木の葉詰め合わせ=IF=
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IF 完全平和ルート
偽装結婚シリーズ
偽装結婚の最高潮
前書き
DVで訴えたら、どっちが勝つのやら……。
――――そこは、戦場であった。
内側から爆ぜた様な巨大な岩石の数々に、至る所で轟々と燃え盛る紅蓮の業火。
隕石孔にも紛う大穴はあちこちに空けられ、迫り出した崖に残るのは剣戟を思わせる長大な痕跡。
局地的な暴風でも吹き荒れたのか当たりを囲む森の木々はへし折られて無残な姿を晒し、砂塵が吹き荒れる中で原型が分からぬ程に炭化した何かが風に吹かれて形を崩す。
「はあ……っ、はあ、はあ……!」
「っく、しぶとい……!」
暗澹かつ惨烈なその状況下において、肩膝を付いた体勢で荒い息を吐いている人影は二人分。――彼らこそ、この未曾有の惨状を作り出した張本人であり、数時間前から互いに一歩も引かずに死闘を繰り広げていた敵同士であった。
「――おい、こら……! 数年前の戦国時代ならばいざ知らず、なんだってば、こんな状況に、なっとるんだ……!」
息も絶え絶えと言わんばかりの状態でありながらも、砂と埃で汚れた顔を袖口で拭いながら軽口を叩いてみせたのは、しなやかな長い黒髪を結わずに背中に垂らした中性的な容貌の持ち主。
男とも女とも判断のつかぬ涼やかな面を理解できない状況による焦りと混乱で歪め、汗が滴る手で握る刀の柄に力を込める。
「貴様は、暫く、黙っていろ……!」
その軽口に応じたのは先の人物と向かい合う形で、同じ体勢で片膝を付いていた男だった。
汗でへばりつく前髪を鬱陶し気に払い、乱れた前髪の隙間から覗く不思議な文様の浮かぶ赤の双眸は鋭い輝きを放っている。その鋭さといえば気の弱い者であれば、たちどころに気圧されて一言も口に出来なくなる程であろう。
――男の方が先に、手にした巨大な団扇を支えに立ち上がる。
それを見た相手の方も、ゆっくりとした動作とは裏腹に隙のない動きで立ち上がる事で敵対する意思を示した。
「おい! もうこんな訳の分からない事は……!」
闘気を向けて来る男に対して、何事かを言い募ろうとしていた相手が、慌ててその場から飛び退く。
足下にチャクラを集める事で切り立った岸壁に垂直に佇んでみせた相手であったが、眼下で男が行った動作に顔色を変える。
瞬き一つの合間に、男の全身が包んだ紫色の不思議な炎に包まれる。
紫炎を纏った骸骨の形状を経て、二面双腕の鬼、最終的には天狗を思わせる巨大な人型へと変貌してのけた様を見て、相手の顔が驚愕に染め上げられた。
「ちょ……っ! け、喧嘩の域を完全に越えてるって! 冗談じゃない!! お前、実は酔ってんじゃないか!?」
「――生憎、オレは素面だ!!」
引き攣った表情を浮かべながらも言いたい事はきっちりと言い放った相手に対して、男は常の無表情に怒りの色を交えた険しい面持ちのまま、大きく片手を振りかぶる。
男の纏う天狗型の人型も男同様に剣を握った片手を天高く振りかぶれば、それまでの飄然とした態度を改めた相手も印を組む事で応じた。
両指を絡めて掌を合わせた印が完成したのとほぼ同時に、地表より数え切れない程の大量の樹木が生い茂り、大天狗の四肢に絡み付く。そしてそのまま相手を大地へと屈服させようと木々が荒れ狂った。
足を取られ、地へと引き摺り落とそうとする攻勢のせいでバランスを崩しながらも――大天狗は凝った戦場の空気を両断する様に、振りかぶった勢いのままに手にした剣を地上目がけて振り下ろす。
長大な剣が崖を両断する勢いで振り下ろされて轟音が響き渡ったのと同時に、紫の炎が霧散したせいで標的を締め上げていた木々が空振りする。
――そうして実に一拍遅れる形で、二人の耳に遠くで何かが大きく弾けた様な音が届いた。
「し、始末書が……! 始末書が……! なんて事を……っ!」
間一髪の所で霊器による一撃を避けたものの、先程の爆音が何を意味しているのか不幸にも察してしまった相手の顔から、音を立てて血の気が引いていく。
剣の余波を受けたせいで巨大な土塊が幾つも落下して来る中、次いで響いて来たのは雪崩を思わせる不吉な音。
腹の底から人体を震わせる音が途切れる事無く響いて、間もなくその音の正体が判明する。
巨大な天狗型の須佐能乎の揮った剣の一撃は、彼らの戦っている戦場よりも遠く離れた所に位置する湖にまで届き、堰を崩された湖水がその勢いのままにこの地へと押し寄せ――濁流と化した水の流れが、頭上より滝と紛う勢いで降り注いだ。
「いい加減にしろ、マダラ! お前、今朝からなんか可笑しいぞ!!」
「誰のせいだと思っている!!」
「オレのせいかよ!」
憤然と吠えて手にした刀で斬り付けて来た相手の攻撃を、男は手にした団扇で受け止める。そうして相手が次の行動に移すよりも先に、無表情な面差しとは対照的に怒りに満ちた眼差しで相手を睨みつけた。
「貴様こそいい加減にしろ、柱間! ――この際だからはっきり言わせてもらうぞ!!」
「ああ!? 何だよ!!」
かち合った刀を支点として、身軽に相手の体が空を舞う。
地に足が降り立ったのと同時に死角となる背後から攻撃してきた相手の足蹴りを篭手で受け止め、そのまま男は片手を真横に薙ぎ払う。
――――そうして、今までに溜まりに溜まった鬱憤をかなぐり捨てる様な勢いで、男は声を張り上げる。
「何人紹介されようが答えは一緒だ! ――いいか!? オレは貴様以外の女を妻と呼ぶ気はない!!」
「…………………………は?」
その声は滝の様に降り注ぐ水の音にも紛れる事無く、いっそ鮮烈な響きを持って相手の耳に届いた。
ナ ニ イ ッ テ ン ダ 、 コ イ ツ 。
そして、届いたからこそ――相手の体が目に見えて硬直する。
戦うために張りつめていた全身の筋肉は無防備に弛緩し、冷静に相手の行動を見定め最善の一手を掴み取るべく高速で働いていた思考が停止する。
茫然自失、驚天動地、慮外千万。
ありとあらゆる驚きの感情を混ぜ合わせ、煮詰めて、溶かし合わせた様なその態度。
武人であれば、否、武人であればこそ戦場で犯してはならぬ失態。
ぽかんと口を明け、これでもかと言わんばかりに目を見開いた相手の間抜け面に苛立ちこそ覚えはしたものの、男は直ぐさま地を蹴って相手へと肉迫する。
「――……っ!」
相手が驚きに支配されたのはほんの一瞬の間。
直ちに我を取り戻して迎撃態勢に移ったが、その隙を見逃す男ではなかった。
地を蹴り、相手へと接近し――そしてその勢いのままに愛用の獲物を振るう。
無防備な腹部へと叩き込まれたのは兇悪としか言いようの無い横殴りの一撃。
あまりにも強力な一撃は相手の纏っていた鎧を砕いて、その先の無防備な生身にまで容赦のない威力を届かせた。
――相手の体が宙を舞って、そのまま背後の岸壁へと打ち付けられる。
「か、はっ……!」
凄まじい破砕音と破壊音とが響き渡り、相手の表情が苦痛に歪む。内臓を圧迫され、開かれた口の端には真紅が滲んだ。
全身を強打したせいで悲鳴を上げる痛覚が警報をかき鳴らし、苦痛から解放されるための防衛手段として意識が闇に沈む。
糸の切れた傀儡人形の様に相手の体から力が抜けて、強い輝きを放っていた黒瞳の焦点がぶれる。
重力の法則に従ってその細い体が張り付けられていた岸壁より離れて、地上へと墜落する――その寸前。
――――紫の炎を帯びた骸骨の腕は、意外な程優しい動きでその身をそっと掬い上げたのであった。
後書き
この話をブログに掲載した時の皆様のコメントが非常に楽しかったです。
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