バレンタインは社交辞令!?
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5部分:第五章
第五章
「そんなの聞いたらさ、やっぱり」
「決まりね」
「うん」
ここでも岩田さんの言われるがままであった。どうにも彼女は浩太の操り方を知っているようである。これはこれで怖いことではあるが。
「それじゃあ白木屋にね」
「わかったよ。じゃあ」
「割り勘で」
「割り勘かあ」
しかしその言葉には苦い顔を見せてきた。
「それはちょっとなあ」
「嫌なの?」
「いや、そうじゃないけれどさ」
それに対して述べる。
「岩田さん飲むの凄いんだもん」
酒豪は伊達ではない。彼もそれを知っているのだ。
「大丈夫よ、それは」
「何で?」
不安げな顔でそれに尋ねる。
「だって殆ど飲み放題だから」
「そうなんだ」
「そうよ。だから目をつけてたのよ」
そういうところは実にしっかりしている。言うこともない。
「行きましょう。それだったらいいでしょ」
「うん、それだったらね」
彼等はそのまま酒場に向かった。そして焼き鳥とビールを心ゆくまで楽しんだ。何時の間にかバレンタインとは全く別の世界に入っていたが時は必ず移る。遂にその日になったのであった。
「よお」
卓は入社するとまずは不敵な笑みを浩太にかけてきた。
「今日だな」
「ああ」
彼はまずは卓に言葉を返した。
「そうだな」
「大吟醸の用意はいいか?」
「もうかよ」
彼の言葉と自信満々な様子に思わず少し吹き出してしまった。口が妙なまでに尖る。
「俺が勝つに決まってるからな」
「結局義理チョコばかりだろ?お互い」
「それでも俺が勝つのさ」
何か根拠のないことを言う。それを見る周りの人間はやれやれといった感じで彼の話を冗談半分で聞いている。あまり真面目に受け取っていないのは明らかであった。
「何があってもな」
「また大きく出たな」
「当然だろ」
彼はさらに大きく出て来た。
「俺が勝つんだからな」
「じゃあ俺が勝ったらどうするんだ?」
「その時は決まってるだろ」
何だかんだ言って実に潔い感じであった。そこは中々好感が持てるものであった。
「俺が大吟醸を御前にやるぜ」
「やるぜってもう持ってるのかよ」
「二本な」
彼は言ってきた。
「もう持ってるぜ」
「そうだったのか」
それを聞いて何故彼がここまで大吟醸にこだわっていたのかがわかった。最初から持っているからである。
「御前もう持ってたのかよ」
「実はな」
自分でもそれを認めてきた。
「一升でな」
「またそれは飲みがいがあるな」
「御前が勝ったらやるぜ」
「じゃあもらうか」
言葉のやり取りが戦いめいてきていた。何だかんだでお互い結構乗ってきていた。
「大吟醸」
「あと引き分けならチャラな」
それもはっきりさせてきた。
「それでいいな」
「それが一番可能性ありそうだな」
「甘いな、それは」
また不敵な言葉を返してきた。妙に乗っているのが本当にわかる。
「一番可能性があるのはな」
「御前が勝つってことか?」
「その通りだ」
不敵な笑みがまたしてもその顔に浮かぶ。何か完全に一昔前の東映の特撮ものの悪役になってきていた。今でも戦隊ものではいそうな顔であった。
「どうだ、驚いたか」
「ああ、何か呆れたぜ」
心からそう思って述べた。
「今の言葉にはな」
「負け惜しみはいいぜ」
「そう取るか?」
これには浩太だけでなく他の皆も呆れてしまった。
「そのうち悔し涙に変わるからな」
「おい坂下」
浩太は卓の名を呼んだ。
「御前最近DVD買っただろ」
「何でわかったんだ?」
図星であった。卓はそれを言われて顔をキョトンとさせてきた。
「わかるさ。その言葉使いからな」
「そうなのか」
「それで東映かビープロの特撮もの集めてるだろ」
「ああ」
これまた図星であった。道理で言葉使いがそうなる筈であった。実にわかりやすい話であった。もっとも特撮ものや時代劇といったものはあえて印象的な台詞を使うのですぐにわかるのである。実際にもっと凄いのは現実にそうした特撮ものや時代劇の悪役そのままの悪党が世の中にいるということである。ショッカーや死ね死ね団のモデルはとあるテロ支援国家であるとまことしやかに囁かれているがこれは真実であろう。
「わかったか」
「ああ。それじゃあ俺はあれか」
彼は言ってきた。
「正義の味方か?科学戦隊の」
「そう取ってもらってもいいぞ」
「何だ、悪役でいいのかよ」
浩太は卓の言葉を聞いて意外に思った。
「それで」
「それがいいんだよ」
どうやら彼は悪役マニアであるらしい。そう返してきた。
「悪役がいないと盛り上がらないだろうが」
「まあな」
その通りである。そもそも悪役に華がなくては作品は盛り上がらないのである。最近のある作品は主役同士の葛藤や対立を描くがこれはこれでいいのである。その作品の原作が同族同士の争いや人の負の感情、異形の者を描いてきているからである。だからいいのだ。
「だからだよ」
卓はそれを述べる。
「俺は悪役でいいんだ」
「じゃあ負けるんだな」
浩太は今度はこう言い返した。
「悪役らしく」
「いや、勝つ」
本当に悪役らしくニヤリと口の片端を歪めて笑ってきた。太ってはいるがその顔が見事なまでに悪役のそれになっていた。
「今度は悪が勝つんだ」
「そうか、じゃあそうしな」
浩太も乗っている。それならそれでいいと思った。
「じゃあ賭けるのは」
「地球ではなく大吟醸で」
何か賭けるものはやけにせこいがそれでもよかった。元々遊びであるからだ。
「勝負はじめだな」
「よし、いいな」
「ああ」
二人は言い合う。そして仕事開始と同時に勝負も開始されたのであった。
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