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ミラエ=アル=リフ

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第一章

                 ミラエ=アル=リフ
 エジプトは長い歴史を持つ国だ、かつては神話の神々が信仰され古代王朝の遺跡が今もこの国の主要産業の一つになっている。
 今はイスラム教国でありその信仰は篤い。それはカイロで露天商をしているアブドラ=ジャーファルも一緒である。
 この辺りの人間にしては色白ですっきりとした外見だ。目は小さく澄んでいて黒い光が目立つ。優男で口元は穏やかでいつも微笑んでいる感じだ。黒髪は長く波がかっていてすらりとした長身が見事だ。その彼を見てだ。
 隣の店の親父ハールーン=バルダートはいつもだ、こう言った。
「あんた露天商には勿体ないね」
「名前からですか?」
 ジャーファルはバルダートにいつも笑って返した。
「ジャーファルだから」
「ははは、アラビアンナイトのな」
「カリフと一緒にいる大臣ですね」
「あの男前の」
「けれどあの大臣最後は悲惨ですからね」
 そちらのジャーファルの話をするのだった。
「いきなり引き立てられて斬首ですから」
「そして死体は三年晒しものだったな」
「一族も処刑されて」
「確かに悲惨だな」
「これ本当にあったことですよね」
「そうそう、わしの名前のカリフがな」
 バルダートも自分の名前のことを言う、こちらは黒い口髭が目立つ割腹のいい初老の男だ。頭のターバンの下は実はかなり薄い。
「そうしたんだよな」
「本当にいきなり」
「おかしな話だな、あれも」
「今も色々言われてるみたいですね」
「いきなりそんなことするなんてな」
「カリフも無茶です」
「ああ、それであんたはな」
 バルダートはまたジャーファルに言うのだった。
「何でまた露天商なんだ」
「何でって家が大きな商売してまして」
「ああ、それであんたは四男でな」
「家の仕事は一番上の兄さんが継いで他の仕事も他の兄さんと姉さんの旦那さん達が継いで」
「残ったあんたはな」
「はい、家に残って事務やれって一番上の兄さんに言われましたけれど」
 それがというのだ。
「何かそれも面白くあくて」
「露店はじめたか」
「商売人の家の息子ですからね」
 それでというのだ。
「事務やるよりもこっちって思いまして」
「それでやってるんだな」
「はい、今ここで観光客に土産もの売ってます」
 まさにそうしたものをだ。
「こうして」
「そしてそっちでだな」
「まあ結構売れてますね」
 実際に毎日の打ち上げはかなりのものだ、代々の商才があるのかジャーファルはこの店をはじめて三年だがもう家を建てるだけの金を貯めた。
「生活は困ってないです」
「じゃあ後は、だな」
「建物の店を持ってですね」
「家族を迎えて」
「そうしようって思ってます」
「実家の店よりでかい店持つかい?」
「いやいや、実家はもう物凄いですから」
 ジャーファルはバルダートに笑って返した。
「桁が違うんだよ」
「そうなのかい」
「何しろ宝石商で」
「宝石かい」
「そうなんですよ、観光客相手のホテルも二つ持ってまして」
「それは凄いな」
「一番上の兄さんがまたやり手で」
 その家を継いだ彼がというのだ。
「ホテルもう一つ増やすとか」
「それはまた凄い金持ちだな」
「はい、僕の店なんかとてもですよ」
「足元にも及ばないか」
「そうなんですよ」
「つまりあんた金持ちのボンボンか」
「そうなりますかね」
 笑って応えるのが常だった、カイロの強い日差しと砂の街の中でいつもこうして話をしているのである。仕事が暇な時は。 
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