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流星のロックマン STARDUST BEGINS

作者:Arcadia
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精神の奥底
  57 少年の美学

 
前書き
今回はアクションも無く、普通の回です。
でも今まで施設にいたり、戦ったり、寝たりといった行動ばかりの彩斗らが初めて、普通の外出をするという回でもあります。
舞台は電気街、一応、秋葉原をベースにしているつもりですが、他の街の要素もちょこちょこ入ってます。 

 
交通ICで改札をくぐり、混みあう人々の間をくぐり抜けていく。
現在のニホンを代表する電気街は地下も賑わっている。
新宿サブナードやメトロプロムナードに似た商店街が地下に広がり、電気に興味が無いであろう老人からオシャレを楽しみたい年頃の高校生、やんちゃな子供まで様々な層が楽しめるような空間だ。
アクセサリー店、アパレルブランドの店、全国にチェーン展開する衣料品店、100円ショップ、書店、食料品店を取り扱うスーパーマーケットにコンビニエンスストア、なんでも揃っている。
しかし地下には用事は無かった。

「しかし混んでる…あっ!」

今日がハロウィンだからだろうか、会社によっては休日にしている企業もあり、親子連れやカップルの中で賑わい、人が多く行き来しているせいで思うように身動きが取れない。
気づけば目的の場所に一番近い地上への出口とは程遠い場所へと流されてしまった。

「まぁいいか」

階段を登ると、そこには大量のビルが立ち並ぶデンサンシティを象徴する光景が飛び込んできた。

「着いたよ、ここが電気街だ」

彩斗は初めてやってきたアイリスに言った。
しかしその言葉が耳に入らない程、その光景に早くもアイリスは驚いていた。

「すごい……これがニホンの街」
「昔から基本的なものは変わってないですけど、まるで脱皮するみたいに新しい建物に建て替えられて、まるで別の街みたいになっちゃうんですよ。10年ぶりくらいにやって来た人なら多分、迷子になりますね」
「移り変わりが激しいのは、電気街に限った話じゃないよ。この街全体の特徴かな。古いものはどんどん新しい物へ。言い方を悪くすると、使い捨てしながら進歩してきたんだ」

一方、メリーは数カ月ぶりの電気街だったが、やはり前に来た時、工事中というサナギから羽化したように建物が完成していたり、前まで空きテナントだった場所がメイド喫茶になっていたりとその著しい進化に驚かされていた。
しかしそれと対照的に彩斗は驚くどころか呆れていた。
彩斗は発展が悪いこととは一概に言わないが、必ずしもいい側面だけではないと思っていた。
2人の前では言わなかったが、物の使い捨てならまだしも、人まで使い捨てにするような手法でこの街は発展してきたのだった。

「兄さん?」
「……あっ、うん。なに?」
「珍しいですね。ボーっとして。考え事ですか?」
「あぁ、まぁ、うん。でもやっぱり地上に出てきたらやっぱり暑くて」
「ですよね」

「ねぇ、あの子、見て。あんなお人形さんみたいな格好して暑そう」
「でも汗1滴もかいてないぞ?」
「うわっ、すっごい可愛い子。しかも2人、いや3人か?」
「あっちの子は男の子かしら?」
「新しいゴスロリ喫茶かな?」
「何かの撮影?」

「……行こう」

やはりこの炎天下でアイリスの格好は目立ちすぎる。
その上、アイリスがきっかけでメリーや彩斗の方にも注意が向き始めていた。
彩斗は2人の手を取って歩き始める。

「人混みに巻き込まれて、予定外の場所で地上に出てしまったけど、先にアイリスちゃんの服から揃えよう。近くに多分、店があったはずだ。無くなってなければ……」

彩斗は大型の量販店の間を通って、隣の大通りに移ると自販機でスポーツドリンクを3本購入した。

「ハイ、さすがにその格好で飲み物も持ってないと不自然だ」
「あっ、ありがとう……」
「メリーも」
「ありがとうございます」
「うっ…」
「……」
「ねぇ?スポーツマンって大変な仕事だね」
「兄さんもそう思います?」
「……?」


彩斗とメリーはキャップをひねって早くも飲み始めた。
酸っぱいような、甘いような、しょっぱいような、苦いような独特の味が口の中に広がる。
汗とともに流れ出る塩分を補給する為にあえてスポーツドリンクを選んだが、スポーツというものに無縁な彩斗とメリーにはあまり馴染みの無い味だった。
正直に言ってしまえば、あまり美味しいものではないと感じており、彩斗は一気に飲み終えると、早くも2本目にミネラルウォーターを購入して口の中を洗い流した。
その一連の彩斗とメリーの会話を見て、味覚がないアイリスは頭にクエスチョンを浮かべた。
彩斗は2人を連れて、やや早歩きで衣料品店に入った。
同時に天の恵みにでも勘違いしような、冷風が3人を包んだ。

「ふぅ、生き返る……」
「ですね」
「全く、太陽の光が突き刺さるよ。暑いだけじゃなくて痛いもの」
「私もです……兄さんなんかは肌のメラニンが薄いですから。それは痛いですよ」
「2人とも十分、色白だと思うけど」

3人はひとまずエスカレーターで女性向けの売り場へ向かう。

「こんなにいっぱいあるのね」

広いスペースに棚やテーブルが並べられ、ファッションショーを思わせるようなマネキンがおすすめのコーデを纏っている。
本来なら10月ともなれば、冬に備えた長袖の服が並び、夏物は在庫処分でワゴンセールなり割引のタグがつけられているはずだが、この異常気象のせいで未だに店の主力商品となっているようだ。
ワンピースやキャミソール、ノースリーブのブラウスなど多くの夏物におすすめのタグをつけられている。

「うん、色も選択肢があるし、組み合わせで色んなバリエーションが試せるよ」
「最近だと、実際の服と同じ服のデータのチップが用意されていて、実物を見ながら検討できるみたいです」
「とりあえず、好きなものを試してみるといい。メリーも好きなものを選んできて」
「サイトくんは買わないの?」
「僕はいいよ。服には興味無いし」
「サイトくんなら似合いそうな服がいっぱいあるのに」
「そうですよ。兄さんもたまにはオシャレしてみたらいいですよ」
「オシャレね……それより本かPCパーツを」
「もう……」

メリーはやや呆れ顔だった。
説得は諦め、アイリスと共に商品が並ぶ棚の方へ向かう。
そんな中、アイリスはこっそりとメリーに質問した。

「サイトくんって服とかに興味無いんだ」
「ええ、いつもこのブランドの服、それも同じような服の色違いばかりで」
「確かに服の種類も多いけど、色も多い……」
「アイリスさんは付き合い短いから分からないかもしれませんが、いつもワイシャツ、ベスト、Tシャツ、パーカー、この4種類、あと色違いを組み合わせてバリエーションを増やしていますけど、実際に持ってる数としては少ないです。しかもオールシーズンに渡ってジーンズですからね」

アイリスは彩斗と出会ってまで数日、あの間に来ていた服を思い出す。
確かに言われてみれば、最初の夜が白のワイシャツにジーンズ、ナイトメアの影響から回復して学校に突撃した昨日がワイシャツにマリンパーカー、そして今日がワイシャツにジレベスト。
バリエーションがあるようでどれも無地で同じブランド、特徴と呼べる特徴も無く、もしあれで色違いが数着あれば、持っている服の数自体は少なくとも組み合わせでかなりのバリエーションが生まれる。
メリーは少しため息をつきながら、服を幾つか手に取った。

「別にこのブランドも決して安物ってわけじゃないんです。価格は高くて素材は安物っていうデザインだけのアパレルブランドと違って、価格とデザインはいい意味で普通、でも品質はそういうアパレルブランドよりもかなり高いんですよ。服のバリエーションもいっぱいありますし」
「確かにこれだけ色んなバリエーションの服を取り扱ってるし、色のバリエーションだけっていうのも……サイトくんなら似合いそうな服がいっぱいありそうだし」
「でもどうして兄さんはいつも……」

「それはね、無難な選択肢が最終的には長く使えるものだからだよ」

「サイトくん!?」

2人が服を見始めたのと同時に別のフロアに向かった彩斗が不意に会話に割って入った。

「長く…使える?」
「そう。その時代において、例えば流行りのファッションが最良の選択肢だとする。でもその流行が去った後の時代においては流行遅れの服になっちゃって、もしかしたら最悪の選択肢になってしまうかもしれない」
「ん…ん〜ん?」

彩斗の説明に少しメリーはついてこれていない。
しかし彩斗はそれを分かった上で続けた。
正直、メリーが理解できずともちゃんと自分が一応、興味が無い、面倒くさい以外の理由を持って服を選んでおり、なおかつその服が他の服よりも優れている部分があるということが伝われば良かったのだ。

「だから最良でも最悪でも無いものを選んでいけば、流行にも左右されないし長い間着ることができるっていうわけさ。ワイシャツやTシャツにジーンズってもう100年?いやそれ以上か、使われ続けてきたものだし、最良でも最悪でもない。そういう確固たる地位を築いてきたものは流行や時代に流されないから」
「そういうこと」
「へぇ……なるほど」
「まぁ、偉そうに言ったけど、最初にハートレスが僕に用意してくれたのがこれだったんだ」
「ハートレスが?」
「彼女の服も同じところから買ったやつだと思うし。あれだけの資産を持ちながら、こんな庶民派のところから買う理由はなんだろうって考えて行き着いたのが、この結論。彼女の受け売りってわけじゃないけど、間接的に彼女から学んだことだ」
「……そういえばサイトくん、別のフロアに行ったはずじゃ?」
「もう僕の買い物は終わった」
「え!?はやっ!」

彩斗の手には紙袋が握られていた。
確かに色違いで数着買う癖は直っていないが、今まで買ったことの無いものが入っている。
しかし彩斗の持論には則っており、流行には左右されにくいものばかりだ。

「一応、今まで買ったことがなかったライトダウン?っていうの?今は暑いから着ることもないと思うけど、季節的にはそろそろ冬だからね。他にもちょっとチャレンジしてみたよ」
「ふふっ、兄さん。いいですね」
「君たちは?」
「う〜ん、私は特に無いですけど、アイリスさんは?」
「暑い中、着ていてもおかしくないもの……これとか…かな?」

アイリスは胸のところにリボンがついた薄い水色とワインレッドの薄手のブラウス2着、黒と緑のスカート2つを恐る恐る指差す。
どちらも夏に着ていても不自然ではないし、何よりアイリスが着ていて不自然でない。
どちらも今のアイリスが着ている人形のようなゴシックロリィタ風のテイストが入っている。
ちょうど今着ている服を夏用にした感じだ。
そのアイリスのチョイスに対しては、メリーも今まで自分が手を出したことのないジャンルの服故に興味を持っているようだった。
彩斗はとりあえず試着させてみようと、慣れず一瞬、躊躇いがちになりながらも、近くの女性店員に声を掛ける。
すると反対側を向いていた状態から営業スマイルで振り返って寄ってきた。

「ハイ!」
「あの…試着って」
「あっ、試着ですね!ではあちらの方の右手に男性用の試着室、左手に女性用の試着室が…」

あまりにも元気よく笑顔で接客してくる店員に押され、接客業は自分には向いていないと痛感しつつ、続ける。

「いや、ネットナビ用の試着室を」
「あっ、ドレスアップチップの試着ですね!では、ネットナビさんの方を拝見させていただけますか?」

店員はマニュアル通りに端末の中のネットナビを確認しようと手を出した。
しかし彩斗の端末には現状、ネットナビはいない。
どちらも今、実際に自分の目の前にいるからだ。

「いや、ここいるよ」
「え?」
「……」
「この子だよ。この子、コピーロイドを使ったネットナビなんだ」
「え!?本当ですか!?すごい!全く気づかなかったです!!」
「そう…ですか?」
「少しお人形さんみたいな感じはしましたけど、マネキンっぽいっていうことじゃなくて、童話のお姫様みたいで!どうぞ、こちらへ!」

その時、彩斗は珍しくアイリスは少しうれしそうな顔を浮かべたのを見逃さなかった。
分かっていたとはいえ、アイリスには少なからず人間に対して憧れがある。
そのネットナビでありながら、ネットナビらしからぬ容姿と寸分違わぬ人格プログラム、もはや肉体さえ手に入れば人間と全く同じ存在だった。

「この格好じゃ、この暑さの中で悪目立ちするもんでね」
「あぁ、ですよね!でもナビさんもすごく可愛いから、服も選びようがあって、いろいろ考えちゃいますよね!?」
「まぁ…それなりに。でも最終的には彼女が選んだもので」
「ではこの機械にプラグインして、試着したいチップをここに」
「プラグインできる?」
「うん、やってみる」

案内された試着室の立体映像プロジェクターのようなものにアイリスはプラグインし、コピーロイドは元ののっぺら坊の素体に戻る。
彩斗は魂の抜けたコピーロイドを物珍しそうにまじまじと数秒見ていると、その間にアイリスのプログラムの読み込みが終わり、彩斗とメリーの前に立体映像のアイリスが現れた。
すかさず彩斗はチップを転送する。
するとようやく3人の元へ涼がやって来た。

「うわぁ……本当に変わった」
「アイリスさん、スゴイ!可愛いです!」
「どうだい?気分だけでも少し変わったでしょ?」
「…うん」
「うわぁ!すっごくお似合いですよ!!これならこの炎天下でも大丈夫です!」

アイリスの衣装が薄いワインレッドのブラウスと濃紺のチューリップスカートへと変わった。
衣装の種類も今までアイリスが着ていたゴシックロリィタ系のテイストを含んでいる為に特に違和感は無く、現状のスタイリングを維持したまま、薄くした感じだ。
しかしそれによって軽量感と清涼感を得たのは間違いない。
アイリス自身も不思議と嬉しそうな顔を浮かべている。

「気に入った?」
「えぇ、とても」
「じゃあ、これをいい?他に欲しいものは?」
「良かったら、ぜひ他の商品も試着していって下さい!!」
「とりあえず、街を歩く間を凌げればいいから、これ一着だけで」
「一着だけでいいの?」
「えぇ。それに申し訳なくて」
「そうか。君がいいならそれでいいけど」
「えっ!?こんなに可愛いのに…勿体無い…」
「とりあえずこれでお会計を。このまま着ていくから」

少しがっかりした様子の彩斗はカードを渡した。
先程までは売ることが目的だったようだが、今はアイリスの着せ替えが楽しみになっていたようだ。
しかし彩斗は不思議と前にも同じような事があったような気がした。
既視感というのだろうか、だが少し考えるうちに徐々にそれは鮮明になっていく。
そしてそれは店員の方も同じだった。

「あっ、そういえば前にもいらっしゃったことありましたよね!?」
「……えぇ、多分」
「あの時はすいませんでした、男の子なのについつい可愛くて、いろいろ試着を勧めちゃって」

彩斗はかなり前、恐らく3年くらい前に来た時もこの店員の女性に接客され、その際に今のアイリスと同じように試着で着せ替え人形状態にされたことがあった。
彩斗はその当時から服には興味が無かったが、まだ施設の外の世界に馴染んでおらず、人見知りも相まって、うまく断れなかった覚えがある。
その時の流行り服や少しヒールな連中の好みそうな服、更にはそもそもメンズかどうかすら怪しいレディーステイストの服まで試着”させられた”。

「かなり昔の話なのによく覚えてますね」
「私も専門学校を卒業して就職して間もない頃、それも最初に接客したお客様だったもので……ずっと怒ってるんじゃないかと思って」
「いえ、別に」
「でも大きくなられて。前から可愛かったですけど、今も可愛いですね。もしかして今、モデルとかやられてたりします?」
「まさか。一番縁のない業界だね」
「でも月曜の9時に出てくる子役とか、この間のEightteenとかInBlueの表紙の子にも似てるし……それにこっちの()もすごく可愛いし。本当は子役カップルとかじゃないんですか?」
「えっ?私が可愛いなんて……それもカップルなんて…エヘッ」
「子役カップルじゃなくて、仲良し兄妹」
「……兄さんのバカ」
「そういえば、前にいらした時、それこそレッドカーペット歩いてそうな本場パリのトップモデルみたいな女性と一緒でしたよね?今日はご一緒じゃないんですか?」
「あぁ…彼女は…今日は」

「兄さん、誰のことですか!?」
「多分、ハートレスだ」

この店員が言っている絶世の美女は恐らくハートレスの事だろうと、彩斗は一瞬で思い当たった。
小声で聞いてきたメリーにもそう伝える。
確かにあの日もハートレスが同伴していた。
そして服を買ってもらったのだ。

「すっごく綺麗な人だったので、よく覚えてますよ!私もあんなふうになりたいなぁ、なんて今でも思ってますし!お姉さんですか?」
「お姉さん!?誰が……」
「まぁ、そんなところです」

少し怒りそうなメリーを宥めつつ、彩斗はレシートを受け取り、カードを返してもらうとアイリスがコピーロイドに再プラグインしたのを確認する。
するとアイリスが売り場の方を向いているのに気づいた。

「……欲しい服があるなら、遠慮せずに言っていいんだよ?」
「いや……その。なんでもない」
「正直じゃないなぁ。まぁ、いいか。また来ようよ」
「……うん」
「あっ、そうだ!!お客様!これを!」

店員は不意に思い出したように名刺サイズの紙を渡してきた。
何かの宣伝文句と、QRコード、URLなどが載っている。

「これは?」
「うちの通販サイトで今度から自宅のパソコンやモバイル端末から、ドレスアップデータの試着とダウンロード購入ができるようになるんです!あと無料会員登録でドレスアップデータのクラウドクローゼットというのか、端末本体に保存したり、チップの状態で持ち歩かなくても、ネット環境があれば、いつでも着替えができるようになるので、ぜひご利用下さい!」
「ネットナビが自由に着替えられる時代が……嬉しいな」
「へぇ、すごく便利ですね!!ねぇ、兄さん!」
「あぁ、うん。んっ?」

彩斗はおかしなことに気づいた。
チラシには「10月28日サービスSTART!!事前登録受付中!!」とポップな文字で書かれている。
今日は31日、既に過ぎている。

「でもサービス自体は3日前に始まってるみたいだけど?」
「ハイ…例のインターネットシステムのダウンの影響でサービスのスタートが延期なってしまったんです」
「それは……災難だったね」
「ハイ。うちの社運を賭けて開発したサービスで、注目されていたし、今後目玉サービスになる予定だったので、株価とかいろいろ影響が出ちゃってます。まぁ、幸い、実店舗での営業には影響はありません。むしろ今まで通販を使っていた方々もご来店頂けているので、客足自体は増えているんですけど」
「早く復旧するといいね。じゃあ」
「ハイ、ありがとうございました!またのご来店をお待ちしております!!」

彩斗は珍しく爽やかな笑顔で下りのエスカレーターに乗った。
自分の事を覚えている人がいてくれたこと、そして何よりネットナビも人間同様の生活が送れる世界が近づいてきているということが嬉しかったのだ。
そしてそれはアイリスとメリーも同じ気持ちだった。

「少し気分が変わったでしょ?」
「うん、ありがとう。買ってくれて」
「いや、僕のお金じゃないし。でもこれでお互い涼しくなった」
「…ごめんなさい。私が暑苦しい格好だったから」
「いや僕らのわがままだ。本当は端末の中に入っていた方が楽なのに、コピーロイドまで使って現実でいろいろさせてしまって」
「兄さん、これで1つ目的は果たせましたけど、ここからだと次の目的地は遠くないですか?」
「でも歩いて10分っていうところかな。予定外ではあったけど、アイリスちゃんの服も買えたし、歩きながら街を見学できるし。結果オーライかな?」

しかし彩斗は同時にValkyrieのネットワークダウン事件の与えた影響の大きさを再び痛感していた。
高垣の持っていた端末のデータの通りなら、これで終わりのはずだ。
しかし今、何か大きな行動を起こされれば、ひとたまりもない状態であるのは疑いようがない。
もちろんValkyrieそのものの狙い自体はニホンに火種を撒き、武器の需要を引き出すことで、そして利益を上げること。
ニホンが紛争地帯になるのは副産物に過ぎない。
だがValkyrieの中の安食という男単体に絞った場合、話は大きく変わる。
安食の経歴、性格からすると、利益こそが副産物であり、紛争地帯という混沌こそが終着点にも成り得る。
利益が上がるのは間違いないが、関連諸国が国交を断絶すれば、海外の産業には影響が出るだろうが治安の悪化は避けられる国もあるだろう。
しかしこの国の治安が悪化するのだけは避けられない事態だ。

「……」

彩斗は店を出ると、不安を抱えたまま帽子を深くかぶり直す。
季節的に気温は高いが、湿度はそれほどでもなく、いわゆる梅雨の時期にありがちなジメジメ感が無い。
ただ10月にもなって太陽の高度は下がってきており、日光が頭の上ではなく、目線より少し上の当たりから差し込んでくる。
メリーは眩しそうに目を細め、顔の前に手を出した。
しかし彩斗はアイリスはともかくメリーには少し辛いだろうと見越しており、紙袋の中から帽子を取してメリーの頭に乗せた。

「ホラ。多少はマシになった?」
「あれ?帽子も買ったんですか?」
「10月にこの炎天下だからね。日射病防止にと思って。それにホラ、僕のと同じだ」
「似合ってる、メリーさん」
「ありがとうございます!」
「じゃあ、行こうか」

自動ドアをくぐり、今までの冷気の感覚を一瞬で忘れる灼熱の世界に舞い戻り、再び歩き始めた。
昼時に近づき、少し気温が上がったからだろうか。
あの人のごった返した地下道に逃げ込み、待ちゆく人々の数は減り、歩きやすくなっている。
そして3人も慣れてきたのか、何気ない話をしながら歩くだけの余裕ができていた。
そんな時、彩斗は一瞬、まるで電気を消したように、太陽の光が当たらず、ふと足を止めた。

「?あれは…デンサンタワー……」
「サイトくん?」
「タワーがどうかしたんですか?」
「いや……」
「アイリスさん、もう知ってると思いますけど、あれがデンサンタワー、この街のシンボルです」
「すごく高い……」
「建築が始まったのは3年前で、完成したのは1年くらい前です。すごいですよね、あんな高さのものが2年そこらでできるなんて」
「デンサンタワー……電波塔……」
「兄さん?」
「サイトくん?どうかした?」
「…いや」
「後で登ってみませんか?」
「……あぁ」

彩斗はデンサンタワーを見て何か頭の中で引っ掛かるものを覚えた。
しかし漠然としすぎて、考えもまとまらず、推論にすら至っていない。
それでも、もしこの引っ掛かりが思い過ごしでないなら、何か起こるような嫌な予感がよぎった。
そんなうまく説明もできない不安を抱えて、再び足を出した。
だがこの時、僅か距離50メートルの位置に同じくValkyrieを追う暁シドウがいることなど知る由もなかった。






 
 

 
後書き
というわけで、アイリスお着替え回でした(笑)
でも彩斗やハートレスの過去がちょこちょこ出てきたり、彩斗の服の選び方?や持っている価値観などキャラクターを盛り下げるということも入れているので、そんなところも楽しんで頂ければ....

ちなみに次回も日常回です(^^)
 
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