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銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第五十五話 クロプシュトック侯事件(その3)

■ 帝国暦486年5月25日  新無憂宮「黒真珠の間」 ユスティーナ・フォン・ミュッケンベルガー


「メックリンガー准将、ミュッケンベルガー元帥とエーレンベルク元帥がこの近くの何処かの部屋にいます。配下のものを使って探していただけませんか」
「承知しました」

メックリンガー准将はヴァレンシュタイン中将の指示に従いながらも時折フレーゲル男爵を、そして中将を見る。ミューゼル大将、ケスラー少将、ミュラー少将も同様だ。時に顔を見合わせ、そのまま中将に視線を向けるが誰も口をきかない。中将はフレーゲル男爵にブラスターを向けたままだ。私から見るヴァレンシュタイン中将の姿には何の緊張も見えない。

「小官は射撃が下手なのです。巻き添えを食いたくなければ、男爵から離れてください」
中将の言葉に男爵から人がさっと離れた。男爵は目が飛び出しそうに成っている。
自分のおかれた立場がわかっているのだろうか、時折すがるような眼でブラウンシュバイク公を見るが、ブラウンシュバイク公は黙ったままだ。フロイライン・ブラウンシュバイクの名を出されては公爵も何も出来ない。そして誰も中将を止めようとしない。中将が見せた断固たる意思の前に沈黙している。

「さて、時間がありません、死んでいただきましょう」
「待てヴァレンシュタイン、私が悪かった。助けてくれ」
本当に殺されると判ったのだろう。フレーゲル男爵が初めて命乞いをした。そしてその言葉に動かされるかのように、アンスバッハ准将は男爵の前に立ち、楯となって中将の説得を始めた。

「お待ちください、ヴァレンシュタイン中将。今ここで男爵を殺せば、閣下は私怨を持って男爵を殺したといわれますぞ」
「どういうことです、アンスバッハ准将?」

「男爵が中将を誹謗していた事は周知の事実です。いま男爵を射殺すれば、如何様なる理由があろうとも閣下が私怨を持って男爵を殺したと皆思うでしょう」
確かにそうだろう。私もそう思う。

「准将は私が私怨で人を殺す人間だというのですね」
「いえ、小官は閣下がそのような方ではないと信じております。しかしそう思う人間も少なからずいるでしょう。この場で男爵を処断するのは中将のためになりません。どうかブラスターを収めてください」
なかなか巧妙な説得だ。中将も苦笑している。

「なるほど。しかし、そうなると私の悪口を言っていれば私は何も出来ない、そういうことになりませんか?」
中将は何処か楽しそうに見える口調で問いかけた。
「そのような事は、主ブラウンシュバイク公が決してさせません。お約束します」
「アンスバッハの言うとおりだ、卿を誹謗、中傷することはわしが許さん」

アンスバッハ准将、ブラウンシュバイク公が口々に約束する。しかし中将は決して手を緩めない。
「それを犯したものはブラウンシュバイク公の面子を潰したということですか、……その場合、その愚か者に対する処分は准将、卿がつけるのですね」
「……もちろんです」

「いいでしょう。公爵閣下、フレーゲル男爵はそちらにお預けします。但し、男爵が不敬罪を犯したのは事実です。必ず責めを負わせてください」
「判った。必ず卿の言うとおりにする」
「それとこれは貸しです。必ず返していただきます。お忘れなく」
「判った」

話が終わると、中将はメックリンガー准将にブラスターを返した。そして私たちの元に戻ってくる。私は中将が傍に来た時、思わず身を引いてしまった。驚いたように私を見る中将に、私は罪悪感に囚われ謝罪していた。
「すみません、中将、私は」
「気にしていませんよ」
中将は苦笑しながら、私の謝罪をさえぎる。私の罪悪感はますます強くなっていく……。

「ナイトハルト、フロイラインを安全な場所に連れていってくれないか」
「判った」
私をミュラー少将に預けた?
「いえ、私は養父を……」
「ミュッケンベルガー、エーレンベルク両元帥は私が探します。フロイラインは安全な場所へ行ってください」
預けたんじゃないの?

「私も元帥閣下を探そう」
「いえ、ミューゼル大将はおやめください」
「なぜだ」
傷ついたように言うミューゼル大将にヴァレンシュタイン中将は真剣な面持ちで答えた。

「閣下に万一の事が有っては困るんです。ケスラー少将、大将閣下を安全な場所へ」
ミューゼル大将はヴァレンシュタイン中将の言葉に驚いたようだ。中将をまじまじと見ている。
「了解した。中将も決して無茶をしてはいけません。必ずお戻りください」
「ええ」

中将は私たちから離れると養父を探すために歩き始めた。私は何か中将に話しかけたかったが、何を話してよいかわからず、結局黙って彼の華奢な後姿を見ているだけだった。ミュラー少将が私を促し、安全な場所へと移動する。あそこで彼を避けなければ、彼は私にも養父を探させてくれただろうか?


■ ラインハルト・フォン・ミューゼル

ヴァレンシュタイン中将がミュッケンベルガー、エーレンベルク両元帥と共に宮殿の外に出てきたのは爆発が起きる二分ほど前の事だった。彼らだけではなかった、どういうわけかリューネブルク中将がいる。彼もヴァレンシュタイン中将同様、先日のオッペンハイマー伯の陰謀を未然に防いだ功により、中将へ昇進している。ひとしきり無事を喜んだ後、宮殿の中で爆発が起った。爆発は意外に大きかった。あのまま中にいれば、ほとんどの人間が死んだだろう。大変な事件になったに違いない。

爆発が終わったあと、夜空に上がる黒煙を見ながら話が始まる。
「リューネブルク中将、一体何をしていたのです?」
「いや、ヴァレンシュタイン中将と共にお二方を探していたのですよ。最初は、ヴァレンシュタイン中将のところへ行こうと思ったのですがね、こちらのフロイラインと一緒でしたので遠慮したのです」
ミュラーの問いにリューネブルクは笑みを浮かべながら答える。俺たちが邪魔をしたといっているのだろうか。

「それにしても面白い物を見せてもらいました。何故フレーゲル男爵を殺さなかったのです?」
リューネブルクの言葉にミュッケンベルガー、エーレンベルクが驚く。簡単に経緯を話すとミュッケンベルガーは感心せぬといった風情で首を振り、エーレンベルクは溜息をついた。
「オッペンハイマー伯同様、処断できたと思いますが?」
再度のリューネブルクの問いかけにヴァレンシュタインは少し小首をかしげながら答えた。

「オッペンハイマー伯とは状況が違うでしょう。ブラウンシュバイク公は納得していませんでしたからね」
「なるほど、リッテンハイム侯は納得していましたな」
「ええ、フレーゲル男爵を殺すとブラウンシュバイク公の怒りを買うことになるでしょう。あまり得策とはいえません。まあ、あのあたりで止めるのが上策でしょう」
「貸しも作りましたからな」
「ええ、返してもらうときが楽しみです」

ヴァレンシュタインとリューネブルクの会話が続く。そしてミュラーが、ケスラーが、ミュッケンベルガー父娘、エーレンベルクが加わる。俺も会話に加わったが心の中では別のことを考えていた。

「恐ろしい男になった」
ケスラーがここへ退避する途中で吐いた言葉だった。つぶやくような声だったから聞いたのは俺だけだったろう。俺も全く同感だった。クロプシュトック侯の爆弾を見破った事、フレーゲルを罠にはめた事。恐ろしい男だ、緻密で冷徹で非情になれる男、ヴァンフリートで会った頃はこんなにも恐ろしい相手だとは思わなかった。何時でも俺の上に立とうと思えば立てる男だ。俺を排除するのも難しいことではあるまい。それなのに俺を気遣うような発言をする。

「閣下に万一の事が有っては困るんです」
あれはどういうことなのだろう? 聞きたかったが聞けなかった。俺を評価しての事なのか? それとも俺を何かに利用出来ると踏んでいるのか? どちらも有りそうだ。ヴェストパーレ男爵夫人は彼と話せと言ったが話をして判るのだろうか?

キルヒアイスがいてくれたら、と思う。今の俺の胸のうちを話せる相手はキルヒアイスしかいなかった。彼が答えをくれるとは思わない、謀略等は苦手だから。それでも俺の胸の内を話し、俺の悩みを理解してくれる人物はキルヒアイスしかいなかった……。




 
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