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とある科学の傀儡師(エクスマキナ)

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第10話 眼

 
前書き
申し訳ありません!
今回は、通常の話よりも長いです!

分割も考えましたが
物語の展開上、この話で収めたかったです

本当にすみません
 

 
白井を人傀儡にする。
身体に染みついた造形師としての技術がサソリの思考演算を見せる。
時空間忍術が使えるから、いつでも好きな時に呼び出したり、片づけたりできるかな
起爆札を仕込めば、奇襲爆発を仕掛けることができるし、腕に口寄せの術式をして傀儡を瞬間的に出せるようになれば戦術の幅は広がる。
あの二股の髪に毒を仕込めば、それなりに武器としても役に立つ。
それに忍向きの小柄な体型をしている
あの子供のように起伏が少ない身体なら敵の目を欺けそうだ。

白井が聴いていたら、ぶん殴られそうなことをブツブツ呟いている。
二階への階段を見つけるとサソリは、通り過ぎそうになる足を一旦止めて、向きを変える。
頑丈さを確認するように蹴り込んだ。大丈夫そうだ。

ここでの人傀儡の第一号は、コイツかな。
改造する前に、どうやって時空間忍術を使っているか吐かせないと
何か特別な条件があったかな?
時空間忍術は、術の難易度では難しい部類に属し、使い手となる忍の数はそんなに多くなかった。
こんなことになるんだったら、しっかり下調べしておくんだった……
ちょっと後悔した。
人傀儡においてサソリが重要にしていること、術の精度もあるが、見た目もそれなりにこだわる。
変な傷跡があるのは、自分の芸術に反する。
ある程度であれば自分で修正することができるが……

そこでサソリはサッと顔色が悪くなる。
「あっ!!しまったデイダラみたいな奴だったらまずい!」
かつてコンビを組んでいた相方の術を不意に思い出して、サソリの中で最悪の場合を想定した。
爆発による損壊により人体が修復不能に陥った場合だ。

何度、アイツの爆発で有用な資源が壊されたことか……
『旦那ぁ、芸術は爆発なんだぜぇ!』
と頭の中でお決まりのセリフを回想するが、長らく会っていないので口調が合っているか分からなくなっている。
サソリのかつてのコンビ「デイダラ」は、主に爆発系の術を使い、爆発の一瞬の美に執着する芸術家である。
粘土自体は、人傀儡作成のためにサソリもそれなりの知識はあるが、同じ芸術家であるデイダラには一目置いている人物だ。

サソリは階段を駆け上がると、呑気に考えていた自分の頭を責めた。
「クソ!それはさせんぞ」
階段を登り切ると、サソリは聴覚を頼りに左右の部屋を眺めた。
左か
サソリは腰を落として、足に力を込めると一気に駆け出した。
通路を曲がると直線の廊下の端っこに不良風の男と倒れている白井が映った。
よしなんとか五体満足みたいだ。
少し安堵したが、傷だらけの白井の後ろ姿に軽く不良男にイラッとした。
間合いを詰めるように音もなく、サソリは二人に近づいていくが
白井の姿が一瞬で消えて、上の階へと移動する音が聞こえる。
「うわ、逃げたか」
「あ!?」
サソリと白髪のチンピラは上を見るという動作が被り、不良の男は驚きながら後ろを向いた。
白髪のチンピラ風の男がサソリの方を振り向きながら睨みを利かす。
「なんだてめえ」
サソリのジト目が一層強くなる。
白い髪に見開いた目、所々抜けている数本の歯……芸術とは程遠い出来だ。

うーん、オレの傀儡コレクションには入らねえかな……でも全くないよりはマシかな

上に移動した音を眺める。取りあえず白井は生きているようだ。
「お前が?」
さっきのチャクラ反応はコイツ?
忍とは世を忍ぶ者。
あんまし戦闘も期待できそうにないかなー。
と考えていると白髪のチンピラが拳を振り翳して、サソリを殴りつけるように近づいていた。
サソリは拳の軌道を見て紙一重で躱そうとするが
「ん?」
チンピラの腕があり得ない角度で曲がり始めてサソリの顔面に綺麗に入った。
「!?」
躱せたはずの攻撃を躱せなかった。サソリの頭は少しごちゃごちゃし始めた。
顔面にクリーンヒットの拳がさく裂しサソリ吹っ飛び、コンクリートむき出しの壁に叩きつけられる。
「邪魔だ」
チンピラの男がサソリに近づいて、二度目の攻撃を開始しようとする。
サソリは外套を掴まれて、持ち上げられる。やはり持ち上げた腕は奇妙なうねりを持っている。
「軟の改造ではなさそうだな……幻術の類か」
攻撃方法は単純だが、これは解いておかなければ。

御坂や白井に殴られるとは違う……サソリにとっては、久々の実践形式に顔が少しだけ綻んだ。
そして同時に両指からチャクラ糸を飛ばして周囲の様子を探る。クモの巣よりも細く弱い糸を出して、人間の動作に連れられてブチブチと切れていく。
やはりコイツの周囲だけ光の進み具合がおかしいな。と分析しているが、チンピラは構いなく二撃を加える。
サソリは、咄嗟に感じ取った軌道上に腕を持ってきて受けきり、掴んでいる不良の関節を逆方向へと捻り上げた。
「がああ!?」
不良の男は、外された腕を抱える。
サソリは不良の男から腕を外して、距離を取った。
不良は、ポケットから折りたたみナイフを取り出してサソリに切りかかろうと前に突き出してくるが、サソリは切れていくチャクラ糸の軌跡を感じながら周囲の情報を総合して、ナイフの軌跡を探っていく。
サソリは少し広めに身体を構えると自分の触覚に集中した。頭をほんの少しだけ傾けてナイフの刃を自分の頬へと受け流す。
サソリの頬が数センチ切り裂いた瞬間にサソリは開いていた構えを解いて、腕をナイフに沿うように腕を滑らせる。少し通常とはズレた角度に向けて拳を突き出した。
不良のナイフがより傷口を大きくしていく角度を読み込み、足を一歩踏み込む。

あとは、少し上に向かせながら弧を描くように

視覚上では肩の上で何もないが、拳がグニャリと曲がり不良の顔面に叩き込んでいた。
「さすがに腕の実態上をすべらせりゃ、顔に届くだろう」
「ぐあ!?」
サソリは掠めた頬の傷口に手を当てて、血を拭うとその血を舐める。
衝撃を受ける覚悟がある者と無い者の差は大きい。
サソリは、致命傷を避けるための最低限の動作をしていたが、最後には軌道を正確に知るためにワザと攻撃をもらう覚悟をしていた。
しかし、戦っている相手は能力により自分に当たるなんて露程も考えていない者にとってインパクトの瞬間に受け身が取れずにサソリの拳にひっくり返った。
「解!……?」
サソリは印を結んで自分に掛けられたハズであろう幻術を解こうとするがうまく行っていない。
チンピラの男は、起き上がるとナイフを手に取ってサソリを刺しにかかる。

狙いは腹部か

「面倒だが」
サソリは、再びチャクラ糸を張り巡らして刺激に備えるべく忍の構えを取るが。
喉元で鉄の味が広がる。
先ほど流した自分の血だ。
味は口元まで上がってくると、サソリの口からあふれ出した。
赤黒くなった血液がサソリの口からとめどなく流れ出ている。
「ぐ!?」
何が起きた?
強烈な目眩がしてサソリの構えに乱れが生じる。
もはや攻撃に備える余裕はなく、口から血を何度も吐き出した。
しかし敵はサソリの不調を気にする素振りを見せずにサソリの脇腹へとナイフを突き立てて力任せに蹴り飛ばした。
「!?」
サソリの肉体は一瞬だけ浮くと、コンクリートの柱に頭を打ち付けた。
痛みと苦痛で顔は歪み、外套には血が滴り落ちていく。
不良は、ゴボゴボと咳をして動かなくなったサソリを尻目に三階へと上がって行った。
「あばよ。よくわからんガキが」

サソリは未だに血が滴り落ちている口を押える。
「……気持ち悪い」

強烈な吐き気だ

頭を鈍器で殴られたかのような痛みもあり、サソリは丸くなるように屈んだ。
脇腹に刺さったナイフを手で確認する。差し込み口から捩じるように刺さっている。
こりゃ、下手に抜くと大量に出血するな。
サソリは傷口に手を掛けるとチャクラ糸で傷口の応急処置を開始していた。
自分の身体に起きた異変に戸惑っていたが、気づいていない。

自分の双眸にはあるはずのない巴紋が浮かび上がっていることに。
攻撃の瞬間にはサソリの眼に結ぶはずのない相手の攻撃が鮮明に映り込んでいたことに……

不良は階段を上がりながら首を傾げた。
「あのやろう、一体どうやって……」
紛れもなく赤い髪をした男が、殴られることのない自分の顔を殴ったことが腑に落ちないでいた。
そして、切りつける瞬間に見せた猟奇に満ちた眼に映る自分の姿。決して結ぶはずのない自分の正面の姿が映る赤く二つの勾玉のような眼球。
「いやいや、考え過ぎた。あんなガキに構っている暇はねえ」
不良が三階に移動すると、一番広い部屋で白井は窓際に立っていた。
この女を追い詰めればこっちの気分も晴れるものだ。脇腹を抑えて立っている女に向けて余裕の笑みをみせる。

あのガキはナイフで黙らせた。俺の能力は無敵だ。絶対に負けねえ!!

そう言い聞かせると
「冥土の土産に聴かせてやろう。俺の能力」
自分のペースを守るためのいいわけだ。
レベルアッパーで手に入れた能力の凄さ、すばらしさを
白井はチンピラの男の言葉を制するように俯きながら答えた。
「周囲の光を捻じ曲げる能力ですわね……」
能力、偏光能力(トリックアート)
誤った場所で焦点を結ばせて、距離感を狂わす能力。
「ああ、そうだそこまで辿りついたことをほめてやろう」
最悪の相性だった。
白井は自分の抱いた仮設の裏付けにため息をついた。

仕方ありませんわね……
相手に当てられないなら、いっそのこと相手に当てませんよ
すでに固定されているものを使わせてもらいますわ

白井は窓に手を掛ける。
テレポートの能力としてあるのは、空間移動であるがこの時に移動させる対象と移動した先にある物体について
「移動する物体」が「移動先の物体」を押し退けて転移する特性があった。
たとえ、硬度に開きがあったとしても
ダイヤモンドを紙で切断することも容易である。
白井は逃げ回っていたのではなく、この廃ビルを支えている柱に注目し、計算するために座標情報を頭に叩き込んでいた。
コンクリートの柱を窓ガラスで切断する。
常人では考えつかないような案を出して、この場を収めようと演算を始めるが

「そういや、さっき……変な赤い髪のガキがオレにたてついたから、ナイフで刺して下の階で寝てるぜ」
という一言に白井の動きは止まった。

えっ!!?
誰かいますの……?

これからこのビルを崩壊させるのに人質を取られた気分だ。
白井の額に冷たい汗が流れていた。
予想外の状態に打開策が崩される。

先に窓を移動させて、崩れる直前に自分は階下にいる人を救出
いや、ダメだ。
二階にいるのか一階にいるのか分からない
三階の柱を切断して、救出するには時間が足らない

動きが止まった白井にニヤニヤと不良の男がジリジリと窓際へとにじり寄った。

一体、どうすれば良いですの?
市民の安全を守るはずのジャッジメントが危険に晒してしまっていることに、自分の弱さが出てしまっている
白井は悔しさから下唇を噛みしめた。

すると、廊下の視界外からガラガラと何かを引きずる音が徐々に二人の部屋に近づいてきている。
エタイの知れない緊張感に二人は身を固くした。
廊下への出入り口からひょっこり顔を出したのは、口から一筋の血を流している、顔面蒼白のサソリだった。
外套からはナイフによる殺傷によりポタポタと結構な出血をしていた。
「あー、いたいた……」
サソリの後ろから何か糸で引っ張り回されているコンクリートブロックが数個ほどサソリの後ろをついて来ている。
白井は予期せぬ人物に声を上げた
「さ、サソリ!!」
サソリは引っ張ってきたコンクリートブロックを足元へと並べると白井と不良男を見据えた。
「さて、少し白井から離れてもらうかな」
不敵な笑みを浮かべるサソリに一瞬沈黙が降りた。
いるはずのない人物。
動きようのない人物。
その二つが交錯するサソリの存在に場の雰囲気は一変した。
「あなた!何してますの?早く逃げなさい」
「そんなこと出来るか」

せっかくの時空間忍術を使うレア素材を諦めて帰るなんざ性に合わん!

え!?なぜ、逃げませんの?
このままでは……

本来、サソリの戦闘スタイルは巧妙に張り巡らした罠や武器を駆使することに特化した戦闘である。
傀儡もない、クナイのような武器もない。あるのは、この身体と指先から出せるチャクラ糸だけだった。

サソリは手ごろな大きさのコンクリート片を手に持つと、ポンポンと指先の感覚を確かめるように上に軽く上に投げ、キャッチする。
「俺が近づいたら、どうなるんだ」
ニタニタと笑いながら、サソリの動向を観察。
「単純にオレが作った罠が発動する。まあ、百聞は一見に如かずだな」
サソリは手に持っていたコンクリート片を思いっきり投げつけた。
「へえ、そんな石ころが当たるかよ」
既にトリックアートの能力を使い、間違った方向に投げたと確信した。
「け、その先は女だぜ」
「それはどうかな」
白井に当たる前にコンクリート片は何かに吸い寄せられるように曲がりだして、男の腹へと当たった。
「ぐ!?」
サソリは先ほどの戦闘でクモの巣のように張り巡らしたチャクラ糸が偏光能力(トリックアート)を使う不良にびっしりとくっついており、チャクラ感知と糸を伸縮させることで瓦礫片を当てた。
「よし!思った通りだ」
サソリは手を少し前に出すとユラユラと指先を不規則に動かす。
それに反応するようにコンクリートブロックは宙に浮きだして、狙いを定めるようにサソリの指と連動して上下左右に微震をしている。
「さてと、複数個の攻撃だとどうなるかな……」
サソリが、腕を一瞬だけ引くと指先を少し丸めたままで軽く突き出した。
一斉にコンクリートブロックがレール移動をするように不良の男の身体へと巻き取られていく。
どんなに能力の幅を強くしようが、誤った場所に焦点を結ぼうが、攻撃している本人の視覚からズレようが関係ない、糸は対象と対象を物理的に繋いで、あるべき点へと収束するだけだ。
どんなに逃げても身体を反らしてもコンクリートブロックは追尾するように不良男の顔や脇腹、肩などに一気に激突していき、壁に叩き込まれた

サソリは刺された脇腹を庇うように歩きだして白井の元へと移動する。
そして白井の顔に触れると、顎を掴んで自分が覗きやすいように白井の顔を動かした。
「な、なにをしますの?」
「これくらいの傷なら、残らねえな。あとは大丈夫だろうな」
とサソリは白井の擦り傷と汚れを指で拭い去る。
肩のようす、頭の具合等、白井のケガの状態を心配するかのように入念に視線を転がす。
まあ、白井も男性に身体を触られることには慣れていることはないので……
「気安く触るなですわ!」
「なぜ殴る?」
と白井のパンチをサソリは頬で受けるが、さきほど切られた刺し傷から血が滲みでた。
「えぇ!!血、血が」
「あー、そういえば切られたな」
サソリは手をかざしてチャクラ糸で傷口を軽くしばった。

よ、よく見たらボロボロじゃないですの
傷だらけの身体に、ヨレヨレの外套に滴る血液が床にポタポタと

「さ、サソリ!あなた」
「大丈夫だから心配すんな」
サソリは、白井が庇っている脇腹に手を伸ばした。
白井の脇腹に触れると、白井の顔が痛みで歪んだ。
「う!?」
「ん!?ここか」
サソリは反応があった脇腹を慎重に手で覆った。
「……骨に異常はねえみてーだな。打ち身だ。はぁー良かった」
患部に触れた時の反応や、負傷箇所のようすから正確にサソリは白井の状況を分析した。

「よし、目立った外傷なし。もっと自分の身体を大切にしろよ」
サソリは白井から手を放したが、そう言っている本人は顔色が白く、口から血を滴らせている。
「そういうあなたこそ」
「オレか、オレは別に良いんだよ」
と口元の血を拭う。

私のことが心配でここまで来たんですの……?

白井はサソリの行動に頭の中がこんがらがっていた。
今まで、ジャッジメントとして数々の任務と遂行してきたが、こんなに男性に心配される経験は皆無に等しかった。
白井の顔が少しだけ赤く染まった。サソリの気だるい顔を横目で見ても胸が高鳴ってしまう。

ち、ちちちちちちち違いますわぁぁぁぁぁ!
わ、私には「お姉様」という素晴らしい御方がいらっしゃるのに
こんなデリカシーの欠片もない子供になんてトキメクはずが

白井は顔を真っ赤にしながら
「わ、私にはお姉様という心に決めた人がおりますの!!」
「は?何言ってんだ?」
サソリは首を傾げていると
不良の男がさきほどサソリに投げつけられたコンクリートブロックを手に持ってサソリの後ろから振りかぶっていき、サソリの頭を渾身の力で殴りつけた。
サソリはケガにより周囲の警戒を弱めてしまい、接近に気づくことはなかった。
頭から流血を流しながら床に叩きつけられる。
サソリは倒れ込みながら、不良の男を睨み付けた。
そこには、さきほどの巴紋が浮かぶ眼が浮かび上がって、不良の男を見下すように見上げた。
「ま、またその眼」
チンピラの男は、味わったことのない恐怖が襲い掛かってきた。全てを見透かし、ひっくり返すのようなサソリの眼に身震いをした。

不良の男は、落ちている鉄パイプを掴むと能力を発動して、距離感を狂わせながら倒れているサソリ目掛けて振りかぶった。
「あっ!!」
白井は抑えていた脇腹から手を放して、サソリを庇うように覆いかぶさった。

これは一般人を守るための行動
一般人を守るための行動

白井は頭の中でそう復唱した。
決して自分本位ではない
ジャッジメントとしての使命として、身体を動かすために

「くっ!!てめえ」
サソリは倒れている状態から手だけを動かして、白井の腕を掴むと力任せに体勢を崩す。
構えていた衝撃とは違い、容易に白井は引っ張られた腕を下にして床へと寝転ばせられた。
白井が慌てて顔を上げると
「終わりだ!!」
と歪みながらも真っすぐ振り下ろされる鉄パイプがサソリを狙って振り下ろされていくのが見えた。

「あ……」
白井の目の前が白く変わっていくのが見えた。これは最悪の事態を想起していながら動けない自分の弱さの色。

相手の能力の特性から避けることも、受け止めることも難しい。
そう両者は考えていたが。
サソリの左手がまるで軌道が分かるかのように淀みなく動きあがり、鉄パイプを受け止めた。
「!?」

これにはサソリも自分の身に起こった違和感に頭を捻った。鉄パイプを持って殴ってくる軌跡と腕に伝わる感触が全て物理的に一致していた。曲がるはずの不良の男の周囲が曲がって見えなかった。
「!!?」
受け止められた不良の男に焦りの表情を見せ始める。
「どういうことか知らねえが、幻術が解けているようだ」
「このガキ!」
不良の男は、倒れているサソリの脇腹を蹴り上げた。そこにはナイフがあり、より深く、より捩じれてサソリの身体へと差し込まれる。
「がはっ!!」
サソリはゲホゲホと口から血を吐き出す。
再び、相当量の血がサソリの口から流れ出た。
ひとしきり、咳をするように血を吐き出すと邪魔物を排除するように口を拭う。
「ふぅー、すっきりしたぜ。さて……」
最後の血を吐き終わったらしく、サソリの血色は少し回復した。
サソリはキッと視線に力を込め始め、周囲に針のように突き刺さる殺気があふれ始める。
不良の男も普段の喧嘩でさえも出会ったことのない強烈な殺気に足を後退させた。
サソリの両眼の巴紋がクルクルと回転し始める。
鉄パイプを握りしめて、相手を一瞥すると徐々に立ち上がった。

違う……
コイツは普通じゃねー
今までに喧嘩してきたどの敵にも当てはまらない何かが……

サソリの凄まじい殺気を感じ取った不良の男は背中に冷たい水を流し込まれているようになり、冷や汗をダラダラと垂れ流しにした。

サソリは空いている手を自動で動かして印を結んだ。これは本人も自覚していない。

写輪眼
偏光能力(トリックアート)

サソリの姿が歪みだして、不良男の目の前に移動したように錯覚させる。
もう、不良の男の思考は冷静ではなくなった。
自分の能力を把握しているが、自分に使われるなんてことは想定していない。
全てが規格外の存在に、自分がかき消されていく。
それは、圧倒的な力で自分を叩き潰してくる「高位能力者」の存在に似ていた。

「くそぉぉぉぉぉぉぉ、こんなガキに!!」
目の前に移動したであろうサソリ目掛けて拳を握りしめて殴りかかる。
しかし、拳は無情にもサソリの頭上を通過していってしまう。
サソリは鉄パイプから手を放して身体を反転して出された不良の腕を抱えると、懐へと滑り込んで一本背負いを仕掛けた。
相手の力に自分の力をプラスする完璧なワザだった。
「がっ!!」
背中からコンクリートの床に叩きつけられ、肺から空気を絞り出されたように微かな呻き声と腕を上下させた。
サソリは、斜めに脇腹に刺さっているナイフを無造作に力任せに抜き取ると不良の喉元に当てて
「なんなら殺ってもいいんだぜ」
と冷たい声で生暖かい切っ先を滑らせた。
経験したことのない恐怖に放り込まれた不良の男は、口から泡を吹きだして意識を手放した。

どういうことですの?
白井は目の前で繰り広げられていた攻防に唖然としていた。
サソリから感じたあり得ない量の殺気の棘を直接ではないが受けていた白井は軽く震える。
怯えるという表現が正しいかもしれない。
まるで別人になったように……

「おい!大丈夫か?」
サソリが呆然としている白井の顔を覗き込んだ。
「ひゃあ!?」
「終わったぞ。たぶん殺してねえから安心しろ」
「はいですの……」
白井は素直に返した。
「反応が薄いな……あ、そうだオレの眼何かおかしいか?」
と巴紋の紅い目を光らせながら白井を視界に収める。
「どうも、変なんだよなー」
「その……赤い眼をしてますの」
「あか?」
サソリは、よたよたと立ち上がると壁際にあった割れた鏡から自分の身体に起きた違和感を見つめた。
「は?」
サソリは両目をゴシゴシと擦りながら、もう一度確認する。
「何で写輪眼が」
と呟くが次の瞬間には、ガタンと鏡にもたれかかるように全身の力が抜けて身体を動かすことが困難になる。
サソリの顔は真っ青になっていた。頭を殴られた上に脇腹をナイフで刺されている。普通でいえばいつ倒れてもおかしくない姿だ。
一切、得意の傀儡も罠もない状態での戦闘
そして病み上がりの身体に写輪眼が目覚めた。
全てが常軌を逸脱した状態である。
サソリは崩れるように倒れた。
身体が異常に冷たく、重たくなっていくのを感じた。
チャクラ糸で止血しているはずのナイフの傷跡から血があふれ出して外套にはサソリの血で満たされていき、頭からの出血が一層激しくなっていく。
「ど、どうしましたの!!?」
「嘘だろ……チャクラが切れそうだ」
写輪眼はチャクラを食いつくすように能力を発動し続けていく。
「これは、やべえな」
サソリはどうにか写輪眼をどうにかしようと身体を動かそうとするが、左右に微かに揺れる程度で好転することはなかった。
白井が目に涙をためながら、何かを言っているが……もはや聞き取ることもできない。
サソリは白井の次の動作を未来として眼に映しながら、意識を手放した。
 
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