァァァァァ―――――――――――ッッッッ!!!!」
「ッッッッけェェェェェ―――――――――――ッッッッ!!!!」
鮮烈な駆け声とほぼ同時に、間髪入れず発動の術式がスタンド中心部に叩き込まれ、
その瞳孔がそれぞれ鈍く発光し、ソレをシグナルとして両者のスタンドは音よりも遙か(はや)く、
雷光のように眼前へと撃ち出される。
 そして。
 瞬刻の(まにま) に繰り出される、
スタンドの超高速多重連続攻撃。
「ォォォォォォォォォォォォォォォラオラオラオラオラオラオラオラ
 オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ
 オラアアアアアアアァァァァァァァァ―――――――――――!!!!!!!!」
「――――――――――――――――――――――――――――――
 ――――――――――――――――――――――――――――――
 ――――――――――――――――――――――――――――!!!!!!!!」
 声を荒げ、まるで廻 転 式 機 関 砲(ガトリング・キャノン)のような暴威を(ふる)って
拳撃と蹴撃とを乱発するスタープラチナと、緘口(かんこう)したまま超速の連撃を
風圧式掃射(バルカン)砲のように射出し続けるハイエロファント・グリーン。
 その幻 像(ヴィジョン)こそ対照的だが、光と共に撃ち出される夥しい数の
閃撃火勢は全く以て互角。
 パワーとスピードは、『近距離パワー型』 で在るスタープラチナの方が当然上で在るが、
“遠隔操作型” で在るハイエロファント・グリーンは、
その長年の経験で培われたスタンドの技術(ワザ)と四肢を触手状に延ばすのコトの
出来る特異性を利用して攻戦に応じる。
 そのパワーとスピード、テクニック、何よりもスタンドに込められた精神の力が
凄まじ過ぎる為、互いの攻撃は一発も目標に着弾(ヒット)せず、
ただ眼前の閃光(ヒカリ)と成って超高圧電流のような
幽波紋(スタンド)の火花を空間に迸 出(へいしゅつ)させ続ける。
“攻撃は最大の防御”
 その論理(ロジック)を地でいくような、超高速のスタンド戦。
 互いの能力の総量が完全に互角でなくては起こり得ない、
極めて稀なスタンド現象。
「オッッッッッラアアアアアァァァァァァ―――――――ッッッッッ!!!!!」
「―――――――――――――――――――――――――ッッッッッ!!!!!」
 空間の割れるような爆砕音。
 組み込まれた 「自在法(プログラム)」 の最後。
 右直撃と左延蹴撃とをブツけ合った両スタンドは、
再びミエナイ糸に引かれるようにそれぞれの宿主の許へ、
高速によって発せられた気流を纏いながら舞い戻る。
 戦闘空間で弾かれた空気がようやく膠着状態からの開放を許され、
周囲に拡散して木々を揺らす。
「……」
 少女の紅髪も同じように空間へと靡いたが、
しかし少女は無言のまま何も言わない。
 その少女の様子に気づかず、というより今は互いの存在しか目に入らず、
二人の美しき『スタンド使い』は再び微笑の許、
真正面からスタンドと共に罅割れた大地に屹立した。
「フッ、なかなか使用法に難儀しそうだった “ジザイホー” だが、
想わぬ 「使い方」 が在ったな」
「流石だよ。空条。まさかスタンドのこんな 「使い方」 があったなんて」
 己の生みだした新たな “幽波紋技能(スタンド・スキル)
 その予想以上の成果に、二人のスタンド使い達は
充足した表情を秀麗な風貌に浮かべる。
「【タンデム・アタック】 
本来スタンドに(あらかじ) め 「命令」 をインプットしておいて、
「本体」 との 「同時攻撃」 を可能とする(スベ)。主に虚を突く技だったが、
ソレを 「応用」 すりゃあこーゆーコトも可能になる」
「イイカンジだ。 “自分の身を護れ” や “相手を攻撃しろ”という大雑把な命令ではなく、
具体的な 「技」 を連続してイメージしスタンドパワーを操作、
直接スタンドに叩き込む事でより力強く精 密(スピーディ)機動(うご)くとはね」
「初めは力み過ぎで “繋がり” が悪かったが、
鋭く細かく 『連係』 を組み立てるコトでその廻転も飛躍的に上がって行く。
後は “デケェの” を、一体どのタイミングでスタンドに放り込むかと言った点だが、
コレばっかりは一概にあーだこーだと決められねーな。
場数踏んで感覚に沁み込ませるしかねぇか?」
「確かにソレは戦闘の状況に拠るからね。
寧ろ形式(パターン)化しない方が良いだろう。
その方が状況に応じて千変万化出来る強みにもなる。
ボクらの 『能力』 はもうDIOを通して敵全体に知れ渡っているだろうから、
“知られてもマイナスにならない” 能力を開発していった方が得策だ。
幾らスタンドの破壊力(パワー)向上(あが)っても、
ソレが命中()たらなければ何の意味もないからね」
 怜悧な立ち振る舞いで、 自説に対し適確な意見と正鵠な助言を返す花京院。
「……とはいえ、想ったより精神の消耗が激しいな。
調子こいて遣い(まく)ってりゃあ、
負けの込んだ博打みてーにすぐに神経が擦り減っちまう。
どーやら追撃や反 撃(カウンター)、ここぞという時の決め処で出した方が良さそうだぜ」
「賛成だ。あくまで 『流法(モード)』 の一部。
戦術の幅が少し拡がるくらいに考えて於いた方が無難だね。
頼りすぎもよくない。他の技が鈍るからね」
「……」
 再び。
 異論の付けようの無い、ほぼ完璧な回答。
“頼れるヤツだな” と、承太郎は純粋にそう想う。
 今まで、自分に真の意味での 『友人』 等、只の一人もいなかった。
 そして、これからもきっと現れないのだろう、そう想っていた。
 でも、 『花京院(コイツ)』 は、そうではないのかもしれない。
 コイツと なら、 “スタンド” や “宿命” そういったモノとは全く無関係に、
共に居るコトが出来るのかもしれない。 
 何の他意も余分な気遣いも、なにもなく。
 ただソレが、当たり前で在るかのように。
「……」
 らしくもない、自分でも気恥ずかしいコトを考えているというのは重々承知していたが、
何故か少しも不快な感覚(カンジ)はない。
 そこに。
「どうしたの?」
 承太郎の全身から発せられていた闘気が微かに揺らいだコトを
敏感に察知した花京院が、琥珀色の澄んだ瞳で問いかける。
 その質問に承太郎は答えず、ただ穏やかな、
そして少しだけ優しげな色を帯びた微笑のみで応える。
「……」
 それだけで彼の意図を察したのか、
微笑を向けられた翡翠の美奏者も同じような仕草で応じる。 
「フッ」
「フフッ」
 特に、理由はない。 
 それでも意味の無い微笑を互いに交わし合う、若き二人のスタンド使い。
 荒涼とした破壊空間の中にて交錯する、甘美なる刹那。
 その横合いにて、
「……は……しの……のに……!」
一人取り残されたフレイムヘイズの、呻く様な呟きに気づく者は誰もない。
 そして。
「さて、今日の仕上げといくか?」
「そう、だね」
 再び元の不敵な表情へと戻り、先刻以上に視線を研ぎ澄ませるスタンド使い二人。
 即座に足下から噴出する、白金と翡翠の光方陣。
 その旋風、否、竜巻のような光の奔流が、
余すコトなく両者の身体とスタンドとを覆い尽くし、駆け昇っていく。
暴走族(ゾク)のタイマン風に言うならば、
“来な、 どっちが強いか試してみようぜ” というヤツだぜ」
 白金の光の中、逆水平に構えた指先で花京院を差す承太郎。
「手加減は、しないよ」
 翡翠の光の中、威風堂々と左腕を振り翳す花京院。
「“したら” ブッ飛ぶのはテメーの方だぜ。花京院」
 承太郎がそう返す中、
「……!……ッ!」
 その胸元で小さな拳を握り、ソレを、否、全身を震わせるシャナ。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!!!!」
「ハアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!」
 その少女の存在には微塵も気づかず、再び二人のスタンド使いは、
頭上へと立ち昇る光の奔流の中、共に勇壮な(とき)の声を挙げる。
 今度は、無数の戦闘技ではなく、ソノ 「対象」 を “たった一つ” に絞り、
代わりにその威力(チカラ)を極限まで集束して高め、
スタンド内部に存在の力(スタンド・パワー)をギリギリまで()める。
(ジザイホー入りの “新型・流 星 爆 裂 弾(スター・ブレイカー)” か……
正直ドンだけ威力が向上(あが)ってンのか興味あるぜ……)
(限界までスタンドパワーを高めて撃つ “強化型・エメラルド・スプラッシュ”
正直ドレ程の威力になるのか、奏者であるこのボクにも想像がつかない)
 承太郎のスタンド、スタープラチナはその両腕を逆十字状に組んだ
独特の構えで白金のスタンドパワーを右拳に集束させ、
花京院のスタンド、ハイエロファント・グリーンは重ね合わせた両掌中に
同じく翡翠に輝くスタンドパワーを集め、うねるような高速廻転流動の許
一極に凝集、攪拌させていく。
「――――――ッッ!!」
 ソレら二つ、進化した 『幽波紋流法(スタンド・モード)』 の初期機動を眼前に、
顔の上半分がレザーキャップで隠れた紅髪の美少女が、
その口元をきつく結び、白く整った歯を軋らせる。
 自分はまだ、スタンドの “影” すら見るコトが出来ていないというのに。
 でもこの二人はもう、その遙か 「先」 の “領域” にまで達してしまっている。
 本来の 「予定」 じゃ、もうとっくに自分の 『幽波紋(スタンド)』 を発現させて、
“アソコ” に自分も一緒に居る筈なのに。
 ソノ自在法の遣い方を、 『彼』 と討究するのは “自分” の筈なのに。
 そうできないのは、他の誰の所為(せい)でもない。
 全て、自分の所為。
 自分の能力(チカラ)が未熟だから。
 自分の研鑚が足りないから。
 それ以外の、何モノでもない。
 でも。
 ズルイ。
 ヒドイ。 
 不公平。
 殆ど逆恨みにも等しい、でも今まで感じたコトのない新種の悔しさが、
少女の胸中を埋め尽くしていく。
 そんな少女の胸の裡など露知らず、眼前の二人は極限まで()まったそのスタンドパワーを
それぞれ服の裾を旋風に靡かせながら全開放する。
 空間を劈く、異能の閃光(ヒカリ)
 その中心部で爆裂する、スタンドパワー。
 まるで周囲に存在する全てのモノに、己が存在を刻み付けるかのように。
 猛り立つ二人のスタンド使い。 
 そしてその艶めかしい口唇から同調して宣告される、
己が 『幽波紋流法(スタンド。モード)』 の流法名。
 新星爆裂そして翠蓮光翔。
 流星、聖法の 【新 流 法(ニュー・モード)
「スタアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!」
「ェェェェェェェエメラルドオオオオオオオオオォォォォォォォ!!!!!!!!!!」
 幽光捲き奮う両者のスタンド。
 そこ、に。



「なァァァァにやってンのよおおおおおぉぉぉぉぉ――――――――!!!!!!!!」



 二人の覇気に勝るとも劣らない少女の怒声が、
流法(モード)』 よりも速く爆裂した。



【2】


「……」
「……」
 スタンドに流法体勢を()らせたまま、
空条 承太郎と花京院 典明は自分達の側方で歯を食いしばり
目じりに涙をためたまま真っ赤になっている、
黒い洋装を紅で彩った美少女へと向き直る。
 その少女の全身から発せられる、
唯ならぬ危うい雰囲気にスタンドの(きょう)は完全に殺がれた。
 元来の生真面目な性格故に、戦闘訓練と反射的に口に出そうになった花京院は
咄嗟にその言葉を喉の奥へと呑みこむ。
 だが、しかし。
「“戦闘訓練” だ。邪魔をしねーでもらいてーな」
 その鍛え抜かれた両腕を胸元で組み、
無頼の貴公子が悠然とした佇まいで少女へ速答する。 
「空条ッ!?」
“そんな言い方をすれば”、彼女が一体どのような反応を示すか
解らない筈はないのに。 
 しかしその承太郎の振る舞いを花京院が諫める暇もなく、
「うるッッッッさいッッッッ!!!!」 
再び少女の怒声が周囲に響き、木々がざわめいた。
 だがこの言葉を浴びせられた当の本人は、
別段狼狽えた様子もなくただ淡々とした表情で続ける。
「 “コッチ” のコトより “ソッチ” の方はどーなんだ?
もうスタンドは出たのか?」
「……ッッ!!」
 別段棘や揶揄するような口調ではないが、
しかし今の少女には挑発しているようにも聞こえる承太郎の問い。
 痛い処を突かれたように、少女は一瞬その小さな躰をやや引く。
 しかし、すぐに。
「う、うるさい!! うるさいうるさいうるさいうるさい
うるさいうるさいうるさいうるさいうるさァァァァァァァァァァい!!!!」
 三度激高する。
「……」
 額にピアニストのような細い指先を当て、
修復不能になってしまった眼前の事態に首を振る花京院の姿は目に入らず、
少女はその隣で傲然と構える無頼の貴公子を睨み続ける。
 望んでいたのは、そんな言葉じゃない。
 それにもう一体、何の為に “うるさい” と言っているのかさえ解らない。
 ただそう言いたいが為に、目の前の現実を無理からにでも否定したいが為に
言葉を口走っているようにしか自分でも想えない。
 これじゃあただの八つ当たり(最も完全にそうであるが)
物事が思い通りにいかなくて駄々をこねている子供以外の何者でもない。
 自分が言いたいのはこんなコトじゃない。
 こんなコトじゃ、 ない筈なのに。
「……」
 思いつく様言葉を吐きだし、呼気を荒げる少女に向かい
その怒声を散々浴びせられた美貌の青年は件の剣呑な視線で、
「気がすんだか」
無感動にただそう告げる。
「――ッッ!!」
 反論、かせめて訓戒でも口にしてくれれば、
売り言葉に買い言葉で今の自分の惨憺足る有様を誤魔化すコトも出来ようが、
こうも冷静に来られたのでは押し黙るしかなくなる。
 コレ以上続けても、自分が惨めになるだけだから。
 未熟な自分の姿を、ただ晒し続けるだけだから。
 そんな彼女の心中を知ってか知らずか、
目の前の青年は再び感情を込めずに少女に告げる。
「さんざっぱらヤってみて、いい加減コレで解ったろ?
“オメーにスタンドは出せねぇ”」
「――ッ!」
 駄目押しのようにハッキリとそう宣告する青年に対し、
生来の性格が災いして反射的にソレを否認しようとする少女。
「……」
 しかし最早その余地も気力もなく、失意のままに小さな肩を落とす。
“そんなコト” はもう、誰に言われるでもなく自分が一番解っていた。
 でも。
 知りたくなかった。
 聞きたくなかった。
 少なくとも、この男性(ヒト)からは。
 ウソでも良い。
 アノ人のように、“いつか出来る” と言って欲しかった。
 だって。
 だって……
(……)
 自分は一体、 いつからこんなに “弱く” なったのか?
 幾度も血風にその身を晒され、時に血の海を泳ぐコトになろうとも、
決して怯みはしなかったのに。
 何故、 この眼前に位置する青年の承認が一つ受けられなかった位で、
こうも気持ちが沈むのか?
 思考が答えの出ない堂々巡りに陥り、再び俯く少女。
 その少女の傍らで、
(そんなにハッキリと言わなくても……)
是非なきコトとはいえ、傷心したその少女の様子を不憫に想った花京院が、
(つと)に解りきった事象を兎や角と……)
珍しく不快の色を露わにしたアラストールが共に心中で呟く。
「……」
 沈黙の許、暗く沈んだ空気が周囲に漂いつつ在る中。
 やれやれと無頼の貴公子がいつものように学帽の鍔を摘む。
 その眼前には、同じくレザー・キャップの鍔で表情が伺えない紅の少女。
 無言だが、その態度が暗に自分の諌言を拒絶しているのが視て取れる。
 どうやら、幾つか予想していた事態の中でも
とびきり厄介なモノに自分の予感が的中したようだ。
 ヤるだけヤってみてソレでも不可能なら、
明晰な頭脳を持つこの少女なら潔く諦めると想っていたのは
どうやら大いなる錯覚というヤツだったらしい。
「結果」 が出ていない今、まだ大人しく黙り込んではいるが明日になればきっと、
この少女は同じ内容の訓練を “出来るようになるまで” ヤり続けるだろう。  
 その次の日も。
 その次の次の日も。
 周囲が幾ら諭しても、おそらくこの少女は聞き入れない。
 スタンドが発現するその時まで、この少女はきっと止まらない。
 一体何がこの少女に、ソコまで 『幽波紋(スタンド)』 に対して
執着させるのかは解らないが。
(やれやれ……しょーがねーな……)
 眼前の少女から顔を逸らし、困ったのと面倒なのを半々混ぜっ返したような表情で
無頼の貴公子はその襟足の長い黒髪を学帽越しに掻く。
 まぁこの件は少女に期待を抱かせ、
最初にハッキリと拒絶しなかった自分にも責任が無いワケではない。
 今日は久々に全力でスタンドを動かしたので、
早々に引き上げて何処かで酒でも飲みたかったが
目の前で落胆する少女の(もと)
空条 承太郎は仕方なくその楽しみを先送りにする。
 黄金に光る夕陽(せきよう)が、その怜悧な風貌を照らしていた。
「さて、こんだけヤりゃあちったぁ頭に昇った血もスッキリしたろ?
ヤるだけヤってみた。でもスタンドは出ねぇ。
それじゃあ、“そーゆー時は一体どうするンだ?”」
「え?」
 ふと我に返ったように無頼の青年を見上げる少女。
 てっきり 「諦めろ」 という答えを無言のままに
語りかけられているだけだと想っていたのに。
 でもソレとは違う、全く予期していなかった言葉を目の前の青年は口にした。
「オメーは、今までオレらの想像もつかねーような修羅場を何度も潜って来たンだろ?
テメーの思い通りにいかねーなんてこたァ、一度や二度じゃあきかなかった筈だ。
“そんな時” オメーは一体どうしてきた? 潔く 「諦めて」 ハイ降参か?」
 いつになく饒舌に、眼前の少女へ答えの解りきった質問を問い続ける青年。
 その彼の問いに対し、心中で夢想するように応じる少女。
(……)
 そんなコト、在るわけない。
 そんな風に少しでも考えたら、今日まで生きてはこられない世界だった。
 どんなに煌びやかな真名も。
 どれだけ輝かしい戦歴も。
 ほんの一瞬の油断で、スベテは灰となる世界。
 その後には、存在の痕跡も遺らない世界。
 そんな修羅の(ちまた) で、自分はどうしてきた?
 アノ時。アノ時。アノ時。
 どうして、きた? 
(!!)
 脳裡を駆ける、閃光。
 そして行き着く、確信。
「自在……法……?」
 殆ど無意識に等しい状態で、少女の口唇からひとりごとのように零れた言葉。
「ようやく “ソコ” に行き着いたか」
 ソレに、目の前の青年だけが両腕を組んだまま反応した。
「……」
 まるでいま白昼夢から醒めたかのように、眼前の青年を見上げる真紅の少女。
 その彼は、夕陽の影響で神秘的な煌めきを裡に宿らせたライトグリーンの瞳で、
剣呑に自分を見据えている。
 見放されたと、想っていた。
 少なくとも、この 『能力』 に関しては。
 自分でも、認めたくなかったから依怙地(いこじ)に成っていただけで、
でも本質的には諦めているのとほぼ同義だったのに。
 でも、この目の前の彼は、自分の願望(ねがい)を見捨ててなどいなかった。
 縋っても、頼んですらもいないのに、自分の願望(ねがい)を叶える
「可能性」 をちゃんと考えてくれていた。
 恐らく、すげなく自分に背を向けたアノ時から。
「――ッ!」
 夕日の残光のみならず、鮮やかな朱を差す少女の頬。
 なんだかさっきとは別の意味で、涙まで出てきそうだ。
 真紅の双眸から透明な雫が零れないように、俯き(まなじり) に力を込める。
 その少女に対し相も変わらず憮然とした表情のまま、言葉を紡ぐ無頼の貴公子。
「確かに、オメーにスタンドの 「才能」 はねぇ。
コレばっかりは生来のモノだからどうしようもねぇ。
だが、 「他のヤり方」 でソレに “近づこうとする” こたぁ可能な筈だ。
例えばオレの “曾祖母(ひいばあ)サン” は 『スタンド使い』 じゃあねぇが、
それでもアノ人に勝てるスタンドってのはチョイ想像がつかねーな。
ソレと同じコトで、オメーの “ジザイホー” も
その 『使い方』 とこれからの訓練次第じゃあ、
スタンドと同じかソレ以上の 『能力(チカラ)』 に引き上げるコトが
可能なんじゃあねーか?
似てはいても “スタンドじゃあねーから” 破壊力(パワー)や射程距離も
「本体」 とは関係ねーだろーしよ」
「……」
 夕日を背景に、件の剣呑な視線で自分に語り続ける彼。
 そうだ。
 そうだった。
 何故。
 何故、そんな簡単なコトに気が付かなかった。
 存在が無いのなら、創り出せばいい。
“その為の” 自在法なのだから。
 過去に戦った、 数多くの紅世の徒。
 最近ではアノ壮麗なる紅世の王 “狩人” フリアグネすらも、
己が願望(ねがい)を具現化する為に禁儀 『都喰らい』 まで
行使しようとしたのだから。
 無論ソレはもし使い方を誤れば、 時に取り返しのつかない
悲劇や惨劇を産み出してしまうモノかもしれない。
 でも。
 要は、使いようだ。
 置いていかれた悔しさと彼への対抗心から、こんな簡単なコトすらも忘れていた。
 そう。
 いつでも「対等」でいたいのなら、想いだけではダメ。
 その願望(ねがい)に見合うだけの、
知性も技巧も尽力も備えなければ。
「……」
 無言のまま己の裡で沁み出る言葉を噛みしめる少女に対し無頼の貴公子は、
「“無限” なんだろ? なら使えよ。可能性が在るンならな」
静かな声でそう告げる。
(ッ!)
 このとき、少女と同じく彼の傍らにいた花京院 典明は、
初めて己の過ちに気がついた。
 自分は、如何にしてこの少女を傷つけず、
彼女に “スタンド能力を諦めさせるか” というコトばかり考えていた。
 少女にスタンド能力は発現しないと、(はな)から決めつけていた。
 しかし。
 この自分の傍らに位置する友人は、 既に “その更に先” のコトまで見据えていた。
 一つの可能性が潰えた時にこそ初めて生まれ出る、新たな可能性のコトを。
 その承太郎を凝視する花京院と時を同じく、
此奴(こやつ)……)
先刻の不承な想いもどこへやら、 少女の胸元で揺れるペンダント、
アラストールもその青年の意外な返答に黙然となっていた。
 自分も、少女すらも諦めかけていた可能性を、
“この男だけは諦めていなかった”
 先刻の、みようによっては冷淡な受け答えも、
散々尽くしてみて少女が諦めるのならソレで良し、
もし諦めなければ何か別の可能性を “共に模索する” という
二段構えの心算だったのだろう。
 何よりも無駄だと解りつつもその仕儀を少女に教授したのは、
誰よりも彼女という存在を尊重してのコト。
 どのような事でも、ヤってみなければ解らない。
 どんなコトでも、ソレを真に願うのなら。
 その想いを否定する権利は、 この世の誰にもないという
アノ男なりの思惟(しい)に拠るものだった。
(……)
 おそらく。
 最初から自在法のコトを口にしても、この少女はきっと聞き入れなかったであろう。
 ソレは似て非なるモノ、 第一戦いもせずに敗北を認めるコト等、
少女の一番嫌厭(けんえん)とする処なのだから。
(む……う……)
 先刻、空条 承太郎という男を買い被っていたと
落胆しかけたアラストールではあったが、
その承太郎の 『真価』 は実際に値踏みしたモノよりも
遙かに 「高値」 であったコトに(不承不承ながらも)気がついた。
 この男は、解っていた。
 少女の願いも、想いも、何もかも。 
“その為に” どうすれば良いのかさえも。
「……」
 自分の想像以上に解っていたというのが、なんとなく面白くない処ではあるが。
「それじゃ、やってみる」
 心底滅入った表情も何処へと。
 疲労の色も流した汗の痕のみとなった少女が壮気に溢れた風貌で、
アラストールの頭上から明るい声で言う。
 二人の若き異能の遣い手は、遠巻きに彼女の様子を見護るようだ。
(……)
 自分が長考に耽っている間、少女はいつのまにかその場を移動していたようだ。
 先述の二人が、あらん限りに己の能力(チカラ)を揮っていた処。
 鞏固(きょうこ)な天然素材の石畳が、
絶え間の無い幽波の拳撃、蹴撃とで抉り起こされ、
翡翠の晶撃で砕き尽くされた凄惨なる大地。
 これまで歩んできた幾多の戦場と引き較べてみても
なんら遜色の無い破壊の中心部にて。
 少女は、 静かにその真紅の双眸を閉じる。 
「……」
 今度は、最初から勇ましき喊声を挙げるコトはしない。
 その代わり神経を研ぎ澄まし、精神を極限まで集中させる。
 そして。 
 意識を己の存在の裡へと、 より深く潜行させる。
 自在法を行使する際の、 最も重要な仕儀の一つ。
 想像力(イメージ)の収斂。
(……)
 その少女の脳裡で、 朧気に浮かぶモノ。
 心象に揺れるまだ視ぬ幽波紋(スタンド)幻 像(ヴィジョン)。 
 まずは、 燃え盛る灼熱の炎。
 その渦巻く紅き波濤が創り出す幻 影(シルエット)
 人型のようにも視えるが、 まだボヤけていて判断がつきづらい。
 もっと眼を凝らせば……
 否。
 違う、 そうじゃない。
 自分で。
 自分で決めるんだ。
 自己の脳裡に疾走る一迅の直感。
 その一瞬の閃き。
 ソレを信じるんだ。
(!!)
 そう。
“鳥” だ。
“鳥” が、 良い。
 この世の如何なる存在にも縛られず。
 自由に羽根を拡げ紅世の天空を()く。
 焔の鳥。
 ソレが、 私の生命の幻 像(ヴィジョン)
 ソレこそが!
 私の 『幽波紋(スタンド)』 の幻 像(ヴィジョン)!! 
「ハアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァ!!!!!!!」
 閉じていた双眸を一挙に見開き、抑えていた喊声を挙げる少女。
 限界まで撓め込んで収斂させた存在の力を、
意識の束縛を振り解いて感覚のままに編み上げる。
 後は想像力の赴くままに構成する。
 ソコに、 一片の躊躇も迷いも在ってはならない。
 ただ己の信じるがままに精神を開放し。
 この世の何者にも屈しない。
 新たなる力を創造する!
「来オオオオオオオオオオいィィィィィィィィィ!!!!!!!!」
 見開かれる真紅の灼眼。
 空間に捲き乱れる深紅の炎髪。
 旋風と共に真一文字に振り抜かれた右腕。
 同時に少女の背から鳳凰の翔破の如く一斉に噴き出される、
夥しい量の紅蓮の火飛沫。
 少女がフレイムヘイズで在るというコトを知らない者ならば、
間違いなく彼女が 『スタンド使い』 だと錯覚させるに足る、
凄まじい迄の灼熱の威圧感。
 しか、し。
「やっぱり、 まだダメか……」
 己の背後を見遣り、紅蓮の残火以外は何も無いコトを確認した少女は、
がっくりと生身の膝を砕けた石畳の上つき、残念そうに肩を落とす。
 量の多い艶やかな深紅の髪が、サラサラと首筋を流れ少女の胸元に垂れ下がる。
 しかし少女はすぐにその顔を上げ、自分の真正面に位置する長身の青年を
まっすぐみつめる。
 その真紅の瞳に気高き光を宿し、
いつもよりも遙かに凛々しく美しき容相で。
(……)



 絶対に、 諦めない。
 例え、 今は無理でも。
 出来るように成る迄、 何度でも挑戦すればいいんだよね?
 そうすれば、 いつか、 きっと。
 もっと、 おまえのコトを。



「……」
 無言のまま、真紅の双眸を透してライトグリーンの瞳に訴える
少女の想いに気づいているのかいないのか、無頼の青年はその表情変えず
両手をレザーのズボンにツッこんだまま、
「イヤ、どうやらそーでもねぇようだぜ」
ただ一言、少女にそう告げる。
「え?」
 一瞬何のコトか意味が解らず、(ほう)けたような顔をする少女。
 その脇で、
「正直、驚いたな。まさか “成功させる” とは想わなかった」
翡翠の美男子がその琥珀色の瞳を見開き、自分のある一点を凝視している。
「!?」
 死 角(ブラインド)になっている長い髪を背後に()けて、
見入った視線の先。
 見慣れた自分の、 左肩口。 
 その上で、静かに動く存在が在った。
(!!)
 その外貌は、まごうことなき鳥の形容。
 しかし、その頸から下の躰の造りは、紛れもない人間のソレ。
 背から脚元まで拡がる深紅の両翼を外套のように身に纏い、
その所為で雌雄の区別が付かない “鳥人” が。
 周囲に紅蓮の燐光を厳かに振り撒きながら、
少女の右肩の上に、ただ在った。
「……」
 殆ど夢の中に居るようなあやふやな心地で、
自分の左肩を止まり木にしている存在に、少女はそっと右手を差し出す。
(……)
 少女に留まっていたソレは、 まるで意志が在るかのようにソコから軽やかに跳躍し、
外套のような両翼を大きく展開してその裡に多量の空気をはらみながら、
フワリと差し出された掌の上に着地する。
 そして。
『KU……UU……WAAA……』
 鋭い鉤形の嘴を微かに開き、産声のように小さく()いた。
 まるで、たったいまこの世に渡り来た、
新生の紅世の “徒” で在るかのように。
「あ……ッ!」
 今日一番の輝きを以て、無頼の青年に嬉々とした表情で向き直る少女。
 件の青年は少女にしか解らないほど小さな、
しかし他の誰よりも優しげな微笑をその口唇に浮かべ、
「フッ、まぁ初めてにしちゃあ、巧くいったンじゃあねーか?」
クールな風貌の中にも緩やかな色を仄かに宿し、 そう告げる。
「私もッ! 自在法にこんな使い方が在るなんて想いもしなかった!!」
 慮外の出来事に、喜悦満面の表情で白金の青年に頷く深紅の少女。
「まぁ取りあえずは、その “サイズ” を自由に換えられるようにするのが
今後の課題ようだな。 『スタンド使い』 にしろ “グゼノトモガラ” にしろ、
相手をするにはチョイとばかり背丈(タッパ)が足りねーようだぜ」
「ウン!」 
 相も変わらずの冷静で論理的な素っ気ない応答だが、
今の少女に取ってはソレが真夏の夜風よりも爽やかに感じられる。
 そうして表情を輝かせる少女の傍らで、
「ボクのハイエロファントも、最初から今のような体型(サイズ)ではなく
子供のように小さい姿から始まった。
『スタンド』 には固有の形体のまま姿を変えないモノと、
本体の 「成長」 に合わせて共に姿を変えていくモノと2パターン在る。
どうやらシャナ、“君のは” 後者らしいね」
翡翠の美男子が爽やかな声で言う。
 先刻の悲嘆にくれた想いなど端から存在していなかったかのように、
澄やかに晴れ渡る少女の心。
 一つの壁を越え、新たなる領域に足を踏み入れるコトの出来た歓び。
 今までも同じような体験が無かったワケじゃないけれど、
“誰かと一緒に” ソレを成し遂げたのはこれが初めて。
 想うようにいかず苛ついて、傷ついて、当たり散らして、
何かメチャメチャな今日一日だったけれど。
 でも、悪くない。
 まるで、悪くない。
 ソレは、きっと。
 目の前の “コイツ” が、ずっと見護ってくれていたから。
「……」
 無口で、無愛想で、不器用で。
 でもいつだって、 自分のコトを何よりも大切に想ってくれていた、
“アノ女性(ヒト)” と同じように。
 私を、信じてくれていたから。
 金色の斜陽が映す神秘的な姿を見上げるようにして、
少女は彼に視線を注ぐ。
 その彼女の胸元で、一人喪心する王の姿が在った。
(マティルダ……)
 比類無き紅世の王、 “天壌の劫火” アラストール。
 その深遠の裡で鮮やかに甦る。
 熾烈なる紅蓮の焔を背景に神聖な純白の衣を纏った、
一人の、聖女。
“ソノ者” が、今生の(とき)に行使した、極絶なる究極戦闘自在法。
 精鋭なる重剣士と凄絶なる狂獣、至純なる妖精に霊妙なる呪術士他
在りと在らゆる幻想世界の住人を具現化して混成された、焔の一大千軍万魔。
騎士団(ナイツ)
 その 「一体一体が」 通常のフレイムヘイズ等足下にも及ばない程の力を有し、
更にそのスベテを完全に支配下に置いていた超絶無比なる『能力(チカラ)』 に比するならば、
たったいま少女の生みだした小さな存在などは
大海を前にした小波(さざなみ)の如き存在に過ぎない。
 だが、しかし。
 その存在の小さな姿は、否応無しにアラストールの心中を揺さぶった。
 力は微弱で構成も細小で在ろうとも。
 その存在感は、そして真紅のゆらめきは。
“彼女” の創り出したソレと全く同じだったのだから。
(……) 
 その。
 極大なる炎の魔神の胸中を、一人の王の純粋な想いを、
知り得る者は誰もいない。
 ソレは、紅世で生まれた一人の男と、 現世で生まれた一人の女、 
その二人以外決して触れるコトを赦されない、
この世で二人だけのものだったから。
(……)
 彼女の在りし日の姿を。
 紅蓮の吹き荒ぶ戦場でその 『能力(チカラ)』 を揮っていた勇姿を。
 止め処なく溢れる記憶の奔流の中で想い起こしたアラストールは、
やがて一つの事実に辿り着く。
 たった今気がついた、一つの 『真実』 に。
(我の力を受け継いでいる以上。我の存在を身に宿している以上。
その炎の 「属性」 が永きに渡りソレを行使してきた
“アノ者” に剴切(がいせつ)しているというコトは、充分に考えられる。
故に行使する自在法の構成が近似していれば、
“アノ者” と似通った姿を執るのも当たり前のコトだ)
 ならば、しかし。
“そう考えるのならば”
 たったいま、 少女の手の中で生まれた小さな存在は、
“初代・炎髪灼眼の討ち手” と “二代目・炎髪灼眼の討ち手”
その二つの存在の 『融合体』 と云った処だろうか?
 だがそれよりも、意を向けるべきは、この事実。
 誰よりも永きの時の流れの中、
幾千の戦場を “彼女” と共に歩んだ自分自身ですら、
予想も出来なかった『真実』



“彼女” は、生きていた。



 その愛しき姿のスベテ。
 その(くるお)しき想いのスベテ。
 一片も遺さず紅蓮の灰燼と化そうとも。
 その存在は。
“存在だけは”
 決して滅びるコトは無く、自分の存在の中で生き続けていた。 
 そして。
 ずっと、見護ってくれていた。
 自分、を。
 そして。
 そし、て。 
 いま、他の何よりもかけがえのない、二人の想いの結晶で在るたった一人の少女。
“シャナ” を。



“いつでも……傍に……”



 空耳。
 本来、聴こえる筈のない声。
 もうどれだけ追い求めようとも、決してこの世には存在しない声。
 でも、聴こえた。
 確かに、聴こえた。
 神遠なる紅世の王、 “天壌の劫火” アラストールにだけは。
(消えぬ……のだな……)
 胸中に沁み(いず)る、 万感の想い。
(ヒトの生きた 『証』 は……譬え……何が在ろうとも……)
 心象の裡で甦る、彼女のけがれなき笑顔。
 夕闇の渇いた風が、 傍で鳴いている。
 まるでこの世ならざる一人の王を、 慰撫するかのように。
「……」
 その王はやがて、自分の存在を宿す少女と同様、目の前の一人の男に視線を向ける。
 たったいま気がついた、 そして確かに実感した、『真実』
 ソレを解き明かすキッカケと成った、 遍く星々の存在を司る青年を。
「……」
 その青年は自分の視線に気づいていないのか、
或いは知っていて意図的に気づかないフリをしたのか、
少女のようにこちらへ視線を返すコトはなかった。
(……)
 ソレが、青年の自分に対する報いだと解したアラストールは、
返礼として自分も彼から視線を外す。
 言葉は要らない。
 現世と紅世。
 例え異なる世界で生まれた存在であろうとも、
同じ “男” で在るのなら。
 ただソレだけで、 充分事足りた。
「……ところで、コイツの “名前” は一体どうするんだ?」
 再び少女に視線を戻した青年が、静かな口調で問いかける。
「ふぇ? 名前?」
 微細な火の粉を散らしながら、手の中でトコトコ動き回る小さな存在に
すっかり目を奪われていた少女は、不意を突かれたような表情で青年に向き直る。
「何にでも “名前” はある。聖書にもそう書いてあるしな。
スタンドは生命の力でその幻 像(ヴィジョン)を現し、精神の力で動く。
だからその 『能力』 に合った “名前” が在るコトに拠って、
自分の思い通りに動かし易くなる筈だ。まっ、オレの経験で言うンだがよ」
 承太郎はそう言いながら細めた流し目で一度、少女の胸元に視線を向ける。
(……)
 今度はペンダントの方が、敢えて青年の視線に気づかないフリ。
 その上で紅髪の少女がやや狼狽した様子で、 青年の問いに詰まる。
(名前……名前……!? どうしよう?
“この子” に相応しい名前……名前……)
 想えば、何かに「名前」をつけた記憶等、殆どない。
 昔、 『天道宮』 でのフレイムヘイズ修業時代、
自分の稽古相手となっていた一人の “徒” を、
その外形からそのまま 「シロ」 と呼んでいたくらいだ。
「……」
 思い悩んで被った黒いキャップから煙でも吹き出しそうなほど考え込む少女に、
青年がやや嘆息気味に助け船を出す。
「何もそう鯱 張(しゃちほこば)って深く考える必要はねーんだよ。
あんまり懲りすぎた名前だと返って操作の時に苦労するぜ。
別に何でも、単純(シンプル)なモンでいーんだ。
好きなミュージシャンの名前でも曲のタイトルでも。
何かねーのかよ?」
「う、うん……でも……」 
 童謡や古典派のクラシック、それと賛美歌くらいしか知らなかった昔とは違い
最近ヒマな時は承太郎の部屋に出入りしているので、
近年の若者向けの楽曲も知らないわけではない。
 でも。
 そのどれもがどうも、 自分の 『自在法(スタンド)』 には
相応しくないような気がする。
 しかし自分の好きな曲の中から何か名付けようにも、
まさか “交響曲第二番・第三楽章・a n d a n t e(アンダンテ) e s p r e s s i v o(エスプレッシーヴォ)
とか名付けるわけにはいかないだろう。
(!!)
 思い悩む少女の脳裡に、 突如舞い降りる天啓。
 そうだ。
 そう、だ。
 この子は、私の “分身”、もう一つの、私の存在。
 この子は私で、私はこの子なんだから。
 だから。
 だから!
「名前、決まったわッ!」
 俯けていた視線を勢いよく上げ、凛とした真紅の双眸で真っ直ぐ少女は彼を見る。
 そして。
 その宝珠のような口唇から。
 高々と己が 『幽波紋(スタンド)』 の真名が宣言される。
「この子の、 名前は……」



紅 の 魔 術 師(マジシャンズ・レッド)
本体名-空条 シャナ
能力-産まれたばかりなのでまだ不明。
破壊力-E スピード-C 射程距離-E(シャナの躰に触れていないと数秒で消滅する)
持続力-D 精密動作性-E 成長性-???




【3】


 夕闇に沈む街を見下ろしながら空条邸へと続く
長い坂道を昇る帰路は穏やかなものだった。
 激しい訓練内容によって付いた傷痕は自在法で消し、
更にアラストールの放った “清めの炎” で肉体を浄化した為
3人の姿はいま、その全身を聖水で清めたかのような汚れ無きモノとなっている。
 帰路の途中、 道端の自販機で買った白桃エキス入りの天然水が
渇ききった少女の小さな喉を心地よく潤した。
「……」
 これまでは栄養面よりも単に 「甘味」の方を最重要視し、
糖度の高い缶飲料ばかりを口にしていたのだが
今日のように激しい訓練後は寧ろ水分補給を目的とした
糖度の低いアイソトニック・ウォーター等方が飲み易いし
また美味であるというコトが最近解ってきた。
 その自分の両脇でも長身の美男子二人が、
同じようなラベルのスポーツドリンクを口に運んでいる。
 互いに交わす言葉は少ないがそれでも、
奇妙な爽やかさに充たされた静寂の帰路だった。
「それじゃあ、ボクはここで」 
 夕風にシャツの裾を揺らしながら、花京院が静かに言う。
 そして夕闇に陰る交叉路の方へと足を向けた彼を少女の声が呼び止める。
「いいの? ホリィ、おまえの 「分」 も用意しちゃってるわよ」
 意表を突かれたように淡い茶色の髪を揺らしながら振り返る花京院とは裏腹に、
少女の顔は素っ気ない。
 実は今日の訓練に出向くとき、花京院も合流する事を承太郎の母親である
ホリィに伝えた時、それならば彼も一緒に夕食へ招いて欲しいとの旨を
彼女から言付かっていたのだ。
 無論訓練の方に夢中に成りすぎて、今の今までスッカリ忘れていたのだが。
「……本当、かい?」
 別段少女の事を疑っているわけではないが、
何の脈絡もない唐突な申し出だったので
花京院は反射的により信頼性のある人物の方へと是非を問う。
「……」
 問われた人物は件の剣呑な視線のまましばらく押し黙っていたが、
やがて淡い嘆息と共に口を開き、
「……やれやれ、 “アノ女” の考えそーな事だ」
と誰に言うでもなくそう呟く。
 シャナに言伝を頼む辺り、後の展開を充分に予想している。
 おそらく自分が頼まれても、 「自分で言え」 と素っ気なく突っぱねたコトだろう。
 この、妙な処で勘が冴え、先を見越す洞察が鋭いのは我が母親ながら
見事だと褒めるべきなのだろうか? 
 しかし、そんな気が微塵も起きないのは何故だろう。
「……」
 不承不承の面持ちのまま、学帽の鍔で視界を覆う無頼の貴公子を後目に、
少女の胸元から荘厳な声があがる。
「奥方からの深謝に絶えぬ心遣い。粛 々(しゅくしゅく)と頂戴するが良かろう。
ソレを無に帰すような所行は赦されんぞ。花京院」 
 静かだが、有無を言わさぬ強い口調でアラストールが、
「一人暮らしなんでしょ? おまえ? 
だったら用意の手間が省けていいと想うけど」
その上で再びシャナが素っ気なく言う。
「……」
 食事に招かれる物言いとしては、随分とまた高圧的且つ淡々としたモノだが、
自分がこのまま同道するコトに二人(?)の異議はないらしい。
 しかし美貌の淑女お招きとはいえ、
その好意に甘えて気安く乗ってしまって良いモノだろうか?
 生真面目な性格故に逡巡する花京院に向け承太郎が、
親指を立てソレを流す仕草で 「いこうぜ」 と促す。
「今日の訓練内容を整理しておきてぇ。夕飯(メシ)でも食いながら話そうぜ。
“仕上げ” も御破算になっちまったコトだしよ」
「……」 
 その、少女以上に素気ない仕草と言葉。
 でもただソレだけで、胸の裡の葛藤はウソの消え去ってしまう。 
「何よ。私が悪いっていうの」
 押し黙る花京院の下から、据えた視線で見上げるように自分を睨む少女に対し、
「さて、な」
承太郎は口元に少しだけ(よこしま) な微笑を浮かべ、
両手をズボンのポケットに突っ込んだまま先に行ってしまう。 
「こら、待ちなさいおまえ! 逃げるなぁッ!」
 少女もブーツの踵を鳴らし駆け足でその後を追う。
「……」
 花京院もやがて口元に穏やかな微笑を浮かべ、二人に続く。
 夕闇に沈みゆく太陽。
 その残照が坂の上の三つの影を、どこまでも遠くへと延ばした。



【4】

「おお、戻ったかシャナ。 “例のモノ” 届いておるぞ」
 玄関先で編み上げブーツの、幾重にも交差した革紐を丁寧に解いていたシャナに、
居間のドアを開いて出迎えたジョセフが背中越しに声をかけた。
「ホントッ!?」
 嬉々とした表情で頑健な躯付きの老人へ振り返った少女は、
靴を脱ぐ間ももどかしいのかそのまま両足からブーツをすっぽぬけさせて、
檜張りの廊下を走っていってしまう。
 少女が無造作に中空に放ったブーツが宿主の脳天と顔面、
それぞれに直撃しそうになったので素早く出現したスタンドの腕が
ブーツを掴んでガードする。
「……」
「……」
 どうやら、意識的なスタンド操作を心掛けるコトによって
本能的な反射運動等もソレに付随して向上しているようだ。 
 想わぬ発見だったが認識した事態もまた想わぬモノだったので、
コレでいいのかと二人のスタンド使いは微妙な表情のまま顔を見合わせる。
 そのまま無言で少女のブーツを玄関先に置き、
二階の承太郎の私室へと歩みを進める。
 夕食が準備されるまではまだ多少時間があるので、
この後は部屋で話をするか、地上デジタル放送のスポーツチャンネルでも観て
時間を潰すコトに成りそうだ。
 涼やかな初夏の宵。
 訓練で(ほて)った躯を宥める為に、静かに過ごしたい処。
「それにしても、 『例のモノ』 って一体何なんだろうね?
彼女の様子からすると、何かとても重要なモノらしいけど」
 特に気に掛かったわけではないが無言でいるのもなんなので、
世間話がてら花京院が承太郎に問いかける。
「さぁな。 “例の” パンかなんかじゃねーか?」
 承太郎の方もなんとはなしにその質問に応じる。
「パン?」
「あぁ。アノ甘ったるくて、堅ぇンだか柔らけぇンだかよく解らなくて、
『メロン』 とは名ばかりの “アレ” だ」
「詳しいじゃないか?」
 少しだけ瞳を澄ました花京院が冷めた口調で問う。
「そりゃあ行く先々で10個以上も喰わされりゃあな。
不味いたぁ言わねーが、どうもオレの口には合わねー。
でも喰わなきゃ喰わねーであのヤローは」
 そこで承太郎の歩みが一度止まる。
 そして真正面から視線を合わせる、若き眉目の 『スタンド使い』
「……」
「……」
 件の戦いが終わってから、その最初の日曜日。
 ジョセフとホリィの(熱烈な)勧めで自分の住むこの街を、
シャナに案内したコトが在った。
(いま想えばアノ時の二人の笑顔が妙に造りモノめいていた気がする)
 行きつけのショップや生活必需品が揃っているモール、
空気の綺麗な森林公園や地元の名所等を紹介している時は
少女も静かに応じていただけだったのだが、
道すがらメロンパン専門の屋台や自営業のパン屋をみつけると
必ずそこへつき合わされた。
 そして紙袋から溢れるほどのメロンパンを抱えて戻ってきた少女と共に、
アスファルトに備え付けのベンチで小休止。 
 この行為が計5回繰り返された。
 甘いモノは苦手だと確か少女に明言していたと想うが、
そんな記憶は異次元世界の遙か彼方にまで飛んでいたのか
一度の例外もなく少女にパンを勧められ、
ソレへ否応も無しに応じるコトを余儀なくされたアノ時の自分。
 何分少女が(非常に稀なコトに)自腹で買ってきたモノである上に、
パンを勧める笑顔が余りにも純粋で無垢だった為
断るに断り切れなかったのだ。
 清楚なプリンセス・ワンピースにその身を包んだ小柄な美少女の隣で、
ラフな学ランを着た長身の男が苦々しい顔でメロンパンを(かじ)っていた図は、
(はた)から見ればさぞや異様に映ったコトであろう。
 通報されなかったのが不思議なくらい。
 麗らかな陽春の花片に彩られた、甘いながらも苦い記憶である。
「……」
“そのようなコト” を素面(シラフ)(そうでなくても)で花京院に話せるわけもなく、
逆に眼前に位置する中性の美男子は、うら冷えた視線で訴えるように
自分の瞳を覗き込んでいる。
 そして気まずい雰囲気に陥る二人の前に、救世主が登場。
(!)
 前方に位置する茶室の開き戸から、自分の祖父であるジョセフ・ジョースターが
何故か満面の笑みでこちらに手招きをしている。
 その人懐っこい笑顔が何となく気に障り、
いつもなら思いっ切り無視(シカト)する所だが現状が現状なので
承太郎は仕方なくソレに応じる。
「何か用か? ジジイ」
 そう言って茶室の方へと向きを変える承太郎に、
花京院も無言で連れ添う。
 そして。
「!」
「!?」
 馥郁(ふくいく)足る香木の薫りで充たされた茶室の中央に、
その 『姿』 は在った。
 セーラー服姿の、 シャナ。
 先程まで着ていた服は、キレイにたたまれ足下に置いてある。
 しかし。
 見慣れた筈の少女のその姿が、今日は一際異彩を放って承太郎の瞳には映った。
 制服の基本的なデザインは、今までと特に変わってはいない。
が、制服の裾が従来のモノより若干短く、
スカートの布地も機動性を重視して薄くなっているようだ。
 でも何よりの違いはその右肩口。
 燃え滾るような灼熱の焔をモチーフにした高 十 字 架(ハイクロス)に、
黄金の鎖が交叉して絡みついた紋 章(エンブレム)がセーラー服に刻み込まれている。
 まるで、少女の存在の象徴で在るかのように。
 承太郎の着ているモノと同じ、SPW財団系列のブランド
『クルセイド』 に特注で造らせた、この世に一着しか存在しないセーラー服。
 本来のシンボル的な意味合いは(ナリ)を潜め、
明らかに戦闘用に特 化(カスタマイズ)された縫製(ほうせい)が随所に施してある。
 その影響でいつもより二割増しに成った凛々しい様相で、
威風堂々とこちらを見る少女に対し、二人のスタンド使いから出た最初の一言は。
「校則……違反だな……」
「うん……」
「!?」
 何故か思いっ切り期待を裏切られた表情で、
少女はその(まなじり) を見開いた後、憤然とした面持ちで承太郎の前に詰め寄る。
「じゃあおまえの “コレ” は何なのよ?」
 そう言って他の女生徒には触らせたコトのない学生服の裾を掴み、
少女は無頼の貴公子に詰め寄る。
「オメーは 「不良」 じゃねーだろ」
「ボクはまだ制服が届いてないから」
「うるさいうるさいうるさい!
兎に角、明後日からコレ着ていくから!」
 隣で何故か返答する花京院も一緒に、
少女は鋭い一喝で両者の言葉を吹き飛ばす。
「勝手にしろ。風紀のセンコー辺りがうるせーと想うが、(ナシ)は自分でつけろよ」
「イヤ、そこまでの覚悟は無いんじゃないか?
あの先生も「再起不能」にはなりたくないだろうし」
 各々そう言って再び自室の方へと足を向ける両者に、
セーラー服姿のシャナもついて来る。
 涼やかな初夏の宵。
 どうやら随分と騒がしい、否、賑やかになりそうだった。 



【5】

 その日の夕食後。
 空条邸お決まりの屋根瓦の上で視た夜の街は、
今まで視たどの景色よりも鮮やかに視えた。
 寝間着を揺らす夜風も、何よりも優しく頬を撫ぜた。
 ただみんなで集まって、共にテーブルを囲むという、ありふれた行為。
 たったそれだけのコトなのに、とても楽しかった。
 まるで、今まで自分がずっと追い求めていた、
意味も実体も無いものを、突然分け与えられたかのように。
「!」 
 階下、 承太郎の部屋の位置から聴き慣れた洋楽のメロディーが、
微かに外へと洩れて耳に届く。
 多分窓が開いている筈だから、いきなりここから部屋の中へと飛び込んだら
ビックリするだろうか?
 ……
 でも、今日は止めておこう。
 アイツも(表情には決して出さないが)訓練で疲れているだろうし、
明日からの為にゆっくり休ませてあげよう。
 何事もメリハリが肝心。
 そう想いながら一度深く頷いたシャナは、
その後同じ年頃の少女達がそうするように
無垢で柔らかな笑顔を浮かべ、組んだ膝の中へと埋める。
「……」
「……」
 自分も、アラストールも、互いに無言。
 それでも、互いに感じている事は、心から望んでいる事は、
同じだと想えた。
(このまま……今日みたいに……)
 そうやってずっと、アイツと訓練を続けていけば。
(いつか……必ず…… “アノ男” 以上に強くなれる……!)
 直感以上の、たしかな確信。
(私とアイツが怖くて……その姿をみせないのなら……好きにすればいい……)
 その間に、もっともっと強くなってやる。
(やるべきコトは……ううん…… “ヤれるコト” はきっと……
数え切れないほどたくさん在る……!)
 アイツとの連携技、 融合業、 その他様々な戦闘コンビネーション。
 ソレらの可能性を考えているだけで、 今から理由もなくゾクゾクしてくる。
(勝てる……! 絶対……! アノ男に……ッ! 私とアイツで……!!)
 未だ以てその居所は解らないが、 きっと、 そう遠くない未来。
 共に成長した能 力(チカラ)を開放して、 統世王の宮廷内を駆け抜ける二人の姿。
 預言者の携える啓示のように、一切の歪みなき確定的な映 像(ヴィジョン)
(その先には……きっと……きっと……!)
 ワケもなく裡で脹れ上がる期待が。
 これからきっと訪れる無数の “希望” が。
 少女の存在を充たしていく。




“こんな日々が、 ずっとずっと、 続いていけばいい”
“きっと、 ずっとずっと、 続いていく” 




 この現世に産まれた者で在るならば、
必ず誰もが想い描くであろう、そんな当たり前の日常風景。
 ささやかだが、他の何にも換えられない
平穏なる、人間としての 『幸福』
 ……
 無理もない事だが、このとき、この少女は、
ソレがそのまま継続していくと、何の根拠もなく想い込んでいた。
 生まれて初めて感じた。
 幾千の闘いの日々の果て、ようやく辿り着いた。
 優しく温かな、自分の『居場所』
 名も無き少女の、たったそれだけの、小さな 「願い」
 しかし。
 ソレが、いともたやすく崩れ去る、
余りにも儚い 「幻想」 の産物で在ったコトを。
 この後、少女(シャナ)は、想い知らされるコトになる。
 文字通り、嫌という程に。



“因縁は消え去らない”
“運命は変えられない”



 残酷なる、 この世の 『真実』
 車輪はただ、回り続ける。

←To Be Continued……

















『後書き』






はいどうもこんにちは。
突然ですがジョジョ3部主人公、
空条 承太郎と他の部の主人公との一番の「違い」は何だと想いますか?
ソレは彼だけ他の部のような『相棒』がいないというコトです。
ジョセフは祖父、花京院やポルナレフは仲間ですが
ジャイロとジョニィのように共に支え合って(精神的にも)
戦っていくという立ち位置ではありません。
だからこの作品に於いて『彼女』はその立ち位置で、
まぁ元がアヴドゥルの生まれ代わりみたいなモノなので
そのように運用して差し支えないと判断しました。
(その方が絶対面白い、あと中の人がアラストールと一緒らしいネ。
発狂するから死んでも観る気はないけど・・・・('A`))
承太郎の相棒が他作品でしかも女! 
一見アンバランスに見えますがもう承太郎くらい精神的に完成されてる男だと、
ジョルノやブチャラティのような優秀な者を引っ張ってきても
『相棒』には成り得ないんですよ(基本一人でなんとかしようとする男なので)
でもソレが強気な女の子だと、彼が無口なのを良いコトに
勝手にガンガン前に出てくるので膠着状態に陥り難いンです。
(おそらくイギーのように自分は互角以上だと無根拠に想い込んでますし)
こーゆーバディモノ(コンビモノ)というのは、
『出会うべくして出会う』というのが鉄則で、
「出会わない方が良かったんじゃないの・・・・('A`)」
と読者に想わせたらお終いです。
まぁどこの○○とは言いませんが、
つきあう人間はよく考えよう(イヤ、マジで・・・・・('A`))
というコトですね。
知能も知性も何もないただの高校生の○○を
(頭が切れるという「裏付け」もない、
ただ「いざという時は切れる」と無根拠に描いてあるだけ)
無理苦理しゃしゃらせて活躍させると、
敵も味方も総じて『ザコ化』するという誰も得しない醜悪晒すだけですから。
ソレで三柱臣『将軍』とか戦技無双のフレイムヘイズとか「設定」しても、
自分でその「設定」壊して自爆してるようなモノで
「過去編」でどれだけ持ち上げて煽っても
「どーせこの後〇タレにハメられて負けるんでしょ・・・・('A`)」
という虚無感と厭忌感しか沸いてきません。
(何百年も何千年もかけて『その程度』じゃ、
最早ギャグにすらなってない)
だから言ってるンですよ。
「他人を “道連れ” にして不幸にする『最悪』だと」
ソレは「能力」云々の話ではなく、その「精神」が〇れてるから
もう本当にどうしようもないという話です。
だって、本当に家族や友人、更には吉田サンを「大切」に想ってたら、
絶対自分からは「遠ざける」でしょう?
(この作品で承太郎はそうしてますガ)
いつ何時人外のバケモノが襲ってきて喰われるかも解らないんですから。
(しかもソレを撃退出来る力もなければ気概もない、
一人の少女に頼りっきり)
「本当に大切」なら、「自分の日常」を守るために、
その人の命を危険に晒せるなど出来るはずがありません。
ましてや「自分の欲求」を充たすためだけに、
相手に滅私奉公や無償の行為を求めるのは間違っていますし、
何よりその事実を黙って「騙している」わけですから、
「傲慢」通り越して「卑劣」以外の何ものでもありません。
コレは、悪い例えになりますがHIVに感染してるのに、
相手に言わず交際を続けている者の思考と全く同じです。
(最悪伝染(うつ)っても、〇してるからしかたないですますつもりでしょう)
もう、本当に、何でこんなキャラクターがこの世に存在するのか
全く以て理解出来ません・・・・・
そしてこんな最低なキャラに疑念を持たない人が結構いるのは
これまた疑問ですし困ったコトです。
まぁソレまでが全部「前フリ」で、だからラスボス化して
騙されたマヌケなガキと相討ちにでもすれば
(ワタシなら絶対そうします!)
そこそこの作品として残ったのかもしれませんが、
まぁ○橋 ○七郎程度じゃこの程度が関の山だというコトでしょう。
○能な者に過剰な期待をかけるのも、
また酷という話かもしれませんネ・・・・
ソレでは。ノシ


 
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