バレンタインは社交辞令!?
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6部分:第六章
第六章
チョコレートがどんどん二人に運ばれてくる。だがそれは予想通りどれも義理チョコであった。
「はい、これ」
「今年もね」
「うん、有り難う」
浩太は笑顔でOL達からのチョコレートを受け取る。どれもその課全体での義理チョコであった。それもまた見事なまでに予想通りであった。
卓のところも同じであった。やはり義理チョコが置かれる。二人は互いの机を見て笑みを浮かべ合っていた。
「おいおい、少ないんじゃないかい?」
「待てよ。数は同じだぜ」
浩太は倣岸なふうにした笑みを浮かべて卓に言う。
「違うかい?」
「ちっ、そうだな」
数えてみればその通りであった。
「まだ勝負ははじまったばかりだしな。こんなものだろ」
「既に勝負はついているのかもな」
浩太はさらに言う。
「こっからどんどん女の子がやって来てな」
「どうだか」
しかし卓はその言葉を一笑に伏した。負けてはいない。
「まあそれは終わってからだな」
「勝負がな」
「全く」
そんな二人を見て彼等の直接の上司である課長がぼやく。見ればごく普通の眼鏡をかけた中年のおじさんであった。温厚そうな顔をしている。
「今日はどうにかならないのかね」
「だってバレンタインですから」
岩田さんがそれに答える。
「仕方ないですよ」
「私なんか妻と娘だけからしかもらえないんだがね」
課長の言葉は実に寂しいものであった。
「若いというのはいいものだぜ」
「もらえるだけいいんじゃないですか?」
「まあそうだね」
すぐに入ってきた岩田さんの声にも頷くしかなかった。
「娘からもらえるのが一番美味しいかな」
「奥さんのは?」
「同じ位かな」
何だかんだで彼ものろけていた。皆バレンタインをそれなりに意識しているのであった。二人だけではないにしろだ。
チョコレート勝負は続く。そしてそのまま時間が過ぎ遂には終業時間となった。
「よし」
まずは卓が声をあげた。
「時間だな」
「ああ」
浩太は彼を見据えたままそれに応える。
「さて、どっちかがだよな」
「勝ったのは」
二人は互いに言い合う。
「まあ俺に決まっている」
例によって卓が勝ち誇った声で述べる。
「確実にな」
「それはどうだろうな」
それには様式美であるかのように浩太が返した。
「数えてみなくちゃわからないぜ」
「もう数えなくてもわかっていると思うがな」
不敵に根拠のない言葉を出してきた。
「そう思うだろ」
「俺が勝ってるってことだな」
浩太はまた様式美で言葉を返した。
「ということはだ」
「何か二昔前の特撮だな」
「そうかもな。じゃあ」
ここで言う。
「数えるか」
「よし」
こうして勝負の結果が調べられることになった。その結果がはっきりしたのはそれからすぐ後のことであった。
「何てこった」
「ふふふ」
両者はそれぞれ違う顔を見せてきていた。
「負けかよ」
「一個の差だったな」
勝っていたのは浩太であった。卓はチョコレートの山を前に苦渋に満ちた表情を浮かべていた。
「けれど勝ちは勝ちだな」
「ちぇっ」
舌打ちするが勝敗が決したのは明らかであった。彼も従うしかなかった。こうして浩太は大吟醸を手に入れてそれと共に多くのチョコレートも勝ち得た。実に大きな勝利であった。
「しかし」
彼はふと思った。彼の勝利を決めたそのチョコレートが誰のものなのか気になって仕方がないのであった。
その一個は誰か。考える。だがここで何か予定事項のように出て来た人がいた。
「よかったじゃない」
岩田さんであった。にこやかに笑って浩太の席にやって来た。
「大吟醸おめでとう」
「うん」
それに答えはする。しかし何か妙なものを感じていた。
それで彼女に問う。やはり彼女こそが気になる存在になっていたからだった。
「あのさ」
「とりあえずチョコレートよね」
しかし岩田さんは彼が言う前に言ってきた。
「持って帰らないとね」
「あっそうか」
言われてそれに気付いた。というよりは言われるまで気付かなかった。
「そうだったね。これ」
「どうする?会社でこつこつ食べていく?」
「いや、それはやっぱり」
苦笑いを浮かべてそれは否定した。
「味気ないから」
「そうよね。じゃあお家でよね」
「うん、そうするよ」
彼は答えた。そのうえでこう言った。
「これで暫くはお菓子にもお酒のつまみにも困らないだろうね」
「そうね。それもよかったじゃない」
岩田さんはその言葉にも笑ってきた。こうして落ち着いて見てみればかなりの量であった。一人で持って帰るのはちょっと辛そうであった。
そこでであった。岩田さんが提案してきた。
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