パパは不審者
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5部分:第五章
第五章
「それが一回もなかったんだぞ。凄いだろ」
「それが普通だけれどね」
「髭を剃って髪を伸ばしただけでそうなったんだぞ」
「だって。あの外見って」
「あの外見か?」
「そっちの筋の人にしか見えないから」
桃子が言うのはだ。ヤのつく文字の仕事の人間だ。少なくとも一般市民から見れば何かあると通報しなければならない人間だ。
「だからね。それを変えるだけでよ」
「違うのか」
「そうよ。あれじゃあどんな服装でもよ」
「通報されるか」
「見る人も警察も馬鹿じゃないから」
これはまさにその通りである。見る者は見るし警察も勤勉だ。
「普通に通報されて当然だから」
「それでか」
「それでよ。それで後はね」
「ダイエットか」
「それで痩せたら全然違うから」
こう父に話すのだった。
「早く痩せてね。いいわね」
「ああ、わかった」
「お父さん大きいから」
ここで言うのは身長のことである。
「それだけで目に入るし」
「しかもか」
「そう、おまけに太ってたら余計にね」
「目立つか」
「悪い意味でね」
目立つのにもいい場合と悪い場合がある。桃子がここで言うのは悪い場合についてであった。非常にシビアな見方ではある。
「そうだからね」
「だからか」
「そうよ。痩せたらそれが変わるから」
「だといいがな」
「はい、じゃあ痩せてね」
桃子は強い言葉で父に言う。
「それじゃあね。頑張ってね」
「ああ、それじゃあな」
こうしてだった。益男はだ。ダイエットにさらに励んだ。
そしてその結果だ。彼はだ。
腹が引っ込み身体全体がすらりとなった。そうなるとだ。
「あれ、あんな人いたかしら」
「ちょっと歳いってるけれどよくない?」
「すらりとしていて背も高いし」
「顔もいいし」
「いけてるわよね」
町内のおばさん達がだ。益男を見て話すのだった。
「あんな人いたのね」
「この町にいるのね」
「今まで気付かなかったわね」
「そうよね」
こう話すのだった。彼のことは評判になっていた。
そしてだ。家でもだ。
桃子が満足した顔でだ。その見違えた父を見てだ。こう言うのだった。
「どう?今も職務質問される?」
「いや、もう全然な」
それがだ。なくなったというのだ。今の父はだ。三十代半ばというよりは二十代半ばのだ。特撮俳優みたいな外見になっていた。
その彼を見てだ。娘は話すのだった。
「そうよね。その外見じゃね」
「人間外見が変わるとこうも違うんだな」
「っていうかね」
ここで娘は父にこう言った。
「あれよ。あまり怪しい外見だとね」
「職務質問されるのか」
「普通の外見だったら問題ないのよ」
娘は真剣に話す。
「ところが。怪しいとね」
「皆がか」
「そういうこと。通報してね」
「だから今までか」
「じゃあ聞くわよ」
例え話をだ。してみせた。
「街中に特撮ものの悪役がうろうろしていたらどうする?お父さんは」
「すぐにヒーロー呼ぶな」
腕を組んでだ。考える顔になって娘に話した。
「それか警察か自衛隊な」
「そうでしょ?そういうことなのよ」
「お父さんは怪人扱いされていたのか」
「極端に言えばね。わかったわね」
「わかった。あまり風貌が怪しいとか」
「そういうこと。これからも気をつけてね」
真面目な顔で父に話す。
「また通報されたら厄介だからね」
「そうだな。じゃあこれからはな」
益男からだ。今度は自分から言った。
「服装も。気をつけるか」
「具体的には黒いスーツとか止めてね」
桃子はここでも念頭に頭にヤのつく人達を想定していた。
「カジュアルによ」
「わかった。それじゃあな」
こうしてだった。益男は不審者から脱した。そうなるのは考え方一つによってだった。しかしそこまでなるのにはだ。娘とこんなやり取りがあったのである。人間というものはこうしたことでも中々難しいものである。
パパは不審者 完
2011・3・3
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