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STARDUST∮FLAMEHAZE

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第一部 PHANTOM BLAZE
CHAPTER#24
  戦慄の暗殺者Ⅹ ~Final Prayer~

【1】



「オッッッッッラァァァァァァァァァァァァ――――――――ッッッッ!!!!」
「無駄だァァァァァァァァァァァァァァァァ――――――――ッッッッ!!!!」
 響き渡る数多の斬吼。
 踊り狂う幾多の火走り。
 ソレらを次々に生み出す焔人が二人。
 激戦の残光。
 死闘の飛沫(しぶき)
(勝負が……尽かない……ッッ!!)
 もう何合目か解らなくなった炎刃の斬り結びから距離を取ったシャナは、
瓦礫に足裏を滑らせながらその呼吸を3秒で戻す。
「どうした? 息が上がっているぞ! マジシャンズッ!」
 傷ついても揺るがないその耽美的美貌に微かな露を浮かべ、
フリアグネは不敵な微笑を浮かべる。
 勝利の女神が天空で吊す天秤は、少しずつ己に傾きつつあった。
 武力、精神力、能力共に互角ならば、
最終的には最も原始的な肉体の勝負になる。
 先刻自分の最大焔儀を受けたダメージは、
幾ら精神の加護が在ろうと完治には程遠い。
 加えてこちらは体力的に勝る男、
幾らフレイムヘイズであろうとも 「生物」 で在るならば、
人の形容(カタチ)を持って存在している以上
この原初的な法則(ルール)からは逃れられない。
 加えて未だ使っていない無数の 「宝具」 も手中にある。
 そろそろ斬撃戦に目が慣れきった炎髪の仔獅子に、
銃と剣との複合攻撃を仕掛けてやろうかと純白の長衣
“ホワイトブレス” に収納されているフレイムヘイズ完殺の魔銃
『トリガーハッピー』 の銃身を細い指先でつ、と撫ぜる。
 必勝の手札(カード)は、今や全て自分の手の内に在った。
(……ッッ!!)
 そして、そのフリアグネが気づいている事を当然シャナも察知していた。
“このまま長期戦になれば勝ち目はない” と。
 でも、たった一つだけ 「手」 が残されていた。
 でも、その 「手」 は。
 奥歯をギリッと食いしばるシャナの胸元で厳かに声があがった。
「一時 「退く」 か? 
燐子の包囲網が無くなった今、ここより撤退するのは容易い。
彼奴(あやつ)と合流し体勢を立て直すのだ」 
「ダメッ!」
 戦闘に於いては一番合理的で正しいアラストールの提案を
シャナは即座に()退(しりぞ)けた。 
「むう……」
 普段、殆ど自分に逆らった事のない少女の明確な拒絶に
アラストールは少々意外そうな声を漏らす。
「ソレは、出来ない。
ソレだけは、“しちゃいけない気がするの”
ゴメン、アラストール」
「う、む……」
 少女の言葉の意図を悟ったアラストールはそう一言だけ漏らし、
再び押し黙る。
 額から、全身から流れる汗と満身創痍、
疲労困憊で震える躰をシャナはなんとか意志の力のみで抑えつけ、
歯を食いしばりながらも大刀を正眼に構え続ける。
 その傷だらけの少女の胸の裡で、滔々と沁み出る想い。
(アイツは、昨日、 “アノ時”
今の私以上に絶望的な状況だったのに、
一切私には頼ろうとしなかった。
傷だらけの心と体でも、最後まで必死に、たった一人で戦い続けた……!
だから、“私もアイツには頼らない”
もし、一度でも頼ったら。
もし、一度でも縋ったら。
もう私は、二度とアイツと 「対等」 にはなれない気がするから。
理由は解らないけれど、そんな気がするから……ッ!)
 脳裡に浮かぶ、「アノ時」の “アイツ”
 全身血に塗れたズタボロの躯でも、降り注ぐ陽光の下、
何よりも美しく何よりも気高く瞳に映った、アノ姿。
 だったら、私もやってみせる。
 おまえと同じように。
 否。
 ソレ以上に!
「!!」
 シャナは突如、自分の左胸を掴み躰を覆う黒衣を解くと、
空間に翻されたその外套は一瞬で霧散するかのように掻き消える。
 まるで魔術師の操る呪法のように。
 そして、その華奢な躰を覆うものは
胸元を大きなリボンで飾る灼け焦げたセーラー服のみとなった。
「正気、か? 己が身を護る 『夜笠(よがさ)』 を自ら解くとは……ッ!」
「……」
 遠間に純粋な悪意に充ちた微笑を浮かべるフリアグネを後目に、
窮地に陥った立場を更に悪くするような、自虐的とも言える選択を
少女が取った事に対しアラストールは抑えながらも驚愕を発する。
 もし、この状態でフリアグネの剣が掠りでもすれば、
氷刃の殺傷力と纏った炎の高熱により
その部分は跡形もなく蒸散してしまうだろう。
 つまり、どんな 「小技」 でも極まれば終わり。 
 そのアラストールの危惧をよそに、少女は決意に満ち溢れた
双眸で眼前を見た。
「アラストール。(しゃく)だけど、このままじゃいつまで立っても決着は付かないわ。
認めたくないけれど、幾多のフレイムヘイズを討滅してきただけあって
アイツ大した “王” よ。さっきまでは精神的に押してたけれど、
今じゃソレも五分以下に引き戻された」
「むぅ、確かにな。
携えた宝具の能力(チカラ)も含めれば、
今や近代最強の “徒” かもしれん」
 当代を生きるフレイムヘイズにも、この男を(たお)せる者が果たして何人いるか、
生半(なまなか)に答えの出ぬ疑問に魔神は息を呑む。
「だからッ! アイツに勝つにはアイツ以上の 「覚悟」 をこの私が!
アイツに示さなきゃいけないって事よッッ!!」
 そうシャナが叫び左腕を振りかざすと同時に、
全身から紅蓮の火の粉が迸って舞い散り空間を灼き焦がした。
「オラオラオラァァァァァァァァァァァ――――――――――ッッッッ!!!!」
 そして勇ましき喊声と共にフリアグネへと躍りかかるシャナ。
「!」
 繰り出されるは瓦礫にけたたましく刀身を引き擦りながら放たれる、
抜刀炎撃斬刀術、『贄殿遮那・火車ノ太刀/斬斗(キリト)
 ガギィィィィィィィィィィ!!!
 だが、ソレは熟練の体術で地面を滑るように高速移動してきたフリアグネに、
剣の束、(なかご)部分近くをブレードで打たれ発撃を阻止される。
「その 『技』 は、もう “視た” よ……二度目は通用しない……」
「!!」
 下部で刃と刃を軋らせながらフリアグネは、
真上から陶然とした笑みを浮かべて見下ろす。
「フッ!」
 そしてその至近距離の場から一歩も動かない、
上体の廻転のみの旋撃で撃ち抜くように大刀ごと弾き飛ばす。
「クゥッ!」
 靴裏を瓦礫に滑らせて、シャナは崩れた体勢を何とか立て直す。
 疲労の上に重ねられた衝撃により、膝がガクガクと意志とは無関係に震えた。
 その様子を異界の貴公子は満足気に見据える。
(フッ……少々熱くなり過ぎている、か? 私らしくもない。
だが、真剣勝負というモノも嫌いではない。
久しく忘れていた何かが、精神の(フチ)から甦ったようだ……!) 
「オラオラオラオラオラオラオラアアアアアアアアァァァァァァァァァ!!!!」 
「フッ! 無駄だぞッッ!! 無駄無駄無駄ァァァァァァァァァァァッッ!!」
 アイツ譲りの激しい喚声と共に、再び躍りかかるフレイムヘイズの少女に
フリアグネは主譲りの傲慢な口調でそう叫び、
半身になって剣を水平に構えた低空迎撃の構えを執る。
 そして、眼前で数多繰り出される凄まじい速度の斬閃を、
手にした氷刃で空間に蜘蛛の巣のような剣閃の軌跡を描いて
全て弾き落とす。
「フッ……!」
「お見事ですッ! ご主人様!」
 適度に脱力した、剣技の理想型とも言える構えのまま
フリアグネは余裕の笑みを浮かべて手にした剣をだらりと下げる。
 しかし、次の瞬間。
 ジュバァァァァァァッッッ!!!
「何ッッ!?」
 そのフリアグネの、左腕が突如引き裂かれた。
「ご主人様ッ!?」
 驚愕の表情を浮かべるフリアグネと胸元の従者。
(バ、バカなッ!? 確かに全て迎撃した筈!
ヤツの斬撃で偶然生まれた 「真空」 によって斬れたのか?
イヤ違う! 確かにヤツ自身の放った大刀の本刃が 「命中」 したのだッ!
無数に撃ち出された斬撃の(うち)一つをこの私が見逃した?
ヤツのスピードは、この私を上回りつつあるというのか?
この極限の状況下で? 満身創痍のあの躰で!? バカなッッ!!)
 身に纏う紅世の黒衣を取り去った、
今や戦場では裸に等しき状態でいる少女の、
その冷静な視線がフリアグネの困惑と焦燥とを煽る。
「貴様ッッ!!」
 素早く瓦礫に踏み込み後ろの蹴り足でキレと射程距離を延ばして繰り出された、
多数のフェイントも織り交ぜたフェント(直突き)の連閃を
今度はシャナが剣を一切交えず、緩やかな水のように流麗な体捌きのみで全て(かわ)す。
 身体の加重移動を最大に活かす為、
胸の前で真一文字に構えられた大太刀を
それぞれ刺閃に合わせ振り子のように揺らしながら。
「!!」
 己の最も得意とする剣技が、
悉く掠りもせず全て空間を駆け抜けた事に
フリアグネはパールグレーの双眸を見開く。
 その驚愕の回避法。
 ソレは昔、少女が血の滲むような修練の元に会得した
凄惨、酷烈を旨とする古流剣術一流派の 「(ワザ)」 に由来。
 本来、他の武器と引き較べて比較的折れ易い日本刀の強度の弱点を
補強する為に編み出された斬刀回避術 「虎眼(こがん)の構え」
 それをフレイムヘイズの超人的身体能力に特 化(カスタマイズ)した、
極限レベルでの寸の見切り。
『フレイムヘイズ・灼虎(しゃっこ)ノ陣』
遣い手-空条 シャナ
破壊力-なし スピード-A 射程距離-C(近距離、最大半径5メートル前後)
持続力-D 精密動作性-A 成長性-B



「オラオラオラオラオラァァァァァ―――――――――――――!!!!」
 そのような驚愕の 「絶技」 を繰り出したのにも関わらず、
少女はそんなコトに等興味がないとでも言うかのように
再びフリアグネに向け斬撃の嵐を撃ち出す。
 興味が在るのはおまえの “首” だけだ、とでもいわんばかりに。
「クッ!? 無駄だァァァァァァァァ――――――――――!!!!」
 フリアグネは己の慢心が油断を招いたのだと半ば強引に解答を出し、
即座に思考を戦闘モードに切り換える。
 しかし、今度の斬光の連撃戦は
先刻までとはまるで展開が変わった。
 一撃の 「破壊力」 は、体力と自在法の影響で明らかにフリアグネが上、
しかし眼前のフレイムヘイズの少女は “ソレ以上のスピードで”
累乗の如く斬撃を繰り出してくる。
 力の優位性は数の原理で押し潰され、
次第に自身の手数は減っていき防戦一方の展開を余儀なくされる。
 まるで少女の放つ夥しい斬撃に
自分という存在が圧搾(あっさく)されているようだった。
(くっ、うぅ!?  技術は、互角!
しかしッ! 『空間把握能力』 はヤツの方が上ッ!
私が㎝で動く所を、ヤツは㎜単位の動きで攻撃を躱わしているッ!
その 「差」 の分どうしてもこちらが出遅れるッ!
接近戦での戦闘経験値の差がここに来て出たかッ!)
 そのフリアグネの 「死角」 から
瓦礫に鋭い火線を描いて繰り出された
至近距離の膝蹴りが脇腹に突き刺さって衝撃と共に爆散する。
「ガァッッ!?」
 瞳孔を見開いて多量の呼気を吐き出したフリアグネの
細身の躰が “くの字” に折れ曲がる。
「やっぱり頭が悪いわねッ! おまえ!
戦場じゃ 「足」 も使うっていったでしょッ!
同じ事を二度言わせないでッ!」
 そう叫んで素早く蹴り足を引き戻したシャナは、
そのまま下げた刀身を本刃に返さず右手を柄頭に当てる。
「そしてッ! 刀身だけじゃなく 「柄」 もねッ!」
 そう先鋭に叫んで足下の瓦礫を爆散させ、強烈に踏み切る。
「だァァァァァッッ!!」
 高速の束 頭(つかがしら)による穿突(せんとつ)がフリアグネの躰
「水月」 の位置に叩きつけられ捻じ込まれた。
「グハァァァァァ―――――――――ッッ!!?」
 今まで仕掛けられた事の無い 「技」 を
体勢が崩れた状態で唐突に繰り出されたので、
対応が遅れたフリアグネはそのシャナの打撃術をモロに喰う事となる。
 まるで鳩尾周囲の皮膚と肉がバラバラに削げ落ちて、
ズタズタになった神経が剥き出しにでもなったかのような
途轍もない苦痛と嘔吐感がフリアグネの全身を劈いた。
 その衝撃で空間に弾き飛ばされながら、
フリアグネは新たなる 「事実」 に気づきつつあった。
(私はッ! もしかすると途轍もない大きな勘違いをしていたのかもしれない!!
ただ戦闘能力が強いだけのフレイムヘイズなら今まで何人も討滅してきた!
しかしこの少女の “真に恐るべき処はッ!”
戦闘力でも頭脳力でも手にした大刀の殺傷力でもないッッ!!)
 その脳裡を直撃する、揺るぎのない確信。
(アノ “天壌の劫火” アラストールの! 
途轍もない存在をその「器」に呑み尽くしても微塵も揺らがない!
その想像を絶する 『潜 在 能 力(ポテンシャル)』 だッッ!!)
 その火の粉を撒く少女の裡に。
 そして存在の背後に。
 フリアグネは、感じ取った。
 巨大な、漆黒の塊を深奥に秘め、灼熱の衣をその身に纏い、
同じく巨大な紅蓮の大翼を背に押し拡げた深遠なる紅世の王
“天壌の劫火” アラストール其の御姿を。
(ソレがいまッ! 黒衣の加護を捨て去った 『覚悟』 を起爆剤として
正と負あらゆる要素が内部で 「爆裂」 している!!
ソレがいまのこの強さの源泉ッ!
肉体のダメージや疲労など今や “どうでも良い” 状態なのか!!)
 崩れた体勢でフリアグネはなんとか瓦礫の海に着地。
 苦痛に身を苛まれながらもその老獪な知能を総動員して
次に打つべき手段を数種、刹那の間に構築、取捨(しゅしゃ)選択する。
 そして彼が取った “手” は回復の時間を図る為に 「挑発」 として
剣を自分の前へ防波堤のように突き立てるという行為。
“やってみろ! 討滅の道具! この私が赦せないのだろう!?
だったらこの私の 「誇り」 ごと、見事私を討滅してみせろッッ!!”
 そのメッセージを “獅子王ウィンザレオの剣” 一心に込めて。
 そし、て。
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラァァァァァァ―――――――――!!!!!」
 勇ましき喊声をあげながらセーラー服に身を包んだ
フレイムヘイズの少女が空間を翔る。
 胸中に湧く、自分ですらもどうしようもない強烈な想いと共に。
(そう……痛みなんか……どうでも良い……!
手足が千切れたって構わない……ッ!
“そんなこと” より……ッ! 私が本当に痛いのは……!
私が本当に怖いのは……ッッ!!)
 涙が滲んだ少女の裡に、突如紅蓮の炎が燃え上がり
灼熱の閃光を背景に炎が一つの人間の形を成す。
 その存在が、何よりも熱く何よりも激しく何よりも狂暴な感情を
少女の胸の裡に呼び熾す。
(おまえなんかに教えてやるもんかッッ!!)
 灼熱のシャナの咆吼。
 その想いの全てを乗せた灼熱の炎刃が、
眼前に突き立てられたフリアグネの氷刃へ
力任せに叩きつけられる。
 ギャッッッッグオオオオオオオオオオ―――――――――――ッッッッッ!!!!!
「ッッッ!!!」
 その途轍もない衝撃の為に、
まるで空間ごと削り取られたかのようにフリアグネの体が
突き立てた剣ごとコンクリートを抉りながら数メートルズレる。
 その刹那。
 まるで今の斬吼が精神の “呼び水” でも在ったかのように、
シャナの精神の深奥で眠っていた真紅の存在の 『源泉』 が再び、
先刻以上の激震を以て弾け散る。
(―――――――――――――――――ッッッッッ!!!!!)
 シャナの脳裏を煌めく紅蓮の光暈(こううん)が充たし、
刹那の甘く気怠い痺れがその華奢な躰を、細い指先を、爪先の突端まで、
そして長く美しい髪の先端までをも隈無く包み込み、
その灼熱の双眸が再び一切の光の存在を赦さない無限の超高密度、
無明の双眸へと変貌する。
 神炎覚醒。天壌の灼刻。 
『フレイムヘイズ・ “真・灼眼” 』
発動者名-空条 シャナ
破壊力-??? スピード-??? 射程距離-???
持続力-C(現時点) 精密動作性-∞ 成長性-A+(現時点)



 全身から。
 鳳凰の飛翔のようにより紅く染まった紅蓮の羽根吹雪を振り捲き、
空間を灼き焦がしたシャナの、その深遠の双眸がゆっくりとしかし、
ゾッとするような凄まじい威圧感を以て再びフリアグネに向けられる。
「ッッ!?」
 その冷たく、しかし強烈な存在感にフリアグネは想わず後退(あとずさ)る。
(クゥッ!? さ、最悪だッッ!! ここに来て再び!!
先刻のアノ 『能力』 がッッ!? )
 フリアグネは恐れた。
 シャナの未曾有の 『能力』 を。
 その 『能力』 が胸元の “マリアンヌに及ぶことを”
 真に恐れた。
「フッ……ッ!」
 シャナは無表情のまま一度鋭く呼気を吸い込むと、
残像が映る程の超スピードで足下の瓦礫を踏み砕き、
フリアグネとはあさっての方向に超低空で疾風のように跳躍する。
(!?)
 炎髪の撒く火の粉によって陽炎を残しシャナはフリアグネの側面に高速移動すると
そこで一度動きを完全停止させ、陽炎の揺らめきが終える刹那、再び元の場所、
寸分違わぬ位置に同じ軌道で移動する。
 同じように今度はフリアグネの遙か頭上を飛び越え背後に着地、
その後眼にも止まらぬ音速移動で彼の脇につく。
「ッッ!!」
 咄嗟にフリアグネは “ウィンザレオ” で目の前を薙ぎ払うが、
もう既に少女の姿はない。
 そのスピードが速過ぎて、本体は疎か残像にすらも攻撃出来ない。
 そしてシャナは、ソレと同じ動作をフリアグネを中心点とする円周状にて
何度も繰り返す。
 寄せては返す (さざなみ) のように、
速度に、軌道に、その精密な足捌きに 「緩急」 を付けて、
フリアグネの周囲を円球のドーム状に覆っていく。
(!?) 
 その少女の不可思議な動作に、やがて変化が起こり始めた。
 正確には、ソレを目で追う “フリアグネの五感に” 変異が引き起こされた。
(なッ!? バ、バカなッッ!? げ、幻覚か!?
あのフレイムヘイズの小娘の姿が、分身?
否、そんな次元じゃない! 「増殖」 して見える!? )
 手にした長衣で目元を拭ってみるが状況に変化はない。
 目の前にいるフレイムヘイズは確かに一人、
しかし今の動作に 「緩急」 を付けて音速及び低空移動を続ける少女の姿は、
フリアグネの視覚には無数に 「分裂」 して視えた。
 まるで、巨大な騙し絵の中に、自分が閉じ込められたかのように。
(もっと速く……もっと速く……!)
 取りあえずはフリアグネの事は無視しておき、
シャナはこれから刳り出す 「奥義」 の発動のみに
その全神経を研ぎ澄ます。
 幾多に及ぶ戦闘訓練で、今まで一度も成功した事のない未知の 『超絶技』 を。
 実戦のこの場で以て、無謀にも決死の試みを敢行する。
(もっと|疾《はや)く……ッ! もっと疾く……!!)
 舞い踊る気流の中、脳裡に甦る、あの人の言葉。
 何度やっても一度も成功せず、ほとほとイヤになってソファーの上に倒れ込み
悔しさで涙ぐんでいた時に、いつの間にか隣に腰掛け優しく髪を撫でてくれていた
あの人の、温かなアノ言葉。




『シャナ? 「結果」 だけを追い求めようとするな。
「結果」だけを追い求めると、人は近道しようとするものじゃ。
やる気も次第に失せていく。
大事なのは、“自分はいつか出来る” という 『真実』 に向かおうとする意志だ。
向かおうとする “意志さえあれば” 例え今は無理でも
いつかは必ず目的のものに辿りつく事が出来る。
『向かっている』 わけじゃからな…………違うか?』




 その言葉に、シャナは心中で嬉しそうに大きく頷く。
(うんッ! 違わない! 違わないよ! 一番悪いのは!
『失敗を恐れて挑戦する事に無縁な場所にいる事』 だよねッ!)
 何よりも澄み切った声でそう問いかけるシャナに、
ジョセフは歯を剥き出しにした子供のような笑顔で
親指をグッ、とこちらに向けてきた。
 ただそれだけの仕草が、痛いほどに胸を灼き焦がす。
 満身創痍の全身に、紅蓮の力が甦ってくる。
 風の化身となって駆け巡る空間の中、
いつの間にか口元に笑みを浮かべていたシャナは、
陽光のような明るい声で心中のあの人に叫ぶ。
(私! やってみる! やってみるよッ!
今度こそ絶対に成功させるから! だから! 見ててッ! )



“お爺ちゃん!!”



 緊張と失敗を恐れる不安等、最初から存在していなかったの如く
紅世の遙か彼方にまで消し飛び、代わりに輝く高揚感のみが胸を充たす。
(もっと(はや)く! もっと、 迅くッッ!! )
 少女の脳裡を掠める、二人の男。
(“アイツ” よりも! “アノ男” よりもッッ!! )
 やがて、そのスピード、技術、精神の存在の力が少女の内部で一点に集束し、
そして! 紅蓮の大爆裂を引き(おこ)す。
「だああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ―――――――――――ッッッッッ!!!!!」
 湧き上がる咆吼と同時に巻き起こる天空の旋風(かぜ)
「!!」
“狩人” フリアグネを取り囲む紅蓮の乱気流。
 素疾く精密な足捌きによって生まれる体術に適切な 「緩急」 をつける事により、
対象者に引き起こる動体錯覚現象を利用して相手を幻惑、
炎髪の放つ陽炎(かげろう)でその効果を増大させ
さらに高速移動に連動して生まれた強烈無比な数多の斬撃技を縦横無尽に
叩き込む虚実一体、対単多数汎用型の奥義。
 幻洸繚乱。真眼の翔撃。
『贄殿遮那・魔幻鏡(まげんきょう)ノ太刀』
遣い手-空条 シャナ
発動条件- “真・灼眼”
破壊力-A+ スピード-A+ 射程距離-B(最大半径30m)
持続力-C 精密動作性-A+ 成長性-B



「こ、こ、これ、は……!」
 突如。
 白い封絶内部にてフリアグネを取り囲んだ紅蓮の 「結界」 が
彼の身を、否、存在を震撼させる。
 舞い踊る深紅の光塵が周囲360度全てを支配する、ドーム状の異次元空間。
 まるで誰かの悪い夢に取り込まれてしまったかのような非現実感が
フリアグネの全身を染め上げていった。
 しかし、悪夢は実体を成して彼に襲いかかる。
 突如、その深紅の光塵が人のカタチを成して鋭く大上段に、
まるで高々と振り上げられた死神の鎌のように
生命を断ち斬ろうとフリアグネの首筋に紅蓮の閃光が疾走(はし)った。
「くぅぅぅッッ!!?」
 フリアグネは永い経験で研ぎ澄まされた反射神経で、
何とかかろうじてその超速の斬撃をウィンザレオの剣で受け止める。
 しかしその刹那。
「ッッ!!?」
 受け止めた筈の斬撃が、まるで蜃気楼のように高速で左右にブレ
炎刃の幻影が突如実体を以てフリアグネの右腕を鉤爪状に切り裂いて
白い炎の飛沫を鮮血のように空間へ撒き散らす。
「な……!? に……ッ!?」
 驚愕と苦悶を同時に浮かべるフリアグネ。
 しかしその苦痛を解する間もなく再び眼前から迫る、
紅い人型の陽炎と共に真正面から繰り出される超速の刺突。
「!!」
 今度は剣で払わず何とか体捌きのみでその尖撃をかわすフリアグネ。
 だが軌道を逸れた本刃とは別に、眼前から迫る無数の閃光。
 その閃光の端末部を全て、長い髪を携えた紅い人型のナニカが両手で握っていた。
 そしてその赤光がフリアグネの右腕、左肩、左右脇腹、そして右足を鋭く穿(うが)ち、
血の代わりに飛び散る白い存在の炎が空間に散昇する。
「グアアアアアアアアアァァァァァァァァ――――――――――ッッッッ!!!!」
 苦悶の表情と共に貫衝で背後に弾き飛ばされたフリアグネは、
瓦礫の水面に引き擦られ朽ち木のように転がる。
 だが彼はすぐに苛む苦痛を押し殺して、震えながらも立ち上がろうとする。
 護らなければならない存在が、地に伏し続ける事を赦さない。
 そこに頭上から。 
 さらに左右背後足下からすらも。
 凛々しい少女の声色が、まるで実体を持った木霊(エコー)のように
森厳な響きを以て到来する。
 静かに。
 静かに。
『私のこの動きに幻惑されず……斬撃を受け止めた事は……誉めてあげるわ……
大した反射神経ね……でも……私が今創りだした……
この “魔幻鏡” の裡では……返って逆効果よ……
幻光の斬撃を……防ぐ事が……出来たとしても……
反射して……無数に……弾き返る……光の飛沫(しぶき)からは……
決して……逃れられない……どんな……紅世の徒だろうと……
例え…… “王” であろうと……絶対にね……』
 ありとあらゆる角度から聴こえるエコーの残響に、
フリアグネは自分が発狂したのではないのかと当惑する。
『さあ……立ち上がるまで……待っててあげるわ……
ここからは……公平(フェア)に……いきましょう……
善悪(カタチ)は……どうあれ……
おまえの……その…… 『精神』 には……
「敬意」 を……表するわ……だから……尊敬の念を……込めて……
討滅……して……あげる……壮麗なる……紅世の王……
“狩人” ……フリアグネ……』
 自分の周囲円周上全てを、煌めく紅蓮の燐光と共に疾走る紅い幻影が。
 ありとあらゆる方向から響き渡る、神霊な少女の声が。
 静かに終末の訪れを告げる。
 撃つべき 「手」 は全て完全に封じられた。
 あまりにも疾過ぎて 『トリガーハッピー』 は命中しない。
 純白の長衣 “ホワイトブレス” も同じ事。
 残った宝具は、燐子自爆能力を持つ背徳の魔鐘
“ダンスパーティー”
 しかしあの疾さでは。
 燐子を 「召喚」 した時点で全てバラバラに切り刻まれるだろう。
 否、ソレ以前に召喚系自在法を執る際の無防備状態を狙われれば、
ソレだけで一瞬にして首筋をカッ斬られる。
 フリアグネは、己の現状を呪った。 
『アレだけ疾ければ』
 フレイムヘイズ自身も、己の動きについていくだけで精一杯の筈。
 つまり、攻撃に特化しているが故に、“防御にまでは対応出来ない”
 故に広範囲を一度に攻撃できる “爆破系自在法” なら、
どんな小さなモノでも発動させれば必ず命中(あ])たる。
 カウンター効果でその威力を数倍にも増大させて。 
 なんとか、なんとか 「一体」 だけでも、
“燐子” を召喚出来れば、閉塞状態に陥った現状を
打破出来る 「(くさび)」 を撃ち込む事が出来るのだが。
(燐……子……?)
 フリアグネは、無意識に自分の胸の中の存在を見つめていた。
 そして、永い経験で培われたその戦闘思考能力は、
本人の意志を無視して一番合理的な方法を紡ぎ出す。
 これもまた、遠隔暗殺能力に特化した “狩人” の本能。
 しかし、 「その事」 を認識したフリアグネの全身を、これまでにない戦慄が劈いた。
(私……は……私は……ッ!
一体いま……“何を考えた……ッ!?”)
 フリアグネは、激しく己自身を呪った。
 全身を引き裂いて引き千切り、灰燼(はい)も遺らない程に焼き尽くしてやりたいと
想うほどの憎しみを抱いた相手は、
皮肉にも己が 「宿敵」 である “フレイムヘイズ” ではなく
それと対峙する “自分自身” だった。
「……」
 蒼白の主の表情から意図を察したのか、
胸の中のマリアンヌが静かに問いかける。
「ご主人……様……?」
 その声は、何よりも甘く、何よりも優しく、
そして何よりも哀しくフリアグネの耳に届いた。
「ダメだッ! マリアンヌッ!」
 両腕で細身の躰を包み、全身を駆け回る吐き気と怖気(おぞけ)を堪えながら
フリアグネは叫んだ。
「ご主人様……ッ!」
 まるで懇願するような、悲哀と慈愛に充ちた最愛の者の声が
再び耳に届く。
「ダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだァァァァァァァァァッッッッ!!!!
“ソレだけは” 絶対に!! マリアンヌッッ!!」
 まるで依るべき者を失った子供のように、フリアグネはその表情を崩壊させた。
「ご主人様……ッ! でも……! でも……!」
“このままじゃ貴方の御体が!”
 マリアンヌがそう叫ぶより前に、フリアグネが彼女の声を断ち切った。
「私は君がいれば! 君さえいれば! 他に何もいらないんだ! ずっと一緒にいよう!
今までもこれからもいつまでも! ずっと! ずっと! ずっと!」
 今にも泣き出しそうな、まるで幼子のような表情で
フリアグネは悲痛な声で懸命に叫ぶ。
「君が! 君が私に教えてくれたんじゃないか!
今まで! ずっと独りきりだった私に! ずっと 「孤独」 だった私にッ!
紅世の宝具をただ簒奪することのみに心血を注いでいた私にッ!
君が生まれて初めて! 存在の灯火を与えてくれたんじゃないか! 」
「ご主人……様……ッ!」
 感極まった涙ぐんだ声で応じるマリアンヌに、
フリアグネは尚も胸元の彼女に向かって叫ぶ。
「そうさッ! 君が! 君が私に教えてくれたんだ! 
温もりも優しさも愛しさも何もかも!
生きる事の喜びさえも! 『幸福』 を私に与えてくれたんじゃないか!
君が! 君だけが! 」

 そう。
 全ては、「彼女」 が始まり。
 彼女がいなければ、途轍もない絶対的な存在に平伏し
忠誠を誓おう等とは想わなかっただろう。
 彼女がいなければ、紅世の徒でもない 「人間」 という存在を、
己が友として受け入れようとは想わなかっただろう。
 何故なら、それまでの自分の生涯など、
虚無に等しき日々だったのだから。
 何もかも、“自分すらもどうでもいい” 時の流れの中、
ただただ 「宝具」 を奪う事で淋しさと虚しさを紛らわせていただけなのだから。 
 全ては、 「彼女」 がいたから。
 いて、くれたから。
 自分という存在は初めてその殻を破り、他の存在へと手を伸ばす事が出来た。
 出来る事なら、今すぐ剣等を手離して彼女を包み込んであげたい。
 彼女を護る為なら、自分の身等どうなろうとどうでも良かった。
 しかし、無情にも。
 マリアンヌは涙で歪んだフリアグネの視界、
その一瞬緩んだ僅かの(いとま)に最愛の主の胸元から意を決して抜け出す。
 その肌色フェルトの左手に、
“ホワイトブレス” の中に収蔵されていた破滅の魔鐘
“ダンスパーティー” を携えて。
「お赦しくださいッ! ご主人様! 」
「マリアンヌ!?」
 マリアンヌは、生まれて初めて、最愛の主の命令に背いた。
 最愛なる存在(もの)を護る為に。
 その燐子が行き着く先。
 眼前に拡がる、悪夢と破壊の滅砕陣。
 紅蓮の光塵結界、フレイムヘイズ “炎髪灼眼” の生み出す 『魔幻鏡』
「――――ッ!」
 フリアグネは、咄嗟に 「彼女」 に向けて、もう届かない手を伸ばす。
 他の事は、自分の身体の傷は無論、
今一番意識を向けるべきフレイムヘイズの事すらも意識からは消え去り、
ただただマリアンヌの存在だけがその心中を支配する。
 しかし、時の流れは余りにももどかしく、
まるで停止した時間の中にでもいるようだった。
 その彼の手に、マリアンヌの背から靡いた白の燐光が、微かに触れる。
 そんな極度に減速して引き延ばされた時間の中で。
「世界」 の中で。
 フリアグネの、真実の想いだけが、空間を駆け巡る。
(私は……君がいれば……君さえいれば……それで……それで幸せなんだ……
宝具なんていらない……アノ御方に見捨てられたとしても構わない……
君とずっと一緒にいられれば……他にはもう何にもいらないから……!)




 そして、時は、動き出す。




(だから! だからッ! マリアンヌッッ!!)
 周囲の時の流れが通常に戻ると同時に、
フリアグネの絶叫が屋上全域に響き渡った。
「“そこに” 行ってはダメなんだァァァァァァァァァァァァッッッッ!!!!」
 そこで。
 初めてマリアンヌは、フリアグネに向かって振り返った。
 そして、その心の裡で、何よりも優しい声で語りかける。
 聖女のように。
 天使のように。
(大丈夫……ご主人様……貴方の御力なら……私を……いいえ……
“マリアンヌ” を……一から 「修復」 する事も可能でしょう……
大丈夫……大丈夫だから……だから……泣かないで……) 
「―――――――――――――ッッッッ!!!!」 
 そのマリアンヌの、『覚悟』 の意志を感じ取ったフリアグネは
声にならない声で叫ぶ。
 でも、彼女の傍に駆け寄ることは出来なかった。
 全身を切り刻まれた先刻のダメージ。
 意志に叛して身体は動かない。 
 加えて今、彼女の傍にいけば、
自分も “ダンスパーティー” の誘爆に巻き込まれる。
 マリアンヌの一番哀しむ事を、自分が行う事になる。
 最愛の者の “死” を目の前に、何もせずにただ 「傍観」 するだけという、
最も卑劣で残酷な 「選択」 をフリアグネは取った。
“取らざるを得なかった”
 彼女の為に。
 マリアンヌの為に。



 人の世の 『運命』 には、 
“自らの意志で正しい道を選択する余地など無い”
『ぬきさしならない状況』 というモノも存在する。



 無情なる、因果の交叉路の只中にて。
 交錯する、二人の言葉。
 最後の、邂逅。
「必ずッ!  必ず君を甦らせてみせる!! マリアンヌ!!
君の存在の原核(コア)はッ! まだこの長 衣(ホワイトブレス)の中にッッ!! 」
(ハイ……ハイ……! 必ず……必ず……復活させてくださいませ……ッ!
ご主人様……ッ! 「約束」ですよ……貴方はいつでも……“いつまでも……”)
 その、紅世の少女の願い。
 ソレは、“自分自身の為ではなかった”
 何故なら、生みの親であるフリアグネ自身すらも
気がついていない 『真実』 に、
彼女は、マリアンヌは、もう遠い昔に気がついてしまっていたから。
 創成の自在法により、無数に生まれいずる “燐子” だからこそ気がついた、
一つの、『真実』
 それは、緩やかに降る雨露よりも、もっと淋しい存在の(つぶ)
 それ故に、滔々と沁み出ずる、少女の想い。
 何の偽りもない、『真実』 の追送(ことば)
(ご主人……様……? お心遣い……感謝致します……でも……)
 そう心の中で呟いて、そこでマリアンヌは、
少しだけ哀しそうに微笑った。
(でも……それは……きっと……)
 封絶の放つ気流が、毛糸の髪を静かに揺らす。




“今の私じゃないと想います”




 湧き上がる、万感の想い。
 紅世の少女の、切なる声。
(この……“貴方にさよならを告げるマリアンヌ” では……きっと……)



 そう。
 例え、何から生み出されたものであろうとも。
 例え、無から生まれた存在であろうとも。
 どんなものにでも 「生命(いのち)」 は一つ。
 どんなものにでも 「精神(こころ)」 は一つ。
 そして、魂は、たったの一つ。
 それは、とても淋しくて、哀しいことなのかもしれないけれど。
“でもだからこそ”
 他の何よりもかけがえが無く、存在の輝きを放つもの。



 その事に、マリアンヌは気がついていた。
 最愛の主が、教えてくれた。
(でも……いいんです……マリアンヌは……
ご主人様が笑っていてくださるだけで……
ただ……それだけで……全てに……充たされます……
それだけで……
全てに……満足……致します……!)
 本当は、そうじゃない。
 本当は、もっとずっと一緒にいたい。
 時が赦してくれるのなら。
 いつまでも。いつまでも。
 共に、傍らに。
 永遠、に。
 でも。
 後悔等、ない!
“それよりも大切な事があるという事に” 気がついたから。
 いま、ようやく、ソレが解ったから。
 穏やかな気持ちのまま、終わっていける。
(ありがとう……ご主人様……貴方の存在が……貴方と今日まで過ごした
たくさんの「想い出」が……私の精神(こころ)を……
ここまで…… 「成長」 させてくれたんです……導いてくれたんです……
モノ言わぬ操り人形…… “燐子” である……この私を……)
 そのマリアンヌの脳裡に、まるで水晶で出来た万華鏡のように甦る、
最愛なる主との、光輝くような幾千の日々。
 柔らかな雨の降る深い森の中、自在法の加護を借り
二人共に清浄な空気の許を歩いた事。
 寒い冬の最中、二人で暖炉を囲みたくさんの 「宝具」 に囲まれながら
くだらない事で笑い合った事。
 時に些細なことやつまらないことで、ケンカをした事。
 シルクのベッドの上で愛する主の手に抱かれ、
その胸の上でお互い無防備な表情のまま、一緒に眠った事。
 どれも、みんな、大切な想い出。 
 他にはもう、何もいらないくらい。
 その全てに、感謝したかった。
 最愛の主が、自分を誕生させてくれなければ、
そんな大切な 「想い出」 が、生まれる事もなかったのだから。
 生きているという事の素晴らしさに、気がつくこともなかったのだから。 
 だから、逃れようのない絶対の破滅を目の前にしても、
マリアンヌの心はこの世の何よりも澄み切っていた。
 恐怖は、なかった。
 絶望も、感じなかった。
 不安な事は全て消え去り、ただただ静かな気持ちでいられた。
 在るのは、最愛の主との、輝くような 「想い出」 だけ。
 そして、その主が与え育ててくれた、何よりも暖かな心だけ。
(新しいマリアンヌと……どうか……どうか……
いつまでもいつまでもお幸せに……)
 遠い追憶の中、そして、遙かな未来の中。
 最愛の人は、いつでも笑っている。
 例え自分が誰よりも遠い場所に行って、
その姿を感じる事は出来ないとしても。
 いつでも。
 いつまでも。
 ソレが、幸せ。
 きっと、幸せ。
 誰よりも、何よりも。
 この 「世界」 で、一番大切な事。
 意志を持つ燐子の脳裏に、最後に映る存在。
 それは、彼女最愛の主の、汚れのない笑顔。
 涙は流さなかったが、きっと、
マリアンヌは泣いていたのだろう。
 そして、静かに奏でられる、終末の鐘の音。
(さようなら……大好きな……大好きな……)




“私のご主人様”




 白く染まる、視界。
 その中でマリアンヌは、
脳裏で微笑むフリアグネに笑みを返した。
 自分が出来うる、精一杯の笑顔で。
 最愛の主は満面の笑顔と共に、
優しい声で自分の名前を呼んでくれた。
 そう。
 淋しくはない。
 誰も淋しくはないのだ。
 この 「世界」 に生きている者は。
 一人残らず、誰も。 
 



 ヴァァァァッッッッグオオオオオオオオオオオォォォ
ォォォォォ―――――――ッッッッッッッ!!!!!!!





 白い、閃光。
 彼女は、“燐子” マリアンヌは、「消滅」 した。
 己の生命の全てを。
 己の存在の全てを。
 白炎の大爆裂に換えて。
 死して尚、己の想いを貫いた。
「あ、ぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅ――――――――――――――ッッッッ!!!!」
 空間を覆う白い爆炎の中から飛び出した、
人型の炎の塊が崩落した瓦礫の上に勢いよく叩きつけられる。
 同時に、屋上中域を覆っていた紅蓮の光塵結界も掻き消える。
 爆炎でズタボロになったセーラー服。
 焼け焦げた胸元のリボン。
 そして華奢な躰から、長い炎髪から、
多量の水滴が蒸発するような音と共に白煙が幾筋も空間に舞い上がった。
「…………………」
 剥き出しの、生身に近い状態で死の白炎の至近距離での直撃を受けた
フレイムヘイズの少女。
 瓦礫の海に仰向けの状態で、
瞳孔が裏返り白一色の双眸で完全に失神していた。
 その傍らには、先刻まで刀身全体を覆っていた炎が掻き消えた
贄殿遮那が無造作に転がっていた。
 その意識を断たれたフレイムヘイズの、
先に立つ者は。
 今や、無限の精神の暗黒に支配された、哀れなる紅世の王。
「…………………」 
 前髪でその表情が伺えないまま、
まるで幽鬼のように虚ろな足取りで、
糸の切れたマリオネットのような狂った歩調で、
気絶しているシャナの脇を通り過ぎ
「彼女」 の許へと歩み寄る。
 瓦礫の海でただ一人、笑みの口元のままで浮かんでいる、
肌色フェルトの人形の元へ。
 最愛の、マリアンヌの元へ。
「誰が……そんな勝手な真似をしろと……言ったんだ……?」
 右腕が焼け落ち、左足が(こぼ)れ落ち、特製に設えた清楚な服も
今や爆炎でボロボロとなり、そして、全身無惨に焼け焦げた
マリアンヌの亡骸を、フリアグネは優しくそっと(すく)い上げた。
「どうした……? 返事をしろ……? マリアンヌ……」
 そう言って静かに、灼けたその身体を微かに揺すり、
口調が一度も彼女に使ったのない命令調になる。
 でも、もう、優しい言葉では足りなかった。
 乱暴でもなんでも良い、ただ彼女に傍にいて欲しかった!
「何か……言え……よ…………ッ!」
 しかし、言葉は虚空に消え去るのみ。
 フリアグネにしか見えない、彼女の幻影がたゆたうのみ。
「笑えよッ! マリアンヌッッ!!」
 透明な温かい雫が、手のひらの中で静かに眠る
マリアンヌの亡骸に何度もかかる。
 何度も。何度も。 
 ズン、とフリアグネの両膝が重く瓦礫の上に堕ちた。
 そし、て。
「ア……アァァ……ア……ッ!」
 震える全身から、その口唇から、
悲哀と絶望に充ち充ちた魂の慟哭が
白い封絶に覆われた屋上全域に鳴り響く。



「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァァァァァァァァ
ァァァァァ―――――――――ッッッッッッッ!!!!!!!」




 紅世の “狩人” の、咆吼。
 最愛の存在を永遠に喪失った、絶望の嘆き。
「ッッ!!」
 その絶叫でシャナは目を覚ました。
 その瞳は意識を失って精神の持続力が途切れた影響か、元の灼眼に戻っている。
「マリアンヌ…… マリアンヌ……ッ! マリアンヌ……ッッ!!
私の…… 私の…… ! マリ……アンヌ……ッ!」
 その美貌を涙で全面濡らしながら、
フリアグネは物言わぬマリアンヌを全身で掻き抱いた。
 もうどこにもいかないように。
 もう勝手にいなくならないように。
 自分の、一番傍に置いておく。
 いつまでも。
 いつまでも。
「大丈……夫……何も……心配は……いらない……この私が必ず……!
君を……「復活」……! させて……みせる……ッ!
万が一自在法が無理でも……! アノ方の……死者をも……甦らせるという……ッ!
『幽血』 の……御力を……お借りすれば……!
だから……だから……! 何も……何も……心配しなくていい……ッ!
何も……心配する事は……ないんだよ……私の……私の……!
マリ……アンヌ……ッ!」
 涙で濡れた掠れる声で、フリアグネはマリアンヌを純白のスーツの内側に
そっとしまい込む。
 そし、て。
 一瞬の、沈黙の後。
「―――――――――――――――ッッッッ!!!!」
 憎悪で剥き出しにしたその口元をきつく食いしばり、
コレ以上ないと言う位のドス黒い暗黒の光で充たされたパールグレーの双眸で
シャナを睨む。
 その眼光だけで、少女を()り殺そうとでもするかのように。
 そして、ゆらりと立ち上がると、
その身に纏った宝具 “ホワイトブレス” の中から
クラシックなデザインのリヴォルバーを取り出し、
慣れた手つきでシリンダー部を開錠、
鋭く回転させて銃身に戻す。
 そしてコツコツと瓦礫を踏みならしながら、
狂暴な存在のプレッシャーを全身から放ちながら、
シャナの方へと歩み寄る。
「私には……この世に……生まれ落ちた時の 「記憶」 がない……ッ!」
 流れ落ちる幾筋もの透明な雫で、
その磨き込まれた水晶のような肌を全面濡らしながら
憎しみで彩られたこの世の何よりも禍々しいパールグレーの瞳で
フリアグネは拳銃を右手に携え、黒い放電を撒き散らしながらシャナへと近づいていく。
「気がついたら紅世の存在の坩堝(るつぼ)の中に在りッ!
そしてその無限の存在の坩堝の中を彷徨っていた!!」
 そう叫んでシャナの目の前で立ち止まり、震える憎悪と哀切の輪郭で少女を見下ろす。
「その……無限の存在の虚無の中を……幾星霜も彷徨ってきた私の……!
たったひとつの拠り所が……ッ! 私の生きた 『証』 こそが……!!
私の “マリアンヌ” だったのだからッッ!!」
 そして言葉の終わりと同時にその銃口を至近距離、
シャナの眉間の延長線上に突きつける。
「殺す……ッ! フレイム……ヘイズ……炎髪……灼眼……!!」
 この世の何よりも冥き声で、瀕死の少女にそう言い放つフリアグネ。
「イヤ違うッ! 貴様には 「死」 すらも生温い! 
その身を八つ裂きにしてッ! 紅世の暗黒空間にその肉片をバラ撒いてやる!!
我が自在法により永遠に苦痛が続くようにしてなッッ!!」
「……ッッ!!」
 シャナは何とか立ち上がろうとした。
 が、ズタズタの黒いニーソックスで覆われたその足は、
もうただ痙攣(けいれん)するだけでそれ以上は決して動こうとはしない。
 体力が限界を超えた所為(せい)なのかもしれないし、
または先刻の爆裂で完全に折れたのかもしれない。 
 しかし、どっちにしろ状況は同じ事。
 突き立てた大刀の柄を支えに、しゃがみ込んだ今の体勢を維持するのが
やっとという状態。
 そんなシャナの様子を、最後の悪足掻きと受け取ったのかフリアグネは
余計にその憎悪を募らせる。
 トリガーへかかる指に、力が籠もる。 
「さて……“その為には” まず……邪魔なモノを排除しなくてはな……
君にはそろそろ御退場願おうか……? アラストール……」
 冷酷な声でそう宣告し、手にしたフレイムヘイズ殲滅の魔銃
『トリガーハッピー』 の照準を眉間の中心に合わせる。
 そんな絶対絶命の状況下の中、シャナは、
“それとは別の事” を考えていた。
 昔、今はもう無き 「天道宮」 の書庫で読んだ、
一冊の 「書物」 の事を。
(二……人の……囚……人が……鉄……格子の……窓……から……外を……
眺めて……いた……一……人は……「泥」を……見て……いた……
もう……一……人は……「星」を……見て……いた……
私は……一体……どっち……?)
 考える間もなく、もうとっくに答えは出ている。
 多分、最初に逢った時から、きっと。
(もちろん私は…… 『星』 を見るわ……!
アイツに逢うまで…… 『星』 の光を見ていたい……ッ!)
 その暗黒のフリアグネの視線に、
シャナは一歩もたじろかず逆に自ら照準へ歯向かうように顔を向け
凛々しい視線を返した。
「キ、サ、マッッ!!」
 この期に及んでも絶望の表情をあげない。
 あげさせなければ気が済まないフリアグネは、
歯を軋らせて険難にシャナを見下ろす。
(そう。アイツがいるから。いて、くれるから。だからッ!)
 湧き上がる、決意の炎。
 そう。
 いつだって。
 どんな時だって!
「『希望』 は在るのよッッ!! 【闇】 じゃないッッ!!」
 その眉間に銃口を突きつけられながらも、
シャナは微塵もたじろかず震える指先で構えた逆水平の指先を
フリアグネへと突きつけた。

←To Be Continued……
















後書き



はいどうもこんにちは。
この話題はここしかないと想うので
今回はストーリー作品に於ける『ヒロイン』というモノの
存在について考えていきましょう。
まず、一口に『ヒロイン』というモノはなんでしょうか?
可愛ければ (美人ならば) ヒロインでしょうか?
萌えキャラならばヒロインでしょうか?
○○じ絵ならばヒロインでしょうか?
違いますね、賢明な方ならお解りの通り
「精神的に」『いつまでも読者の心に灼きつく存在』のコトです。
ジョジョを例にとって説明しますと、
一部のヒロインはエリナさんで異論のない処でしょう。
二部にヒロインはいません。
リサリサ先生は 「師匠」 でスージーはジョセフの「恋人」ですが
ストーリーにあまり絡んでこないからです。
三部、四部、五部もまた、「いない」と判断した方が妥当でしょう。
基本「男の世界」の話で女性がメインの話は少ないからです。
「助けられる存在」をヒロインとしてしまうのはチト安易ですネ。
(トリッシュ辺りは後の6部の「試金石」というカンジがしますが、
それでもジョルノ、ブチャラティと比べると「薄い」です)
6部は主人公が女性なので言わずもがな、
F・F辺りもヒロインといって良いでしょう(まぁ厳密には女性ではありませんが)
7部はもう文句なくルーシーですね、
SBR9巻のセリフなど本当に14歳か?と想えるほど毅然としています。
(だから年上にモテるのか?)
8部はまだ完結してないので「保留」としておきましょう。
意外と吉良のホリィさんや花都(かあと)辺りがヒロインの役割を
果たすのかもしれません。康穂ちゃんは可愛いのですが
ストーリーのメッセンジャーというカンジで
まだヒロインの定義からは外れている気がします。
さぁ、ジョジョを例に出すと解り易いでしょう。
コレら全部ブッ込んだのがこの作品に於ける『マリアンヌ』です。
「原作」だとフリアグネが下衆なので悲劇のヒロインにすら成り得ていませんが
(泣こうが謝ろうがとどのつまり「殺す」んです。
それって「二重に悪どい」というか調子良過ぎます。
そーゆー意味でも「原作」は女性を侮蔑していますね。
無意味(+不快)なエ○シーンが多いのもそのためです。
「欲望の対象」としてしか見ていないのです)
「この娘」じゃ本人が望もうが後に「復活」出来ようが殺せません。
(当然そんな都合の良い「逃げ道」をワタシは認める気はないので
「復活」しても「別人」という設定にしました。
生命(いのち)は“本当に一個しかないから”尊いのです)
そもそも「理屈で割り切れたら」それはもう「愛情」とは言えません。
それを「どうしようもない気持ち」とか言い換えるのは本人の自由ですが、
描いてる自分が一番「どうしようもない」という事実に早く気づくべきです。
「愛情」と「エゴ」は違います。
シャナ原作を見渡せばお解りの通り、
皆「初期の結花子嬢」と同じで
「こんなに好きなのになんで解んないのよ!」と
醜態を晒している者ばかりです。
「愛情」とは本来「穏やかな」気持ちなので
感情的(ヒステリック)になりようがありません。
なのに怒りや憎しみの気持ちばかりが先走るのは
ソレは「愛情」ではなく単なる「生殖本能」に引きづられている
結果に過ぎないからです。
要は盛りのついた犬が吠えまくっているのと同じで
まぁガキの恋愛なんてそんなモンかもしれませんが
ソレを「作品」でやるのは失敗で更にソレを
「どうしようもない気持ち」とか言って誤魔化そうとするのは
もっと醜悪です。
「戦い」に関してもそうですが、「恋愛」「愛情」となると
よりこの原作者の方はその「知識」と「経験」が欠落しています。
描けないモノをどうして描こうとするのか・・・・
その無責任でいい加減な創作態度が如何に駄作を連発するか、
少しは考えて欲しいものです。
ソレでは。ノシ 
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