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リリなのinボクらの太陽サーガ

作者:海底
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スカルフェイス

 
前書き
内容が濃密になりました。あと、会話文が多めです。今回はかなりどころか、とてつもなくキツイ展開があるので、読む際は注意して下さい。 

 
新暦67年9月17日、20時49分

「友達がもし敵になっていたら、どうすればいいのかな……?」

「お客様、唐突にそんな事を聞かれてもお答えしかねます……」

「そもそも昨日と今日の間に何があった……?」

ツインバタフライでフェイトはお酒……は未成年なので駄目なため、ジンジャーエールを飲みながら、今回の出撃任務に対して思った事を全従業員(と言ってもリスべスとロックの二人しかいない)に吐露していた。

「えっとね……鎮圧作戦に向かったつもりが、相手側から友達の使う戦術というか、待ち伏せ攻撃みたいなのが飛んできて一切反撃できずに追い返されちゃったんだけど……」

「はぁ……そうだったんですか……」

「本局所属の空戦魔導師部隊が為すすべなく撤退か。管理局って……実は大した事無い?」

「い、いや……そんなことは無いと思う……」

「一切反撃できなかったのに?」

「うぐ……それ言われたら反論できないよ。って、そういう話じゃなくて! 敵側に友達が味方していたら、私はどうすればいいのかなぁっていう話がしたいんだ」

「当事者じゃない僕達に言われても、わからないとしか答えようがない」

「私はまだ愚痴や相談にお応えできるほどの知恵は備わっていないので……お力にはなれません」

「だよね……。はぁ……どうすればいいんだろう……」

「そもそも無様に敗北した事で上層部から叱責とか受けたのでは?」

「確か前線部隊も壊滅、捕虜にされたと風の噂で聞きました。作戦失敗の件でかなり怒られたと思うんですが……もう大丈夫なんですか?」

「どうだろう……? 上層部からの説教はアーネスト隊長が受けてくれるんだけど、私達がお説教されないと決まった訳じゃないから……」

今日はもう遅いから流石に説教されないと思うが、明日怒られる可能性は決して低くは無かった。それを考えると、気が滅入るフェイトであった。

「はぁ……狙撃の事とか、あのサイボーグの事とか、テロリストの正体とか、色々考えたい事があるのに……」

「テロリストの正体、ね……」

「…………はぁ……」

「あれ? 何か二人とも急に暗くなったけど……あ! ご、ごめん! 辛い事を思い出させちゃった!?」

「別に……何も知らないのは幸福だな、と思っただけだ」

「同感です」

「針の筵!? うぅ……あのサイボーグにも馬鹿じゃないならわかるって言われたけど、こんなミスをしちゃう辺り、やっぱり管理局に空気を読む訓練を導入した方が良いのかなぁ……皆がクロノみたくなる前に」

「「……?」」

首を傾げる二人をよそに、どこかの戦艦の中で黒い執務官(クロノ)がくしゃみをしたのだが、それは別の話。

まるで仕事に失敗したサラリーマンのように落ち込むフェイトをなだめるリスべス。そんな二人を眺めて内心思う所があるロックも呆れてため息をつく。と、彼はふと近頃、西の方で見たことが無い連中の姿を見たという噂を思い出して口に出す。

「そいつらは男は白い制服のような格好で、女は白い前掛けを付けて、黒くてだぼっとした格好をしてるらしい。何か知らないか?」

「白い制服に、黒くてだぼっと……? う~ん……どっかで見た覚えが……あ、もしかしてカソックかも。ということは多分その人達は聖王教会の人だと思う」

「聖王教会だと?」

「うん。私がこの世界に来る前に、聖王教会が布教の準備を進めてるという話を聞いたことがある。だから恐らく新しい教会の建設でも行ってるんじゃないかな?」

「布教……そう言われましても私達、今を生きるだけで精いっぱいなので神様とか信じていませんけど……」

「ああ違う違う、あの人達が信じているのは神様じゃなくて聖王。昔の大きな戦乱を治めた王様なんだ」

「それこそどうでもいい。俺達と一切関係ない人を崇める物好きは絶対誰もいないぞ」

「まぁ……崇めた所でその人が何かしてくれるって訳でもありませんし。教会の人達には悪いと思いますけど、布教は失敗に終わるでしょうね」

「あはは……ものすごく現実的な意見だね……。一応次元世界の歴史の教科書にも載る人なんだけど……確かに関係がないフェンサリルの人達にはどうでもいいかな」

そもそもベルカ戦争に関わっていないどころか、管理局とすら本来は関わりが無いのだから、相当数の信者がいる教会の神様がただの他人扱いなのも仕方ない。

「けど復興支援として物資や食料を運び込んでるって話もあるし、もしかしたら手を差し伸べてくれるかもしれないよ?」

「そうか? あんまり信用できないんだが」

「むしろ食べ物渡す代わりに自分らの宗教に入ってもらう、という思惑がありそうです」

「そ、そこまで卑怯な事はしないって!? あそこは誠実な人格者が多いから、そんな悪魔の取引みたいな真似は向こうから取り下げるに決まってるよ!」

「どうだか……」

「自分が信じるモノこそが最も正しいと思ってしまうのはどこも同じです」

「あの聖王教会がここじゃ信用ゼロ……まさに形無しだね……」

ここぞと言わんばかりに手を広げようとして、盛大にコケるのが目に見えてしまったフェイトとしては、聖王教会に若干の同情を禁じ得なかった。尤も、管理局も同じ穴の狢であるのだが……。

そんな話をしている内に夜も更けたため、お代を払ったフェイトは店を出て帰路へ着く。夜道を歩きながら、彼女は相談できずじまいだった敵の事で考え込む。

「(それにしてもあの狙撃……そして麻酔弾、私達がよく知る彼女の感じがした。まさかと思うけど、テロリスト側に雇われた? もしそうだとしたら、彼女と戦わなきゃいけないのか……。いや、そもそも敵は本当にテロリストなの? 後ろ姿しか見ていないけど、あの人達からはどうも悪人って感じがしなかった。そして何よりあのサイボーグだ。私達を簡単に倒した圧倒的な強さを持っていながら、なんでアイツは私に『家族の下へ帰れ』だなんて……。それに完全体とか、私自身の運命とか……アイツはどういう意味であんな事を? ただ一つ言えるのは、アイツは明らかに手加減していたことだ。本気で倒す気なら、私達は既にこの世の存在じゃなくなっている。銃撃も麻酔弾じゃなくて実弾を使ってきたはずだ。状況的には間違いなく敵であるはずなのに、そうしなかったのはなぜ? ……もしかして私、何か決定的な見落としをしている?)」

思考の坩堝に陥っている内にフェイトは都市中央部で建設途中の支局へ到着した。実は隊舎もこの中にある支局は、フェンサリルを管理世界にした暁に正式稼働する予定となっている。なお、ノアトゥンの住人は気に入らない様子を見せているが、何かしようとする気配は見られないので管理局上層部は気にも留めず放置されている状態だ。

そんな事情も知らないフェイトは、彼らの不快なものを見るような表情に首を傾げながらも、戦闘の疲労もまだ色濃く残っているのでとりあえずそのまま自分の部屋で横になる。

「(よくわからないけど、この世界で何かが起きているのは間違いない。それを知るためにも、私は何としてもあの人達と話をしたい。もし2年前のような事が起きているのなら、今度は私も手伝いがしたいもの。帰らなかった事で怒られそうだけど、一応局員として仕事で来ているんだし……しょうがないよね?)」

当人達にとって非常にはた迷惑な結論を出してしまったフェイトだが、その想い自体は純粋なものだ。決して悪気は無い。しかしそういう純粋な感情は逆に利用されやすいのが、悲しき世の常である。そして偶然とはいえ、忠告を受け入れなかった事は後々耐え難い後悔を抱かせることになるのを、彼女は気付く由も無かった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

新暦67年9月18日、2時13分

ミッドチルダ南部、テスタロッサ宅。

プレシアの身体に宿る病が末期まで進行した事で、彼女の容体を少しでも落ち着かせるために昔住んでいた環境とほとんど同じである家屋で、彼女はアリシアの看病の下で療養していた。なお、アルフはここと地球の家の掃除や雑用を担当しており、昨日から地球の家の方に行っている。ある意味マキナ達とすれ違いになった訳だが、彼女達に会うつもりはなかったので、居ようが居まいが関係無かった。

ともかくこの日は病気の発作も特に起こることなく、至極穏やかに過ごせた。……そのはずだった。

「……あら? なにかしら……今夜は妙に寒いわね」

療養している部屋のベッドから身体を起こしたプレシアは、老化を実感しながらもガウンを取りにクローゼットを開け、それを上に羽織る。さっきより寒さが遮断されて、身体が少し温まった。カーテンを閉めていたせいで今まで気付かなかったが、外では霧が発生していた。寒さの原因は恐らくそれだろうと見当をつける。
とにかくこれなら心地よく眠れると思い、プレシアは少し大きめのベッドの方へ身体を向ける。規則正しい呼吸を繰り返しながら寝ているアリシアの寝姿にプレシアは母としてほっこりと余生の幸せを堪能する。そしてもう一人の娘であるフェイトは仕事で怪我していないかと思うが、自分の娘なのだから大丈夫だと信じていた。

「ふふ……こんな幸せがいつまでも続けばいいわね。でも私も歳だし……そろそろ彼の後を追うのも近いかしら」

いつ逝っても大丈夫なように、娘二人に伝えるべき事は全て伝えてある。後はこの生活をできるだけ長く続けられるように願っていた。

しかしそれは叶わぬ願いだった。

「幸福な時間はここまでだ、博士」

「な―――かはっ!?」

真っ暗闇の廊下から突然聞こえてきた声と共に何かが刺さったような感覚の後、プレシアは喉元から急に不快な違和感が生じ、それは瞬く間に全身を覆ってしまう。途端に病の発作を上回る痛みに襲われ、更に身体中の力が抜けてその場に崩れる。

「あ、……なた、何をし……!?」

辛うじて出した質問には誰も答えず、廊下から現れた“影”は4体の髑髏を率いて音も無く入って来た。プレシアはせめてアリシアだけでも逃がそうとするも、身体は彼女の意思に全く従わず、躯のように倒れたまま動けなかった。

「ッ!? な、なにこの化け物!?」

悪寒を察知して飛び起きたアリシアだが、すぐに髑髏4体が超人的な力で取り押さえ、身動きが取れなくなってしまう。しかし彼女の意識があるのなら逃げられると思い……プレシアはあらん限りの力を振り絞って叫んだ。

「逃げて、アリシア!!」

「ママ!? ッ……ごめん、精霊転――――」

ズドンッ!

「うあッ!! 痛い! イダイィッ!!」

“影”が撃ったライフルの弾はアリシアの腹部を抉り、彼女に甚大な苦痛を与える。のたうち回りたい程の激痛を受けながらも、髑髏に全身を押さえられているせいで身動きが出来ず、悲鳴で苦痛を訴えるしかなかった。だが……地獄はまだ続いた。

ズドンッ! ズドンッ!! ズドンッ!!!

「あぐぁ!! うぇだぁ!! いぎぃあ!!」

何度も何度もライフルで撃たれ、その度にアリシアから出血と悲鳴が湧きあがる。精霊として転生した彼女の身体には、死の概念が存在しない。しかし……そのせいで彼女は死で痛みから逃れる事ができなかった。

「やめて……もうやめてぇッ!!」

愛娘が銃撃される様を動けない身体で目の当たりにしたプレシアは、悔しさと怒りをにじませた悲鳴を上げる。しかし“影”は止めなかった。装弾されていた弾を撃ち尽くし、撃鉄の音が響くまでライフルの引き金を引き続けた。

「死ねないというのは辛いなぁ? どれだけ身体が傷付こうが、決して逃げる事は叶わない。その痛みを全て、受け止めなくてはならないのだ」

「いた、いよ……う……うぅ……! ま……ま……!」

「アリシア……早く……逃げなさい……!」

「せ……いれ……い……転……移……!!」

だが何も起こらなかった。かつてファーヴニルの氷に閉じ込められても使えた精霊の力が何故か使えない事に、プレシアとアリシアは驚きで目を見開く。

「な……んで……!? 力が……使え、ない……!?」

「まさか……エナジーを………消され、た……!?」

「博士と代弁者の確保は完了した。“虫”の効果も期待通りだ……計画を次のフェイズに進めるとしよう」

「ひっ……!? い、嫌だ……! 離し……て! 助……けて、ママ……!! ママぁあああ!!!」

「ア……リシア……あ、……あ、アリシアァ……!!!」

この日以降、テスタロッサ宅から全ての音が一切しなくなった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

新暦67年9月18日、7時00分

ウルズ首都ブレイダブリクのホームにて。

「……ん? あぁ……朝か……」

窓を塞ぐカーテンのすき間から日差しが入り、一番早くジャンゴは目を覚ます。先日加入した一人を除き、全員雑魚寝で寝ていたので彼の視野には他の仲間の寝姿が見えている。なのはは隣で枕を掴みながらスヤスヤ寝て、アギトはジャンゴの枕の近くで大の字の格好で寝転がり、ビーティーはサイボーグの人工血液ホワイトブラッドの透析を行う装置を昨日の内に運び込んでその上で休眠中。ちなみに夜中もゴウンゴウンと唸ってて地味にうるさかった。

「おはよう、ジャンゴさん」

「あ、先に起きてたんだね、マキナ。おはよう」

「ちょっと待ってて、今朝食そっち持って行くから」

すると台所でパタパタと忙しない音がして、スリッパをはいてエプロンを着たマキナがホカホカの朝食を持ってくる。持参してきた保存食を解凍した奴を用いたそれは、ちょっと味付けは濃い目でカロリーは少々高めだが、朝採るべき栄養は十分備わっていた。

「んぅ~? なんだかいい匂い~」

「おはよう、なのは」

「あ、おはようジャンゴさん」

「くかー……むにゃむにゃ……」

「クックック……見ろよコイツ。(アギト)の名の通り、口開けてマヌケ面晒してやがるぜ。よだれも垂らしてるし、熱々のソーセージでも突っ込んでみるか?」

「起きて早々、なにアギトを題材にした描写ギリギリな光景を作ろうとしてるのさ、ビーティーは」

「だが需要はあるだろ?」

「否定はしない」

「いやいやマキナちゃん、そこは否定してあげてよ……」

「でも甘いよビーティー。ソーセージを突っ込むなら、もっと適性のある子を選ばないと。確かにアギトも可愛いけど、いじって可愛がるならなのはみたいなタイプが良いんだよ!」

「ここで私を引き合いに出さないで!?」

「ほほう……確かにコイツの半泣き顔はひどく嗜虐心をそそるぜ。いじられてキャラが立つタイプなのは間違いないな」

「ビーティーさんもニヤニヤしながら同意しないで!?」

「最近のなのははツッコミばかりで苦労してるな……」

「あ、おてんこさま。おはよう」

「おはよう、ジャンゴ。それで……あの二人は何をしている?」

「う~ん……ソーセージが立つ話?」

「はぁ? まるで意味が分からんぞ」

「もう四の五の面倒だ。なのはにソーセージを突っ込もうぜ! うひゃひゃっはっはは!!」

「オッケー、乗ったぁ!」

「そんな提案に乗らないでマキナちゃん!? ……え、待って待って!? 流石に二人がかりで来られたらホント無理だから!!」

「ああ……そう震えないでくれ、可愛い(ペシェ)。俺を罪人(ペシェ)のような気分にさせないでくれよな」

「なのはにわかるように説明すると、“ペシェ”とはフランス語で“桃”の意味。アクセントを変えると“罪人”という意味になるんだ。面白い言葉遊びだよね?」

「外国語の同音異義語みたいなのは確かに面白いかもしれないけど、学ぶ方は結構面倒なんだよね……。ところで、なんで桃?」

「なのはの魔力光って桃色じゃん」

「あ~そう……桃と罪人がほとんど同じ発音なのは、ちょっと悲しいかな。でもソーセージが迫って来るこの状況が何とかなる訳じゃないよね!? わ、わぁー!? んむ、むぐぅ!!?」

「あ、ありのまま今起こった事を話すぜ……。うるさくて起きたら目の前で少女(なのは)が身体を押さえつけられた状態で肉棒(ソーセージ)突っ込まれてた。な、何を言ってるかわからねぇと思うが、アタシにもわからなかった。頭がどうにかな……りはしないな。ってかいい加減解放してやれよ……なのは目ぇ回してるぞ」

「何だかんだ言ってるけど、結局皆仲良しなんだね」

「この光景をその一言で済ますのか、ジャンゴ。おまえの感性が少し心配になってきたぞ……」

フェンサリルで最初の朝は、こうして騒々しくも始まった。


新暦67年9月18日、8時30分

朝食を済ませてひと段落した頃、唐突にビーティーが話を切り出してきた。初対面時から見られた彼女の少々変わった性格はジャンゴ達も本能的に理解しているが、しかし今の彼女の真剣な表情から話の内容も重要だと判断し、彼らも自ずと姿勢を正しておいた。

「これから伝える事は、マキナにとっては多少腹が立つ話だ。キレるなら盛大にやっちまっても良いが、相手は選んでくれよ?」

「わかった。じゃあキレたら八神にでも八つ当たりするよ」

「唐突過ぎるはやてちゃんへの攻撃宣言!? それはいくら何でもはやてちゃんが可哀想だよ!?」

「冗談さ。私自身八神の顔を見る気は全くないし、自分から会いに行くつもりはないって」

「あ~……それはそれで可哀想というか、取り付く島もないっていうか……。はやてちゃん、いつかマキナちゃんと仲直りしたいってよく言ってたけど、これじゃあ望み薄かな……」

「俺としては八つ当たりに興味津々だがな? マキナ、もしそいつの口に何か突っ込むとしたら、何使う?」

「ナス一択」

「それ中の人ネタだよ! どっかの諜報員みたく、はやてちゃんがトラウマ作っちゃうよ!」

「クハハッ! やっぱ期待を裏切らねぇな! だが今は話を進めるぞ。ブレイダブリクから北西に、ミーミル首都ノアトゥンから西に線を引いて、ちょうど交わる位置に聖王教会の教会が新しく建設されているのは知っているか?」

「まあね、情報収集は潜入の基本だし。しっかし管理局がこの世界を管理下に置こうとする隣で、聖王教会まで早速手を伸ばしてくるとは……どうもきな臭いな」

「ほほう? ならこの話を聞けば、そのきな臭さが事実になるかもしれないぜ。……実は建造中の教会の近くで、所属不明の次元航行艦を見たという情報がある。そしてそこから妙な物資が多く運び込まれているんだとさ」

「所属不明? 管理局か聖王教会の所属を示すマークかエンブレムを見逃しただけじゃないの?」

「情報を送ってきた相手はそんなヘマをしていない、マークは確かにあった。だがそれは見たこと無い奴だった」

―――黄色地に黒で“XOF”の文字と狐らしき模様が付いたマーク。

ビーティーが説明したマークの特徴は確かに次元世界では見ないものだったが、それでも“裏”に対する新たな手掛かりにはなった。

「いかにもってぐらい怪しさ満々だね。これはもしかすると、“裏”と聖王教会が繋がっている可能性もあり得るよ」

「あの聖王教会まで黒だったら、もうどこも信用できなくなっちゃうよ……」

管理局だけでも既に厄介なのにジャンゴの推測通りに聖王教会も組んでいるとなれば、もう明らかに敵が多過ぎて前途多難だと思い、なのはは辟易した。ここでふと、マキナが黙って考え込んでいる事にアギトが気付く。

「急にどうしたんだ、姉御? 何か思いつく事でもあったのか?」

「……いや……偶然かなって思ってね」

「偶然?」

「皆には以前話したよね。“裏”の半数以上を掌握して、髑髏を手駒として操る顔が無い指揮官の男がいるって。実は今朝、皆が起きる前にユーリからとあるディスク(スカリエッティの贈り物)の一部を解析した内容が届いたんだけど、実はそいつが指揮している部隊の名前も“XOF”だって判明したんだ」

「ビーティーから聞いた戦艦のマーク、髑髏の部隊XOF……これは偶然の一致じゃないね。僕の考えに過ぎないけど、この二つは間違いなく同じ存在を意味している。だから聖王教会の傍にいた戦艦には、もしかしたらその男がいるかもしれない」

「清廉潔白を謳う聖王教会が髑髏の軍団と手を組む、か。ウワッハッハッギャッハッハッハッ! 教会が死者だ! どえらい皮肉じゃないか!! グウェッハッハッハ!!」

「なんかすっげー爆笑してるけど、そんなに面白いか……?」

腹を抱えて笑うビーティーにおずおずとアギトがツッコミを入れる。しかし彼女の言う事も尤もなので、周囲は苦笑するだけに留めていた。そんな中、マキナはひとまずの結論を付けてから話題を新しく変換させる。

「XOFの戦力や目的はまだ不明だけど、とにかくXOFと聖王教会の関連性について調べてみる必要がある。だから聖王教会には一度潜入するべきだけど、相談しておくことはもう一つある」

「フェイトちゃんのこと?」

「正直、こんなに早く来ていたのは誤算だった。どいつもこいつもなんでこう間が悪いというか、すれ違いまくるというか……」

「もうはっきり言っちまえよ、あいつらウゼェってな。クックック……」

「いやいやいや、フェイトちゃん達に一切悪気は無いんだから、そんな風に言わなくても……」

「悪気が無くても邪魔なのに変わりはないんだけどな。とにかく再三繰り返してるけど、あいつらに見える場所では姉御となのはは隠れる事に徹した方が良い。もし見つかったら面倒な事になるし、何よりあいつらの命が暗殺派の標的になってしまうからな」

「じゃあ彼女達がまた出てきたら、今度から僕とビーティーが相手をするよ。……昨日の戦闘を考えると、ビーティー一人で十分過ぎると思うけど」

「まあな、サイボーグがそう簡単に生身の人間に負ける訳が無い。魔導師だろうと同じ事さ。つぅか帰れっつったのに帰らなかったら、次会った時アイツをどうしてやろうかと思ってゾクゾクしてきたぜ。うぇへっへっへ……!」

「やべぇ……言葉に出来ないぐらいやべぇ……」

「逃げてぇ~!? フェイトちゃん、早く逃げてぇ~!?」

嗜虐的に頬を吊り上げたビーティーの顔を見て、アギトは戦々恐々と後ずさりし、寒気が走ったなのはは遠くにいる友人に向けて届かないと分かっていながらも叫んだ。ちなみにこの時、某金髪少女は謎の悪寒に襲われて身震いしていたりするが、それは別の話。

「さて、今回の相談の上で今後どう行動するかだけど、まずなのはとジャンゴさんは当面の目的である英雄度を稼ぐべくミッションをこなす。私とアギトは聖王教会へ潜入、XOFや“裏”との関連性について調査する。その間、依頼の窓口はビーティーに任せるから」

「俺の体内にある端末とマキナの端末をリンクすれば、依頼の受諾を代わりに行える。こういう事が出来るサイボーグの身体も中々便利なものだろう?」

「ま、サイボーグでもやれる事に限界はあるんだけどね。一人で管理局の魔導師全員を相手に出来る訳じゃないし、防御や回避に徹されると他に手が回らなくなるもの。まぁ、そこはフォロー次第で何ともなるんだけど」

「だからビーティーの力を最大限発揮させるサポートができるマキナとのコンビは、管理局の空戦魔導師部隊に一切反撃を許さずに撤退させる程強いんだね。パートナーとの連携で生み出せる力って、一人で出せる何倍以上も大きくなるのか……」

「大丈夫だよ、ジャンゴさん。私とジャンゴさんのコンビもマキナちゃん達に負けない力を発揮できるって! 二人と同じように私達も遠距離と近距離のバランスは取れてるから!」

「なんだか俺達の戦いがチュートリアル扱いされている気がするな。ま、何か損する訳でも無いから構わないか。とりあえず今後の方針は決まったんだ、さっさと行動に移した方が良いんじゃないか? よく言うだろう、時は金なり、と」

「ビーティーの言う通りだ。今の私達はとにかく行動して状況を改善していく必要がある。核の問題も残っているのだから、あまり悠長にしている時間は無いぞ」

ビーティーとおてんこの忠告を受け、改めて気持ちを固めた事でこの会議は終了、今後の行動を決定した。

なのはとジャンゴの主人公組は、管理局によって各個分散させられたウルズ兵達の合流ルートの確保、及び敵勢力の無力化をミッションで行う。そしておてんことビーティーはそれぞれの方法で二人をサポートすることになった。
一方でマキナとアギトの潜入組は、北西部で建設中の聖王教会へ向かってバイクで移動、“裏”とXOF、聖王教会の関係を調査する。当然危険だが、重要な情報を得られる価値があるステルスミッションだった。

「しばらく別行動だけど、これはあくまで一時的なもの。なのはの立場、ヴァランシアの目的、密輸された核、管理局の裏、髑髏の部隊、XOF、全部ややこしい問題だけど……皆で力を合わせればきっと解決できる。なのは、マキナ、アギト、ビーティー、最後まで全員で生き残ろう!」

「「「了解ッ!!」」」

「俺は簡単に死ねる身体じゃないけどな」

「コラ、ビーティー! 水を差す発言禁止! せっかくジャンゴさんがリーダーらしく決めた貴重なシーンなんだから! こういう時ぐらいは場のノリに合わせるのがお約束でしょうが!!」

「あの……マキナ? そう言ってくれるのは嬉しいけど、話を盛り返されると逆にこっちが恥ずかしくなる……」

「あはは……なんか上手く締まらないや。でも……ある意味私達らしいかもね」

「変に生真面目にするよりもこうして時々ガス抜きが出来た方が、基本的に一人で戦ってきたジャンゴに仲間との触れ合いを感じさせられて良いかもしれないな。なのはもそう思うだろう?」

「うん、どれだけ力や心が強くても仲間は大切だよ。だって、一人じゃ寂しいもんね」

「そうだ。うむ……その通り、一人は寂しいものだ」

しみじみと呟いたおてんこの言葉には世紀末世界に来た少女の影響があるのだが、その事はおてんこ以外知らないままだった。そして彼らは行動を開始、それぞれの戦場へ赴いた。


新暦67年9月18日、21時56分

フェンサリル北西部、聖王教会支部……近くの森林地帯にて、マキナとアギトは教会近くの森林地帯でヘビやキノコなどをキャプチャーしながら夜を待っていた。

「ぷはぁ……また食いたいな♪」

「最近、ヘビとか食べ慣れてきている自分が悲しく思えてきた……」

「最近の目標はツチノコを食べる事です」

「うぉい!? 食べるために幻のヘビのキャプチャーを考えるとか、どこかのUMA探求クラブがブチ切れるぞ!?」

「でも昔誰かが食べて、美味すぎる! って叫んじゃうぐらい絶品だったという記述を見てから、その味に興味が湧いて仕方ないんだよね」

「あぁ……姉御が段々ワイルド食材マニアになっていく……。付き合うこっちの身にもなってくれ……」

「でも美味い食材に出会える喜びはあるでしょ?」

「確かに美味いけどさ! キャプチャーした物ばかり食ってると時々文化を忘れるっていうか、野生に返ってる気がしちまうんだよ! アタシ、融合騎なのにだぞ!?」

「別にいいじゃん、人生は短いんだから色々チャレンジしたってさ。っと、潜入の時間だ。行こう」

「おい、話はまだ……って、あ~もう……わかったよ!」

釈然としない気持ちだが、これ以上騒ぐと見つかるかもしれないため、アギトはひとまずこの話題を胸の底にしまってマキナの服の中に隠れる。そして二人は森林地帯から抜け出て、草原の中にそびえ立つ聖王教会へと潜入を開始した。

「ん? なんか霧が出てきたね……潜入には好都合かな」

「砂漠から来たせいか、ちょっと寒いけどな」

霧の中の教会は荘厳というより不気味な雰囲気を醸し出しており、教会らしい清潔さなどは微塵も感じられなかった。ブルッと身震いするアギトを服の中にしまい、マキナは念の為にレックスを右手にデザートイーグル、左手にスタンナイフのCQCフォームで展開させながら、裏口の扉をピッキングで開けて滑り込むように教会内部へ入る。
中はミッドチルダの教会本部と似た造りだが、細部が微妙に異なっており、更に言えば教会本部より表向きの規模は小さめであった。建設途中という事もあって所々に作りかけな様子が垣間見えるが、大まかな建設は既に終わっていた。

「お? この部屋は物置みたいだ」

「目立たないように修道服でも着とくか?」

「う~ん、着替えないけど一応手に入れとこっか」

という訳で物置にあった女性用修道服の一着を、サイズを確かめてからデバイスに収納した。かつて世話になっていた頃に修道服を着た事があるため、少しだけ懐かしい気持ちになりながらもマキナは先に進んだ。

少ないけど巡回している騎士やシスターに見つかる愚を犯さずに、マキナはあらかたの部屋や礼拝堂などに足を踏み入れては調べていく。そして……いくつか並んでいる同じ様相の小部屋の一つにあるタンスが妙に軽い事に気付き、それを動かすと裏に地下へ通じる階段が見つかった。

「いかにも、って雰囲気だ。さて……鬼が出るか蛇が出るか、この目で確かめるとしよう」

地下に潜る階段はかなり長く続いており、降りていくごとに周囲は人の手が入った洞窟のようになっていき、まるでカタコンベのようになっていた。至る所から死者の思念が不気味にこちらを見ているように感じたマキナ達は背筋に冷たい汗が流れながらも、激しく鼓動する心臓を落ち着かせながら歩を進める。やがて一番下にたどり着いた彼女達はその先の空間を見た瞬間、あまりの惨状に言葉を失った。

死体。
死体死体死体。
死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体。

床、壁、天井……あらゆる場所に死体が埋められていた。手を伸ばしてもがき苦しむ姿、恐怖に打ち震えた表情のまま朽ちた姿、絶望に嘆き悲しむ姿……それらは視覚に入れるだけで、だだっ広い空間のあちこちから呻き声の幻聴が聞こえてくるぐらいだった。

「な、なんだよ……!? なんなんだよ……!? これ……!?」

「クッ! なんて、惨い……!」

部屋中に充満している血の甘ったるい鉄の臭いに、マキナとアギトはたまらず口を押さえて溢れ出る吐き気を辛うじて耐える。現実離れした惨状を見て多大な精神的ショックを受けながら、それでも真相を確かめなければ犠牲者は増えると考え、彼らの躯が眠る土の上に足を踏み出そうとした。

「ほう、こんな所に客人とは……興味深い」

「!?」

だが突如、地獄の底から響くような低い男の声が聞こえ、見つかってしまったと思ったマキナはすぐに声の方へ身構える。直後、部屋の奥にある扉が開き、中から現れたのは……顔が白く焼けただれ、黒コートに黒スーツ、黒いテンガロンハット、黒い手袋、黒いアイマスクを着け、レバーアクションライフルを腰に携えた男だった。

その男を見た瞬間、マキナとアギトは本能的な恐怖を抱いた。幽霊のようで人間とは思えない容姿もそうだが、何より暗黒物質が宿ったその男の全身から溢れ出る圧倒的な気迫に精神が飲み込まれかけたからだ。

「(アギト、服の中に隠れて。隙を見て逃げるんだ)」

「(待ってくれ、それじゃあ姉御が!?)」

「(私は大丈夫。とにかく今は大人しくしてて)」

「運が良かったな、女。今日の私は機嫌が良い」

「へ、へぇ……機嫌が良いなら何よりだ。それならサービスで何か興味の湧きそうな話でもしてくれる?」

「トボけた女だ、良いだろう。特別に私の“鬼”を少しばかり教えてやろう」

そう言うと男はマキナが抵抗した所で何の障害にもならないと言わんばかりに背を向け、来た道を歩いて戻っていく。確かにその一見無防備な背中に攻撃するのは簡単かもしれないが、向こうが隠している手がわからないため、迂闊な行動は自分の首を絞める事に繋がる。苦渋の表情を浮かべ、マキナは一応何が起きても動けるように警戒しながら彼の後を追った。

「お前は私を知らないだろうが、私はお前をよく知っている。全ては“報復”で繋がっているのだ」

死者の部屋を抜けた先には、管理局本局と同じ造りの通路や扉があり、管理局を含めたあらゆる勢力の技術がここに集っている事を否が応でも感じさせた。

「英語で話している時点で察せると思うが、私は地球で生まれ、そして一度死んでいる。“毒蛇(ヴェノム)”にやられたせいでな」

「……毒蛇……?」

「私の報復は完全には為せなかった。だが私の報復心は潰えていなかった。肉体を消し炭まで焼かれ、世界から完全に消滅してもなお、報復心はより強大となって再起を図った。その怒りは世界を越え、星々を越え、そして……銀河の果てに君臨する“彼ら”に届いた」

「彼ら……? 彼らってヴァランシアのこと……?」

「彼らは私の肉体を灰から蘇らせ、新たな力を与えた。世界をありのままの姿で存続させるために。だが地球は“愛国者達”の手で変わり果てていた、もはや彼の世界のシステムを完全に消し去る事は出来ない。だが“外側”にあった力ならば、それを壊し、覆す事ができる。しかしその力を持つ者どもは、嘆かわしい事に“愛国者達”と同じ思想をしていた。それでは世界は緩やかに滅びを迎えるという事もわからずにな。だから私は管理局に“寄生”し、利用する選択をした。そのための手土産として、私は“虫”を使った」

「虫?」

「蘇った際、私の身体に宿っていた“虫”もまた復活したのだ。だがその復活は完全とは言えず、かつての猛威は振るえそうになかった。しかし放射線以外にも虫を変異させる方法が見つかり、それを上手く用いれば以前の虫を越える力を発揮できる可能性があった。そして生み出した“虫”は二つ……一つは肉体と精神を支配するウイルス兵器としてバラ撒く“虫”。もう一つは感染者を変貌させて力を与える“虫”」

前者はSOPのように注射する必要がなく、相手が無自覚のまま生殺与奪を得られる。後者は感染した人間の自我を奪い、髑髏のように意思の無い兵器にする。ヴァランシアが色んな世界から人間を拉致したのはその虫の効果を実験していたからで、さっきの部屋の死者達はその実験の犠牲者であった。

「管理局はまんまと喰い付いた。自分達の権威をより強固で完全なものとするために、『世界浄化虫』を完成させることを求めた。彼らはリンカーコアの有無を識別し、母語をミッド語に書き換え、強制的かつ本能的に従わせるコードを組み込むことを望んでいた。更にそれを知った聖王教会の一部勢力は私にこういった研究開発を行う場所を提供する対価として、聖王というただ政治に利用されただけの女を信仰するコードを入力するように言ってきた」

「魔導師の素質があれば、本人の意思に関わらず管理局に取り込む。それ以外の人も管理局に抵抗する意識を持てなくなるってことか。しかも洗脳まがいの方法で聖王を信仰させる。相変わらず次元世界の人間はどこまでも自分勝手だ……でも母語を書き換える意味は一体……?」

「言葉とは……奇妙だ。言葉が変わると、人も変わる。性格、ものの考え、善と悪……私のように戦争で“外見”を変えられるよりも深く。言葉は人を殺す。その世界に生まれた自由を殺し、歩んできた道を殺し、進むべき道を殺す。人々はその時代に殺されたまま生かされる。そして世界は“ゼロ”になる。管理局と聖王教会はただ効率的に支配するための、便利な武器としか思っていない。彼らの言葉を奪えば、内側から支配できるとな。だから安易な思考のまま、私に力を貸す。それは諸刃の剣として自分達を襲う可能性がある事に気付かずに」

「?」

「既に見抜いているだろうが、私はアンデッドだ。生前の自我が残っている理由は不明だが、記憶に損耗が生じないのは都合が良かった。さて……もし“虫”のコードに吸血変異を組み込んだら……果たしてどうなると思う?」

「感染した全ての人間が……アンデッド化する?」

「半分正解だ」

「半分?」

「変異したとはいえ、“虫”に暗黒物質を運ぶ能力は備わっていない。そして暗黒物質が無ければ、吸血変異は完全に働かない。その状態で変異を起こそうとすれば、アンデッド化とは別の変異を起こす事になる。例えば不死に近い再生能力を備えていながら、破壊衝動が暴走して狂戦士になったりな」

「再生能力……? まさかエクリプスウイルス……?」

「しかし私はイモータルの手は借りたが、全ての人類を変異させる事は本意ではない。銀河意思の目的は銀河の存続。それが確約されているのならば、人類の滅亡も取り下げられる。過剰な力を持つ存在がいなければ、人類がイモータルに襲われる事は無くなるのだ。そして今の時代、人類で最も強い力を持っているのは……」

「魔導師……それを有する管理局と聖王教会……」

「だが彼らの力、特に管理局は大きくなりすぎた。彼らは世界を滅ぼした罪を負った。そう簡単には人類の滅亡を取り下げてくれるはずがない。だから私は決意した。全ての魔導師を殺し、それを対価に人類を滅亡から救うと」

「だから魔導師を全てアンデッド化させて、銀河意思を納得させるつもり?」

「それだけではない、魔導師の力の根幹を為すミッド語とベルカ語も同時に殺す。魔法に関わるだけで変異すると遺伝子に刻み込むのだ。魔導師を基とする組織が、知らず知らずのうちに魔導師とそれに関わる者だけを効率的に殺す兵器を作り上げるとは……良い皮肉だろう?」

「作った張本人が言うこと……? でも、魔力を持つ全ての人間を犠牲にしないと、人類が救われないとは、ちょっと納得できないんだけど」

「では訊こう。お前達は銀河意思を相手に抗い続ける事が生きることだと考えているが、それをお前達の子や孫、子孫にも背負わせるのか? 十年後、百年後、そのまた未来の人類に、イモータルと永遠に戦い続ける運命を背負わせるのか?」

「それは……」

「お前のようにアンデッドと戦える人間はまだいい、抗う力があるのだからな。しかし何の力も無い“普通”の人間はどうだ? イモータルが襲撃する度に彼らは為すすべなくアンデッドにされる、大勢な。例えばイモータルを浄化するまで犠牲になった人間は、百年経ったらどれだけの数になると思う?」

「……」

「答えられまい? 当然だ、規模が大き過ぎるのだから、数えられなくて当たり前だ。ではわかりやすく教えてやろう。私のやろうとしている事は、十万人の魔導師を今犠牲にして将来アンデッドにされる十億人を救う、という事だ。どれだけ努力して他者を救おうとしても、零れ落ちる命は確かに存在する。一日で一人か二人程度の数でも、千年も経てばその数は膨大となる。目先の死ばかりに意識を取られていては、救える者も救えなくなるぞ?」

「……でも……その十万人を犠牲にしないと、十億人を助けられないと決まった訳じゃない。両方を救う方法だってあるはず……」

「おや、まだ理解出来ていないようだな。では十億人が人類全てだったらどうなる? 十万人を今すぐ捨てなければ、未来で必ず全ての人類が滅亡する場合はどうだ?」

「ッ……」

「答えが出せなければ、所詮その程度の人間だったという事だ。尤も、この問いに答えを出せる人間は大なり小なり何かしらが壊れているとも言えるがな」

そう言って嘲笑する男に対し、マキナは下を向いて俯く。しかしそれは答えられないからではなかった。

「……壊れている、か。じゃあこの“答え”が浮かんだ私は、何かが壊れているのかもね」

「ほう? お前は答えが出せるのか。興味深い、言ってみろ」

「私の答えは簡単だ。人類なんていつかは滅亡するんだから、見ず知らずの他人より大切な人が出来るだけ長く生きられるように自分の命を捧げる。だから十万人も十億人も、結局私の答えには関係ない。人類の滅亡なんてどうでもいい。大切な人だけ生きていれば、私はそれでいい」

「究極的に自分本位の答えだな、それは。しかし答えを出せた時点で、お前は“こちら側”の人間だ」

「そう、私の本質は結局ろくでもない物なのさ。でも、それがどうした?」

「開き直ったか?」

「違うね。ろくでもない本質でも、考え方次第で如何様にも変わるだけだよ。ま、今回の場合は大切な人が犠牲にされる側に入っている以上、他の人類は見捨てるかもね」

自嘲気味に笑うマキナの様子を、服の中に隠れているアギトはどことなく不安げに見つめる。彼女は最近のマキナから不安定な精神というか、どこか壊れた本質が垣間見える事が多くなっている。この髑髏顔の男の問いを跳ね除けたのはいいが、その分マキナが更に壊れていく姿を、アギトは自分の事の様に痛々しく感じていた。

「クックック……中々面白い壊れ方をしているな、お前。失くしたものを憎しみではなく、他者の精神で緩和している。お前は“鬼”ではない、どちらかと言うと“影”に近い」

「フッ、(ファントム)ね……。それで? 話を戻すけど、そういう貴様はそもそも何を目的にしている?」

「全ての世界を“報復心”で満たし、魔導師という存在をこの世から消し去る事で銀河意思の手による滅亡から解放する。今も膨れ上がる管理局に反発する“報復心”を起爆させ、全ての世界は魔導師という共通の敵を持ち、過去現在未来の自由と独立、平和を勝ち取るだろう。私が作り上げたのは『世界浄化虫』などではない、魔法や吸血変異の支配から解き放つ『世界解放虫』なのだ。世界はありのままでいい。第三者の手による管理なぞ、世界には必要ない。確かに管理世界は共通の“味方”を喪い、分裂するだろう。そして世界は自由になる。だが人々は苦しむはずだ、『幻肢痛(ファントムペイン)』に。世界には新しい共通存在が必要となる。それが『メタルギア』だ」

「メタルギア? なぜここでメタルギアが出てくる……?」

「ふむ……お前はアルカンシェルと呼ばれる大量破壊兵器は知っているな?」

「空間を歪曲させて、範囲内の物質を分子に分解して消し去るという……管理局最強の魔導兵器でしょ?」

「そうだ。核を越えて世界を破壊する力を持つ、管理局の力の象徴とも言える兵器。本来は次元航行艦に搭載させて使用する大型兵器だが、これを小型化して搭載したメタルギアを全ての世界に売り渡す。拡散したソレが世界と世界を隔たりなく等号(イコール)で結ぶ、平等にな。他には何も共通存在はいらない。あらゆる世界の勢力は互いを認め合うしかなくなる。人々は自らの痛みを飲み込んで、失われた手を互いに繋ぐのだ。『世界はひとつになる。その為の戦争は平和である』」

怨霊の如き憎悪が込められた宣言に、無意識の内に気圧されてたまらず一歩後ずさるマキナ。ともかくこの男の計画を簡単に示すと、魔導師を“虫”で、管理局を“報復心”で殺す事で全ての世界を個々に分裂させ、それぞれ世界を滅ぼせる兵器を所有する事で互いが互いを侵略しないための“抑止力”とする。いわば国と国の間で働く核抑止論の規模を大きくし、世界と世界の間で働くという形にする訳である。

魔導師や魔法に関わる者は全て変異するという犠牲こそ払うが、その代わりこの抑止が崩れない限り、生き残った者達にイモータルが襲撃してくる事は無くなる。彼らの死を以て、人類の滅亡は回避される訳だ。

彼の話を聞きながら通路を歩き続けたマキナ達は、やがて次元航行艦が一隻入れるぐらい広い空間の上を貫く連絡橋へたどり着いていた。眼下には巨大な重火器やレールガンらしきものの部品が置かれており、中央には分解された巨大な二足歩行兵器が鎮座されていた。

「あれは……もしかして写真にあった……?」

「世界が進化した“サヘラントロプス”を知るとき、終末時計の針はゼロを踏み越えて動き出すのだ。サヘラントロプスが、その偉大なる第一歩をこの大地に踏み打つ。それは言葉、文化、歴史、権利を蹂躙された全ての世界の、独立を知らせる鐘なのだ」

「サヘラントロプス……それが新型メタルギアの名前か。……じゃあ今見えている兵器は一体何に使うつもり?」

「一言でいえば部品だ。元はメタルギアZEKEと呼ばれた二足歩行兵器だったが、長年海底に沈んでいた影響もあり、そのままでは使い物にならない。しかし今の時代でも特筆すべき武装が搭載されてあるのも事実。だからそれを再利用してやろうというのだ」

「ZEKE? その名は確か日本の零戦に米軍が付けた呼称でもあったような……ん? これってゼロを踏み台にサヘラントロプスは立ち上がる……そういう意図も込めていたりする?」

「中々察しが良いな。お前とは想定外に面白い話が出来たが……時間だ」

「ッ……!?」

刹那。迫りくる殺気に気付いたマキナは背後から振り下ろされたマチェットの刃を横っ飛びで回避した。気づけば通路の両端に髑髏が全部で4体現れており、挟み撃ちの状況に追い込まれていたのだ。

「貴様……いつの間に!」

「侵入者に容赦は必要ないだろう? 私の“鬼”を教えてやったのは、ただの興味に過ぎない。だが安心しろ、辺境伯がお前に執着を抱いている。見つけ次第自分の所へ連れて来いとの事だ。尤も……生死は問わないがな」

直後、この場にいる髑髏がマキナを仕留めるべく動き出す。一方でマキナもこの髑髏顔の男さえ倒せば後は全て上手くいくと判断、バリアジャケットを展開して一直線に向かう。

「邪魔だッ!!」

まるでワープしたような速度で跳躍した髑髏が振り下ろしたマチェットを、レックス・スタンナイフで防いだマキナはそのまま流れるようなCQCで強奪、逆に相手の胸元に刺し返す。普通の人間ならば致命傷であるそれを受けても髑髏は生きているが、マチェットを引き抜こうとしてふらついていた。時間稼ぎは十分、すぐに髑髏顔の男へデザートイーグルの銃口を向けて発射。エナジー入り魔力弾は別の髑髏が身をもって防いでしまったが、それを目くらましとしてマキナは低い姿勢で接近、CQCを仕掛ける。

だがその動きは男に見抜かれていた。男はCQCを仕掛けてきたマキナの位置を正確に計算し、彼女の腹部にライフルを撃ち込んだ。男を掴もうと伸ばした手は空を切り、マキナは銃弾の衝撃で後ろに押されてたたらを踏む。攻撃箇所に何か異常を感じた彼女は左手で腹部を押さえ、べっとりと湿った感触に気付く。

腹部から大量に出血していた。ボタボタと血が流れ、マキナの足元に血だまりが作られていく。

「バリアジャケットを……貫通した……? いや、魔力だけじゃ……ない。エナジーまで、削るなんて……! な、なぜ……!?」

「銃そのものは特別ではない、銃弾を特別製にしているだけだ。私しか製造法を知らない特別な弾丸をな」

「“虫”に感染せず……“報復心”に狙われない魔導師を……直接殺す、ための武器か……! ぐはっ!」

吐血して立つ力を失い、マキナはたまらず膝をつく。そんな彼女に髑髏が近づき、右腕と左腕を掴み上げてしまう。無力化された彼女に男は靴音を立ててゆっくりと歩み寄り、ライフルの銃口で彼女の顎を上げて男の姿が見えるようにする。

「特別ついでに教えてやろう。“虫”のおかげで私は管理局に“寄生”は出来た、しかし最初は個人で組織を動かす力が無かった。私には虫以外にもう一つの力が必要だった。そのために……君達を利用した」

「利用……? どういう……意味……?」

「13年前……ニダヴェリール、アクーナ。その地で古より呪われし闇の書が転生し、お前の父親に“寄生”した。だが……それは偶然ではないのだ」

「え……!?」

「闇の書の転生先はランダムではない、ある存在によって秘密裏にコントロールされていた。銀河意思こそが、次に寄生する先を決めていたのだ。13年前は私の計画に賛同した銀河意思が闇の書をエックス・ソレノイドの下で起動させ、完成後は私の手に渡るように仕組んでいた。尤も……予期せぬ抵抗を受けて闇の書は再び転生してしまったのだが……ニダヴェリールを管理下に置く功績は手に入れられた」

「ッ!? じゃ、じゃあ……父さんと母さん、シャロンやアクーナの皆をあんな……酷い目に遭わせ、私を11年間……地獄に落とした全ての元凶は……!!」

「お前の考えた通りだ。13年前の闇の書事件でニダヴェリールを戦場にしたのは、この私だ」

衝撃の事実を告げられ、マキナの目に抑えがたい憎しみの炎が蘇る。自らの目的のために彼女が大切に思う人達の故郷を犠牲にしたと言うこの男に対し、許せないという感情が湧き上がってきた。

「闇の書の入手は失敗したが、お前達の犠牲のおかげで私は別の力を手に入れた。それと副次的だが、新たな“報復心”を植え付ける事も出来た。部下の死に責任を抱き、闇の書に報復する計画を練り上げた上司(グレアム)父親(クライド)の犠牲に力不足を嘆いた母親(リンディ)息子(クロノ)。そして母親を含む全てを奪われたお前。“時代”は常に人の報復心で動かされているのだ」

「ッ……!」

「それからも私は水面下で活動を続けた。今度こそ確実に我が物とするべく、闇の書の次の寄生先(八神はやて)が天涯孤独の身の上になるように手を打ち、“報復心”を持つ者にリークして代わりに監視してもらった。覚醒を含めた事案が終われば、最終的に私の下へ渡る計画を用意したのだ」

「八神も……!?(確か八神の両親は事故死だった……いや、そうなるように仕組んだのか……!? 考えてみれば、あのジジイ(グレアム)が広い次元世界で八神を見つける事自体おかしい。言い換えれば、砂漠の中で一粒の砂を見つけるようなものだ。じゃあやっぱり……!)」

「計画こそあの少年(サバタ)のせいで失敗に終わったが、結果を見ればむしろ好都合だった。私がわざわざ手を下さずとも、お前達は管理局への“報復心”を増大させる手助けをしてくれた。お前達の行動は全て、私の計画への協力でもあったのだ」

「全部、貴様の思い通りだっただと……! ふざけるな! 私は……私達はサバタ様の遺志を受け継いで、未来に命を繋ぐために戦ってきた! それは決して、貴様なんかのためじゃない!!」

「何とでも言えば良い、所詮は負け犬の遠吠えだ。私が植え付ける報復心は人々の体内に寄生する。もう誰も消すことは出来ない。サヘラントロプスが報復心を未来にうち放つのだ」

「キサマァアアアアアッッ!!!!!!」

――――ズドンッ!!

一発の銃声の後、血飛沫で床が真っ赤に染まった……。
 
 

 
後書き
ホワイトブラッド:MGS4より。装置で腎臓透析を行わないと自家中毒に陥ります。
ペシェ:ゼノサーガより、アルべドがモモに付けた呼称。
XOF:MGSVより。ここにあるのは新生XOFなので、本来のXOFとの繋がりは指揮官以外ありません。
ツチノコ:MGS3より。これを捕まえると無線先が非常に喜びます。
メタルギアZEKE:MGSPWよりMSF製メタルギア。MGSVでは放置されたままなので利用させて頂きました。
メタルギア・サヘラントロプス:MGSVよりソ連製メタルギア。蛇腹剣のような武器を突き刺して地面を隆起させる攻撃の迫力は凄すぎます。


スカルフェイスの残虐性を示すにはかなりエグイ事をやる必要があると思ったんですが、なんかやり過ぎた気もします。すみませんでした。 
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