ロザリオとバンパイア〜Another story〜
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第50話 力の大妖
悪い予感、と言うよりは、それは必然だった。
砕蔵がモカに迫り、そして その場に人間である月音が入る。今朝の事もあり、激昂するのは砕蔵だ。モカをもう少しで手にかけようとした所に邪魔が入った事への理不尽な怒り、その全てが月音に集中したのだ。
砕蔵は、己の本性を現し、割り込んできた月音を、巨大化させた片腕で、虫でもはらうかように吹き飛ばした。ただの人間である月音にとって、その衝撃はこれまでの生涯で一度も無かった程のものだろう。
簡単に、吹き飛んでしまったのだから。どごんっ!! と言う 凡そ、人がぶつかる様な衝撃音とは思えない程の音量が響き渡る。
「ぎゃ…………っっ!?」
月音は、悲鳴さえも、出せなかった。もう一瞬で背後にある崖に叩きつけられてしまったから。衝撃が身体を貫き、言葉が僅かしか出せなかった。
「………つくねーーーーーっっ!」
一瞬の出来事だった。
モカは、月音が吹き飛ばされた事、それを中々受け止める事が出来なかった様だ。でも、月音は血を流している。……倒れてしまっているんだ。
「ハハハハハハハハハ!! どうしたんだ? 自称バンパイアくんよ! はぐれ妖のオレでも《力》では最強と呼ばれるバンパイアとは力比べしてみたかったんだゼ? もろすぎだろ! カスがッ!!」
まるで、手応えを感じなかった砕蔵は、ただただ笑うしかなかった。
妖との小競り合いは何度もあった。その中でも最弱も最弱。軽く腕を振るっただけで、吹き飛んだのだから。溜飲がかなり下がっている様だ。
次は、モカ自身を狙いかねない状況だったのだが、血だらけで倒れている月音を見たモカは、そんな事を考えてられない。ただただ、涙を流しながら、月音にすがりついた。
「ひ…ひどい…… せっかく戻ってきてくれたのにこんなっ・・・ ごめんね…やっぱり…人間と妖怪はこんなにも違うんだね……」
モカの目から涙が流れ続ける。
「私だってバンパイアだもん。 ……血を吸って人間を傷つけちゃう。 本当は…本当はずっと… 人間の学校でも友達が欲しいって思ってた。……だけど、 やっぱりムリなんだね……? 私も、きっと月音を、傷つける事しかできないんだ………私には、絶対……に……」
モカの言葉と、そして モカの目から流れでる涙で、気を失いかけていた月音は覚醒した。冷たさしか感じなかった感覚の中で、確かに暖かさを感じられたから。
僅かに動く手を懸命に伸ばし 月音は、モカの肩を掴んだ。
そしてモカ自身もそれには気づく事が出来た。
「た…確かに………」
「つくねっ!!」
モカは、月音の頬に手を当てた。月音は、ただただ、焦点の合わない瞳を、モカへと向けた。
「オレ…弱くって…何のとりえも無いやつだよ…」
そして、……必死に自分の想いを…、言葉に繋げた。
「でも…気付いたんだ このまま逃げ帰ってモカさんと…別れるなんて嫌だ… オレはモカさんと友達になりたいから………」
その言葉にモカは目を見開いた。信じられない様な表情をして。
「たとえバンパイアでも……… オレはモカさんの事、 好きだよ…」
想いを全て、伝える事が出来た。返事を訊く事は出来ないかもしれない。
もう……意識を保ってられなかったから。緊張が解けてしまった様だ。
だけど、最後の最後で、月音は男を見せた。圧倒的恐怖を前に、決して怯まなかった。
「それでこそ……、男だな月音。オレは心底尊敬するよ。……よく頑張った」
「カイト……」
つくねの視界にカイトが映った為、意識をもう一度、もう一度だけつなぎ止めた。そして、必死に片手をあげ、親指を立てた。
「ああ」
カイトも、月音に返事をした。
カイトが到着したのは、本当についさっきだ。……100%の予知と言える遥か昔の記憶。その全てが、時と共に、薄れてきている。生前の自分が消え去り、本当の意味で《カイト》と言う名の男になりつつある。
だからこそ、駆けつけるのが遅れてしまったのだ。
そのことには、後悔した。――初めて、ここで出来た《友達》を守れなかった、と。
だけど、月音は決して弱くない。強い心を持っている。決して屈しない強い心を。カイトは、それを魅入ってしまったのだ。――月音やモカには申し訳ない、とは思うが……。
「何言ってやがるッ!オレを無視しやがってッ!!寝てろやカスがーーーッ!」
今の今まで、忘れられていた砕蔵。
恐らく、無視され続けた、と言う意識があったのだろう、溜飲下がった筈なのだが、また怒りに身を任せ、月音を蹴り上げ様としたのだ。
「つくねーーーーーーッ!!」
「……テメェ、それ以上は……! っ!?」
その刹那だった。もう、動く事さえ出来ないであろう月音は、伸ばした手をモカに。
「(に…逃げて… モカさん………、ここ、から……)」
だが、モカに届く寸前で力尽き、腕が下へと落ちてしまった。
そして、モカの胸の十字架と共に………。
「えっ……、う…、うそ……… 十字架が…、 外れ…た?」
モカの力の源を封じていた封印の十字架。
それが、月音の何かに反応したのだろうか。封印と言う者は 簡単に解く事が出来ないから、封印と呼ぶのだ。それが、力を封じる類の物であれば尚更だ。だが、決して力が入っているとは言えない月音の手。封印を解いたのは、月音のモカへの想いだった。
「……《力の大妖》か」
モカを中心に沸き起こる圧倒的な妖力。……その強大な妖力をそのまま《力》に変える事が出来たとすれば……? 圧倒的な力となる得るだろう。《力》では最強と呼ばれる所以もよくわかる。まだ、完全に封印が解けた訳ではないのにも関わらず、判った。
そして、この場所の全てが震えているような感覚が走った。
「うおおおッ!? なっ、何ィいッ!?」
妖怪のクラスで言えば、ただの小者と言っていい、砕蔵。
そんな男が、これ程の圧力に気圧されでもすれば、叫ぶ事は出来ても、身動き1つ取れないだろう。
「これが…モカの……力」
カイトは、砕蔵からこれ以上危害を加えられない様に、と倒れた月音の側で、肌で感じていた。
覚醒した、モカの力を。
「…う…ん…」
月音も、圧倒的な存在感を感じたのだろう。気を失いかけていたのにも関わらず、まだ意識を保つ事が出来た様だ。
そしてモカの言葉を、『怖いバンパイアになる』と言った事を思い出した。
「(モカさんの髪が…銀色に…)」
月音は、痛む身体を、起こしモカの方を見た。
「月音、無理をするな。起き上がれる様な身体じゃないんだぞ」
今にも倒れそうな月音を支えたカイト。だけど、月音は 首を振った。
「あ…ありがとう… でも…あ、あのモカさんは………」
自分の身体よりも、モカの事が気になった様だ。
「――あの姿が、モカの正体。と言う事だ。妖怪は、人間に化けて この世界で生きている。人間ではなく妖怪の姿。――バンパイアだ」
モカは、ただ立っているだけだ。なのに、それだけで威圧される。
まだ、日が沈むには早い時間帯なのにも関わらず、モカを中心に夜の闇がさらに深まっていく様だった。眷属であるだろう蝙蝠の群れが周囲を飛び回る。……いや、実態はない。妖力が形を成し、具現化した様だ。
そして、傍で ただただ、その姿を恐ろしく見ていたのは砕蔵だ。
「な…何だ コイツッ… こ…この威圧感ッ……、 別人だ! こいつは、赤夜萌香じゃない!!」
砕蔵は、身体中を震わせていた。決して止まる事はない。そして動く事も出来ない。
「……お前は、そんな言い方するな。あいつは、同じモカだ。今のあいつも、さっきまでのあいつも、何も変わらない」
カイトは、まだ慣れてはいないが、快復の術。大気に住まう精霊術を使用して、月音に応急措置をした。相手の自然治癒能力の向上を促す力も併用させて。
全てを終えた後、カイトは砕蔵を見ていた。
「なっ!! 何でッ テメェはこの威圧感の中ッ そんな簡単に動けてんだよッッッ!!」
モカの威圧感を見て驚き、殆ど動けていない砕蔵は、今度はその中を悠々と歩くカイトに驚いていた。
そして、その砕蔵の後ろでは、覚醒したモカが目を見開いた。
「(これが… バンパイア…)」
月音は、モカの十字架を握りしめ、僅かに震えながら見ていた。
それでも、決して目をそらさないように。カイトが言っていた言葉、『何も変わらない』
その言葉を、懸命に頭に入れて。
「噂通りの赤い瞳!! そして強大な妖気 こいつが…こいつがあの力の大妖、バンパイア!?」
砕蔵の恐怖が最高点に達したその時だ。
「………どうしたはぐれの…」
モカが初めて口を開いた。
ただ、それだけで砕蔵は巨体を、更に震わせた。
「私が……欲しいんだろ? なら、得意の力づくで……、私を奪ってみろよ。 ほら………、 どうぞ?」
その圧倒的な力の前に、動けなかった砕蔵だが、恐ろしくも美しいモカにここまで挑発されたら、黙っていられる筈もなく。
「ううっ! うおおおおおおおおおお!!」
モカの身体よりも遥かに大きい腕を、一気にモカに振り下ろした。
「モッ… モカさん!!」
それを見たつくねは思わず叫んだが……次の瞬間には、息を呑む。
「はっ…?」
砕蔵は完全に振り下ろした筈だった。衝撃が拳にも伝わった筈だ。なのに、それ以上……拳が進まないのだ。
「…この程度の力でこの私を襲うとは」
何度も何度も押しても、まったく腕が動かない。そして、腕を引く事も出来ない。
「(な…なんでよけねェ 何でビクともしねェーーーーッ)」
腕を捻り上げられ、身体の自由も全く効かない。
見た通り、全てはモカの手のひらの上だ。
「身の程をわきまえるがいい」
その時点で、勝負アリと言っていい状況だが、赦す筈もない。
ひねり上げた砕蔵の身体を宙に放り上げると、落ちてきたタイミングに合わせて、側頭部にモカの蹴りを撃ちはなった。
ずぎゃああっ! と言う先程の月音への衝撃音よりも遥かに鈍くけたましい音。身体に身体をぶつけた様な音とは思えない。
「ぎゃあああああああァ」
そして、人間の身体よりは遥かに丈夫である身体だが、モカの攻撃に耐えられる筈もなく、骨の折れる音をさせながら、遥か後方にある、墓場の方へ吹き飛んだ。
「でかいだけの低級妖怪が力比べの相手にもならないな」
モカは手を払いながらそう告げた。
だが、砕蔵は腐っても妖。
まだ、意識はしっかりとある様だ。重症、とは言えない。モカも全力で蹴ってはないだろう。覚醒した直後、即ち寝起きの様な状態だから。……それでも、強力すぎる一撃だろうが。
だが、意識があるのであれば、好都合と言う物だった。―――カイトにとっては。
「……砕蔵。貴様は、オレの友達に手を出したんだ。 女に蹴られただけ、……それだけで終われると思うな」
月音の傍にいたカイトは、ゆっくりと歩き、モカの隣を横切り………、砕蔵の倒れている方に、向かって 人差し指と中指を立てて、向けた。
光輝く指先が緩やかに動き……、空間に図形が生まれた。
「――少々刺激が強すぎるかもしれんが、……頭を冷やさせてやる。『煉獄の氷塊、《氷神の鉄槌』」
空気中の粒が、一箇所にどんどん集まってゆく。砕蔵の倒れた頭上に、その巨体よりも遥かに大きい、大体砕蔵の身体、2~3個分はありそうな、蒼白く輝く巨大な塊が現れた。
「がふっ… は… はぁ? ………な…に…? ……コレ………は? って、ぁ……ぁぁぁ……ぁぁぁぁぁぁ…………」
砕蔵は、はっきりと見た。生涯でも、間違いなくNo.1に入りそうな悪夢を。
薄れ逝く意識の中で砕蔵は、見た自分の身体が、更に巨大な何かに、押し潰される瞬間を。
ズ ズ ンッ! 低く重く、鈍い音。
砕蔵は叫ぶまもなく、氷塊の下へと消えていった。
「(すごい…2人ともだけど… 特にモカさん… 怖いけど… 思わず見惚れてた…… どっちが…本当の?)」
月音は、フラフラしながら、立ち上がった。ゆっくりとモカはつくねに近付く。
「(ああ… もうダメ…だ…)」
もう、本当に本当の限界だった様だ。……倒れそうになった。
それを、モカが抱きとめた。
「(ああ… 凄く… い…い…におい オレの大好きな… モ…カ…さ…んの…)」
月音は、そのままつくねは意識を失ったのだった。
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