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Muv-Luv Alternative 士魂の征く道

作者:司遼
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第四五話 和合

「その前に、一ついいだろうか義兄殿。」

 恭子に選択を強いる斑鳩崇継に横やりを入れる忠亮。

「なぜ、こいつを斑鳩が所持している?篁は嵩宰の譜代家臣。ならば篁中佐の性格からしても恭子殿にこいつを渡したはずだと思うのだが?」

 言われればそうだ、すでにある事実だけを突き付けられていたからか、或いは、明かされた事実のインパクトに打ち消されていたのか―――その疑問を失念していた。

「ふふっ……いや、なに隠していたわけじゃない。単純に、篁中佐の計画に一枚噛んでいた。というだけの話さ。」
「……どういうこと?」

 不適な笑みと冗談かしげに答えた斑鳩崇継に嵩宰恭子が剣呑とした視線を向ける。

「では聞くが、旧摂家の一つでありながら大した発言権も持たずむしろ大将軍の座から自ら率先して退こうとしている嵩宰にこの計画を託して本当に実現が可能だと思うかい?」
「……!」

 苦虫を噛み潰す表情をとる恭子、無理もない……嵩宰家が将軍家に選ばれないようにする材料そのものが恭子が嵩宰家の当主である、という事実なのだから。
 つまり、自分が当主である限り唯依の父から次期戦術機開発の計画を託されるという可能性は存在しない。

 ―――つまり、自分が唯依へと継承されるはずだったこの計画の障害の一つであったということだ。

「さて、となれば必然。斉御司・九條・斑鳩の三家となる。だが、九條も斉御司も嵩宰を非難している政敵だ。ならば中立であり零式開発で信頼関係のある私へと話しが来るのは必然だよ。
 彼の娘へと篁の役割を継承させるという約束付きでね―――だから恭子、君があの京都で動くときに準備を整えて置くことができた。」
「――――!」

 京都で、この男は唯依が戦っていたのを知っていた。一介の新兵に過ぎなかった唯依をだ。
 しかも斑鳩家の外の全く関係のない人間の動向をなぜか詳細に把握していた。
 ―――その理由の一端が明かされる。


「……つまり、己を斑鳩家に取り入れるのも唯依と番わせるのも確定事項だったという事か?」
「確かに、斑鳩家でお前を重用しようとは考えていたさ。この計画の開発衛士・オブザーバーとしてお前ほどの適任はいない―――が、元々は斑鳩家の遠縁であった山城家の姫を相手に、と考えていた。」

「……確か、その子は。」
「そうだ、篁中尉の同期で京都で鬼籍に入った新兵の一人だよ。そして忠亮、お前を斑鳩家に取り入れたのはお前の負傷の治療のため、というのも嘘ではない。
 惜しまれるだけの実力を持っていたお前が掴んだ好期だ、誇っていいぞ。」

 つまり、想定の第三案かそれ以下の想定だったという事だ。自分を斑鳩家へと養子入りさせ唯依と婚約させたのは。
 ―――どう考えても、自分をその山城という女と婚約させるほうが斑鳩家内に取り込む手筈としては簡単で手っ取り早い。

 しかし篁中佐、そして分家筋の娘の死によって大きく動いた状況を上手く纏めつつも、自分の発言権を強化している……非常に強かだ。


「別に誇る気はない、己の強さはそう誇れるような動機で身に着けたものじゃないからな。
 だが、そのおかげで唯依と出会えたのならそれは――少し、嬉しいことだ。」
「……貴方も笑うのね。」

 振り返る、始まりは禄でもない渇望。
 大切な誰かを守る英雄(ヒーロー)に/大切な誰かの危機を望む外道
 その過ちに気づくこともなく岩をも通す妄念のまま……ただ、走り続けて―――気づいたら後戻り出来ない場所にいた。

 それが報われた、その出会いに感謝し喜ぶのは当たり前の話だ。だからこそ、今へつなげてくれたゆいに対し感謝を親愛の感情を持てる。
 アイツとの約束がなければ己は到底今まで生きてはいなかっただろう。
「嬉しいことがあれば笑いもするさ。―――人間だからな」

 そういって苦笑する忠亮。それは唯依と同じ陽性の笑み。
 酷く穏やかで、少しだけ物悲しい―――だけど、とても暖かい笑顔だった。こんな顔も出来るのか、と正直に驚きを隠せない恭子。

「しかしこんなものを篁中佐が設計していたとはな……」
「これがその詳細資料だ。」

 複雑な表情でモニターへと視線を戻す忠亮に真壁助六郎がファイルを渡してくる。それを受け取り左腕と口を使いページをめくる忠亮。
 そして、その中身を視線で追うたびにその目の見開きが大きくなっていく。

「……驚いた、己が考えていた構想を実現可能レベルにしているだけじゃない。もう一歩先に進んでいる。」
「どういう事?」

「簡単に言えば、各ブロックが独立して連動することで相互にバランスを補正し高めあう設計だ。
 ある意味、昆虫的と言い換えてもいい。人間の脳のように一極集中型の情報処理ではなく、各ブロックが自分が動く動作を自分で調整して実行する事で全体としては高次元のバランスを構築するようになっている。」

 日本のように全体のバランスを予め設定し、それに合うように各部を調整するのでも。
 アメリカのようにバランスのいい個々の部位を組み合わせて全体のバランスを作り上げるのでもない。

 まったく別の設計概念だ。


「和を以て貴きと成す―――それ自体は立派な言葉ではあるが、一種の呪いでもある。
 和を求め一つにしようとする行いは不和を生む原因となり本末転倒となる。故、この言葉の意味は一つに成ろうとする事であると考える。―――これは人だけではなく、戦術機にも当てはまるのではないだろうか。
 ………資料に添付されたメモにはそのような記述があった。」
「つまり、篁中佐なりの和を形にした設計思想だったのか。」
「和とは本来、同調圧などではなく。多様な価値観を認めた多様性、明確な住み分けと分化によりその在り様を如何様にも変幻させる自由性―――それらを包括したものが本来、和と呼べるものではないだろうか。
 私は篁公のこの言葉と、日本の歴史から斯様に受け取ったよ。」

「そうなのかもしれないな―――そういう意味で見れば、斯の機体構想は和の具現化とでもいうべき品物かも知れないな。」

 義兄の言葉に首を縦に振る。
 無法と自由は違う、多様と混沌は違う……そんな当たり前の違いがごっちゃになっているのが現代だ。

 本来の意味を履き違え、その言葉の真実の意味が忘却されつつある事柄は多い。武家の在り様も含め、日本は一度原点を振り返る必要が来ているのかもしれない。大和という原点に。

「……それにしても、呆れるぐらい採用されている技術がATRXと被っているな。むしろ此奴が薄明計画の本丸といったところか。
 ―――全部お膳立て済み、という事か。」
「そう怒るな、計画の違いは開発ベースが既にあるかないかの違い程度だよ。」

「怒ってはいないさ―――だが、だれかの意図で踊らされたというのは気分がいい話じゃない。」

 以前の会議の様子を思い出す―――振り返ってみれば、あの会議で己が口にする内容をこの義兄はすべて想定済みで予定通りだったという事だ。
 自分の意志で動いてきたことだが、それが誰かの思惑通りであったという事実は気持ちが悪い。

 そう、薄明計画で開発されるはずの不知火の次の段階となる新型機とは未だ影も形もない段階だったはずだったのだがその基礎は既に出来上がっていた、という訳だ。

「まぁ、仕事はやりきるさ。必要なんだろ?日本が之からを生き延びてゆくのに―――ならば是非もないさ。」
「お前のそういう度量の大きいところは好感が持てるな、――頼んだぞ。」

「ああ、任せられた。だが―――嵩宰の御当主殿、貴殿はどうされる?貴女の許可が無ければこの計画は水泡に帰すだけだ。」

 隣に居た蒼を纏う女性を見やる忠亮………その目が怖いとさえ思う。
 まっすぐで、何もかもを貫いてしまうような目。よく唯依はこんな目を真正面から見つめれるどころか好感を持てるものだとさえ感心する。

 彼は揺らがない、迷わない、そして折れない。
 そんな目が言葉と共に問いかけてくる――――『どうするのだ?』と
 今の状況では斑鳩崇継の思惑に便乗するしかない、しかしそうすればもう後戻りはできない―――巌谷とも政治的決別をするかどうか。

 この計画に賛同すれば巌谷等の派閥と政治的に完全決裂する可能性があるのだ。理由は単純、不知火弐型は旧式化したF-4を不知火一機当たりの性能を強化することでそう戦力の穴埋めをするための機体。

 その次の段階が既に必要とされている現状において、不知火弐型の次の段階すらXFJ計画には盛り込まれている―――これはそのXFJ計画の最終目的と完全に競合してしまう。

 ―――乗る船を選ばねばならない。

「―――分かったわ、嵩宰の当主としてこの計画に篁の遺産を使う事を許可するわ。」

 そして嵩宰の当主として決断する。
 巌谷と完全敵対する可能性はしばらくないだろう。おそらく、此処にいる人間もXFJ計画を頭から否定はしていない。

 恐らく、最大限利用しようと考えているだろう……この場にいる人間は皆、邪魔なら排除するだけ―――という単調な思考は持ち合わせていない。

 敵であろうと最大限利用してから使い捨てる―――そういう強かさを持っている。ならば、嵩宰の立場としては何方を選んでもそう悪い方には転ばないだろう。

 だが、問題はある。先ほど聞いたG弾推進派とその後の顛末………恐らく大きな動きがあるだろう。だから此処まで急いでいるのだ。

 額面通りの早急な通常兵器によるハイヴ攻略、それにしてはやや急ぎ過ぎている。
 何らかの大事が起きたそのとき、この計画に加担し斑鳩と繋がりを持っていた。という事実が嵩宰のアキレス腱になる可能性がある。

 ―――しかし、今は判断材料が足らない。今はその思惑に乗るしかないだろう。
 それに個人的感情として唯依の父が遺したというそれを死蔵させたくはない。

「さて、話はこれで終わりか?ならばそろそろいい時間だ、戻りたいのだが?」

 そう口にする忠亮、現状新OSの開発に並行して新概念実証機であるX-1製造の監督も行わなくてはならない。
 しかも、迫った手術のために指示が要らないレベルにまでプランを詰めておく必要がある。

 一言で言えば、非常に忙しいのだ。


「そういうと思っていたよ恭子、呉越同舟……変わらず仲良くしたいな。」
「貴方は昔からなんでも知ったような口を利く――」

「実際、閣下は私が苦労して調べてきたことを既に知っていた事のほうが多いですからね……」

 恭子の嫌な奴を見る視線と共に放たれた言葉に真壁がため息をつく。

「これでも自重はしているのだぞ、皆の仕事を取ってはいけないからね。」
「それは良いのですが――――なぜ事態を面白半分にややこしくするのか」

 軽い頭痛を覚えたのか助六郎が眉間を揉む。その反応ににこやかに答える斑鳩崇継。その標的を次は義弟に向けようとする―――が。

「趣味さ、他にもいろいろ知っているぞ……そうだな、篁中尉のスリーサイズを後で教えてやろうか?」
「貴様………!」

 蟀谷にピクリと青筋を浮きたてる忠亮、正直この下世話な野郎をどうしてやろうかという思考で脳が埋まりつつある。

「はっはっはっ、そう怒るな、私は親切に……」
「唯依のスリーサイズなら知っている。」

「………………………………………………そうか」

 珍しく呆然とした顔のまま固まった義兄が長らくの間を擁してそれだけを口にできた、全く以て雅ではない。
 そんな義兄に冷めた視線を注いでいると、トンっと肩に手が置かれる。いや、肩がわしづかみにされた。


「ちょっとまって、崇継はともかくなんで貴方が唯依のスリーサイズを知ってるのかしら?」

 ―――まずった、底冷えするほどに冷めきった嵩宰の鬼姫の声。そして徐々に握力を増してゆく掌に肩がミリミリと軋みを上げつつある。
 さて、どう釈明しようモノか……と微妙に他人風味に施行をめぐらす忠亮。

「まさか、貴方唯依を手籠めにしたんじゃないでしょうね。」

 ―まさに鬼が居た。


「ふふふ……恭子様、それぐらいでお止めなさいな。野暮は犬も食いませぬ。」

 そのやり取りを傍観していた山吹を纏う女性軍人、藤原が微苦笑を湛えながら介入する。

「惚れた男に誘われたのなら一も二もなく乗ってみるのも一興でしょう。大尉のような手ごわい御仁には貴女様を含め色々言いたいでしょうが―――何、然程心配せずともそう悪いモノでは無いと思いますわ。」
「藤原殿……それは貴殿の経験であろうか?」

「さぁ、それはどうでしょうね………」

 くすくすと口元を隠した微笑で煙に巻く藤原。

「しかし、篁中尉も情の深い娘。無理に引き離せば静御前と同じ道を辿るやもしれませんね―――蛙の子は蛙ですからね。」
「藤原殿、それは侮辱で在りますでしょう!」

 意味深なやり取り。それは唯依の両親のどちらかが以前に色恋沙汰で何らかの問題を生じさせたという意味を知るには十二分だ。
 ―――尤も、己は既に真相を知っている。そして、彼女に腹違いの兄がいることを。

 ――――そして、その腹違いの兄が唯依をその手に掛ける可能性があることを。以前の輪廻に於いて何度かそういう展開があった。そして、それを間一髪で防いだことも何度もある。

 故に、不知火弐型ではだめなのだ。武御雷ではダメなのだ。
 奴に確実に勝利するには、相手に情報の無い武器で戦うのが一番勝率が高い。

 戦術機の操作技能では天地引っ繰り返っても己は、あの男には勝てん。ならば戦術で勝つしかない、そして今の肉体では満足に戦うことすら出来ない。
 疑似生体移植を受けても、そのリスクを抱えたまま勝利できる相手ではない。

 ―――相手が未熟な内に狩れれば一番行幸だが、恐らくその機会は無いだろう。

「嫌ですわ、私は人の恋路を邪魔するものではないと言っているのにすぎません。ましてや我らは斯衛の軍人、何時命を落とすかもしれぬ身の上。その心境、想像しただけで胸が締め付けられますわ。」

 ―――もう少し脚色すれば、さぞ面白い英雄譚となるだろう。
 言外に藤原はそう言っていた。

「そう……そういう事、貴方達の目的が見えて来たわ。」

 如何に権謀に疎い恭子であろうと、此処まで露骨な暗喩に分からないハズがない。


「あらあら、それでは私どもが何か(はかりごと)をしているかのようではないですか。ただ、私は篁中尉に一人の女として同情と共感を覚えると言っているだけですのに。」
「―――」

 嘘ではない、しかし真実でもない。恐らく、そういった感情的なことは含まれてはいるが占める割合は大きくても3割と言ったところか。

(この男を英雄に仕立て上げて何をする気なの崇継………?)

 唯依を番わせ、斑鳩家に養子入りさせることで家格と血筋の繋がりを作り出した。そして、篁家に入るのが確定であるというのを利用し、この男が理想とする兵器を作り出せる立場を与えた。

 そして、今回の手術―――彼を英雄に仕立て上げようとする段取りが取られているのは明々白々。
 相手の目的が分からなければ対策は不可能………迂闊に動いては篁と嵩宰の家にとって致命傷となる可能性がある。今は黙って見ているしかない。

「いいわ、今回は引いてあげる。―――でも分かっているわね、あの子を不幸にしたら許さないわ。嵩宰恭子としてではなく、一人のあの子の肉親として。」
「無論、寧ろそれこそ本懐だ。」

 睨みつけながらくぎを刺す恭子に挑戦的、あるいは自嘲的とさえ受け取れる苦笑でもって忠亮は返すのだった。

 
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