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STARDUST∮FLAMEHAZE

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第一部 PHANTOM BLAZE
CHAPTER#END
  戦慄の暗殺者FINAL ~LAST IMPRESSION~

【1】



    ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!
   ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!
  ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッッッッ!!!!


 灼熱の、エピローグ。
 神々さえも息を呑む、死闘の終焉。
 目が眩む程の存在の光が、二つの存在から立ち昇っていた。
 決意、憎悪、友愛、正義、邪悪、信頼、純潔、信念、覚悟。
 ありとあらゆる、巨大な情念の渦。
 生命(いのち)
 その全てが刹那(いま)、この一極に。
『運命』 に。
「もう……いい……」
 眉間に銃口を突き付けられながらも、
恐怖も絶望もその表情に現さないフレイムヘイズの少女に、
紅世の王 “狩人” フリアグネは冷酷に吐き捨てる。
 少女の真紅の双眸は得体のしれない輝きで充々ていた。 
 ソレが、余計にフリアグネの裡で逆巻くドス黒い憎悪の炎を煽る。
「永劫の……闇に堕ちろ……ッ!
フレイム……ヘイズ……!!」
 そう言って手にした殲滅の魔銃、
『トリガーハッピー』 の銃爪(トリガー)を引き絞る。
永遠(とわ)に続く地獄の苦悶の中ッッ!!
せめて私のマリアンヌに詫び続けろォォォォォォォォォ―――――――――!!!!」
 その、時。
 突如、フリアグネの背後、階下から粒子線状に迸る
エメラルドの閃光。
 継いで、大爆裂音。
「!!」
「!?」
 シャナとフリアグネ。
 両者を照らす幽波紋(スタンド)の光。
 その 「正体」 が、「法皇」 を司る 『スタンド使い』
花京院 典明の最大最強流法(モード)
『エメラルド・エクスプロージョン』 であるコトを “シャナは” 知らない。
「……あ……の……「光」……は……?」
 フリアグネの視線は、迸るエメラルド光へ吸い寄せられるように釘付けとなっていた。
 周囲全域を照らす眩いエメラルドのハレーションにより、その髪も瞳も碧一色に染まる。
 そして、震える口唇から、零れるか細い呟き。
 最早、依るべき藁すらを掴む力を失った、儚き声。
「……」
 再び視た視線の先。
 光の大放流と共に原型を無くしていく体育館の、
バックリ抉れた巨大な着弾孔から鉄の瓦礫と共に飛び出してくる燐子達の残骸。
 ソレらが、意味するモノ。
 無言の、別れ。
 最後の、流法。
 決別の、餞。
「……」
 脳裡に浮かぶ、その者の姿。
 時折浮かべた、穏やかな微笑。
 その面影が、ゆっくりとフェードアウトするように、消えていく。
 ソレと同時に、己も予想だにし得ない程の、
途轍もない喪失感が総身を覆い尽くした。
 もうコレ以上ないという位の深い哀しみで充たされていたフリアグネの心は、
さらに、無限の精神の 「暗黒」 へと堕ちていった。
 最早彼には、生きる理由や希望と呼べるモノは、これで何も無くなってしまった。
 己が身を引き裂き、心凍てつく程の、深い【絶望】 によって。
「……」
 そのフリアグネの白い頬を伝う、
何よりも冷たい、ひとすじの雫。
 彼の心にまだ微か遺っていた、最後の涙の単結晶。
 ソレが、瓦礫の水面へと落ちた。


 みんな……
 みんな、離れていく。
 大切な者は。
 本当に護りたい存在は。
 みんなみんな。
 遠くへ行ってしまう。
 自分を、置いて。


 無情なる因果の交叉路の直中で、
フリアグネはただ哀しかった。
 ただただ、哀しかった。


「…………ッッ!!」
 流法の放つエメラルドの光に照らされながらその場に立ちつくすフリアグネに向かい、
シャナは足元の大刀を手にして斬りかかっていた。
「……」
 しかし、フリアグネは “それより速く” 向き直って手にした銃の、
死の銃爪(トリガー)を引き絞る。
「!!」
 無限の精神の暗黒で充たされた、虚無の瞳で。
 皮肉な事だが、“何もかも失った事によって”
“狩人” フリアグネの精神は、
完全に 「昔」 の状態へと戻っていた。
 虚ろな心のまま、ただただ 「宝具」 を簒奪する事のみに明け暮れていた、
しかしその戦闘能力だけは 「絶頂」 で在ったアノ頃に。
 その 「純粋」 な彼に、至近距離での抜き撃ち合いに勝てる者など誰もいない。
 どんな紅世の王でも、フレイムヘイズでも、絶対に。
 ソレが銃と剣での勝負なら尚更のコトだった。
 銃口から迸る、死の閃光。
 白い、マズルフラッシュ。
 渇いた、射出音。
 そして。
 そし、て!


“既にその二つの存在よりも迅くッッ!!”


“三つ目の” 存在がシャナの背後から、
けたたましい破壊音と共に鉄製の扉へ掛けられた南京錠を鎖ごとブチ破り
極限の速度でプラチナの弾丸のように空間に飛び出してきていた。
 眼下のエメラルドの光と同じ、
否、ソレ以上のスタンドパワーの輝きを携えた
『白金の旋風(かぜ)
 ソレが、一瞬でシャナの脇を通り過ぎ限界を超えたスピードで、
全身からスタンドパワーを迸らせながら眼前のフリアグネに向かって
一迅の流星のように翔け抜けた。
「!!!!」
 その顔に、もうこれ以上ないというくらいの喜びを浮かべようとするシャナの
深紅の髪が捲き起こった烈風により一刹那遅れて空間に舞い挙がる。
 甘い麝香の残り香を感じると共に灼熱の歓喜が
凄まじいまでの勢いで少女の全身を駆け巡り
精神の裡を狂おしい程に灼き焦がす。
 炎髪の撒く深紅の火の粉と灼眼の放つ真紅の煌めきと共に。


 そう。
「約束」 したから。
 来てくれると、想ったから。
 貴方の足音が。
幽波紋(スタンド)』 の呼動(こどう)が、
ずっとずっと、私には聴こえていたから。
 だから私の、今のこの想いを、こう呼ばせて欲しい。
 そうすれば、フレイムヘイズで在った今までの自分を、
(まっと) うできると想うから。
 今のこの想いを。
『希望』 と。


 シャナの真紅の双眸に、一迅の閃光が映る。
 まるで空間までも斬り裂くかのような、
微塵の乱れもない尖鋭なる直線。
 ソレが、既に全速力(フルスピード)で振り抜かれたスタンド、
スタープラチナの二本貫き手に構えられた指先に集束する
幽波紋光(スタンド・パワー)』 の 「軌跡」 を示している。
 疾風烈迅。斬空の洸牙。
 流星の流法(モード)
流 星 指 刺(スター・フィンガー)
流法者名-空条 承太郎
破壊力-A(贄殿遮那並) スピード-A 射程距離-C(最大7メートル)
持続力-D 精密動作性-B 成長性-A


 そのスタンドの放った超高速流法(モード)が、
“視えない弾丸が銃口から射出されるよりも迅く”
既にフリアグネの右腕を切断していた。
 宙に舞ったフリアグネの右手に握られた銃口から、
「標的」 からはまるで見当違いの方向に
フレイムヘイズ殲滅の弾丸が渇いた音と共に発射される。
 そして、舞い散る白い火花と共に瓦礫の海へと落ちるフリアグネの右腕。
 ソレは、大量の火の粉を放って音もなく空間へと消える。
 全ては、刹那の瞬間(とき)
 神々すらも見落とす、時の狭間(はざま)
 意識の限界すらをも超えた 「世界」 の中でのコトだった。
「……」
 フリアグネは、その、いつの間にか目の前にいた、
時間を消し飛ばして突如瞬現したかのような
長身の男を、虚ろな瞳で見つめていた。
 先刻までそこに誰もいなかったとは、
信じられない位の強烈で圧倒的な存在感。
 強靱な意志と覚悟が秘められたライトグリーンの瞳。
 極限まで鍛え抜かれ磨き抜かれた、芸術的なフォルムの体躯。
 血と炎の匂いが混ざり合った、蠱惑的な麝香の芳香(かおり)
 その姿にフリアグネは、己が絶対の忠誠を誓う君主の姿を重ね合わせた。
「……貴様……が……星の……白……金……?」
 虚ろな瞳と表情でそう問いかけるフリアグネに、
「よぉ……逢いたかったゼ……『ご主人様』……」
目の前の男、空条 承太郎は静かにそれだけ言った。
 しかし、その神麗なる風貌とは裏腹に、その男の全身はズタボロだった。
 身に纏った、マキシコートのような学生服の至る箇所に
使役する燐子達が手にしていた武器の創傷痕や尖突痕が存在し
ソコから血が滴っている。
 自分の燐子達を殲滅する際についた傷なのか?
 しかし、学園内ほぼ全域に放ってきた総数延べ500体を超える武装燐子の
大軍を相手にしながら、人の身にも関わらず五体満足だという事態が
信じられない話だった。
「ツレが、随分世話ンなったみてぇだな……」
 承太郎はそこで初めて、今の自分以上にズタボロな姿のシャナを、
今やその喜びの表情を隠そうともしない少女を鋭い視線で見つめた。
「……」
 その姿。
 白い封絶の放つ月光に酷似した煌めきに照らされた、幻想的なる風貌。
 虚無で充たされた自分の心にも、まるで闇夜の太陽の如く鮮烈に映る。
 全身傷だらけで血に塗れていても。
 否、“だからこそ” 何よりも気高く誇り高く映る。
 その男の姿、 『星の白金』 の 「真名」 に微塵も(もと)る事はないその存在に、
フリアグネは戦闘継続中という事も忘れて魅入った。
 まるで、初めてアノ方に邂逅した時、そのままに。
(……美)
 想わず、心の中でそう呟きかけたフリアグネに向けて、
『オッッッッッラァァァァァァァァァァァ―――――――――――ッッッッ!!!!』
突如、その男の背後で上がった咆吼。
 ソレと同時に、自分の脇腹にその男の腕から延びた
「もうひとつの腕」 が、極限まで鍛え絞られた剛腕の鉄拳が
微塵の容赦もなく叩き込まれていた。
「がはぁぁぁッッッ!!!」
 腹の底から、臓腑の奥の方から、多量の呼気が一気に吐き出され
そして何かが軋んで圧し折れる音が耳元に届く。
「今のは……テメーがその身勝手な 「目的」 の為に生命(いのち)を奪った、
数多くの 「人間」 達の分だ。
今のは、ソイツらがテメーのアバラをブチ砕いたと想え……」
「!!」
 そう言ったその男の、 『星の白金』 の内部から、
同等かソレ以上の存在感と威圧感を併せ持った巨大な人型のナニカが
空間を歪曲するかのような異質な音と共にズルリと抜け出す。
 ソレは、その全身に神聖な白金の燐光を纏い
自らの創り出した封絶よりも強くフリアグネを照らしていた。
「そして!! コレも!! ソイツらの分だッッ!!」
 ドッッッッッグォォォォォ――――――――――ッッッッ!!!!
「がぁぐぅッッ!!」
 今度はフリアグネの顔面左頬に、
スタープラチナの鉄鋲が穿たれたブラスナックルの拳が捻り込まれた。
 歪む美貌と滲む視界。
 継いで牽き搾るような強い衝撃で背後に弾き飛ばされたフリアグネは、
突風に飛ばされた紙屑のように瓦礫の上を無造作に転がる。
 そして、そのフリアグネの頭上から到来する、余りにも巨大で強烈な存在の声。
 まるで、一人の強大な紅世の “王” が、
特殊な 『能力』 でこの世に 【顕現(けんげん)】 でもしたかのように。
「いいか……? 覚えておけ……その 「次」 もソイツらの分だ……
その次も……その次の次も……その次の次の次……も……」
「!!」
 スタンドと共にゆっくりと歩み寄りながら言葉を紡ぎ続ける承太郎の、
その言葉の 「意味」 をフリアグネが認識する間もなく
その全身から白金の燐光を稲妻のように迸らせるスタンド、
スタープラチナの戦慄の轟拳の狂嵐が
フリアグネの全身に向けて爆裂一斉総射された。
「ソイツらの「分」だァァァァァァァァァァ―――――――――ッッッッ!!!!
コレもコレもコレもコレもコレもコレもコレもコレもコレもコレもコレも!!!!
オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァァァァァァ―――――!!!!」


 グァッッッッッッギャアアアアアアアアアアアアア
アアァァァァァァ――――――――!!!!!!!!!



「――――――――――――――――ッッッッッッッッ!!!!????」
 己の躰の至る処から発せられる、
存在そのものを圧削して撃砕するかのような壊滅音。
 その腕は、たったの二つの筈なのに。
 その拳は、たったの二つの筈なのに。
 己の視界全域に夥しい拳の弾幕が遍く流星群の如く次々と瞬現し、
一斉に自分の存在目掛けて襲いかかってくる。
 そしてその輝く流星の群が、躰の至る処に次々と着弾し、
拳型の刻印を全身に穿つ。
「―――――――――――――――――――――――――ッッッッッ!!!!!」
 その余りに凄まじい弾幕の破壊力とスピードの為に、
倒れる事は疎か声すらあげるコトも出来ない。
 躰は宙を浮き、落下重力によって地に伏する事も赦されない。
 微塵の容赦も躊躇もない、正義の鉄槌。
 星の白金、空条 承太郎の断罪殲滅撃。
(――――ッッ!!)
 その苛烈なる大破壊劇を、少女は、シャナは、
笑みを浮かべたままの表情で、輝く真紅の瞳で見つめていた。
 湧きあがる無数の感情を、微塵も抑えるコトもなく。
 両手をズボンのポケットに突っ込んだまま、
学生服の裾を翻して 『幽波紋(スタンド)』 を繰り出し続ける
青年の凄烈なる姿を。
「……」
 傍に、立つ者。
 そして、苦難に、立ち向かう者。
 私にとっての 『守護者(スタンド)』 は、
きっとこの人。
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラァァァァァァ――――――――――!!!!!」
 空間に響き続ける、スタンドの咆吼。
 肉の(ひし)ぐ音。
 骨の軋む音。
 そして、血の代わりに空間へ捲き散る、白い炎。
 瓦礫の上にしゃがみ込んだままでその光景をみつめながら、
少女は、心の底から嬉しかった。
 だがしかし、それでも、心の中に湧いた一抹の不平を漏らす。
(…………なによ……他の人間(ひと)の……コト……ばっかり……
“私の為には”……怒ってくれないの……?
おまえの中の……私の 「分」 は……まだな、わけ……?)
 そう心の裡で呟いたシャナに、
スタンドに攻撃態勢を執らせたままの承太郎がこちらへと振り返る。
「……」
 そして、一度だけ自分を見て、小さく頷く。
 その、ライトグリーンの瞳に映ったモノ。
(!!)
 ソレを一瞥しただけで、シャナはその 「意図」 を感じ取った。
 そして、微笑を浮かべて傷ついた躰を、
大刀の柄を支えにしながら引き起こす。
「フッ……やれやれ……だわ……
“自分の借りは、自分で返せ” ってワケ……?
心に……後味の悪いモノを……遺すから……?
ったく……怪我人相手に……無茶なコト……言って……くれちゃってぇ……!」
 口元に微笑みを浮かべてそう愚痴りながらも、
傷ついた躰で立ち上がったシャナは、大太刀 “贄殿遮那” を瓦礫の上に
突き立てたまま躰の裡に残された存在の力を指先へと集め
火の粉舞い散るソレを丁寧に編み始める。
「はああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ―――――――――――!!!!!」
 再び湧き上がる、灼熱の喊声。
 結果は、どうでも良い。
 ただ、己が最大焔儀を、全力で刳り出す為に。
 アイツの気持ちに、全霊で応える為に。
 己が存在の、スベテを賭ける。
 やがて八字立ちで、腰の位置で開いた少女の両掌に、
それぞれ属性の違う炎が宿る。
 そこで足を組み換え、ソレら二つを重ね合わせる為に両腕を素早く交差させる。
 何度も。何度も。
 迸る電撃のような着撃音と共に、空間に舞い散る静と動の火花。
 最大焔儀発動の、初期挙動。
「まだまだぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――――――――――ッッッッ!!!!」
 スタンドの放つ遍く夥しい殲滅の弾幕で、
引き裂かれたスーツの胸元を掴まれてがくりと俯くフリアグネを
片手で軽々と掲げたスタープラチナは、その細身の躰を無造作に頭上へと放り投げる。
 そし、て。
 落下してくる紅世の王に向け高々と宣告される、
流星 『幽波紋流法(スタンド・モード)』 の流法名。
「スタァァァァァァブレェェェカァァァァァァ――――――――――ッッッッ!!!!」
「――――――――――――――――――――ッッッッ!!!!」
『流星爆裂弾』
 右拳に白金色のスタンドパワーを強力に集束させた白熱の爆裂撃。
 ソレが 「全力」 でフリアグネの左胸に荒れ狂う龍の如く撃ち込まれ、
そして煌めきながらも爆散し同時に生まれた驀進力でフリアグネの躰は
直線の軌道で地面とは平行に吹き飛んでいく。
 その、先。
 少女の、シャナの眼前至近距離で。
 逆十字状に交差された両腕の先端、複雑な印の形に結ばれた指の先で。
 宙に浮いて蠢く、砕けた白刃のように凶暴な火走りを放つ紅蓮の火球。
「アーク……クリムゾン……ブレイズ……ッ!」
紅 蓮 珀 式 封 滅 焔 儀(ぐれんひゃくしきふうめつえんぎ)
 少女を司る、究極焔術大系の一局を担う御名(みな)
 その領域が焔絶儀の一つ。
 渦巻く業炎と揺らめく浄炎、
異なる二つの属性の炎を己が編み込んだ自在式によって融合させ
相乗効果によって増大した存在力を高架型に変容させて対象に撃ち込む
炎の強化型戦闘自在法。
 その流式の深名が、今再び、高々と少女の口唇から宣告される。
「レイジング……! クロス……ッッ!!」
 流式発動の動作とほぼ同時に、
シャナは既に指先に編み込んで集束させておいた操作系の自在式を
その両掌を重ねて腰撓めの位置に構え、残された時間の中
可能な限り式を修練させてその威力を高める。
 そし、て。
 シャナの腰の位置で合わせられた両掌が、
前面で迸る紅蓮の大火球に向けて。
 その延長線上からこちらに吹き飛んでくるフリアグネに向けて。
 極熱の咆吼と共に渾心の力で以て刳り出される。
「ヴォォォテェェェェェッッックスゥゥゥゥゥゥゥゥ―――――――ッッッッ!!!!」
 魔葬焼刹。灼煉の劫架。
炎 劾 華 葬 楓 絶 架(えんがいかそうふうぜっか)
 術式発動の自在式と共に突貫型操作系自在式も同時に、
双掌撃を経由してその内部に叩き込まれた火球が突如
北 欧 高 十 字 架(ケルティック・ハイクロス)』 のカタチに変容し、
高架の紅い残像を描きながら 『流 星 爆 裂 弾(スター・ブレイカー)
に吹き飛ばされてきたフリアグネの躰を、
微塵の容赦もなく己の遙か頭上、天空へと轢き飛ばす。
「―――――――――――――――――――――ッッッッッッッッ!!!!!!!!!」
 交叉法(カウンター)効果によってその威力を更に加速させて。
 燃え盛る 『灼 熱 の 高 十 字 架(フレイミング・ハイクロス)』の直撃を受けた
フリアグネの躰は瞬時に紅蓮の炎で全身を覆われ、
その炎はフリアグネの躰に集束していた
白金の 『幽波紋光(スタンドパワー)』 と融合して激しくスパーク、爆裂し、
頭上に真円の軌道を描いて撥ね上げられた全身を
白金と紅蓮の混ざった閃熱で灼き焦がしながら一度強烈に光を放つと、
そのまま直下の瓦礫の海を撃ち砕いてまるで暴龍の如く苛烈なる勢いで
凄まじい衝撃と共に着弾する。
 空間に捲き上がる、莫大な瓦礫の飛沫と夥しい量の粉塵。
「……………………」
 その中心内部で、今や完全に意識を断絶され白一色の双眸のまま
大地に(はりつけ) られた背教徒のように、
陥没した瓦礫の上で仰向けに這い(つくば) る紅世の王。
 そのフリアグネの全身から焼煙と共に、
無数の白金の燐光と紅蓮の火の粉が混ざり合って寄り添うように
立ち昇っていた。
 (さなが) ら、断罪者の御霊を弔う葬送曲でも在るかのように。
 その立ち昇る燐光と火の粉に向けシャナの視線の先、
空条 承太郎は。
 その指先を逆水平に構え、瓦礫の水面で斃れているフリアグネを差す。
 連られるわけではなく、ソレがまるで当たり前の事のように、
シャナも同じように指先を逆水平に構え同じようにソコを差す。
 その両者の指先の先端が、空間延長線で重なる。
 そしてほぼ同時に、二人の口を付いて出る言葉。
「裁くのは……」
「裁くのはッ!」
 折り重なって響き渡る、壮烈なる二つの声。
「オレのスタンドだ……ッ!」
「私の能 力(スタンド)よ!」
 破壊の乱風と封絶の放つ気流に揺れる、
承太郎の学生服とシャナのセーラー服。
「…………」
 直接触れあったわけでもないのに、
以前、手を合わせた時等較べモノにもならない程の高揚感が
シャナの全身を貫いて甘い痺れが神経へ直に接触しているかのような、
強烈な体感を(もたら) す。
 否。
 確かに、触れた、繋がった。
 手と手が、ではなく、(からだ)(からだ) が、ではなく、精神、が。
 或いは 『魂』 が。
 互いがたった今全力で以て撃ち放った
『流法』 と “流式” を楔として、時間も空間も超えて、
二人の存在が確かに繋がったのだ。
「……」
「……」
 そのまま、互いに、無言で押し黙る二人。
 様々な感情が波濤のように()し寄せ、時は、止まる。
 その両者が、たった今創り出した、
殲滅討滅双方の原動力と成った究極の能力。
 互いの最大の流法と流式とを、正反対の方向から激突させて
凄まじいまでの累乗波及効果を引き熾こし爆 裂(ヴァースト)
その二つの存在の狭間に途轍もない超絶的破壊空間を生じさせる極絶技。
『スタンド使い』 と “フレイムヘイズ”
 両存在の完全融合(ワザ)
流法式祁(フォース)
 星炎招来。星天真紅の神撃。
 流星灼眼の流法式祁(フォース)
スターダスト()タンデム()ブレイズ()
流法及び流式者名-空条 承太郎&空条 シャナ
破壊力-AAA スピード-AAA 射程距離-AAA
持続力-AAA 精密動作性-AAA 成長性-AAA


 尚、この 『究 極 の 流 法(アルティミット・モード)』 は、
司令塔である空条 承太郎の神懸かり的な状況分析能力、
空間把握能力が絶対条件であり、ゼロコンマ1秒タイミングがズレただけでも、
ただの 「連撃技」 に堕する事を此処に銘記しておく。
「……………ッッ!!」
 墜落の衝撃によって大きな放射状の亀裂が走った瓦礫の海原にて、
引きつるように細身の躰を震わせる紅世の王。
 最早彼に、戦う力は微塵も残されてはいない。
 宝具を操る力も、自在法を編み込む力も全て、
一片も残さず空条 承太郎によって放たれた
流法式祁(フォース)』 によって跡形もなく殲滅され、
今やただそこで生きているだけ、ただ呼吸をしているだけの存在と成り果てた。
「……」
 しかし、何もかも、大切な者も立ち上がる力すらも失ってしまった彼だったが
奇妙な事にその心の裡は波打ち際の夕凪のように澄み渡りつつ在った。
 静かに、そして穏やかに。
 そう、何かが、フッ切れたように。
 深い哀しみの憎悪と絶望で充たされいたパールグレーの双眸は、
今再び元の宝石のような光を取り戻しつつ在った。
 そのフリアグネの耳元に届く、衣擦れの音。
「……」
 傍に、立つ者。
 燃え盛る灼熱の双眸と火の粉舞い散る紅蓮の髪を破滅の戦風に靡かせる、
凄絶なる一人の少女。
 その少女の右手に握られる 『討滅』 の刃は、
刀身に炎を円還状に集束させ加粒子に近い状態で刃に宿す
強靱無比なる閃熱の劫刃。
『贄殿遮那・煉獄(れんごく)ノ太刀』
遣い手-空条 シャナ
破壊力-A++ スピード-シャナ次第 射程距離-C
持続力-D 精密動作性-シャナ次第 成長性-B


 フリアグネの()には、目の前に佇むその少女の姿が
まるで、 『天使』 のように視えた。
 最愛の彼女の(ところ) へ、“マリアンヌ” の(もと)へ、
自分を送ってくれる、“御遣い” のように。
「……フッ」
 それならば、と力無く微笑ったフリアグネは灼けつく躰を引き起こし、
座り込んだままの姿勢で幼子がやるように左手をゆっくりと拳銃の形に模すと、
再びゆっくりとその銃口の先端をシャナの方へと向ける。
「!?」
 最早万策尽きた己の奇妙な行動に、
疑念の表情を浮かべる炎髪の少女に向けて。
 全霊を尽くしてブツかり合った存在に向けて。 
「……フレイム……ヘイズ……」
 フリアグネは(かげ)りのない微笑を浮かべたままそう呟き。
「この……討滅の……道具め……」
 そう片目を閉じてからかうように小さく、
「BANG」 と指先を弾いてみせた。


 ズァッッッグゥゥゥゥゥゥゥ――――――――ッッッッッ!!!!!


「うる……さい……」
 少女の呟きと共に、強い踏み込みで全身の力一点に連動させて放たれた
渾身の袈裟掛けにて、融解した鋼の如き灼紅の劫刃が
フリアグネの左肩口を透して躰の中心部に叩き込まれる。
「……ッッ!!」
 最早、声というモノは、なかった。
 存在そのものを灼き斬られるような激しい「痛み」と共に、
途轍もない「歓喜」が湧き上がってきた。
 最愛の 「彼女」 と、もう一度 「再会」 出来るという歓びが、
躰を蝕む苦痛すら上回った。
 そし、て。
 眼前で捲き起こる、灼熱の咆吼と刳り出される劫刃の乱舞。
「うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい
 うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい
 うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい
 うるさいうるさいうるさいうるさァァァァァ―――――――――いッッッッ!!!!」
 次々と湧き上がる激しい喚声と共に己が全身を、その存在を、
数多の斬撃技で以て刳り出される灼紅の劫刃で刻まれながら、
フリアグネは憂いに充ちた表情のまま、呆然と己の想いを反芻していた。
 逃れられない絶対の「死」を目の前にするコトによって初めて生まれ出ずる、
極度に引き延ばされ、静止した 「世界」 の中で。
(本当は……本当……は……もう……とっくに……解っていた……
“私の方から”……君の処へ……旅立たねば……もう……君とは……
決して…… 「再会」 ……出来ないと……いう……事は……)
 無数の朱い斬閃と、次々に舞い散る白い、存在の火飛沫(ひしぶき)
 その色彩、哀しいほどに鮮やかな、花片(はなびら)の如く。
 ソレと一緒に散華する、フリアグネの想い。
 何の偽りようもない、真実の想い。
(でも……認めたく……なかった……頭で……解って……いても……
まだ……この世界の……どこかに……君が……いるような……気がしたから……
この……一秒後にでも……私の前に……ひょっこり……君が……現れて……
いつもの……ように……微笑みかけて……くれるような……
そんな……気が……したから……)
「―――――――――――――――ッッッッ!!!!」
 叫びと共に数多の劫刃を繰り出し続けるシャナの躰にも、
フリアグネの全身から迸る純白の炎が、生命の飛沫(しぶき)が、
返り血のようにかかる。
(燐子……だったから……私が……自分で……生み出したから……
愛した……わけじゃない……「君」が……“君だったから”……
この世界で……たった一つの……かけがえのない……存在……
“マリアンヌ” ……だったから……
だから……君の為になら……何でも……して……あげたかった……
ソレが……例え……どんなに……罪深い……事で……あろう……とも……)
 脳裡に甦る、最愛の彼女。
 緩やかな陽光を背景に映る、
その、(くる)しい程に愛しき姿。
(……後悔は……ない…… 『君の為に……出来る事』 ……
アノ方に……忠誠を……誓った事……
炎の灰燼……一枚(ひとひら)すらの……後悔も……私には……ない……
君と共に……生きられて……そして……アノ方に……出逢えて……
私は……私は……本当に……幸せ……だった……本当に……
本当……に……)
 やがて、空間に散華する白い飛沫と共に、
フリアグネの躰は、ゆっくりと地球の 「引力」 に(いざな) われ、
背後へと、堕ちていく。
 そのパールグレーの双眸も、静かに、閉じられていく。
 まるで、彼の生命の、その存在の終幕を、そっと降ろすかのように。
(……今……すぐ……傍へ……いくよ……
今度は……もう……離さない……
ずっと……一緒だよ……
永遠に……永……遠……に……
私の……私……の………………)


“マリ……アンヌ…… ”


「オッッッッッラァァァァァァァァァ――――――――――――――ッッッッ!!!!」
 勇烈な駆け声と共に 『火車ノ太刀』 の構えで。
大刀を振り抜いた体勢のまま一気に駆け抜けるシャナ。
「……」
 一際鋭く、飛び散る純白の炎。
 その瞬間、フリアグネは糸の切れたマリオネットのように、
力無く地に伏した。
 天を仰ぐその躰を、舞い落ちる純白の長衣にそっと包まれて。
 そして、その白炎を司る壮麗なる紅世の王は、
もう二度と、立ち上がる事は無かった。
 その理由も必要も、最早存在しなかった。



【2】

 静かに立ち上る、存在の燐火。
 瞳を閉じたまま瓦礫の上に伏する紅世の王。
 その、白い生命の残光。
 承太郎とシャナは、黙ってその存在の終焉を見届けていた。
 善悪(カタチ)はどうあれ己が死力を尽くして戦った相手に対する、
コレが彼らなりの 「敬意」 だった。
 その沈黙を突如打ち破る、一つの、声。
「フリアグネッッ!?」
 二人の間に来訪した、第三者の声。
「!!」
「!?」
 先刻、本体とスタンドの蹴りでブチ破られた鉄製のドアから、
上がった声の主を認識する間もなく、花京院 典明は駆け出していた。
 瓦礫の海の上でたった一人、いま正に死の淵に瀕している彼の元へ。
 フリアグネの元へ。
 その空間を駆ける美男子の心中で湧き上がる、一つの声。
 もう一人の、自分の声。


“彼は 「悪」 だ!”


 そんな事は解っている!


“数多くの人間を! 己が 「目的」 の為に犠牲にした!”


 そんな事は解っている!
 なら、何故?
 今、駆け出すのか?
 それは。
 それ、は。


“こんなヤツでも 『友達』 だからッッ!!”


 誰よりも何よりも自分の存在を必要としてくれたから。
 ソレ以外の理由なんて何もいらない。
「フリアグネッッ!!」
 花京院は、仰向けの体勢で地に伏していたフリアグネの肩を掴んで、
優しくそっと抱き起こした。
「……」
 もう、死に逝く運命(さだめ)は変えられない。
 それだけの 「罪」 を、彼は既に犯してしまっていたから。
 でも、それでも。
 せめて、せめて最後の最後の(とき)くらいは、
安らかな気持ちを与えてやりたかった。
 誰にも気にされず、一人淋しく散って逝く位なら。
 例えどんな罪人でも、死の尊厳を与え、
静かにその生命の終焉を看取ってあげたかった。
 それだけは、偽りのない「本心」だった。
(……)
 甘い、ライムオイルの匂い。
 遠い追憶、嘗て一度だけ、その香気に包まれたコトが在るような。
 そしてその香気にと共に聴こえてくる、(こだま) のような声。
 誰かの、呼ぶ声。
 誰か、が。
 その声に誘われるように、フリアグネ、は、
もう二度と開かないと想われた双眸を、微かに開いた。
 ぼやける、微睡みようなその視界に、映る姿。
 ソレは次第に線を結び、像を成す。
(……)
 その視界の殆どが闇に閉ざされつつある瞳に、映った姿。
 たった一人の、人間。
 震えるフリアグネの口唇から漏れる、
気流に掻き消える程か細い、儚き声。
 花京院にしか聞こえない、一つだけの声。
 か細く震えるフリアグネの手が、そっと左胸の部分に触れる。
 花京院は、寄せられたそのフリアグネの手を強く握り返す。
「……」
 震えるその手で、フリアグネは花京院の頬をそっと撫でる。
 その存在を、確かめるように。
 微かに開かれたフリアグネの双眸に向け、
花京院は優しい微笑を浮かべ、穏やかな口調で語りかける。
「大丈夫。何も、心配しなくて良い。
ボクは、此処にいる。どこにも、行かないよ。
だから、今はただ、安らかに」
「……」
 もうこれ以上何も感じる事は無いと想っていた自分の凍てついた心に、
温かなナニカが甦ってきた。
 これが、人間の温かさ?
 これが、人間の温もり?
 解らない。
「人間」ではない “紅世の徒” で在る自分には。
 何も。
 でも、それでも、構わない。
 抱かれたその肩に、繋がれたその手に、花京院の温もりを感じながら、
フリアグネは最後に、本当に安らかに微笑(わら)った。
「フリアグネ……」
 花京院は、(うれ)うように左手を強く握り返した、
温もり、消えて、しまわぬように。
 やがて、虚ろに現世の境界を揺蕩(たゆた)っていたフリアグネの躰の線が、
その輪郭を消失()くしていく。
 ソレが人の形を失って大量の純白の炎となり、
一つの 「鳥」 の形と成って天空へと翔け昇り、一斉に爆ぜた。
 元なる場所へ。
 全てが、そう在るべきだった処へ。
 (かえ)っていった。
「……ッッ!!」
 その、音もなく舞い堕ちる白い欠片(カケラ)を手に掬いながら、
花京院は震える背を向けたまま言った。
「……彼……は……フリアグネ……は……決して……「幸福」 には……
なれない運命(さだめ)の……男だった……もう既に……ソレだけの事を……
行って……しまっていたから……」 
 もう少し早く、「別の形」 で出逢えていたならば。
 馬鹿げた考え、でも、そう想わずにいられない。
「でも……自分以外の……「誰か」 に対する気持ちは……それだけは……
「純粋」 な……ものだったと想う……少なくとも……このボクは……」
「……」
 空条 承太郎は、黙って花京院の言葉を聞いていた。
 否定も肯定もしなかった。
 例え敵であろうと、数多くの人間を殺してきた咎人(とがびと)であろうとも、
花京院とフリアグネ、両者の関係は、その中で生まれた互いの気持ちは、
この世界で二人だけのものだから。
「……」
 花京院は、手の平に遺ったフリアグネの残霞(ざんか)
自分の左胸に捺し当てた。
 その存在を、己に刻むかのように。
 これから、フリアグネは、自分の裡で生きる、
自分の存在、『幽波紋(スタンド)』 『法 皇 の 緑(ハイエロファント・グリーン)』 と共に。
「これで……ずっと……忘れない……」
 左胸に手を捺し当てたまま花京院は(おもむろ) に立ち上がり。
「おやすみ……」
 両目を閉じ、誰もいない瓦礫の墓標に向けて、静かに哀悼を捧げた。
「……」
 両手をポケットに突っ込んだまま、押し黙る承太郎の視界の端、
空間を舞い散る白い飛沫が完全に消え去ったその瞬間、
力無く瓦礫の上に崩れ落ちる少女の姿が在った。
「ッッ!!」
 咄嗟に出現させたスタンドで足下の瓦礫を踏み割り、
超高速で少女の元へと移動し承太郎はその躰が瓦礫へと伏する前に抱き留める。
「……」
 腕の中の少女の躰は、信じられないほどに小さく、そして頼りなく、
そしてその存在が身の丈以上の大刀を振り翳して戦っている事など
想像もつかない程の軽さだった。
 その少女は、もう荒くすらもない本当にか弱い息遣いで
静かにその閉じられた双眸を開く。
 儚く己を映す、真紅の双眸。
 しかし最早その(うち)に、
初めて視た時のような鮮烈さや凛々しさはもう見る影もなく、
ただただ戦いに傷ついた少女の瞳が其処に在るだけだった。
「ッッ!!」
 そして、そのスタンドに抱き留められた少女の方も、
眼前の事実に双眸を見開いて驚愕する。
 今、自分を。
 他の人間には視えない「もう一つの腕」で支えてくれている
青年のその躯には、夥しい数の傷痕が刻まれそこから流れ出る鮮血が
全身を染め上げていた。
 躯の至る所についた、鋭利な武器による創傷や擦過傷、
引き裂かれた極薄のアンダーシャツから覗く、
亀裂骨折の影響で赤黒く腫れあがった生身の素肌。
 本来の戦闘能力を鑑みれば、
自分と同等以上の力を携える彼ならば、
幾ら大軍とはいえ “燐子” 程度の相手に
ここまでの重傷を負うとは考えられない。
 でもソレは、“あくまで戦うコトだけに専念すれば” の話。
 一体何故彼がここまでの傷を負っているのか?
その「理由」は既に明確だ。
 そして、互いの疵痕を見つめ合ったまま同時に湧き上がる互いの声。
(シャナ……おまえ……)
(承太郎……おまえ……)
 交叉する、二人の想い。
(ズタボロ……じゃあ、ねぇか……!)
(ズタボロ……じゃ、ないの……ッ!)
 交錯する、二つの感情(こころ)
(バカヤロウ……! 他の奴の為に……こんなにズタボロになりやがって……!)
(バカバカバカ……! 私の為に……そんなにボロボロになって……!)
 ブッきらぼうな言葉でそう毒づき合いながらも、
承太郎は、腕の中の少女の事を考える。
 少女の、シャナの、 「戦う」 事、
その、 真の 「意味」 を。


 人間は、自分も含めて、
(すべから) く何かを 「破壊」 して生きていると言っても良い存在だ。
 そんな哀しい人間の宿業の中で、
その身を 「犠牲」 にして血に塗れ、
心も躰も傷だらけになりながらも、
それでも懸命に誰かを 「救済」 し続けている腕の中の少女、
「シャナ」 の存在は、きっと、この世界のどんなものよりも優しい。
 だが、傷つき戦い続ける少女の心の(きず)は、
例えどんな 「能力」 を以てしても決して癒す事は出来ない。
 そして、終わりの見えない戦いの日々の中、
ゆっくりと溶けない根雪のように降り積もっていく
少女の冷たい魂の 「孤独」 は、
例えどんな 『スタンド』 だろうと絶対に埋める事は出来ない。


 そう考える無頼の貴公子の心に、
音もなく去来する想い。
 静かに形を成す、もう一つの 「決意」
(……やかましくて。
何か知らねーが紅い眼と髪で。
バカデケェ刀をブン廻す。
可愛げのねぇ小娘(ガキ)だと想ってたンだがな……)


 でも、もういい。
 もう、たった一人で、頑張り続けなくても良い。
 辛いときは、辛いと言って良い。
 泣きたい時は、思い切り泣けば良い。
 これからは、オレが傍にいるから。
 お前が嫌じゃないなら、いてやるから。
 例え、この世界中がお前の 「敵」 に廻ったとしても、
懸命に誰かを護り続けるお前を、誰も護ってくれないというのなら。
 せめて、このオレが。
 空条 承太郎が。
 この世のどんな残酷な事からも、必ずおまえを(まも)ってやる。


(……)
 少女は、温もりを感じていた。
 体温ではない、精神の、存在の温もり。
(あたた……かい……)
 気づけばいつも傍にいて、
崩れ去りそうな自分の存在を支えてくれている。
(あたたかいわ……おまえ……
まるで……太陽に……抱かれてるみたい……)
“本当” は。
 逢うのが、ずっとずっと、待ち遠しかった。
 此処に来るのが、本当に本当に楽しみだった。
 ジョセフから、自分とそんなに歳の違わない 「孫」 が、
一人いると聞かされた時から。
 その時はもう、ジョセフもスージーもエリザベスの事も、
好きだったから。
 人間ではない、バケモノじみた能力(チカラ)を持つ、
怖れられて、疎まれて当然の “フレイムヘイズ” で在る自分にも、
何の分け隔てもなく温かく優しい、『ジョースター』 の血統の人達が
本当に本当に、大好きだったから。
 だから、古いアルバムのページ。
 幼い頃の “アイツ” の姿を、
ジョセフに見つからないように、アラストールにも内緒で
こっそりと何度も何度も眺めていた。
 でも、実際に逢った “アイツ” は。
 自分が想っていたよりも、ずっとずっとヤな奴で……
 良い奴で。
 想っていたよりもずっと想い通りにはならなくて……
 でも、一緒にいると楽しくて。
 想像していたよりもずっとブッきらぼうで……
 でも、他の誰よりも優しくて。
 写真の中とは似ても似つかない 「不良」 だったけれど……
 でも、正義と覚悟と決意の精神(こころ)に充ち溢れた、
本当に強くて誇り高い人だった。
(!!)
 そのとき、突如、鮮明に甦る、一つの言葉。
 己が躯を醜い「白骸(ムクロ)」に換えてまで。
 そして。
 そのたった一つの大切な生命を 「犠牲」 にしてまで。
 自分をフレイムヘイズへと導いてくれた者の言葉。
『いいか……?』
 ソレが、彼の最後の、手の感触と共に甦ってくる。



『……いいか……? 覚えておけ……
今此処に在るものは……“紅世の王” さえ一撃で虜にする力を生む……
この世界で最大最強の自在法だ……
いつか……自分で……見つけろ……
そして……ソレだけは……絶対に……
何が在っても……手放すな……
“オレみたいには”……なる……なよ……』



 最後に、そう言い遺して、彼は消えた。
 崩壊する 「天道宮」 の中、無音のまま儚く空間に舞い散る
虹色の火の粉と共に。
 そのとき、自分は、果たして彼に、何と言ったのだろうか?
“ありがとう”
 それとも。
“おやすみ”
 認識するには、目の前の事実は余りにも唐突過ぎて。
 そして、 『運命』 は余りにも残酷過ぎて。
 ただ、泣いていただけだったのかもしれない。
 でも、 「その言葉」 だけは覚えていた。
 何が在っても絶対忘れちゃいけない。
 それだけは、解るから。
 誰だって、きっと、そうだから。
 その、今は亡き青年に向かって、少女は静謐な声で呼びかける。



(……『見つけた』……よ…… “シロ” ……
コレが……貴方の言っていたものなのかどうかは……解らないけれど……
でも……多分……きっとそうだよ……)



 体温も感触も感じないスタンドの腕に抱かれながら、
少女はその 『みつけたもの』 見上げる。
「……」
 その人は、ずっと視線を逸らさず
ただ黙って自分を見護ってくれていた。
 何か、言いたい。
 でも、何を言えばいいのか解らない。
 来てくれてありがとう、という感謝?
 それとも、来るのが遅い、という文句?
 先刻、戦っている時は、頼まれずとも彼に関する言葉が
次々に溢れ出てきた筈なのに。
 実際、その彼を目の前にすると
みんな白い闇の彼方に消え去ってしまう。
 言葉はいつも、役に立たない。
 アノ時の自分の言葉は、もうこの人には届かない。
(!!)
 再び脳裡に走る、白い閃光。
 直感以上の、確かな確信。
 そうか。
 だから。
 だか、ら。
「……」
 シャナは、痛みで引きつる躰をスタープラチナの腕の中で
無理に揺り動して引き起こそうとする。
「バカ! 無茶すんな! ジッとしてろッ!」
 そう怒鳴って顔を近づけてきた彼の線の細い頬に向けて、
少女は震える指先をそっと手を伸ばす。
「どうした? どっか痛ぇのか? 
待ってろ、すぐにジジイの所へ連れてってやる」
 スタンドの両腕で自分の躰を両膝ごと抱きかかえ、
そして震える口唇から漏れる声を聞き漏らさないように
その顔をすっと近づけてくる。
「オイ、アラストール。昨日みてぇにオレのスタンドの力を使って、
応急手当くれぇは出来ねーのか?」
「その創痍の身体で何を言う。
昨日の 「娘」 と違いこの子はフレイムヘイズだ。
今の状態で治療など行えば、本当に貴様が死ぬぞ」
 承太郎とアラストール。
 二人が何かを言い合っている。
 でも、聞こえない。
 もう、聞こえない。
(自分で……試してみるのが……一番……良いん……だよね……?
ね……? ジョセフ……お爺ちゃん……)
 少女の心中に無限に拡がっていく、
光り輝くように眩く、強烈な感情。
 ちょっと、苦しいけど。
 でも。
 全然不快なものじゃない。



“想いを伝えるのは、言葉だけじゃなかったんだ”



「やれやれ、スタンドだ、超能力だっつっても、肝心な時には何の役にも立たねー。
こんな事なら、曾祖母(ひいばあ)サンに 「治療」 の波紋も教わっとくンだったぜ、チ」
 空条 承太郎の言葉は、唐突にそこで途切れた。
 静かに重ねられた、少女の 「口唇」 によって。
「ッッ!?」
 星形の痣が刻まれた、その首筋に絡まれた細い腕。
 風に揺れて靡く、深紅の髪。
 甘く痺れるような、火の匂い。
 そし、て。
 少女の、淡く潤った可憐な口唇が。
 承太郎の、色素の薄い口唇に触れていた。
 互いの血と血で塗れた、
口唇と口唇とが穏やかに触れあう、
鮮血の、口づけ。
 これから、この世界を覆い尽くそうとしている巨大な 「闇」 と、
共に闘っていく事を誓う、何よりも尊く何よりも神聖な行為。
「―――――――――――――ッッッッ!!??」
 少女の、その余りにも突然の行為に、
胸元のアラストールは戸惑いを隠すこともなく驚愕を漏らす。
 しかし、その事に、当の本人達は微塵も気づいていない。
 承太郎にはシャナしか。
 シャナには承太郎しか。
 その存在が視えていない。
 他のものは全て、その意味を無くし、
二人以外の存在は時空間の遙か彼方にまで消し飛んでしまった。
「……」
 そして、完全に想定外の事態に、
少女のその行為に、両眼を見開いて絶句する 「彼」 に向かって
ゆっくりと口唇を離したシャナは。
 一度、向日葵のような満面の笑顔をその顔いっぱいに浮かべ、
そし、て、静かに瞳を閉じた。
「シャナッッ!!」
 精神の支えがなくなりズシンッと重くなるスタープラチナの腕の中、
だらりと垂れ下がった少女の首筋からさらさらと零れ落ちていく真紅の髪。
 ソレが、焼けた鉄が冷えるように元の黒い色彩へと戻っていく。
 少女の生命の消耗を象徴しているかのように。
 咄嗟に伸びた手が、彼女の左胸に触れていた。
「……」
 微かだが、鼓動は在った。
 少女の温かな、体温と共に。
 確かに、そこに存在していた。
 生命の息吹。
 命の鼓動。
 少女が、いま此処に居るという(シルシ) 。 
 ただそれだけの事実が、何故か無性に愛しい。
 一度消えたら、もう二度とは戻らない 『真実』 故に。
「気ィ失っただけか……無理もねぇな……」
 シャナの左胸からそっと手を離した承太郎はそう呟き、
そして学帽の鍔で目元を覆う。
 正直、何故か鼓動は異常な迄に高鳴り、
体温の急上昇に伴う多量の発汗作用が背に感じられたが
敢えてソコは意図的に無視した。
 理由は、考えたくもなかった。 
 取りあえず、“今は”。
「…………様々な事象が同時に折り重なった為、この子も動転していたのだろう。
つまり 「我」 を喪失した状態での事。あまり深く考えるでない」
 別に何も訊いていないのに
何故か異様にムッとした口調でそう一人語ちるアラストールに、
承太郎は後ろめたさを隠す意味も込め少しだけ(よこしま)微笑(えみ)を浮かべて返す。
「そういわれると、寧ろ 『逆』 に考えろっつーのが
ジョースター家に伝わる 「家訓」 なんだがな?
“その場合”、果たしてどーなるのかな?」
「なッ!? き、貴様ッッ!!」
 珍しく感情を露わにしてそう喚くアラストールに、
「冗談だぜ? アラストール。
アンタでも取り乱す事在るんだな? 意外だぜ」
承太郎は軽く言って微笑ってみせる。
「むう……意外に根に持つ男よ……」
 アラストールは先刻以上にムッとした声でそう呟き、不承不承押し黙る。
「……」
 その二人の耳元に、やがて、スタープラチナの両腕に抱かれた
少女の口唇から、静かな寝息が聞こえてきた。
 傷だらけの、服も躰も焼塵に塗れた姿でも。
 まるで、嬰児(みどりご)のような表情で眠る少女。
 空条 承太郎は、スタンドの腕の中で眠るその少女に、
己が使命を立派に果たした一人のフレイムヘイズに、
静かに語りかける。
(眠れ……今はただ……何も考えず……
目が覚めれば……また……戦いの日々が……おまえを待っている……
だから……今は……今だけは……何も考えず静かに眠れ……
このオレが……スタープラチナが……
“傍に立っててやるから……”)
「……」
 安らかな表情。
 安心しきった寝顔。
 今までフレイムヘイズとして少女は、
己の身は己で護らなければならなかった。
 故に少女は、こんなにも大きな安息に包まれて眠った事はない。
 たった一つの存在が。
 たった一人の人間が。
 これほどまでに少女の存在を変えてしまうモノか。
 胸元のアラストールは、感慨いった表情で眠る少女を見る。
 その、 『幽波紋(スタンド)』 『星 の 白 金(スター・プラチナ)』 の両腕に抱かれながら。
 (あまね) く星々の存在に包まれながら。
 少女は、シャナは、ただただ安らかな表情で眠っていた。
 まるで、目醒(めざ)めることで何かを成す、
『運命の眠り姫』 で在るかのように。




 紅世の王 “狩人” フリアグネ
 その従者 “燐子” マリアンヌ
……共に 【消滅】


←To Be Continued……










後書き


はいどうもこんにちは。
第一部最終回の話なので今回は少し長くなるかもしれません。
予め御了承のほどを。
さて、ラストが「原作」と「全然違う」のには理由(わけ)があります。
「原作」は、ストーリー作品として
『絶対にやってはいけない』箇所があるからです。
アレだけ散々「トリガー・ハッピーが命中したらフレイムヘイズは死ぬ」
と言っておきながら、いざ命中したら死ぬどころか「無傷で大逆転」
コレは自分で造った「設定」と「読者の信頼」への「裏切り」であり、
この作品がその時点で完全に「破綻」したというコトを意味します。
ジョジョを例に出して説明すると『ゴールド・エクスペリエンス・レクイエム』が
命中したのにも関わらず
「“キング・クリムゾン”は『無敵』のスタンドだから効かんッ!」
と言ってるようなモノで、じゃあ「設定」って一体何なのか?
おまえが (勝手に) 考えたモノじゃないのか?
じゃあおまえの言うコトなんて今後一切「信用」しなくて良いわけだな?
というコトになってしまい、
その時点で「作品」としての(てい)を成さなくなってしまうのです。
もう・・・・出てこないアノ主人公が「象徴」するように、
この作者は一事が万事このカンジで(中途半端で無責任でいい加減で)
何一つとしてちゃんと出来ている所が存在しません。
そもそも『設定』というのはある種「傲慢」なモノで、
「読者の意志」を無視して作者の考えや想像を
「押し付ける」行為に抵触するのですから、
細心の注意と責任、そして
「こうした方が面白くなるんだ! だから受け入れてくれ!」
という謙虚さと読者に対する信頼、
それこそ「祈り」のような気持ちが必要不可欠となってきます。
にも関わらずソレを造った張本人が、
あっさりとソレを「反故」にしているようでは、
端から読者と「信頼関係」を造るつもりがないのであって
そのような人物が作品中で何を言おうと一切受け入れてはもらえません。
当たり前です、最低限の責任感も倫理観も持たない人間が、
作中で幾らキレイゴトや御託を並べようとも、
それは殺人鬼が「正義」を語っているようなモノで
不快感しか残らないのは自業自得の必然の成り行きなのです。
(「これ以上があるもんか」とか「これが一緒にいるってことよ」
というセリフが非常に薄っぺらく逆に寒くてムカついてくるのは
コレが原因です)
ソレを忘れた「設定魔」なんて良い気なモノで、
ワタシには「通り魔」とか「盗撮魔」と同じ印象しか持てません。
そもそも“封絶”という設定自体がアラと矛盾だらけなので、
最初からこの作品は終わっていたと言えるのかもしれません。
故にラストは“このように”せざる負えません。
だってトリガー・ハッピーあったら
次から自分に向けて撃てばいいのであって
そんな○○○○(ピー)みたいな話描けるワケがありません。
だから「原作」では最終回まで引っ張る(ようなモンかソレ・・・・('A`))
「行為」もとっとと消化させてあります。
まぁ承太郎に抱えられてたらアノ○○がいきなりヤらかしやがったワケですが
(キャラが勝手に動くというヤツですか・・・・('A`))
原作者のキ○オ○でロ○コ○の○ッサンの考えがとことん気色悪かったので、
そんなモンにつきあってられないよという話です。
(今日日 “あんなコト” 考えてンの、
夢見がちな幼稚園児かア○アン隅○くらいだろ・・・・・('A`))
まぁ結局ホリィさんの言ってたコトが一番正しいのであって、
その前もその後の意味も人の数だけ違うわけですから
明確な答えなんて存在しようがないのです。
(だって同性同士でもあの行為はしますよ? 
どうするんですか? ソレは間違ってるんですか?)
まぁだからというワケではないですが、
コレで彼女の「原作の呪い」も解けたコトでしょう。
図らずも8部と同じテーマがこの作品の一端になっていたワケですが、
ソレもまた『運命』といった処でしょう。
でも、フリアグネとマリアンヌには本当に出逢えて良かった。
原作とは「別人」ですが、二人の生涯を描き切れただけでも
この作品を描いた意味はあったと想います。
戦いには敗れましたがその『絆』の強さは他の誰よりも勝っていた、
信じようと信じまいとソレは『真実』だったというコトです。
どうか二人とも安らかに。
それでは。 
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