片輪車
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2部分:第二章
第二章
娘「何か出るの?」
母「そうさ、お化けが出るんだよ」
娘「お化けが」
母「そうなんだよ。だからね」
優しい声を出す。
母「もう寝るよ。いいね」
娘「けれどうちまだ」
それでもせがむのを止めない。そこがかなり子供っぽい。
娘「遊びたいよ」
母「駄目、今日はおとうもいないし」
娘「寝なきゃ駄目なの?」
母「そうさ、だから寝るよ」
娘「寝ても面白くないよ」
母「我儘な娘だねえ」
それを聞いて困った顔をする。
母「そんなにお化けに連れて行かれたいのかい?」
娘「連れて行かれるの?お化けに」
母「そうだよ、だってね」
ここで怯える様子を見せる。
母「そのお化けはね、あの世から来てるんだよ」
娘「あの世から!?」
母「そうだよ」
母は答える。
母「そのお化けはね」
娘「うん」
母「車に乗ってね。それで来るんだよ」
娘「そうなの」
母「そうだよ。だからね、絶対に見ちゃいけないんだ」
娘に諭すように言う。
娘「見たら連れて行かれるの」
母「そうだよ」
娘「どうやって連れて行かれるの?」
母「燃えて片方しか輪のない車でね。連れて行かれるよ」
そう教える。
母「わかったね」
娘「うん」
話を聞いたうえで言う。
娘「何か聞いてたら怖くなったよ」
母「そうだろ?だからね」
諭す時とは少し優しさが消えて言って聞かせる顔になる。
母「今日はもうお休み」
娘「わかったよ。けど」
母「けど。何だい?」
困った顔を見せる。
娘「そんな話聞いたら怖くなったよ。だから」
母「おしっこかい?」
娘「うん、ちょっと行って来る」
そう言って母の手の中から離れる。
娘「すぐ戻って来るから」
母「わかったよ、じゃあ早くしておいで」
娘「あいよ」
母「一人でいいかい?」
娘「うちだってもう一人で大丈夫だよ。だから心配しないで」
母「だといいんだけれどね」
娘「じゃあ」
これで娘は舞台奥に姿を消す。暫く母は一人でいるが遠くから車の音が聞こえて来る。
ガラガラガラガラ
地面の上を木の何かが転がる音がする。それこそがその化け物のやって来る音である。静寂の中にその音が不気味に鳴り響く。
母「来たよ」
その音を聞いて耳を塞ぐ。
母「また。怖いったらありゃしないよ」
そう言って縮こまる。だがここでふと娘のことを思い出した。
母「そうだ。ちよ」
娘の名を呼ぶ。
母「ちよ、もう戻って来たかい?」
だが返事はない。
母「ちよ、ちよ」
呼べどやはり返事はない。娘が消えた方に顔を向ける。
母「まだ入ってるのかい?早くおいでよ」
段々心配になってきた。だがそれでも返事はない。
母「ちよ」
娘「おっかあ」
やっと返事が来た。だがそれは遠くからだ。
母「えっ!?」
娘「おっかあ」
母「ちよ、何処にいるんだい?」
ここで車の音が家の前で止まる。母親はそれを感じてぎょっとした顔になる。そして慌てて扉を開けて家の外へと出る。そこにあの片輪の火に包まれた車がある。その中に白い服を着て長い黒髪を下ろした白い顔の痩せた美女がいる。その手の中に娘を抱いている。
車「この娘は私の姿を見たんだよ」
以後この化け物のことを車と表わす。
母「えっ」
母はそれを聞いて顔をさらに蒼ざめさせる。
母「そんな、嘘だよ」
車「嘘じゃないよ」
車はぞっとする声で述べる。
車「これが何よりの証拠だよ」
ここで手の中に娘が現われる。じっと母親を見ている。
自分の手の中の娘を見せて言って来る。
車「話は聞いてる筈だよ」
車は言う。
車「私の姿を見た人間を連れて行くって。この子は私の姿を見たんだよ」
母「そんな・・・・・・」
車「そういうことだよ、わかったね」
娘「おっかあ」
母「ちよ」
車「この娘は私の子供になるんだよ」
低い、青ざめた声で言う。
車「わかったね」
母「そんな、ちよは私の娘なんだよ」
車に近寄ろうとするが火のせいで近寄れない。
母「ああっ」
車「無駄さ、この火には近寄れないさ」
母「けど」
それでも彼女は諦めない。必死の顔で車に言う。
母「そんなことされたら私だって」
車「見てしまったものは仕方ないのさ」
そう言って話を聞かない。
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