| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

片輪車

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

5部分:第五章


第五章

僧「期待しておりますぞ」
母「わかりました。あんた」
 ここで夫に顔を向ける。
母「いいよね、それで」
父「ああ。それじゃあ」
 二人は頷き合って意を決する。そこに遂に片輪車がやって来た。
 
 ガラガラガラガラ
 
 車の音が舞台にも聞こえてくる。あの姿のまま舞台の右手からやって来る。

車「はて」
 二人の姿を見て車の上に正座しながら声をあげる。
車「昨日の女か。そして隣にいるのは」
父「この女の亭主でございます」
 夫は片輪車を見ている。怯えはあってもそれを懸命に抑えている。その間に車は夫婦のすぐ前までやって来た。そこで正座をしながら話に入る。
車「亭主とな」
父「そうでございます。話は聞いておりまする」
車「娘のことじゃな」
父「左様です。それでは私共の仰りたいことはわかっておられると思います」
車「うむ」
 その言葉に応えて頷く。
父「娘を返して頂きとうございます」
母「お願いです」
 妻も口を開く。夫よりも切実に身体を前にやっている。
母「娘を返して下さいませ」
車「言った筈じゃ」
 片輪車の声は冷たい。二人を声と同じく冷たい目で見ている。
車「私を見た者は連れて行くと」
母「ですが」
 今にも片輪車にすがりつかんばかりである。
母「お願いです。娘だけは」
父「返して下さいませ。あれは私共の宝でございます」
 こう言ってやはり今にもすがりつかんばかりである。
父「どうか、どうか」
母「この度だけは」
車「どうしてもじゃな」
 二人の姿を見て問う。
母「そうです」
 まずは妻がそれに答える。
母「どうか。お願いです」
父「是非共娘を」
車「そこまで思っておるのじゃな」
 そんな二人を見て問う。
車「自分の娘を」
母「そうです」
父「ですからお願い申します」
 必死に頼み込む。車はそんな二人を見て述べる。
車「あいわかった」
母「えっ」
車「返してやらんでもない」
 相変わらず声は冷たい調子のままである。
父「それでは」
母「ちよは私共に」
車「ただしじゃ」
 顔を上げる二人に対して冷たい視線と共に言い渡す。
車「条件がある」
父「条件とは?」
母「それは何でございましょうか」
車「身代わりが必要じゃ」
 言葉には感情はない。あくまで冷徹な声である。
父「身代わりですか」
母「それは一体」
車「娘はこちらの世界に返そう。じゃがそなた達を連れて行く」
父「ええっ」
母「私共を」
 それを聞いて顔も身体も強張らせてしまう。まるで金縛りにあったかの様に。
車「左様、娘が大事なのであろう」
母「それに偽りはありません」
父「ですからこうして今も」
 必死な顔で述べる。
車「では問題はあるまい。娘は返す、そして」
父「私共がその代わりとして」
母「あの世に」
車「そういうことじゃ。どうじゃ?今私の姿を見たしな」
父「そうでした」
母「それでは」
車「うむ。どうじゃ?身代わりとなるか?」
 そう二人に問う。
車「どうなのじゃ?」
父「それは・・・・・・」
母「その・・・・・・」
 その言葉に何と言っていいかわからず困惑を見せている。
車「嫌ならばよい。ただし娘はそのままじゃ」
父「おい、御前」
 それを聞いて俯いて妻に顔を向ける。
父「どうする?」
母「どうするって御前さん」
 彼に顔を向ける妻の顔も俯いている。暗いままだ。
母「ちよはこっちに戻って来られるんだよ」
父「ああ」
 その言葉に弱々しく頷く。
父「そうだよな」
母「だったら問題ないじゃないか。ちよの為だよ」
父「いいんだな、それで」
 そう妻にまた問う。
 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧