八神家の養父切嗣
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四十一話:離別
ザフィーラ達とオットー達がしのぎを削っている頃、五台のタンクローリーが自動操作で走り出していた。五台のタンクローリーが運んでいるものはこれでもかと詰められたナパーム剤である。検問に引っかからないように運転席にはこれまたナパーム剤を詰め込まれた人間そっくりの人形が置いてある。
タンクローリー達は六課が見えてきたところで揃ってその速度を上げて突進していく。その様子にグリフィス達は驚き対処しようとするが車は急には止まれない。頑丈な防壁も何のその、容赦なく突き破り故障したところでナパーム剤に引火し大爆発を引き起こす。そして連鎖するように他の四台も火炎をまき散らし六課を火の海に沈めてしまう。
そして動揺するザフィーラ達の隙を突きガジェットは六課を囲うようにAMFを展開する。ここまでの防衛戦の意味を双方が問いたくなるような光景にザフィーラ達はしばし動けなくなる。
「……何事だ?」
「うわー……あなた達ってここまで過激なのかしら?」
呆然と呟くザフィーラに変身魔法が解かれその姿を露わにするアリア。余りにも過激なテロ行為に相手が犯罪者であることを分かりながらも尋ねてしまう。
「流石のドクターもここまで辛辣な手段は使いません。恐らくは彼が関わっているのでしょう」
「彼って何者?」
「答える必要はありません」
尋ねるが返答はレイストームの嵐であった。それまでであれば防ぐことも難しくはなかった。しかしながら、魔法が使えない現状では為すすべがない。惨めに屠られその肢体を地面へと横たえることしかできない。
だが、それでも後ろに守る者がいる彼らは立ち上がる。例えこの身が滅びようとも守るべき者の為ならば本望だと。かつて一人の少女とその家族を守るために空へと還っていった一人の女性のように―――
「もう立ち上がるな。これ以上お前達が傷つく姿は見たくない」
聞き覚えのある声が聞こえてくる。もう二度と聞くことはないと思っていた声だ。自分達が生み出される前から共にいることを約束された仲間。半身と言っても過言ではない存在。彼女は死んだはずであった。生きていることなどあり得ない。消える様をこの目で見届けたのだから。しかし、ならば、目の前に居る彼女は―――
「久しぶりだな、ザフィーラ、シャマル。それにリーゼアリア」
リインフォースⅠ以外の何者だと言うのだろうか。
寸分違わぬ記憶に残る容姿。変わった点と言えば重火器を身につけた服装ぐらいなものだろう。守護騎士としての本能があれは本物だと訴えかける。それ故に余計に信じられなくなるのだ。
「リインフォース……なの? 本物の?」
「ああ、正真正銘のリインフォースⅠだ」
「だが、お前はあの時主を守るために完全に消滅したはずだ」
「そうだな、まずは説明するべきか」
ザフィーラの疑問はもっともだとばかりに静かに頷くアインス。その様子はどこか久しぶりに会えた家族と話ができるのを喜んでいるようにも見えた。しかし、アリアは彼女の立ち位置が完全に敵側であることに気づき警戒の色を見せる。そんな様子を知ってか知らず、アインスは語り始める。
「厳密に言えば消えた私とここに居る私は違う存在だ。だが全ての記憶は引き継いでいる、勿論、主との暮らしもな」
「まさか……複製されたっていうの? でも、それだと闇の書としての機能も一緒についてきたってことじゃ」
「いや、複製は合っているが、写されたのは人格と記憶だけだ。それ以外はもう一人の私と共に逝った」
ここまでの説明におかしなものはない。理論としては間違ってはいない。しかし、そうなってくると彼女には協力者、彼女を助け出した者が居るということだ。さらに言えば、肉体を復元させた人間も必ずいる。
「自力で複製したというわけではないな?」
「ああ、お前達が来る前に私はある男と契約を結び生き延びた」
「ある男? それってスカリエッティのことかしら?」
ここで出てきたということは敵に違いない。そうなればバックにはスカリエッティが居る可能性が高い。そう考えたアリアが警戒したように尋ねるがアインスは静かに首を振って否定する。彼女を救ったのは最初から最後まで完全に敵対していた男、そう。
「切嗣だ。私は切嗣に救われ今こうして立っている」
「お父さん……が?」
アインスの言葉に三人共が信じられないと言った表情をする。それもそうだろう。彼と彼女は敵対し、一方は永遠の眠りに落とそうとし、もう片方は殺しそうとしながら絶望に陥れたのだ。昨日の敵は今日の友という言葉があるがいくらなんでも変わり身が早すぎるだろう。そもそも何故切嗣が救おうとしたのかが分からない。そんな疑問を察知したのかアインスがどこか寂しそうに答える。
「誰でもいいから誰かを救いたかった……そんな理由らしいがな」
「何よ…それ……」
あまりにも物悲しく、狂ったような理由に思わず言葉を失う。まるで神の教えにすがるような、贖罪を求めるような行為。衛宮切嗣という男が心の底から渇望していながら真逆の行動を取り続けることしかできなかった人生。誰かの為に全てを捨ててきた男が自分の為だけに生きたことで初めて誰かを救えたという皮肉。そしてその相手が彼の理想を打ち砕いた存在となれば運命の辛辣さに笑うしかない。
「そんな理由であなたは良かったの?」
「理由はともかく契約条件は良かったからな」
「契約条件だと?」
「私達ユニゾンデバイスのデータを取ることと引き換えに、私は身の安全の保障、自由、そして―――人としての幸せを得た」
そう言って少し満足げに笑ってみせるアインス。その顔には嘘偽りは感じられず、そこまで付き合いの長くないアリアにさえ真実だと悟らせた。特に人間としての幸せはヴォルケンリッター達も同様に願っていた願望であるために素直に羨ましいとさえ思えた。最もその内容を聞けば全員が顔をしかめることになるだろうが。
「それで……どうしてあなたは自由なのにこっち側に居ないのかしら?」
「どちらに居ようともそれこそ自由だろう」
「あなたはあの子の騎士でしょう!? はやてを守るのが使命でしょ! もし脅されているのなら助けを求めなさいよ!」
ここで初めてアリアがアインスの立ち位置について言及するがアインスは真顔で答えるだけである。その態度に思わずまたお前はあの子を苦しめるのかとアリアは叫び声を上げる。自分達がそんなことを言う資格がないのは分かっている。しかしながら、それでも言いたかった。はやての為に帰って来いと。
「……一つ勘違いしているぞ。私はあくまでも切嗣と共にいるだけでスカリエッティ側というわけではない」
「そちらの事情は分からないが……救われた恩義でも返そうとしているのか?」
「いいや、そもそも切嗣は私を主の下に返そうとしていた。これは私の願いだ」
ザフィーラの問いに答えたのを最後に話は終わりだとばかりにアインスは銃を構える。以前の仲間を完全に敵としてみなしているのだ。かつて自らの全てを奉げて守ったものだと言うのに躊躇うことなく銃口を向ける。その強い覚悟に三人は戸惑ってしまう。家族であるシャマルやザフィーラだけでなくアリアも本気で敵対する気力が出てこないのだ。殺してでも敵を排除するというその闘争心が。
「一体……何があなたをそこまで駆り立てるの……リインフォース」
「お前達も知っているものだ。主はやてから与えられ、心に根付いた感情だ……」
アインスが戦闘態勢に入ったことで黙って様子を見ていたオットーとディードも殲滅モードに入る。こうなった以上もはや六課に勝ち目はない。それでも納得がいかずにシャマルはアインスに声をかける。一体何を信念として戦うのかと。
「己ですら間違いと断じる破滅の道を歩く男。救うことが出来ないのならせめて……隣に居たい」
「あなた……まさか…!」
「せめて私だけは一人の女として地獄までついて行ってやりたい……それだけだ」
未だに慣れない感触のする銃を握りしめ立ち向かってくるアインスを見ながら三人は悟る。彼女の行動の原動力となっている感情は最も単純で複雑なもの。破壊と殺戮だけの人生の中では決して手に入らなかった尊いもの。人間が人間である所以、生命の奇跡。そう、彼女が心に抱いている感情は―――愛だ。
燃え上がる業火が夜空をまるで朝焼けのように赤く染め上げる。その下を銀色の髪の女性が金色の髪をした少女を抱きかかえて歩いている。少女、ヴィヴィオは聖王の遺伝子から創り出されたクローン体。それ故に『ゆりかご』を動かすための燃料となる。
今回、スカリエッティ側が機動六課をわざわざ襲ったのはそれが理由であり、それ以外の理由はない。一人の少女を奪うためだけにこのような惨状を彼らは生み出したのだ。ただただ、理不尽という言葉を体現するように情け容赦なく。
「聖王の遺伝子を継ぐ者か……この子も逃れられぬ運命を背負っているのだな」
アインスはヴィヴィオの運命にかつての自分を重ね合わせて憐れむ様に呟く。古代ベルカの時代には既に闇の書であった彼女は聖王のことを知っている。もっとも、知っていると言うだけで会ったことがあるわけではないのだが。
聖王のゆりかごは自分と同じ破壊を振りまくだけのロストロギアだ。しかし、だからといってお互いにできることは何もなく自らの在り方を問い続けることしかできない。自分は優しい主に出会えたことで呪いの運命から解き放たれた。もし、ヴィヴィオにも呪いを解き放つ者が現れるとすれば、恐らくはあの諦めの悪い少女だろう。
「ふ……奪う側の私が心配するのもおかしな話か」
「リインフォースⅠ様、後は私達に任せて陛下をドクターの下へ」
「ああ、そうさせてもらおう」
ディードに促されガジェットⅡ型の上に乗りその場から去っていくアインス。去り際にチラリと火の海の囲まれるザフィーラ達を見る。三人とも生きてはいるだろうがすぐに動くことはできないダメージを負っている。特にザフィーラは魔法も使えぬというのにその身を盾として二人を最後まで守り抜いていた。
しばらくは目を覚まさないかもしれないが死んでいるという心配はなかった。何故なら彼女は夜天の書の管制人格、例えその機能の全てを失ったとしても守護騎士達のことは分かる。それだけ強い絆を持つ者達を傷つけたことに胸が苦しくなるが切嗣の隣に居る以上は仕方のないことだと割り切り目を背ける。
【アインス、そちらの状況はどうなっている?】
「無事に聖王の子を手に入れた。ただ……ザフィーラとシャマルと会った」
【……そうか。何度も言ったと思うけど降りたいならいつでも降りてもいいからね】
明らかに心配した様子の切嗣から通信が入り、少しだけ元気が出るアインス。一方の切嗣はそんな様子にやはりこんなことはやらせるべきではなかったと唇を噛む。
「大丈夫だ、全て覚悟の上だ。それに元は私も破壊と殺戮だけが取り柄だったからな」
【そういう言い方はしないでくれ。君は望んでやっていたわけじゃないだろう】
「お前も望んだわけではないだろう」
【僕はこういうことに慣れているからね】
画面の向こう側で精一杯の虚勢を張る切嗣に今度はアインスが困った顔をする。男という生き物はどうしてこう意地を張って弱い自分を押し隠そうとするのか。弱みを見せたところで自分の愛は変わらぬというのに。
「私も今まで数え切れない数の主を食い殺してきたが……慣れたことなどない」
【…………】
「優しいお前が慣れているはずがない」
誰かを傷つけることに慣れている人間が世界を救おうなどと願うはずがない。人が死ぬ光景に慣れることができないから、許すことができないからこうして壊れた願いを持つ。自分でそう叫んでもなおこの男は自分を優しくなどないと自己嫌悪する。自己嫌悪することで自分の精神を保とうとする。壊れた幻想を追うことで自分を奮い立たせる。その先に何もないと既に理解しているというのに。
【……ごめん】
何に対する謝罪かも言わぬままに切嗣は一言呟き通信を切る。一人取り残されたアインスは溜息を吐き、既に遠くなった機動六課を眺める。遅れてやってきたライトニングの二人が戦闘を行っているようであるが勝ち目もなければ既に争う理由もない。
既に六課は破壊され、守るべき王もこうしてこちらの手の内にある。これ以上人間に対して破壊行為を行うわけでもない。もはや争う必要などないのだ。その先はただの無益な殺し合いにしかならない。ある意味で人間らしいと言えば人間らしいのだがやはり物悲しい。
「人は大切な者が奪われれば怒りと憎しみを抱く。当たり前だが……それが新たな争いの芽になると思うと心からの歓迎はできないな」
怒りや憎しみという感情なくして人は語れない。だから受け入れなければならない。しかし、そのような悲しいものを見続けるのは簡単なことではない。受け入れようとしても心のどこかが受け入れられないと高らかに声を上げるのだ。悪の心もあって当然の世界だというのに現実の醜さを見続けることが出来ずに嫌悪してしまう。
「それも人か、ままならないものだな……。せめて救いがあれば良いのだが」
アインスは祈るように瞳を閉じる。どうか愛する家族に救いが訪れるようにと。
後書き
すいません、投稿遅れました。
どうにも最近はギャグを書きたいという欲望が先走ってこっちに集中できない。
それとようやくクライマックス近くになってきました。
ここまで長かった……。
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