魔法少女リリカルなのはINNOCENT ~漆黒の剣士~
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外伝 第2話 「真夏の公園で」
……話は聞いていたけど、本当にやってるんだな。
俺は今公園の前に居るわけだが、スポーツチャンバラ用とでも呼べそうな棒を持って戦っている集団が確認できる。集団の内容としては、学校指定であろう体操服を着ている小学生が2人とランニングにジャージという動きやすい恰好をしている大人が1人だ。
小学生の方は……ひとりはこの前からちょくちょく店に来るようになったアリサちゃんだろう。もうひとりの方は確か……T&Hのところの子だったかな。
あそこの姉妹は背の小さい方がお姉さんでアリシアって名前だったはずだ。今アリサちゃんと居る子はさほど背丈が変わらないように見えるので妹であるフェイトちゃんになるのだろう。フェイトちゃんの棒だけ長いのはブレイブデュエルにおいて使うデバイスが剣型ではないからと思われる。
そのふたりと相対しているのは、八神堂の一員で大学生であるシグナムだ。年齢は俺とさほど変わらないが、剣道場で師範を務めるほどの腕前を持っている。普段は一刀流のはずだが、今日は小学生達をひとりで相手をしているからか両手に棒を持っている。
「さあ……機を見てばかりだと逆に相手にチャンスを与えるぞ?」
シグナムの言葉に小学生達はアイコンタクトで作戦を決めたらしく、まずアリサちゃんが踏み込んで行く。なかなかに鋭い踏み込みではあるが、シグナムは余裕で彼女の一撃を受け流す。
その間にフェイトちゃんがシグナムの後ろに回り込み、体勢を立て直したアリサちゃんと同時に攻撃を仕掛けようとする。しかし、シグナムの表情に緊張や焦りの色は全くといっていいほどない。
「タイミングは良いが……攻める気が逸るとこうなる!」
シグナムが両手の棒を振り抜くと同時にスパァン! と実に良い音が小学生達のお尻から鳴り響いた。あれだけ良い音がしたのだから、少なくともしばらくはヒリヒリとした痛みを感じるに違いない。
大人が子供相手に本気で打ち込むな、と言いたくもなるが……おそらく加減はしているのだろう。
体育会系だから普通よりも力が強いだけできっと加減はしているはず。小学生達が良い動きをするから熱くなって本気でやってしまったということはないはずだ……多分。
いったん区切りが着いたらしく、3人は日陰にあるイスへと移動する。小学生達はお尻を時折擦っているが、ブレイブデュエルだけでは体が覚えないということで彼女達からシグナムにお願いしたらしいので負の感情は抱いていないように思える。
「ん? おぉリョウじゃねぇか。お前も見に来たのか?」
「外に出たついでにな……この暑い中でシグナムとチャンバラしてるって聞いたら心配にもなるし」
「あぁ……まあそうだよな。シグナムって大人のくせに熱くなりやすいところがあるし」
ヴィータもまだ小学生ではあるが、シグナムと一緒に暮らしているだけあって彼女のことはよく分かっている。
ただまあ……ヴィータはヴィータでシグナムがヴィータのことを自分で思っている以上に好きと思っているのに気づいていないだろうけど。
シグナムが普段ヴィータに対してあれこれと口うるさく言うのはヴィータのことが好きだからだ。前にヴィータがシグナムに対してもう少し家に居てもいいと思うと言った時に、シグナムは笑いながらヴィータの頭を撫でたらしいので間違いないだろう。そういうときくらい恥ずかしがらずにシグナムも自分の気持ちを言えばいいだろうに。
「何だよ? あたしとシグナムを見ながらため息吐きやがって。シグナムはともかく、あたしはそこまで熱くなったりしねぇだろ」
「そういうことでため息を吐いたわけじゃないけど……デュエルに関してはシグナムより君の方が熱くなってると思うよ」
「う、うっせぇ! ショッププレイヤーとして強くならないといけないんだから熱くなるのは当然のことだろ!」
口は悪いが小学生なのに店のことを考えているのは偉いと思うし、年が離れていることもあって微笑ましく思える。なのでヴィータの頭を撫でてしまう俺はおかしくないだろう。ヴィータは恥ずかしいのか「撫でんじゃねぇ!」と言ってくるが、手を払おうとしないあたり別に嫌ではないようだ。こういうところもヴィータの可愛らしいところである。
「ふたりとも踏み込みが鋭くなってきたな。どうだ? 本格的に道場で学んでみては」
「そ、その件は……」
「前向きに検討させていただきます」
「そうか……残念だ」
「なんだ、また振られてんのかよシグナム」
ヴィータが声を掛けたことで3人の視線がこちらへと向く。先ほど来たばかりの俺に多少なりとも驚いた素振りを見せたのはもちろんだが、それ以上に『俺に頭を撫でられているヴィータ』という構図にシグナムはともかく小学生組は驚いたように思える。
「あ、リョウさんずるい! ヴィータ~♪」
「今日のアリサは汗掻いてるからくっつくの禁止!」
「えぇ、少しくらいいいじゃない。リョウさんみたいに頭撫でるだけ、ね?」
「ダメったらダメ……にしてもお前らもよくやるよなぁ~。ブレイブデュエルだけじゃ体が覚えられねぇからって」
その言葉に面倒を見ているシグナムは師匠から公認されているらしいが、荒っぽい特訓をしていることは理解しているらしく、小学生達に変な癖が付かないか心配する。フェイトちゃんは大丈夫と返事をするが、俺はそれ以上に彼女の頭を撫でるシグナムの方が気になってしまった。
「何だ涼介、私の顔に何か付いてるか?」
「いや別に……」
「その言い方からして何かあるだろう。知らない仲じゃないんだ。素直に言ったらどうだ?」
シグナムって見た目の割に子供が好きだよな。面倒見良いよな、と言うのは簡単だ。ただ彼女は八神家の中でも意地悪をする方というか、されるよりもする側の人間だ。
故に下手なことを言ってしまうと、恥ずかしがってすぐ近くにある棒で叩いてくるかもしれない。とはいえ、このまま黙ったままというのも機嫌を損ねてしまう……ここは。
「なら言わせてもらうが……もう少し女らしい恰好をしたらどうだ?」
「なっ……うるさい、別にどんな格好をするのも私の自由だろう。大体今日は体を動かす予定で外に出たのだからこの格好で問題ないはずだ!」
「それはそうだが……お前って今日みたいな予定がなくても普段からジャージばかり着てる気がするんだが?」
ジャージ以外の恰好は買い出しに行くときとか店の手伝いをしているときくらいにしか見ない気がする。最近は大会が近かったり、防犯訓練の手伝いをしていることもあるらしいので、比率で言えば確実にジャージ姿の方が多いだろう。
「そんなんだといくらお前が美人でも異性にモテないぞ」
「――っ、お前は何をさらりと歯の浮きそうなセリフを言っているのだ。お前まさか誰にでもそのようなことを言っているのではないだろうな。剣を取れ涼介、お前のその根性私が叩き直してやる!」
「落ち着けシグナム、チャンバラ用だろうとお前に本気で殴られたら最悪失神してもおかしくない。というか、何で今日はそんなに怒るんだ? こんなやりとり前にも何度かしただろ!」
俺の記憶が正しければ、そのときは涼しい顔をしていたはずなのだが。顔はほぼ毎日合わせているようなものだし、押し倒したりして気まずくなるようなことがあったわけでもない。
「あぁーリョウ、それは多分あれだな。アリサとかにリョウとあたしらの関係を聞かれてその流れでリョウのことをどう思ってるかって話になったからだろうぜ」
「おいヴィータ、その話は……!」
「別にいいじゃねぇかよ。あたしはあんまし分かんねぇけど、シグナムだってそういう話でアインスのことからかったりしてるみてぇだし、リョウだって状況が分かんねぇだろうしさ」
あぁなるほど、俺が来る前にそういうやりとりがあったのならばシグナムの反応にも納得が出来る。男勝りというか大抵の男よりも男らしい奴ではあるが、シグナムは正真正銘の女だ。周囲から『乳魔神』と呼ばれることがあるくらい、とても女性らしい体つきもしているし。
ただ恋愛に関する話などはするにしても自分ではなく他人のものに参加するくらいだろうし、俺が知る限りこれまでにシグナムは男性と付き合った経験はなかったはずだ。小学生の純粋な興味で質問されたら無下にすることもできないだろうから、きっと追い込まれたに違いない。
「そうか……ちゃんとシグナムにも女らしい一面があったんだな」
「っ、私にも女らしい一面があったというのはどういう意味だ。お前は私を何だと思っているんだ!」
「簡単に言うなら……いつもジャージ着てて割と口うるさい乳魔神とかじゃねぇの?」
「ヴィータ、それはお前の中の私だろう。というか、お前は私のことをそんな風に思っていたのか!」
「だって事実じゃん」
さすがにシグナムのことが可哀想になってきたのでフォローに入ろうかと思っていたのだが、一緒に暮らしているヴィータが事実だと言ってしまっては俺や小学生組ではどうにもできない。これがきっかけでシグナムの機嫌は悪くならなければいいが……。
「え、えっと……シグナムさんは今のままでも十分に魅力的だと思います。その、将来的にそうなれたらなって憧れるくらいスタイル良いですし。それに私達のわがままに毎日のように付き合ってくれる優しい人ですし……それから!」
「フェイト、やめなさい! この状況であんたの必死なフォローはかえってシグナムさんを苦しめるわ。時として見守ることも大切よ!」
アリサちゃん……正しいことだとは思うけど、小学生の君が言うには早いと思ってしまうのは俺だけだろうか。普通その年で優しさが時として人を傷つけるみたいな発言はしないと思うんだけど。今どきの小学生は俺の頃とは違うんだな……。
などと考えていたらアリサちゃんの奮闘もあってか、どうにか事態は終息へ向かい始めていた。
アリサちゃんはいつもこんな風に頑張っているのかと思うと、彼女こそ大人組は甘やかすべきなのではないと考えてしまう。冷静に思い返すとシグナムがおかしくなった発端は彼女にあるので、彼女は彼女なりに責任を感じて奮闘しただけのようにも思えてしまうのだが。
「ふぅ……どうにか落ち着いたわね。……八神堂の大人の恋愛に興味の示すのは危険だわ」
「あはは……そういうことを言われると落ち着かせてくれたことへのお礼を言いづらくなるね。というか、恋愛に興味があるのは分かるけど……アリサちゃんからすれば俺達よりも夜月くんとかの方が興味をそそられるんじゃないの?」
「否定はできないですけど、ショウさんってこの手の話題になっても上手くかわすというか大して反応しないじゃないですか。それにあの人の周囲に居る人って……あれですし」
あれ、という言葉が何を言おうとしているかはアリサちゃんの何とも言いにくい顔から察しは付いた。
確かに冷静に考えてみると、夜月くんによくちょっかいを出すというか気を引こうとする子ってアリシアちゃんとかはやてとかなんだよな。俺はあまり話したことがないけど、聞く話によればグランツ研究所の面々にも妙な絡まれ方をしているらしいし。恋愛って感じの空気にはならないかもしれないな。
「夜月くんの周りには癖のある子も意外と多いからね。まあ……素直に気が引けないからああいうことをしてそうな子も居そうだけど」
はやてやアリシアちゃんも接し方を変えればもっと違うと思うんだけどな。変に冗談ばかり言ったりしてからかうから冷たくされるんだろうし。……ただああいうやりとりが彼ららしいと言えば彼ららしくもあるし、一概に悪いとは言えないだろうけど。
「あ、分かります。他にも自分の気持ちに鈍い子も居たりして……背中を押してあげようと思っても下手に押すとテンパって自滅しそうですし」
そういう子も居るだろうな。それに告白をしたりすれば成功しても失敗しても関係性に変化が起こりえるわけだし。それが告白した側とされた側だけならまだしも、下手をすれば周囲にも及ぶわけで。
まあだからといってそれを恐れて何もできない人物は想い人の隣に立つ可能性は低いんだろうけど。よく一緒に遊んだりして相手の方から告白でもされない限り……。
そういうところで言えば、フェイトちゃんは分が悪そうだ。先ほどから夜月くんの名前が出るだけでも結構反応しているし、彼に気がありそうなのは何となく分かるが性格的に自分から動けそうな子ではない。
デュエルをしているときのフェイトちゃんは凛としている印象があるんだけど……でもそれを考えると一度決心してしまえば突き進むことが出来る子なのかもしれない。正直俺は彼女のことをよく知っているわけじゃないし、ただでさえこの年代の子達は親からあれこれと言われている気がする。相談された場合は乗るべきなのだろうが、積極的に口出しするべきではないだろう。
「ま、周りが下手にとやかく言うのも面倒なことになりかねないし……結局は当人の気持ちの強さ次第じゃないかな」
「ですね。……見ててじれったくなりそうですけど」
「そうかもしれないけど、君だって誰かを好きになったら友達からそう思われるようになるかもしれないよ。今はまだいないんだろうけど、もしかすると夜月くんに特別な好意を抱く日が来るかもしれない。彼は君とアバターのタイプが同じだろうから聞けることも多いだろうし、何よりあの強さだからね」
「そこでショウさんを出されるのはあれですけど、まあ身近な異性で考えれば妥当ですし、可能性としては否定できないですけど……というか、リョウさんってショウさんと戦ったことあるんですか?」
「ああ、ちょうど昨日偶々顔を合わせてね。前々から1戦してみたいと思っていたし、流れでデュエルに誘ったんだ。いやはや、強いデュエリストだとは分かっていたけど二刀流の彼は別格だね」
と言った直後、アリサちゃんだけでなくその場に居た全員が食いつくように距離を詰めてきた。どうやら二刀流という言葉が興味を引いてしまったらしい。
「おいリョウ、二刀流って何だよ? ショウの新しいカードか?」
「いや多分カードは今までと一緒だと思うけど。二刀流の状態が本気ってだけで」
「ふむ……つまり私やヴィータが相手をしたことがあるのは本気のショウではなかったということか」
「あたしやフェイトは二刀流のショウさんを見たことありますけど、あの時の強さは別格ですからね。あたし達はチームで挑んだのに瞬殺されちゃいましたし」
「涼介さん……あの、よかったらデュエルの内容をもっと詳しく教えてもらえませんか?」
負けたデュエルではあるが、《漆黒の剣士》の本気を見ることが出来たデュエルなので話すことに嫌気は感じない。なので可能な限り事細かに話すことにした。
夜月くんに悪いかなとも思ったが、あのデュエルは店のモニターに映っていた可能性もあるし、はやてが録画したなんて言っていたような気もする。また彼は二刀流で戦い続けるのような発言をしていたので、遅かれ早かれ周囲には知られることになるだろう。無駄に罪悪感を感じる必要はないはずだ。
「教えるのは構わないけど……俺も彼と同じで近接戦メインだからね。正直なところ、彼の方が上手だったっていう話にしかならないよ」
「ちょっと待てよ、お前はシグナムとやり合えるくらい近接戦の技量は高いじゃねぇか。それに雷切だってあるしよ」
「雷切?」
「涼介の愛用する魔法のひとつだ。簡単に言えば、目で追いきれないほどの超高速の斬撃……正直あれを近距離で回避するのは至難の業だ。防ぐにしても基本的に防御系魔法は使うしかないだろう」
シグナムが言うようにこれまで相対してきたデュエリストはそうだった。剣の達人であるシグナムだって初見では見切れなかった。何度も見ている今では雷切を使わせないような立ち回りや相殺できるタイミングを見極めつつあるが……。
「へぇ、そんな凄い魔法があるんですね。だったらショウさんとも良い勝負したんじゃないですか」
「どうだろうね……一度目の雷切も直撃とはならなかったし、二度目に関しては真正面から破られたから。そのあとはラッシュで決められちゃったし」
「嘘だろ、って言いたいところだけど……あいつの反応速度は異常だからな」
「それに動作も最適化したような感じで無駄もなく一撃も重い」
「他にも普通の人がしなさそうなことも平気でやるしね」
「あの、もうそのへんでいいんじゃないかな」
夜月くんはおかしいと言わんばかりの流れをフェイトちゃんがやんわりとだが断ち切る。人柄的に悪口を言えないからなのか、それとも彼に好意があるからなのか……まあ何せよここで止めに入るあたり、彼女は良い性格をしていると思う。夜月くんのためにもこういう子が隣に居た方がいいのではなかろうか。
「えっと……涼介さん、どうかしました?」
「いや何でもないよ……そうだ、フェイトちゃんにアリサちゃん。この暑い中、シグナムと特訓してたんだから大分汗掻いただろ? 何かおごってあげるよ」
「え、いえ大丈夫です。シグナムさんにお願いしたのは私達の方ですから」
「そうですよ。それにおごってもらうのも悪いですし」
「頑張ってる君らへのご褒美だよ。それに俺はおごれる時にしかおごらないんだから断ると損するよ」
「ふたりともここは素直に甘えるといい。その方が大人も嬉しいものだ」
「じゃああたしは……コーラでいいや」
「涼介はお前におごるとは言っていないだろう。というか、お前は少しは遠慮というものを覚えろ」
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