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リリなのinボクらの太陽サーガ

作者:海底
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マーダラーサーチ

 
前書き
すみません、ようやくキリのいい場所まで書けて投稿できました。
タイトルからある程度想像つくと思いますが、例のごとくアレです。 

 
新暦67年9月20日、22時20分

夜も更けた時刻に、秘匿回線を通じてジャンゴ達の下へマキナ達から連絡が届いた。二人の無事を知って安堵するジャンゴ達だったが、二人からもたらされた『世界浄化虫』ならぬ『世界解放虫』と『新型メタルギア・サヘラントロプス』、『貫通弾』などの情報はあまりに衝撃的なものだった。一方で『絶対兵士プログラム』のせいで結果的にフェイト達になのはの生存を知られた件に関しては、「自分も敵の大将に姿を見られたんだからお相子」と力無さげに笑いながらマキナがそう話をつけた。

管理局と聖王教会の裏、銀河意思ダークとヴァランシアの目的、それら全てを利用するスカルフェイス。彼が行っている計画はある意味では永遠に続く戦いを終わらせる打開策とも言えた。しかしその代償は全ての魔導師が生け贄となる事で、それは即ち多くの命の消失、及び管理局の崩壊を意味していた。

また、実際に魔導師が駆逐された場合、ヴァランシアの手で高町なのはがアンデッドにされる事は想像に難くなく、クイーン・オブ・イモータルのみ魔導師の力を使えるというとんでもない状況に陥ってしまう。アンデッドになれば人格は暗黒物質に塗り潰される、つまり完全なるイモータルへ成ってしまえば説得は最早通じない。新たなクイーンとして、新たな暗黒仔として、銀河意思の手駒と成り果てる。以前、高町士郎が自我を取り戻したのは、サバタの月光仔の血を取り込んだなどの要因が重なったからであって、あくまで偶然の産物に過ぎない。

そもそも魔導師を消し、メタルギアを各世界に置いた所で、世界が平和になるとは限らない。魔法が関わらないだけで、小競り合いや紛争が生じる可能性は存在している。核抑止論はあくまで机上の空論、確実なものではない。魔導師や管理局が消えた所で、人類が戦いを止める訳ではないのだ。

『大体さ、もしスカルフェイスの計画が全て上手くいったとして、本当に銀河意思の介入が止まるとはいくら何でも信じられない。どうせ契約のすき間を突いてくるに決まってるよ』

「例えば、クイーンになったなのはを使うとか?」

『かなり微妙な立ち位置だけど、十分あり得るな。ヴァランシアには手を引かせておいて、なのはを精神的にもクイーンに相応しくさせるために次元世界の人類を吸血変異させるよう命令するかもしれないな』

「例えアンデッド化しても私は絶対にそんな事はしない! ……と言いたい所だけど、流石の私でも多分無理だろうね。2年前のP・T事件で吸血変異を身をもって経験してる訳だし……」

「実際に暗黒物質を取り込んだ事が無い俺には吸血変異する時の感覚がわからないが、一体どんな気分なんだ?」

「私の場合は凄まじい悪寒と動悸が生じて、意識が朦朧となったかな。変異が進むごとに身体も痙攣して言う事を聞かなくなって……そう、まるで自分が闇そのものに変わっていくみたいで凄く怖かった記憶がある」

「僕の場合は吸血で大量の暗黒物質を一気に注がれたせいで動けなくなったから、途中までなのはと同じだと思う。問題はその後で、苦痛と共に身体が変異していくのが感じられた。正直に言うとあの時……サバタが助けようとしてくれなかったら、僕でも恐怖に耐え切れず発狂していたかもしれない」

『自分が得体のしれない何かに変わっていく……それは確かに怖いね。SEEDの経験があるから、私もある程度は共感できるかな。……話を戻すけど、ある程度向こうの思惑がわかったおかげで、裏の関係を大まかにまとめられると思う。少し整理していこう』

という訳でマキナ達が死線を潜って持ち帰った情報と、ジャンゴ達がストーカー男爵と接触して判明した情報を組み合わせると、管理局と聖王教会とスカルフェイスとヴァランシアのそれぞれの目的と思想が絡み合いながら同時進行している事がわかってきた。

管理局は聖王教会の協力の下、ヴァランシアに『絶対兵士プログラム』を、スカルフェイスに『世界浄化虫』を作ってもらい、全ての世界を自分達の管理下に置こうとしている。この歪んだ思想から、なのはの抹殺、髑髏の出現、スカルフェイスの台頭などといった今回の事件の全てが始まった。
聖王教会は管理局及びスカルフェイスに場所の提供などで協力する事で、『世界浄化虫』の言語統制に便乗して信仰を得ようとしている。元々聖王本人も外野の思惑に翻弄された人間で発祥の経緯も怪しいものだったが、現在では誠実な者が多く勤めていたはずだった。しかし今回の暗躍が発覚した以上、管理局に並ぶ胡散臭さを漂わせている。
ヴァランシアはそんな二大組織の思惑を逆に利用して管理局と管理外世界の戦争を誘発し、並行してなのはをアンデッド化させて迎え入れるべくスカルフェイスと髑髏を動かしている。ジャンゴが打倒せねばならない存在の大半はここに集約しているし、元凶に最も近いと言っても過言ではないのだが……倒しても全て丸く収まる訳ではないのが現状のややこしさを表している。
スカルフェイスは表向きと言っていいのか微妙だがヴァランシアの配下として行動しているものの、実際は『世界解放虫』と『サヘラントロプス』で魔導師を駆逐し、次元世界を均一にしようとしている。地球から持ち込んだ核兵器と唐突に現れる髑髏も彼が所有している以上、最も脅威かつ優先して対処しなければならないのはこの男だと本能的に察せられる。

「整理して改めて思ったけど、管理局も聖王教会も見事に銀河意思の傀儡にされてるね。仮にも次元世界における二大組織なのに、よくこれまで保っていられたと思うよ」

『今の二大組織は腐り切った虫食いリンゴも同然だし、改善しないで放っておけば遠からず自滅するんじゃねぇの? 散々地獄を味わされたアタシとしてはその結末も痛快だけど』

『次元世界では地球みたいな義務教育をやってないせいで、ちゃんとした道徳心も身についていない連中が上に居座る事になってるから、どいつもこいつも目先の事ばかり見て、自己中なやり方を進めてしまうのかな?』

「年齢的に義務教育真っ只中なのにこっちに入り浸ってる私としては、その指摘はかなり耳が痛いね……」

「まぁ俺もマキナもジャンゴも義務教育を受けていないが、結局は本人次第だろ。現にマキナはドイツ語の医学書とか読めてるじゃないか」

『そりゃあファーヴニルの言語吸収に耐えるために、サバタ様とうちの会社のCEOに語学を徹底的に叩きこまれたしね。おかげでドイツ語で書かれた医学書も読めるし、あの手書きの教科書もほとんど覚えられた……って、私の事は別にいいんだよ。それよりも今後の事を話そう』

PMC稼業の傍らで医学の道も進んでいる事をぽろっと漏らしたマキナに、なのはは湖の騎士(シャマル)の嬉しそうな顔が脳裏に浮かんだ。

「(もしファーヴニル事変が起きなかったら……13年前の闇の書事件に巻き込まれてなかったら、マキナちゃんはシャマルさんの師事の下で立派な医者の卵になれてたかもしれない。そう思うとやり切れない哀しさが湧くなぁ……)」

『ん? どうしたの、なのは? やけにボーっとしてるけど、やっぱり深夜だから眠い?』

「ううん、そうじゃないの。ちょっともったいない気がしただけ」

『……? まぁとりあえず拠点がわかったとはいえ、聖王教会の地下には髑髏を含むXOFが待ち構えている。向こうの開発状況を考えるとあまり時間の猶予も無いみたいだし、出来れば準備が整い次第攻め込みたい所だけど……現状のままだとナノマシン経由でまたフェイト達を操ってくるかもしれない。あのスカルフェイスが人の嫌がる対抗策を用意してないとは思えないからね。当分は判明している敵の手段を潰していくべきだと思う』

『RPG風に言うなら制限時間内に特定のイベントをこなしたり、中ボスを倒してから行かないと罠にはまってバッドエンドになるって感じか。回りくどいけど、しょうがねぇな』

「スカルフェイスが使える手段と言えば、虫、髑髏、サヘラントロプス、核兵器とか色々あるけど、今の所優先して何とかした方が良いのは……」

「『絶対兵士プログラム』だね、これさえなければフェイトちゃん達や一般局員が操られなくなるもん。皆が心配な私としては早く何とかしたいよ」

「となると開発を委託されたヴァランシアを見つけて倒していく事になるのかな? 世紀末世界に帰るまでにヴァランシア全員を浄化しなければならない僕としては一石二鳥で都合が良いけど」

『どうだろ? ジャンゴさんが開発者のストーカー男爵を倒したから、ヴァランシアがこれ以上プログラムに手を加えてくる事は無いと思う。というか二人とも今、簡単に結論付けてたけどさぁ、密輸核兵器とかも優先しなければならない案件なんだけど……。そりゃあまた友達が操られたりするのが嫌な気持ちはわかるけど、こっちはこっちで使われたら全面戦争が起こるんだよ?』

『世界解放虫だって使われたら大勢の魔導師が変異を起こしちまうんだから、重要度は負けてねぇぞ。何一つおろそかに出来ねぇのがホント大変だよなぁ……』

「う……だ、だって人を操るプログラムって、なんかラタトスクを思い出して嫌な気分になっちゃうし」

「あ、言われてみれば確かにプログラムの効果がラタトスク好みだね」

『その辺は同感だけど……はぁ、もうしょうがないなぁ。私とアギトはノアトゥンにいるのを利用して、既に納品された方の絶対兵士プログラムを削除するべく動くよ。当然身体が回復してからにするけど、とりあえずプログラムの方は任せて』

絶対兵士プログラムは核兵器などと比べると早急に対処しなければならない代物ではないが、削除してしまえば敵の戦力を削げるため、やる意味は十分あった。なのは的には“友達が操られる姿をもう見たくない”という気持ちで言ったのだが、ラタトスクのやり方に似ている点はマキナも気に入らなかったため、素直に引き受けた。

「ありがとねマキナちゃん。それでさ、もう一つお願いしたい事があるんだけど、いいかな?」

『先に言うけど、フェイトの相談相手をしろ~って話ならやらないよ?』

「散々いじり倒すって話なら、ジャンジャンやってやれ。アイツなら悦ぶこと間違いなしだぜ、クックックック……」

「いやいや、そういうのじゃないから。よろこぶって字もなんか変だし、ビーティーも話をややこしくしないで。単に新しい装備が欲しくなったから相談したいってだけだよ」

『はい? 装備が欲しいなら、わざわざ私に話を通さなくても直接マザーベースに繋げればいいじゃん。……あ、お金か』

「うん。私達の財布はまだ食料などの消耗品に収入の多くを回してて、デバイスが買えるほどの貯蓄がないから……」

『それはしょうがないね。ユーリに頼んで試作新装備のテスターをやるって裏技も考えたけど、一応仲間扱いしてても正社員じゃないからアウターヘブン社のテスターをやらせる訳にはいかない。そもそもちゃんとした商品があるんだから、ミッションするなりバイトするなりでお金を貯めるしかないよ』

「あぁ、やっぱり?」

『うん、やっぱり』

「だよね……友達だから特別にもらえる~なんて考えは流石に浅はかだったか。わかった、コツコツ稼いで買う事にするよ」

『それが一番良いよ。あ、でもお金が足りないからと言って、間違ってもエスポワールなんて名前の船に乗ったり、沼という巨大パチンコ台に挑んだりしちゃ駄目だよ?』

「いくら何でもギャンブルに手出しはしないよ!? 絶対カモにされて破滅するもん!!」

『カモにされる自覚あんのかよ……なのはの場合、わからなくはないが』

「クックックッ……狂気の沙汰ほど面白い……」

「闇に降り立った天才さんは帰ってください! 私が賭け麻雀したら十中八九ロクな事にならないから!」

「安心しろ、ペシェ。世間的に殉職扱いとはいえ管理局員の目の前でお金は賭けない。ガチな違法だしな」

「ほっ、わかってるならまだ大丈夫……」

「だから賭けるのは衣服だ」

「脱衣麻雀!? お金よりタチが悪いよ!?」

「そうは言っても需要が無くならないのが、男の悲しい性だな」

「さっきから何もしゃべってないなぁと思った矢先に何言ってるのおてんこさま!?」

「毎度のことながらツッコミ大変だね、なのは……」

「お願いだからジャンゴさんはそのままでいて……多少天然が入ってても、私にとっては一番心が落ち着く人だから切実にお願い……」

その後、時間も時間なので程よいタイミングで通信を切ったジャンゴ達とマキナ達はホームに戻り、これから更に厳しくなる状況に備えて就寝する。一方でマキナとアギトの方もツインバタフライの一室に宿泊させてもらったのだが、寝る直前になってアギトはマキナがジャンゴ達に両親の真実を伝えなかった事にふと気付いた。

「なぁ姉御……なんで皆にスカルフェイスが自分達の仇だって言わなかったんだ?」

「あぁ……そういえばそうだね」

「別に隠す必要は無いだろ? あいつらの都合なんて知ったこっちゃないんだしさ。皆にも教えたら、絶対力貸してくれるって!」

「うん……でも言わない事にする」

「どうしてだよ? 故郷や家族の仇を討ちたいとか思わねぇのか?」

「現在進行形で思ってるから、あえて黙ってるんだ。確かにアギトの考えている通り、普通なら皆にも伝えてただろう。でもこれは駄目……この真実はいわば報復心のエサだ。知れば皆も少なからず報復心を目覚めさせてしまう。怒りや憎しみで戦い続けていれば遠からず心が闇に堕ちる。私は真実を知ったから、目覚めてしまったもう一つの報復心と向き合う必要があるけど……知らないままなら報復心が目覚めることはない」

「で、でもよ……」

「別に皆を擁護したい訳じゃない、そこまで私は優しくないから。ただ……ヒトを煽って憎しみを増大させて操ろうとするスカルフェイスの手口に乗せられるのは、ものすごく癪なんだ。それに私自身の手でケリをつけたい気持ちもあるしね」

「姉御がそれでいいならいいけど……アタシは半分納得できない。なんで姉御だけが背負わなきゃならねぇんだ……」

「いやいや、最初から一人で背負うつもりなんて無いよ。だってさ、ここに私の事を心配してくれる小さくて可愛い相棒がいるからね」

「姉御……!」

「ちゃんと支えてくれるんでしょ、烈火の剣精? 頼りにしてるからね」

「あ……あたぼうよ! アタシに任せとけ!」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

新暦67年9月22日、12時20分

管理局フェンサリル支部。

絶対兵士プログラムによって大勢の管理局員が精神崩壊、心停止などの重症を患った事で、今のフェンサリル支部は呻き声を上げたり苦痛を訴えたり、突然叫んだり暴れ出したりする局員で溢れていた。配属されていた数少ない治癒術師もドーラ司令官から彼らを早急に回復させるよう指示が出ており、管理局と聖王教会に所属している治癒術師や医者は寝る間も無い状態で特別治療室に駆り出されていた。

「あの時、プログラムからの解放がほんの少しでも遅かったら、私達もあんな風になってたと思うとゾッとするなぁ……」

ジャンゴ達との邂逅から数日経ったが、その間フェイトは複雑な気持ちで日々の業務に勤しんでいた。118部隊のように影響を受けながら回復できた者もいるにはいるが……そうでない者の方が圧倒的に多かった。修羅場同然の光景を傍らに、118部隊の面々は治療に当たっている者達の分も書類や資料の作成をしていたのだが、事務作業ばかりの日々にフェイトは焦燥感を抱き出していた。

「ジャンゴさん達が対処に動いてるとはいえ、こんな光景をずっと見てたらもどかしくもなるよ。…………やっぱり私も―――」

「ちょっと待て。彼らの言葉を忘れたのか、フェイト? 俺達が下手な動きをすれば、彼らの足かせになりかねない。今は耐える時なんだ」

「ッ……ですがアーネスト隊長、友達が必死に戦ってるのに私が何の協力もできないのはどうしても嫌なんです……!」

「俺達だって気持ちは同じだ。枷さえ無ければ俺達も彼らの協力をしていただろう。しかしそれは出来ない。理由はもうわかってるからあえて言わないが、そもそもこの惨状では人手が足りなさ過ぎて独自行動を取れる余裕が無い。ぶっちゃけ現状維持だけで手一杯だしな」

「それは……そうですけど……」

「やはり不服か?」

「……はい」

「ん~わかった。そんなに組織の都合に振り回されるのが嫌なら、いっそのこと管理局を辞めてしまうかい?」

「え、えぇっ!?」

いきなりアーネストから極論をぶっちゃけられ、フェイトはたまらず仰天した。それを見て118部隊の面々が苦笑を漏らし、アーネストも肩の力が抜けた微笑みを浮かべる。

「冗談だよ。ファーヴニル事変の英雄の一人、エターナルブレイズが辞任なんてしたら、他の連中が頭を抱えてしまうさ」

「な、なんだ冗談ですか……。ビックリさせないで下さいよ……」

「悪い悪い、ちょっと気分転換がしたくてついね。まぁ最近色々問題が出てきた管理局だが、それでも真っ当な部分はちゃんとあるんだ。そこを信じてもう少し頑張ってくれないか?」

「隊長が心配しなくても、私はまだ辞めませんよ。まぁ、あまりに救いようが無い程腐敗してしまったのなら自主的に退職しますが、今はまだ大丈夫です」

「そうか、少し安心した」

あれからこんな感じでフェイトの意識をそらしているアーネストだが、強引に話題を変えるネタがそろそろ尽きかけているため、最近はハウツー本などに手を出している。ちなみにアーネストの興味は主に旅行記や観光パンフレットで、読んでいく内に旅願望のような感情が芽生えており、実は辞める云々の話は本人にも向けられていた。尤も彼は人を守る責任感があるため、現状では本当に辞めるつもりは無かった。

「はぁ、またか……」

「またってことは……例の事件ですか、カイ副長?」

「ああ、これでとうとう8人目だ。いい加減犯人を捕まえたい所だが、かなりのやり手なのか容姿すら判明していないからな……」

「しかもここにいる局員のほとんどは治療中で、自分達も含めて動ける局員は大抵その穴埋めにかかりっきりですしね……人海戦術が使えないのは痛いです」

隣で話題にされている事件のことは、フェイトも一応知っていた。ここ最近、ノアトゥンでは猟奇殺人事件が多発しており、市民や局員を問わず8人もの人間が身体を食い千切られたように見るも無残な姿で発見されている。この世界では軍事的な面が強いものの、管理局は一応治安組織なので無事な局員が犯人の捜査を行っているのだが、相手が不意打ちか暗殺の手練れなのか、調査の進展すら出来ていないのが現状であった。

「もう誰一人犠牲を出す訳にはいかない、しかし大人数を動かせる余裕が無い。困ったものだな……」

「あの……副長。その事件、私が調べても構いませんか?」

「特務捜査官がか?」

「はい。殺人を犯している人を未だに野放しにしておくのは市民達に大きな不安を与えるでしょうから、一刻も早く解決して安心させたいんです。この世界の人達にとって私達は侵略者も同然ですが、だからこそ贖罪の意も込めて彼らの安全に尽力すべきだと思っています」

「なるほど、その精神は立派だ。しかしこれまでの被害者の状況を鑑みると、どれも日没後に一人で居た所をやられている。だから単独でかかるのは危険だ。確かに高ランク魔導師のお前なら正面から戦いさえすれば犯人を返り討ちに出来るかもしれないが、我々の立場上万が一という事もある。特務捜査官の権限を持ち出そうが、この事件の調査を行うならそれなりに戦える同行者を連れてからにしろ」

「では118部隊の誰かが同行してくれたりは……」

そう呟いたフェイトは少し視線を動かすと、諦め混じりのため息をつく。彼女以外の局員の机の上には、少し揺らせば崩れ落ちるほど積み上がった書類の山が君臨していた。

「……今は無理そうですね」

「これだけの量だ、時間がある間にさっさと片付けないと倍になって戻ってくる。それに市政調査レポートも終わってない青二才に押し付けても二度手間になるだけだからな。事件を解決したいのは同感だが、こっちをおろそかにする事も出来ない。終わったなら邪魔にならないようにどっか行っててくれ」

そう突き放すように言うカイだが、実はフェイトを含む部下の書類の半分以上を彼が肩代わりしているというのは察しの良い人間なら誰でも気付けた。フェイトが早めに終わったのもそのためで、不器用な気遣いをしている彼の機嫌をあまり損ねないように、彼女は大人しく執務室を立ち去る事にした。

ちょうど昼休憩の時間という事で昼食を食べようと思うフェイトだったが、どうも管理局の食堂で食べる気になれず、気分転換がてらに彼女はツインバタフライへ行く事に決めた。アーネストに紹介されてからフェイトは料理の美味しさもそうだが、リスべスとロックに会いたい事もあって気が向いたら度々足を運んでいた。

「そういえば店にはいつも夜に行ってたけど、昼に行くのは初めてかも。もしかしたら昼だけの日替わりメニューとかあったりするのかな?」

そんな風に楽しみにしながら店に到着したフェイトは営業中の札を見てから扉を開け、それなりに賑わった雰囲気の店内へ入った。

「あ! え~っと、い、いらっしゃいませ! お好きな席へどうぞ!? ……な、なぁ、これで……合ってる?」

「あれ、新顔?」

見慣れない赤い髪の少女がたどたどしく接待をしてきて、若干驚くフェイト。少女が不安そうにカウンターの方を向くと、苦笑いを浮かべたリスべスの姿があった。

「挨拶は間違っていませんが、疑問符はいりませんよ~」

「というか客が来るたびに緊張してたら身が持たないぞ」

料理を運んでいたロックからも指摘され、少女は口をすぼめて「接客業なんて生まれて初めてなんだからしょうがねぇだろ……」とぼやいていた。そんな少女の姿は子供が背伸びしてるみたいで微笑ましく、空いていたカウンター席に座ったフェイトは心の中で「頑張れ~」と声援を送っておいた。

「お待たせしました、ご注文は?」

注文を取りに来たロックに、フェイトはさっきまで考えていた事を早速尋ねた。

「日替わりメニューって、この店にあるのかな?」

「はい。本日の日替わりは、“ブーストリミット”です」

「なにその妙にカッコイイ料理名。なんか興味が湧いてきた、じゃあそれ一つお願い」

フェイトがそう言った刹那、さっきまで騒がしかった店内が一瞬で、ざわざわぁ……と効果音が聞こえてきそうな緊張感に包まれた。わけがわからずにきょろきょろと周りを見てから「私、何か変な事言った?」とフェイトは首を傾げる。

「……かしこまりました。オーダー、ブーストリミット一つ!」

「はいッ!」

ロックの言葉にリスべスは気合いの入った表情で強く返事をする。ゆっくりと調理場に立った彼女の姿は、まるで艱難辛苦を乗り越えた勇者が世界中の希望を背負って魔王との最終決戦に挑むかのような気迫を伴っていた。

「え? え?? 待って待って!? なんで料理作るだけで、あそこまで気合い入ってるの!?」

「説明しよう! ブーストリミットはツインバタフライの……いやフェンサリル料理の中で、最も作るのが難しい料理なのである! その難易度は針の穴を通す程度なんて生ぬるい、調味料をたった1グラム、たった一滴ミスするだけで致命的に味が落ちてしまう。要求される精密さは、いわば某シューティングゲームの死ぬがよい! まさに至高にして究極の一品なのだ!」

「なんか妙に解説口調のお客さんから説明された!? 知らなかったとはいえ、私そんな凄い料理を頼んじゃったんだ……」

「生半可な料理人にはありふれた家庭料理の味までしか引き出せないが、超一流の腕を持つ料理人が作れば伝説とまで言われるほどの味を引き立たせられる! しかし超一流として要求される腕前は某グルメ雑誌の三ツ星レストランに出せる高級料理レベル……! 当然そのレベルに達した料理人なんて世界中あらゆる場所を探しても滅多にいない! されどこの店の先代料理人、つまり彼女の母親が伝説的なレベルに達していたおかげで、俺達はその恩恵にあずかる事が出来ていた。だが残念な事に彼女は亡くなってしまい、この郷土料理の真の味を引き出せる料理人が潰えてしまったと誰もが悲観に暮れていたんだが……まさか娘もその味を引き出せる実力に達しているというのか! 娘が母親の伝説に挑む瞬間を見られるなんて、常連の魂が打ち震えるぜ!」

彼だけでなく他の客もそんなノリで見守っており、期待に応えるかのごとくリスべスの振るうフライパンから白ワインのアルコールを飛ばす炎が舞い上がった。それによって更に客が興奮の声を上げ、店内はまるで世界大会のスポーツ中継で自国に点が入った時に匹敵するほど騒がしくなっていた。

そんな奇妙な光景を前にして、なんか取り残された感覚をフェイトは抱き、おずおずとロックに話しかけた。

「あ、あのさぁ……それほど難しいなら、そもそも日替わりメニューにしていい料理じゃないよね? ここの日替わりメニューって地球のファミレスみたいに安く済ませられる定食じゃなくて、難しい料理のオンパレードだったりするの?」

「違う。ここの日替わりはフェンサリル料理を用いているが、本来は一般家庭でも作れるものばかりだ。ただフェンサリル料理の最初の調理師は何をトチ狂ったのか、ブーストリミットだけが特別難しくなっているんだ。まぁ普通に作っても美味しい事は間違いないけど」

「郷土料理にも色々あるんだね……。ところでロックはその……ブーストリミットの真の味? 食べた事あるの?」

「ある。昔、僕と父さんが二人で来た時に一度だけね。あれは今でも忘れられない美味しさだった。天にも昇る美味さとはこの事だと心から理解したものだ」

「ロックがそこまで言うって事は、それほどのものなんだね。なんだか楽しみになってきたよ」

「ちなみにブーストリミットのお代は1280GMPだ」

「意外と安い!? 高級料理レベルってさっき聞いたから、てっきり満漢全席ぐらいの値段が張るかもと思ってたんだけど……」

「フェンサリル料理は高級ブランド食品を使わず、一般家庭でも使われる安い食材を美味しく食べられるように考えられたものだ。真の味を求めるなら相応の腕前が要求されるけど、材料費自体は一般的な料理よりほんの少し高い程度で実質あまり変わらない」

「いわゆるちょっと贅沢したい料理って訳なんだね」

その代わり料理人の腕が試される厳しい料理であり、現在進行形で作っているリスべスをフェイトは静かに眺める。二人が話している内にリスべスは凄まじい速さで包丁を振るって野菜を刻み、それをルーを溶かした鍋に入れて塩コショウなどの調味料で味付けをする。一方で隣のフライパンにある肉から香ばしい匂いが生じてフェイトの空腹を加速させ、完成がますます待ち遠しくなる。その期待値を加速させるかの如く、リスべスは焼き上がった肉を先程の鍋の中にミックス。肉と野菜の良い所どりの鍋から幸せの香りがあふれ出し、店内に満ちていく。あまりに空腹が刺激されて無意識に涎が溢れ出そうになったフェイトは慌てて口を拭うが、そんな状態でも鍋から一時も目を離す事が出来なかった。

「……できました」

じっくりコトコト煮込んだ鍋の中身を皿に盛りつけ、彩りを増す意味も含めてグリーンハーブとレッドハーブの粉末を最後にふりかける事で料理が完成。ロックが持ってきた皿には、ビーフストロガノフとビーフシチューを混ぜたような肉料理が、食欲をそそる良い匂いとホカホカ感を醸し出していた。リスべスは面接に挑むかのごとく緊迫した面持ちでフェイトを見つめていた。

「これがブーストリミット……! もう見てるだけでお腹が空いて我慢が出来なくなってきた……!」

「冷めないうちにどうぞ、お上がりください」

そうやってリスべスが勧めてきたので、フェイトは「いただきます」と言って食べようとし……いったん止まる。

「あの……じぃ~っと見られてると恥ずかしいんだけど……」

「気にするな」

「いや、ロックやリスべスだけならまだ耐えられるけど……ねぇ?」

辺りを見回し、フェイトは同意を求めるようにロックを見る。実は周囲の客までもが固唾を飲んで見守っているため、フェイトに謎のプレッシャーが圧し掛かって来ていたのだ。

「こんな衆人環視の中で食べる姿を自分だけ見られるってのは、かなりの精神的苦行だと思うんだけど……そこん所どう思う?」

「昔の偉い人は言った。見られて恥ずかしいと思うのは、どこかやましい気持ちがあるからだ、と」

「私、やましい気持ちなんてないよ?」

「気持ちそのものはどうでもいい。率直に言えば、悪いことをしてないなら堂々としてろって話だ」

「それは何となく理解できるけどさ……食事中の姿をたくさんの人にまじまじと見られるのは、別の問題なんじゃないかな?」

「じゃあ戦ってる時の姿を見られるのはどうなんだ? 仲間や市民が見ているのと今の状況に、どう違いがある? どっちも多くの人に見られている事に変わりないじゃないか」

「それは……………………あ、アレ? よく考えたら違わない……かも」

「だったら最初から人目なんて気にする必要は無いな。さぁ、せっかくの料理が冷めてしまうから早く食べてくれ。リスべスも気合いを入れて作ったから、感想を心待ちにしているんだ」

「それもそうだね。じゃあ改めて、いただきます!」

何か言いくるめられたような気もする中、フェイトはスプーンですくい上げて料理を口にほうばる。後ろの方で赤髪の少女が「お~い、そろそろツッコミ入れていいか~?」と呟くも、フェイトは脳内に雷が落ちて気付くどころでは無かった。

「な、なんなの……この圧倒的美味しさ……!? 噛んだ瞬間、野菜と牛肉の旨味が凝縮した出汁が口の中で味覚の桃源郷を生み出している! まろやかな肉汁としっかりとした歯応え……そこに二つのハーブの香りと食感も加わった絶妙な味は、まさに芸術の神アポロンが奏でるハーモニー! 野菜も出汁と素材の味が一切喧嘩をせず、互いが互いを高める究極の調和を果たしている! そして飲み込んだ後も、体が……空気が……時間が……すべてが。次の一口を求めてしまう!! やめられない止まらないなんて話じゃない、これは正真正銘……理想郷(アヴァロン)そのもの! 全ての哀しみや辛い事を時の彼方に流して、生きてる幸福を感じられるぐらい美味しい! あぁ……あまりに幸せ過ぎて涙が出てきた……!」

事実、フェイトはなぜか裸で身悶えるイメージ映像が流れるように、この料理を絶賛して食べ進める。先程の天にも昇る美味さというロックの発言を心から理解しながら、食事の手が次の一口を用意する。

「や、やりました……! 私もお母さんのように、ちゃんと作れました……!!」

「おめでとう、リスべス。努力が実ったな」

『おめでとう!!』

「これも皆さんがツインバタフライを見捨てずに来てくれたおかげです! 本当に……ありがとうございます!」

涙混じりにリスべスがお礼を告げ、客たちも歓声を上げた。世界が色々ややこしい状況になっていようと、今この瞬間、ツインバタフライの中は笑顔で溢れていたのだった。











「ごちそうさまでした」

「おそまつさまでした」

至福の一時を堪能したフェイトはホクホク顔で食後の挨拶をする。正直、フェイトが想定していた味をはるかに超えた美味しさだったため、意識が若干トリップしていたものの、この料理には凄まじく満足していた。

店内の客もある程度帰ってまばらになり、ロックと赤髪の少女が大量の皿を洗っている。落ち着いた雰囲気の中、フェイトは昼の修羅場を乗り越えて一休みしているリスべスに世間話を持ち掛けるように話しかけた。

「あのさ、リスべス。あの赤い髪の子は?」

「彼女は私の命の恩人の友人ですよ。名前はアギトと言って、諸事情でここに滞在させています」

「へぇ~……え、命? リスべス、大怪我した事あるの?」

「はい。前の紛争の終期に事故に巻き込まれまして……瀕死の重傷を負った所をその人に助けてもらいました」

「そうだったんだ。……ねぇ、その人はどこで何をしてるの?」

「最近起きている物騒な連続殺人事件を、私達に代わって調査してくれています。仮にも治安組織である管理局のお株を奪うようですが、実際、管理局はあまり治安に貢献していないので頼ろうにも正直不安が拭い去れません……」

「うっ……! べ、別に管理局だって何もしてない訳じゃないんだけど、事件が解決出来ていないから、そう言われるのもしょうがないかも……。……うん、やっぱりこんな事件は誰だって早く解決してほしいと思うよね。……わかった、私に任せて!」

「はい?」

「今、管理局で事件の解決に動ける人はほとんどいない。でも私の立場は特務捜査官と言って少し特殊だから、ある程度の自由行動は許されている。副長は一人でやるなと言ってたけど、少しぐらいなら大丈夫だよ」

「そうですか……事件を解決してくれたら私達も大変ありがたいのですが、本当に大丈夫なんですか?」

「心配しなくても、私なら敵がそれなりに強くても一人で勝てるよ。最近はなんか黒星が多いけど……まぁ問題はないから!」

「……わかりました。若干の不安が残りますが、そこまで仰るなら私達も事件の解決を望む一市民として協力します」

「ありがとう。じゃあ早速だけど、何か怪しい姿を見たとか変な物音を聞いた、などの情報は無い? 街の些細な変化とか、何でもいいから教えてくれるかな?」

「そうですねぇ……以前、店にいらっしゃったお客様が、最近街で妙に鋭い風切り音が聞こえると仰っていました。他にも馬の足音のようなものも聞こえたとか」

「馬……? この世界に馬を連れている人は見た事が無いから、もしかしたら厚底の靴が立てた音がそれっぽく聞こえただけかもしれない。風切り音は気になるけど、何が原因かは調べてみないと見当がつかないや。それじゃあ次の質問だけど、さっき言ってた恩人が今どこにいるかわかる? もしかしたら犯人に関わる情報を何かしら掴んでるかもしれない」

「う~ん、流石に今どこにいるかまではわかりかねます。通信も着信音で犯人に気付かれる可能性があるとの事で使う訳にも参りませんし……。しかし現場を調べると仰っていたので、どこかの殺人現場を調べている可能性は高いと思います」

「確かに現場の調査は基本中の基本だよね。わかった、早速調べてみるよ」

という事でお代を払ったフェイトはツインバタフライを出て、これまで被害者が発見された現場を調べに向かった。その後ろ姿を赤髪の少女―――アギトは「そこまで急がなくてもここで待ってればじきに帰ってくるのにな……落ち着きのない奴」と、呆れた表情で一瞬見つめてから皿洗いに意識を戻した。





「えっと最初の犠牲者は……ここで発見されたんだっけ」

そこはA区画の一般路。街の通路ど真ん中であるため、周囲には立ち入り禁止のテープが張られている。テープで囲われた場所には、大量に流れ出した血の跡と犠牲者が倒れていた形の線が引かれていた。

「死体を直接見た訳じゃないけど、報告通りならこの出血量も当然か。犯人は武器に殺傷設定の強化魔法を付けてるのか、もしくは私達の知らない殺傷武器を使ってるのかもしれない。少なくとも魔導師のバリアジャケットを破る力がある事は確かだろう」

次の現場はB区画の路地。人通りは少ないものの、現場にはA区画のと同じような処理が施されているが、地面に何かが刺さったような穴が深々と残されていた。

「この傷は犯人の武器を想像する材料にはなるけど、いかんせん私達はデバイス以外の武器には疎いから穴だけ見てもね……。拳銃などの質量兵器関連ならアウターヘブン社の人に聞けばある程度特定してくれるけど、今はいないしなぁ」

次の現場はC区画の公園。噴水があって普段は市民たちの憩いの場として使われているのだが、今は事件を恐れて誰も近づかず、公園内は閑散としていた。

「事件が起きる場所に制限はないみたい。言い換えれば犯人はノアトゥンのどこにでも現れるってことか……神出鬼没で場所を絞れないのは厄介だ」

次の現場はD区画の袋小路。いつもはガラの悪い連中がたむろってたりするここでも、流石に事件が起きてからは寄り付かなくなっていた。

「どの現場も妙に離れているせいで、移動に時間がかかっちゃうのは少し面倒だね。……もしかして、殺人現場が近くにある場所では犯人が現れなくなる? いや、捕まらないために常に移動しているのかも。でも犠牲者の返り血を浴びた姿で外を出歩いてたら、普通に考えればとっくに通報されてるよね……」

そう呟いたフェイトは次の現場に行こうとする――――刹那、バルディッシュを鎌状に展開して袋小路から飛び出し、物陰から彼女を見ていた何者かに刃を突き付けようとする。対する相手も気付かれたと判断した瞬間、フェイトの胸倉目がけて左腕を伸ばし、咄嗟の判断でフェイトはその腕から逃れようとバックステップする。互いの初手が空振りに終わった直後、フェイトはバルディッシュを、敵は銃を手にそれぞれ相手の頭部に突きつけ……、

「……え? マキナ?」

「なんだ、フェイトだったんだ」

なぜか聖王教会の修道服を着ているマキナを見てフェイトは一瞬だけ混乱したものの、とりあえず今の攻防が自らの勘違いによるものだという事は理解した。双方共に一呼吸置いてから緊張を解き、そっと武器をしまう。

「いきなり誰かの足音が聞こえたものだから、髑髏かと思ってつい警戒しちゃってね。ごめん」

マキナは苦笑交じりに謝罪する。互いの境遇的に警戒するのはしょうがないと考え、フェイトは「お互い様だよ」と言って許した。

「まさかこんな時にこんな所でマキナに会えるなんてね。聖王教会に潜入してから、一体どういう経緯でここに来たの?」

「あんまり言いたくないけど、有り体に言えば……敗走って奴かな」

「え……待って!? 敗走ってどういうこと!?」

「この事態の元凶とばったり遭遇して、そいつが引き連れていた髑髏数体相手に奮闘したものの、力及ばず敗北。殺されかけた所をある人に助けられて、知り合いの所に匿ってもらったのさ」

「あの髑髏と戦ってたなんて……! 私達の知らない所で、大変な目に遭ってたんだね……」

「まぁ危険な目に遭った分、それなりの収穫があった。確かニッポンではこういうのを、虎穴に入らずんば虎子を得ずって言うんだっけ」

間違ってはいない、とフェイトの同意を得てマキナは安堵の息を吐く。なお、手痛いしっぺ返し(貫通弾)にやられてファントム・フォームを使うなんて無茶をした事はジャンゴ達に伝えはしても、フェイトにまで教える必要は無いと考えていた。

「ところで……何でカソックなんて着てるの? PMCからシスターに転職でもした?」

「してないしてない。管理局の目があるノアトゥンだと、いつものスニーキングスーツでいるよりこの格好の方が目立たないからだよ。実際、管理局フェンサリル支部にもこの格好で何度か潜入してるし、例のプログラムの被害でゴタゴタしてるおかげで胸張って堂々としてれば案外気にされないもの」

「えっ!? いつの間に潜入してたの……というか管理局の情報ダダ漏れじゃん……」

「行ったら行ったでかなりアレな情報も掴んじゃったんだけど、それについては追々ね。ところでフェイトがこんな所に来たってことは、私と同じく連続殺人事件の調査?」

「そうだよ。……あれ? つまりアギトの友人でリスベスを助けた命の恩人って、実はマキナだったの?」

「今更それ訊く? 別に隠す事じゃないけど、次元世界各地を放浪してる時にちょっとね。それよりいい加減話を戻そう。フェイトはどこまでこの事件わかってる?」

恐らく自分より進展しているであろうマキナに確認の意味も込めて、フェイトはこれまでの調査の内容を伝える。まだ全ての現場を調べた訳ではないが、この短時間である程度の情報が出揃っていることに、マキナは「執務官を目指しているだけはあるね」とフェイトを称賛する。

「フェイトの推測はおおよそ私と同じだけど、情報がまだ足りてないから中途半端な状態って感じだ」

「ならもったいぶらないで教えてよ? この事件を解決して人々を守りたい気持ちは同じでしょ?」

「どうだか、そういう崇高な考えが私にも残っているのかねぇ? ……それよりこの後の展開が大体察せる件について……」

「何の話?」

「どうせ事件が解決するまで協力しようとか言ってくるんでしょ? 断っても無理やり付いてくる感じでさ」

「当然だよ。何だかんだでマキナも私達の性格とか、ちゃんとわかってくれてるんだね。そう思うとなんか嬉しいや」

「別に……なのはの友人連中は一度気になったらコバンザメのようにしつこく喰い付いてくるから、離れたい場合は適当に構ってからの方がむしろ簡単なだけ。見つかるとずっと警戒態勢を解除しない兵士みたいな感じでホント、潜入任務中では一番遭遇したくないタイプだ」

「なんか気になる言葉が混じってたけど、とりあえず褒め言葉として受け取っておくよ」

やけに嬉しそうにニコニコ笑っているフェイトに、マキナはなのはの影が重なって見えた気がした。今のフェイトに何を言った所で右から左へ受け流すに違いないと思い、マキナは渋々フェイトに事件が解決するまで協力する事を決めた。

「さてと……私とフェイトが近くに居るのは色んな意味で危険だから、さっさと解決しよう」

「早期解決は私も望む所だよ。それで、マキナは犯人の正体をどこまで掴んでるの?」

「まだ不確定要素があるから一部推測になるけど……まず犯人はこのアスファルトを抉れるほど鋭い爪か、弓矢などの遠距離質量武器を使っていると考えられる。一応シューター系列の魔法も考えたけど、それだと魔力の残滓が無いことに説明がつかない。だから犯人は魔法で殺してるとは思えない」

「なるほど……」

「次に被害者の共通点として、大なり小なりリンカーコアを持っている点があげられる。ランク関係なしに襲われている所から、犯人は魔力反応を頼りに襲撃対象を探ってる可能性がある」

「要するに他の魔導師を襲撃してるつもりなのかな? ということは犯人は管理局に恨みがある人間……?」

「そうだったら局員だけ狙うはず、市民まで手にかけるのは妙だ。……で、もう一つ、犯人の趣味嗜好なのかは知らないけど、不意打ちで動けなくなった被害者へ執拗に攻撃を加え、最終的にショック死させている可能性がある。遺体の異常な損傷は恐らく、過剰な暴力によるものだろう。そこから犯人には、自分より弱い存在を虐待して悦ぶ性癖があるんじゃないかと考えられる」

「酷い……そんなの人間のやる事じゃないよ……!」

「確かに言ってて気分が悪くなってくる。早く確保した方が良いのは確実だね。それで最後に、犯人には潮の臭いがこびりついてる。昼間調べてる時に一瞬、内陸ではおかしい臭いがしたから、少しだけ血痕や地面の傷に手をこすりつけて嗅いだら、微かに潮っぽい臭いが残っていた」

「え!? 現場の痕跡に触っちゃったの!? 情報を掴むためとはいえ、そんな事してたら現場検証の人達が頭を抱えちゃうよ。今回はやっちゃった後だからしょうがないけど、できればあまりやらないで欲しいな」

「善処しとく」

「さり気なく断られてる感があるのは気のせい? ともかく犯人に潮の臭いがこびりついているって情報はかなり大きい発見だよ。多分私だけだったら見つけられなかったと思う」

「経験を積めばこれぐらいすぐに気づけるようにはなるよ、執務官候補生なんだし」

「ううん。管理局の調査方法だと大抵、検査魔法とかで痕跡を調べたりするから、マキナのような調査方法は基本的にやってないんだ」

「ふ~ん? 管理局……というより本局だと、こういったスカウトの技術は学ばないのか……。まぁ今までのとは別の調査方法を知る良い機会だと思って、適当に使えそうなのを覚えとけばいいよ」

「そうする。それにしても潮の臭いか……犯人はどこから来たんだろう?」

「同じ情報を持っていないフェイトにはわからないだろうけど、私はある程度目星はついた。そっちの方はもう手を回してるから、こっちは気にしなくていい」

「はぁ……?」

「ともかく今すぐ犯人を見つけるのは不可能だ。ノアトゥン全体を探そうと思ったら、それこそ管理局お得意の人海戦術なりを使うしかない。でも今の管理局では無理なことぐらい百も承知でしょ?」

「それはそうだけど……放っておけば犯人は老若男女関係なく無差別に人を襲う。早く見つけなければ、また誰かが犠牲になってしまう!」

「こらこら、焦燥感に憑りつかれて冷静さを見失っちゃ駄目だよ。どんな状況でも、それは命取りとなる。まぁこういう相手は対処法ってのも大体決まってるものさ」

やけに自信を見せるマキナに、何か策があるのかと期待するフェイト。だがマキナは具体的な事は言わず、含み笑いを見せるだけだった。

「とりあえず今夜10時にここに集合、それまで身体を休めとくこと。……大丈夫、すっぽかしたりしないから」

「なんかいいようにあしらわれてる気が……」

しかし自分だけではどうしようもない事も事実なので、若干不服ながらもフェイトは一旦マキナと別れて仕事場に戻る事にした。





そして指定された時刻である、22時00分。街灯ぐらいしか光源が無いノアトゥンで管理局の宿舎を抜け出てきたフェイトは、約束通りに待ち合わせ場所に来ていたマキナとアギトの二人と合流した。

「あ~やっぱりコイツも一緒なんだな、店に来た時点で想像はついてたけどさ」

「店では全然話さなかったから改めて挨拶するね、アギト。私はフェイト・テスタロッサ、今回はよろしく」

「はいはい、よろしくな。あ、言っとくけど、いきなり奇声とか変な笑い声あげたりすんじゃねぇぞ」

「いや、しないから!? 私はビーティーのような振る舞いは最初からできないから!」

「思えばこの世界に来てからビーティーといいフェイトといい、テスタロッサに関わってばかりだ。もしかしたらこの事件もテスタロッサ絡みだったりするんじゃない?」

「まだビーティーと分かり合えていないのに、これ以上誰かに出て来られたら正直手に余るよ……」

「今になってもアイツと分かり合おうとする気概を持てる辺り、アンタもなのはに似てかなり頑固なお人好しだよな」

「だって……少しでも諦めたら和解なんて夢の彼方だもん。いつかビーティーが家族として和解出来るまで頑張るつもりだよ」

「家族ねぇ……ビーティーがそれを望むかと言われたら、正直に言って望んでないと思うけど」

「むしろアレじゃあぶち壊す気満々だよな。過去が過去だから仕方ないってのもあるが、復讐を止めるならともかく和解は流石に無謀なんじゃね?」

「過酷なのは私だってわかってるよ。でも難しいからって諦めたくはない。だってビーティーも私達テスタロッサの血を引いている、私にとっていわばもう一人の姉と言っていい存在。その姉が母さん達を襲うつもりなら、それを止めるのが私の責任だと思う。……そう、“姉さん達”の犠牲の上で生まれたからこそ、これは私がやり遂げなければならない命題なんだ」

「は~なのはは自分のツケが回ってきたように、フェイトは親のツケが回ってきたって感じか。もう色んな意味でめんどくさすぎ。色んな世界を見て回ってきたからこそ思うんだけど、皆もっと気楽に生きられるようにはなれないのかねぇ……」

後半部分はマキナが何となしにぼやいたのだが、アギトとフェイトは何度も陰謀に翻弄された彼女の純粋な想いがその言葉に全て込められていると察した。しかしそれが叶わないのも全員わかっているから、何とも言えないやり切れなさがあった。

「……おおっと、いけない。本題をやる前にネガティブモードになったら、いざという時に動けなくなっちゃう。さっさと本題に戻ろう」

「本題っつっても、姉御は犯人をどう見つけるつもりなんだ? なんか作戦の一つや二つ用意してるんだろ?」

「正解。そもそも犯人を見つけ出す罠の準備はもう終えている。後は引っかかるのを待つだけだよ」

「罠?」

フェイトがそう聞いた次の瞬間、どこかでバシュゥ! と何かが爆発して空気が抜けるような音が響き渡った。

「お、早速かかった! 行くよ!」

瞬時に反応したマキナは端末で位置を確認し、アギトとユニゾンして現場へ走り出す。アギトがリインと同じユニゾンデバイスだった事の驚きや反応の速さで出遅れたフェイトは、慌てて彼女達の後ろを追走する羽目になった。

「ね、ねぇ! 今の内に聞きたいんだけど、どんな罠を仕掛けたの!?」

「アウターヘブン社製作の装備、スタンデコイを設置して魔力を付与させたのさ。スタンデコイは攻撃してきた敵に電撃を放つんだけど、威力はせいぜい人間を気絶させられる程度。それにただの道具に過ぎないから魔力反応なんて無い。だから魔力を付与することで、犯人の魔力探知を騙そうと思ったわけ」

「こういう話を聞く度に思うけど、アウターヘブン社の装備ってホント便利だよね……」

つくづく管理局は装備品に恵まれていないと嘆くフェイト。デバイスの強化や魔法の開発も良いが、今後はこういうサポートウェポンにも力を注いでほしいと思った。

それはともかくマキナは遠目で首の部分が切れて風船がしぼんだデコイを発見、近くに犯人がいるはずだと見てレックスを構え、警戒を強める。フェイトも何か得体のしれない存在の気配を感じ、バルディッシュを展開して身構えた。

そこはB区画の大通りで、周りには一般市民の住むマンションや備え付けの駐車場などが点在しており、過去の殺人現場である路地からはそれなりに距離があった。事件の事もあってこの時間帯は一切人気が無く、犯人が現れる条件は整っていた。そして……、

「アァ……! オォォ……!」

マキナの読み通り、唸り声を上げて犯人はそこに現れていた。

頭から足までが血を浴びたかのように真っ赤に染まり、右手に肥大化した骨が露出して刃のごとき鋭さが見て取れる。デコイからの電撃を喰らったせいでまだ動けないのか、今にも襲い掛かってきそうな目付きで睨む赤い眼に、骨ごと噛み千切れそうな鋭い牙。潮の臭いが漂う女性服に、異常なまでにボロボロの猫耳と猫尻尾。周囲に浮かぶ黒く変質した魔力光と、髑髏が纏うのと同じような光を放つ“虫”……。

「なるほどね。猫の使い魔にスカルフェイスの“虫”を寄生させたアンデッドか。大方キャンプ・オメガからこの街に流れ着いたんだろうけど、ヒトを襲う脅威である事は間違いない。フェイト、さっさとこいつを――――」

「嘘………」

「倒そう……ってどうした、フェイト? 顔がすごい真っ青だよ?」

「こ、こんなのってないよ……! なんで……いくら何でも、こんな酷い話は無いよ……!!」

「おい、しっかりしろ! 一体どうしたと言うんだ!?」

フェイトのただならぬ衝撃の受け様に、マキナとアギトは眉をひそめて困惑する。唸り声をあげるアンデッドに向け、フェイトは震える唇で真実を口にした。

「このアンデッドは……かつて姉さんが助けた山猫で、母さんの元使い魔。そして……私に魔法を教えてくれた師匠で、大切な家族の………………………リニス」

 
 

 
後書き
貫通弾:対魔導師用徹甲弾という事にしています。
ブーストリミット:ゼノギアス キスレブD地区で食べられる料理の一つ。運が良ければ食べた後にキスレブ内限定でフィールド上の移動速度が速くなります。具体的にどんな料理なのかわからなかったので、想像するのが大変でした。
マキナのカソック:彼女は激辛麻婆が好物なので、なんか某神父を思い出しました。彼のようなマジカル八極拳は使えませんが、彼女はCQCが使えるので大概ですかね。ちなみにカリムと二人並べばパッと見では姉妹にしか見えないという裏設定があったりするのですが、それを活かす機会は恐らくないと思います。
スタンデコイ:MGSV デコイ系装備の一つ。攻撃してきた兵士を気絶させられるので、かなり便利なデコイです。なお、ノーマルやアクティブデコイもあります。
キャンプ・オメガ:MGSVGZの舞台。マキナが手を回していると言った意味は、察しのいい人ならお気づきでしょう。
リニス:なのはシリーズにおける、陰の立役者。二次では救済される事が多いですが、ここではゼノギアスのレッドラムとバイオのクリムゾンヘッドの要素が混ざっています。レッドラムの出てくる事件の真相を知っている方なら、リニスの立ち位置がわかると思います。ところで……リニスのゲル(意味深)、いります?


あんな問答の後でフェイトを正式にパーティメンバーに加えるにはどうしたらいいのか、正直に言って難しかったです。いわゆる自分の球団に爆弾持ちの選手を引き入れるようなものなので。話の展開に困ったらネタ集めに奔走しています。バイオはともかく、パワポケも何気に凄い展開がありますね。エネルギー切れで再起不能とか、箱に詰めて海に沈めるとか、野球ガ デキテ タノシイナとか、メロンパンとか……。


お遊びの一発ネタ。

貫通弾ならぬカンチョウ弾。撃ったら相手の尻に紙やすり(めっちゃ荒い)でできた指が刺さります。
マザーベースならぬマニャーベース。一言で言えば全て猫のマザーベース。月村家に存在。
 
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