大刃少女と禍風の槍
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十五節:チヨメの実力・上
前書き
今回と次の回は、は題名通りメインヒロイン(?)であるチヨメの事に付いて、もう少し踏み込む回です。
……え? 何で『メインヒロイン(?)』なのかって?
―――――其れは秘密という事で(マテコラ
そんな余談はさておき、本編をどうぞ。
チヨメの主張から、数十分後。
結局二枚では足りず、もう少し追加注文してから、『ウィムズ・ステーキ』をだす西部劇風レストランから出た二人は―――取りあえず路地を通って大通り近くまで戻り、取りあえずと今後について話し合い始めた。
「で、だ……オレちゃんは取りあえず街ブラついてから戻るが、チヨメの嬢ちゃんはどうすんだい?」
「もち、オレだって前線に行くぜ! 今すぐに、もっとレベル上げねぇとな!」
コレでパーティーにでも入っていたなら、幾分か心や行動の余裕が持てるのだろうが……そう易々と組めているのなら、このような事態を招いてはいないだろう。
が、それでも気になる事があるらしく、グザはチヨメに一つ二つほど聞いてみる事にし、身長差がだいぶある彼女へ合わせるべく少し前屈みになった。
「お前さん、そう言えばレベルがどうだのパーティーがと言っていたが……プレイヤースキルはどうだい?」
「プレイヤースキルって、自分が元々持ってたりする体捌きみたいなもんだよな?」
「そうそうそれそれ。もしかしてソレの影響でパーティーを組まない、って言っとるかも知れんわな?」
つまり、チヨメが女だから云々以前の問題―――曲刀の振り方や戦法に問題があるのではないか? との可能性を挙げる。
そんなグザの問いに対し、チヨメは少しムッとした顔になった。
「さっきも言ってたけど、コレでもオレはジッちゃんから剣術習ってたんだぜ? なんも無い、一から始めた奴よりゃマシだっての」
「へぇ……一人で勝ち抜いて来れたのもそれかいや?」
「まあな!」
堂々胸を張って答えるチヨメに、グザは少々微笑ましい物を覚えたか苦笑する。
だが単純な強さで進めるならレベル数値が、賢く立ち回るのならば情報が、個人で細かく突き詰めるならプレイヤースキルが重要となる。
ソロで有る無しに関わらず攻略組に残り続けるならば、三つの内何れかは必須と言えるだろう。
そして現にソロとして活動している事から、そのうちの一つ……グザと錬度こそ違えど、それでも十二分に役立つ【プレイヤースキル】をチヨメは持ち得、最初からある程度有利な位置にいたのだ。
それも、ソロとして勝ち抜いて行ける程の力を。
チームが組めないその代わりに、不格好に振らずに済むよう剣の基礎を知っている―――『天は二物を与えず』とよく言ったものである。
……その代わりに情報は配られているパンフレットと変わらず、初見では武器防具以外のMMOのセオリーも知ら無い様に見えた。
奇しくもその点ですら、グザと似通っていると言えよう。
納得した様子のグザにチヨメは満足そうに頷くと、拳を突き出して歯を見せ笑った。
「じゃ、また縁があったら会おうぜ! そん時はアンタを助けられるぐらい強くなってるからよ、グザ!」
「ヒハハ……そりゃあ楽しみやね、待っとるわな」
「むぅ、信用してねぇな……見てろよ? 絶対駆け上がってやるからな!」
大事に思う人の為と己が生き残り、攻略集団の仲間入りをするべくレベルを上げるチヨメだ。
確かに今言った目的も、その道を進めば自然と達成に近付くモノだろう。
……明らかにゲームプレイヤーの体術レベルではないグザに、追いつくこと自体が可能なのかどうかはさて置き。
勿論、当の本人がそんな事など知る筈も無く―――チヨメはじゃあな! と指をそろえ額に添えて一度振り、元気の塊と言わんばかりの猛烈な勢いでフィールド方面まで走って行って、すぐに見えなくなってしまった。
「ヒハハ……追い付く、か。いいねぇ……若い奴の真っ直ぐさってのは、時々羨ましくなっちまうやな」
何処か懐かしむ様な声色で、グザがそう呟く。
見た目からして顔に皺も無く輪郭もまだ鋭く、声だって青年調で少しも掠れてはおらず、己だってまだまだ若いと言うのに、グザは実に年寄り染みた奇妙な言葉。
容姿の分より年を重ねているのだとしても、彼が口にするにはまだ聊か早すぎるんじゃなかろうか? と思わざるを得ない。
もし誰か聞いているプレイヤーがいたとすれば、間違いなく首を傾げたか、ロールプレイし過ぎだと呆れるか、身体は若くとも精神的には老いているのかと思うのが関の山。
グザも恐らく、色々と普通は経験しない事を見続けてきて、同年代よりも古臭さを醸し出しているだけであろう。
「…………」
困惑とも、苦笑とも取れる微妙な表情でチヨメが去った方向を見つめているグザは、先にチヨメが語った『上を目指す理由』を反芻していた。
彼女の “祖父と祖母に早く安心を与えてあげたい” と言う理由はグザも共感できるものであったし、ただ単純に今まで知りあったのプレイヤー達よりも少しだけだが踏み込んで会話した仲だ。
だからこそ彼の中には、このクソッたれなゲームなんかで 【死なせたくない】 という気持ちもある。
……隠さずに言えばグザは単なる良心だけでなく、実力を見てみたいという純粋な好奇心も理由の半分程を占めているが。
そんな個人事情は兎も角として、一時手を貸して彼女の実力を証明する事さえできれば、攻略組という一応の庇護下に入れるようには出来るかもしれない。
二桁に到達しかけのレベルに、それでも前線でやっていけるスキル……それらを理解出来たのなら、一人でも多く闘えるプレイヤーを欲している攻略組に関しては、少なくとも『アスナ』という前例があるので流石に “女だから” と突っぱねる事は無いだろう。
この階層から本格的にチームを組むらしい、キバオウや“何故見殺しにしたのか”と叫んだ『リンド』というらしいプレイヤーにとっては、『軽装ながらソロで此処までやってこれた』という事実だけでも、喉から手が出る―――とまでは行かずとも無視できぬぐらいには欲しい人材に間違いない。
「それじゃあ……行くかねぇ」
グザは顎に手を当て暫し、脚を追う方へ進めるか別の方へ進めるか悩み…………やがて、ゆっくりと歩を進め始めた。
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標高の低く規模の小さいテーブルマウンテンの群……そのふもとに広がる森の中で、腰に細剣を吊り赤いフードを被る一人のプレイヤーが、目的があるのか迷い無く着々と歩みを進めている。
「“……ヴヴヴゥッ……”」
「“カチ、カチ……”」
そんなプレイヤーの背後から、二匹の蜂型モンスター・【Wind Wasp】が顎を打ち鳴らしつつ僅かな羽音と共に接近し、細剣使いの注意が向かない上空から彼、もしくは彼女を見降ろす。
もう一度顎をカチ鳴すと、いっそ不気味なまでに行動を起こさなくなる。
二対の翅を器用に動かして、地上20数m余りの位置でホバリング―――
「“―――――ッ!!”」
―――刹那軋む様な声を上げ、猛烈な速度を叩きだした二匹の【ウィンド ワスプ】が、臀部の針をフードの細剣使いへ向けて降下し始めた。
激突まで残り5m、4m、3mと近付いても細剣使いは全く反応せず、鋭利な毒針がその華奢な背中に肉薄する。
命を奪わんとするその凶器は、静かな殺意を持って僅かにフードケープを揺らす。
「はっ!」
「“――――!”」
されどフードを揺らした、ただそれのみ。
細剣使いの身体が躍動し、一匹目の攻撃は肉体を貫けない。
後に続く2体目もすぐさま視界の真ん中に据え、滑空攻撃を持ち前のスピードできっちり避ける。
そして抜刀されたレイピア『ウィンドフルーレ』の切っ先が捉えた―――瞬間、刀身が閃き細剣スキル基本技【リニアー】が純白の光芒すら遅れる速度で叩き込まれた。
加速した剣尖により反撃が封じ込まれた【ウィンド ワスプ】は、細剣使いの一撃で縫い止められたが如く制止させられていた。
だがそれも一瞬の事。
すぐにソードスキルによる影響が及ぼされて、クリティカル判定のエフェクトを残しながら【ウィンド ワスプ】は吹き飛び、コミカルな動作で草地に落ちる。
「はっ……せぇっ!」
隙だらけの2体目には目も暮れず、次に狙いを定めるは斜め後方に通り過ぎていた1体目。
またも針攻撃を避けて手首を捻り構え、側面より踏み込みからの刺突を喰らわせる。
更にもう一度軽く突くと、今度は手首を滑らかに後方へ反して……手なれた所作でソードスキルを始動させる。
細剣スキル【アヴォーヴ】の落ち着きを感じさせる紫白い光が薄く尾を引き、その光とは裏腹な荒々しさで尖端を引っ掛ける様に切り上げた。
カウンター攻撃判定のボーナスも合わさって、一体目の【ウィンド ワスプ】も頭から地面に落下させられる。
またも細剣使いは目標変え、遠間に居る体力が著しく減った2体目に接近。
ソードスキルの無駄遣いを控えて通常攻撃の連続技で仕留め、その2体目をポリゴン破片へ変えた。
「まず1匹……」
「“ヴヴヴ……ッ!!”」
剣を振う間にも、まだ健在な1体目は既に攻撃態勢へ移行している。
恐らくはモンスター専用のソードスキルであろう、ライトエフェクトを毒針へ纏わり付かせた。
見るからに危険だと分かる、濃緑色の毒々しい光を。
一瞬のホバリングから、【ウィンド ワスプ】が一気に飛来する。
その一撃は、スキルによる補正も手伝い宛ら騎兵槍の如き迫力を持ちながら、細剣使いを貫かんとに突撃してくる。
「無駄よ」
されど、女性らしきその細剣使いには、軌道も狙いもお見通しであり……ヒラリ、躍るような所作で悠々回避してしまう。
間髪置かず細剣スキル2連撃【パラレル・スティング】を始動させ、またも背後から胸部と腹部を乳白色の輝きを持って貫いて見せた。
HPを喰らい尽された【ウィンド ワスプ】は不自然な体勢で硬直し―――青い光を放射状に迸らせ、直後に爆散しその身をガラス状ンポリゴンへと変えた。
「……っと」
チン……! ……と、高らかに音を立て鞘にレイピアを納める女性細剣使いは、余裕にも程がある戦闘だったらしく全く疲れを感じさせない。
寧ろ同じ敵ばかりで飽き飽きしているか、片眉を下げて溜息まで吐いていた。
彼女は暫し立ち尽くし、当たりを緩慢な動きで見渡すと、一旦安全地帯へ踏み込んでから適当な椅子に腰かける。
そこで風がそよぎフードが捲られ、下から現れた顔は―――キリトやグザとパーティーを組み、第一層にて共に視線を乗り越えた少女・アスナのものだった。
どうもキリトは一緒じゃあ無い様だが、彼女の細剣術の腕前はかなり高い。
たった一人で迷宮区の上層まで行きぬいて見せたのだから、その実力は良い意味で推して知るべしである。
「ふんふ~ん♪」
鼻歌を歌いつつメニューを指で繰る彼女の顔には、コレまたキリト等でも滅多に見れない、純粋な喜びから来る笑顔が浮かびあがっていた。
とても魅力的なその笑みは、大抵の人間ならば……惚れる惚れないは別にしろ、思わず見とれてしまう事請け合いである。
少しの間アイテム欄をチェックした後、アスナはとあるアイテムをオブジェクト化する。
『走れる場所まで走って、燃え尽きて死ぬ』という壮絶な意思の元、最前線でレイピアを手に駆けている彼女から想像もつかないぐらい、正に喜色満面になっている『理由』が手元に現れた。
それは有ろう事か、値段が僅か一コルという破格の安さを誇る、ある意味で第一層の名物な丸く大きな『黒パン』であった。
資金面でも大いに苦労しているであろう、第一層の主街区《始まりの街》から頑なに出ようとしないプレイヤー達でも……否、それこそ誰でも買える様な “King of 安価” な食事だ。
……もしかして、彼女はその味を個人的に気に入っている為に、此処で嬉々として持ち出したのか。
「タップして、その後クリック……と」
次に彼女は、もう少し大きければ蜂蜜でも入っていそうなデザインの、素焼きの茶色い壺を取り出した。
タップする事で蓋が少しずれ、中から滑らかな質感の白いクリームが顔を除かせる。
指を紫色に淡く光らせた《対象指定モード》で先の黒パンをクリックすれば、壺の中身が有る程度減るのと同じくしてたっぷり―――どころか “ゴッテリ” と、パンの上へ件のクリームが盛られた。
そこでアスナの口角の上がり具合は最高潮へ達し、一瞬の溜めを置いてから……大きくパンへとかぶりつく。
途端、彼女の瞳が第三者から見て、この上ない位に輝きを増した……気がした。
「はむっ……! ……ん~っ♪」
ボソボソとして食感の粗い筈の黒パンへ、アスナが喜びを隠さず次々パクつくのは、どうも件の “クリーム” に秘密があるらしい。
……実はこの白クリーム、 キリトとチヨメの初対面時に対外が受注していたクエスト【逆襲の雌牛】のクリア報酬なのだ。
なんでもこのクリームは丁度良い甘さと見た目通りの滑らさ、そして後引かせる一番の要因であるヨーグルトに似た爽やかな酸味も相俟って―――まるで牧場で丹精込めて育てられた牛の乳から作る、どっしりとした質感で食べ応え抜群な『田舎風ケーキ』に変身してしまったかの様なんだとか。
アルゴからの勧めでクエストを受け、始めて口にしたときから、アスナの大のお気に入りなのだ。
「む……! むむ……むぅ~」
ちょっとした休憩のつもりなのか、一個目を食べ終えてすぐにストレージへ壺をしまおうとし……されど後ろ髪を引かれる想いで、指を出しては引っ込めてを繰り返していた。
と……丁度十回ぐらい同じ事を繰り返した、その時。
「! ……コレは、剣の音……?」
近い場所からプレイヤーとモンスターが闘っている事を窺わせる、“キィン!” といった金属質なサウンドが響いてきた。
安全地帯とは言ってもモンスターがPOPしないか或いはモンスターが寄り付かないだけであり、今の様に音や声は普通に聞こえるし、遠目ならプレイヤーやモンスターの姿も確認できる。
少々気になったアスナは、安全地帯ギリギリの樹木の影から覗き込んだ。
「やっ! ……こ、このっ!!」
音の発生源であるプレイヤーは、先程までアスナも闘っていた【ウィンド ワスプ】と向き合っていた。
声から男だと言う事は分かるが、兜の上から更にフードを被っている所為で顔が確認できない。
右手にはキリトと同じ『アニールブレード』を、左手にはそこまでランクの高くない盾を持つあたり、標準的かつ安全性を第一に置いた装備のプレイヤーだと見える。
アスナは一瞬だけ、キリトが変装をして武器を振っているのだと思っていた……
「はあっ!」
「“ヴヴ……カカチッ!!”」
「どわぁ!? おとととっ……!」
……が、間合いの取り方がお粗末すぎた。
武器の振り方すら御世辞にも “なっている” とは言えず、寧ろ相手の攻撃を危なっかしくとも避けれてはいたり、武器に振り回されてもいないので幾分かマシなだけだ。
加えて変装する理由も見当たらず、流石に彼がキリトだとはアスナも思えなかった。
「くっ、こいつ……!」
「“ヴヴヴ……!」
若干ながら動揺した彼の隙を突こうと、【ウィンド ワスプ】は針を前に出し、飛行攻撃の予備動作を取る。
「! まだまだっ!!」
不意に彼は腰へと手をやって恐らくはスローイングナイフであろう、武器を三つ投げ放つ。
二つは狙いが反れたものの、一つは【ウィンド ワスプ】の腹部を鋭く掠め切る事に成功した。
思ったより与えたダメージは大きく、予備動作を中断させるに足る一撃だったようだ。
「よ、よし―――」
「“!!!”」
「―――って、うぉわぁっ!?」
安堵したのも束の間。
すぐさま反撃の毒針攻撃が襲いかかり、彼は慌てて盾を構えるも捌き方が上手くなく、針攻撃がヒットし掛けてバランスを崩してしまった。
それでもHPバーはワスプと比べずとも余裕で残っており、他のモンスターを引っ掛ける前には討伐できそうである。
……しかし、前線で戦い続けるには、アスナの眼から見ても聊か身のこなしが危うすぎた。
とはいえ……此処でアレコレ口を出すのは彼女の性分ではない。
武器や装備はそれなりに整っているのだし、大方キバオウやリンドが指南するだろうと、アスナは彼へ背を向け歩き出した。
「おりゃあっ!!」
「……へっ?」
「……え?」
―――背後から『女の子』のモノであろう、第三者の声を聞かなかったならば。
「悪い! 御節介だろうけど助太刀すっから、援護頼むぜ!」
「え……あ、はい!」
女の子とは思えない声量と口調に戸惑った様で、『アニールブレード』の彼は反射的に返事をしている。
アスナもまた、自分以外の女性プレイヤーが前線に居る事で少なからず驚き、再び樹木の影から覗きこんでいた。
メインウェポンはレイピアやダガーではなく、尖端が双又な事を除けば刀に近い片手曲剣。
ゲームなのだからどんな武器を持とうが勝手なのだし其処についてアスナは何も思わなかったが、前線で出会ったプレイヤー達も手にしていなかったレア武器な為に、少しばかりの違和感を覚える。
見慣れぬ武器を手にしている事からベータテスターだと仮定しても、そうだというなら前線に来るのが遅すぎる。
なら偶然レアモノを手に入れた初心者だとしても、防具は其処までランクが高くない上に、ソロだという事を含めれば逆に早すぎる。
己という前例こそあるものの、グザが助けてくれなければどの道倒れていた事もあり、尚更アスナの中に不思議が生まれ続けた。
(あの子……まさかパーティーと逸れたのかしら?)
彼女が目の前のプレイヤー達に対して思考する間にも【ウィンド ワスプ】は軽く勢いを付けて、少女と『アニールブレード』の彼へ滑べる様に突撃してきた。
慌てて如何にかこうにか盾を掲げる彼とは対照的に、少女は顔こそ険しいが落ち着いた物腰で曲剣を構えている。
通常ならここで盾を使いキッチリ弾くか、アスナもやった様に身を翻して避けるのが基本。
が……黒髪の少女は片手で正眼に構えたままピクリとも動かない。
まさか土壇場でおびえたのか―――いや、違う。
「よっ……!」
左足を大きく外側へずらす。
身体を反らして、両手で支えた曲剣を使い針を押しのける様にして回避する。
「……っとお!!」
「“!!”」
更にワスプを追いかけるかのように体勢を変え、そのまま薙いで背後攻撃+カウンター攻撃を適用させる。
追加でクリティカルヒットのエフェクトが迸り、直後にワスプは爆散。
HPが少なかった事もあり、実にアッサリとワスプをポリゴンへ還してみせたのだ。
彼女の剣線は素人目に見ても不格好な物ではなく、ちゃんと鍛えてある綺麗な物であり、先のも“運が良かっただけ”と仮定するには首を傾げる程。
しかも振り切った得物をすぐ引き戻しており、相手の反撃も考慮していた事が窺える。
周りにすら鋭い視線を向け―――Modも何も居ない事を確認してから、漸く剣を下げ残心を解く。
絶対に安全なパターンを覚えて攻撃していたり、仲間と組んでいたり、派手な避け方を繰り返していては到底身に付きそうになく、何より“手慣れている”と窺わせる所作だった。
(……まさか、本当に一人で上がって来たの? あの子……)
グザの様な前例もある以上、闘うモンスターのランクや数さえ考えれば、レアモノと見受けられる武器の存在もあるのだし、一応可能な事ではあるだろう。
そう考察しながら影より観察するアスナの存在など勿論知る由もなく、黒髪の少女はやけに早く終わった事が想定外だったか、目をパチクリさせている。
だがすぐに我に返ると、背中にある鞘へ曲剣を収めて『アニールブレード』の彼へと振り向いた。
「え~と、何か……早とちり、しちまったみたいだな…………ごめんなさい」
「あ……い、いえいえ! 寧ろた、助けてくれて、ありがとうございます……」
横取り行為だったかと頭を下げる少女に、彼は忙しなく手を振って謝らなくても良いと伝えている。
MMOでのモンスターの横取りは確かにマナーの良い行動とは言えない。
だが、少女の様に深々と謝る人物には余りであった事が無いのだろう……謝られた彼の方が少し慌てているように見えた。
その後彼らは幾つか言葉を交わし―――アスナには声が小さくて聞き取れなかったが、何やら彼が少女には分かり辛い言葉を放ったのか彼女が首を傾げている間に、『アニールブレード』の彼は迷う事なく森の奥へと足を踏み入れ、やがて消えて行ってしまう。
少女も呼び止めようとはしたらしいが、何時の間にやら去っていった彼に掛けられる言葉は、もう無かった。
何処となく『アニールブレード』の彼の背中が悲しげに見えたのが気になった事もあるが、アルゴ以来初めて出会った攻略集団に近い女性プレイヤーにも興味が湧き、アスナは一先ず話しかけようと樹木の影から出て黒髪少女へ近寄っていく。
「ちょっと、いいかしら?」
「……んお?」
木の幹の傍で何やら手を動かしていた少女は、アスナの背後からの呼び掛けにさして驚くことも無く……けれども何故か、素っ頓狂な声を上げて振りむいた。
近くで見てみれば男っぽい口使いに似合わぬ、意外と整った容姿を持っている事が分かる。
またアスナも並んで見て分かったが、キリトより身長が高く、少なくとも160cm代中半はあるだろうか。
必然的に少し見上げる形となりながらも、一つだけ咳払いしアスナは話をするべく、きり出した。
「私は、ゆう―――アスナっていうんだけど」
「あ……え~と、オレはチヨメってんだ。……で、何か用事あるのか?」
危うく本名を言いかけながらもまずは自分の名前を明かし、向こうの少女・チヨメが首を傾げたのに合わせて要件を口にする。
「まずは―――御免なさい、実は気の影からさっきの戦闘、見ていたの」
「おぉぅ、マジか……」
「ええ。それで……気になる所が合って、聞きたい事があるんだけどいい?」
「別に良いぜ、何が聞きたいんだ?」
やっぱり女の子らしくない口調に多少戸惑いながらも、アスナは向こうの許可も出たのだし……と、本題に入る。
「見た所一人みたいだけど、パーティーはいないの?」
「居ねえよ……みんな、女だからとか言う理由で突っぱねやがった」
アスナの問いに、チヨメは少し目を伏せて不機嫌そうに言った。
彼女の答えに、アスナの方もまた眉根を潜める。
「! ……なにその理由。ゲームだから、そう言うの関係ないのに」
「だよなぁ? ……ったく、何が信用ならないだよ! オレより剣振るの下手糞な奴多いってのに!」
「ええ、見てたわあなたの腕前も。正直錬度が高くて驚いたし、此処まで上がってこれたのも頷けるわね」
「へへっ、そう言われると嬉しいぜ。サンキュ!」
年相応の元気な笑みに、アスナもまたつられて微笑を浮かべた。
「ねぇ、もうちょっと話したい事もあるし、良かったら一緒に行かない?」
「おう! 二人ならもっと効率良くなる筈だぜ!」
当然の事ながら騙そうとは思っていない物の、しかし初対面の人をこうも疑わない純真さに、アスナはちょっとばかし困惑してしまう。
と……チヨメは思いだした様に目を開くと腰へ手をやり、鈍く光る何かを取り出し掌へ載せる。
如何やらスローイングナイフの様で、恐らく『アニールブレード』の彼が投げた物だろう。
先程木の幹で、チヨメが何やら手を動かしていたのは、如何もこれを抜き取る為らしかった。
「そういや、さっきのアイツ、コレ忘れてったんだよな……貰っちまおうにもオレ、投剣スキルもってねえし……」
「何時かであった時の為にとっておいたら? その時返せばいいと思うわよ」
「そうだな」
チヨメは右の人差し指と中指を揃えて振りメニューを呼び出して、アイテムストレージを選択すると件のスローイングダガーをしまう。
一先ず『アニールブレード』の彼の事は頭の隅へ押しやっておき、アスナは話を続けつつチヨメと共に森の奥へ足を踏み入れて行った。
「ん~……ヒヒハハハ、中々の腕前だったわなぁ……アスナの嬢ちゃんも居るし、オレちゃんはトンズラするかいね」
彼女達の居る位置からは、少々遠くの木々の間。
そこから、とある刺青半裸の部族が青いパイプを咥えつつ、二人の様子をニヤニヤしながら覗いてはいたが――――其れはまた、別の話。
後書き
原作ではキリトから教えて貰っている黒パンとクリームの組み合わせ。
『大刃禍風』では最初に出会ったのがグザな上に、途中でキャラ同士の鉢合わせも少なかったので、アルゴの助力から発見した形にしました。
……だからなんだって話ですけども。
あとチヨメの身長って地味に、SAOの原作ヒロイン勢より若干(?)高めですね。
……それを言ったら、190cm代後半のグザは何者なのかって事になりますけども……。
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