異界の王女と人狼の騎士
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第八十一話
「や、……やめろ、やめるんだ漆多!! 」
俺は叫んだ。あいつが何をするつもりなのか分かったんだ。
判ってしまった。
アイツは、アイツは如月や蛭町のように【変態】を始めるつもりだ。
それは、不可逆のトランスフォーム。それは羽化ともいうべきものなのか。
宿主の行う【不可逆な変態】は圧倒的な力・能力を得る代償として、その宿主の寿命を一気に縮めることとなる。それはこれまでの宿主が証明していることなんだ。
寄生根もこれまでの経験から、そんなことはわかりきっているはず。
ここでこんな勝負にでることは、寄生根にとってもリスキーでしかない。圧倒的有利な結界の中に俺を取り込んでいる現状。持久戦に持ち込めば、漆多は地脈から永久機関ばりに燃料補給を受け続けることがっできるのに対し、補給を得ることのできない俺が憔悴していくしかないのは疑いようのない事実。そして弱り切った状態にまで追い込んだ後、トドメをさすのが考え得る最良の戦略だと思う。まして、次の宿主が見あたらない状態で後先を考えないノーガードな戦法にでるなんてあり得ないはずなんだ。だって宿主が死んでしまったら、寄生根には移動手段がないから、次の適当な宿主がここに来るまではずっと待たなければならないんだから。それは奴の本来の目的の停滞を表すんだから。
なのに、あえて捨て身の作戦で必勝を期している。
それは、つまり、この【変態】を選んだのは漆多の意思だということなのか?
アイツの意思が、アイツの想いが寄生根の支配を凌駕したというのか?
「やめろやめろやめろ、やめるだ! 」
俺は声を嗄らし、必死に叫ぶんだ。
だけど……、
みしみし
ばりばり
ごりごり
ぐちゅん、ぐちゅ。
異様な音が漆多の体の中から聞こえてくる。その音が何なのかは想像できない。
「うごごががっ!! 」
背中を大きく突き出すような形で漆多が苦しみ出す。それでも必死で俺を睨み付ける。その瞳は飛び出さんばかりに見開かれている。歯を食いしばり、ぎりぎりきゅりきぃりとあり得ない位の歯ぎしり音が聞こえてくる。
体が膨張を始め、あちこちで衣服が引き裂かれていく。
殺すなら今だ。
殺れ……。
冷静に指示する俺がいるが、締め上げれら多ように体は動かない。
涎と鼻水、そして涙を垂れ流しながら、もがき苦しむ漆多。
腕や首、露出した肌には明らかな変化が生じ始める。人の物とは異なる銀色の体毛が急激に伸びてくる。そして顔にも、もみあげから首筋へとハイスピードカメラの映像のようにみるみると銀色の体毛に覆われていくんだ。
同時に、その顔にも変化が生じてくる。
音を立てて口が耳に向けて大きく裂ける。ゴリゴリと何かが折れて擦り合うような音を立てて鼻柱が伸び出す。裂けた唇の奥からは鋭い4本の犬歯が生えてきているのが見えた。両耳も引き上げられるように、頭の上部へと移動していく。
全身からは、骨が折れるような音、皮膚が裂けるような音が続く。
もはや立っていることができなくなったのか、両腕を地面につき、四つんばいの姿勢になって絶叫を始める。
地面を強く両手で掴む。
想像を絶する激痛が彼を襲っているんだろう。それでも大きく見開いた眼は俺を睨み付ける。
その瞳の色は、金色。
まるで、魅入られたように俺は動けない。
「ぐべぼっ」
いきなり口から大量の吐瀉物。その色は、どす黒い赤。
赤、赤、黒、黒、緑、赤、赤、黒、黒。
激しく咳き込むと同時に、一瞬、縮んだと思うと、「どん」と爆発したかのように体が膨らんだ。その膨張はあまりに急激だった。音をたて、一気に衣類が引き裂かれて弾け飛ぶ!
俺は、ただ圧倒されるしかなかった。
そこには一個の肉の固まりが存在したんだ。
ゆっくりと体を起こす、それ。ついには二本足で立ち上がる。
ゆらゆら
ザワザワ
そこには、かつての貧弱でしかない人間、漆多の姿はどこにも無かったんだ。
見上げるような筋骨隆々の巨漢だった。背丈は2メートルを軽く超えている。体の幅や厚みも圧倒的となり、体毛に覆われていても分かるその筋肉により、一つの岩の塊のように見える。体の上に乗った頭、それはもはや人間のものと呼べるようなカタチでは無かった。頭の上に尖った二つの耳。金色の双眸。それは内から光を得たように輝き、狼のようにつきだした鼻、かつての耳元まで裂けた口には鋭い牙が不気味に光る。だらりと伸ばしたごつい両腕の指先から伸びている手は巨大で、その先の爪は、狼というよりは戦闘に有利な熊のそれと同一だった。
2本足で立っている。
その姿、形、態様、気……すべてが人のものではなかった。
それは、狼だった……。
否、それは、……人狼だった。
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