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八神家の養父切嗣

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四十二話:情報整理


 病院の一室でエリオは白い天井を見つめていた。切嗣を取り逃がした後に無理をして六課を守りに行ったが結果は惨敗。さらに手痛い怪我を負いこうして安静にさせられている。そんなところに見舞い目的の人物が三人来た。

「エリオ君、気分はどう?」
「もう、大丈夫だよ、キャロ。キャロとティアナさんの方は?」
「あたしとキャロは比較的軽かったから大丈夫よ。もう銃も握れるし」

 そう言って自らのデバイスをクルクルと手で回して見せるティアナ。そんな様子にホッと胸を撫で下ろしエリオは最後の来訪者に目をやる。何とか体裁は整えられているように見えるがその実、心ここにあらずといった様子のギンガ。そんな彼女の様子にエリオは居た堪れない気持ちになる。妹であるスバルを連れていかれたのはこちらの不手際によるところが大きい。それに関して申し訳なさと情けなさが生まれる。

「あの……ギンガさん。その……ごめんなさい」

 今回の失態に関して頭を下げるエリオ。ギンガはその姿に現実に引き戻されたのか慌てたように首を振る。子ども相手に謝罪をさせるなど彼女の性格からはできなかったのだ。

「謝らないで、エリオ君。スバルが連れ去られたのはどうしようもなかったことだし。それに、生きてはいると思うの」
「どうしてですか?」
「私のところにも戦闘機人が来たんだけど『生かした状態で捕縛する』って言っていたから殺すつもりはないはずよ」

 その説明を聞いてティアナが三人に気づかれないようにホッと息を吐く。今は出来る限り取り乱さないようにしているがギンガの次にスバルを心配しているのは彼女だ。何年にもわたりデコボココンビとして組んできた。口では素直になれずにキツイことばかり言っていたが心の底では最高の相棒だと思っていた。

 そのスバルが自分の目の前で連れ去られた。少し手を伸ばせば手が届く距離で失った。強くなったと思い込んでいた。だがそれは単なる自惚れだった。大切な友一人守れなくて何が強い人間だろうか。ティアナ・ランスターは強くなければならない。夢を叶える為に、守りたい者を守るために。だから―――

「なら―――取り戻せるんですね?」

 奪われたものは取り返させてもらう。まだ全てを失ったわけではない、まだ全てが終わったわけではない。今は傷を癒しているだけだ。すぐにでもスバルの元に行きたいという気持ちがあるが我慢をする。ここで焦っては取り戻せるものも取り戻せなくなる。今は力を蓄え耐える時である。

「ええ、スバルは必ず取り戻せる……いいえ、取り戻す」
「はい、絶対に取り戻しましょう!」

 自身の覚悟を確かめるように拳を固く握り目を瞑るギンガ。その想いを感じ取ったキャロが力強く宣言し、残る二人も無言で頷く。フォワードは四人揃って初めてフォワードなのだ。一人でも欠けるのはあり得ない。だからこそ帰ってきてもらわなければならない。

「でも……そうなると、あの人とまた戦うことになりそうですね」
「八神部隊長のお父さん……か。八神部隊長は何か言っていましたか?」
「それが『見つけたら一発しばいとってええよ』って……」

 エリオからの質問にティアナが何とも言えぬ顔で答える。その返事を聞いた三人も真面目なのかふざけているのか分からない言葉に苦笑いをする。実際、ティアナが言われた時もかなり軽い感じではやては語っていた。何かしら思うところがあるのかないのか分からない返事に戸惑ったものだとティアナは思い出して笑う。

「それでも、家族が戦うなんて悲しいですね……」
「そうね。でも、手を抜くことはできないわよ。私達は四人がかりで負けたんだから」
「フェイトさんが簡単に話してくれました。あの人は『魔導士殺し』って名の持ち主らしいです」
「そのうえで空港火災の時にスバルを助けくれたのよね。……どういうことかしらね」

 明らかに相反する切嗣の行動にギンガは溜息を吐く。以前はスバルの命の恩人なのだから会えたら最大限の礼をしようと思っていた。しかし、今度は一変してスバルを連れ去った敵だ。一体本当の彼は、彼の目的は何なのかと頭を痛めるのも無理はない。

「フェイトさんが言うには本来はスカリエッティとは正反対の人らしいです。それでも、目的があれば何でもする人でもあるって言っていました」
「……まあ、考えても仕方がないわよね。あたし達はあたし達にできることをやるだけ」
「そうね、理由は捕まえてからゆっくり聞けばいいわ。今は傷を治すことに専念しないと」

 衛宮切嗣という矛盾した行動の塊に対して思うことはあるが今できることはない。明日の不安は明日の自分が考えてくれるとばかりに四人は話を切り上げる。しかし、ここでティアナはあることをふと思い出す。ギンガが戦闘機人と争っている時に訪れた助っ人がいたことを。

「そう言えば、ギンガさん。三人もの戦闘機人をどうやって追い払ったんですか?」
「ああ、それはね、リーゼロッテさんに助けてもらったの」
「リーゼロッテ…さん?」

 聞き覚えのない名前に首を傾げる三人。昔であればその名前は海の英雄ギル・グレアムの使い魔の片割れとして有名であった。さらに現役時は教導隊に勤めていたためにトラウマになるレベルでボコボコにされた者も少なからずいた。だが、幸か不幸か今はそのようなことはない。そのためギンガはあれから説明してもらった内容を三人に伝えていく。

「猫の使い魔でフェイトさんのお兄さんのクロノ提督のお師匠さんらしいわよ」
「そうだったんですか。でも、どうしてそんな人が来てくれたんですか?」
「うーん……八神部隊長が言うには“たまたま”近場に居て来てくれたらしいんだけど……」
「それ、絶対にたまたまじゃないですよね……。八神部隊長が手を回していたとしか」
「何でも八神部隊長とも親しいみたいだから、たぶんそうだと思うわ」

 本来ならば部隊員の魔導士ランクがオーバーするために入れることが出来ない隊長陣を集める手腕は良く知っていた。だが、さらに部隊外にも戦力を保持していたという腹黒さに戦慄する。リーゼ姉妹は現状では一般人扱いである。民間協力者ですらなくただその場に居合わせた人間になる。

 その為どこに居ようとも魔導士ランクで文句を言われることはない。こっそりと六課の隊舎に居たりもしたがレジアスの視察では何も見つけられなかった。故にレジアスは、自分達はそのことに気づけなかった無能だと宣言するようなものなのでこの件を察知しても何も言えない。

 おまけにリーゼ姉妹、さらにその主であるグレアムは未だに管理局に顔が利くので最悪の場合揉み消せる。このようなことを考え付いたはやてはタヌキと呼ばれるにふさわしい人材に育ったのは間違いないだろう。

「こういったこともやらないといけないんですね、部隊長は」
「大変そうです……」
「そう言えば、八神部隊長は今は何をしているんですか?」
「今は確か……今後のことで隊長陣で会議を開いているところだったはずよ」

 四人は苦笑いをしながら今まさに議題に上がった腹黒部隊長を頭に思い浮かべるのだった。





「へっくしょん!」
「風邪ですか、主?」
「うーん、多分誰かが私のことを噂しとるんやない?」

 六課が既に使い物にならなくなったためにカリムから借りた会議室にてはやてはくしゃみをしていた。まさか、部下から腹黒認定を受けているとは思わないはやては首を傾げながらも話を戻す。

「今後のことやけど、やっぱり拠点は無いと困る。やからアースラを使えんか上と掛け合ってみるわ」
「いいね、それなら私達の大部分は使い慣れているし」
「時間が無いからありがたいね」

 部隊である以上は全員が一ヶ所に集まれる場所が必要である。それが壊された以上は新しい物がいるが作っている暇などない。そこで白羽の矢が立ったのが今年度中に廃艦になる予定だったアースラである。六課の大半の人間と縁があるアースラを使うことが出来れば実用的にも精神的にも大きな助けになることは間違いないだろう。

「拠点のことはそれでええとして、問題は相手の出方やな。フェイトちゃん、敵のアジトの目星はついとる?」
「今はナカジマ三佐とアコース査察官に協力してもらっているけど、まだ……でも、すぐに見つかると思うよ」
「今回の戦闘機人の件に関してはナカジマ三佐が昔から捜査をしとるからなぁ。ロッサも普段はともかく仕事の時は頼りになるからな」

 少し冗談を飛ばしながらはやては笑う。しかしその瞳は真剣そのもので彼女がどれだけ今回の件について本気なのかを感じさせた。それが分かっているためかこの場に居る人間は誰一人として笑わずにはやてを見つめていた。

「それで、フォワード陣の方はどうなっとる? なのはちゃん」
「肉体的に言えばすぐにでも出動はできるよ。でも……スバルが連れ去られたのが精神的にきているのは間違いないかな」
「まあ、今までずっと一緒やったもんなぁ……辛いもんがあるわなぁ」

 フォワード陣は入隊してから一日たりとも離れることなく絆を強めてきた。家族同然のような仲で突然別れ離れになってしまった心情を思いやり、顔をしかめるはやて。これも自分が相手の策を読み切れずに敗北を喫してしまったのが原因である。悔しさを押し隠すようにギュッと目を瞑る。そして再び目が開かれた時には冷静な瞳だけが映っていた。

「でも大丈夫だよ。あの子達はもう弱くない。必ず自分の力で立ち上がってくれるから」
「そっか……なら、安心やな。それで次はヴィータやけど、ヴィータが戦った魔導士っていうのはゼストって名乗っとったんやね?」
「ああ、かなり手強い騎士だった。あのまま戦ってたらどっちが勝ってたか分からねえ」

 あの時、ヴィータとツヴァイはゼストとアギトのコンビと戦っていた。もしもゼストがヴィータを殺す気で来ていたのなら今ここにはヴィータは居なかったかもしれない。しかし、あくまでもレジアスが目的だったために本気は出さず、シグナムの援護を察知すると共に消えていった。

「調べてみたけど、ある事件で殉職した元ストライカー級の魔導士と顔が瓜二つなんよ」
「ああ、こいつで間違いねえよ」

 はやてから提示された顔写真に映る、ゼスト・グランガイツを見て頷くヴィータ。彼はギンガとスバルの母親であるクイント・ナカジマの上司であり、戦友であった。戦闘機人絡みの事件を捜査している時に謎の殉職を遂げたはずであった。だが、現実として彼は生きて動いている。それがどれだけ不可思議なことかは今更語る必要もないだろう。間違いなく彼は今回の事件において鍵を握る人物であるのは間違いがない。

「こっちも色々捜査する必要がありそうやな。それから……次は六課の襲撃に来た敵のことなんやけど」

 ここまで言うのをずっと我慢していたかのように想いの籠った言葉を吐き出すはやて。シャマルが重症を負っているためにここに来ることのできないザフィーラの代わりにはやてに伝える。自分達の主があの時以来心のしこりとして残してきた彼女の名を。

「間違いなく、リインフォースでした。生き残った理由も筋が通ってましたし」
「……『また、会いましょう』か。あの時の言葉はそういうことやったんやな」

 生きていたことに喜ぶ気持ちと共に敵対しなければならないという事実に思わず天井を見上げるはやて。その肩に乗っているツヴァイは落ちそうになって慌てながらも初めて会うことになる初代を思い浮かべて少し嬉しそうな顔をしている。

「主として連れ戻して叱ってやらんといけんなぁ。その時はみんなも何か言うこと考えとってね」
「わ、我々もですか」
「勿論や。あ、ザフィーラにも伝えとってな。もう意識は戻っとるんやろ?」
「はい。きっと……リインフォースが手を抜いてくれたんだと思います」
「そっか……なら納得やな」

 特に言うことが思いつかないのか焦るシグナム。この場に居ないザフィーラも恐らく何を言うべきか頭を悩ませることになるだろう。その様子を楽しそうに眺めながらはやてはこれで話は全部終わったといった風に席から立ち上がる。なのはとフェイトは慌ててそれを呼び止める。まだ肝心の人物について何も話していないのだ。

「はやてちゃん! その……切嗣さんのことは?」
「……直接会って聞くから今ここでは深くは考えんでもええよ」

 特に抑揚が付いていない声は逆に拒絶するような意志を感じさせた。その声になのはとフェイトだけでなく騎士達も身動きを止めてしまう。しかし、なのははどうしても伝えなければならないことがあるので勇気を振り絞り、口を開く。

「でも……」
「ええんや、私は―――」
「奥さんがいるって言っていたらしくて……」

 ごつんと鈍い音が響く。全員の視線が机に頭を打ち付けたはやてに向く。因みにツヴァイは何とかギリギリで浮くことで潰れることの回避に成功していた。しばらく突っ伏したまま動かなかったはやてであるがしばらくすると息を吹き返し顔を上げる。

「……なんや? つまりこういうことかいな。おとんは娘と家族をほったらかして女にうつつを抜かしていたと?」
「そ、その言い方はどうかと思うよ?」
「分かっとる、分かっとるけど……どういうことや」

 動揺が大きすぎたのか頭を抱えて再び突っ伏すはやて。それも仕方がないことだろう。生き別れの父親を捜していたら、父親が再婚していましたと言われる。まず間違いなく祝福の気持ちよりも衝撃の方が強いだろう。

「そもそも、あんな私生活ダメダメなおとんの嫁になるとかどんな人や」
「そこまでは分からないけど……」
「あの……はやてちゃん。私に心当たりがあるんですけど……言っても大丈夫ですか?」

 微かに声を震わせながらも気丈に振る舞おうとするはやて。そんな主に対しておずおずと手を上げるシャマル。これから言うことは間違いなく場をさらに混乱に導くことになるだろうが言わないわけにもいかない。

「ええよ……心の準備はできた」
「確証はないんですけど―――リインフォースだと思います」

 ごつんと鈍い音とこつんと可愛らしい音が響く。はやてとツヴァイが仲良く頭を打っていた。シャマルも何故殺し合いを演じた二人が夫婦になっているのかまるで分からない。しかし、アインスのあの言葉と表情はそうだとしか思えない。

「し、信じて送り出した部下がいつの間にか義理の母に……」
「大変です……このままだとリインがはやてちゃんの叔母さんになっちゃうですぅ……」

 色々と言いたいことはあるが二人が今言いたいことは一つであった。


『訳が分からない(です)』
 
 

 
後書き

殺し愛は型月ヒロインに欠かせない要素ですよね(真顔)
 
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