俺達は何を求めて迷宮へ赴くのか
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37.忠
「ここは『ウルカグアリ・ファミリア』所有の工房で間違いないな。アルガード・ブロッケはここにいるか?」
「その前に、失礼ですがお名前とご用件をお伺いしても?」
「……ルスケ。あれを」
「え……ああ、スイマセン。自分、ギルド職員のルスケって言います。こっちは護衛のブラスさん。俺達ちょっとギルド上層部の指示でアルガードさんにお伺いしたいことがありましてね?あ、これ命令状です」
ギルドではファミリアに何かしらの協力を得たいときによく書類を発行する。この書類にはアズたちの貰ってきたウルカグアリの署名もあるし、護衛の存在もギルドの調べ事が施設の外で行われる際はさほど珍しいことでもない。相手の不信感を煽るほどのものではない。
ルスケの書類に目を落とした青年は、納得したように頷いた。
「そうでしたか……いや、これは失礼。ではお客様に改めまして……ここは確かに『ウルカグアリ・ファミリア』の所有する工房にございます。わたくしはこの工房を一人で切り盛りなされているアルガード様の召使い、モルドと申します」
「お前もファミリアか?」
「いえ、一般人ですよ。ファミリアにではなくアルガード様に個人的に雇われた御世話焼きです。背中を確認いたしますか?」
冒険者の背中には冒険者としての情報が書き込まれている。つまり冒険者として使える魔法、覚えたスキル、ステイタスのばらつきに至るまで全てが記録されているため、それを晒すというのは自分の手札を全て晒すに等しい。そのセリフを平然と吐けるのは、詐欺師か非冒険者のどちらかだろう。
「結構だ。それよりアルガードは?」
「工房の奥の部屋に籠られておいでです。少々お待ちください、ギルドの方が訪れたことを伝えてまいります。出来れば工房に迎え入れたいところですが、ここには応接室がございませんので……」
モルドは一礼して、無駄のない動きで屋敷の中へと戻っていった。
嘘を言ってる風には見えない、とブラスは思った。ならばアルガードがここにいる事は少なくとも確実だろう。先ほどちらりと家の煙突を見たが、炉に火が入っているのか微かに煙が上がっていた。何ならこのまま踏み込んで本人に真偽を確かめても構わないが、それはあくまで最終手段だ。
時間にして1、2分ほどだろうか。思ったより早くモルドは戻ってきた。
「お待たせして申し訳ありません」
「そ、それでアルガードさんは何と?」
「それが………部屋の内側からカギをおかけになっていまして。中から微かに話し声らしきものが聞こえるご様子からすると、未だにご友人と談笑されているのでしょう。あのお方は一度物事に夢中になると他のことが耳に入らなくなるので……申し訳ありませんが、待つしかありませんね」
「そりゃまた何というか………困った人ッスね」
「ええ、困ったお人なのです」
項垂れるルスケとは対照的に、モルドはくすくすと可笑しそうに笑った。
「ときどき威厳を気にして堅苦しい喋り方をしようとしては『疲れた』とぼやいて結局普通の喋り方になってしまったり、わがままを言っては私を困らせたり……子供っぽいお方です」
「まー見た目だけなら完全に子供ッスけど」
「本人には言わないでくださいね。ご自身がチビなの気にして厚底サンダル履いてますから」
さらりと主の威厳を削ぐ情報をばらしていく従者というのも如何なものだろう。
それにしても、文句を口にしてこそいるものの嫌そうな顔は一切しないのがブラスには気になった。たかが雇われの従業員、我儘な雇い主には嫌な顔の一つもするものだ。
「……面倒という割には随分嬉しそうに笑う。何故そんな面倒な奴に仕える?給料がいいからか?」
「いえいえ、そうではありませんよ。ただ単純にアルガード様のことをお慕いしているのです……ほら、玄関だって凄いでしょう?あの方は鎧が大好きなのです。子供っぽくて微笑ましいじゃないですか」
(あのサイズのオブジェを「微笑ましい」の一言で片づけるのはスケール的にも金額的にも無理があるような………)
玄関の巨大鎧を見上げて冷や汗をかくルスケとは対照的に、モルドは子供の微笑ましさを語るように楽しそうだ。もしかしたら子供好きか、低確率で特殊な性癖なのかもしれない。子供を偏愛する余り一般人の小人族と結婚したヒューマンの貴族がいたという噂もあるくらいだから、あり得ないとは言えない。
(んー、本人に今すぐ会えないとなると……どうするッスか、ブラスさん?)
(嘘をついている感覚を覚えない以上は本当に誰かと喋っているんだろう。無難な対応としては素直に会えるまで待つことだな)
(嘘をついてる感覚ってアンタ……たまに神様みたいなこと言うッスね。人間が嘘をついてるのか判別がつくんッスか?)
(ある程度はな。完璧ではない………しかし、そうだな。この男に聞き込みでもしてみたらどうだ。アルガードの人となりが分かるかもしれん)
どうせ本人以外にも聞き込みはすることになる。このモルドという男にも話を聞いておいて損はない。ブラスと二人きりで待つのも気まずいのでルスケは素直にアドバイスに従った。
「あの……モルドさん。俺達アルガードさんのことは資料でしか知らなくて……普段どんな人と接しているのかとか、依頼の事とか……当たり障りのない範囲で教えてもらえるッスか?」
「ええ、ええ!構いませんとも!!」
(目を輝かせてる……どんだけアルガードさんが大好きなんスかこの人……!?)
モルドが言うには、そもそも彼は数か月前からここの召使いになったそうだ。
ギルドのバイト求人で偶然発見したらしく、その時は特に深く考えず受けたそうだ。この街では非冒険者が安定した収入を得るのは簡単ではないため、詳しい仕事内容の分からない仕事であっても競争率は高い。
モルド自身生活に余裕がなかったために様々な仕事をしたが、ことファミリアの非冒険者求人は非常に待遇が悪い場合が多い。中にはファミリアの冒険者に仕事を邪魔されたり暴力を振るわれることもあったという。普通なら避けるべきなのだろうが、モルドは戦争孤児で身寄りがないため働かなければ貧民街の仲間入りだ。是非もなかった。
そうして出会ったのがアルガードという男だった。アルガードという冒険者は根っからの職人で作業台と結婚しているような男だったが、どうにも自分の近辺を整理したり掃除するのが苦手だったらしい。モルドが最初にやったのは工房内の大掃除だった。
『アルガード様、この腕輪は?』
『前の前の依頼の時に作った奴の出来損ないだ!捨てろ!』
『え、でもこのままでも売れそうなくらいには綺麗ですけど……』
『よく見ろ!輪の輪郭が0,004Mも歪んでるせいで光沢が美しくないだろ!そんな出来損ないを僕の作品として世に出すなんてありえんっ!!』
その辺の露店で売れば小金が稼げそうなものでも、アルガードが気に入らなければ全てガラクタ。そう言う失敗作は全部ファミリア経由でクズ鉄の再利用業者に流してしまうのだと彼は語った。職を探してオラリオに来た貧乏学生にとっては割と衝撃的な内容だった。そして、その日の手取り金も衝撃的だった。
『ふう、綺麗になった!それにしてもモルド、お前優秀だな!今までも何人か雇ってきたが、僕の作品を捨てるふりしてパクらなかったのはお前が初めてだ!これ、小遣い!』
『あ、ありがとうございま………うえぇぇッ!?こ、これ10万ヴァリスくらいありますよ!?こ、こんなに貰っていいんですか!?』
『お前は誠実だから、誠意に見合った対価を与えただけだ!その代り、これから僕に誠意のない対応をしたら給料は払ってやんないんだからなっ!!』
それだけ強調して言い残し、その日の仕事は終了した。
この時、モルドは衝撃を受けたという。彼の豪胆さにではなく、彼の人物評価にだ。
「――私の誠意にお金を出してくれるなんて………そんな人、今までいませんでした。非冒険者で孤児だった私はとにかく碌な職に就けたことがなく、働くと言うのは奴隷のように命令を聞き続けることなのだと思っていました……いや、お金を貰えるだけ奴隷よりはマシなのですが、とにかく………恥ずかしながら、ものすごく嬉しかったのですよ」
照れたように後ろ頭を掻くモルドは小さく笑う。
「それまでの私にとって、気遣いとか真面目さというのはやっても見返りが帰って来るものじゃあなかったです。労働者はみんな自分のことで精いっぱいだし、雇い主側はそういう気遣いとかを出来なかったら給料を引いてくるし、機嫌次第では気遣っても酷い仕打ちを受けます。真面目な人は損をする……そうも思っていました」
「しかし、アルガードさんは貴方のそういう所を文字通り買ってくれたんスね……」
「ええ。ちょっと金銭感覚が狂ってるところはありますけど、あの人はとにかく仕事に対して誠実な人間がいればそれでよかったみたいです。私はそのお眼鏡に叶ったらしくて……」
その日からモルドの生活は変わった。
毎日真面目に掃除をして、アルガードの服を洗濯したり食事を用意する。簡単な仕事というわけでもなかったが、真面目にしていれば理不尽な目に遭う事はない。休憩時間も十分取れる。なによりアルガードはモルドの仕事が行き届いていることを子供のように喜んでくれた。評価されないような自分の人格的な部分を、彼は目ざとく見つけては喜んだ。
『お前、本当に良い奴だな!ずっとこの工房で働いてくれよ!』
その言葉がなにより嬉しかった。生まれてからずっと孤独で誰にもその存在を求められなかったモルドのことを、アルガードは労働力としてではなく人格として求めてくれた。
この時、モルドは思った――体の持つ限り、ずっと彼のそばで働きたい、と。
「以来、不肖ながらこのモルドはずっと工房で働いているのでございます」
「なんか……俺、口下手なんで上手く言えないんッスけど、ずっと一緒にいられたらいいッスね」
「ええ、本当に……そうありたいものです」
照れ臭そうに、しかしはっきりとした口調で返答するモルドの態度から、彼が本気でそう思っていることが分かる。傍から聞けば誇大な主張にも聞こえるが、彼の纏う誠実さがそれを逆に自然な反応に思わせた。
ルスケの頭の中でアルガードという男のイメージが崩れていく。それまでは復讐の為に職人を続けた陰湿な存在という勝手な先入観があったが、モルドの語るアルガード像はもっと人間的で、少しひねくれてはいるが善良な人に思えてくる。
(……ブラスさん。本当にアルガードさんが犯人なんッスか?話を聞く限りではとてもそんな犯罪を犯すほどヤバい人には思えないッスよ)
(だから何だ)
(え……だから何だって言われても、その……ブラスさんの当ては外れたんじゃないかって……)
ブラスはそれに答えずにモルドに質問した。
「最近、そのアルガードに変わった様子はなかったか。やたら作業時間が伸びたとか、急な来客があったとか」
「変わったことですか……そうですね。ここ一か月ほど、少し元気がないように思えます。時々アルガード様の元には無茶な製作依頼が来ることがありまして、きっと作業で疲れているのでしょう。最近もよく工房に籠っておられます」
「ちょっ、ブラスさ……」
「他には何か?」
「そうですね……そういえばお客様が3度ほど。工房に直接人が訪ねてくるのは珍しいことでした。3度とも同じお客様で、30日前に一度、25日前に一度、そして8日前に一度訪れましたね……アルガード様曰く、同じ小人族のご友人だとおっしゃっていました。恐らく仕事を頼まれに来たのでしょう」
「そいつだ」
「は?」
「あの……一体何をおっしゃっているのですか?」
会話のキャッチボールが上手く行われていない。ブラスがえらく口下手だとは思っていたが、事ここに到ってルスケは彼女が一体何を言っているのか、何を考えているのかがさっぱり分からなくなってきた。突然のことにモルドも面喰っている。
いや、それとも彼女は自分の直感が外れたことを認め切れずに支離滅裂な事を考えているのだろうか。……あり得なくはない。彼女は自分の判断に絶対的な自信を持っている様子だった。プライドのせいで認められないこともあるだろう。
「その客人の名前、やってきた目的、そいつが訪ねてきた後のアルガードの様子が知りたい。恐らくそいつがアルガードを――」
「おいブラスさんよぉ!ちょっと落ち着くッス!」
なおも詰問を続けるブラスの強引な態度を一旦抑えるべきだと考えたルスケはブラスの言葉を遮った。
「……何だ、ルスケ」
(それはこっちの台詞ッスよ!)
ブラスは思いっきり面倒喰う誘うな面をしながらも、一応こちらに耳を貸してくれた。
モルドに聞こえないよう小さな声でブラスをなだめる。
(さっきまで冷静沈着だった癖に何を急に焦っているんッスか?アルガードさんを疑ってんのは分かってますけど、本当にアルガードさんが犯人かなんて確かめないと分かんないっしょ?誰にだって間違いはあるッス!)
(………何を勘違いしてるのかは知らんが、ひとつ聞いておく。お前の言う犯人ってのは誰だ?)
(誰って……それが分かったら苦労しないッスけど?)
(言い方を変える。お前、これまで普通に過ごしてきたような職人がある時突然20年前の復讐などという三文芝居のようなことをやると思うか?俺はそうは思わない……何か強烈な『きっかけ』が無い限りはな)
(きっかけ………?)
(自分できっちり考えろ。アルガードの様子がおかしくなった頃に何があった?)
アルガードの様子がおかしくなったというのは、先ほどモルドの言っていた「元気がない」という話だろう。その頃に何があったかなどルスケは知らない。だが、ふと引っかかるワードがあった。
確か彼の元気がなくなったのは一か月前。
そして、見覚えのない来客があったのも、約一か月前。
とすると、アルガードはその来客と前後して急に元気がなくなったことになる。先ほど話を聞いていた限りではこの客がアルガードに依頼をしたと思われるため、彼の元気がない理由は作品作りに労力を割かれているせいだと推測できる。
――待てよ。
頭の中でパズルのピースが組み上がっていく。
その客はその一週間後にも訪れ、更には8日前にも現れたという。約一週間前……連続殺人事件が始まった時より少し前だ。そして彼の様子の変化に、ブラスの口にした『復讐のきっかけ』と『犯人とは誰か』というワード。
来客者が『きっかけ』でアルガードの様子は変わった。
来客者が最後に訪れた日の翌日に事件が起きた。
それに、イメージする犯人。
犯人と言っても殺人を行った当人だけが犯人とは限らない。殺人の手助けをした人間や、殺人を指示した人間がいたとしたら、それらも殺人者と同等に罪深い存在と言えるだろう。つまり、『きっかけ』とは誰かが運んできた『動機』で、それを受け取ったからアルガードの様子がおかしくなったのだとしたら――その場合、犯人は一人とは限らないのではないか。
(……来客者がアルガードさんに何かを吹き込んで、今回の事件を手助けした?)
恐る恐る口にした言葉に、ブラスは小さく鼻を鳴らした。
(やればできるじゃないか。だが理解するのが遅すぎだ。百点満点で三十点だな。)
(赤点じゃないッスか……)
「あの……お二方とも何があったのかは存じませんが、喧嘩をしている訳ではないのですよね……?」
「ああ、話を勝手に切って済まなかったな。実は俺達がアルガードに聞きたい事の内容に、その来客者が関係しているかもしれないと話し合ってたんだ。なぁ、ルスケ」
「あっ、そ、そうッス!いやー仕事熱心が過ぎるのも考え物ッスね~!」
華麗にNGワードを躱して『嘘ではない』言葉をつらつら並べるブラスに慌てて合わせながら、ルスケは内心で揺れていた。確かにブラスの主張には筋が通っているが、確証になるような事実は何一つとしてない。彼女の推理はもしかしたら悪人でもない存在を勝手に悪人に仕立て上げるような拙い代物であるとも考えられる。
しかし、彼女の言葉を聞けば聞くほどにルスケはアルガードがやはり犯行に加担するような真似をしていたのではないかと思えてくる。もしそれが本当で、アルガードを拘束することになったら、目の前の使用人はいったい自分をどう思うのだろう。自分たちが彼の敬愛する主を疑っていることを知ったら、果たしてそれでも彼は明るく返事をしてくれるだろうか。
(俺はギルドの人間としてそれを暴かなきゃならない……例えそれを強く望まない人がいたとしても。その事実が、こんなにもキッツイ代物だったなんて………)
これまで様々な冒険者の担当を任され、何人も死亡報告を受け取ってきた。最初は悲しかったが、すぐ慣れた。今では「こいつは死ぬな」と雰囲気で勝手に推測することさえある。だからギルドの仕事の辛さなどもう理解した気でいた。
(クソッ、こんなキッツイ事を人に任せて、恨むッスよ先輩方……!そりゃそうだ。犯罪者にだって近しい人がいるだろうよ。だとすればあちら側にとって悪い奴は秩序の体現者である俺達ギルドかよ……!俺達はそれを分かってて、それでもしょっ引かなきゃならないって訳ッスか………!!)
腹の底がきりりと痛む。これは人を騙す痛みか、それとも自分が真実を見たくないが故の痛みなのか。経験したことのない、背筋に抜身の刃が添えられているような緊張感が体に広がる。
もう、どんな些細な切っ掛けで彼の幸せが崩れるのか予測もつかない。
彼は砂上の楼閣の上でいつも通り幸せな日常を歩んでいるのだ。
せめてアルガードよ、犯人であることなかれ。
せめてきっかけよ、一秒でも遅れて来い。
まるで子供がやりたくない仕事を忘れたいがために遊びだすかのように、ルスケは無事平穏に事が運ぶことだけを考え続けた。
だが、得てして人の願いとは儚いもので。
「――む」
ブラスの元に、一匹の犬が走ってきた。ペンの挟まれたメモ帳のエムブレムが描かれた犬用ハーネスを身に着けた犬は、工房の出入り口に止まってすんすんと鼻を鳴らしていた。
「え、なにコイツ……」
「『新聞連合』の伝書犬だな。身内に緊急連絡するときに使われるが……失礼」
ブラスは勝手に犬のハーネスに備え付けられたポーチを開いて中の紙を取り出す。犬は一瞬ピクリと反応したが、ブラスの手の匂いを嗅ぐと何事もなかったかのように身を許した。今日初めて『新聞連合』に行った筈の彼女から何の匂いを嗅ぎ取ったのかは不明だが、連絡内容を読まれても問題なしと判断したようだ。
「………『本部よりパラべラムへ。時間かかりすぎだアホ新人め。とっとと任務を終えて撤退しないとみんなで押しかけちゃうぞ?』………おいモルド」
「なんでしょうか?」
「今、アルガードに客が来ていると言っていたな……誰だ?」
「パラベラム様です。新聞の集金にやってきた所、アルガード様が直接お払いになるとおっしゃったので自室にお通ししています。もう一時間ほど話し込んでおられますね……アルガード様はご趣味の事となると非常に多弁になられるのです」
ブラスは眉を顰める。モルドからすれば何度も見た光景なので気にしていないのだろうが、『新聞連合』は暇な組織ではないことを彼女はよく知っている。新人一人とっても仕事一つに対して割り当て時間が決まっているため、同じ場所に1時間も留まることなどない。『時は金なり』……『新聞連合』の鉄の規則。
という事は、現在パラべラムという新人はこの鉄の規則を破っているか、或いは――アルガードによって『どうにかされた』のか。
「悪いが強制的に引き剥がした方が良さそうだ。このままだと早ければ10分ほどで『新聞連合』の連中が駆けつけるぞ。文面は新人いびりにも見えるが、トラブルに巻き込まれた奴がいたときは大人数で押し寄せて助けようとするのも連中の常套手段だ」
「なんと……それはいけませんね。アルガード様は喧しいのはお嫌いなのです。すぐにお伝えします」
「俺も行こう。いざとなったら俺がパラベラムを引き剥がす」
当然のようにモルドの後ろに続くブラスは一瞬ルスケに目配せし、そのまま直進した。
――お前にこの先の真実を見る覚悟があるのか。
そう問われた気がした。
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